No.18「偶像幻想」

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【アイドル/idol】
 1.偶像。崇拝される人や物。
 2.憧憬の対象者。人気者。特に、青少年の支持する若手タレント。

 朝の眩しさに小さな世界も慣れた午前八時。
 とある学校の一教室、最後列窓際の机に、小さな集団が形成されていた。
 彼らが口々にある種の名前を言い交わし、熱気を生み出していた。その一言、一節にこもるのは熱意と憧れ。
「見たか、昨日のドラマ!」
「見た見た。まゆこちゃん、スッゲーかわいかった!」
「タイトスカートといい、教師役ハマってるよな〜」
「それよりもアイパラの方がすごかったし! あー様のコスプレとかさー」
「太ももエロかったなー、あれ! でもさ、ゆっちの体験談とか、ヤバくなかったか!?」
「傷んだ卵を食べかけて友達とパニクったってやつだろ?」
「うっわ、何期待してたんだ? 変態か?」
「ち、ちげーし!」
 アイドルが上機嫌に語った冗談めいた逸話であった。やがて話題がアイドルグループの新曲の出来について移行する中、一人だけが中途に流れた話題を心の中で盛り上げていた。
(でも、もしも。ゆっちが卵食ってたら……。でも、まさかな)
 昭和時代を駆け抜けたアイドルたちに幻想を抱く男性は少なくなかった。
 ブラウン管の天使の振り撒く笑顔に、よどみはないと。
 液晶画面の向こう側にいる彼女たちに、男はいないと。
 テレビで活躍するアイドルが、トイレなんかしないと。
 アイドルというものは職業なのであって、人間である。生物である以上は生きるための顔を作るし、生きるための愛情を抱くし、生きるために排泄を繰り返す。過剰な崇拝が、彼女たちを次元の階層を超えた《アイドル》という生物に押し上げようとしている。
 そんな妄想を崩さないために、彼女たちはとにかくファンの思い通りにふるまうしかなかった。
 ファンを喜ばせる笑顔を研ぎ澄ませ。
 ファンを絶望させるスキャンダルを回避して。
 ファンが嫌悪する生理現象を想起させぬよう立ち回って。
 結局、『こうあってほしい』は『こうあるべきだ』に昇格した。或いは、降格して昇華した。
 しかしながら、一例の中でどうしようもなく回避できない事象がある。前述の二つはあらゆる理由付けで、心の持ち方で事実すら生み出さないことも可能だが――。
 排泄だけは、アイドルという人間の職業をまっとうする上で、避けられない。
「アイドルはトイレなんかしない」
 偶像崇拝者のみに赦された幻想は、ハッキリ言って妄信ということだ。

 そして、もう一つだけ不変で彼女らにとって普遍な現実がある。
 ――たとえ人々に愛される偶像的存在であろうとも、生理現象の前では女の子であるということだ。
 女の子も○○○の欲求と行き当たっては、アイドルではいられない。
 目前の危機に赤面し羞恥する女の子に成り下がる。いや、戻れるのだろう。


   Case.1 Low-teen Idol's habit.


