No.09「翌朝での事情」

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 深夜0時を過ぎて1時。
 夜中にひっそりと戦っていた少女たちは、静かに寝入っていた。
 日付が変わってからほぼ同時に便意を催した岬と港は、排泄の疲れも募ったのかベッドに沈み込むように寝息を立てていた。
 港はお腹を下してためらいもなく部屋のトイレに行き、懸命に液状便を搾り出した。一方でトイレに行くタイミングを計っていた岬は先を越され、我慢も限界に達して廊下のトイレへと駆け出した。結果、港に排泄姿を見られてしまう痴態を犯してしまった。
 さすがに1日に何度も排便を繰り返してきたこともあり、再び便意に襲われることもなく、今度こそ落ち着いた夜を過ごせているようだった。
 港は新幹線内のトイレで便器に軟便を盛り付けたのが1回目。
 入浴の最中にトイレで排便し、汚れをすすいでいる最中に浴槽でうんちをしてしまった。これで2回と3回。
 1時間前の排泄も加えて4回も下し気味の軟便や下りきった下痢便を吐き出していた。数日に1回の大量排便が常であった港にとっては環境の変化も加わって不慣れな排泄習慣だったために相当苦しい思いをしただろう。
 お腹の中も夕食が消化されている以外、老廃物は空っぽで心身ともに軽くなっている。
 港もお腹の調子は不健康であったが、岬の方がひどさは際立っていた。
 便が出掛かっていたところで港がやってきて朝の排便を中断し、半端に腸が勢いづいた状態でジュースによって下した岬。パーキングエリアで漏らしかけながらもトイレに並び、朝の分もまとめて排便した1回目。パンツの汚れを拭くために再び並び、運良く個室の中で第二波に襲われた2回目。
 午後の調子の良さは続かず、入浴中に催してしまう。港がトイレを使い終わるのを待てずに浴槽に噴出し、失敗を引きずったまま便器に座って恥辱の排便をしてしまったのが3回目。
 遂には夜中に腹を抱え、港がすぐ近くで排便しているのを尻目に廊下のトイレへ。これが激しい4回目となった。
 前々から食後は便意の強かった港は水分のこされなかった汚物が溜まって催し次第、トイレへ。岬はお腹を冷やす度に強烈な排泄欲求に苛まれ、いつも以上に便器に思いを馳せた。
 普通の女の子なら――定期的な排便リズムがある女子ならば、むこう何日間は大便がメインの排泄をしないで済む量を、お腹が空になるレベルの排泄劇であった。ただし、2人はお腹の事情に関しては、普通の女の子にカテゴライズされない。
 港は同年代ならば間違いなく重度に値する便秘で、腸に詰まった便によって、古いそれが押し出されるまで老廃物を溜め込んでしまう。
 岬は比較的港よりも軽い症状であるものの、出せる時に出そうとはしない性格だ。我慢の上に我慢を乗せ、苦しすぎる場合か出さない方がひどい結果を生み出すような状況でないと肛門の内側を外に曝け出さない。
 つまるところ、2人は便を常々から溜め込んでいる。
 腸の機能が低下しても港の便秘は治ったわけではないし、岬も調子さえよければ下さずにもりもりと便器に積み上がるようなものを生み出せるのだ。
 だから、まだ2人はお腹に残している。
 疲弊しきった体調のせいでスムーズに流されていく汚物を。形になるかならないか、といううんこを。

     * * *

 港は朝に排便をすることがほとんどない。
 たいていの子が、言うなれば普通の子は朝食を摂ってから自宅で大便を済ませるところを、港は家で排便できないので大用のタイミングが昼や夕方になってしまう。
 朝にするタイミングがあるとすれば、登校途中に公園の便所を使うか、始業前に小学校のトイレに篭るか。しかしながら家を出る時間が遅かったりするため、出発前から意図して立ち寄らない限りは、朝の排便はない。
 そんな港も、不本意な朝のうんこ排泄をどちらでも一度ずつ体験している。
 便秘5日目に家で強めの便意を催すも、案の定出なかったがために渋々登校、歩いている途中で強烈な排便欲求に見舞われて――どでかいうんこを公園の和式トイレで捻り出した。いつも通りの時間に登校していたため、トイレを出てからは走って遅刻ギリギリに滑り込む。これは卒業式の近い3月のこと。
