No.02「MISSION IMPOSSIBLE」

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  ぐるっ……ごろごろごろ……

(う〜ん……午前中からときどきおなかが痛くなるな……)
 棗鈴(なつめ りん)は、一時間目の授業の後半くらいから、断続的な腹痛に見舞われていた。

「鈴? どうしたの?」
「何がだ?」
 幼馴染の理樹が、心配して声をかけてくる。
 おなかが痛いのが顔に出てしまっていたようだ。

「顔色悪くない?」
「だいじょうぶだ、もんだいない」
 理樹は、鈴のちょっとした変化にもすぐ気づく。でも、つまらないことで心配をかけるのは嫌だった。
 だから本当に困っている時以外は、なるべく顔に出さないし、困っていることが何なのかはあまり言わない事が多い。
「そうかなぁ、なんだか上の空って感じだし、無表情だし……」

「無表情なのはいつものことじゃねぇか」
 ぬっ、と身長180cmを超える巨漢が会話に割り込んでくる。
 幼馴染の井ノ原真人だ。

「なんだかよくわからねぇが、元気が出ねぇ時はこれに限るぜ!!」
  ドサッ!!
 よく冷えた栄養ドリンク10本入りを一箱分差し出してきた。

「こんなに飲めるか!!」
  バキィッ!!
 鈴の必殺のハイキックが真人の延髄にクリティカルに入った。
 が、真人は意に介する様子も無くそのまま会話を続ける。

「ビタミンやら何やら一気に体にぶち込んじまえば、内臓の働きも良くなって具合が悪いのも吹き飛ぶんじゃねぇか?」
「こんなにキンキンに冷えたの10本も飲んだらお腹こわすわぼけー!!」

「出されたの全部飲む必要無いし……、というか、どこで冷やしてきたのさこれ……」
 鈴と正人の相変わらずの噛み合わないやり取りにも、理樹は律儀にツッコミを入れる。


 そうしているうちに、腹痛の波はけっこう引いてきたみたいだ。

 ハイキックが自然に出るくらいだから大したことないのかもしれない。
 ただ、おなかを壊した時の痛みなのに、いつまでも便意がおこらず断続的に痛くなるのが、すごく気に入らなかった。

(トイレに行って、出してしまえれば、すっきりするのに……)
 断続的な腹痛の回数が重なるごとに、少しづつ痛みが強くなってきたような気がする。
 それに少し、熱っぽくて気持ち悪いかもしれない。

 風邪でもひいたか、なにか変なものでも食べたのだろうか。

 午後になっても具合が悪かったら早退しよう。
 理樹やみんなは心配するかもしれないけど……。


 昼休みの食堂は、いつものように大勢でごったがえし、生徒達の喧騒に包まれていた。
 鈴の兄、棗恭介(なつめ きょうすけ)が、ふと、鈴のA定食のトレーに目をやる。

「どうした? 全然食べてないじゃないか」
「あたしが定食を残すと誰か迷惑するのか? それでおまえ死ぬのかっ!?」
「いやいや、食堂のおばちゃんには軽く迷惑だし、別に誰も死なないけどさ……」
 自分の体調を見透かされているようで、無意味に挑戦的になってしまった。

 恭介の勘の鋭さには定評があった。
 とりわけ付き合いの長い兄妹のことだから、日常のちょっとした変化にも敏感だ。
 理樹はいつも通りにツッコミを入れてくれているけど、すでに心配をかけてしまてはいないだろうか。

「なんだ? 食欲も無いのかよ……。せっかく恭介がのりたまふりかけを買ってきたのに気の毒になぁ」
「何っ!? のりたま!?」
 真人の一言に鈴は目の色を変える。
「おいおい、余計なことを言うんじゃない」
「のりたまあるのか!?」
「ある! ……が、具合が悪いんじゃないのか? 無理をするな。のりたまは明日でもいいだろう」
「具合は非常に良いし、ごはんを残すと食堂のおばちゃんの命に関わるだろ」
 のりたまご飯食べたさと、体調の悪さを否定したい気持ちで頭の中が混乱していた。