 陽が夕に染まる頃。
 東京某所のテレビ局。高層階のとあるスタジオでは、子供向けの番組の収録が始まろうとしており、スタッフやディレクターが最後の調整を念入りに行っていた。
 そことは一階層異なる階のトイレに、一人の少女が足を踏み入れた。彼女は収録の十分前にトイレを済ませようと楽屋から一直線にやってきたのだ。
 三波悠。一〇歳。小学五年生。切り揃えられたショートカットの目立つ、明るい女の子。子供たちに人気のある教育番組の中心的な役を任されている、人気子役。
 悠は立ち並ぶ個室群を見渡すなどはせず、真っ直ぐに洋式便器の備えられたいつもの個室に入った。
 便器の蓋を上げ、エプロンのようなワンピースの裾に両手を差し込んでショーツを下ろす。裾を手繰り上げながら着座し、番組の衣装が汚れないように捲くって寄せる。
「んっ」
  チュ――ッジャボジャボジャボジョボジョボ……
 知覚していない緊張感を解きほぐすと、第二次性徴を迎え始めた陰部から黄金の液体が放出された。ありていに言えば、それはおしっこだ。陰毛もまばらで、肉付き出して縦に伸ばした楕円のようなスリットから放たれる尿。勢いよく便器にたたえられた水面を穿っていく。
  ジョボジョボジョボジョボ……
 数秒に渡る少女の放尿は、
  じょぼぼっ……ちょろろろろ、ちゅいっ
 股間をしっとりと濡らし、終わった。
「はぁ」
 肩をぷるる……と震わせ、残尿感を絞りきったようだ。
 悠は呆然と溜息を放ったのち、おもむろに腰に深く重心を落とした。
 自然と狭いV字を描いていた両のももが閉まり、両膝が揃えられる。対照的に膝から下は内股気味に開かれた。まるで彼女は便器に座りながらも小さく丸まるように、体勢を整えていた。
「んぐ」
 力強く、きばる。
  ミチ、ミチミチ
 桃色の肛門がしなり、伸びる。
 放尿後の息みを聞けば、誰だって彼女がこれからする行為を理解せずにはいられないだろう。
 もちろん、ピンク色のタマゴを産み落とすのではない。
「んん、んぐぅ……」
  ミチッ……
「んんっ!」
  ミチニチッ、ボチャン!
 茶色くて、くさいウンチをするに決まっている。これから他の女の子と大差ない、汚物をひねり出すのだ。
 ――いや、大差ないというのは失礼だろうか。好事家にとっては、黄金よりも価値があるのかも知れないのだから……。
 紛れもなく悠の肛門は健康的な大便を吐き出した。ピンク色のタマゴなどというアイドルの神秘性を強調させる物体を、人間である彼女が産み出せるはずがない。
 三波悠は間違いなくヒトという種類の、女の子だ。
「んくぅ……んっ!」
 排便して間もなく再び息む。更に大きなブツを放出しようと、前傾姿勢になってお腹に力を加えていく。ぬるぬると肛門が隆起し、茶色の弾頭を押し出す。
 一発目が出てからは直腸もこなれたのか排泄がスムーズになっている。するすると柔らかめの一本が降りてきた。
  ニチッ ミチッミチュミチュ……
「ふっ」
  ミチミチミチッ! ドポンッ!
 大きく飛沫を上げて便器に落下。
「ふぅ……」
(ウンチでたぁ…………)
 残便感が大きく削がれ、腹部に空虚な解放感が満ちた。《朝から我慢していた》大便をようやく排泄でき、楽になったのだろう。
 念のためと小さく気張っていると、トイレに誰かの入ってくる気配が感じ取れた。入ってきた女性であろう彼女は悠のいる個室の隣に入ろうとし、
「もしかして悠ちゃん?」
 と声をかけた――もちろん、隣室の悠に。
「あ、愛ちゃん」
 確信的ないつもの問いかけに悠もいつも通りに返した。
 わざわざ悠の隣室を使用中にした篠田愛は、手早く悠の着ているワンピースと似たようなそれを捲くり、着座しながらショーツを下ろす。
 愛は膝に両手を揃えて乗せ、大人の形をしてきた性器を外気に晒し、放尿する。
  しゃ〜ぢょろぢょろちょろろろ……
「悠ちゃん、ウンチタイム?」
「うん。今日はいつもより遅くトイレしてるのに、よくわかったね」
「だっていつも通りだもん」
 悠はちょっとだけ出そうな残便をひり出しながら答える。
 愛は知っている。悠のくせを、悠の習慣を。
 悠は収録の直前に、決まった階のトイレの、奥から二番目の洋式トイレで、うんちをする習慣があることを。それを愛はウンチタイムと呼んでいる。
 だから愛は悠がいつも使っているトイレが使用中であることと、その個室の周りに甘い便臭が漂っていることから悠がいるのだと判断したのだ。
 愛は悠が習慣的排便をしていると分かっていながらトイレを訪れるし、悠も愛が来ることを踏まえた上でいつもトイレをする。そこに悠が恥ずかしがっている要素は見受けられない。
「今日は出てよかったね〜。この前は出なくて散々だったもんね」
「ちょっと、そんなこと言わないでよぉ」
「収録前にウンチしないと調子が悪いって言ったの、悠なんだけどな〜?」
「も、もぉ……」
「この前のウンチタイムなんか『もうちょっとで出そうだから、先行ってて』だもんね〜。結局ウンチできなかった上に遅刻して……」
「それ以上はだめー!」
 悠は薄っすらと赤面しながら所在なげにお腹をさすった。
 悠は収録前に大便を出さないと、直後の収録に支障を来す。
 前回は要所要所でセリフを噛み、余計な手間を増やしてしまっていた。別に収録中に便意を感じてしまうから失敗するのではないが、ウンチをした後は失敗が少ないことに気付き、悠は収録が始まる前までに必ずトイレに立ち寄ることにしていた。
 ウンチタイムを習慣づけてからは出そうな日は便意を感じるようになり、失敗は減った。最近では朝の排便を我慢し、なるべくテレビ局まで大便を持ち越すようにもしていた。
 そんな無理をして学校で我慢できず昼休みに排便し友達に指摘された挙句、テレビ局でウンチできなかったことは記憶に新しい。
 このことを知っているのは同じ番組に出演している愛だけで、告白された当初こそ変に思われたのかトイレの度に揶揄されていたが、もう慣れてしまって同じ空間にいることに平気になってしまったようだ。
  じょろじょろじょろ〜〜 じょぽぽっ、じょぽっ ちょろ……
  ぶり、ぷりぷりっ ぷちゅっ
「「はぁ……」」
 二人の吐息が重なった。悠は排便し終わり、愛は排尿を済ませた。
  ガラガラガラ ビッ
 どちらともなくトイレットペーパーを巻き取り、汚れを拭う。
「そろそろ収録だし、早く行かなきゃね」
 愛は前から紙を差し込み、尿滴を拭き取る。
「愛ちゃん、来る時は何分だった?」
 悠は中腰になって股間を拭く。
「20分くらいだったし、あと5分くらいかな?」
「もう集合時間? 急ごっと」
 さっとショーツを上げ、愛は水を流してしまった。
「愛ちゃんちょっと待ってて」
「うん」
  ガラガラガラガラ、ビリッ
 三重に折り曲げた紙で肛門を拭う。ぐりぐりと擦りつけ、確認……汚れた面を谷折りに伏せてもう一回擦る。一度目はうっすらとあった茶色い滓も、二度目には取りきれていたのか見えなかった。
 下着を整えて、便器を覗き見ながら洗浄レバーを倒した。底に沈んでいた二本のウンチと欠片ほどの便が瞬く間に呑みこまれていった。
「悠ちゃん早く〜」
「ごめんね、お待たせ」
「今日は出てよかったね」
「うんっ。ん〜っ、すっきりしたぁ」
「いいなぁ。したいときにウンチできて。私最近便秘だから、ウンチしたくなっても出ないんだ」
「そうなの?」
「うん。朝に牛乳とか飲んでトイレに行くんだけどね、きばっても全然でないの。それで出そう! ってときに限ってお母さんとかトイレに来ちゃうんだよね」
「お腹痛いときとかに限って、誰か来るよね」
「でさ、諦めてトイレ出るんだ。夜とかもちゃんと頑張ってるんだけどなぁ。この前なんか便秘しすぎて夜中にお腹痛くて寝れなかったし」
「そうなんだ……。ウンチしたいのに出ないって、やだね」
「んでね、今日給食食べたら急にしたくなってさ……学校で、しちゃった」
「ええっ? 学校でウンチできるの!?」
「ちょっと、静かにしてよっ。仕方ないじゃん、すぐに出そうで我慢したらいつできるかわかんなかったし」
「私もお腹壊して……とかはあるけど、恥ずかしくなかった?」
「そりゃあトイレから出たら『愛ちゃん、うんこしてたでしょ』とか『すごいかかってたね。便秘?』とか訊いてくるんだよ? もう学校でうんちなんかしたくないよ」
「うん」
「オマケに『アイドルもうんこするんだね』だってさ。私だって女の子だもん、うんちくらいするって」
「だよね」
「あ、もう時間かな。今日もがんばろうね」
「うん。でもなんか風邪っぽいかも。さっきトイレしたのにちょっとお腹痛い」
「まだうんちし足りないの?」
「ううん、そんな感じじゃないけど」
「無理しちゃだめだよ? 私の学校でも風邪の子が多くなってきたし」
「うん、私のとこも増えてきたかも」
「この前みたいに収録中にお腹痛くなったら、ちゃんとトイレに行ってね? 監督さん気分の悪そうな悠ちゃんを見て困ってたし」
「もぉ、わかってるってば! あの時はフツーにお腹壊してたの!」
 二人は手を洗って、足早にトイレを立ち去った。
 無人のトイレに残された痕跡はタンクに水の蓄えられていく音と、少女の排泄の証である便臭だけだった……。