 そして学校での朝排便は12月。学校に着いてから4日分の多量な硬質便を出したくなり、我慢した挙句に教室から2番目に近いトイレで脱糞。理科室での授業の準備をして廊下を歩いていたときがピークだった。もう我慢できないっ……! と始業の5分前に駆け込んだときには生徒はおらず、恥をかくことはなかった。小分けに出せそうになかったので和式に入り、少しでも早く済ませようと力を込めた。
 だが腹をさすって踏ん張っている途中に三人の女子がトイレに来てしまった。それも洗面所で立ち話をするのみで、用を足すわけでもなく。
 うんこをしていると知られたくない――どんな女子でも抱く危機感を、行為の最中故に強く感じた。早くここを出なくちゃ、いやうんちを出さなくちゃ……と焦りを募らせるも、出しかけていた最中であったため中断も許されず、かと言って落ち着いた環境でなければ滑らかに排出できないのが港であった。
 強張った大便を半端にぶらさげたまま3分間、港は踏ん張りから息みに切り替えてお腹に力を込め続けた。そして便の頭が便器の底を突いた途端、するすると自重に導かれるがまま、孕んでいた太い蛇のようなうんこを排泄できた。
 港はこれでトイレを去れる、とは思っていなかった。あまりにも排便に時間をかけすぎた。出し切る時に大きな落下音を立ててしまった。お腹が緩んでガスを我慢できなかった。お腹を苦しめていたのは一本糞だから、少しずつ流すなんてことができなかった。だけど小分けに流していたらすぐにばれる。だから臭いが漏れていた。それにおならは流せない。そもそも女子同士でうんこをしていた、という事実を隠すのは難しい。同じ気持ち、心境を知っているから――自他の排泄についてを共有しているのだから、何となくでもバレてしまう。
「ねぇ、誰かうんこしてない?」
 3人組の一人が、遂に口にした。前々から静かで長い用便に目敏く勘付き、気を取られていた女子がいたのだ。個室に隠れているだけとか、用途以外の使用でないというのは落下音と一挙に広がった悪臭でわかった。
 港はすぐさま水を流した。指摘されたタイミングで老廃物を流すなど、行為の肯定であり、好意の否定語をありのままに受け止めるということだった。それでも生み立てほかほかの糞を直下に晒したまましゃがみ続けるよりましだったし、悪臭の源を浮かせておくよりは気が楽になるはずだから、とひと思いにコックを捻った。
 詰まるという最悪の事態は避けられたものの、憂慮していた事態は起きてしまう。
「……くさっ」
「ちょっと、やめなよ」
「学校でうんこなんて、はずかしー」
 口々に嫌味を吐露する二人と、中の人を慮る独り。港に気を遣っているのだろうが、黙ったままスルーしてくれた方がよかった。騒がれることが、一番辛い。
(顔は見えないけど、同じクラスの女子の声だ。ここで出たら絶対にバレちゃう。でも、そろそろチャイムが鳴るはずだし……)
 きっと理科室に移動する途中で立ち寄ったのだろう。
 港は残便感を覚えながらも後始末を始めた。うんこが済んだと暗にアピールすれば、興味を失ってくれると思ったからだ。
「ねぇ、もうチャイム鳴るし教室に戻ろうよ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「もうちょっとだけ、ね?」
 誰がうんちしてたのか、見たいんだ……港は直感した。
(ぅぅん、まだうんちしたいよぉ……。でも、恥ずかしいし)
 小振りの糞が出掛かっていたのを中腰になることで引っ込め、巻き取った紙で押し込むように拭う。いつもよりもべっとりと滓がついた。
 港はわざと時間をかけながらお尻を拭き、外のささやき声が遠くにいくことを願った。しかし紙がお尻を乾いた表面で擦って熱するだけになっても、彼女たちの興味が冷めることはないようだった。
 音を立てないように下着を上げ、スカートを整える。港は立ち上がり、トイレをしているフリを続けるしかなかった。コックをわずかばかり捻り、音消しをするフリ。途切れ途切れの便を流しながらする素振り。数回流したら、数回紙を千切る。そして流す。お腹を渋らせて下痢をしているように見せかけた。
