No.10「映画館での事情」

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「……美帆?」
「なに、お姉ちゃん?」
「つらそうにしてるけど、」
「ううん、大丈夫だから……」
 妹の様子がおかしい。チェック柄のスカートをくしゃっと握り、太ももをしきりに擦り合わせている。ずっと美帆のことを見てきて、そして知っている香帆には、何かを我慢していることぐらいバレバレだった。
「トイレしたいの?」
「ううん、さっきおしっこ行ってきたから……」
「じゃあお腹痛い?」
「え、その、」
 姉の香帆はわざわざどっちかと訊くまでもなく、便意だと確信した。
 妹がうんちをしたくて、我慢している。さっきからごろごろと腹が鳴っているのに気付かない姉ではなかった。
 それも様子からして、
「お腹、壊しちゃった?」
 美帆は無言で目を逸らした。視線の先には、トイレがあった。
 お腹を下しているらしい。
「ちょっとお腹いたいだけだから、まだ、」
  キュゥゥゥゥ〜〜 グプッ
 腹痛に耐えてつらそうな吐息をして、身を縮こまらせた。
「……ねぇ、お姉ちゃん」
(ちょっとおトイレいきたかっただけだったのに、もう)
「なーに?」
「おトイレ、行きたいんだけど……」
(う、うん――したい、っ。ほんとに――ち、したくなってきたっ……!)
 ちら、ちらとある場所に目線をそよがせ、俯きがちに――古宮美帆はトイレにいきたい旨を口にした。
 香帆はあえて直接物言いはしなかったがわかりきっていた。さっきからそわそわしていたし、お腹を押さえていたし、明らかに尋常ならぬ便意が来ていることぐらい承知だった。

「うん、入場時間までに済ませてくればいいよ。ほら、鞄」
 美帆は3つ離れた姉――香帆に手提げのかばんを押し付けるように手渡し、先ほどから熱い視線を送っていた女子便所に小走りで向かった。
 小学6年生の美帆と中学3年生の香帆。2人は両親と共にショッピングセンターの映画館に訪れていた。親は先に始まった別の映画を見るために先に入場している。2人が見たい映画はまだ入場時間にもなっておらず、薄暗い館内でモニタに映る映画の予告を見ながら時間を潰していた。
 予定通りならもう数分で入場できるはずだ。美帆が順調に用を足せれたのなら、ドリンクを買って開場と同時に入ることもできるだろう。美帆が楽になるまで時間がかかっても、よほどお腹の具合が悪くなければ宣伝や館内マナーの映像が流れている内に席につけるはず。

 そんな時間との駆け引きもあってか、公衆トイレの利用が恥ずかしかったのか――便意を催してから3分後にして、姉に背中を押され、トイレに行くことにしたのだろう。
 美帆一人ならもう少し早く行っただろうか。それとも姉といたから――美帆の具合の悪さを理解してくれる香帆がいたから早く行けたのか。
「私もトイレしたいような……ま、だいじょぶかな」
 2つ分の鞄の重さを抱き締めて、お腹を撫でた。

     * * *

「あ〜、ううっ」
(やっぱ我慢できないよぉ〜)
 とある街の郊外に建設された大型ショッピングセンターは様々なテナントを揃えており、休日はいつも大きな賑わいを見せていた。加えてゴールデンウィークの昼過ぎとあって混雑も盛況を迎えている。
(うんちしたいのを我慢? 映画の最中ずっと? お買い物最中ずっと? 家に帰るまで、ずーっと?)
 絶対に途中で漏らしてしまうことがわからない美帆じゃない。毎日、毎週、毎月と人並み以上にお腹の不具合と付き合ってきた彼女が、都合のいい希望を信じるはずがなく。
 焦り顔で人込みの中を掻き分けていく少女、古宮美帆。