     * * *

  ギュルギュルゴロゴロゴロ……!
 数時間後に収録は終わり、悠も目立った失敗もなく役を演じれた。
 滞りなく子役も解き放たれ、軽い打ち合わせやスケジュール確認の時間なのだが……。
 悠だけはスタッフに断りを入れ、収録スタジオに近いトイレに向かっていた。
(早くトイレ……)
 廊下を行き交う大人の人に会釈しながらも双眸の焦点は女子トイレの場所に向かっていた。
 収録終盤から感じていた便意が最高潮になり、収録が終わるや否や一言だけ告げてスタジオを飛び出したのだ。
  ゴロゴログリュリュリュル!
(ウンチ、ウンチ出ちゃうよぉ〜)
 悠はとても緊張しやすい性格だ。そして、ひどく緊張するとお腹を壊す。
 子役になった当初は緊張に緊張を重ね、休憩中や収録後はすぐにトイレに駆け込んでいた。
 とは言っても「ウンチがしたいかも」程度の緩い便意と腹痛だったため、ストレスになるほどに下したり、ひどい腹痛を起こしたりするまでにひどくはならなかった。
 悠も誰かに苦しみを訴えたりはせず、こういう仕事なんだと割り切り、次第に緊張にも慣れ親しんで克服していった。
 ただ肉体的に不調の時や、演技などに強く苦手意識を抱いてしまうと収録中もトイレに行きたくなることはあった。スタッフは小学生に無理強いはするまいと気軽にトイレへ行かせてくれているので今までにそれで失敗したことはないし、悠もやせ我慢をすることはなかった。
 トイレに入って最寄の個室に駆け込む。乱雑にドアを閉めて、施錠。
(なんで蓋閉まってるのっ!)
 女性用便所なのでごく普通のことだが、ちょっとしたマナーの表れですら煩わしい。すぐに座り込みたい衝動を抑えながら蓋を持ち上げ、
  するするするがたんっ!
(ウンチでちゃう!)
 焦りを隠さずショーツを下ろしながら勢いよく座る。
 危機感が解きほぐされ、必死に力強く締めていた緊張がどっと緩んだ。そう、ダムの放水口とも言うべき、菊似の蕾が大きく拡がり咲いた。
 貯水量の限界を目前に捉え、決壊も目前に緊迫していた肛門が一挙に放水体勢に入った。
「んぐぅ!」
 ぶるるっと震えながら背筋を伸ばし――
  ブリブリニチニチチ!
  ブリブリドボドボドボォ〜〜〜ッ!! ブビビシャビシャドボドボドボォ〜〜〜ッ!!
  ブッ! ブビッ! ブビシャッ!!
「あああぁ……」
 悠を苦しめていた土石流の奔流が、直下に備えられた湖に直撃、瞬く間に澄み損ねていた透明を濁流の茶色で汚染してしまう。
「はあぁぁぁぁ〜〜〜……っ」
 間に合った。
 急な便意をセーフティーネットにもならない薄布で解放する結末を回避し、至上の幸福を得ていた。便器に腰掛けて排泄をするという人にとって普遍的かつ、現代の生活様式として不変的なスタイルを保てたことに張り裂けんばかりの溜息にして吐き出した。
 無論、吐いただけ息を吸おうとして下した下痢便の悪臭を吸い込んで、咽る。
(くさ〜い……。うぅ、お腹いたいよぉ)
 鼻腔に残る不快臭もさることながら、お腹でうごめく不快の方も深刻であった。
(ウンチ、まだ出そう……)
 今しがた粥状に溶けたどろっどろの下痢便を大量に放ったばかりであるというのに、悠の直腸には第一放流と引けをとらない土石流が蓄積されつつあった。
「う、くぅ……っ。――かはぁ〜〜〜っ!」
  ビュリビチビチビチビチブリボシャビジャボジャボジャッ!!
  ピィ――――ッブルブジュッ! ブボババババッ!
 固形になり損ねた、いや固形になる前に運ばれてしまった大便が便器に注ぎ込まれていく。水面に浮く下痢便の滓と衝突し、深く湖を穿ち、気色悪く泡立つ。
 時折おもちゃの笛のようなオナラを交えつつも、悠は制御のしようがない排泄行為に踊らされるままだった。
 衰えを見せない便意が闇雲に下痢便を呼び出し、下しっ腹を容赦無く刺激する。怒濤の排便の勢いが落ち、僅かな小休止を挟んでは再び下す。
 悠は太ももをぴったりと閉じ、両足を便器に絡ませるように密着させていた。更に上半身を深く倒し、お腹を抱えるような姿勢でうんうんと唸る。その姿は触れることもできない内側の痛みを抑え込めるように見えなくもない。
「うーん、う〜ん」
(おなかいたいよぉ、おなかいたいぃっ〜〜〜)
  ブリジュボジュビジュビッブリュッ! ブビブリビヂビヂビヂビヂ〜〜ッ!
 短いかも長いかも掴めない排便が止まり、和らげることもままならない腹痛を直面する。悠はまだ排便している方が楽なのではないかと思うくらいギリギリと軋むような激痛にのた打ち回りたい気分だった。ウンチをしているという気持ちよさがあるだけ、余裕があるというものだ。
 それでも意識も朦朧に液状便を下し続けていた経験のある彼女は、今の方が楽であることを知っている。それは初めてのお料理企画のときであった。調理に苦手意識を持ってしまったがために、スタジオのセット準備の間中ずっとトイレに篭っていたくらいだ。それだけでは便意は治まらず、個室から出た数秒後に舞い戻るまでに病的な下しっぷりであった。
 その日の番組を見た誰があどけなく笑いながらお菓子を作る三波悠の面影に、下痢に苦しむ女の子の姿を思い浮かべただろう。
 ちなみに今日だが特に緊張をするようなこともなく、普段ならば便意すら催さず帰宅できるはずだ。
(風邪引いちゃったかなぁ。もう帰りたいよぉ〜)
「はぁーっ、出る……」
  プリポトポトポトポト……ブビッヂュゥ――――ッ!! ビュゥ〜〜〜〜ッ!
 液状便が迸り、水気を含んだガスが炸裂する。
 大分勢いが弱まってきているが、俄然便意の方は収まる様子がない。
 断続的な排便と小休止の繰り返しも不定期なリズムとなり、やがて棘でつつくような腹痛と戦いながらきばっていた。
「うぅ〜〜、うぅん。んぐぐっ……はぁっ。うーん、う〜〜ん!」
 早くお腹の中のぐちゃぐちゃを出し切りたい。人目も憚らず唸り、喘ぐ。
 不意にコンコン、と悠の篭る個室のドアがノックされた。
「悠ちゃん、大丈夫?」
「愛ちゃん?」
 向こう側にいるのは先ほどまで共演していた愛のようだ。
「終わってすぐにいなくなるからもしかして、と思ったけど……。お腹は大丈夫?」
「ううん……ピーピーなの。まだおなかいたい」
「そっか……。スケジュールのお話代わりに聞いてきたから」
「ありがと。う、うぅん……」
「もう済ませられそう?」
「まだぁ……。まだ出そう…………うう〜ん」
  ギュルギュルギュル……。
 悠のお腹がなった。お腹を渋らせながらもきばり続けた甲斐あってか、残る全部が降りてきたようだ。
「じゃあ、外で待ってるね」
 緊張体質の悠の事情を知る愛はそそくさとトイレを後にした。
(でも、悠ちゃんが緊張するようなこと、なかったはずなのに)
  ビチビチビチビチブリッ! ビチビチビチ〜〜ッ!
  ブゥ〜〜〜ッ!! ブッ、ブススッ! プシュウ〜〜
 悠もあまり排泄音を聞かれたくないだろうと気遣いながら、後ろに聞こえる泥の跳ね上がる音が聞こえないフリをするのだった。
 それから数分後……ゲッソリとした表情で悠がトイレから出てきた。
 便器一杯に下痢便を放ち、お腹を空にしたのだろうが、腹痛の余韻もあってかお腹をさすっている。
「まだお腹いたいの? だいじょうぶ?」
「お腹は痛いけど、だいぶすっきりしたかも。もどろ」
 それから二人は楽屋に戻って帰る準備をし、親の待つ地下駐車場に行くためエレベーターに乗り込んだ。
  ぎゅるるるる
「う、」
「悠ちゃん、どうしたの?」
「お腹痛い……」
「もしかして、ウンチ?」
「ごめん、降りるね……」
 悠はパネルの傍までふらふらと向かい、最寄の階のボタンを連打。間もなくして地下駐車場まで直通になるはずだったエレベーターは停止し、重厚な鉄扉が開かれる。
「先行っててっ」
「ほっとけないよ、待ってる」
 なりふり構わず駆け出し、近くのトイレに飛び込む。
 愛は激しくドアの閉められる音を廊下で感じながら、憂いを帯びた面持ちでトイレの入り口を見つめるのだった……。
 七分後、げっそりとした表情でトイレから出てきた悠の姿に、愛はひどく心を痛めた。
「長かったけど、お腹治った?」
「ううん、ずっとウンチ出そうだったけど、出なくて……。まだ痛いの」
「そうなんだ……。楽になった?」
「あんまり出なかったけど、ちょっとすっきりした」
 あんまり、と言う割にはやつれ具合が顕著である。
 愛は悠と別れる最後まで、ずっと慰めるように寄り添い続けた。

     * * *

  きゅる〜〜〜っ ごろごろごろ
  バタバタバタバタ……ガチャッバタン!
  スルスルシュルッ、ガタッ
  ……とぽとぽとぽ ちゅ――っ! ぽちょん
  ぶるるっ
  がさ、がさ……
  しぃ……ちょろろろ
  がらがらがらがらがら、びり ごし、ごし …………ぼとっ
  ブゥーッ ブッ!
  がらがららららら、びり ぐり、ぐり ……ぼちょっ
  ゴボジャアァ――――ッ ジョボボボボボ〜〜〜ッ!
  がさがさ ずるずる しゅる がたん
  …………
  がたん スルスル、シュル がたっ
  ……
  ぷりぷりぷりぷり、ぶりりりっ!
  がらがらがら、びり がらがらがら…… がららららっ ぷすっ がらがらびりっ
  ゴボジャアァ―― ジョボボボボ〜〜ッ!!
  がた ばさっしゅるしゅる がたん
  カチャッ…… ガチャ バタン

