No.16「A HAPPY NEW...?」

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 夜更かしが許されるのは大晦日とお正月だけ。
 親子の間で取り決められた1つの約束。
 それは親の妥協であるのかどうかは定かではないし、火急に明らかにする事案でもない。
 重要なのは――祭日だから少しくらい羽目を外してもいいという心の緩み。
 熟れぬ子を持つ親は「年末年始だし」と年越しを共に過ごすことを認めるだろうし、興味の尽きぬ子は寝ずに朝を迎えようだとか、年が空けてすぐに初詣に行こうと想いを馳せる。
 おいしいごちそうや、お年玉という魅力的な要素もまた、子供たちをわくわくさせる要因になっているだろう。
 ともかく。
 朱美は夜間の外出を許された。
「大晦日に緑ちゃんのお家でみんなと過ごしたい」
 多少の悶着はあったものの、大晦日だ、他にお友達がいる、目を離しても大丈夫な年頃、家が近いということが効力を発揮し、許可を得ることとなった。
 何より仲良しの緑の家なら、という安心が母親にはあったのかも知れない。朱美と緑は幼馴染で、親同士も少なからず交流があった。
 家族と過ごさないはじめてのおおみそか――朱美の心は興味と興奮と、10グラムの気の緩みで満ち満ちていた。
 そして緩むのは、心だけで留まらない。
 追い越された年を供養する鐘が鳴る頃、誰かが何処かで苦しんでいた。


 今なら、昨日の大晦日の出来事を、ゆっくりと思い起こせそうです。

 あと3時間で今年が終わる頃、外に飛び出した私の肌を寒気が歓迎してくれました。
 家で普段よりも映えた夕食を摂り、いつもよりゆっくりとお風呂に浸かってからめいっぱいのおしゃれをして出発しようとした。
 いざ玄関から一歩踏み出そうとして、凍てついた風がコートに包まれた私を撫でる。意気揚揚と冒険に出かけようとしていたけど、家の中に舞い戻ってしまう。
「うぅ、おしっこ」
 乾いた寒さにあてられて、おしっこがしたくなっちゃった。
 そうだよね、お出かけの前にはおトイレを済まさないとね。
 湯気立つおしっこを出し切り、今度こそと家を飛び出しました。ちゃんとおトイレは済ませたので、大丈夫です。
 緑ちゃんの家の近くにある神社はまだ年も越していないのに、ちらほらと人がいました。あとでみんなと来たいなぁ。
 私が緑ちゃんのお家に着いた時には、集まる予定だった友達はみんな到着してたみたい。みんなでお菓子を広げて大きなテレビでお笑い番組を見ていました。
 私と緑ちゃんの他には同じクラスの藍香ちゃんや桃瀬ちゃん、橙子ちゃんが集まっていて、外からでも歓声の聞こえる集団に私も加わり、緑ちゃんのお母さんに迷惑をかけているんじゃないかと心配でした。
 でもはじめて友達の家で大晦日を過ごすという一大イベントに、私はちょっと浮かれていたかもしれません。みんなで笑って、騒いで、はしゃいで。とにかく楽しかったのです。
 みんなで持ち寄ったお菓子やジュースはあっという間に減っていき、食べて飲んだ分だけいつも以上の満腹感を味わいました。
 緑ちゃんはいつも明るく、とっても優しい大親友です。今日の集まりがあったのは、緑ちゃんが声をかけてくれたからです。
 藍香ちゃんはスポーツが大好きな女の子で、体育ではいつも大活躍。町の運動クラブに通っています。
 クラスの中でも特別オシャレな桃瀬ちゃん。調子に乗っちゃうことも多いけど、いつもクラスの中心にいます。今日もとびきりカワイイお洋服で来ています。
 燈子ちゃんは図書委員で、一番勉強のできる物静かな子です。体調を崩すことが多いけど、今日は張り切って来てくれたみたいです。
「特別な日にみんなと食べるお菓子っておいしいねー」
「もぉ、朱美は食べ過ぎだってば」
「藍ちゃんだってー! 一人でチョコ半分食べたじゃん」
「みんなお夕飯食べてきたのに、こんなに食べちゃうなんて……。もうお腹いっぱいだよぉ」
「あたしなんかもりもりご飯食べたけど、まだ行けるもん」
「そんなだから緑は太るんだって」
