No.07「宿泊先での事情」

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 岬は不気味な塊のせいで、動物園での思い出になりうる記憶が決定的に不足していた。
 失禁間際の醜態を見せてから、浮かんでは消え損ねる排泄のコト。データを消したそばから増殖していくような対処しようのない連鎖だった。
 結局岬はお腹の不気味な塊が鎮まらない内は、排泄しか考えられない少女でしかなかった。いや、そう在ることを余儀なくされていた。
 とは言ったものの、常に意識していなければダムを決壊させないぐらいに危険な不気味な塊でもなかった。
 出そうだが、出さなくても問題はない。その程度だ。だから消えては増える。
 岬も内側から膨らみ弾けるような不気味な塊でないことに安堵し、動物園を回る最中に白い陶器に焦がれて走る必要性も特になく、安心していた。
 何よりもまた〈恥ずかしい部屋〉に行く姿を見られない、落ち着きのある余裕に落ち着きを持てていた。
 だというのに。
 それでも岬は今、今だけは友好的な不気味な塊を怖がった。
 灰色の長い鼻の先から吹き上がる飛沫を見、自分のお尻から噴き上がる茶色を想像した。
 よちよちと歩く飛べない鳥を眺めては、便器を求めてよろよろと歩く女の子を思い浮かべた。
 白黒の愛くるしい動物の斑点でさえ、白の抱擁に散った黒のくるしい斑模様、つまりは――自分が汚すことになる器の有様――のような気もした。
 何を見ても映るのは、お腹の事情に逆らえずしゃがみ込む〈   〉の姿。
(したい。でも、したくない)
 急かす事をしない不気味な塊のせいで半端な羞恥心しか生まれず、葛藤。
 否応無しに気分の弱々しくなる程の下痢だったら、理解をもらえて行けるのに。
 結局岬は、何一つきれいか或いはかわいいものを記憶せずに動物園を去った。


「おいしかったねー、バイキング」
「うん、よかった……」
 少食の岬が満腹そうな港に同意した。
 港はありったけ、と自分では思っているゆるいものを出していたので食欲は旺盛だった。旅行中の高揚感も相まって普段以上の量をたいらげてしまっていた。
 ちなみに岬はというと、家庭の味とまた違って新鮮な風味に、やる気のない食欲も久しいばかりの活力を発揮していた。幸いにも昼にはあった不気味な塊は感じられなかったのも一因だろう。ここ最近では考えられない食べっぷりに、満腹を超えて少々気持ち悪いくらいだ。
 普段押し込まない質量を計ってか、不気味な塊が膨れかけていたが、岬にはよくある事なのであまり気にとめなかった。
 時刻は八時を回り、夜という感覚が五月の空色を青い黒で染めていた。
 夕食後、部屋の前で両親と別れた二人はとりあえずテレビを見ていたが、視聴していた番組は若手芸人のあまり纏まっていないボケで終わった。
「そうだ、〈お風呂〉いこっかな」
 港が思い出したように言った。
「〈お風呂〉?」
「じゃなくて、『お風呂』の方かな」
 岬の尋ねたのと、港が答えた言葉は多少ニュアンスが違っていたらしい。港が〈お風呂〉に上書きするように『お風呂』と言い直した。
「せっかくだから〈お風呂〉に入りたいけど、やめよ? 今日は『お風呂』に行くの」
「だって遠いもんね」
 それに、恥ずかしい……と岬は心の中で付け足した。
 港たちが泊まったホテルには〈お風呂〉がある。かなり広々とした所らしく、旅行の疲れを落とすにはもってこいだろう。
 一方、無関心に疲れを落とす為ではないだろうが、部屋にも『お風呂』はある。
「おねぇちゃん、お風呂入っていい?」
「え、いいけど」
「じゃなかった。……いっしょにはいろ、おねぇちゃん」
「え? えぇ!?」
 すっかりバスルームの使う順番を訊かれたと思っていた岬は、短い悲鳴のような声を上げた。
「今日くらいいいでしょ?」
「え、でも」
「おうちじゃ狭くなっちゃって無理だし、今日はいいよね」
(ユニットバスだって狭い……)