「はあぁ」
 重苦しい洗浄音に続き、力なくドアが押し開けられる。後ろ手に閉め、蒼白な顔付きで悠は自宅で三度目となる排便を終えて出てきた。
 車内で催して帰宅後すぐに駆け込み、一回。着替えて正露丸を呑み終えた直後に二回。そして寝込んでいる最中に催して今の三回目。しかし三度のどれを回想しても、我慢ならない便意のくせに排泄した量は微々たるものだった。
 自宅ではないが帰宅途中にコンビニに寄ってもらい、そこでも欠片程度の大便をした。強烈な便意だったくせに、ちょっと下してオナラをしただけで終わり、なのに五分も費やした。入れ替わった誰かの好奇の眼差しを、悠はかすかに覚えている。
 外出先でのトイレも合わせて七回はウンチをしているのだが、家に帰ってからも出るものは出るようで、大さじ一杯分の水様便をひり出すのにも堪え難い腹痛と便意に見舞われていた。今さっき悠はお腹を抱えてトイレに飛び込んだが、本当に大さじ一、二杯だけの下痢を二度吐き出して、ほんの少しだけ楽になったのだ。
 それでも七分。排泄に一分未満、後始末に二分ちょっと。そして出そうと気張ることに時間のほとんどを割いたのだ。
 母親もトイレを行き来する娘が心配になり、悠がトイレから出るや否や駆け寄る。
「悠、お腹はどう? 結構かかったみたいだけど」
「まだお腹がいたいよ」
「お腹が渋ってるのね。そんなにぴーぴーなの?」
「さっきも水っぽいウンチでたの……」
「そう……。明日病院に行こうかしら。落ち着いたらゆっくり休んでなさい」
 母親と二、三言交わして部屋に戻ろうとして、
「どうしたの?」
「う、」
 不意に立ち止まり、内股になってお腹を押さえた。
「う、ウンチでそう」
 踵を返し、中腰で廊下を駆ける。
「え、悠、何?」
「トイレっ! ウンチしたいんだってば!」
 ついさっきまで篭っていたトイレに直行。ドアを閉めると悠は鍵をかけることすら忘れ、下着を下ろしながら座る。
「ううぅ〜〜〜〜ん、はぁ〜〜〜〜っ!」
「悠!? 大丈夫なの?」
「らい、じょうぶ……」
 猛烈な便意を感じて駆け込んだが、異物が排泄される感じがしない。渋っているのだろうか。
「おなかいたいよぉ〜」
「苦しかったらすぐに言うのよ」
 思春期の娘がいるトイレの前にい続けるのは無遠慮だと思い、母はひとまず下がることにした。
 悠は恥ずかしがる暇もなく、泣き顔でふんばり続ける。
「うぅん、うーん、うぅ〜ん、うぅぅ〜〜〜んっ! んんんぅ〜〜〜!!」
 息む声だけが個室に満ちる。
「ウンチ出てよぉ、はぁ〜、はぁ」
 それから数分して母親が様子を見にくる。あれだけ痛そうだったのだ、かなり排泄して楽になっているだろうと楽観した希望を抱いて、ノックする。息みはとまり、喘鳴が伝わってきた。
「悠、まだ辛い?」
「うん、おなかいたい……」
「ウンチは出た? まだ出そう?」
「でないの」
 泣き声じみた、告白。
「ウンチしたいのに、ウンチでないのぉ」
 さっきからずっときばってばかりで、悠は少しもウンチをしていなかったのだ。
「もぉ、やだぁ〜」
(そんな……。ほんとうに大丈夫かしら)
 母親もいよいよ病的なまでの腹痛や、帰宅直後のおしっこのような排泄音に気が気でならない。
 駐車場で悠と会ってからの苦しげな訴えが耳から離れないくらいだ。
「お母さん、お腹の調子が悪いの。早く帰ろ?」
「え、うん、大丈夫だよ。お家まで持ちそう」
「なんかお腹いたい……。やっぱどこかで止まって。……うん、コンビニでいいから」
「またウンチしたくなりそう。早く帰ろうよ」
「……お家着いた? 早くしてっ、トイレしたい」
 テレビの中の妖精的な幼女は、トイレの中で一人の女の子として苦しんでいる。
 二日に渡り悠は学校とお仕事を休んだ。
 数日後、夕方のニュース番組でウイルス性の風邪の流行について報じられた。

