No.02「児童館での再会」

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 その人は涼子さんといった。彼女は僕より2つ年上で、小さいころから近所に住んでいた。
 僕には彼女と同じ年齢の姉がおり、母親どうしも古い友人だったので、僕が物心ついたころから、涼子さんの一家とは家族ぐるみの付き合いだった。
 僕は姉とも割合仲が良かったが、おさな心に涼子さんがほんとの姉さんなら良いのにと思うほど、彼女を慕っていた。
 しかし、姉と涼子さんが国立大の付属中学を受験したことが、僕たちの幸福な幼年時代を終わらせた。
 模擬テストでは涼子さんよりも若干成績の良かった姉が落ち、涼子さんだけが合格したのだ。
 今にして思えば、そのことが両家の母親の間に目に見えぬ亀裂を生み、次第に関係が悪化していったようだ。
 もちろん子ども同士は仲たがいなどしなかったが、子どもなりに親の気持ちを感じ取ったのだろう。
 僕の姉はなんとなく涼子さんとは疎遠になってしまった。
 僕は残念でならなかったが、時々街ですれちがう涼子さんが手を振ってくれたりするのが慰めだった。


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 事件が起きたとき、僕は6年生で、涼子さんにとっては中学2年の冬休みに当たっていた。
 当時僕たちの住んでいた地域の児童館では、縦割り活動というものがあった。
 土曜日の午後に様々な年齢層の子どもたちが集まり、中学生をリーダーに作業やゲームをするというものだ。
 とても寒い日で、ストーブが点いているのが信じられないくらいだった。
 その週は年末だったので、班ごとに分かれて凧や羽子板などを作っていた。
 僕は涼子さんの班になりたかったが、残念ながらそうはいかなかった。
 初めに、児童館の先生が作業について説明し始めた。
 隣の校区の教頭を最後に退職したというこの女性の話は退屈で、僕はろくに聞いてもいなかった。
 そして、視線をちらちらと隣の班の班長である涼子さんに走らせていた。
 細身で小柄な涼子さんは、やや発育が遅れているようだった。
 胸部はまだ少年のようで、ボーイッシュなショートカットがよく似合う。
 しかし、パッチリとした目と女の子らしい表情は、僕に年上の少女の魅力を感じさせた。
 一言で言えば、彼女は僕にとって初恋の、そして目覚めたばかりの性の対象だった。
 そんな僕だから、涼子さんの異変にはすぐに気がついた。
 いつもなら、メモを取りながらおとなしく説明を聞いているはずの涼子さんがその日に限って落ち着いていなかった。
 手は机の下で、ひっきりなしにわき腹や下腹部をさすっており、視線はあらぬほうをさまよっていた。
 そのうち彼女は椅子の上で何度もお尻を浮かせ始めた。
(涼子さん、トイレに行きたいんだ。しかも大きいほうだ)
 僕は胸が高鳴るのを覚えた。この性癖はほとんど物心ついたころからのものだ。
 予想通り、各グループが作業に入ると、涼子さんは先生のもとに行き、小声で何事か告げて下を向いたまま工作室を出て行った。
 僕は班長の中学生にお腹が痛いとウソを吐き、涼子さんの後を追って工作室を抜け出した。
 すでに子どもたちはワイワイガヤガヤと作業に入っており、ふたりが抜け出したことに気付いた者は殆どいないようだった。


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 涼子さんはこどもたちの視界から外れたことに安心したのか、手を露骨にお尻に添えていた。
 しかし、彼女は僕が工作室の扉を開けた音に驚いて、お尻から手を離して振り返った。
「ノブオ君、どうしたの?」
「寒いからしょんべんしたくなったんだよ。涼子ねえちゃんも?」
「え うん、そうだよ」
 彼女が僕に便意を隠していることは、やや悲しくもあったが、それはふたりが思春期にさしかかっていることを思えば当然だった。
「なんだ、男と女でつれしょんか!」
「もー、へんなこと言わないでよ」
「嫌なら、じゃんけん負けたほうが、二階の便所へ行くことにしようよ」
「いいよ、めんどくさい」
(ほんとはめんどくさいんじゃなくて、まにあわないんだろ)
 少年の性は時として嗜虐的な情動を伴う。
 ふたりは本当に一緒にトイレまで来た。
 児童館のトイレは左側に小便器が、右側に男女共用の個室が並ぶという、当時としても前時代的な、思春期の子どもたちへの配慮を欠いた構造だった。
 もちろん個室の上下には大きな隙間があり、小便器の間には仕切りがないという状態だ。
 まだ、「学校のトイレ問題」がクローズアップされる前のことである。
 涼子さんは「ノブオ君、のぞかないでね」などと軽口を叩きながら奥の洋式の個室に消えた。
「ねえちゃんのしょんべんなんか見るわけないじゃん!」
 僕は心のなかを見透かされたようで、赤面しながらやりかえした。
  じょおぉー じょろ じょろ ぴた ぴた ぴた
 涼子さんが音消しをせずに小水を放ったことが、昔に戻ったようでうれしかった。
 しかし、当然ながら彼女はトイレットペーパーを取ろうともしない。
「涼子ねーちゃん、まだ? もしかして大なの?」
「違うよー、ただね、女の子は色々と時間がかかるの!」
「ふーん、そうなんだ、じゃあ、先に戻ってるね」
 僕はわざと大きな足音を立てて便所を出ると手洗い場の水道をひねり、水を止めた後、息を殺してトイレにUターンした。
 そして、入り口付近の床に手をついて、涼子さんのいる個室を覗き込んだ。