「仕方ない奴だな、そこまで言うなら……」

 食べ切れなかったご飯を片付けるだけのつもりだった。
 食欲が無かったはずなのに気づくとおかわりまでしてしまっていた。

 のりたま恐るべし……。

 でも、後悔はしていなかった。


 時計はもう14時をまわっていた。

 午後の授業真っ盛り。
 学生にとっては最も眠気に襲われる気だるい時間帯である。

 いつもであれば、そんな気だるい午後の一時となるはずだったが、鈴の体調は悪くなる一方であった。
 午後からはだんだん熱っぽく寒気もするようになってきた。

 はっきりいって、座って授業を受けているのが辛いレベルになっている。
 早く部屋に戻って横になりたい。

 調子にのって昼食を食べ過ぎてしまったせいか、お腹の痛みも本格的になってきた。吐き気までしている。

  グルグル……ゴロゴロゴロ……

 腹痛の波はもう、5分周期くらいでやってくるようになっていた。
 便意ももうすっかり本格的に訪れている。
 肛門が熱くツンツンと湿っぽい。

 すごく、すごく、うんちがしたい……。
 まちかまえているのは明らかに汁気たっぷりの下痢便のようだ。

(これはもう、授業どころじゃない……)
 耐えられる限界までそう遠くない。
 鈴は、いかに無難に教室を抜け出るかそのことで頭がいっぱいであった。

 前髪が汗で額に張り付いている。
 努めて視線を送らないように努力していた理樹を思わず横目で見てしまう。

 ちょうど、こちらに視線を送ってきた理樹と目が合った。
 なんて心配そうな顔で自分を見ているのだろう。

 それは、つまり見るからに具合が悪そうだということだ。
 もう、顔色と精彩のない様子で自分の体調が最悪なのが伝わってしまっているのだろう。

 発熱でしんどくて横になりたくてたまらないのがわかってしまっているだろうか。
 お腹が痛くて、下痢をしそうでたまらないのがわかってしまっているだろうか。

 理樹に症状をうったえて、助けを求めたらどんなにか気が楽になるだろうか。
 そればかりか上手にフォローしてくれさえするかもしれない。

 でも、そんなみっともない事いいたくない。

(熱があってしんどい、おなかが痛くてトイレががまんできない、理樹たすけてくれ)
 そんなことを口にしている自分を想像するだけでとてもみじめな気持ちになる。

 恥ずかしい。

 熱で自分がどれほど弱っているか、そんなの知られたくない。
 お腹をこわして、便器にしゃがんでピーピーの下痢をしているみっともない自分を想像されたくない。

 自分がこんなに動揺している。

 弱っている。
 助けを求めている。

 それを知られるのは嫌だ。
 心配をかけるのも嫌だ。

 いつでも冷静で無問題で、心配のない存在だと思わせたかった。

 机の中の携帯が震える。
 理樹からのメールだ。

『大丈夫? もう早退したほうがいいよ』
 言われるまでもなく大丈夫じゃないし早退する以外ないと思う。
 が、気持ちとは裏腹にメールの文面には「大丈夫」「問題無い」と打たずにはいられなかった。

『だいじょうぶ、もんだいない(;∵)』
『顔文字まで具合悪そうになってるんだけど……』
 しまった! 思わずいつもの顔文字にセミコロンをつけたしてしまったΣ(∵)

『うかつだった、よけいな記号をつけたしてしまちた……(∵)』
『いや、顔文字で表現しなくてもそもそも顔色悪すぎるし、見ればわかるからさ……』
 メールのおかげで不本意ながら、理樹に助けを求めることができてしまった。

 正直、すごく恥ずかしい。
 でも、すごく気が楽になった。

 本当に、言ってしまえばなんでもないことだった。
 理樹は、いつもと変わらず、大事にしてくれる。
 そんなことは言う前からわかっていたことなのに。
 どうしてこんなに苦しい時にまで、意地になってしまうんだろう。

 気は少し楽になったが、体調が悪いのはそのままだ。
 むしろ変な緊張をしたせいで、また少し悪くなったような気がする。

 熱はつらいし、トイレだってもう我慢の限界だ。
 お腹の感じから言って、下痢便もちょっとの量じゃなさそうだし高校生にもなって教室でおもらしなんてことになったらえらいことになる。

 死ぬしかない。

 授業はもう25分も残っている。
 25分我慢するのは不可能だろう。
 もってあと5分というところまで来ている。

 ――気分が悪いので、保健室に行きます――。

 これを言うしかない。
 しかし、授業を続けている先生をさえぎってこれを言うのは結構勇気が要る。
 みんなは自分を空気の読めない子というが、そのくらいの気くばりはできるつもりだ。

 先生の話が途切れた。
 理樹の顔を一瞬見る。
 うなづいている。

(今だよ!!)
 と言っている。

 やっぱりそうだった。
 合っていた。
 十分に空気を読んだ。
 風を感じた。
 言うなら今しかない。

 ――気分が悪いので保健室に行きます――。

 と!!

 鈴は、力を振り絞り手を挙げた。
 チョークを動かしている先生の手が止まった。
 にわかに教室の注目が鈴に集まる。

「棗、どうした? 珍しく質問か?」
「あたしは……」

 気分が悪いんだ。
 熱があって。
 お腹を壊しているんだ。

「気分を壊しましたので……」
 混ざってしまった!

「保健室に行きます……」
 熱で頭がぼんやりしているせいだった。

 でも、言ってやった。
 先生は目を白黒させていた。

 生徒達も驚愕している。
 真人まで口を開けて呆然としている。

「そうか……先生なにか悪い事を言ったか……?」
 先生は肩を落としていた。

 自分の授業を受けていた生徒が、保健室に行かなくてはならないほど気分を壊したと言うのだ。
 授業の内容に相当な落ち度があったに違いない。
 それに気付かず授業を進めていた自分は教師としてどうだろうか。

「わかった……気分が落ち着くまで保健室で休んでいなさい……」
(助かった……)