 映画館の意図的に作られた暗がりを抜け、すぐ近くのトイレに駆け込んだ。
 美帆は女子便所の洗面台スペースで立ち止まり、一列に立ち並ぶ個室を一瞥、できるだけ奥にあるトイレにと思い、最寄りの個室に駆け込みたい衝動を無視して歩みを進めていく。
 幸いにも大人数の使用に備えた映画館のトイレは満室になっておらず、ちらほらと個室が空いていた。洗面台で手を洗う人、ちょうど洋式の個室から出てきた人もいる。
 トイレは個室が全て直列に並ぶ作りで和式が前側に、洋式が奥側に設置されている。美帆は和式タイプの個室に駆け込もうとして、列の中ほどで足を止めた。
(うそ、和式トイレ、全部入ってる。空いてるの洋式だけ……?)
 トイレのドアは洋式のたった1つを残して扉が閉まっていて、ほぼ満席だった。ちょうど何かの映画が終わった後だったため、人がどっと入って埋まっているのだ。

 だが洋式の個室は現在1つだけ空いているのだ。急を要する美帆がどこか空くのを待つ必要はない。あと少し歩いて入り、鍵をかけて便座に腰掛けるだけ。漏らすことも外すこともなく、楽な姿勢でうんちができる。
(もううんちしたいっ! よ、洋式でも――)
  ごぎゅうぅぅぅぅ〜〜
 限界を告げるように激しくお腹が鳴り、とっさにお腹に力を入れる。……蕾のすぐ先がすごく熱くなっている。ほんの僅かでもむずむずしている穴を締めるのが遅れれば、美帆はお気に入りのショーツを汚してしまうところだった。長年ゆるい便と病弱なお腹に付き合ってきた美帆だからこそ、寸前で我慢することができた。
 だけどもう、猶予はない。
(う、うんちでちゃう!)

 だが美帆はたった1つの空席を羨ましそうに見つめるだけで、和式の列から離れることはなかった。動けないのではない。
 そうして躊躇している内に早足気味の女性が美帆を後ろを抜き、さっさと洋式トイレに入ってしまった。満室だ。
(うんちしたいけど、洋式は、ムリっ!)
 どうしても洋式トイレでうんちをすることはしたくなかった。
(蓋を開けて、楽な姿勢で、座って? お尻をトイレにくっつけてうんちなんて、ムリだもん!)
 美帆は交差させた腕でお腹を押さえ、太ももをしきりに擦り合わせ、ぎゅっとお腹を締め付けて身悶えした。
 毎日柔らかいうんこをしていて潔癖さを求められるほど悠長な体質じゃない。洋式和式を選んでいられる余裕なんてない。座るしゃがむをこだわる時間はない。

 時を問わず、場合を問わず、場所を問わず下痢はしたくなる。
 ひとたび催せば朝食後でも昼休み中でも就寝後でも。
 男性も使う通学路のコンビニの共用トイレで。
 友達が入っている教室近くの便所で。
 家族が寝静まった家のトイレで。

 一度下せば登校中でも学校でも家でも。
 先んじようとした姉にお願いして先に駆け込み。
 授業中手を挙げて下痢を周知され羞恥しながらも。
 久々の外食中にご飯を残したまま嫌な臭いを吸う。

 少しでも下痢気味になれば花の咲く公園でも穏やかな丘陵でも安らげるお風呂でも。
 コンビニも間に合わず道から外れた公園で、茂みに埋もれながら野外に放つこともあった。
 山登り遠足のときにトイレを見つけられなくて、綺麗な川に汚物を垂れ流すこともあった。
 お風呂から出るのもままならず、黄土色のシャワーで洗面器を使えなくすることもあった。
 古宮美帆はそれだけお腹が弱い。
 そして洋式が使えない。

(ひ、人のいるところでおもらしなんて、いや……早くぅ)
 美帆の願いが通じたのか、洗浄音もすぐに女性が出てきて、1つ空いた。続いて女児が用を済ませ、2席も空いた。だが、どちらも洋式の方。
(だめ、洋式は、だめなの……。またあの時みたいに、汚しちゃうから!)
 フィードバックする記憶が、解放に縋ろうとする美帆に喰らいつき、足を取る。
 ――きっと洋式でうんちすれば、あの時みたいに。
(そんなの、いや……。早く、空いてぇ!)
 その時、美帆のいる場所から3席分離れた個室から流す音が。和式の列、最奥の個室からだった。美帆はよろよろとそこに近付き、まもなくしてトイレが空いた。
 怪訝な顔をして出る女性と入れ替わるように入る。念願の、和式トイレだった。
「ううぅぅっ!」
 力加減のできない荒々しい施錠。
 腰をくねらせながら下ろしたてのスカートとショーツをずり下げる絹擦れの音。

