No.09「まよなかのぼうけん(前編)」

 木村優香(きむらゆうか):
 主人公、五年生、セミショート、肌がきめ細やかで白い、深窓の令嬢風な容姿。
 窓辺で本を読むのが似合ってそうな外見とは裏腹に、男子と対等に遣り合えるクラス一強い女子。
 トイレ戦争で一番後回しにされる損な役回りからか、粘り強い性格となるも、一人で問題を抱え込む事も。
 母親のおかげもあってか、腸の状態は良く毎朝快便である。
 木村美空(きむらみく):
 妹、二年生、セミロングのツインテール、年相応の幼い顔立ち。
 トイレ戦争で良く負ける(漏らす)敗残兵のため、何事にも忍耐力のない甘え上手な、姉と正反対の性格になりつつある。
 やや下痢ぎみであり、おねしょもたまにするのが母親の悩みの種。

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『まよなかのふくつう』

 唐突に強い腹痛を感じて優香は目を覚ました。
 二段ベッドから身を起こすと室内は暗闇であり、時計を確認する事は出来ないかったが、カーテンから洩れる光が無い事からまだ朝ではない事が判断できた。
 まだ便意というほどではないが、このままだとトイレに行きたくなるのは時間の問題だと感じた優香は、下のベッドで寝ているはずの妹の美空を起こさない様にそっと階段を下りて部屋を抜け出した。
 廊下に出てすぐ違和感に気付く。真夜中には消されているはずの廊下の電気が点いていたからだ。
 こんな時間にも関わらず、トイレには先客が居た。
「なんで、こんな時に限っていつも……」
 ノックせずとも扉の前に置かれたスリッパで、父親が篭っているものと推察され、優香は軽い絶望感に囚われた。
 というのも、父親の朝のお篭りは異常に長い。毎朝、毎朝、飽きもせずに閉じ篭り、開きはしないのだ。
 お母さんがふざけてトイレ戦争などと名付けたが、年頃の少女にとっては子供社会的生命の生き死にに関わるほどの問題であり、シャレになっていなかった。
 朝に用足しをし損ねて、もし学校で催したら、待っているのは家まで耐える辛い試練だけなのだから。
 両親ともまるで子供時代をどこかに置き忘れたかの如く、何一つ理解しようとはしてくれない。
 ふとそこで、スリッパの横に置かれた布が目に付く。いや布ではない、この柄は今日の美空のパジャマではないだろうか。
 一目で判断できなかったのは、ピンクのドット柄に見覚えのない茶色が混じっており、よく見るとそれはズボンの内股部分に集中して染みを作っていた。
 中には下着も残っていたし、染みの正体である別の物も残っていた。その茶色いゲル状の物が何であるかは、たちこめる臭いで一目瞭然。
(ミクがまた……お父さんに先をこされて、ゆずってもらえずに負けたのね)
 優香が鼻を摘まんで顔をしかめていると、脱衣所の奥から誰かが会話している気配に気付いた。
 きっと美空がいつものようにお風呂場でシているのだろう。そう思って奥のお風呂場を覗いて見ると、そこには美空と母の予想外の姿があった。
「みくしんじゃう? このままおなかこわしてしんじゃうの?」
「大丈夫よ、お母さんが付いてますからね」
 お風呂場に居たのはピンクの洗面器に全裸でまたがり、泣きじゃくりながら必死で水状のモノをお尻からひり出している美空と、そんな美空を抱きしめて頭を撫でてなだめている下着一枚しか着けてない母の姿。
 ピンクは普段使っている洗面器の色ではない。美空専用洗面器でありおまるの代用品。そこに美空が跨る姿は、見慣れているとは言いすぎだが、優香にとってはたまに見かける光景だった。
 優香が驚いたのはそちらではなく、母の姿である。母の下着のお尻部分が茶色く丸く染まっている姿に、思わず呼吸を忘れるほどだった。
 優香にとって母というのは器用な人、悪く言えば要領の良いちゃっかりした人物とも言えるが、ともかく尊敬の対象であり、粗相をやらかす印象はまったく無かったのだ。
 時折ビジュッと聞こえる音は、ひょっとしたら美空でなくお母さんからなのかも知れない。何だかパンツの茶色い染みがジワジワと広がってる気もする。
 それ以上直視に耐えなくなり、気付かれぬようひっそりと部屋へと戻った。
(おなか痛いぐらいで死ぬわけないのに。ミクはほんと大げさなんだから)
 母の失態を見てしまった事から意識を逸らすべく、思考は無意識の内に美空を責める方向へと進めた。
 娘のためならばどんな痴態も厭わない母の想いを理解するには、優香はまだ幼すぎたのである。