 言葉にしたい否定を、遠慮して口にできない。
「大浴場の〈お風呂〉じゃ一緒に洗いっこできないし」
「ユニットバスの『お風呂』でも同じだよ……狭いもん」
「人がいると恥ずかしくない?」
「え、その……」
 さすがの羞恥少女も肯定し難い考え方だった。そもそも人とお風呂に入るのが論外なのだから仕方ないのだが。
「はやくいこっ」
 岬の気持ちはお構いなしにと、準備を始める港。
 どうせ大丈夫だろうと踏んでの行動だった。おねぇちゃんは頼み事に弱いから。
 しかし、
「やっぱ、やめよ?」
「……どうして?」
 岬はしばらく逡巡した後、恥ずかしいからと答えた。
「そっか、ならやめよっか」
 承諾すると確信していたはずの港はあっさりと引き下がり、替えの下着などをベッドに置いた。
「なら一人で入るね」
 岬は短めに頷いて応える。
「じゃあ私、おしっこに行ってくるね」
 そう言って何故か部屋の鍵を取って、ドアの方へ歩き出す。
「先におねぇちゃんお風呂入ってていいよ。私廊下の所のでおしっこするから」
 オートロックの施錠がされた音と一緒に、港はいなくなった。
(別に部屋のですればよかったのに、港……)
 岬はそんな事を考えながら、支度を始めた。

 港がわざわざ向かったのは、各階の隅に構えられた化粧室だった。
 港は一番奥の個室――きれいそうな洋式――に入って、そっと扉を閉めた。個室が三つの作りで洋式は一つだけだった。
「ふっ……」
  ジョボジョボジョボジョボ〜〜〜
 力を抜ききって放たれるオシッコは、力なく水面に溶けていく。
  ジョボジョボチョロチョポポ……ピチョン
 膀胱が軽くなり浮遊したような快感を味わい、お腹をさする。
(ちょっと痛いなぁ)
 その程度の不気味な塊があった。昼食の時にも感じた食後のお腹の動きみたいなのだろう、と昼を振り返って確かめる。
(おかしいなぁ。全部出したよね)
 港は新幹線で積もるような排泄をして、硬質便排泄の後に劣らない気持ちよさを身に浴びていた。つまりはお腹の不要なモノは空っぽのはず。
(まあいっか)
「ふぅ〜〜〜」
 座ったまま背伸びして、体をほぐす。
「さ、もどろ」
 港はこれからを考えて、恥部を拭く事もなく水を流して便所を後にした。

 岬がシャワーを浴びたと同時に闖入した者がいた。
「み、みなと!?」
 なんと一糸纏わぬ港だった。
「おねーちゃん、一緒にはいろ」
 岬が恥ずかしがって同行を断るのを港は確信していた。
 おねぇちゃんは〈恥ずかしい〉頼み事に弱いから、断る。なら先に入らせればいい。
 だからあえて外の便所に行って岬を先に入らせ、押し入ったのだ。
「や、やっ! それなら――」
 出るといいかけてシャワーが裸体を叩いているのに気がついた。もう濡れてしまっていて、手遅れだという事に。
「姉妹なんだし恥ずかしがる事はないでしょ?」
「〜〜〜!」
 岬は渋々、無言で答えた。

 カーテンを張ったバスルームの中に、仲良くシャワーを浴びる二人がいた。
 遠慮がちに汚れをすすぐ岬。つつましく膨らむ胸部を伝う水滴の雪崩は毛のまだらな前に集まって、浴槽へ落下する。
 姉に劣るとも見えない胸の生育した港は、気持ちよさそうにシャワーを浴びていた。実はクラスで一番大きく――体育の着替えの時に皆のと見比べて――ブラを装着している数少ない女児だ。浅い谷間から本流となった水流は無毛の恥部を洗うように流れていく。
「一緒にお風呂なんて久しぶりだね」
「うん……」
 最後に入ったのはいつだっけ……と港は思い出そうとしながら、備え付けのシャンプーボトルに手を伸ばす。
 それを見て岬はシャワーを止め、自分もシャンプーの洗剤を手に取る。
 香りの主張のない、市販品のシャンプーであるが、二人は特に気も留めず泡を立てた。
 火照った体と浴槽の底から上がる湯気に包まれ髪を洗う。二人とも似たようなセミショートの髪だ。
「さきにシャワー使うね」
「うん」
 岬が隅に寄ったのを気配で感じてから、いち早く洗うのを止めた港がシャワーの栓を捻り、温水を浴びる。
