No.08「ある冬の日」

<1> / Guest / Index

 あれは僕が小学6年生の時だった。そのころ僕は2つ下の妹と一緒に学校に通っていて、たいてい妹のほうが先に帰宅して僕があとに帰ってくるというのが日常だった。しかしその日は珍しく僕のほうが先に帰ってきて妹の帰りを待っていたのだった。

 家についた僕は鞄を部屋に置き、トイレで小用を足した。11月の末、木枯らしが吹くような日で、寒いせいかトイレが近かった。
 トイレに入ってすぐ玄関の戸が開く音がした。親はいつももう少し遅いので妹が来たのだと思った。トイレを済ませて「おかえり」と言おうと思っていたら、なぜか妹が玄関から走ってきた。そして、施錠されてないトイレの戸が開き、

「あっ! お兄ちゃん!? ゴメン! 早く代わって!」
 そう言ってランドセルを背負ったまま左手を後ろに回し右手でおなかをさすっている妹が入ってきた。
「あ、ああ。ゴメン。すぐ出る」
 僕はそう言って手早くモノをしまってトイレから出た。そのときすれ違った妹からは異臭がした。

  ドカッ! ガササササ!

  ボチャボチャボチャボチャッ……

 ドアが閉まるとすぐに激しい音が聞こえてきた。おそらくランドセルを床にたたきつけて下着を下ろして排泄を始めたのだろう。その連続した動作から妹の切迫感が察せられた。

  ブッ! ビチュビチュビチュビチュッ……

「はあ、はあ、はあ……」

 中からは苦しげな息遣いと衣服の擦れる音がした。おそらく腹痛をなだめようと腹部をさすっているのだろう。僕はトイレの前に立っているのが気まずくてとりあえず居間に移動した。

 それから10分くらいたって、トイレから水洗音と戸の開く音がしたので僕はトイレに向った。妹は投げ捨てた鞄を背負ってトイレの前にいた。しかしこちらに気付くとばつが悪そうに下を向いて手を後ろにまわした。さっき様子から何を隠したのかはバレバレだったが。

「具合もう大丈夫なの?」
 妹は下を向いたまま目を合わせずにつぶやくように
「まだちょっとおなか痛いけど多分大丈夫」
「そっか。よかった。じゃあ鞄部屋においてきなよ。なんかあったかいものでも飲もう」
 そう言って妹を促した。あえて後ろに隠したものには触れずに。しかし妹は
「うん。 ねえ、あの、お兄ちゃんこ、これ……、どうすればいいかな……」
「ん?」
「トイレ、ちょっと間に合わなかった……」
 と、耳まで真っ赤にして消え入るような声で言いながら背中側の手を前に持ってきた。そこには丸められた下着があった。
「あ。間に合わなかったん? ペーパーで汚れを拭いたんだったらそのまま洗濯機に入れてきちゃいな。 お母さんには言わないでおくから」
 そう言うと妹はコクリと小さくうなずいた。
「また冷えると悪いから早く着替えてきな」
 僕は脱衣場のほうへ向かう妹の背中を見送った。

 そのあと僕が台所でココアを入れていると、着替えを済ませた妹が入ってきた。まだ顔は青白い。そして心なしか悲しげなのは汚してしまったのがあのパンツだからだろう。さっきまで妹が履いていたオレンジのチェック柄のショーツは、最近買ったばかりのお気に入りだった。それまで母が買ってくる無地の女児ショーツしか持っていなかった妹が初めて一緒に買いに行って選んだものだ。

「今ココア作ってるから」
「ありがと」

 僕は2つのカップをテーブルに運び、1つを妹の前に置いた。そして座って自分のを飲む。こういう寒いとき飲むココアは格別だ。妹も飲み始めたのを見て、聞いてみた。

「いつから具合悪かったの?」
「え!? あ、えっと、朝からなんかおなかが変な感じだった」
 熱いココアをフーフーと冷ましていた妹は突然話を振られて少し動揺した。しかしそのまま続きを話し始めた。
「で、午前中ずっとそんな感じだったけど、給食食べたらおなか痛くなってきて、学校じゃしたくなかったんだけど、我慢できなくて一回トイレに行ったの」
 そこで一旦少し冷めたココアをすすった。
「でもおなか痛いのは治らなくて、でもあと1時間だけだったから我慢して授業受けてた。そしたら帰り道でまたトイレに行きたくなって。おなかちょっと楽になるかと思っておならしたら、その…、一緒にちょっと出ちゃって……」
「そうだったんだ。だからあんなに急いで帰ってきたわけね」
「うん。でもホントはカギ出したときとかパンツ脱ぐときにお尻から手を離したときにも……」
「え!?」
 僕は驚いた。最初下着の汚れは小銭大程度の染みだと思っていた。しかし、今の話を聞くとそれではすまないのではないか。
「誰にも言わないでね。4年生にもなって、その、お漏らししちゃったってこと。恥ずかしいから」
「うん。誰にも言わない。だからお前も気にすんな。具合が悪かったんだからしょうがないさ。それよりお前、さっきのパンツもう一回見せてみろ」
「えー。汚いよー」
「だからだよ。今の聞いたらオレが思ってるより汚れてるみたいだからさ」