「いっ!」
(で、で――)
 お腹を壊した少女の喘鳴が立て続けに起こる。
「ん、んっんっ、んぅ、」
 彼女は重力に身を任せるように腰を落とし、終始締めていた力を緩めた。前に詰めようと右足を踏み込んだその直後、かわいらしい肛門、その窄まりが一挙に隆起して――
「んふぅ〜〜!」
(でちゃうっ)

  ブッ ブリブリブリブリブリブリブリビュボボボ!!
 菊花に似た蕾が開花すると同時に放たれるのは、濁流。水で清められた便器の後方に黄土の激流がなだれ込む。
(よかったぁ、うんち、できたぁ……。っ!?)
 一時の解放感。そして壮絶な便意に急かされ、喉から声を搾り出すようにうめく。
「あっ、うう〜〜〜んっ! んぐっ!」
 一層と肛門が膨らんだかと思うと、
  ギュル〜 ゴロゴロゴロ!
  ビュビビブチュブチュブチュ! ブリブリブリュッ!
 辛うじて形を成している軟便が先陣を切った山に積もっていき、より高い山に塗り替えていく。
 美帆の蕾が突き出される唇の如く蠢き、次々と便を吐き出していく。
  ブリ、ニチャ…… ビビッ! ビリビリビリブビ!
  ビチビチビチビチビチ!! ブゥ――――ッ!
 肛門に詰めかけていた大便は一通り押し出された。柔らかな泥は途切れ途切れになりつつも、息に合わせて餡のような下痢が降り注ぐ。不気味に軟便の山をぬめりと照らし、便器の底に裾野を広げていく。

  ぶひゅぅ〜〜
(まだうんち、出そう……)
「はぁーっ、うぅん、いたぁい……」
 ため息じみた言葉を口にできるだけの余裕が戻ったらしく、右足だけを踏み込んでいるという斜めに傾いた姿勢を左足を踏み出すことで修正する。
  ブビッ ブビブチュチュッ ブリュリュ
 右手をお腹と畳んでいる膝の間に差し込み、ゆっくりとさする。左手は便器前方のパイプを握り、体調不良で危なっかしい彼女を支える一部となっている。
 美帆は公衆トイレで下痢をしているということを忘れ、ただただ排泄に専念している。もう恥ずかしいという理性は持ち合わせていない。個室の領域から脱出した悪臭がトイレに広がっていっていることなど、美帆は片鱗も察していないのだろう。

 次々と水が流され、トイレが空いていく。美帆のいる場所の両隣――一番近い洋式と和式の部屋も空いたようで、洋式の方はすぐに人が入ったようだ。
 流されることなく積もったままの下痢は絶えず腐った激臭を放ち、空気を汚染する。菊花から飛び散ったのは芳しい香りではなく、鼻を突く臭いだった。
「おなか、いたいよぉ」
  ビィ――! ビチュ、ビチ……
  グルグルグル〜
「はぅっ」
  ブビブビブビ! ブリビチビチビチ! ビチチチチッ!!
  ビビビッ ブッ!

 どろどろの下痢、水っぽいおならが続き、お腹の具合をありありと示している。
 それから数十分にも感じられる数分間、渋り腹と戦い、やっと痛みを伴う便意は引いていった。
(もう、でないかな……? 朝は調子がよかったのに)
 美帆は普段から腸が弱く、出かけた先で濁った排泄をすることは珍しくない。そのため学校に行く平日や、どこかへ出かける直前にはトイレに篭り、出せるだけの排便をしてくる。
 もちろん今朝も出発する直前までトイレを占めていた。結果として少量の軟便を絞りだせただけだった。無論、出ないことに越したことはないので美帆にとっては調子の良い方になる。
  カランカラン
 ホルダーから紙を引っ張り出し、三重にも重ねてお尻にあてがう。菊花の周りは下痢で塗りたくられていた。美帆は紙を千切って穴を拭っては確認し、裏返して拭く、便器に落とすという行為を五回ほど繰り返す。
 便器の後方から前方にかけてのっぺりとした下痢便が堆積しており、耐え難い悪臭を放っている。色は黄褐色で、便はぼろぼろで滓っぽい。相当下していた、という感じだ。
 具合の確認もそこそこに、水を流す。美帆が苦労して絞りだしたそれらを、あっという間に水流が飲み込んで消し去った。