     * * *

 四日間の戦いを、通学路を歩みながら悠は思い返していました。
 症状が表れた一日目。
 登校前に感じていた便意があったけど、起き抜けにオシッコはしていたのでトイレには行かず登校しました。外に出てすぐにウンチがしたくなってお家に戻ろうか迷ったけど、収録のこともあったのでそのまま学校に向かいました。それからすぐに便意が和らいでよかった。
 朝ごはんを食べた後にオシッコしに行くとウンチも一緒に出ちゃうから、朝はすぐにトイレに行くようにしてます。ご飯を食べるとお腹が元気になってウンチがしたくなっちゃうから、オシッコなんかしたら我慢はできません。いつも我慢しよう、我慢しようって頑張ってお尻を引き締めるけど、オシッコをしてたらどうしても緩んじゃってウンチの頭が出るんです。そのまま立ち上がったらお尻を汚しちゃうし……仕方なくウンチを済ませた時もあります。
 午前はずっと便意があったけど、お腹も痛くなかったので我慢。お昼休みに、次の授業のある理科室へ向かう前に悠の教室に近いトイレへ行ってオシッコをしたけど、ウンチが出ないようにして済ませました。朝よりは便意もなかったから、何とかなりました。
 先にトイレにいた隣の子がずっとうんうん唸っていて、どうやらウンチをしていたみたいだったけど、音とかにおいが全然しなくてウンチしてるって感じじゃなかった。すごい辛いのを堪えながら、一生懸命にきばってるような声でした。便秘なのかな? お昼ごはんを食べた後って便意を催しやすいからね。
 理科室に着いてから筆箱とか教科書をトイレに忘れてしまったのに気付いて戻りました。ちゃんと貯水タンクの上にあったのでよかったです。まだ隣はさっきの子が入っていて、まだ息んでました。もしかして同じ風邪だったのかも。
 放課後は学校を出る前にトイレに。空いていたのはウンチをしてた子のいた個室だけだったので、そこに入ってオシッコをしました。ちょっと便器の後ろとかに水っぽいウンチが着いてて、さっきの子のなのかなぁ……と思いました。気になったので紙で拭いておきました。
 収録があったのでスタジオまでお母さんに送ってもらいました。ずっとウンチがしたかったので、収録が始まる前に済ませました。前の収録の日から少ししかウンチをしていなかったので、硬いのから柔らかめのまでウンチがいっぱい出て、便意じゃないけどちょっとお腹が痛かったくらいです。後から愛ちゃんもトイレに来ました。
「今日は出てよかったね」
「うんっ。ん〜っ、すっきりしたぁ」
 収録がが終わる頃にウンチがしたくなり、お腹もすごい痛くなりました。終わってからすぐにトイレに行って、ビチビチのウンチをしました。
「まだお腹いたいの? だいじょうぶ?」
「お腹は痛いけど、だいぶすっきりしたかも。もどろ」
 エレベーターに乗ってる時にまたお腹が痛くなり、近いところで止まってトイレに行きました。さっきよりもビチビチだったけど、そんなに出ませんでした。お腹が渋っていて、ウンチをして、きばって……が続きました。
「長かったけど、お腹治った?」
「ううん、ずっとウンチ出そうで、出なくて……。まだ痛いの」
「そうなんだ……。楽になった?」
「あんまり出なかったけど、ちょっとすっきりした」
 車に乗ってからもずっとお腹が痛くて、途中でコンビニに寄ってもらいました。全然ウンチも出ないのに便意があって、かなり長くトイレにいました。ウンチは前よりも出なかったです。便意はあったけど、お腹は痛くなくなったので見切りを付けて車に戻りました。
「大丈夫?」
「うん。またウンチしたくなりそう。早く帰ろうよ」
 それからお家に着いてすぐにトイレ。それなりにウンチを下してずっときばってました。まだまだ便意があったけど、出そうもなかったし、着替えたかったので小の方で流して終わりました。
「はぁ〜、お腹痛いよぉ」
「だいぶ下してるのね。正露丸用意しておくから、着替えたら飲むのよ」
 正露丸を飲んですぐにトイレに行きたくなりました。またウンチがしたくなったんです。さっきよりも出なかったのに、もっとお腹が痛かった。少しだけ楽になった時にトイレを終えました。
「またウンチ?」
「うん……。お部屋で休んでるね」
 それからお布団に入って寝ていましたが、お腹が痛くって全然寝れませんでした。また強い便意が来たのでトイレに駆け込みました。座ってすぐに水みたいなウンチが出たけど、お腹が痛いのは治りませんでした。それに便意もあったのにずっと出なくて、ちょっとだけ出たのを最後にトイレを出ました。
「悠、お腹はどう? 結構かかったみたいだけど」
「まだお腹がいたいよ」
「お腹が渋ってるのね。そんなにぴーぴーなの?」
「さっきも水っぽいウンチでたの……」
 そしてすぐにトイレに戻って、ずっとずっときばっていました。
 本当にウンチが出なくて……お腹も痛くて、便座に座ってないとウンチもらしちゃいそうで、トイレから出られませんでした。トイレにいない時は少しでも油断したらウンチが出ちゃいそうな感じだったのに、トイレに入ってもそれがずっと続いていました。
 いつお腹にくる風邪にかかったのかわかんないけど、あの時はずっと病気になったんじゃないかって、思ってました。
 やっとのことでトイレから出ると、ちょうどお姉ちゃんがトイレに来て、入れ違いに入りました。お姉ちゃんは高校生で、部活はソフトボールをしています。
「ごめんね、その、ウンチしてたからあの……ちょっとくさいよ」
「そんなに匂いしないから大丈夫だって。それに下痢なら仕方ないじゃん」
 全然ウンチが出なかったから、においなんか残ってもなかったかも。
 それからはすごいウンチしたい! って感じにならなくて、割とゆっくり休んでいられた。じんじんとお腹が痛かったけど、寝てられるだけの余裕はあった。