 〜MISSION COMPLETE〜

 想定したのとは少し違ったが、成功した。
 鈴の携帯が震える。

『……って、そもそもミッションなんて始まってすらないし……』
 理樹が律儀にメールで突っ込みを入れていた。
 鈴は、心配そうに見守る理樹を横目に教室を後にした。


 五時間目の授業も折り返し地点に達したころあいで、校内の廊下は静けさに包まれていた。
 聞こえるのは、教室からわずかに漏れる授業の声と中庭に面した窓から、やわらかな木漏れ日とともにそそぐ木の葉のふれあう音くらいだった。
 小春日和と言ってもよい、心地の良い天気だった。

 せっかくこんなに気持ちの良い天気なのに。

 熱があって。
 お腹が痛くて。

 とても楽しんでいる余裕がなかった。

  ゴロゴロゴロ……ぐきゅるるるる……
  ピー……

 無事に教室を抜け出せたとはいえ、下痢の便意はほとんど限界に近かった。
 熱も上がってきていて、しんどくてすぐにでも横になりたいくらいだ。
 トイレまで歩くのですらかなりつらい状態になってきていた。

(うっ……もう、もたないかも……)
 肛門をぎゅっと締めつけていないと、今にも熱い下痢便を下着の中にぶちまけてしまいそうだった。

 鈴の教室は、トイレからは少し遠い場所にあった。
 それに、出来るなら他の教室からも離れたところにあるトイレを使いたかった。

 授業中のこの静けさでは、少なくとも水を流す大きな音がトイレに隣接している教室には聞こえてしまう。
 ひょっとしたら、こんなに我慢している下痢を激しく排泄したら、水っぽい脱糞の音まで聞こえてしまうかもしれない。
 まもなく、最寄のトイレにさしかかる。
 鈴は、岐路に立たされていた。

 ---------------------------------------------
 ⇒無難に最寄のトイレで用を足す
   リスクを負っても教室から離れたトイレで用を足す
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 正直我慢も限界であったし、最寄のトイレに入ってしまいたかった。
 しかし、この期に及んで恥ずかしい音を聞かれたくないというプライドが頭をもたげてくる。

 気にしすぎじゃないだろうか。
 せいぜい聞こえても水を流す音がうっすらと聞こえるくらいに違いない。

 だいたい、校舎の作りは決して安っぽくない。
 そんなに壁が薄いとも思えなかった。

 でも、トイレに隣接している教室からは、自分の姿を目撃した生徒も少なからずいるだろう。
 水の音が少しでもしたら、自分がしたと丸わかりだ。

 たとえ、下痢の音が全く聞こえなかったとしても授業中にわざわざ席を立ってトイレに行く姿は、容易に腹痛を連想させるに違いない。
 それは、乙女のプライドが許さなかった。

 もう、お腹が痛くて。
 うんちがどうしてもどうしてもしたくて。
 たまらなかったが、

 ---------------------------------------------
   無難に最寄のトイレで用を足す
 ⇒リスクを負っても教室から離れたトイレで用を足す
 ---------------------------------------------

 最寄のトイレを諦め、離れたトイレに向かうことにした……。

 後ろ髪を引かれる思いで、最寄のトイレを通り過ぎた。
 すぐ近くにあんなに待ち焦がれたトイレがある。
 そう思うだけで、お腹が一気に緩みそうになった。

  ぐるっ……ゴロゴロゴロゴロ……
「あぅっ……」
  ジョロッ……!!
「!!」
 肛門を少量熱い感触が滑り出る感触がした。
 思わず体を内側に曲げ、また緊張させた。
 具入りのゆるいソースを搾り出すような音がかすかに耳にとどいた。

 やってしまった。
 少しちびってしまった。

 お尻の割れ目があきらかに生温かくヌルッとしている。
 間違いなく緩いうんちを少量ちびってしまった。

 でも、まだパンツまでは達してないような気もする。
 臭いもまだしない。
 これは多分、セーフだ。

 トイレまで辿り着いて、つつがなく後始末できれば何の問題もない。
 十分にリカバリーできる範囲である。

 そして、一瞬、緩んでしまったとはいえまだもう少しだけなら我慢できるはず……。

 でも、目標のトイレまでまだ距離がある。
 間に合うかどうか、もはや五分五分といったところまで来てしまっていた。

(でも……ここまで来たら行くしかない)

 力を振り絞り、
 正面を見据え、
 ふらつく脚に力を入れて踏み出した。

「ミッション……スタート……!!」

 こんな時、馬鹿兄貴だったらきっとこうするだろうな……。
 自然と、兄の口癖が口を突いて出てしまった。

 ――なんだって楽しんでやるもんだ――。

 兄の恭介は、苦境にあってもそれを遊びのように楽しむ事を忘れなかった。
 ふざけているように見えるかもしれない。

 でも、苦境をミッションと言い換えるだけで不思議と張り合いが出てきた。
 知恵と勇気さえ湧き出ることもあった。

 楽しむというのは、こういう効能があるのかもしれない。
 鈴は、恭介のこういった習性を理屈でわかっていたわけではない。
 ただ、習慣から、これをやると達成できるような気がしたから敢えて自分にミッションを科したのだ。

 〜MISSION START〜

 目標のトイレまで失禁せずにたどり着け!!
 教室を出たらミッションコプリートだと思っていた。
 だが、目標を離れたトイレに設定した時点でそれは新たなミッションとなってしまった。
 困難を極める過酷なミッションに……。


