No.04「自宅での事情」

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「ねぇ港、明日は出かけましょうか」
 家族四人で食卓を囲む中、港の対面に座る母が切り出した。
「せっかくの休みだし、遠出もいいわね」
「うん、行きたい!」
 連休を明日に控えた日曜日。時はゴールデンウイークという大型連休に突入していた。月曜日、火曜日と祝日が入り水曜日は日曜日に入った祝日の振替休日があてがわれている。祝日法の定めによって休日と重複してしまった祝日は、以降の最も近い平日が振替休日となるのだ。
「じゃあ、決まりね」
 と母は言うのだが、実は既に旅行計画は予定されていた。たった今思い付いたから訊いてみたという訳でなく、返答によって予定の変更も考慮していたからの聞き方だ。
 もし港に友人と遊ぶ予定があると分かれば変更せざるを得ないし、計画が立てられていて自分が予定を入れてしまっていたと港が知れば港に罪悪感が募る。港の母――波江は、娘の思慮を踏まえた上で父に代わって訊いたのだ。
「ちょうど父さんも休みだからな。……泊まりがけもいいな」
 港とは対角線上に座る父が口を挟む。後は計画を話すだけだと滑らかに口を動かす。
「ちょっと遠い所だが、最近アライグマが人気の動物園もいいな」
「え、ホント!?」
 港は心底嬉しそうに声のトーンを上げた。
 港はテレビでやっていた連休向けの行楽地特集を思い出す。
(確かお父さんの言っていた動物園も紹介されていたっけ)
「岬もそれでいいか?」
「……え? うっ、うん」
 港の隣に座る少女が、おどおどしく答えた。まさか自分が振られるとは思わなかったのか目をぱちくりさせていた。
 森嶋岬。港の三つ上の姉で中学三年生になったばかりだ。
 若干港よりは高いものの、同年代では小柄に分けられるくらいの身長。更に内気な為に外見は弱々しいハムスターのようだ。年相応の大人の子供の境界に達した顔付きも相まって、可愛らしい。
「特に用事もないし……うん、いいよ」
 岬は空いた左手でゴムで纏められた側頭部の房をいじりながら呟く。
 父――洋平は鷹揚に頷き、満足げに笑う。仕事詰めでまともに娘たちと接する機会もなく、久しぶりに遊んであげられるとあって機嫌がいい。
 洋平は上流企業の営業マンから運良く昇進できたサラリーマン、波江は家庭の生活を支える専業主婦である。
「お泊まりなんて久しぶりだね、おねぇちゃん」
「え、そうだね」
「わたし、今から楽しみ!」
「そうだね」
 はきはきとした港とは対称的に、岬はおっとりとした受け答えだ。
「……ごちそうさまっ」
 岬は取り皿に残っていたサラダを口に運んでから立ち上がった。小食な岬は例外なく一番先に夕食を終えた。
「はい、お粗末さま」
「ねぇお母さん」
「なあに?」
 使ったお茶碗や取り皿をシンクに運んでから尋ねる。
「えぇと……。ジュース、飲んでいい?」
「あぁ、今日買ってきたボトルのね。いいわよ」
 最後まで聞いて冷蔵庫から1.5Lのペットボトルを取り出す。まだ開封のされていないアップルジュースだ。
 なみなみと愛用のコップに注ぎ、ゆっくりと飲んでいく。
  こくっ、こくっ……
「ぷはっ」
「おねぇちゃん、別に聞かなくったっていいと思うんだけどな」
「だって……だめだったら、怒られるし」
「二人のために買ってきたんだから気にすることないわよ」
「うん……」
 岬の内面的な優しさというのだろうか。何をしたら人は嫌だとか、どう思うかという配慮の気持ちが強かった。逆に言えば心配性で、一挙手一投足に気を遣うのだ。加えて積極的に行動したり自ら挙手をする……という目立った行為も苦手だ。
 岬は軽くコップを濯いでそそくさとダイニングキッチンを出て行った。