 こんな姿を誰かに見られたらと思うと、恐怖を覚えたが、下腹部から突き上げてくるような性的衝動は押さえがたかった。
 なんと、涼子さんは便器に腰掛けていなかった。
 僕はいきなりばれたのかと思うと、初恋を失うことと、一生変態のレッテルを貼られて生きることを覚悟した。
 しかしそうではなかった。涼子さんは履いていた制服のスカートを脱ぐと、個室の中のフックに掛けた。
 そして、ブルマーと純白のコットンのパンティーをも脱いで、それらを手に持つと、ようやく便器に腰を下ろした。
 いわゆる「すっぽんぽんでう○ち」だ。あこがれの女性の意外にも子供っぽい行動に、僕は異常な興奮を覚えた。
「ふっ うん」
  ぶほぉ!
 涼子さんはいきなり強く息むと、大きなおならをした。
 個室の下の小さな隙間からでは、その全貌は分からないものの、彼女は左手をわき腹に当て、上半身を前傾させて息んでいるようだ。
「うっ ううん」
  めきめき
「うん」
  みちちち 
 涼子さんの腹圧に合わせて、やや固めの便が出てきたのがわかる。
(涼子姉ちゃん便秘なのか。うちの姉貴もそうだって言ってたな)
  ぼた ぼた ぼた 
 しっかりとした質感のある便塊が、続けさまに便器の水面に叩きつけられるおとがする。
 それにしても、なんと魅力的な息み声、なんと甘美な便臭だったことだろう。
「うっ ふん ぐ」
 涼子さんは足を開いて更なる腹圧をかけ始めたようだ。
 彼女が排泄を早く終わらせたいと思っているのは、寒さと下腹部の苦しみのためだけではないだろう。
 ひとつには、班長としての責任感があり、もうひとつには小用だと言い切ってしまった僕に対する羞恥もあるはずだ。
 そんな彼女の心中を思い、彼女の甘く、濃厚な便臭を胸いっぱいに吸い込むと、個室の中で端正な顔をゆがめて息む涼子さんの姿がまぶたに浮かんだような気がした。
  ぼちゃん!
「くはぁ!」     
 ひときわ大きな塊が落下した。
  ぶぷぅ〜
 続いて腹の底から響くような放屁音。
 涼子さんはつい先ほどまで、内部から直腸を破壊しようとする硬質便と大量のガスの圧力を相手に、たった一人で闘っていたのだ。
 彼女の腹の状態がこれほどとは思わなかった僕は、深く同情すると共に、自分の心無い行為を彼女に詫びたいと思った。
「ふん」
  ぶりぶりぶり〜
「うん」
  ぶぴー
「あぁ」
「う うん」
  ぶぶぶぶ……

 後はやや軟らかそうな便と湿気を含んだ放屁が、交互にいつ果てるともなく続いていた。
(涼子ねえちゃんのうん○、涼子ねえちゃんのお○ら……こんなにたくさん、こんなに臭いなんて―)
 僕は抑えきれなくなった性欲に身を委ねようとしていた。