「ふぅー」
(ちょっと熱すぎかな)
 港は水温の栓を、冷たくなる方へ捻った。
 一挙に押し寄せる冷水は、肌に痛い冷たさだった。調整しながら出した訳でもなく、港は頭から冷水をかぶってしまった。
 熱を帯びていた体が一気に冷えて、逆に心地よい。全身が冷水に濡れてしまうと痛いのにも慣れてしまい、港はしばらくその温度のまま泡を濯いでいた。
 しかし……
 港は何かに急ぐように泡を注ぎ落とした後、呻いてお腹を抱えた。
  グウゥ
「ふっ……」
「港?」
 どこか調子の悪そうな妹に気がつく岬。
「おねぇちゃん、…………えっと……」
「なに?」
 港は恥ずかしげに言った。
「――していい?」


 壁面に掛けられていたバスタオルで下半身をササッと拭き、洋式便器に腰掛けた。
「あああ……」
 不気味な塊を堪え、ようやく着座したことで脱力。弛緩した肛門からは柔らかめの便がひりだされる。
  ムニュ ブリュリュリュリュリュ〜
「ふぅん、はぁ……んっ」
 港はお腹を冷やして催してしまったと思っているが、正しくは〈元より出そうだった下痢が冷やされたのをきっかけに動き出した〉のだ。
「はふぅ」
  プリュッ プリュプリュプリュ プチュッ!
 便器の底に沈んだ軟便を追うように、粒のような便が落ちていく。開ききらない肛門に矯正されまとまった量で排されないらしい。
 港は一段落ついた所で改めて赤面する。
 急に催したとして仕様がなくとも、人がいる近くでするのは恥ずかしい。たとえその人が血の繋がった姉だとしても、だ。
 港は極力音を立てないように肛門を引き締め、ゆるゆるの便を下ろしていく。それでも一面に水の張った洋式で静かに排便をするというのは少々無理がある。
(どうしよ、お姉ちゃんに聞かれてる……はうっ)
 それに加え排便で快感を覚える港は声を漏らしてしまい、さらに頬を赤くする。他人にはっきりと排泄音を聞かれる……自宅では互いに聞いたことはあれでもそれは片方が無自覚でいられていた。港は開放感とは別種のきもちよさを僅かながらに感じていた。
 一方の岬も、港が水っぽいものを便器に叩きつけ始めた辺りから顔を赤くしてシャワーを浴びていた。
(港、下痢してる……)
 港を案じてシャワーの栓を捻っていた。止め処なく溢れる水の音色がカーテン越しの物音を雑に遮断してくれている。
 聞いている岬も恥ずかしかったからシャワーの雑音は効果的だった。
(お腹、大丈夫かな……)
 泡を落としながら妹を気にかける岬。
  ブリュブッ! トポトポトポトポッ プチューッ!
「はぁ、ふぅ」
  グルギュルゴロゴロ〜〜
(お、おなかいたいよぉ……)
 お腹で渦巻く濁流。鳴り響く不調の音。
 一気にふんばって出し切りたい所を、港はまだ慎重になっていた。
 たとえシャワーの雑音があっても、爆発させればいとも簡単に岬に届くだろう、音が。
 それが恥ずかしくて嫌だった。
 元々人がいる状況で排泄ができる性格でもない。放課後はいつだって無人になるのを待つぐらいだから。
 長い長い一本を出している途中で人がくるならまだいい、止めようたって出かけたものの進行は止まらない。だが、今回のケースでは最初から人がいる。ましてや途切れ途切れの下痢だ。
 出し渋らざるを得ない。
  グルグルグル〜〜
(あーおなかいたい! はやくだしたい! でもはずかしいよぉ……。うぅ……)
  ビチビチビチ…… ボチョボチョン
「ふぅぅぅぅ…………っあ!」
  ブッ ブ――ッ!
 港は我慢できず、甲高いおならを放出してしまった。

(お、おなら……)
 案の定港のおならを耳にしてしまった岬。
 抑えようとして漏らしてしまったために、一層大きなものだった。
(港、我慢しないで出していいよ……)
 そう言えればいいが、気後れしてしまって口に出せない。
  ビチビチビチビチッ! ブチュ!
「あぁ、ふぅん!」
  ビチビチボチャボチャ ブチュブチュ――ッ!!