 真っ先に席を立って五分後、部屋のタンスを漁るのを止め、持っていたワンピースを投げ出した。
 少しなら大丈夫かな……。と思いながら旅行に着ていく服を探していたけど、ちょっと我慢できない。加速する内なる焦燥感とこそばゆさに耐えかねて、岬は廊下に出る。
 ちょっと歩いた所にあるトイレへ。施錠の窓が青色なのと、外付けの照明スイッチがオフなのを確認。
(……誰も入ってないみたい)
  きいっ……。ぱちっ。ばたん、がちゃ。
 念のために扉を開いて無人なのか見てから明かりを点け、閉める。そしてすぐに鍵をかけた。
  ふぁさふぁさふぁさ……するっ。
 部屋着のジャージと飾り気のない白色のショーツを足首まで下げる。肌白い下半身が露わになるけど、これが気持ち良い。
 下りていたフタを上げ、便座に腰掛ける。
「んんっ」
 ほんの少し力を入れただけで毛の生え揃っていない縦筋から光が迸った。
  チイィーーーー、じょぼじょぼじょぼ
 否、光ではなく。それはおしっこの軌跡だった。
  じょぼじょぼぼぼぼ……ぷしゅー じょぼっ
 せき止められていた分が一挙に放水され、一端勢いが落ちてから再び便器の水溜まりを叩く軌跡。
「はああああぁ……」
 ひたすらに自分を隠していた岬が外に出てこられる少ない時間が、トイレの中だった。
 個人の中では下半身を晒しても誰も見咎めない、恥ずかしくない。トイレで気持ちよさそうにしたって人の目なんか気にならない。
  しいぃ……ちょろろろろっ
「ふぅ」
(我慢しててよかったぁ)
 アップルジュースを飲んだせいか尿意を感じた岬だったが、とある理由から放尿の機会を遅らせていたのだ。
(少し我慢したほうが、きもちいい……)
 普段本音も気持ちも抑え込んでいるからこそ、解放の瞬間は比例して快感になる。それともう一つの理由は――
  コンコン
 ペーパーを取ろうとした岬がビクッと動きを止めた。
「おねぇちゃん、入ってる?」
「〜〜〜〜〜! いまでるっ」
  ガラガラガラッ!
 快感に委ねて紅潮していた頬が、羞恥心の赤に差し変わった。急いでペーパーを巻き取り、軽く撫でるように陰部を拭いた。
 サッと立ち上がって紙を便器に投げ捨てると――コックを捻ってもう流してしまった。
  ゴボボボボ、ジャアアアァァァア――
 渦巻く清流がおしっこと紙を巻き込み消えゆく途中で鍵を外し扉を開いた。もちろん流す途中でショーツごとジャージをずり上げて。
 ゆっくりしていたい。そんな気持ちは一転、早く飛び出してしまいたい一心になってしまったのだ。
「ごめんっ、港……」
「ううん、こっちこそっ」
 岬と立ち退き入れ替わるように港がトイレに駆け込んだ。
  バタン、ガチャ!
(あ、港……急いでたのに。私は…………)
 トイレを我慢するもう一つの理由。
 行くのが、そして中にいる間が恥ずかしいから。
 年頃の女子、まして恥ずかしがり屋の岬はトイレという行為自体が恥ずべき事なのだと思い込んでいる。それは自宅でも例外ではない。
 更に中にいる間、誰かが来るんじゃないか、待っていたらどうしよう。と気が気でない。
 ゆっくりとトイレしていたい気持ちの裏に、羞恥の気持ちが常に膨らんでいるのだ。
(どうしよう、はずかしい……)
 岬の気持ちの知る由もない扉の中で、溜まったばかりであろう水面に落ちる排泄音。
 岬はその場から逃げ去るように自室へ駆け込んだ。