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 そのとき、誰かがトイレのほうにやって来る気配に気付き、僕は身を起こした。
 僕たちの用足しが長いのを心配した女性教師か、班長の中学生が様子を見に来たのだろうと思った。
 しかし、足音の主は複数だった。僕がトイレの横の湯沸し室に身を隠したのと、彼らがトイレの前にやって来たのはほぼ同時だった。
 それは、涼子さんの班に振り分けられていた、低学年の男子生徒数名だった。
  がたん どたん
「やっぱり、うん○だ!」
「くせー!」
「きゃー!!!」
 別に性的な意味合いもなく、他人の排泄行為に反応する年頃の子供たちだ。
 ふだんお姉さん然としている涼子さんの排便が面白かったらしく、てんでに個室の上下の隙間から中を覗き始めた。
 後から思えば、涼子さんは気配に気付いて便器の蓋を閉め下半身をスカートで覆おうとして、便器から立ち上がったが、その両方とも間に合わず、結果的にむき出しの下半身と便器の中身を子供たちの目に晒してしまったようだ。
「うわーくせー」
「大量だぁ!」
「うん○女ぁ!」
「いやぁー やめてよぉ!」
 幼児は残酷だ。羞恥で半泣きになっている涼子さんに、お決まりのからかい文句を石つぶてのようにばらばらと投げつける。
 まさに一瞬のできごとで、僕は呆然としていたが、子供たちがまだ涼子さんをからかっているのを見ると、意を決して飛び出した。
「おい、お前ら、やめろ!!」
 予期せぬ上級生の出現に、年下の少年たちはたじろいだ。
 僕はほとんど怒号に近い声でまくし立てた。僕の怒りは義憤というよりも、もっと邪な感情から発していた。
 自分が一番したかったことをこんな、涼子さんのことをよく知りもしないガキとも(僕自身もガキだったが)にやられてしまうなんて。
 結ばれなかった幼なじみを、他人に陵辱された男のような心境だった。
「お姉さんだって人間だろ! 大便や小便をして悪いのか? トイレはそういうことをするための場所じゃないのか?」
 少年たちはしゅんとした。僕はようやく落ち着いた。
「よし、わかったらお姉さんに謝れ。先生には言わないでおいてやるから」
 少年たちは恐怖と良心の呵責にべそをかきながら、口々にごめんなさいを言ってその場を立ち去った。


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「ぐすん、ぐすん」
 涼子さんは泣いていた。無理もない。思春期の少女にとって排便を覗かれるということは、強姦されるにも等しい。
 そっとしておくべきかとも思ったが、僕は涼子さんが心配でたまらなかった。
  こん こん
「……」
  こん こん
「涼子姉ちゃん、大丈夫?」
「ノブオ君? ありがとう。助けてくれたんだね」
「姉ちゃんがなかなか戻って来ないし、あいつらが連れ立ってトイレに行くから、心配になってきたんだ。でも、もっと早く来てれば、こんなことにはならなかったのに」
 小学生らしい、稚拙なウソだった。頭のいい涼子さんのことだ。こんな精神状態でも、あるいは見破っていたのかもしれない。
 若干の間があって、
「別にいいよ。あんな小さい子たちに見られたって、石ころに見られたのと一緒だよ」
 意外に明るい涼子さんの声が返ってきた。
「その……」
「何?」
「いや、腹の具合はもう大丈夫なのかと思って」
「あぁ、うん、もう平気。後始末するから紙取ってくれない?」
「え?」
「ここ紙がちょっとしかないのよ」
 僕は思わず微笑した。涼子さんも笑っていたかもしれない。
 ここでひとつの問題が生じた。個室の下の隙間は当時児童館で使っていた、大きめのロールペーパーを通すには狭すぎた。
 かといって年齢の割りに小柄なふたりには、上の隙間を通して紙の受け渡しをするのは困難だった。
 今にして思えば、僕がペーパーを放り投げ、彼女が受け取るという方法も考えられたはずだ。
 しかし、涼子さんは意外な事を言い出した。
「扉を少し開けるから、そこから渡してよ」
 僕は全身の血液が頭と陰部に流れ込むのを感じた。
「え そんなことしたら、見えちゃうよ」
「いいよ、ちょっとくらい。もうあの馬鹿ちびちゃんたちに思いっきり見られたんだし」
 そこで、涼子さんはすこし声の調子を変えた。
「ほんとはノブオ君に見られるのも初めてじゃないんだよ」
 僕はその時まですっかり忘れていたのだが、小さいころ親たちが買い物をしている間に、
 僕を連れておもちゃ屋にいた涼子さんが便意を催して、僕を連れたまま個室に入ったことがあったらしい。
「ノブオ君て、ほっとくとすぐ迷子になっちゃうし、みっちゃん(僕の姉)はお母さんたちと一緒だったから、仕方なかったのよ。そしたら、ノブオ君たら、私がしてる最中に急にドアを開けちゃうんだもん。恥ずかしかったわ!」
 そういえばそんなこともあったような気がする。これが原初体験となって、僕の性癖は形作られたのだろうか?
 扉の隙間ごしに垣間見た涼子さんの下半身は、以前一緒にお風呂に入っていたころとはまるで違っていた。
 そして、トイレに座る涼子さんを見たのはそれが最後になった。
 涼子さんは文字通りの「尻拭い」を終え、水洗レバーを押した。
  ざばー じょぼじょぼじょぼ
  ざばー じょぼじょぼじょぼ
「ねぇ、どうしたの?」
「ノブオ君、絶対笑わないでね」
「え?」
「流れないの」
 無邪気を装って見せてもらった涼子さんの排泄物は僕の常識をはるかに超えていた。
 黒々とした大量の塊は、洋式便器の水溜りを完全に占拠し、そこから頂上を隆々と露出させていた。
 喩えていうならば、黒い氷山か、水没したボタ山といったかんじだった。
 涼子さんの小柄で細い肢体のどこに、これほど大量の汚物が潜んでいたのか?
 女性の生理というものを多少は理解するようになった現在でも、あの日の涼子さんの排泄は魔法のように思える。
 当然臭気も強烈なはずだったが、なんだか懐かしいような感じで少しも不快ではなかった。
 結局僕の発案で給湯室から失敬した割り箸でそれを粉々に砕き、バケツとトイレの水洗の力で流し去った。
 それはふたりにとって(少なくとも僕にとっては)可愛いペットを埋葬するのにも似た、愛惜を伴う行為だった。
 ふたりは時間をずらして工作室に戻り、それぞれ体調が悪くて時間がかかったと教師に弁解した。
 しかし、先生もそれどころではなかったのだ。
 よく指示を聞いていなかった班で、低学年の生徒に小刀を使わせてしまい、その子が指をぐさりとやってしまったのだ。
 突然の出血に子どもたちはパニックを起こし、先生は応急処置と事態の沈静化に追われた。
 結果的に班長不在だった涼子さんの班では、低学年の生徒に対する監督が疎かになり、その子たちが面白半分に、涼子さんのう○ち姿を覗きに来たというわけだ。