「うっさい! 今日は太らない日だもん」
「なにそれ〜!」
 私もいつもならお腹が痛くなるくらい食べてるのに、まだまだ食べられそうな感じです。5人でジュースのペットボトルを3本開け、チョコやスナック菓子を何袋も空にしました。これだと食べ過ぎ、飲み過ぎと起こられたらぐぅの音も出ないかもです。
 それからもテレビを見ながら大笑いしたり、クラスの男子のことで赤くなったり、桃ちゃんの口からこぼれたちょっと恥ずかしい女の子の話で盛り上がったりと時間が飛ぶように過ぎ去っていきました。
「あ、おトイレ借りるね、緑ちゃん」
「んー」
 橙子ちゃんが立つと、
「わたしも……あ、一緒に行っても大丈夫?」
 と藍ちゃんも立ち上がりました。2人ともCMの間におトイレを済ましちゃうつもりなのかな。私はお家で済ませてきたから大丈夫だもんね。
「うん、今は調子いいから、その、ごめんね」
「次のが面白いんだから早く戻っておいでよー」
「うん」
「あーもっちゃうもっちゃう」
 緑ちゃんの一言を受け流しながらも橙子ちゃんはゆっくりと、藍ちゃんは駆け足気味に行っちゃいました。
 燈子ちゃんはお腹が弱いんだけど、今日は大丈夫そうです。
「こんなにジュース開けたらしたくなるよね。ふつー」
 桃ちゃんがポツリと呟き、私はそうだねーと相槌を打った。
 それからCMは余裕で終わり、緑ちゃんの言う面白い所の途中で2人は帰ってきました。
「おそーい。いまいいとこなのにー」
「ごめんごめん」
「だって藍ちゃんが長いから……」
「ちょっと、言わないでよ! こんなにジュース用意した緑のせいだからねっ」
「あたしは関係ないでしょ!?」
 そんなやり取りを聞きながら、私はちびちびとオレンジジュースを口に含むのでした。ひんやりとした液体が、つうっとお腹を撫でる感触があり、こそばゆいです。
 そんなこんなで緑ちゃんが笑いに笑った番組は終わってしまいました。
 あぁ、もう30分もすれば新年かぁ。時計の針は互いに反対方向を向いています。
「緑ちゃんどうしたの、そんなにそわそわして」
「ん、なんでもないよ?」
「なんか見たいテレビでもあるの?」
「別にそんなんじゃないんだけど……」
 どこか落ち着かない緑ちゃんを尻目に藍ちゃんが適当に入れた歌番組に視線を傾けてしまいました。あ、この歌手の歌知ってる!
 私たちも騒ぐのを止めてその歌に聞き入っていると、
「緑トイレ借りるねっ!」
 桃ちゃんが、そう言いました。
「え、うん、いいよ……」
 緑ちゃんがたった一言を言い終わる前に、そそくさといなくなっちゃいました。
 そんなにおしっこ我慢してたのかなぁ……。いまサビでいいとこなのに。
「この人の歌声、いいよね」
「さすが橙子ちゃん、私も好きなんだー」
 今はハスキーな声の男の人が古い歌を歌っています。
 それにしても藍ちゃん、遅いなぁ……。桃ちゃんもおしっこ我慢してたのかな? でももう3分くらいになるし、長すぎかも。もしかして桃ちゃん、うん……、
  ぐるるるる
 そんなことを考えてたら、お腹が不意に痛くなっちゃいました。お菓子食べ過ぎたかなぁ。あ、桃ちゃん戻ってきた。
「桃瀬トイレ長すぎー」
「そ、そんなことないし。ちょっとトイレでメール打ってただけ!」
 慌て気味に桃ちゃんは返し、座りました。なんだ、やっぱりそうだよね。
 お友達のお家でう……とか私には考えられないよ。
 人のお家でするなんて、恥ずかしいもん。
  ぐる、ぐるるるる
 なんかお腹重いけど、大丈夫だよね? 別に、したいって感じじゃないし。
 この腹痛が杞憂に終わればよかったのに、時間が経つにつれてキツくなってきます。
 もうお腹が痛いだけじゃなくなってきました。
 最初はおトイレ行きたいかも、くらいだったのに。
 今はおトイレ行かなくちゃ! ってくらい、切迫して、くぅ。
 40分頃にもなると、もう……。けっこう、きついかも。
 もう、やばい……。我慢できそうだったんです、けど。我慢したいんです、だけど。我慢できればよかったのに、だめ、そう……?