 そうやって時間を引き延ばしていると、チャイムが鳴る。
「ほら、もういこうよ!」という声に引きずられ、残る二人もトイレから去っていった。
 港は三人組がいなくなったのを確認してトイレを飛び出し、さっと手を洗って廊下を出た。あたかも教室から理科室に直行したように走り、入室。わざと大きな声で友達に、
「教科書忘れて戻ってたら遅刻しちゃった」とウソを吹く。
 教室に入った最後の一人は、自分自身だったから。

     * * *

「ん……」
 厚いカーテン越しの日光が、目を刺した。
 裾の枝垂れた布団を押しのけ、目を覚ます。
 疲れのおかげがどっぷりと眠れていたようで、軽快なあくびを漏らす。
「おねぇちゃん、朝だよ」
 隣のベッドからの声はない。まだ寝ているのかな? と減速気味の脳で短絡的な解答。
 布団の中で揉みしだかれた浴衣は乱れており、ブラの紐と浴衣がだらしなくずれていた。幼き肢体に隠された未熟な美しさ。若すぎる芽とはいえ、育ちきった花にも見劣りはしないだろう。
 ベッドを降りて、備え付けの冷蔵庫へ。コンパクトな扉を開けて中身の残っているボトルを手に取った。昨晩に買った炭酸飲料はキンと冷えていた。喉の渇きを覚えていた港は泡立つ砂糖水をゆっくりと煽る。喉を鳴らし、嚥下。置きぬけの胃腸にはひどく刺激的な冷たさだったのだろう、キュッと臓器の締まる感触があった。
 半ばほど飲み、冷蔵庫に戻す。寝ぼけていた頭も大分回り始めてきた。だらしない服装のまま棒立ち、考える。
 服装を直そうか? それとももう5分くらい寝ていようかな。
(それよりも、んん)
 帯は解け切っていて、無防備に下着が露わになっている。深夜にとある臭いを覚えてしまった、小さなリボンがあしらわれた桃色のショーツ。ようやく大人になり始めた象徴を包み込むには、いささか扇情的な魅力も伸縮性も弱々しいものである。
(トイレしたい……かな)
 朝一番の尿意。尿道が活気付いていた。
 港の排尿タイミングは寝起きすぐであるがゆえ、いつも通りの生理反応。加えて起き抜けにジュースを飲み、さっそく蠕動が始まったのだ。
 帯を締めようとして、どうせトイレに行くのなら邪魔になるとベッドの上に放り投げた。だらんと浴衣の裾をぶらさげ、半裸の上体と晒された下半身という危うい状態でユニットバス兼洗面所の扉の前へ。
 そして港はなんの確認もせずに、扉を開けた。
 遮られていた扉の向こうに映る人影を見るまで、たったの数秒にも満たなかった。
 港のたち位置よりやや右側に設置された洋式便器、そこに腰掛けて俯きがちに姉・岬が何かをしていた。
  う〜ん ぷるぷる ぷぅん ぽちゃん
 便器に体重を預けている以上、何かとぼやかす意味もない。腹圧と共に漏れる声から、下半身を曝け出して肩を震わせている姿を見てしまったことから、鼻腔を刺激する独特の臭いから、便器の中で反響したかわいい落下音から――それは生物体が代謝の不用終産物を体外に排除する営みに他ならない。
 ありていに言えば、排泄であった。
 先に起きていた岬は、トイレの真っ最中だったのだ。
「うぅん、ん、ん、んん……ん? ……きゃあっ!」
 静かに息んでいた声が重くくぐもった声音から、赤色の嬌声に変わるのは間もなくだった。お腹をさすっていた右手と壁を押していた左手で股を隠す。
「やっ! しめてえっ!!」
「ごめんなさいっ!」
 港は後ろを振り向きながら扉を閉めた。直後、水流の唸る音が聞こえてきた。便器の中に沈んでいた或いは浮かんでいた未知量の老廃物が、下水に流されていったのだろう。
(や、やっちゃった……またおねぇちゃんのトイレしてるとこ、見ちゃった……)
 港の頬に朱色の斜が走る。深夜、ホテル廊下のトイレまで岬を探しに行ったときも、見てしまったのだ。
(それも、うんちしてるとこ、見ちゃった)
 うんちを出そうとする息み声も、お腹が痛くてさすりながら気張っている姿も、刺激的なうんちの匂いも、欠片程度のうんちが落ちる音も。姉が大便をしていた、おねぇちゃんがうんちを頑張っていた証拠だった。
 港は岬が声を出してふんばっている声を聞いてしまった。