 夕食の時間になってお粥とスポーツドリンクをもらいました。食欲はなかったけど、少しでも体力のつくようにと思って、時間をかけてぜんぶ食べた。
 それから何十分かして、突然便意がこみ上げてきました。ご飯を食べたせいかウンチがしたくなって、急いでトイレに行きました。
 お家のトイレは一階と二階にあって、部屋は二階にあったので家でのトイレ二回目からは二階でしていました。
 トイレに入ろうとすると鍵がかかってて、開きませんでした。
「入ってるよー」
 お姉ちゃんがトイレをしていたんです。
「お姉ちゃん! かわって!!」
「あー悠なの? まだかかりそうだから、一階のトイレに行ってよ」
「だめ、もうでちゃいそうで、うごけないのぉ!」
 階段なんて降りていたらもらしそうでした。
「え〜。アタシもウンコだから時間かかる」
「そんなぁ」
「しょーがないなあ、お姉ちゃんが一階のトイレ行くから、ちょっと待って」
 時間がかかっても降りていく余裕もなかったので、お腹を抱えて待つことにしました。
「お姉ちゃん、まだぁ?」
「ゴメン、なかなか出終わらなくってさ……。だからって引っ込められないし」
 そう言えばお姉ちゃんは便秘だって言ってた。お姉ちゃんも出そうで出ない状態なのでした。
 それから何分経ったかわかんないけど、ボチャン! と大きなウンチが落ちる音がしました。やっと、出切ったみたいです。すぐにトイレットペーパーを千切って拭き、水洗をして代わってくれました。
「ゴメンな、待たせて」
「ううん、悠こそっ!」
 入れ替わりにトイレに入り、すぐにパンツとかをずらして着座しました。お姉ちゃんのウンチのにおいとか、便座があったかかったけど気にしてられません。これでウンチできる、と思って力を入れると、
  ボビュルッ! ブビリッ!
 と勢いよく水みたいな下痢ウンチが駆け下りました。
 はぁっ、間に合った!
「じゃあお姉ちゃん下のトイレいくからね〜」
 お姉ちゃんもゆっくりトイレしたかったと思うのに、ごめんね。
 今度こそ出せるだけウンチして、楽にならなきゃ……ん?
「うそ……」
 激しい腹痛、便意がずっと続いてるのに、ウンチが出てこない……!?
 今にもウンチが出てきそうな感覚があるのに、出ない!
 また、さっきみたいな症状なの、っ。
 悠はひたすらに大声で、息んで、気張って、踏ん張りました。
「う〜ん、うぅ〜〜〜ん……んあぁぁぁぁっうぬぅっぅぅぅぅぅんっ!!」
 出て! 出てよ! 早くウンチ出てよぉっ!
 お腹痛い! もう下痢ピーなんでいやだよ!
 ずっとウンチがしたい感じなんて、やだ!!
「ふぬうんあぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!! ふぐぅ、ふんんんんんんっ!」
 ウンチ! ウンチしたい! ウンチしたい!
 いたいの止まんない! おなかいたいよぉ!
 出そうなんだから、早く出てきてよぉっ!!
「うん、うん、う〜ん! うぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」
 悠、このままトイレから出られないのかなぁ。
 ずっとウンチが出ないまま、ふんばり続けて。
 きっとウンチがたまって、倒れちゃうんだ!!
「うんち。ウンチ。ウンチ! ウンチでてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
 それから悠はトイレを出るに出られないまま。
 泣きながらきばって、お腹をずっとさすって。
 一欠片ほどのウンチが出るまで一時間くらい。
 ウンチが出ないトイレの住人になってました。
 涙も枯れ、便座に座っているのも辛くなってきた頃。
 唐突に、肛門が熱くなりました。
 まるで、ウンチが降りてきたみたいに。
 何だか、ウンチ、したくなってきた。じゃなくて、ほんとに出そうになってきた!
「うっ、うぅぅぅぅ〜〜〜ん」
 あぁっ、お腹いたい! でも、つらくない! さっきよりも、ずっと楽!
「うぅ〜〜ん、でる、でる……」
 きっと、これでラクになるよね?
 もうお布団に入っててもウンチしたくならないよね?
  ゴギュッグルルルルゥ〜〜
「ふぅぅん、くはぁ、う〜〜ん!」
  ぶぴぷしゅしゅしゅぶじゅっ、ぶぷすっ
 お腹、動いてる! その証拠に、こんなにおならが出た! なんか水っぽいけど、きっとウンチがすぐそこまで来てるって、ことだよね?
「う……ん。もう、ちょっとぉ」
 出る。でる! 出ます、私のビチビチウンチ! 悠の下痢ウンチ――
  ボビュルブリュブリュブリュリリリ!! ビチビヂブビチャビチャッ!!!
「あっ、はあぁぁあぁぁぁぁぁ〜〜……」
 やっと、でたぁ。
  ビシャシャシャビチビチビチ〜〜ッ! ブジュボボボボボッ!
 いままできばったぶんが、いっきにおしよせてくるみたいに、いっぱい、とまらない。
 いしきをうしないそうなかいほうかんとかいかんのなか、ゆうのおなかがすっきりしていくかんじがしました。
 あぁ、やっと、といれからでられるんだ。
  ビジュッブヂュブチュジュボボボボッ! ビィ――――ッビシャシャシャビチッ!!
  ジュボボッ、ブジュボボボボボッ ビチュ〜〜〜〜ッ!!
「ウンチ、ウンチ……」
 一時間越しに満たされた便器の中から湧き上がる悪臭も、いとおしいくらいに。
 悠はウンチができることに、悦びを見出してしまったのです。
 空白の一時間が短く感じるほどに濃密な数十分を排便して過ごし、悠はやっとお部屋に戻ることができました。
 そして怒濤の数十分も忘れるくらい早く、お布団の中で悪夢の終わりを幕引きました。