 真っ暗闇の部屋に戻った優香を迎えたのは便意だった。
 五感が閉ざされたせいか腸の動きに敏感になってしまったらしい。
 早いとこトイレを確保しなければならない。それが最優先なのは確実だった。
 トイレを占拠している父親、ジワジワ訪れつつある便意、それに初めて見た母親の失敗が優香の判断力を奪い去り、公園のトイレを目指す積極性を後押しした。
 パジャマのまま上からコートを羽織ると、無意識に足音を立てないようにして玄関から抜け出した。
 行動に無駄がないのは、朝のトイレ戦争の関係で、緊急に公園のトイレへと向かう事に手馴れているためだ。
 お漏らしは悪い事じゃないのよと、お風呂場で美空を宥め続ける母の声を遠くに聞きつつ、優香は夜の町へ冒険に出かけたのだった。

 父が入っていたら声をかけても無駄、というのが木村家にとっての常識であり、それゆえに優香は一つミスを犯した。
 優香が家を出て扉を閉めるのと同じタイミングでトイレの扉が開く。出てきた父親のその手には、本に類する物は何もない。
 当たり前だ。父親も他の家族と同じ理由、おそらくは食中りなどでトイレに篭っており、本を読む余裕などあるはずもない。
 声さえかければ、いや例え軽いノックでも、優香はトイレを譲って貰えて、用を足すことが出来たのである。
 家族は優香が寝てるものと思い込み、彼女が出かけた事には誰も気付かぬまま時間は進む。
 ほんの少しの勘違いとすれ違いが原因で、優香のこれから先の運命が大きく変わろうとしている事を、誰も知る由もなかった。


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『まよなかのこうえん』

 夜の町は静かに佇んでいた。いつもの通いなれた通学路なのに、まるで違った装いを見せる。
 その不思議な感覚は腹痛を一瞬だけ忘れさせた。
 この通学路を進み、学校を通り過ぎた先に目指す公園がある。
 正門前まで辿り着いた時、ふと校舎を見上げる。
 朝のトイレ戦争の際に、公園のトイレを目指して、そこでまだ誰も登校していない無人の校舎を目にする事はあった。だがこんな真夜中に学校を見るのは初めてであり、何だか自分の知らない建物のように感じられ、それは優香にとって新鮮な感覚だった。
 夜の町並みには何もかもが“初めて”でいっぱいで、それはとても素敵な気がした。
 お腹が痛くて家を出たはずなのに、何だか少し楽しくなってスキップぎみに公園を目指す。
 その歩みによる振動が腹痛を助長させ、便意を呼び寄せているとも知らずに……。

 見慣れた公園の見慣れた公衆トイレの入り口にあったのは、見慣れない鉄格子だった。
「……え?」
 思わず声に出して呟く。
 手を伸ばして触れると、確かにそこには非現実的な冷たい手触りの鉄格子があり、優香の侵入を阻んでいた。
 実はこの公園のトイレは治安における様々な観点から、24時から6時までの間は閉鎖されてしまう。
 朝に利用する事もあるとはいえ、6時より前に訪れた事のなかった優香にとって、この鉄格子は入り口のすぐ脇にある景色の一部でしかなく、今日まで特に意識した事さえなかった。
 触れた鉄格子の冷たさが腕を伝わってお腹の熱を奪い取ってしまったかのように、腸内が突如として活発に蠢き始める。
 優香はあわてて手を離したが、お腹の具合は治まらない。さきほどの動きの影響により腹痛は便意へと速やかに移行し始めていく……。
 格子状なのが優香にとって皮肉で、隙間からは個室の入り口が見えている。
 しかしそのトイレは今は誰の手にも届かぬものであり、それが心理的にも優香のお腹を苦しめていた。
 女子トイレは使えない。男子トイレにも当然の如く鉄格子。
 頼みの綱だった障害者用トイレも、ご丁寧に張り紙付きで鍵が掛けられていた。
 客観的に見ればすぐに別の方法を探すのがこの場の最善策なのだが、しかし優香は諦めきれなかった。
 張り紙には使用禁止の理由が書かれていたが、小学五年生には難しい漢字や分かりづらい単語が並んでいて、一見しただけではそれを理解しにくかった。
 優香はそこにトイレを使うヒントを見出そうと、お尻を押さえゆっくりとした足踏みで誤魔化しながら必死で解読を試みる。
(え……と、ひん……しげる? …………これって誰のこと言ってるんだろう)
 数分かかって出した結論は、何者かのせいでここのトイレは使えなくなったので、別の場所に向かうしかなさそうという受け入れがたい事実。
 たった一枚の紙が優香の貴重な時間を奪っていってしまった。
 公園に着きさえすればという今までの精神的余裕が無くなり、それに加えお尻付近へと下ってくる感覚から、コンビニのトイレを借りるという少し恥ずかしい選択を選ばざるを得なかった。