 勝負は、たった3分ほどで決まる。

 今の地点から目標のトイレまでは、通常の速度で歩けば1分半ほどで着く距離だ。
 だが、今の鈴は発熱し体はだるく、激しい便意を堪えるのに精一杯で歩行速度が数十%は減衰している。

 おそらく、立ち止まらず順調にいって3分かかるかどうかである。
 また、下痢の便意も秒単位で増しているため我慢の限界もちょうどそのくらいと推測される。
 勝率は五分五分。

  ごろごろごろごろっ……こぽこぽこぽ……
「うぅっ……」
 鈴は真っ青な顔で、今にも噴出してしまいそうな強烈な便意をこらえ、ふらふらと、しかし確実に歩を進めていった。
 もう、頭の中は、トイレにたどりつき下着を降ろして直腸の中をなみなみと満たす熱い下痢便を放出するしか考えることができなかった。

 おなかが痛い。
 もう、おなかが苦しくて、うんちがしたくてしたくてたまらない。
 熱く緩いゲリのうんちを思い切り出して早くすっきりしたい。

 もうどのくらい我慢しているだろうか。
 昼休みが終わった頃からだと40分くらいも我慢していた事になる。
 しかも、すでに一度我慢の限界に達し、少量ちびってしまっている。

 お尻の割れ目や肛門のまわりがちびった便でぬるぬるしているのが、ますます便意をつのらせる。
 さらには、さっき一つ目のトイレをスルーしたあたりから吐き気も急激に増してきていた。
 最悪なことにうんちだけでなく、ゲロまで吐きたくなってしまっている。

 一つ目のトイレで下痢便を出してしまっていれば、こんなにひどいことにはならなかったのに。
 今日は朝から少し体調が悪い気がしていた。
 下痢こそしていなかったが、おなかの辺りがモヤモヤとすっきりしなかった。
 大事をとって休んで自室で寝ていればこんなつらい思いをしなくて済んだのに。

「鈴、大丈夫か?」
 ふと、見慣れた人物が視界に入る。

「……きょうすけ!!」
 びっくりして、思わず肛門が緩みそうになる。

 恭介の手には紙の束があった。
 教師の手伝いで、資料を運んででもいるのだろう。

 何よりも心強い存在だった。
 いつでも自分をフォローしてくれる絶対的に信頼できる兄。
 どんなに無理なことでも、自分のためになる事だったら厭わずしてくれる。

 この世で最も頼れる兄が、今、目の前にいる。
 だが、悲しいことに今、兄に手助けしてもらえることは無かった。

 代わりにトイレに行ってもらうこともできない。
 身体を運んでもらうことも到底むりな状態だ。

「顔色が真っ青だ。手をかしてやろうか?」
「うっさい……! いま、はなしかけるな……」
 どんなにかすがりつきたいか。
 だが、今は目の前にいる恭介に構っている余裕は無かった。
 むしろ、ちょっとでも構われたらすべてが台無しになるのは火を見るよりも明らかだった。

「そうか……あえて深く追求はしないが、今俺にできることは無いようだな」
 鈴は、心配そうに自分を見送る恭介を横目に、一歩一歩と歩みを進めていった。

「鈴、どんな状況になってもあきらめるな……、知恵と勇気を振り絞りベストを尽くせ」
 鈴は背中に兄の応援を受け、ひたすらトイレを目指した。


 たったの2分半ほどの、しかし絶望的とも思える長い道のりを経てついに、目標のトイレが視界に入る距離まで辿り着いた。
 位置から言ってミッションの達成はもはや約束されたかのようであった。

 だが、ここにきて鈴の体調はスタート地点と比べ激変していた。

 激しい吐き気で視界はグルグルと回り、もはやまっすぐ立ってすらいられなくなっていた。
 下痢の便意もとっくに限界を越え、チェックのミニスカートから伸びる細くしなやかな脚はがくがくと震え始めていた。
 人気のまったく無い廊下とはいえ、鈴は下着の中に手を入れ下痢で汚れた肛門を指で直接押さえつけてこらえなくてはならないところまで来ていた。

(せっかくここまで来たのに……、本当にもう、だめだ……)
 せ……せめて……トイレに近いところでしなくては……。

 鈴は、苦痛に負けてついにミッションを放棄した。
 もう、本当にまったく我慢する余地がない。
 限界を遥かに越えてしまった鈴は、やむをえず粗相することを選んだ。

 これからすべきことは、1秒後か5秒後か、ほんのわずか先延ばしできる間に少しでもましな場所で粗相をする事だった。
 それにしても、せめて廊下のど真ん中じゃなくトイレに近いところでしたいという気持ちからであった。

 それにどれほどの意味があるのか、深く考える余裕はもはやなかった。
 が、人間の尊厳とも言える最後の一線が、ほんのささやかな距離を鈴に駆けさせた。

 トイレの入り口まで、あと3歩くらいのところで、鈴は、ついに決壊した。

  ゲーーーーーーーーーーーー!!
  びしゃびしゃどしゃびしゃびしゃびしゃびしゃびしゃちゃちゃちゃっっ!!