 ……が、したいです。
 そ、その、うん――が、えっと、したく、なっちゃって。なにがって、え、その、あれです、あれ。ちょっと、おなかが、いたくなっちゃって……。
 ええと、そ、そうです。
 う、うんち……すごくうんちをしたくなりました……。
 おトイレに、いきたいんですっ。
 お腹がぎゅるぎゅるしてて、苦しいです。
 あぁ、お菓子食べ過ぎちゃったかな。すごいぱんぱんに張ってる感じがしてつらいよ〜。
 う、うんちしたいよ〜〜。
「緑、桃の話聞いてる?」
「え、うん……ごめん、ぼーっとしてた」
 談笑している緑ちゃんをチラっと見て、言おうとしていたことが引っ込んでしまいます。
『おトイレ借りるね』この一言だけで、すっきりできるのに。
 お友達のお家でうんちなんて、したくないよぉ〜。
 さすがに緑ちゃんのお家で遊ぶことの多い私でも、うんちがしたくておトイレを借りたことはありません。……おしっこのついでにちょっとだけ出ちゃったことは、あるんですけど。そんなうんちはノーカウントですよね?
 うんちしたなんてバレたら、嫌われないかな……?
 ちゃんとうんちしたいです、って言えば許してくれるよね?
 いやいやっ、そんなこと言ったら恥ずかしくて溶けちゃう……。
 はぁ、うんちしたいよぉ。
 やわらかめのが、出そうです。絶対、時間がかかって怪しまれちゃう!
 それに後から緑ちゃんとか家族の人がトイレに来たら――恥ずかしくていられないよ!
  ぎゅるぎゅるぎゅるるる〜
 おなかいたいよぉ〜。うんちしたいよぉ〜〜。きゅ〜っと締め付けるような痛みに、思わずお腹を抱えてしまいます。正座を組みなおして、お腹を締めるとちょっとだけ楽になりました。
 うんち、うんちしたいですっ。
 おトイレ行きたいけど、はずかしいなぁ。
「う」
 おなか、いたい。
 みんなにバレないように、お腹をさすってみても、楽にはなりませんでした。
 いつになく遅くリズムを刻む時計は、新年まで残り12分だと示しています。せめて新年の瞬間はみんなといたい、元気な状態で迎えたいな。
 いつ言おう、いつ言おうとためらっていること数分。
「ちょっとお菓子取ってくるね!」
「え?」
 緑ちゃんが突然立ち上がって、急いた様子で駆け出していっちゃいました。驚きを口にせずにはいられません。これじゃ、おトイレ借りるって言えないよ〜。
「誰が食べるんだってばー。お腹いっぱいだって」
「そう言う桃が食べるんじゃないの?」
「あたしはもう食べられないよ……」
 藍ちゃんの問いかけに、元気がなさげに桃ちゃんが呟きます。
 うう、そんな場合じゃないんでした。
 そろそろおトイレ借りないと。……っちゃう。
 うんちがしたくないからって、ずっと我慢なんかできないです。
 限界、近いかも。
 なにが近いって、そんな、思い出すだけで恥ずかしいのに。
 その……う、うんちが出そうで――うんち、もっちゃいそうなんですっ!
 ホントに我慢どころじゃ、なさそうです……。
 うんち出ちゃいそうなのに、恥ずかしいよ。
 早くおトイレでうんちしたいよぉ〜〜。
 はっ、あ、でる。おならがでそう。
 そんな、我慢しなくちゃ!
 ふあぁぁ…………。
 うぐぅ……。
 ん……。
 んっ
  ぷしゅっ
 でちゃっ、た。
 私は気付かれないように右手でお尻の辺りを扇ぎました。うあ、くさい……。
 幸いにも、藍ちゃんたちはかっこいいアイドルの歌に釘付けのようで、助かりました。
 ちょっとすっきりしたけど今のおならのせいで、もぉ、限界……!
 おトイレ行ってきます!