 遂に港は我慢に耐えられず思いっきり下痢便を噴出させだした。
(すごいびちびち……大丈夫かな)
 自分もこんな汚い音を出して……岬は自分への嫌悪感と共に気持ちが重くなる。
  ぐきゅ〜
「お、おなかが……」
 港の排泄音を聞き、不気味な塊が起き上がってきたのだ。まるで共鳴でもするかのように徐々に大きくなっていく。
  ぐぎゅるる〜〜
「はぐっ」
 港は洗い終わってもまだ流していたシャワーを止め、浴槽に屈み込む。
  ゴロゴロギュルル! グギュ〜!
「ん、はぁ、ふぐぅ……」
(やだ……でるぅ)
 あっという間に不気味な塊が岬の頭の中に蔓延していく。もう排泄しか考えられない。
(う、早くしたいっ)
「ふぅ、はぁ」
  プチュチュブジュィ―――― ビジュジュジュバブッ!
  ビチビチャビチビチビチ! ブビビビビビビビ、ブチュ――ッ!! ブバッ
 しかし、苦しげな声からしてまだ港は下痢を抱えている。
(みなと、まだ……?)
 恥ずかしいなどを抜きにして出したい。余程に切羽詰まらなければ至らない緊急事態であった。いかな羞恥少女であっても、おもらし以上に絶え難い恥辱は知らない。
「み、みなとぉ」
  プリプリビチャビチャ……トポ、ポチャ…… トポポポチャッ
「え、お姉ちゃん、なに……」
  グルグルグル〜〜〜
 渋り便をひり出していた中聞こえた声に肛門を窄める。せき止められてお腹が鳴り出す。
「ふぅっ、んっ、ふっ」
「ど、どうしたの?」
 岬は枯れるような声で、伝える。
「う、うん……わたしも、したい」
 自らの限界を。
「ご、ごめん! もう終わらせるから!」
 まさか姉が浴槽に屈んで不気味な塊に耐えていたとは港も知る由もなく、慌ててお腹に力を込める。誰が聞いても限界そうな声に港は急ぐ。
「ふぅぅぅぅぅん!」
  ブジュ プリビジュビジュビヂィ!
  ビジュジュブブブゥ――! ビジジッ! ブジュジュジュジュビビビ!
 泥一面の水面に叩きつけられる新たな泥、いや水様便。
「お姉ちゃん、もぉちょっと、っ」
  ブジュ! トポン……トポトポッ
 渋るお腹が港を焦らせるも、出切らない。
(はやくはやく! したいの!)
  ゴロゴロギュボギュボ!
 もう直腸はどろどろで一杯だった。
 がまんできない。
 したい。
 もうだめ。
 岬は幸いにも和式座りだった。そして、水の張っていない浴槽の中。
 抑制が、解かれる。
(だめもうでるっ――あ)
  ブリブリブリビヂヂヂヂィ――――――! ブボッ!!
「ふぐぐうぅぅっ!」
  ビヂヂヂヂュヂュッ!
「うぐぅぅぅん!」
 真っ白な浴槽に散る下痢の波。苦痛の喘鳴と共に噴射する液体。
 岬は浴槽で排泄してしまった……。
「え、おねえちゃ――」
 渋り腹と戦っていた港にも結果は聞こえていた。
(どうしよう、お姉ちゃんも辛かったのにわたしは……)
 港は決意し、気張るのを止めた。痛むお腹を庇いながら立ち上がり、
「お姉ちゃん、空いたよ!」
 カーテンの向こうの姉に、叫ぶ。
  シャ――ッ!
 岬はカーテンを強引に横に寄せ、漏らしながら浴槽を跨ぐ。港はレバーを倒し、自らの出した汚濁を流す。
「ごめんおねえちゃん――」
「もうだめっ!」
 岬がお尻から手を離し充血した肛門が便器を捉えた瞬間、
  ブビヂィッ!! ブビベタベタベタベタ! ブジュドボボボボボボォ――――!!
 溢れんばかりの下痢便放射が便座に、便器に注がれた!
 便器の奥底に港の汚毒が吸い込まれていったと同時の噴射だった。水の空になった便器に下痢が叩きつけられ、流れ込んできた清水はたちまちに汚染される。
「ううぅぅうん!」
  ビチブチュブチュブチュブチュ! バチャブボボボボボボボボォ――ッ! ブビビビビィ!