 不幸中の幸いというか、公園を突っ切ったすぐ先にコンビニはある。
 距離的にはそう遠くはなかったのだが、今の優香にとっては事情が違っていた。
 襲い来る便意と戦いながらというのもあったが、そこまでの道程に誘惑が多すぎたのだ。
 誘惑、すなわちその姿を隠せるだけの茂みが。
 パンツを汚してしまうかも知れない恐怖と、外でお尻を丸出しにする羞恥が対立し、早く排泄を済ませたいというお腹の痛みと、皆寝ているから何をしても見つからないという真夜中の誘惑がせめぎ合う。
 そしていつの間にか茂みを睨みつつ一歩も進んでいない自分に気付いて、慌てて足を進めるのである。
 それを何度も繰り返す内、優香は惨めな気持ちでいっぱいになった。
「おトイレでするために家を出たのに……」
 茂みでするくらいならお風呂場の方がマシだった。何でこんな時間にこんな事を悩まなきゃいけないのか。クラスの皆は気持ち良く眠っているだろうに。何で自分には平穏に明日が来なかったのか。優香の頭を取り留めない思いが駆け巡る。
 やがてそんな行き場のない考えを振り払いたくて、一目散にコンビニまで駆け出した。
 ……だが優香の腹具合はそんな暴挙を許しはしなかった。

 公園を半ば以上進みきった辺りで突如として襲ったこれまでにない強烈な便意が優香の走りを強引に止めた。
 太ももが痙攣している。足が震えるて動けない。動けないとトイレには行けない。トイレに行けないと漏らすしかない。
 漏らさないためには脱ぐしかない。
 もはや羞恥心は吹き飛び、しかし茂みに移動して姿を隠す余裕もなく、その場で反射的にパジャマとパンツを一緒に脱ぎ下ろししゃがみ込む。
(公園のおトイレが使えたら、ちゃんと間に合ってたの。おトイレを使えなくした人が悪いの。全部その悪い人のせいで、私は悪くないもん)
 一見するとただ屈んでるようにしか見えないその少女は、しかし公園で排泄するという異常行動を必死で正当化しようとしていた。
 そのまま放出してしまえば確実にコートの裏を汚してしまうだろうが、優香にそれに気付くだけの余裕はもはや無かった。
 気付いたのはコートの事でなく、光。
 屈んで視点がズレたことで気付いた、それはおそらくコンビニの光。人の居る、人が集まる、人のための、場所。
 あの光の下には、人が居るのだ。昼と同じに。
 真夜中という加勢は消え、代わりに排泄姿を人に見られるかも知れない羞恥心が戻ってくる。
(やっぱりこんなところで出しちゃダメ、ダメ、ダメ、ダメ――――)
 一瞬、或いは永遠とも思える静寂。
 優香は奇跡的にも排泄欲求を捻じ伏せる事に成功した。