 森嶋港は森嶋岬が茂りかけた陰毛ごと下半身を露出してお腹をマッサージしているのを目撃してしまった。
 妹は姉の排出した排泄物のあまりいい感じではない臭いを嗅いでしまった。
 次女は長女が排泄した小さそうな便の水面に落ちる音を聴いてしまった。
 とにかく岬は五感を以って岬がうんちをしている姿を、感じてしまった。
 背中を預けた扉越しに急いで始末をしている様子が聞き取れた。まだ排便中だったのに慌てて紙を巻き取って汚れを拭っている。きっと便意は残っていることだろう。余裕さえあればO型の便座にお尻を落ち着けて、腸内の不快感を快感に変える作業を続けたいはずだろう。
 だが岬に余裕はない。落ち着けるはずがない。お腹の不快感以上に、妹に排泄を見られたこと、妹を待たせてしまっていること――それらを統括した羞恥心が際立って、岬の心を逸らせていた。
 港は黙って換気扇のスイッチをオンにした。
(おねぇちゃん、まだお腹の調子がよくないのかな)
 どう見ても下痢をしていた。まだ不調だということだろう。
 現場を見たわけでもないが、腹痛で目覚めて限界まで我慢して、ひっそりとトイレへ駆け込んでいく後姿が想像できた。恥ずかしがり屋の姉が、排泄に意識が行き過ぎていない時に鍵をかけないはずがない。
 余裕がなくて、鍵もかけられなかったのだろう。
(そういえばおねぇちゃん、いつも朝は早起きしてトイレしてる)
 いつも姉の起きる時間よりは、幾分か針が進んでいた。
 確かに岬は平生通りの起床時間なら、誰も起きてこないからという思い込みを強めてすぐにトイレに行っている。
 たまたまか否か、今日は少し遅く起きてしまった。
 だから港とトイレのタイミングが被るのでは、と思ってしまった。
 そもそも早朝にお腹を壊してトイレに行くことが少ないから、真っ直ぐにトイレに行けるのだ。どんなときでも下痢をしている時はトイレに入る決心を固めるのに数分を要している。
(また、おねぇちゃんの邪魔をしちゃったな)
 5分割されたペーパーホルダーの泣き声の後、二度目の洗浄音。うるさい水流の悲鳴が静まり返るまで、換気扇の音が如実に聞こえるようになるまで岬は出てこなかった。
 昨日の朝もたまたまトイレのタイミングが重なってしまい、岬の排便を結果的に妨害してしまった港。あの時は流した直後に飛び出してきていたが、まだ大便の出きる直前だった。故に便臭もほとんどなく、トイレに残っていたのは便座のぬくもりだけだった。
 しかしながら今はトイレ中に岬の便臭が根強く漂っていた。
 顔を真っ赤にして岬が出てきたのは、数十秒後のことであった。
 気まずくて互いに目を逸らす姉妹。
「ごめんなさい、おねぇちゃんっ」
「う、ううん、別に……いいよ」
「私、顔洗いたいだけだからっ。えと……まだトイレしてて、大丈夫だよ?」
 横目にお腹を押さえる右手を見ながら、港が言う。
「だ、大丈夫なの。もう、すっきりしたから」
「で、でも、」
「岬もおトイレしたいんでしょ?」
 内股を擦り合わせている妹を見据え、ぼそっと言った。
「もう私は大丈夫だから……あ、そっか、おトイレしてたから、ちょっとくさいし……」
「ううん、無理させちゃってごめんねっ!」
 自分が入りたがらない理由を、勘違いさせてしまった。これ以上押し問答をするのは姉にもっと悪いと、港はトイレに入った。
 極力匂いのことを意識の外に追いやりつつ、ショーツを軽くずらして便器に座り込む。若干汗ばんだぬくもりが残っているのも、気にしないようにした。
  ……んっ ぶるっ ぷぅん じょろろろろ
 太い尿の軌跡が便器の水面を穿つ。更に……
  ぷすすっ ぶっ ぶしゅっ
 炭酸飲料にビックリしたお腹が忙しなく動き、蠕動している。早速押し出されたガスが直腸から放たれ、肛門を緩めていく。
  じゃぼじゃぼじゃぼぼぼぼ……ちゃぱぱぱぱっ ちょぽぼぼぼぼぼ……
 数十秒に渡ってしっかり排尿を終えると、本格的にお腹が鳴り出した。
  ごろごろごろ……
(やっぱ、出ちゃうんだ、朝にうんち、なんて……)
 港は朝に排便をすることがほとんどない。
 だから、新鮮な気持ちだった。
「ふぅん……」
  にちゅにちゅぷりぷりぷりっ! ぶしゅちゅっ!