 悲鳴に似た唸りに遅れて水面を叩く噴射の音は、例外なく港にも届いている。初めて姉の排泄現場を目撃した衝撃を一層と深く刻む鯨音だった。
(おねぇちゃんビチビチだよ……)
「ふぅ、はぁ、くぅんっ!」
  ブジュビヂヂヂヂ! ブボチャッ! ブリブリブリリリリリ!!
 港は目を逸らすことすら脳裏に過ぎらせる余裕すらなく、排泄の一片一片を体験してしまっていた。恥辱に包まれた音、羞恥を焦らす悪臭、遂には股の間から覗く汚泥すら。
 以前公園の便所に立ち寄った際、先客の爆音と腐臭に立ち合わせたかとはあった。その時はないに等しかった不気味な塊は消失したし、害した気分で直帰したものだった。
 ただ今は――
「んー、いたいよぉ……」
  ブリブリブリブリブリブビッ! ビヂヂブボボボボボボチャ プチュビチチィ――――ッ!!
 受け入れるとも拒み除けるとも付かない気分であった。
 生理的に避けつつも茫然自失として、便器と姉が対なす姿を受け止めていた。
 一方岬は。
「ふぅん、んああっ!」
  ブジュ……プピピピッ
 腹痛と反比例し放たれる濁流、痛みの根源が枯れたフリをする苦しみの中。
 恥ずかしさはとうに吹き飛び、便器以外に空虚な世界を創り、外聞なぞ知らぬとばかりに喉をうねらす。
「おなかいたい、いたいよぉ」
 肘を腹に食い込ませる。視界をまぶたの黒に染める。幼い蕾に全力を込めた。
  ビジュッ プピィ
「でない……、んっ――」
 浴槽での排泄という非日常から羞恥のメーターがはちきれ、妹に見られないとか、大便が恥ずかしい何て『普段の岬にとって忌むべき事態』はどうでもよくなっていた。
 どれだけ恥ずかしさの基準を下げてでも、便器に排泄をすることだけは遵守したい。優先順位を違えぬために恥をかなぐり捨てたのだ。
  ポチャポチャ…… ビチチ トポトポトポ トポポポポチャ……  ポチョッ ポチャン
「はぁぁぁぁぁ……」
 粒のような便を最後に岬の不気味な塊は首を引っ込めた。
 そして余裕が生まれたところで気付く。顔を真っ赤にして佇む港に。
(え、うそ、下痢してるの見られてた!?)
 捨てられた恥が蘇り始め、羞恥少女がかたかたと震えだす。
(おねぇちゃんすごい必死にビチビチのだしてた)
 他人の大便に形容できない感情を抱く港。
「おねぇちゃん」
 びく、と肩を弾ませ岬が目を背けた。
 岬が落ち着いた今、港たちには解決しなければならないことがあった。
「一緒におしり、洗お?」

 カーテンに映るシルエットはこうだ。
 壁に手を当て臀部を突き出す影と、重なるように立つ影。一見情事の最中とも見える風景であった。
「みなと、優しくしてね?」
 泥のような下痢に汚れたお尻を突き出す岬。その声は震えていた。
「うん……」
 立つ影の港はシャワーの頭を掲げ、温水を放つ間際だった。
 岬はもうどうでもよくなっていた。
 浴槽に漏らした時点でなりふり構うことはできず、終始港に見つめられるまま、あるがままの排泄姿を晒したのだ。今更お尻の泥をすすがれる程度では抗う勇気などないに等しい。
 気分は犯され尽くした処女の絶望とよく似ているのだろうか。
 ノズルから勢いよく温水が噴き出した。
「ひゃっ」
 優しく撫でるような水流の暖かさ。腐臭纏う飛沫に包まれた桃尻に感動のような刺激が伝播する。
 港は汚れるのも構わず、水圧だけでは落ちない下痢の飛沫を指でこすっていく。何度か強く摩擦される度に岬が嬉しい嗚咽を呑みこみ、されど堪えられず声にする。
 しばらくして尻たぶの汚れは完全に落ちたものの、港はその先を洗うのに躊躇いを覚えた。
「おねぇちゃん」
 岬はとくに答えない。
「おしりのあな、洗うね?」
 暫くの沈黙の後、首が縦に揺れた。
 普段の岬なら声を上ずらせてシャワーを取り上げるところだが、なすがままにといった風貌で身を委ねた。
「うん、じゃあ、洗うね」
 洗う方の港は肛門というマイナスイメージしか先行しない部位を触ることに、なんら抵抗感といったものを感じていなかった。いや、感じられなかった。
