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ぷりゅっ、ぶりゅりゅりゅ……
微かにお尻に留まり続けていた残便感が、体を震わせる快感と引き換えに消えていく。
ぷちゅ、むりゅ……ぼちゃん
下半身を外気に晒し、突き出したお尻の穴から落ちるうんちは……学校で出したものよりは幾分が柔らかかった。
私は軽くお尻を拭いてレバーを捻った。すぐにきれいな水が便器の底を掬うように流れて軟便をさらっていった。
排便の途中で、後ろの個室に誰かが入ってきたけど……するすると吐かれていくうんちは止まらなかった。後ろの人は私がお尻を拭き始めた所で出て行ったから、顔はお互い分からない。
ここは私が学校の帰りによく立ち寄る公園のおトイレで、指定席の和式だ。指定とか言っても、最寄りの個室なだけ。二つしかない個室の優劣なんかないんだけど、手前に入る癖が染み付いただけだ。
わざと学校で出し切らずにうんちを残すのは、学校にはない気持ちよさがある。
お友達の誰かが来るのと、知らない誰かが来るかもしれない不安感はかなり違う。お友達だと気まずいけれど、知らない人ならまだいい。さっきみたいな事はあっても、会うことなんてないだろうから。
だからここは、学校でもうんちが出ない時は安心して使える場所。
お家にはない、私がいてもいい居場所。
「ふぅん……んん〜っ」
和式がだめならと洋式のトイレに移ってどれだけの時間が経っただろうか。
港は、腸の中に居座る便意――それを引き起こすうんちと戦っていた。
ぷすぅ
何回目かも分からないおならは出るものの、港を苦しめている張本人は一向に頭を出そうともしない。
「んっ、はぁ……」
(おかしいなぁ、うんち、出ない……)
最後に大便をしたのがの公園のトイレ。それ以来港はうんちを出していない。実に六日間。
普段は四日もすれば便意がやってきて、放課後のトイレでスッ、と出てくる。最近は五日かかる傾向にあったが、六日は初めての事だった。
今回ばかりは楽にいかないらしい。港は昨日も十分以上きばり続け、結果――溜まっていたおしっことたくさんの小さなおならしか出すことができなかった。
(もう、いいや……)
港は張り出しているお腹をさすりながら恥部を拭くこともなくレバーをひねり、水を流した。洗われていくのはおしっこで濁った水。
「どうしたら、出るんだろ」
港の悲痛な呟きは、渦巻く水洗の音に消され呑み込まれた。
グウゥッ……
「ぅうっ、痛い……」
港は学校を出て、突然腹痛に襲われた。
しかしそれは便意の類ではなく、純粋な腹痛そのものだった。
腸内で胎動を続ける便が肥大化し、お腹を圧迫しているのだ。
(どうしよ……きばって行こうかな)
痛みのせいでいつもより歩みが遅かったものの、よくお世話になる公園に差し掛かった。
港はどうせ無駄だとは思いつつも、一縷の望みにかけてトイレに入っていった。
公園の利用者があまりいないため、いつも静かで安らぎを与えてくれるトイレ。だが今日は――
ビュルブチュチュチュチュチュチュ!
不快な爆発音が、支配していた。
(一体、何……?)
港は聞き慣れない音に耳を傾ける……
ビュウッ! ブパッ、ブリリリリリリーーー!!
(あ、もしかして……)
港はめったにどころかここ一年は硬質便か形を保った軟便しか排出していない。ゆえに、水気を伴った爆音を放つ下痢便の音は、最初は分からなかったのだ。
港は恐る恐る歩みを進める。すると鼻を突くような腐臭が立ちこめていて、思わず鼻を摘んだ。
(やだっ、くさい……)
港の便は体内で何日も熟成され、発酵した濃厚な臭いを出すが、今閉まっている奥の個室からあふれるのは、腐った卵そのもの、下痢独特の臭いだった。
ビチャアッ! ブリュッ!!
悪臭を伴った排便はなおも続いている。
(やだ……やっぱやめよ)
港は一人で排便に望みたいのと、不快感から足早にトイレを去った。
その奥では、痛むお腹をさすりながらうずくまる一人の少女がいる――。
「ハアッ、ハアッ」
お腹を守るように抱えている女の子が、公園の入り口でうずくまっている。幼げな顔付きは醜くも歪み、皮膚自体が化粧品に染められたような白さを見せている。それも儚げな純白ではなく、病気めいた青さを内包する蒼白だった。
グル、ゴロロロロ〜
文字通り腹の底から響くような音色が響いた。音色というには汚らしい音ではあったが、定期的に響くそれは――女の子という楽器から発せられる危機報告の音に他ならない。音色が響き始めて10分……演奏のビートは早くなりつつある上、重厚感のあるような警告を訴えている。
演奏に合わせ騒いでいた腸内が静まったのを見計らって、女の子は歩き出す。向かう先はステージではなく、トイレだ。
ぐきゅ、ぐぽっ
先ほどのような重厚感は持ち合わせていなかったが、それでも女の子を震わせる程度の痛みは秘めていた。前奏の音色でも腸内は騒ぐのだ。
グルギュッ
「んぁっ!」
公園に人がいないのに安心して、女の子はお腹を押さえていた片手をお尻に回した。スカートとパンツ越しに肛門を押さえ付け、とある衝動をせき止めようとする。アンプから抜かれたエレキギターは観客席に届かない演奏しか奏でられない。
こぽぽぽっ……
結果、騒音は波引くように鎮まっていった。
「やった、空いてるっ」
女の子は一番手前の個室に駆け込んだ。つい最近、立ち寄った時は個室の両方が閉まっていたのを思い出して安堵したのだ。その後は辛くも早足で自宅よりは近いコンビニに向かって事なきを得たのだが。
ゴロロロロ、グルルルッ!