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『まよなかのこんびに』

 人類の英知の結晶にして夜の楽園、それがコンビニだ。
 まあそんな表現は大げさだろうが、今の優香にとってはそれくらいにありがたい存在だった。
 間に合った事に胸を撫で下ろしつつ、しかし扉を開けようとして、ふと躊躇する。
 取っ手がさっきの鉄格子を連想させた事もあるが、ガラス越しにお客が見えたからだ。
 大人の男の人が三人も集まって何やら雑談をしていた。
 トイレを借りるのに断りを入れねばならない店員は幸いにも女性のようだったが、カウンター越しにその店員を交えての雑談である。
 扉越しだから声は聞こえなかったが、もめているらしき雰囲気は伝わってきた。
 あそこに飛び込んで、トイレを貸して欲しいと言わねばならない。
 それは行動力のある優香をもってしても、かなりハードルの高い行為だった。
 さきほど自らの欲求と立ち向かう時に助けとなってくれた人が居るという事実が、今度は皮肉にも障害となって立ち塞がってしまったのだ。
 しかもさっきの張り紙から手に入れた断片的な知識から、真夜中にトイレを悪用する人がいるらしいという推測に発展してしまっていた。
 ひょっとしたらあそこにいるのがその悪い人で、あの店員さんは助けが欲しいのかも知れなかった。しかし。
(助けてほしいのは私の方だよ……)
 それに大人の人を何とかする力は、残念ながら子供の自分にはないと分かっていた。
 結局何も出来ない無力さを後悔しながら、優香はゆっくりと扉の前から離れていった。


 さて、優香の物語とは何の関係もないが、コンビニの内部の論争に少しだけ耳を傾けてみよう。
「つまりお漏らしで重要なのは羞恥なんだよっ。少女というのはあくまで羞恥を司る者という付属であって、」
「自分がロリコンだという事実に目を背けていては、新たな可能性は開けないわよん?」
「お前の言う可能性ってのはショタの事だろが。そんな可能性いらんわw」
 男性の一人と店員――定員の声は何故か男のソレである――は性癖の違いについて語り合っているようである。後の二人はというと……。
「恥じらいつつも野糞に踏み切る覚悟こそが道を切り開くのである」
「ばっかお前、着衣脱糞の素晴らしさに比べたら文字通り糞だぜ」
「最高の褒め言葉ありがとう」
「あ、いや違う、今の無し、そういう意味じゃなくてだな、ちょっと待て……」
 ……優香が中に入らなかった判断はある意味正しかったと言える。
 入ったら普通にトイレを借りれたと思いますけどね、ええ。