「藍ちゃんおトイレ、行ってくるから……緑ちゃん来たら言っておいてっ」
「うん、わかったよー」
 テレビから目を離さないみんなを尻目に部屋をそうっと出ました。これなら少しくらい時間かかっても、大丈夫かも?
 それにしても緑ちゃん、遅いなぁ。
 ひんやりした空気が冷たい廊下を、早足気味にぱたぱた、スリッパを鳴らして歩きます。
 えぇっと、おトイレは玄関のすぐそこに――あった!
 扉の向こうに、もう2つの扉。1つは男の人用のおトイレ、もう1つが女の子用のおトイレ。
 今からうんちしちゃいますけど、ご家族のみなさんごめんなさいっ! 緑ちゃん今からうんちをするためにおトイレを借りますっ!
 心の中で謝ってドアノブを捻ろうと……うそ、誰か入ってる!?
 ノブのすぐ上には赤い印が! これって、鍵がかかってる状態、だったよね?
 私は試しに、
  コンコン
 ノックしてみると。
「紫? ごめん、まだ。もうちょっと待って……」
 聞きなれた緑ちゃんの声が。
「えっと、緑、ちゃん?」
「うそ、朱美!?」
 お菓子取りにいったんじゃ、なかったの!? まさか緑ちゃん……。
「緑ちゃん、もしかして……お腹壊してるの?」
「ちょっと食べ過ぎちゃって、うぅ……」
「うんち、なんだ」
 苦しげな声が扉越しに返ってきました。
 すり、すりとお腹をさすってるっぽい音が。
 緑ちゃんもうんちなんだ……。そんなぁー。
 きっと恥ずかしくて、お菓子取りにいくなんてウソついちゃったんだ。
「ふぅ、うぅん」
 緑ちゃんまだうんちしたいの? 早く替わってよ〜!
 私もうんちしたいよ〜!
 あぁでも今待ってたら、うんちしたそうなのわかっちゃうかもしれないし。
 それにうんちした後のおトイレに入られたら、イヤだよね? で、でもぉ。
「みんなにはナイショにしててね!? おねがいっ!」
「うん、大丈夫っ、だよ……。まだ、出そうなの?」
「まだおなかいたくて、ゴメン、もうちょっとかかりそう」
「じゃ、じゃああっちで待ってるねっ」
 私は仕方なくみんなのいる部屋に戻ることにしました。
 おトイレから出たとき、後ろから水っぽい音が聞こえました。がんばって、緑ちゃん。
「あれ、早かったね。今いいとこだよ! 早くおいでっ」
 部屋に戻ると、藍ちゃんから熱烈なコールが。テレビの向こうでは、けっこう盛り上がってるようです。
「誰か入ってたから、戻ってきちゃった。緑ちゃんはもうこっち来るって」
「どんなお菓子用意してるんだろねー」
 よかった、藍ちゃんたちは疑ってないみたい。緑ちゃんがうんちしてるって。
 みんながテレビの前を陣取って盛り上がっている中、一歩下がってそわそわとしている私がいます。
「ごめん、おまたせー」
 長く感じたこの時間。やっと緑ちゃんが戻ってきました。こころなしか顔色は優れず、相当お腹を壊していたことを物語っていました。
「ちょっとちょっと、お菓子取りにいくだけでどれだけ時間かけてるのー」
「後から初詣行ってもいいかお母さんに相談してたら、ちょっとね」
「え、行くの? 桃も行きたーい!」
「うん、みんなで行こうね。燈子ちゃんたちは大丈夫?」
「私も行きたいな。今日はまだ調子いいから」
「わたしも行く〜。朱美ももちろん初詣するよね」
「うん、楽しみだね……」
 もうそれどころじゃないよ〜。そろそろ二度目の限界、かも。
「あー! ヒロちゃんとタケルだ〜〜〜!!」
 桃ちゃんがすごくハイテンションです。確か桃ちゃんの好きなアイドルだっけ、どっちとも。もうそろそろカウントダウンだからなのか、生中継のステージもすごく盛り上がってるようです。
「ほらほら、見て見て! めっちゃかっこいー!!」
 桃ちゃんにつられて藍ちゃんと燈子ちゃんがテレビに夢中になってる隙に……。
「緑ちゃん、おトイレ、借りるねっ」
「えっ、あ、うん」
 自分の後に入られるのが気になるのか、ためらいがちな返答でした。でも、私も限界なんですっ!