スカートを下ろすのに両手を離したため、サビに入ろうとする騒音が轟く。女の子はパンツも一緒に捲くし下ろす。露わになった桃尻は、微かに濡れていた。
ついに衝動は終盤へ。女の子は一気にしゃがみこむ。身を屈めるような圧力にお腹は軋み腸内は押され――。
――爆音のクライマックスが、始まる。
美帆という少女は、お腹が弱かった。
人並みな硬さの排泄物は見られるものの、体調を崩した途端に硬さも脆くなるのだ。
ここ最近は治りかけの風邪を引きずって、トイレのお世話になっていた。授業中にトイレに駆け込んだのは昨日の話だ。あらぬ風評を避けたい執着心と我慢から放たれた快感、二律背反。羞恥を避ければ苦痛があり、快感を求めれば未来には恥ずかしさが待つ。……最も、お腹にくる風邪の流行で便器にすがりつく生徒が少なくはなかったためか、誰も取り立てて囃す真似はしなかった。
個室の鍵をかけたと同時に、後ろに人が入ったぐらいだから……よほど風邪の威力は凄まじかったのだろう。幸いにも見知らぬ子が先に用を済ませたので鉢合わせはなかった。美帆もその後は安心してお尻の汚れを拭えたのだ。
この話は後日として、美帆の弱いお腹に拍車をかけたウイルスは――出し切れるのだろうか。
「ふぅん……んぁああっ!」
美帆のとある衝動は、瞬く間に解き放たれた。
ブチュ、ビュリリリリリリ! ブチュチュチュチュチュチュッ!
下痢という汚物の排泄衝動は、堰を切るように便器に積み重なる。
「んーっ、ふぁっ! いや……」
ぶり、ぶりりりりりり〜!
辛うじて形を保った軟便が、先駆けた液状便に叩きつけられる。どうやら固形物よりも液状物の方が先に下っていたようだ。
リリリリ、ボチャ――ビチチチチ、ボチャドポポポポッ! ブリュッ!
「ひぁっ!」
軟便はついに途切れ、それを押し込んでいた液状便が姿を晒した。美帆の肛門を擦りつけ、快感のはずの排泄に苦痛を滲ませた。
この一連の排泄はまさしくライブのようだった。荒れ狂う腸が観客とするならば、それに応えるべく爆音を鳴り渡らせるのが下痢なのだ。先ほど、向かう先はステージではなく、トイレだ。と言ったがそれは間違っていた。
――ステージという便器を真下に下痢という汚物でメロディーを吐き出し轟かせるために、美帆という一人の女の子は……楽器となり果てた肛門を押さえてやってきたのだ。
ビュッ、ビチ……ボト…………ポチャン
ライブは最高潮の盛り上がりに終わりを告げ、閉幕を迎えようとしていた。
からんからん……
美帆はトイレットペーパーを巻き取り、まずは尻たぶを撫でた。跳ねた飛沫がむず痒かったが、拭き取られると痒みはなくなっていった。
飛沫を拭き取る時よりも二層ほど紙を厚くして、演奏し尽くした肛門にあてがう。熱気をもった下痢の摩擦の影響が残っていて少し痛かった。
ぐる……ぐるるるる!
「あっ、んっっ!」
美帆はとっさに紙を手放し、肛門から離すように腕を引き抜いた。――途端、
ビジュジュジュブリュブチャ、ブビイッ!
腸内に留まっていた残滓が弾け出た。肛門を触られ、ひっそりしていた観客がアンコールをしたようなものだ。
美帆はもう出ないか、と力を入れてきばったが……もう出ないようだ。
二度三度丁寧に肛門を拭き、美帆は立ち上がり顔をしかめた。
便器一面を覆う演奏痕…………白さを見せる平面はなく、側面も大きなまだら模様が散っていた。美帆はもう見たくないとばかりにコックを捻る。清潔な流水が汚物をさらい、押し退ける。
激動のステージは閉幕し、美帆は大きく息を吐いた。漂う腐卵臭がキツかったが、学校で吐き出したあれよりは幾分マシだったし、慣れている。
美帆は下半身裸のままに壁へ寄りかかり、お尻に伝わる無機質な冷たさに身をゆだねた。ようやく体温が上がり、血色も良くなってきた美帆には程よい刺激になった。
しばらくしてパンツとスカートを捲り上げ、美帆はステージを後にした。
それから風邪の余波は完全に収まり、美帆は落ち着いた排便を取り戻したのだった。