 そう言って2人で洗濯機が置いてある脱衣場へ行った。
 洗濯機を開けると、妹のパンツがそれだけで入っていた。僕がそれを取り上げると、妹は隣からきまり悪そうにそうにこちらを見た。そして僕は手に取ったパンツを広げてみた。
 するとやはり初めの想像以上に酷く汚れていた。拭きとってはあるが、肛門直下の部分から腰のゴムの部分まで茶色の液体に染まっていた。漏らしながら脱いだからだろう。

「これはさすがに母さんも気付くだろう。それに、もしかしたら洗っても完全には落ちないかも……」
「えー。そんなぁー」
「ってか、お前こんなにパンツ汚れて、お尻のほうはきれいになったのか?」
「多分」
「多分って……。ちょっと見せてみな。ちゃんときれいになってるか」
「えー。恥ずかしい」
「別にオレだってみたかないよ。でも後ろって自分じゃ見れないだろ。ほら早く」
 そう言うと、その場でズボンと一緒に下着を下ろし始めた。場所が場所だけに自然な行為だ。

「あ!」
 妹は下着を下ろして動きを止めた。
「どうしよう。またパンツにウンチついちゃった」
 妹の臀部を見ると、尻たぶにかなりの汚れが残っていた。そのまま新しいパンツをはいたためにその汚れがついてしまったのだろう。

「な? やっぱり拭き切れてなかっただろ。せっかく脱いだんだから、風呂場できれい洗ってこいよ。パンツはオレが洗っておくから」
「うん。わかった。そうする」
 そう言って上も脱ぎ始めた。尻を見られてしまったのでもう全身を見られても変わらないということなのか僕の前にも関わらず全裸になった。凹凸のない体があらわになる。その頃の僕はまだ異性の体に特に関心を持っていなかったのでなんとも思わなかった。

 妹がシャワーを浴び始めると僕は今脱いだものと先ほどのと2つのショーツを入れて洗濯機のスイッチを入れた。もう母に隠すのは無理だろうと思ったが、一応言った手前、行動をしないわけにいかない。洗剤を探して洗濯槽に入れ、洗濯を始めると、風呂の戸が開いた。尻を洗うだけなのですぐ終わったのだろう。バスタオルを渡してやると、
「あ。パンツがない。お兄ちゃん、取ってきて」
「どれでもいいの?」
「いいよー」

 僕は2階の子供部屋へ行った。僕と妹が共同で使っている部屋だ。僕の机やベッドがあるのとは反対側に妹の物が置いてあった。タンスを開けると、白地に動物のバックプリントのショーツが1つだけだった。僕はそれを持って妹のところへ戻った。

 脱衣場にはピンク色のキャミソールだけを着た妹が立っていた。
「寒いよー。早くして〜」
「はいよ」
 僕が新しい下着を渡すと、
「えー、これ子供っぽいしもう小さいんだよー」
「なんでもいいって言ったじゃん。それにこれしかなかったの」
「そうだっけ? まあいいや」
「そうだ。寒いから早く腹着ろ」
 そうして受け取った下着を身に付けた。確かに小さい。日々成長する妹の体に合わなくなった下着は割れ目に食い込んでいた。
 そんなことは気にしていない妹は手早く服を着ていく。

「よし、じゃあお母さん帰ってくるまでテレビでも見てよ」
 着替えた妹に僕はそう言った。
「うん……」
 妹は答えたが少し様子が変だった。
「どうした?」
「なんかまたおなか痛くなってきた」
「トイレは?」
「今は行きたくない」
「そっか。じゃああったかくして横になってな」
 妹はコクリとうなずいた。

 居間に戻ってきた僕は妹をソファに寝かせ、持ってきた毛布をかけてやった。妹は毛布の中で腹をさすっている。そして予告通りテレビをつけた。この時間に家にいるのは久しぶりだったので、しばらく見ていなかったNHK教育の番組を見て懐かしくなった。特に見たいというわけではなかったがただ何となく見ていて時間が過ぎた。

 しばらくすると、
「う゛〜〜」
 妹がうなり声をあげた。
「大丈夫? どうした?」
 漫然とテレビを見ていた僕はふと我に返って妹を見た。
「なんかさっきから気持ち悪くなってきた」
「吐きそう?」
「わかんない」
「そう。吐くときはトイレでね。どれ、じゃあさすってあげようか。どこらへんが気持ち悪い?」
「わかんない。なんか全体が気持ち悪いけど、気持ち悪いのは上のほうで、おなかのしたのうは痛い感じ」
 妹はぐったりとした様子で答えた。