「うー、くさい……」
 嗅ぎ慣れた臭いであれど、不快感を催すことには変わりない。幸いにも便器を汚すことがなかったのが救いか。今回のように切羽詰まって用を足したときは便器の後ろや側面を汚すことが多い。それだけ個室に縛られる時間も長くなる。
(はぁ、やっとすっきりしたぁ)
 急に催して3分、トイレで待ちをくらって2分弱、中に入って何分苦痛に耐えただろうか。お腹がすとんと空になった感覚は、名状し難い解放感に等しい。
 特に人が待っているような様子は感じられないが、臭いの残る個室でぼうっとしているのも恥ずかしい。美帆が恐る恐る外に出ようとすると、

  こんっ

「!?」
(隣のトイレから、ノック? ……まさかね。ちょっとぶつかっただけだよね)

  こんっ こんっ

 壁越しに誰かが壁をノックしている。洋式トイレの方から、明らかに美帆に向かって。
(え、だれ……? まさか臭すぎて文句言われるんじゃあ――)
「そこにいるの、美帆だよね?」
「お姉ちゃん?」
 美帆だけに聴こえるかというひそひそ声の主は、姉の香帆だった。
「ちょっと待って。私が済むまでそこにいてよ」
「うん……」
 お姉ちゃんが隣でトイレしてる。それで、まだそこで待っててという。
 理由を即座に理解した妹は、仕方なく壁に背中を預け極力音を聞かないように意識を映画の内容に逸らすのだった。




 少しだけ時を遡り。
 美帆を待つ香帆もまた、妹を待つ数分間で催してしまったらしく、2人分の鞄を抱えてトイレにやってきていた。
 空いている個室は一番近い洋式と、2つ隣の和式タイプ。あとは奥の洋式スペースに3席並んで空いている場所がある。
(えーっと、美帆のいるとこは)
 すぐわかった。立て続けになる具合の悪そうな音。最後列の和式トイレからだった。間違いなく美帆だ。そして空いている場所は美帆のいる両隣。洋式と和式、香帆は洋式トイレを選んだ。
「お〜、もっちゃうもっちゃう」
 香帆は別に慌てた素振りもなく鍵を閉め、飾り気のないパンツを下ろし着座する。ロングスカートが彼女の膝、便器を覆うように広がった。
 香帆がふんばり始めたと同時に隣の洋式にいた誰かが用を済ませ、出ていった。他に誰かが入った様子はない。
(だいじょうぶ、隣に美帆がいるんだから)
 湧き上がる孤独感を忘れようと、排便に集中。

 ――私は、独りじゃない。
「ん、っふぅ」
 香帆は膝頭を揃え、お腹に力を込め始める。昼食後の蠕動のせいか、楽々と物は降りてくる。
「んっ、ん〜」
  ミリ……
 柔軟な肛門を広げつつも茶色の塊がせり出してきた。
 「ふぅー」香帆はここで息を継ぎ「んんっ!」声を張って一気に踏ん張る。腹筋に押され便が下降していっている。
  ミチ……ミチチチッ
「んっ、んっ」
  ぷすぅー
 乾いたおならを鳴らしつつ、彼女はきばるのを止めない。
「うぅん、んぅ〜」
  ぷす ぷすっ

 便がずるずると吐き出され、人繋がりに垂れていっている。さながら、蛇のよう。
 そして、その先端が水面に着こうというとき、

  ジャバ――――ッ!!

「あ……」
 滑るような便の進軍が、止まる。
 自重で千切れ落ちず、長い大便がぶらんとぶら下がる。
(美帆、もう終わったの!? ちょ、待って……)
 思わず香帆は側面の――美帆のいる方の仕切りをノックした。
 不安になって、もう一度。
「そこにいるの、美帆だよね?」
「お姉ちゃん?」
(よかった、美帆だった)
「ちょっと待って。私が済むまでそこにいてよ」
「うん……」
 よかった、美帆がいてくれる。