「か……ぁ」
 腹痛を引き連れた解放感と共に、ペースト状の軟便が放たれる。薄い黄土色のふやけた老廃物が途切れずに落下。昨晩の下痢からはそれなりに回復したようだ。
  にちゅにちゅっ、くちゅ……
「はぁ……」
 少量を便器に浮かし、お腹はすっきりした。

     * * *

 白色の皿に乗るスクランブルエッグは、残されたまま片付けられた。
 それを食べていた人は、いや女の子はお腹を抱えて廊下を駆けていた。
 中途半端な残便感と便意、それと羞恥心を引きずったままコンベンションホール――朝食の用意されたそこに向かってしまった。
 食欲も欠けたまま少しばかりの食べ物と水を選び、口に運び出した頃には便意が再燃焼を起こしたのだ。食べるだけ薪をくべるように、お腹が痛む。
 嚥下するだけも気力も失せ、無理やりに流し込もうと水を飲んでしまったのがきっかけだった。胃が刺激され、隠し切れない排泄欲が彼女の顔を歪めさせた。
 あまり我慢できない――そう悟った彼女は「ごちそう、さまっ」と言い、席を立つ。
 もうお腹いっぱい? という母の声に、首肯。
「ちょっと、外で休んでるね」
 そう言い残し、トレイを持って足早にテーブルから脱した。
 規定の場所にトレイを差し出し、ホールを出る。
 割とすぐ近くにトイレはあった。そこまで耐えなくても、うんちができる。
 安堵して、彼女――岬はそこを使うことを諦めた。
 人の出入りが、激しかったから。
(あんなに人がいるのにうんちなんて、恥ずかしいよぉ)
 切羽詰っている状態でないことが、ご不浄までの道のりの“最短ルート”を最優先に浮上させなかった。
(まだだいじょぶだから、もうちょっと人のいないところまで、行けるよね?)
 検索条件 優先順は人気のない場所、道のり、洋式トイレ。
 パッと思い出せるだけで6箇所はある。
(ホール前、ロビー前、行ってはいないけど大浴場のすぐ近くにもあるみたいだけど、洋式かわかんない……。あとは各階の廊下と、借りてるお部屋)
 一番人の来ないところは、部屋のトイレに他ならない。今なら、港も来るはずがないのだから。
(よぅし、お部屋まで、戻ろう……)
 と、意気込んで3分後……。
 岬は何とかトイレまで辿り着き、洋式便器に座って排泄することができた。
 ただしそこは人気がない、とは言い切れない廊下のトイレだった。
「うぅ、うぅ〜ん」
  ビシャビチブボボボッ! ビジュブブッ!
  ブビバジュブチュッ! ブピピピピィ〜〜〜ッ!!
 昨晩と似た失態を犯し、粗相という危険を冒してしまった岬は、トイレに座り込むことができた。ただ無事にという訳にはいかず、下ろし立てだった下着は下痢便によって侵されてしまったのだった。
 部屋がオートロックであることをまたもや忘れてしまい、優先順位を最短に絞って廊下のトイレへと踵を返した。そして洋式のドアをあけた瞬間に放屁……共に微量の液状便を迸らせたのだ。
「はぁ、んんっ、ぐす」
 涙目になりながらもお腹を交差させた両腕で抱えて下痢便を搾り出す。息むたびに透明がかった薄茶色の液が肛門から滴り、汚い水面に乱れた波紋を生み出す。糞便を押し出す肛門は真っ赤に腫れ上がり、昨日からの激戦の疲れが濃く残っていた。
(おもらししちゃったぁ……うんちとまんないよぉ)
  ブリブリブリッ! ビチビチビチッ!!