 鈴は、壁に向かって真っ青な顔で思い切り吐いた。

 昼休みに食べた、のりたまふりかけの黄色や刻み海苔のかけらが混じったほとんど原型を留めた昼ごはんが、床に、壁に、鈴の靴やソックスに飛び散り、半径ほぼ50cmくらいの範囲にわたってぶちまけられた。

 経過した時間のわりにほとんど消化されていない内容物からは、病気で消化力の落ちている鈴の腹具合を窺わせた。
 あまりの大量さと逆流の激しさに声も出なかった。
 嘔吐の際に反射的に起こる生理現象として、大粒の涙がぼろぼろとこぼれた。
 そしてひたすら、緩く重い大量の水音が静かな廊下に激しく響き渡った。

 そして、息も出来ず夢中で吐き続ける鈴に、
 もはや限界を越えた下痢の便意をこらえることは不可能であった。

(うう……っ!! だめだ、う、うんちがでるっ)
 決壊をくいとめる事をあきらめ、鈴は下着の中に入れていた右手をあわてて非難させた。

  ジョロジョロブリブリブリジョロブリブリジョロブリブリーーーーーーッ!!

 緩く炊いた粥のような大量の奔流が、鈴の疲弊してしまった窄まりから一気に放たれた。
 白く清楚な下着の中はみるまに、直腸と同じ温度のぬるついた温もりに満たされていった。

 混濁する意識の中、ついにやってしまった、出してしまったという悲しみが湧き上がってきた。
 スカートの中の下着のお尻は新鮮で温かい下痢便に満たされ大きく膨らみ、湯気を立て始めた。
 鈴は、細くしなやかな身体を震わせ、重く有機的な水音をたてながら上と下から吐き続けた。

「はぁ、はぁ、はぁ……げほっ! げほっ!」
 やがて、一度めの嘔吐の発作はおさまり、鈴は肩で息をし始めた。
 我慢をしすぎたせいか、症状が悪化しているせいか激しい嘔吐は結局、途切れることなく15秒は続いた。

 下から出た大量の緩く温かいものは、幸いにも床にはこぼれず下着の中にとどまり、染み出した下痢の汁で湿った下着からおおいに湯気を立てていた。

(あたしとしたことが、やってしまった……)

 呼吸をし始め、息が整い始めた鈴の鼻には、次に自分が尻から大量に放ってしまった下痢便の強烈な臭いが漂ってきた。
(うぅ……おなかを壊した時のにおいだ……)
 お腹を壊した時の、下痢特有の酸っぱい刺激臭だ。
(これはあまりにもひどすぎる……く、くさい……)
 上から下からビチビチの激しく臭う吐寫物をぶちまけ、発熱した身体でふらふらと体勢を立て直す自分はどこからどうみても悲惨な病人そのものだった。
 体調が悪かったとはいえ、トイレまで間に合わず、廊下に盛大にゲロを吐いてしまい、下着の中に下痢のうんちまでもらしてしまった。

 とても惨めで悲しかった。

 自他ともに、年頃の女性としての自覚にやや欠けるところは認めていたがそれでも、これは、うら若き乙女として、絶対にあってはならない事態であった。
 こんなところを他人に見られては、もはや舌を噛んで自害するしかない。
 そう思えるほどの恥であった。

「……鈴ちゃん?」
「!!!!!!!!!!!!!!」
 後ろから聞き慣れた声がした。

 仲良しグループ「リトルバスターズ」の新しいメンバーになった神北小毬である。
 他人になかなか心を開かない鈴にとって、包容力と慈愛にあふれた小毬は数少ない、心を許せる存在であった。

「こ……小毬ちゃん……」
「!? 鈴ちゃんたいへん! だいじょうぶ?」
 一目で容易ならざる悲惨な事態を察した小毬は、あわてて鈴に駆け寄った。

「小毬ちゃん……あたしは、一人でだいじょうぶだ……」
「全然大丈夫じゃないよ〜……気分が悪くなっちゃったの?」
 なんてタイミングだろうか。
 今、この瞬間、このタイミングで、彼女に出会ってしまうとは。
 あまりの屈辱に震えたままの鈴は小毬の顔をまともに見る事もできず下を向いたまま、やっとのことで無言でうなづいた。

「鈴ちゃん、動ける? 誰か通りかからないうちにおトイレに行こう……」
「う……うん……」
 下着に詰まった大量の便からたちのぼる悪臭と、汚れた手指から下の粗相までも小毬に伝わってしまっているようだ。
 もはやごまかす余地も無いと観念した鈴は、小毬にうながされるまま目の前の女子トイレに向かった。