 腹の上から手を当てると、グルグルをいう鳴動が伝わってきた。しばらく腹部さすっていたが、妹の様子が震えているようなので、
「寒い? 熱あるんじゃないの? 計ってみよう」
 そう言って体温計を持ってきた。手で額を触ってみても結構熱い。

  ピピピピ ピピピピ!
 体温計が鳴ると妹は脇の下から取り出して数字を見る。

「何度だった?」
 僕がきくと、
「八度一分」
「結構高いなあ。下痢もしてるし水分取ったほうがいいかもね。なんか持ってくるね」
「いい。気持ち悪いから飲みたくない」
「でも脱水症状になると悪いから少しずつでも飲んだほうがいいよ」
 そう言って僕は飲み物を取りに台所へ行った。

 数分して戻ってみると妹は、口に手をあてて苦しそうに息をしている。
「大丈夫か!? 吐きそう?」
 聞くと、妹は少し涙目でうなずいた。
「トイレ行こう。立てる?」
 そう言って、横になっていたソファーから起こして肩を支えながらトイレに向かった。妹は廊下でえづき始めてしまった。

「うえっ!」
 トイレについてすぐ妹は便器に向かってえづいた。僕はかける言葉が見つからずただその背中をさすっていた。
「うううええっ!」
 さすっていた背中がビクンと跳ねる。先ほどよりも強いえづきに襲われるが、まだ何も出てこない。しかし目にはすでに涙が浮かんでいる。そこで気付いた。まだ何も吐いていないのに異臭がすることに。というよりもそれは吐しゃ物の臭いではなく……。涙を浮かべているのは単なる生理現象というだけではなく、えづいた拍子にお腹の中のものが下からも出てしまったことがショックで泣いているのだろう。
「ハア、ハア、ハア……、」
 左手で便器につかまり右手は必死に腹部さすっている。見ているのも痛ましいほどだった。

「うっえええええええ!」
  ボチャボチャボチャボチャボチャッ!
  ブジューーーー!

 最大級のえづきについに嘔吐が始まった。まだ色鮮やかな食べ物の残骸が便器に吐き出されていく。ニンジン、ホウレンソウ、などのかけらが乳白色の液体の中に浮かんでいる。当然自分も昼に同じ給食を食べたので何のメニューのなれの果てか嫌でもわかってしまう。全体的に白っぽいのは牛乳、野菜はホウレンソウのおひたしか。
 そして、そんなにえづけば必然的に腸にも圧力がかかり中の物が押し出されてしまう。お腹の調子はさらに悪くなっているらしく、漏らしてしまった下痢はズボンを広く濡らし浸み出して垂れていた。

「うええええっ! ゲホッ、ゲホッ!」
 再びまとまった量をはくと嘔吐は終息に向かい始めた。なので僕は、
「ウンチはまだ出そう?」
 と聞いた。すると妹はわずかにうなずいた。
「じゃあ、便座に座ったほうがいいよ。今洗面器持ってくるから吐くときはそっちに」
 妹を便座に座らせトイレを出た。

 トイレに戻った時妹は断続的に水便を放っていた。そして足には少量の吐しゃ物が。間に合わなかったらしい。


 その後すぐ母親が帰宅し、妹を病院へ連れて行った。病院へ向かう車中我慢できなそうだったので、母のナプキンをあてて行くことになった。二人がいない間僕は茫然をしていたようではっきりとした記憶がない。

 医者から帰ってきた母の手には紙おむつがあった。ぐったりして何度もトイレに行くことができそうにないので仕方ない措置だったのだろう。妹も着用は若干しぶっていたが苦しさで羞恥心どころではなくすぐに従った。オムツをはいたあとは薬がきいてきたのかすぐに寝てしまった。僕は妹がオムツをはいているとこを直接は見ていないが、ごみ箱に入っていた使用済みを見て、それが役に立ったことを知った。

 その夜一晩は熱が高かったようだが、オムツのおかげでトイレに起きることもなくもう吐くこともなかった。そして次の日の昼には食事を取ることができた。


 あの日のことはよく覚えているが、今でも敢えて触れないことが二人の間では暗黙の了解になっている。




<あとがき>

 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 kaibaです。少しずつ書いていた話がようやく完成しました。内容は、既出の要素を再構成しただけのありきたりなものな感じもしますが、よくいえばオーソドックスという感じで温かい目で見ていただければ幸いです。また、誤字脱字、違和感のある表現などあるかもしれませんがあらかじめご了承ください。
 このほかにもいくつか手をつけて止まっている作品があるのでもし進めばいつか発表したいと思います。その時はまた読んでいただけるとありがたいです。

- Back to Index -