 一方トイレを借りるのを諦めたはずの優香はというと、未だにコンビニの周りをウロウロとしていた。
 公衆トイレの張り紙の一件を知ってれば分かる通り、良く言えば粘り強く、悪く言えば諦めが悪い性格なのだ。
 どこか別の所から中に入れないだろうか。お外から入れるトイレがないだろうか。中の人が帰ったりしないだろうか。
(あ、このすきまから中のおトイレが見える。中の人にばれないようにこっそり……でもおトイレを勝手に使えないようにカギしてあるかも)
 もはや爆発は目前だと感じているお腹を抱えながら、夢遊病者のようにコンビニ周りをフラフラと彷徨う。
 目的の物は見つからなかったが、代替物が目に付いた。
 コンビニの従業員用駐車場に置かれた自動車の後ろ、丁度どこからも死角になる位置に、ホイールの無い古タイヤが一つ転がっていたのだ。
 優香の目にはそれがおまるに、いや立派な便器に見えた。
 しかも傍らには折り畳まれた新聞紙の束が置いてあった。備え付けのトイレットペーパーだ。
 吸い寄せられるように引き付けられたのか、惹き付けられるように歩み寄ったのか。
 きっと当人にとってはどちらでも良いことであろう。重要事項はここがトイレとしてきちんと機能するかどうか、ただそれだけ。
 車のボンネットはまるで優香のコートを置くために設えたかのようで、ここはトイレのように、いやトイレ以上に用を足し易い場所だった。
 タイヤの上にまたがって一瞬だけ躊躇するも、切羽詰ったお腹に急き立てられ、先ほどの公園と同じ要領で衣服を纏めて下ろした……つもりだった。
 なぜだかパンツは半脱ぎで引っ掛かってしまっていた。肌にぺっとりくっ付いている。
 優香は嫌な予感がして、お尻から引き離してパンツを下ろすと、パンツの中が汚れていないか確認する。
(良かった。ただの汗だったみたい)
 安心してしゃがみ込む。だがまだ排泄の準備が全て整った訳ではない。
 優香が確かめたとおりにお尻は腹痛の影響で出た嫌な汗でテカっており、外気に肌を晒したのだという実感を否応無く感じさせ、外で裸になっている事実を再認識して身体が強張る。
 お腹は限界。だけど外部刺激による緊張と良く分からない興奮から、上手く排泄が出来ない。
「ここはおトイレ。ここはおトイレ」
 自己暗示にかけるかのように小さく何度も呟き続ける。
 それは徐々に効果を表し、肛門が緩みガスがプスプスと漏れ始めた、その時だった。
「だからさぁ、あの車の陰に女の子が居るとするじゃん!」
「ふむ、それで?」
 唐突に大きな声が辺りに響き渡り、びっくりしてお尻の穴が閉まる。
 こっそりそちらを覗いて見ると、コンビニに居た男性の内の二人がこっちを指差して居るではないか。
 お互い向かい合って会話しているため、こちらに視線を向けてはいない。それでなくとも死角に位置する優香が見える位置ではない。
 自分には気付いていない、だからあれは自分の事では無いはずだと優香は結論付けるも、有り得ない会話は更に続く。
「セミショートの可愛らしい子でさ」
「いや、お前の趣味はどうでもいい」
 びっくりして思わず頭を抑えてうずくまる優香。相対的にお尻は突き出される姿勢になる。
(セミショートって……でも私かわいくないし……)
 もし今誰かに周り込まれようものなら、小学五年生にしては発育良く脂肪のついたお尻に、爆発寸前のひくつく肛門は元より、花開く前の未だ蕾なスリットまで、余すとこなく見られてしまうだろう。
 自分の容姿の愛くるしさも、今の姿勢が男性にどのような劣情を催させるかも、優香は何一つ自覚していないが。
「お腹が痛くて我慢できないけど、コンビニのトイレは恥ずかしくて借りれなくてだな」
「うむ、だからこそ野糞だ。素晴らしい決断力だ。その意志力こそが私のリビドーをたぎらせる」
「百歩譲ってその決断までは許すぜ。でも借りるの恥ずかしがる癖に、外でケツ丸出しにするのはおkってのは、俺には認められん」
 今度はパジャマの上着を引っ張ってお尻を隠そうとする優香だったが、元より肉付きの良い臀部な上、姿勢が姿勢なだけに全然隠せていなかった。
「そこが未熟な少女ゆえの優先順位の違いというか……大人の常識で計るべきではない」
「いや、少女の枠で一括りに語んな。個人差ってものがあんだろーが」
「ならば野糞は恥知らずな娘限定という事で、そちらは私が貰い受けよう。代わりに奥ゆかしいお漏らし娘はそちらに譲ろう」
「……なんか話がずれてなくね?w」
 優香の顔が赤くなったり青くなったりと忙しく変わる。
 頭の中はクエスチョンでいっぱいだ。

(私がここにいるのがバレてるの?)
(何で野ぐ……おトイレしようとしてるって気付かれたの?)
(ほめてるの?)
(せめてるの?)
(もう我慢出来ないんだよ?)
(私はどうすればいいの?)
(私は何かされちゃうの?)

 まだ幼い少女には刺激の強すぎる言葉責めに、優香の可愛らしい前蕾がヒクンヒクン痙攣する。
 限界を超えた便意我慢もあってか、子供にはまだ不要とも思える怪しい感覚が引き出され始めていた。
 このまま排便をしてしまえば、排泄欲求以上の快感に包まれるであろう事は、もはや明らかだった。
「はいそこのケダモノ二人組〜。こんな真夜中に店前で騒いじゃ駄目なのよ〜ん」
 変な言葉遣いの明らかに男と思える声によって、ようやく優香に対する辱めが終わる。
 もうろうとしながらこっそり覗き見ると、声の主は女性店員、いや女性だと思っていた店員さんだった。
「あんた達みたいなのが少女を傷付ける凶行に走るのよね〜、は〜やぁだやだ」
 そんな事はしない、お前だって同類だろ、という掛け合いは扉の閉まった店中で行われ、優香の耳に入る事はなかった。
 優香の認識に残ったのは、彼らは野糞やお漏らしするような女の子に何かをする男の人達であり、公衆トイレが使えなくなった原因かも知れず、幸いにも自分はまだ気付かれていなかったという事である。
 でもこの場所は“そういう事”に適してると気付かれている。むしろ自分のような“恥知らずな娘”を誘き寄せる為の罠だったのかも知れない。
 優香は今すぐこの場を離れようと、やや慌て気味にパンツを上げた。すると股の部分に濡れた感覚があった。
(おしっこ出ちゃってるよ……もうやだ)
 少なくとも優香はそういう風にしか思えなかった。
 小五になってすぐの保健体育の授業に熱を出して休んだ優香は、女子より男子と遊ぶ事も多いため性知識に著しく乏しいのだった。
 恥ずかしさからやや力強くパジャマを引っ張り上げ、コートを羽織るとその場から逃げるように去った。
 何の関係もなかったはずの下世話な論争が、当人達の与り知らぬ所で、色々な意味で優香を追い詰めていた。