  ぐぷっ……

 鈴は、下着に詰まった下痢便がこぼれないように慎重に脚を踏み出した。
 ゆっくり慎重に動いてもどうしても股の間から水音が漏れてしまうし、がに股気味になってしまう。

 どこからどうみても、お腹を壊してうんちを洩らしてしまった可哀想な子にしか見えない鈴は小毬に支えられながら個室の前に立った。

「小毬ちゃん、すまん……」
「じゃあ、後始末しましょうねぇ〜」
「!?」
 小毬は、鈴の背中を押した。

 ここのトイレは、あとからリフォームされて個室を増やしたところなので和式と洋式が混在している。
 後始末のために小毬はスペースの広い和式の個室へ鈴と一緒に入った。

「こ、小毬ちゃん……どうして一緒に入ってくるんだ……?」
「え? だって、お手伝いしてあげないとでしょ?」
 鈴にとってはあまりにも想定外の事であった。
 どうやら小毬は、鈴の下痢の後始末を手伝うつもりのようだ。
 兄どころか、親にも見られたことの無いような下痢失禁の後始末を……。

「小毬ちゃん……あたし一人でできる……」
「鈴ちゃん、すごくふらふらしてるよ? 立っていられないくらいでしょ〜」
 小毬の言うとおりであった。
 個室の中で、鈴は口先だけは強がっているが、もう真っ直ぐ立っているのも辛くなり小毬に身体をささえてもらっている状態である。

「身体すごく熱いよ? 熱が高いのね、いま、綺麗にしてあげるからねぇ〜」
「小毬ちゃん、だめだ……小毬ちゃんの服が汚れてしまう」
「私、こういうの慣れてるから大丈〜夫!」
 小毬ちゃん、ボランティア活動に力を入れてるのは知っていたけどそんな本格的な事までしていたのか……。高校生なのに凄すぎる……。

 実際、鈴の体調は小毬の言うとおりかなり悪化していた。
 ほとんど支えが無いと立っていられないくらいの状態になっていた。
 正直、看護婦のように手をかしてくれる人が居たらどんなにか嬉しいだろう。

「うぅっ……」
 でも、相手は、対等の関係の親友である。

 はっきりいって、本当に本当に恥ずかしく、屈辱だ。
 下着を下ろされ、病気の下痢便で汚れた下半身を見られそれを拭き清められるというのを想像するだけで、鈴の小さな胸は羞恥で張り裂けそうになった。

 しかし、プライドとは裏腹に、身体には力が入らず、一人で後始末をして寮に帰るのはかなり困難な状態になって来ているのを自覚していた。
 不本意ながら、小毬に手助けをしてもらうのがこの場では最善の選択と思えた。

「小毬ちゃん……すまん……手伝ってくれ……」
 目に涙を溜めた鈴は、小毬に下痢の後始末を手伝ってもらうことを決意した。

「外に聞こえちゃうとまずいから、小声でお話しないとねぇ〜……」
「こ……小毬ちゃん……、あたし、どうしたらいい……?」
「じゃあねぇ、まずは、おトイレをまたいで立って〜」
 鈴は、小毬に背を向けたまま便器のある一段高い床へ登った。

「これでいいのか……?」
「うん、じゃあ次はねぇ〜、壁に手をついてお尻を少し上に上げてくれる?」
「んぅっ……こうか……?」
「うん、それでいいよ〜、ちょっとごめんねぇ〜」
 小毬は、そっと鈴のスカートをほどいた。
「うぅっ……!?」
「スカートが汚れちゃうと大変ですからねぇ〜、外しておかないとね」
 スカートを外され、ついに大量の下痢便が詰まった鈴の下着が露わになった。

 今、自分は下痢で汚れたお尻を小毬ちゃんの方へ突き出している。
 水分を多く含んだ下痢の緩い便がたっぷりと詰まり、便の汁で茶色く染まった下着が丸見えになってしまっている。
 あまりの恥ずかしさに、喉がきゅう、と鳴り、膝ががくがくと震えてきた。

「じゃあ、ごめんね、下着を下ろしますからねぇ〜」
「〜〜……っ!」
 下着を静かに下ろすと、無駄な贅肉のついていないしなやかな、しかし丸みを帯びた形の良いお尻が露わになった。
 しかし、本来は白く美しいはずの鈴のお尻は無残にミートソースのような具入りの粥便で汚れ、酸味を含んだ強烈にゲリ臭い刺激臭を放っている。

 さらには、下着の汚れは股間の前のほうまでべったりと続いていた。
 小毬が、もう少しお尻を上げるように促すと、鈴は素直に従った。
 やはり、下痢の汚れは身体の前の女の子の部分にまで達してしまっていた。

 鈴が下着の中に排泄した下痢便は、十分に消化されなかったゴマや、ひじきや、にんじんや、コーンの小さなかけらが雑多に混在し、昨夜食べたメニューがうかがえるような状態であった。
 消化されづらい食材というのを差し引いても、やはり胃腸の働きが弱くなっているせいで十分に消化されずに排泄されてしまっているのがわかる。
 見ただけで、お腹の具合が最悪だというのがわかる病的な状態の下痢便であった。