  ぷちゅっ、ぷぅー
「んんっ」
 腸が夕食で刺激を受けたからか、港は催してしまったのだ。――自宅で大便を。
  むりゅ、むりゅむりゅ……
  ぼちゃぼちゃぼちゃ
 固形になり損ねたうんちが柔らかな音と伴って下り、水面に跳ねながら落ちる。
  きゅるきゅる……
「ん、くっ」
  ぷちゅっ
 ガス混じりの軟便が肛門から弾けた。
 港は今更だが、自分の吐き出したモノの臭いに鼻をしかめた。腐った生物を相手にしているようなものだ。
(うんち、ひっかかってる)
 未だに慣れない下り便の悪臭の中、肛門からぶら下がる何かに気がついた。それは繊維状のうんちで、締まった括約筋によって引っかかってしまっているのだ。
 少し腰を浮かせ汗ばんだお尻を振ってみるものの、効果の程はと言えば悪臭が更にむせあがってきただけだった。
「ふぅ、んんっ」
 港は下っ腹に力を込めて踏ん張りだした。
(あ、いけそう……んっ)
  ポチャ
 繊維状のうんちがようやく落ちた。次の瞬間――
  キュルルル!
「んくっ!」
  ブビューッ、ブリリリリリ!
 なんと勢い余って爆発するかのような下痢便が吹き出した。
 熟成したおならを交えて弾けた軟便が便器の水を跳ね上げて港のお尻を汚してしまった。
「やっ……」
  がらがらがら、びり
 二、三重にペーパーを重ね巻きしてお尻に付着した汚物を拭い始めた。硬質便と格闘していた時とはうって変わって、紙越しに不快感を押し付ける軟便故に、紙を重ねている。
「べんぴのときなら少しでいいのに……」
 一度に巻き取る紙の量も、拭く回数も。
 港は五回ほど拭ってようやく肛門と尻たぶを綺麗にできた。
 腰を上げて便器を覗けば、下った粥状の糞――ドロドロで見るのもおぞましいウンコ――が漂っていた。
(どろどろの、茶色だ……)
 便秘薬を服用して三日が経った。例にみない極大便を降ろす代償として伴ったのが、腸の衰弱。
 便秘薬の威力は硬質便しか作らなかった腸には強すぎて、吸水能力をかなり弱めてしまったのだ。
 結果港は便秘に悩まなくなったのだが、急な腹痛と下痢に見舞われ続けている。
「おうちでうんちできるなんて……」
 太く長い硬質便は洋式を容易く詰まらせる。それに気付いた港は知らず知らずに洋式――つまり自宅での排便を無意識で抑制、もしくは抑制してしまっていた。
 稀に自宅でも便意は押し寄せるのだが、必死に肛門を押さえつけ便意を抑え込む。吐き出すのは翌日の学校で。もし休日ならわざわざ外出して和式トイレのある場所まで赴く。
 そんな自分が我慢できずに自宅でうんちをしているのだ。不思議な感覚に違いはない。
  ゴボボボボ、ジャアアアァァァア――
 港はやはり最後まで流れ切ったかを目視して、トイレを後にした。

(やっぱ、おなかゆるいな……)
 ベッドに蹲り、ぼそっと漏らす。右手を指し込み優しくお腹をさすっている。
 自宅でうんちするなんて、何年ぶりだったっけ……?
 港は薬で腹を下してしまってトイレに駆け込んだのを除けば、実に一年以上自宅で排便をしていない事になる。それほどに詰まらせてしまう恐怖感と責任感と、それと、
(少しの、かいほうかん……)
 内側から膨らんでいく圧迫感を抑え、所構わず凝縮され爆発しそうなガスを我慢して、まるで苦しみを愛撫するかのようにお腹をさする。
 そして、人気のない学校で、うんち。
 我慢を覚えた人間にしか味わえないひと時の麻薬のようなものかもしれない。抑えた分だけ耐えた時間だけ全身を走り抜ける電撃は、決して他人には共感できないだろう。
 友達がいなくなったのを見計らって個室に篭る。いつもは混雑する女子トイレだって、放課後はいつまでも占拠できる。
 ひたすら白い便器に向かって、しっとりと汗をかいたお尻を突き出し続ける。何度も無為に水を流しては、火照った臀部を冷やした。
 稀に入ってくる誰かを座ったままやり過ごす。人がいる間は出したくても便意を堪えた。たった一人で迎える排便が一番楽しいから。
 腸で凝縮されていた硬質便を下ろしたら洋式へ移動する。後に潜むのは柔らかめのうんち、腰かけるだけで自然と出せるし、楽な姿勢で臨める。
 帰る途中でもあえて残留させたうんちを吐き出す。公園の指定席で、清潔なコンビニの洋式で。見ず知らずの人が来る羞恥が逆に気持ちよかった。
 もちろん、便秘は楽しいものではないと港は理解している。
 家では出したくてもひねり出せず、休み時間の間に頑張っても時間が足りないし、臭いが恥ずかしい。お腹がずっと痛くてパンパンで、食欲すら肥え太った便意に呑まれていく。その便意すら、重すぎて吐き出し難い。
 港は便秘に伴う苦痛を《我慢と解放感》に置き換え、女の子として生活していると言う事だ。