(出そうになったのをしっかり耐えられればよかった。ドアに手をかけるときに立ち止まっておけばよかった。妥協して手前の和式に入っておけばよかった。廊下のおトイレを通り過ぎたときに迷わずここを選んでおけばよかった。早くお部屋の鍵がないことに気付けばよかった。そうすればおもらしなんかしなかったはずなのに。
 わざわざお部屋まで戻ろうとしなければよかった。エレベーターが来るのを待っている最中にすぐ近くのおトイレに行けばよかった。エレベーターが降りてくる間に決心がつければよかった。恥ずかしいのを我慢してすぐにホールのおトイレ行けばよかった。そうすれば苦しい思いはしなかったのに。
 恥ずかしいからってお部屋でおトイレを我慢しなければよかった。ご飯を食べに行くまでにまたおトイレを済ませておけばよかった。ご飯食べに行く前に港が「トイレ、行ってきたほうがいいよ」と言ってくれたときに素直に従っていればよかった。そうすれば最後までご飯も食べられて、途中で抜け出さなくて済んだのに。
 港がおトイレから出てきた時に「トイレ、空いたよ」って教えてくれたときに交代してうんちすればよかった。港がうんちしてるときにトイレの前で待っていられれば、開き直っておトイレできたかも知れない。おトイレを出てすぐに廊下のトイレまで走ればよかった。そうすれば2回も下痢をしなかったかも知れないのに。
 港を待たせることになっちゃっても、スッキリするまでおトイレしていればよかった。しっかり鍵をかけていればよかった。もっと早くうんちできるように気張っていればよかった。うんちを我慢しなきゃよかった。うんちしたくなってからすぐにおトイレに行けばよかった。そうすれば恥ずかしいところを見られなかったのに)
「したかったときに、うんちしておけばよかったのにぃ〜……」
 鼻をすすりながら、涙声に吐露した。右目からこぼれた薄い涙は頬で枯れた。
 後悔しても下着に放った失敗は覆らない。
 悔やんでもお腹が痛いのに変わりはない。
 思い返しても残した朝食は食べられない。
 振り返っても二度目の下痢は止まらない。
 反省しても恥辱の思いはは忘れられない。
(うんちをおもらしして。お腹痛いので苦しんで。人の話を聞かないで後悔して。何回も下痢するはめになって。はずかしいことをして……)
  ピーゴロゴロゴロ〜〜〜!
(おなかぴーぴーなってる、まだ、でるのぉっ……!?)
「んんーっ、んあぁ……。ふっ、ぅあ、んはぁ。――――っ!? あっ、あああああ……でるぅ!」
  ビシャビチブリビヂビヂブビヂボジャボジャボジャッ!!
  バビビビビヂヂヂヂュッ! ブバババリリリリリ〜〜〜ッ!!!
「んふぅー」
(すごいしゃーしゃーなの、いっぱいでた……。でもまだでそうだよぉ)
  グポポポポポ
(やっ、おしりいたいのに、まだくる……。ひりひりするよぉ)
  ごぽごぽぽぽぽぽぽ……
  ぶしゅっ
「あっ……」
  ブビビュビュビュビュビビビビィ〜〜ッ! ブババビバビバビビッ! ブビビビビィッ!!
(こんなに大きい音のおならして、誰かに聞こえてないかな……? すごい水っぽいよぉ)
  ブシューッ ブゥ――――〜〜ッ!
「はぁ……」
  すりすり
  こぽっ
(すっきり、したぁ。お腹いたいのもだいぶよくなったかな)
「ん、ぐ、んぐ」
(うん、もうでないよね)
  がらがらがらがら、びっ
「はぁ」
(まずはパンツのうんち、取らなくちゃ)
  ぐり、ぬるっ
(べっとりするぅ。一回じゃ、取れないかな)
  がらがらがらがらがら びっ
(だいぶ取れたけど、しみになっちゃってるの、とれないよぉ。おしりも、拭かなくちゃ)
「よいしょ」
(中腰で、うんち拭こう。お尻を突き出して)
  ぐしぐし ぬる ぐし、ぐちっ ぽとっ
(うわぁ……。便器の中、すごいぐちゃぐちゃ。私のうんちで、いっぱいになってる。ぼろぼろなの、いっぱい浮いてる。あっ、側面も拭かなくちゃ、下痢うんちいっぱい飛んでるよぉ)
「げほ、ごほ」
(それに、くさい……。こんなくさいうんち、してたんだ)
  ゴボボボジャ――――〜〜ガボボボボボッ、ゴボボボッ!!
(流しても、やっぱにおう……)

     * * *

 やがてトイレの水面を紙で埋め尽くし、半分はあったロールを交換するまで延々と行われた岬の後始末は、始末途中の渋り便の片付けも含めて5分以上を要した。
 後悔先に立たず。岬は言葉の意味を改めて強く再認識した。
 トイレを立った岬は跡を濁したまま――結局の便座の裏の飛沫に気付かないままちょうど食事を済ませた港たちと合流した。
 今日だけは、もう我慢なんてしない。
 お尻に感じる冷たい汚れとさっきまでの自分に、そう誓った。


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