「鈴ちゃん、そのまま立っていられる?」
「う……うん……」
「じゃあ、綺麗にしますからねぇ〜」

 下着の中にしてしまった汚いもの。
 汚れてしまったおしり。
 おしりだけじゃなく、もっとデリケートなところまで汚れてしまっている。

 小毬ちゃんに全部見られてる。
 無抵抗に全部さらけだしてしまっている。

 恥ずかしい。
 恥ずかしい。
 恥ずかしい。

 あまりにも恥ずかしすぎる。

 鈴は、高熱でしんどいのと恥ずかしさのあまりに、目をとじてうつむいたまま小毬に身を任せた。
 小毬はゆっくりと慎重に、鈴の両脚の間の下痢便にまみれた下着を下ろした。
 ぼちゃぼちゃと、和式便器の中に茶粥便がこぼれて無様な水音をたてる。
 鈴の脚を浮かせ、慎重に下着をとると、小毬は水のたまった便器の中に下着を漬け軽く動かして便をふるい落とした後、レバーを倒し流水にさらして軽くすすいだ。
 そして、ペーパーをたぐいとり床に敷くと、その上に軽くしぼった鈴の下着を置いた。

「パンツはもう使えないかも……」
「うん……仕方ない……」
 下着と靴、靴下をとり下半身裸になった鈴は、壁に手をつき後ろにお尻を突き出した姿勢のまま荒い息を吐いている。

「はぁ、はぁ……」
「鈴ちゃん、大丈夫? 立っているのつらい?」
「このままで、だいじょうぶ……」

 小毬ちゃんは、こんなになってしまったあたしの事をどう思ってるだろう。
 すごくやさしくしてくれてるけど。
 本当にやさしい気持ちでしてくれてるんだろうけど。
 きっと、心のどこかで哀れんでるだろうな。
 可哀想な子だと思ってるんだろうな。
 汚物で汚れてしまって、小毬ちゃんに身体を任せているあたしは今、とっても、とっても、無様なんだろうな……。

 息が上がってきている原因は、発熱だけではなかった。
 異常に屈辱的なこの状況で、鈴は性的な興奮を覚えはじめてしまっていたのだ。

 胸の動悸が強くなる。
 お腹の下のあたりがキュンとする。
 親友の目の前で、鈴は「えっちなきもち」になってしまっていたのだ。
 しかしそれは、鈴にとっては認め難い現実であった。
 こんな無様きわまりない姿で、親友に病気の介護をされ、「えっちなきもち」になってしまっている自分。
 それでは、まるで、変態そのものではないか……。
 しかし、否定する気持ちとは裏腹に、鈴の興奮はますます高まっていった。

 小毬がペーパーを大量にたぐいとる音がする。
 これから、ペーパーでお尻を拭われるのだ。
 いや、お尻だけではない。
 相当に汚れてしまっているであろう、デリケートな女の子の部分まで……。

「じゃあ、綺麗にしますからねぇ〜」
「っ……!!」
 鈴は、荒い息を吐きながらやっとのことでうなづいた。
 お尻の表面に、ぬるっ、とした感触が慎重に滑っていく。
 小毬が厚くたぐったトイレットペーパーで、鈴のお尻を拭いはじめたのだ。

 小毬ちゃんにお尻を拭われている。
 病気でびちびちになってしまったあたしの、下痢のうんちを拭われている。

 綺麗に消化されていないゴマやひじきやコーンのかけら。
 そういうみっともないもろもろを全部さらけ出したまま。

 小毬ちゃんが拭ったところから、あたしのお尻は綺麗になっていく。
 でも、トイレットペーパーにはうんちの汚れがべったりと着いているんだろう。

 みっともなすぎる。
 無様すぎる。
 恥ずかしすぎる。

 お腹の下のほうがきゅんとなり、息はますます荒く、膝の震えも止まらなくなっていた。

「鈴ちゃん、大丈夫? すぐに綺麗にしますからねぇ〜……」
「こ、小毬ちゃん……」
「なぁに?」
「こんなに汚いの、してもらってすまん……」
「病気なんだから仕方ないのよ、気にしなくていいのよ……」
「うぅっ……」


 お尻のぬるつきは、大分清められてきた。
 小毬は慣れていると言っていたが、たしかに手際は良いようだ。

 そう思っていると、いよいよ、前のほうをペーパーが拭い始めた。

「っ……!!」
 思わず、ぴくっと反応してしまう。

「ごめんね、痛かったら言ってね。そっとするからね」
「ご、ごめん小毬ちゃん……」
「鈴ちゃんのお尻とここ、すごく綺麗だね〜」
「そ、そうなのか……?」
「まるで赤ちゃんみたい〜」
「そんな、んぅ……!!」

 小毬の手さばきは、やわらかで心地よく、手際が良かった。
 しかし、すぐに性器は綺麗になるはずが、拭っても拭ってもぬるついていた。

 鈴は、興奮のあまりに性器を濡らしてしまっていたのだ。
 拭っても拭っても、きらきら、トロトロと、透明で透き通った粘液がこぼれてくる。
 これでは、股間を拭ってくれている親友に、興奮してしまっているのが丸わかりではないか……。

 興奮しているのがばれている。
 そう思うとますます興奮してしまい、きらきら、トロトロが止まらなくなってしまう。

「はぁ、はぁ……」
 膝は震え、息も荒くなってしまう。
 しかし、息が荒くなっているのは、性的な興奮だけが理由ではなかった。

「はぁ、はぁ、こ、小毬ちゃん……」
「なぁに? 鈴ちゃん」
「また、きもちわるくなってきた……」
「吐きたいの?」
「う……うん……」

 鈴の下半身は、ほとんど綺麗になっていたが、上半身が再び吐き気を催していた。
 さらには、真っ青な顔で、吐き気をこらえる鈴の下腹部からごろごろと腹鳴りが響いている。
 急激に便意をも催した鈴の肛門には、先刻にも増して汁気たっぷりになった熱い下痢便がおしよせてきていた。