(わたしが早くうんち済ませていられれば、おねぇちゃんは苦しまなくてよかったのに)
 こう悔いたのは、二度目だ。
 お尻を洗うことを提案してから、浴槽の惨状を洗い流している時が一度目だった。明らかに自分よりもひどい有様だったのだ。具合の悪さは昼の騒動を鑑みれば納得のいくもので、非常に水っぽく、軟便は欠片が散らばるほどにしかないぐらいだ。いかに岬が駆け出してまでパーキングの化粧室に入ったのか、深層まで探ることはできないまでも、少なくとも自分よりはひどかったであろう腹痛だけは理解できた。
 じゅくじゅくと赤く熟れているような、そこを見て二度目。
 流動性を伴う排泄に肛門は疲弊しきっていた。肛門を直に見たことのない港はそう見てとった。
 温水の雨を尻たぶから割れ目の方へ動かし、集中的に肛門へ注がれるようにする。
「んっ、ふぁぁ……」
 下痢のもたらした辛い熱を揉み消すような優しい熱に、岬が震える。
「おねぇちゃん、もうちょっとお尻だして」
 岬は足をより開いて腰を深く落とす。先ほどまで隠れがちだった穴が大きく露わになる。
 ついに港が指を肛門に当てた。岬は痛みと気持ちよさに襲われビクッ、となる。
 港がそれを受けて慎重に指を沿わせる。
「んっ、んぅ」
 尻たぶの時とは比較もできない衝撃だった。
 指が蕾に触れるたび官能的な喘ぎが漏れ、岬の色がよくなっていく。
「おねぇちゃん、もう終わったよ」
「…………ありがとぅ」
 消えるような声で礼をする。
「どうしたの、おねぇちゃん?」
「ん、なんにも」
 そう、と港は気付かず頷いてシャワーを止めた。
 赤らむ岬が股を押さえる姿に直感を確定させることもなく。

 港は姉に配慮して静かに排泄していたためか、尻たぶに散る汚れは僅かだった。なのでボディーソープでこするだけで済んだ。
 ただ、排泄を途中で切り上げたせいで……
  ぎゅるる……
(やだ、お腹が)
 絞りきれなかったものが、お腹を叩く。
 ちょうどお尻を洗っているところだった。二人して泡まみれになって黙々となっている最中にだった。
(う、またしたいな)
 ちらとカーテンを見て、奥にある便器を思う。今すぐ泡をすすげば間に合わないこともない。どうすべきか逡巡しつつも洗うのを止めない。
  ぎゅるぎゅるぐるる
「うぅ」
 肛門を強く擦ってしまったからだ。浣腸でもしたみたいに突然お腹が鳴ったのだ。
「おねぇちゃん」
「どうしたの?」
「また……していい?」
 岬は意図を理解してそうっと頷く。ハッとした顔だったのが港にとって印象的だった。
「ごめんね、我慢できないの」
 港はなんと、その場にしゃがみこんだ。
 岬が意図の本当の意味を知り、さっと顔を背けた。
 真下に排水溝があるのを幸いと、絞めていた力を解き放つ。
「でる……」
  ぷちゅぷちゅ びちびちぶりぶりぶり!
 真っ白な浴槽の底に下痢が叩きつけられる。
「ふぅ、んっ」
  びちびちびちゃちゃちゃちゃっ! ぶびぴぴぴぴ ぶじゅじゅじゅじゅ ぶばっ!
 肛門と近距離に底があるために飛沫が容赦なく散乱、洗いたてのお尻に飛びつく。
  ぷりぷりぷりぴぴっ ぶぶぶっ ぶびぃ――――!!
「ふぅ、はぁ」
 不気味な塊が静まり、一息。足元まで及ぶ下痢便を見下ろす。
 岬がしたのと同じような状態だった。かなり水っぽく、形となったものが少ないのだ。
「だいじょうぶ?」
「うん、まだでそう。んっ」
 お腹の前に手を差し込み、ゆっくりとさする。
「んんっ、ふうぅぅぅん、うぐぅっ」
  びびび びちゅびちゅ ぶびびびっ……
 ほどなくして港は用を済ませ、シャワーで泥を押し流すのだった。
 岬に遅れて身体を洗い直し、バスルームを出たときには二人の不気味な塊はもう、なくなっていた。


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