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 そのことがあってから、僕らはなんとなく付き合うようになった。
 ふつうの男女なら別れの原因になりかねない出来事のために結びつくとは、僕たちはそもそも正常ではなかったらしい。
 お互いの同級生に見られないように、会うのはいくつも離れた駅と決まっていた。
 当時の中学生が携帯など持っているはずもないから、連絡を取り合うために偽名の封書を交換したりもした。
 僕たちの関係は通常の意味では、プラトニックだった。
 しかし、涼子さんの便秘が何日目かということはいつも共通の話題だったし、
 彼女がいつどこで、どんな大便を排泄したかということも、(周囲の目を気にしつつも)語り合った。
 涼子さんはDR.スラ○プなどのうん○グッズが大好きだったので、僕が誕生日に贈ったこともある。
 バナナ・クレープや麦チョコを食べる時、口にこそしなくてもふたりが想像していることは同じだった。
 そんな少年と少女がどうして本格的なスカ○ロジーの世界に進まなかったのか、不思議ではある。
 しかし、僕たちは幼すぎたし、現代の子どもたちのように性知識に簡単にアクセスできるわけでもなかった。
 また、当時実験的に学校教育に取り入れられていた性の教育が、「正常な」性の規範とでもいうべきものを教えるに止まっていたこともあるだろう。
 この点はおそらく現在でもあまり変わりはなく、だからゲイ・リブなどの運動が起こるのだろう。もっとも、仮にスカ○ロ・リブ運動が起きたとして、僕はその運動に加わる勇気があるとも思えないが。
 家庭でも学校でも優等生を演じていた僕と涼子さんにとって、そのような規範を乗り越えることがどれほど難しかったことか!
 そんな男女の関係がいつまでも続くわけもなく、僕が高校受験を迎えるころに、自然消滅という形をとった。
 涼子さんは年上のスポーツマンタイプの青年と「健全な」交際を始め、僕は県立高校の入試に失敗した。
 体面を気にする両親は、すでに当時書店の経営で成功し始めていたので、金にあかせて僕を遠隔地の名門高校の寮にほうりこんだ。
 僕はその学校で父母を怒らせない程度の成績を収め、浪人はしたものの、父母が希望する国立大学の経済学部に進んだ。
 そして、在学中から父に書店経営のイロハを叩き込まれ、現在店長を務める「むさしの書房」を任されるに至った。
 高校の寮生活の息苦しさは、僕に「健全な」性への関心をさらに失わせた。
 僕にとって10代の性のはけ口は、ただあの冬の日に垣間見た、便器に座る涼子さんの姿だけだったと言っていい。


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