 二日目。
 起き抜けにすぐさまトイレへ。下痢っぽい便意があったけど、数分きばってようやくウンチが出ました。まだ風邪の症状が続いていました。
 トイレから出るとちょうどお母さんと鉢合わせました。トイレに入られるのかな、とちょっといやな気分になったけどそうじゃありませんでした。
 学校に欠席すると電話をしてくれたみたいです。それと、悠が休んでる間は二階のトイレは悠だけが使ってもいいことにしたみたいです。これでいつでもトイレが使えるし、お姉ちゃんを待たせる心配もないんだね。何より、トイレから同じ風邪がうつらなくなるから、安心しました。
 食欲はなかったけど、買ってきてくれたゼリーを食べて寝入りました。
 それからも一時間置きにお腹が痛くなって、度々トイレに駆け込みました。ウンチが出たり、出なかったりとまちまただったけど、昨日よりはだいぶマシでした。
 たった二日で何回もトイレに入って、すごい量のウンチをしてしまいました。スタジオで、コンビニで、お家で。
 学校で催さなくて、よかった。私はテレビに出てるから。悠も大好きなアイドルみたいにならなきゃいけないから。学校でウンチしてるってバレたら、みんなにきらわれる。
 お腹がすっからかんで夕ご飯は並よりも少ないけど食べることができました。お茶碗半分のお粥と、おわん一杯のおうどん。風邪っぽいのもだいぶなくなって、変な便意も催さなくなりました。
 寝る前にウンチがしたくなってトイレに行きました。急にお腹の痛くなる感じじゃなくて、自然な便意でした。慌てずに便座に腰掛け、その日で何回目かわからない排便に臨みました。思いっきり、ずっときばらなくてもゆるゆると降りてきて、リラックスしてトイレができました。もう風邪は治ったみたいです。
 ウンチもシャーシャーの水ウンチからちょっと形のある柔らかいのになっていました。
 気持ちよく眠れて、迎えた翌日。
 朝ごはんを食べた後に催したウンチは、たとえ軟便っぽくても、とても気持ちよかったです。