 それでも家でうんちは出せなかった。いくら便意を残しておいても、どうしてか帰った途端に霧散するのだ。寄り道せずに残留便を持ち帰っても、いくらきばっても出てこない。
(詰まらせないって分かってるからかな? それとも漏らしそうになっちゃうから?)
 だったら今までもそうだったのに。
 疑問が固まってこべりつく。

《大》のコックを捻った場合、耳を澄ませば音が聞こえてくるのを岬は嫌と言うほどに分かっていた。
(お母さん、終わったのかな)
 布団に入ってから催してしまい、気だるさに引きずられながらトイレに立ったのだが、生憎と先客がいた。岬は無言で自室へ踵を返し空くのを待っていたのだ。
 その間、約五分間だったのだが、岬には一〇分以上に体感していた。
 足音が近付いてくる。トイレに行きも帰りも岬の部屋の前を通るからだ。
 フローリングの廊下に響くリズムが最も大きくなった時、
「はぁ、出なかった……」
(え、港!?)
 港の何気ない独り言が聞こえたのだ。岬は独り言にでも、その内容にでもなく、声の主に驚嘆していた。
(だって、港は、大を流さないはずなのに)
 トイレの順番を敏感に待ち続ける岬は、港が大の水を流して出ない事を知っている。もちろん自宅で大便が出来ないからなのだが、岬は(大で流さなくてもいいのかな?)と勝手に解釈していた。それは港の排泄が軟便であるという思い込みだ。
(港は便秘しないのかな? いいなぁ)
 トイレに篭る時間が長いのに、小で流す。だから岬はそう思っているのだが、実際は無駄と分かっていても排便に挑んでいるからである。
 そんな港が大で流しているのだ。もしかしたら硬いのが出たのかな、と邪推しつつ立ち上がる。
 そっと廊下に出て競歩でトイレに入る。一秒でも早く排泄したくて堪らなかったのだ。
  ガチャ、バタン!
 扉を閉める音が若干大きかったのもそんな心理の表れだろうか。
 ショーツごとパジャマを最大まで下げて、下腹部に力を込める。
  ぷしゅう――――じょぼぼぼぼぼぼぼ
 薄黄色の尿が一直線に放たれる。
「ん……」
 少なからず感じられる快感に打ち震える。
 我慢を選ぶ性格故に、港と同じような感覚もある。
  ちょろ、ちょぽん
「んんっ、ふうっ」
 両腕を組むようにしてお腹にあてがい、背中をくの字に曲げる。
 我慢していたのは尿意ではなく便意であった。
  ぷしゅうー
 先駆けにガスが出る。
「んーっ」
 まるで歯磨き粉をチューブから押し出すように両腕に力を込める。
  めき
 気張り始めて三分間。遂に眠っていた頭がせり出してきた。
「ふぅ、んっ!」
  ぷうぅ めき、みちみち
「あくっ、んんっ!」
  みちみちみち、ぼちゃん!
 頭が出てからは引力に導かれるようにうんちが吐き出された。
「はあぁぁぁぁぁ……」
 スッと軽くなったお腹に言い表せない気持ちよさが宿る。
  がらんがらん、びり
 紙を千切ってお尻側から手を差し込む。塗り薬を患部に塗り込む要領で肛門を拭く。紙を畳んでもう一度。固めのうんちだったのでそれだけで拭き切れた。
  がらがらがらがらがら、びっ
 次は股の方から手を入れて股間を撫でる。毛の生え始めた丘を丁寧に往復する。
 腰を上げて光に晒された便器の中。
 一本の茶色い硬質便が水溜りの中に漬かっているが、それでも収まり切らない臭いが鼻を突く。あまり臭いと感じない熟成したモノだ。
  ゴボボボボボボ、ジャ――――――
 岬は大の方へコックを捻り、汚物を流し切った。
(〜〜〜……)
 洗浄音が響く間、岬はいてもたってもいられない気持ちになる。何せ大の音は廊下に出ていれば耳に届く。すなわち自分が大便をしていたと家族に伝えているようなものだ。
 だからと言って小で流そうものなら、岬の便秘気味の便は水量が足りずに詰まらせてしまう。
 さすが姉妹、体質は似通ったもの。港ほど重症ではないものの岬も便秘体質なのだ。しかし岬は港が重度の便秘だとは知らない。家での情報だけだと、柔らかめなのだと思っている。
 完全に音が消え去ってからトイレを抜ける。
「もう、寝よう……」
 すっきりとした後の解放感を長引かせるように、岬は床に就いた。


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