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『まよなかのであい』

 公園を前屈みに少しづつ歩みを進める小柄な、子供としか思えないシルエットがあった。
 勿論、優香だ。こんな真夜中に子供がうろつくなど、よほどの事情がない限り有り得ない。
 もう茂みの誘惑に囚われたりはしていなかった。
 コンビニに居た男の人が、帰り際に公園を通るかも知れないのだ。
 シてる姿に気付かれたらとんでもなく酷い事をする怖い人なのだ。
 目的地はもう自宅しか残されていない。ただ足元だけを見て、一歩ずつ進めていく。
 お家の中には怖い人は居ない。お漏らししたって替えの服がある。何で自分は夜の町に出ようとしたのだろう。数十分前の自分の判断が、今の優香には信じられないほどの愚考としか思えなかった。
 とんだ喜劇が引き起こした事態ではあったが、その姿は悲惨の一言であった。
 凄惨と言い換えてもいい。普段の優香ならばとっくに漏らしてしまっているであろう欲求を、追い詰められた精神のみでギリギリ抑えているのだ。
 漏らせばもうこれまでの日常に戻れない。そんなしなくてもいい覚悟さえ、優香はしてしまっていた。
 使えない公衆トイレについ恨めしげな目向けつつ、公園をやっとの思いで通り抜け、辿り着いたのは学校の正門前。
 残りの道程はつまり家までの通学路と同じ。
 家までの距離は身に染みて良く分かっていて、それがゆえに我慢したまま辿り着けないであろう絶望感に包まれた時、不意に声を掛けられた。
「誰だ?」
 まともに前さえ見ていなかった優香には、正門を背に佇む少年の姿が目に入らなかったのだ。
 夢を見ているのではと思う。腹痛も含めて全部夢ならばいいのにとも思う。
 しかしそこに居たのは紛れもなく同じクラスの男子だった。
(み……満。よりにもよって何でコイツがここに……?)
 名前は大場満。お互い名前で呼び合う間柄だが、仲が良いのではなくその逆。
 優香にとっては天敵。昔ながらの喧嘩相手。けれど最近は何を考えているか良く分からず、目付きの悪さを苦手としつつあった。
 こちらは暗い場所に居るため、顔が確認できていないようだ。このまま素知らぬ顔で立ち去る事も出来るだろう。
 でも目の前に居るのは、仲の良くないクラスメイトとはいえ、今の自分が失いかけてる大切な日常の象徴。
「あ、えと、私……だよ」
 優香自身さえ気付いていなかったが、無意識の内に満に救いを求めて、満を照らす蛍光灯の下へと歩みを進める。
 気を張らなきゃいけない相手が目の前に居るせいか、お腹の具合もさっきまでと違い、少し持ち直したようだった。
「……優香か」
 満の反応は鈍い。こんな時間に優香が出歩いているのを、普段なら不良少女だと囃し立てるぐらいはするのに。
「何でこんな所にいるの?」
「ああ、家にいたくねーから。そっちは?」
「ん、んと、私もちょっと家で色々あって……」
 お腹が痛かったからトイレを求めて、とは言えなかった。言えるはずも無い。優香だって女の子なのだ。
「はぁん、そっか。……ま、色々あるよな」
 詳しい事を突っ込まれずにほっとする優香。
「それより今から学校に忍び込もうぜ。お前も来いよ」
 それは優香にとって色々な意味で魅力的な誘いだった。なぜならその提案はかつての満らしいものだったし、関係ない怖い大人は入ってこれない学校という『聖域』に避難出来るからだ。
 でも結局、自宅に帰らねば何の解決にもならない一時的なもの。
 やっぱり断ろうと心に決め、はっきりとその顔を見て言葉を失う。
 今までずっと優香に対して半身な立ち方だったため気付けなかったのだ。いや、気付かせないようにしていたのだろう。
 満の左目には、ついさっき出来たようなアザがあった。
 彼には真夜中にうろつくよほどの事情が有りそうだった。


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