     * * *

「そういえば悠ちゃん、ずっとお休みしてたね。もう治ったの?」
「うん、やっとすっきりしたよ〜」
「スッキリ?」
「ううん、何でもない! ずっと頭痛かったのがなくなったから」
「もしかしてテレビで言ってたお腹にくる風邪だったの?」
「違うってば」
「あれだろ、ずっとうんこがしたくなるやつ。悠も家で『うんこ出ない〜』ってずっと泣いてたんだろ?」
「もぉ、ハルカまでそんなこと言う!」
 女子便所で行われる、秘められたガールズトーク。トイレには彼女たち三人と他の女子が個室を使い切っていた。男子の目と耳を気にしない、赤裸々とした内容だった。ハルカはストレートにシークレットなことを聞いてくるし、沙織は口調は優しくても興味を持つと根掘り葉掘りつっこんでくるので迂闊なことは言えないのだった。
 悠は顔を染めながらも小用を済ませてから静かにきばっていた。前みたくウンチが出そうなわけではないし、散々下していたので出すモノもない。ただ二日も続いた症状の名残で無意識に力んでいたのだった。
 ふと我に返り、後始末をしてから後続にトイレを譲る。ハルカと沙織はもう用を済ませ、悠を待っていた。
「悠、スッキリした?」
「え?」
「ちょっと長かったじゃん、トイレ。うんこ出た?」
「別にウンチなんかしてないって!」
「恥ずかしがらなくていいじゃ〜ん、うんこは健康のばろめーたー? とか言うし」
「ハルカちゃん、そんなにいじめちゃだめだよ。アイドルはトイレに行かないって言われてるらしいし、悠ちゃんはバレちゃったのを気にしてるんだよね」
「ちょっとぉ、フォローじゃないの!?」
「ごめんごめん。でもクラスのたっくんが悠ちゃんもウンチしてるって知ったら、幻滅しちゃうね」
「そういやタクミのやつ、悠が休んでる間心配してたぜ」
「こんなこと聞くと、気になる?」
「別にたっくんは関係ないよ。それに」
「「それに?」」
「私だって――ウンチ、するもん」
 症状と排泄の事実は否定しても、これだけは否定できない。
(私だってね、オシッコはするしウンチもするの。たまには下痢ピーだって、するんだから。アイドルだってウンチはするもん)
 トイレは彼女らと同時に入った子も含めて一周したようだ。ただ一つ一番手前の個室を除いて。
 授業も若干早く終わり、すぐにトイレに来たのだが、最前列のトイレに先客がいた。しかもその個室の前には保健の先生がいて、トイレをしている誰かに話し掛けていた。
「誰かが来たみたいだから、保健室に戻るわね。ここに私がいたら怪しまれていやでしょう? 休み時間が終わっても戻ってこないようだったら、また来るからね。お腹が痛くなくなるかスッキリするまでトイレにいていいのよ」
 そう言い残し、悠とすれ違う形で先生はいなくなった。
 そこの隣に入った悠だが、視界を隠すだけの仕切りの向こうからは大便の臭いや、腹痛を隠して我慢をしているような気配はなかった。むしろ、人がいながらも大便をしようという、今すぐに出したいという静かな息み声とお腹を擦り続ける絹擦れの音だけは耳にできた。
 休み時間になってすぐに訪れた時から閉ざされている、一室。
 少女は立ち向かえぬ秘め事を許された不浄の空間で独り、病魔と戦っている。
「がんばって」
 それを乗り越えた悠は呟き、友達と一緒に教室へと戻っていった。
 その日の収録。撮影中に何回もコケてしまった。
 そう、悠は収録前にウンチが出なかったのだ。いくらきばっても便意はなく、ウンチを出したいのに出ないという、ある意味で苦しみの再来だった。休んでいる時は受動的な排泄行為だったが、今ばかりは能動的な欲求だ。
「愛ちゃん。ウンチが出来るっていいことだね」
「そうだよね、私はお便秘だからわかるよ。実はね」
「なあに?」
「さっきね……ウンチしてきたの」
「そうなんだ。愛ちゃんもウンチ、するんだね」
「当たり前じゃん。昔のアイドルじゃないんだし、ヘンな悠ちゃん」
 そう、聞くまでもなく当たり前のこと。そうわかっていながらも沙織の冗談が気になっていたのだ。
「他のお友達とかにはないしょだよ? ずっと出なくってね、朝もお家できばってきたけど、だめだったの。それでスタジオから楽屋に行く前にトイレに行ってね、ようやくって感じだったの。それでね、悠ちゃんの風邪のこととか思うと、ウンチが出てすっごいよかった、って思ったの。おなかも心もすっきりしちゃった」
「うん、わかるわかる。私もずっとそんな感じだったし。よかったね愛ちゃん」
「ありがと。じゃ、帰ろっか」
 ウンチをすることを笑っちゃいけない、と悠は改めて感じた。
 ちゃんとできることは、いいことなんだから。
「次のウンチタイムは、ちゃんとできるといいね」
「ほんと、次こそはね」
 悠はウンチが出るというありがたみを二重に感じるのだった。


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