 私は、独りじゃない。
 香帆が人のいる隣に入った理由。
 誰がに隣にいて欲しい理由。
 だけど。香帆の脳裏に浮かぶ黒い記憶は――振り払われた。
(……出るっ!)
  ミチ ミチプリプリプリプリ! ブリブリッ!!
 その一声と同時に便が勢いよく放たれ、着水していく。着水してなお、うんちは途切れることなく排泄されていく。
  ブリブリブリブリブリブリッ ボチャン!!
 一本繋がりの健康便が15センチほど吐き出され、ようやく千切れて出なくなった。硬くも柔らかくもないといった、健康便といって差し支えのない見事なものだった。それは便器の底に沈んでなお、存在感をありありと示し付けている。

「んー、でたぁ〜〜」
 香帆は痺れるような快感に打ち震え、はばかりなく声にする。
 古宮香帆という少女に、大便排泄が恥ずかしいという概念は存在しないのだ。
 肛門がばくばくと運動するが、もううんちが出てくる様子がない。香帆も力を緩めたのか肛門は窄まっていった。
「……んふぅ」
 その時、香帆のお尻がぶるっと震えた。自然と背筋が伸び僅かな快意が口をつく。そして――
  チィィ――――ジョボジョボジョボジョボボ〜〜
 陰毛に覆われた香帆のスリットから、おしっこが放たれたのだ。便意による緊張が解けて、おしっこがしたくなったのだ。軽快にうんちで濁った水面を叩き、黄色が拡散する。
  ジョボジョボジョボジョボ シィィ――チョボボボッ ポチョン
 やがて力なく水流が止まり、雫が垂れるのみとなる。

「あ〜っ、スッキリ〜〜!」
 香帆は声を大にして解放感を叫び、紙を巻き取る。前の方を一回目で吹ききり、後ろの方も一回のみで綺麗にしてみせた。
 立ち上がって水洗レバーを倒すと、大質量の清水が香帆の排泄物をまとめて奥底に押しやっていった。
「お姉ちゃん、もういい?」
 隣で待ちぼうけをくらう美帆だった。うん、ごめんねと香帆が返答。パンツを上げてスカートの履き心地を直して個室を空にした。
「さって、早く映画に戻るかな」
「はやくいこ、お姉ちゃん」
 2人分の香ばしい臭いをそのままに、優しい暗がりへと戻った。




 ……古宮姉妹とすれ違うように、同時刻。
 未だ混雑の色濃いトイレに走りこむ影があった。
「トイレ、おトイレ……」
 森嶋岬。
 映画館内で座席に着いた直後に強烈な便意を催してしまい、すぐさま席を立ってやってきたのだった。
(またお腹下しちゃうなんて、もぉ〜!)
 朝食後以来の水っぽい予感に焦燥感を抱く岬。
 だけど、薄暗いシアター内の廊下を走る彼女に――いつもの真っ赤な恥じらいはあまり見受けられなかった。
(今日は絶対にうんちしたいのがまんしないって決めたもん!)
 ホテルでの朝食中に下痢便を催し、幾度とトイレに入ることをためらった岬。その結末は何よりも嫌がった粗相に終わった。
 そして誓った――今日だけは、もう我慢なんてしない、と。

(もうおもらしなんてしないもん! ちゃんとうんちできるもん!)
 彼女特有の幼さは色濃く残っていたが、トイレをすることを恥じらい我慢はしていない。催してすぐに妹の港にトイレへ行く旨を告げ、席を立ったのだ。
 今までの岬なら『映画が始まるけど、トイレしたい』『今立ち上がったら他の人に下痢したそうなのバレちゃうかも』『おトイレしたいけど、もう映画始まっちゃったよぉ……さっき行けばよかったぁ』と何分にも渡って逡巡と後悔を積み重ね、一番最悪の展開になっていたかもしれない。
 だけど今日の失態で岬は知った。トイレを我慢することが一番だめなことだと。
(子供じゃないんだから、ちゃんとおトイレいかなくちゃ!)
 そうこうしているうちに、一番近い……一番人の入れ替わりが多いトイレに到着。
(誰かに下痢してるってばれても、もう怖くないもん!)
 何より怖いのは、おもらしをすること。
 いつまでも大きな粗相の記憶が付き纏い、離れない。
 ただ1つ空いていた洋式の個室にためらいなく入り、施錠。
 いつもよりも断然早くトイレに来たので、充分に余裕はあった。落ち着いて蓋を開け、ワンピースの裾をたくし上げ、漏らしてからこっそりと穿き替えたパンツを下ろす。