 今なら3人には気付かれないよね。
 時間は、11時56分。
 急いでおトイレすれば、カウントダウンに間に合うかも。
 そっと部屋を出て、おトイレへ。
  きゅるるる ごろごろごろ〜
「ううっ」
 うんち、うんちしたい!
 うんち、でちゃいますっ!
 トイレに辿り着き、まっさきに人が入っていないかを確かめ――ドアノブの窓は、青色でした。
 よかった、誰も入ってない!
 私はすがるようにノブを握り、引きながら捻りました。
 やっと、おトイレ……うんち……!
  ガチャッ
  ――ミチミチニチュニチュッ!!
「ふうっ……――ふぇ?」
 甘い吐息と、排泄音。
 ボチャンと水音。開けた視界の向こうには、小さな女の子が。
 女の子が便器に座って……えぇっ!?
「あ、えっ、閉めてくださいっ!」
「えと、あ! ごめんね!」
 私は慌ててドアを引き、女の子――緑ちゃんの妹の紫ちゃんを、視界から外しました。
 なんで、鍵をかけてなかったの!?
 私は便意を半ば忘れて放心していました。
 いつもなら人がいなさそうでもノックするのに、うんちがしたくて慌てちゃって……。
 同時に私は、またおトイレを『待て!』されたことに、大きな焦りを覚えてしまいました。
「ごめんなさい、朱美お姉ちゃん……」
「うん、私こそノックしないで、ごめんね」
 紫ちゃんの申し訳なさそうな、小さな声。
 紫ちゃんは小学3年生で、緑ちゃんの妹です。いつもは物静かで、あまりしゃべろうとしない子なんですけど……、
「学校とかではちゃんと鍵かけるんですけど、お家だったからつい……。お姉ちゃんにもしかられるんだけど、つい忘れててっ」
 まるでうんちしてることをごまかすみたいに、饒舌になっています。
「うん、私こそ、ほんとにごめんね」
 どうしよぉ、私も早くうんちしたいのに〜。
「トイレですよね!? お腹痛くて、まだかかりそうで、えっと……」
「待ってるから、早くしてね?」
「はい、すぐに済ませますから、うぅんっ」
「あ、でも、ゆっくりう……うんちしてていいからね?」
 で、でも私もうんちしたいから、やっぱり早くっ! もう言葉を選んでいる余裕すらないです。
「えぇっと、あの、今日はちょっと食べ過ぎちゃって、だからその……ウンチしたくなっちゃって」
 紫ちゃんも、緑ちゃんみたいに食べ過ぎてお腹を……。
 ドア越しに、激しいうんちの音が聞こえてきます。まだ鍵をかけてないことから、それどころじゃない状態なのかな。
「ホントは早く済ませたかったんですけど、トイレに来たらお姉ちゃんが先に入ってて、紫もウンチしたかったのに、お姉ちゃんもウンチしてて」
 紫ちゃんは言わなくてもいいことまで喋っちゃっています。いいのかな。
「それでお姉ちゃんがトイレ終わるまで待ってて、それでさっき空いたから、その」
 そういえばおトイレしてた緑ちゃんが「紫? ごめん、まだ。もうちょっと待って……」とか言ってたっけ。だから紫ちゃんは緑ちゃんがいなくなってすぐにおトイレに駆け込んでうんちしてるんだ。
「うん、ううん」
 すごく、やわらかいうんちの音が次々に聞こえてきます。
「紫ちゃん、大丈夫?」
「ぴーぴーウンチで、ちょっと……はぁっ。おなかいたい」
 やっぱり、下痢してるんだ。
  ごろごろぎゅるぎゅるるるっ!
「ん、ぅ!」
 うんちでちゃう!?
 とっさにおしりのあなを引き締め、うんちが出そうなのを我慢します。
 う、うんち! うんちしたいっ!
 ト、トイレ! おトイレしたい!
 中腰でお腹を抱えて、ひたすら便意に耐えます。今にもうんちが出そうで、気を抜いたらおもらしちゃう、かも。
「紫ちゃん、まだ、かな?」
「まだウンチが出そうです……ごめんなさい」
 そ、そんな……。
 早くしないと、うんちもらしちゃいますっ!
