No.05「やるせない痕跡」

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 高野 美緒は、小学四年生。
 猫目で、栗色の長い髪を緑のタータンチェックのリボンで結んだ大人しい美少女だ。

 美緒は親友の家でほとんどおしゃべりをしながら宿題を片付けていた。
 親友の名前は岬 愛理。
 短い黒髪の前髪を水色の花がついたヘアピンで留めている。
 美緒と同じく大人しい性格だ。

 いつでも仲良しで、今日もこうして遊んでいた。
 しかし、美緒はいつもと様子が違う。

(なんだろう……お腹いたい……)
  グリュリュ……
(うっ……)

 美緒は、腹を下していた。
 というのも、朝牛乳を2杯飲み、愛理の家に来てからオレンジジュースを飲んでいたためだ。
 秋の涼しい気候も美緒の腹に更なる負担をかけていた。

(おトイレ貸してもらおうかな……でも音とか匂いとか、ダメだ、うんちなんて言えない……)

 羞恥心が先回り、結局トイレを貸してもらうことができなかった。
 今まで愛理の家で大便をするためにトイレ借りたことはない。
 以前愛理の家に泊まったときも言い出せず、帰るときに漏らしてしまったことがある。

 美緒の腹痛の波が大きくなってきたときに、愛理は異変に気がついた。
「どうしたの美緒ちゃん? 顔色悪いよ?」
 心配そうに美緒に声をかけた。
「ううん、なんでもない、大丈夫だよ」
 腹痛のことを知られたくないため嘘を吐いた。
 言った瞬間に後悔した。

「ねえ愛理ちゃん、ここの問題……」
  ブススッ……
(や、やっちゃった)
 ドリルの問題の解き方を尋ねようと少し前のめりになったとき、美緒の肛門から少量のガスが漏れた。
 パンツの中が熱くなる。
「そこはね、まずこれとこれを割って……」
 あまり音がなかったので愛理は気づいていなかったようで、美緒は安堵した。
「ねえ、なんかくさくない?」
 すぐに愛理が放った言葉にこわばったが、すぐに問題の説明に戻った。

 それから五分ほどたち、ガスの放出によって少し落ち着いていたはずの美緒の腹に、再び波がやってきた。
 それも、かなり高い波。

  ギュルルルルゥッ!
(だ、だめっ! 漏れちゃう!)
 盛大に大便が腹を下り、既に肛門の近くまで押し寄せていた。
 音や匂いを立たせてしまっても漏らすよりましだ。
「美緒ちゃんどうしたの!? 苦しそう……」
「ごめん愛理ちゃん、おトイレ貸して!」

 トイレを貸してと言ったときにはもう部屋のドアを開いていた。
 突然駆け出した美緒を見て、愛理は呆然としていた。

 美緒は廊下を走り、あっと言う間にトイレについた。
 倒れこむようにパンツを下ろし、便器に座り込む。

  ブジュブジュブジュジュッ!

 排泄はコンマ一秒も置かぬうちに始まった。
 勢いよくドロドロの下痢便が便器に叩き込まれる。
「は……はああ……っ!」
  ブビィ――――ッ!

 最後に大量のガスを噴射し、美緒の排泄は終わった。
 トイレの中の悪臭に罪悪感を抱きながら、きつく閉じていた目を開けたときだった。
「え……うそでしょ……」
 美緒は目の前に広がった光景に絶望した。

 下ろしていたパンツに、べっとりと下痢便が付着していたのだ。
 夢中でトイレに駆けている間、無意識のうちに漏らしていたのだ。

 美緒は現実を受け入れ、目に涙をためた。
 涙をためただけで、それ以上は泣かず、ただパンツと尻を拭くことに集中した。
 泥のような大便をペーパー越しでも触るのはかなり不快だった。
 かなり急いで拭き終わり、パンツを上げた。
 不快な冷たさが尻に広がった。

 水を流そうと振り向いたとき、更に絶望感を掻き立てる光景が広がった。
 ――水色の便座カバーに、美緒の下痢便が付着していたのだ。

 美緒はショックが大きすぎて立ち尽くした。
 親友の家にこのような恥ずかしい痕跡を残してしまった。

 無駄だと分かっていながら、一心不乱に下痢便を拭い取る。もちろん綺麗になるはずがない。
「うっ……ひぐ……っぐす……」
 心にかかった負担が大きすぎたため、ついに美緒は泣き出してしまった。
 それでも急いで部屋に戻ろうと気持ちを落ち着ける。
 せめて気を紛らわすため、便座カバーを裏返しにした。

 トイレを出て換気扇をつけ、愛理の部屋に戻った。
 愛理は普通に美緒を迎え入れ、美緒が前に座ってもパンツの匂いには気づいていないようだった。
 それから普通におしゃべりをして、帰る時間になった。

 帰り道、美緒は俯いたまま歩く。
 もう確実にバレてしまうという絶望を抱いていたため。
 でも愛理なら許してくれると心のどこかで思いながら歩いた。
 半分歩いたところで突然尿意を催し、耐えられず草むらで用を足し、家に着いた。
 母親に帰ってくる途中で漏らしたと微妙に嘘を吐き、着替えをして残りの一日を過ごした。


 次の日、美緒はどきどきしながら道を歩いていた。登校中だ。
 愛理に話しかけてどんな反応をされるか、いつも通りに接してくれるか、無視されるか、それとも――。
 ぐるぐると考えて学校に着いた。

 自分のクラス、四年一組に入ると、真っ先に教科書の整理をしている愛理が目に止まった。
 いつもならすぐに駆け寄っておしゃべりをするが、もちろんそんな気分になれるはずがない。
 美緒は少しためらうと、愛理のいつもと違うところに気がついた。

(愛理ちゃん、ヘアピンつけてない?)

 愛理は水色の花がついたヘアピンを毎日つけているが、今日はつけていない。

 そのヘアピンは、美緒が愛理の誕生日にプレゼントしたものだった。
 あげてから毎日外したことはなかったのに。

 おそるおそる自分の席についた。
 それから一日愛理に話しかけることができなかった。話しかけられることもなかった。
 普通の友達なら大したことはないが、愛理とは自他共に認める大親友だったから、ショックが大きすぎた。

 美緒は泣きながら帰っていた。
 途中にある公園の公衆便所に入り、大泣きした。
「ひどいよ愛理ちゃん……っひどいよおっ!」
 そう言って、すごく小さい子のように泣き喚いた。

 一しきり泣いて、また帰路についた。
 しばらく歩いて、美緒は陸橋で立ち止まった。

 美緒は、毎日欠かさす結んでいたタータンチェックのリボンを解き、川に捨てた。

 それは美緒が以前愛理に貰った誕生日プレゼントだった。

 美緒は、ただ下痢をしてしまっただけで、不可抗力で大切なものを失くしてしまった。


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