「お……お腹もまた……ご、ごめん、あたし、は……吐く……」
 鈴は、一瞬、上と下に催してしまったもののどちらを優先すべきか、配慮しようと思考を巡らせたが急激に高まった嘔吐感をこらえきれず、やむをえず下半身裸のまま便器に顔を向けてうずくまった。

「うおえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!」
  ゲロゲロゲロゲロゲーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
  びしゃびしゃべしゃびしゃぼしゃびちゃびちゃべしゃびちゃっ!!

 鈴は、真っ青な顔で大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら、思い切り吐いた。

 そして、吐くためには腹に力を入れなくてはならなかった。
 自分の意思でそうしたわけではなかったが、体が勝手に力んでしまうのだ。
 だから、汁便をこらえていた肛門を閉じていることが出来なかったのは不本意ながら、やむをえない事であった。

(あっ!! 小毬ちゃん、どいてくれ!! あたしのが、かかってしまう……!!)

  シャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
  びちびちびしゃびしゃびちびしゃびしゃびしゃちゃちゃちゃちゃっ!!!

 四つんばいに、後ろに向かって突き出したような格好の、真っ白なお尻の中心から茶褐色のスープが後方に向かって噴き出した。
 湯気を立てる新鮮な汁便は、水鉄砲のように個室の扉に飛び散り、または冷たいリノリウムの床に落ちて飛び散らかり激しい水音を立てた。

 鈴は、苦しみに混濁する意識の中、聞こえる水音から小毬に下痢便が直撃していないことを悟った。
 小毬は、咄嗟に鈴の横に移動し、下痢便の直撃を避けていたのであった。

「あっ! 大変……! 鈴ちゃん、可哀想に、よしよし……」
 上から下から、息も出来ずに涙を流しながら吐き下す鈴の背中を小毬は優しくさすり続けた。

「げえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!!」
  びしゃびしゃびしゃびしゃべしゃびしゃちゃちゃちゃちゃっ!!
  ビィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
  びちびちびちびちびちびちびしゃびしゃびしゃびちゃちゃちゃちゃちゃっ!!

 上からは、ゲロを吐く声。
 下からは、ガス交じりの水っぽい排泄音。

 鈴は、恥ずかしい、情けない、と思う余裕も無いまま必死に汚いものを出し続けた。


「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ、はぁっ………げほっ! えほっ!」
 ようやく、ひとしきり出し終わった鈴はようやく呼吸を取り戻し肩で息をしながら咳き込んだ。

「えっ……、げっほ!! げほ、げほ、げほ!!」
「鈴ちゃん、大丈夫? まだ出そう?」
「うぅ〜〜っ……」
 涙で曇る視界には、便器にぶちまけられた自分の胃の内容物がてらてらと嫌らしく光っていた。
 嘔吐による生理的な反応で、既に鈴の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていたが、あまりの情けなさに、悲しみの涙もぼろぼろとこぼれてきた。

「んぃっ……えっ……ひくっ……」
 鈴は、思わず号泣しそうになったが、理性がそれを踏みとどまらせた。
 学校のトイレで、この状況で号泣するわけにはいかない。
 肩を震わせ、涙をこぼしながら、悲しみをこらえた。

「鈴ちゃん、可哀想……」
「んぃっ……うぐっ……うっ……ひぐっ……」


 鈴は、小毬に抱えられながらなんとか寮の自室へたどりついていた。
 結局、休み時間までの残り少ない時間で、トイレとトイレの入り口の粗相を全部片付けるのはどうみても無理であった。
 やむを得ず、小毬はぶちまけられた汚物の片付けよりもまず鈴を自室まで移動させる事を優先した。
 幸いにも、他の生徒に気付かれることもなく無事に寮まで移動する事ができた。

 小毬は、恭介と理樹に鈴が早退した旨をメールで連絡し、ぐったりとなった鈴をパジャマに着替えさせた。
 鈴は、かいがいしく世話をしてくれる小毬を横目に、つい先刻の大失態について思いをめぐらせていた。
 学校の廊下で嘔吐して、下痢を大量に失禁したのも失態ではあったが、なんといっても小毬の介護に興奮し、性器を濡らしてしまった事が大失態であった。

 小毬ちゃんは、あんなになってしまった自分の事をどう思っているんだろう。
 すごく気になる。
 でも、答えを聞くのは怖い……。

「どうかしたの〜?」
「う、ううん。なんでもない……」
 小毬の表情からは、ほとんど何もうかがいしれない。

 でも、小毬の優しい態度は、あんなにも無様な姿を曝け出したにも関わらず、何一つ変わらない。
 それどころか、いつも以上に自分に良くしてくれているようにさえ感じる。

 鈴は、小毬の思いを追求するのは後回しにし、今はひと時芽生えた優しく温かい感情に身を任せる事にした……。


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