「あのっ、今日は紫お寝坊して、朝にウンチしてないからっ……いっぱいしたくて、もうちょっとだけ待って、ください」
 普段の紫ちゃんじゃ想像もつかないくらい口が早いです。紫ちゃんもうんちしてるって思われてること、恥ずかしいんだよね。
「うん、はぁー、う〜ん……」
 すごい気張ってる。ほんとはゆっくりうんちしたいのに、私のために……。
 目を瞑り、背中を丸め、膝に握った拳をそろえて――だめだめ! さっき見ちゃった光景を思い出したら、失礼です!
 次第に聞こえてくる排泄音は途切れ途切れに、勢いも弱くなり、ついに途絶えました。それでも、
「うん、ふぅん、ん〜っ」
 お腹が渋ってるのか、苦しそうにうなっています。
「ウンチ、出終わったみたいです」
 紫ちゃんは巻き取りはじめたようです。
 もうちょっとで、うんちできる!
 友達のお家でうんちが恥ずかしいとか、言っている場合じゃないんです。
 おもらしのほうが、よっぽど恥ずかしいんだもん!
 この時の私には、おトイレしか見えていませんでした。
 もう新年に間に合わないとか、どうでもいいんです。うんちができれば、それで。
「朱美お姉ちゃん、お待たせしました……」
 数回の巻き取りと、水洗を経て、げっそりとした紫ちゃんが出てきました。
「ごめんなさい、ウンチしてたから、くさいですけど――」
「急がせちゃってごめんね!」
 入れ替わるように個室へ。紫ちゃんの温もりが残るスリッパに履き替え、鍵をかけます。
 うぅ、でちゃうでちゃう!
 紫ちゃんのうんちの臭い……すごくくさいけど、私も今からこんなに臭いのするんだから、お互い様だよね?
 紫ちゃんが手を洗ってトイレから出て行ったと同時に着座。ずっと緊張させていたおしりのあなを緩めると、おしりのあなが押されてふくらんで――、
 でるぅっ!!
  ゴ――――ン!!
  ブリブリブリブリミチミチミチッ!!!
 新年の鐘の音と一緒に、やわらかい私のうんちが駆け下り、大きな音を立てて便器に落とされました。
「あっはあぁぁぁ〜〜〜〜っ」
 うんち、間に合ったあ。
「「「「ハッピー、ニューイヤーッ!!」」」」
 重なった4つの声が、トイレまで聞こえてきました。
 あ、新年なんだ……。
 私、新年をおトイレで、迎えちゃった。
 しかも、鐘の音と同時にうんちなんかしちゃって……!
 あぁ、なんかやだなぁ。うんちするのが優先だったけど、こんなのって……はぁ。
「うぅ」
 うんち、まだ出る。
  にちにちむりむりみちっ! みちゅみちゅぶりぶりぶちゅっ! 
  ぶりりっ ぶちゅぶちゅぶちゅっ! ぶりぶりっ!
 はぁーっ、お腹いたいっ。最初は軟便ぽかったのが、どんどん水っぽい下痢になっていきます。
  びちびちゅぶりぶりぶちゅっ! びちち びちちぶちゅっ! ぶびゅっ!!
「う〜ん、うう〜んっ」
 私、緑ちゃんのお家でうんちしちゃった。
 今お友達のお家のおトイレで、うんちしてる。下痢ピーしてる。
 なんか、とっとも恥ずかしくなってきちゃった。
 食べ過ぎちゃって。お腹こわして。うんちしたくなって。
 おトイレ借りて。それで新年迎えちゃって。
「もう、やだぁ〜」
 止まらないうんちと共に、後悔が募るだけでした。
「ハッピー、ニュー……イヤーです」
 ぜんぜん、ハッピーじゃ、ないけれど。そう言わないと、切なくって。
  ブビジュビッ! ブボボブバチュッ! ビチビチビチ〜〜ッ!!
 ほとばしるうんちは、完全にピーピーの下痢です。こんなことなら、食べ過ぎなきゃよかったのに、私。
 私はもたげていた顔を上げ、ドアにかかっているまだ12月のままのカレンダーを、見つめるのでした。


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