 岬のまだ子供らしさの残った、黒と肌色の下半身があらわになる。
 旅行中ずっと尿を放ち、便を吐き散らした前と後ろ。
 入浴後に繰り返した排泄行為によって、紙で拭うだけでは取りきれない汚れが、臭いが染み付いていた。岬はその部分をゆっくりと便座に近付け、腰を落とす。
 ひんやりと冷たい便座の感触。すぐに岬の体温になじんで冷たさが失われる。
(あぁ、こんなに楽な気持ちでうんちするの、久しぶり……)
「ふぅ……」
 岬はあえぐでもなく、うめくでもなく。
 落ち着き払ったため息とともに、やさしく力を入れた。
(今日は、ゆっくりうんちしよ……)
 熱のこもった岬の、汚れた蕾がむく、と起き上がる。
  むりむり、びちびちびち!
「っん!」

 岬の直腸を迸る下痢便が肛門を抜け、便器に放たれる!
  ぶちゅぶちゅびちちちちち! びびびっ!!
(すごい、水……。びちびち)
 散々下しているのに、かなり出そうな感触がある。
 粗相後、移動中、昼食中にしっかりと水を摂取したから。お腹を下したとき、更に下さないようにと岬は水分を過剰に摂らないようにしている。最低限、下痢にならない程度に水分を摂るようにしているのだ。
 だが岬はしっかりと水を飲んだ。
 不調により吸収されなかった水は半日も立たずお腹に流れ込み、便となった。
  びじゅびじゅびじゅ……ぶちゅちゅっ!
(こんなにびちびちなのに、全然辛くない)
 噴き出す寸前まで我慢し、耐えていたときとは大違いだった。
 限界まで溜め込んでいたときと比べて、勢いも痛みも段違いに弱かった。
(そっか、我慢しなかったらこんなにうんちするの、らくなんだ)
  とぽとぽとぽとぽ、とぽ……ぽちゃん
 もはや水流と等しい便が、穏やかに排泄される。
 散々下し、下痢を繰り返した岬の腸内に固体の排泄物はほぼない。朝に未消化のままほとんど出し、今も出し残りの未消化物を少しひねり出せたぐらい。
 もう出てくるのは、水ばかり。

(くさい、私のうんち、くさいよ。でも下痢だもん、仕方ないよね)
 水を流そうとして、頭をぶんぶんと振って両手を膝に戻した。
(ちゃんとうんちと向き合うんだもん。もう、恥ずかしくないんだから)
 うんちは恥ずかしいことじゃない。
 人間として当たり前のこと。
 女の子として、しなきゃならないこと。
 隣に入っている女性が咳をした。
 トイレに入ってきた女子がう、と呻く。
 小さい子が岬の隣席に入ろうとして、離れていった。
(まだ映画まで時間あるし、すっきりするまでがんばろう……)
 一度吹っ切れた岬は、無敵だった。
 漏らす寸前まで我慢した彼女が、脇目も振らずトイレを求めるとは違う、一心不乱な排泄。
 落ち着いた、うんちのじかん。

(まだうんち出そうかな……。ちゃんと、ふんばる!)
「ふんうむうぅぅぅぅぅぅっ!」
  ぶびびびびびびびびっ!
  ぶぅーっ!
(こんなにすっきり、するなんてぇ、っ)
 急にお腹が楽になった。
(もう、だいじょうぶ、だよね)
 港が待っている。
 岬は後始末を急いだ。
 もう、真っ赤な含羞は、なかった。
 今日だけは。




<あとがき>

 こんにちは、高町です。
 長らく続いた姉妹の事情シリーズですが、4年目の歳月をかけて完結となりました。
 ひとえに待ち続けてくださった読者さん、お付き合いくださったbrownさん、ありがとうございました。
 旅行を通じた姉妹の、そして岬の排泄劇となりましたが、いかがでしたか? 薬の作用で一時的な下痢を催した港、度重なるトラブルで下し続ける岬。色々な二人が描けて楽しかったです。
 この章は昔の投稿作品のリメイクに加え、新たに岬を絡ませることでより面白みが増したんじゃないかと思います。
 最後には何やら事情を抱える香帆と美帆も登場しました。二人のエピソードはおいおい書いていきたいと思ってます。
 それでは。

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