No.12「はじめてのおとこゆ(後編)」

 木村優香(きむらゆうか):
 主人公、五年生、セミショート、肌がきめ細やかで白い、深窓の令嬢風な容姿。
 大人しそうな見た目と裏腹に快活。口も回るが手も出やすい。でも黙っていれば美少女。
 性知識に乏しく男女の違いにかなり疎い。でも最近何かに目覚めかけて危うい。
 この間の一件が後を引いており、恥ずかしさから満を避ける日々。
 木村美空(きむらみく):
 妹、二年生、セミロングのツインテール、年相応の幼い顔立ち。
 トイレ戦争で良く負ける(漏らす)敗残兵のため、何事にも忍耐力のない甘え上手。失敗で学ぶという事をしない。
 つねに下しぎみであり、牛乳でお腹を壊すのに牛乳好き。
 そして給食には毎日牛乳が出て危うい。結果ピンクの洗面器が大活躍である。
 大野由布(おおのゆう):
 同級生、五年生、後ろをおだんご状にしたミディアムヘア。垂れ目で眠そうな印象。おちょぼ口だが開くと大きい。
 言動も服装も体形も幼く、たまに低学年と間違われる事もある。当然、脱いでも凄くない。
 名前が似てるからという理由で優香と友達になり、今では五年来の親友である。
 おしっこが近いのでたまに授業中に危うい。

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『うんめいのさいかい』

 熱さでぼんやりした頭で満を避ける原因を思い返していた。
 あの日の朝、眠い目を擦りつつ学校に行ったら、自分の席にコートが置いてあった。だがそのポケットの中に突っ込んでいたはずの肝心のモノが無かった。確かにそこに入れてあったという湿った感覚が残るのみである。
 あったらあったで学校でどう片付けるかに困ったのだが、ないから今でも困る羽目になっている。パジャマにもパンツにもしっかりと名前が書いてある。汚れや染みで文字が読めなくなってなかった事は確認済み。
(子どもっぽいから書かないでって言ったのに)
 子どもっぽくお漏らしをしたにも関わらず、衣服に名前を書いた母親に責任転嫁する優香である。
 つまり優香のお漏らし証明として申し分ない証拠は、おそらく満の手の内。汚い物だしさっさと捨てているかもだけど、でもわざわざ抜き取ったのは弱味として握っている可能性もあるし、このまま忘れる事も出来なくて、さりとて確認するのも怖くて、満を避けるここ数日間。
 それを振り返って何だか急にむしょうにやるせなくなって泣きたくなってきて――
(満と何とか話をしなきゃ……)
 ふと、そう考えたところで目を覚ました。
 目の前には心配そうに覗き込む満の顔がある。
 反射的に逃げようとして凄く喉が渇いているのに気付いて、咳き込む。
「コフッ、み……みず……」
「ああ、ほら」
 満に渡された瓶の中身が何なのか確認もせず一気に喉に流し込む。
(ああ、すごく冷たくておいしい牛にゅ……牛乳!?)
 それに気付いた時には既に手遅れで、手元の瓶は空っぽだった。
「満のバカ!」
「げふぅ」
 優香の理不尽な右ストレートが満の顔面に決まった。牛乳瓶を握っていたため威力は抜群だ!

 一発のパンチが互いの距離を縮めてくれました。

 どうやら逃げ込んだ先のサウナ室にずっと閉じ篭っていたせいでのぼせて倒れてしまったらしく、満が脱衣所まで運んでくれたらしかった。
 優香の体にはタオルがかけられてあったのだが、満を殴った際にズリ落ちてしまい、そのままほったらかしなので裸である。
 お風呂場でわざわざ隠そうという発想が優香にはない。
 満も一糸まとわぬ裸であり、こちらは優香を直視せずに目線を逸らしているが、そこらへん全般の機微を気にするほど優香の性観念は高くない。
 高かったらそもそも男湯などにはいないだろう。
「えーと、その、ありがとうと、ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げ感謝の意を表し、ついで殴った理由をかくかくしかじかと説明して謝る優香。
 実は美空だけでなく優香も牛乳で下しやすい体質なのだ。美空と違うのは牛乳そのものが駄目なのでなく、お風呂上りに飲む牛乳だけがなぜか駄目という特殊体質。
 給食の牛乳は平気で飲んでいる姿を満は見ているため、そんな優香の事情に気付く訳がないため、かなり理不尽なパンチを食らわせてしまったと反省する。
 牛乳で下す体質だと語るのはそれなりに抵抗があったが、しかし素直に話さなかったために数日前の悲劇が引き起こされたとも考えられるし、同じ過ちを繰り返したくはなかったのだ。
「さっすが姉妹だな」
 満の発言に優香は嫌な予感がした。
「そ、それってどういう意味?」
「そのまんまさ。今お前の妹がトイレ占拠してっぞ」
 指差した先はトイレに通じる扉。
 きっと個室はしばらく封鎖されたままだろう。
 もう美空はほっといて一人で帰ろうと思ったが、着替えを入れたロッカーの鍵は父が持っている。
 見渡してみるも脱衣所に父の姿はない。
「えーと、私のお父さんどこにいるか知らない?」
 満が指差したのはさきほどと同じくトイレに通じる扉。
 満いわく、一緒に個室に入って美空の面倒をみているのだとか。
 つまり美空が出るまでトイレに行けず、父が出てくるまで衣服も着れず、すなわち他のトイレにも行けないという綺麗に完成された二重密室に閉じ込められたのだった。
 行けないと分かったらシたくなるのが人情である。
「ああなんか、もうお腹が痛くなってきたかも。そうだ、満の服貸してよね。あんたのせいなんだから」
 さっきの感謝もどこへやら、投げやりに当り散らす優香の言葉をさえぎって満は言った。
「いや、それよりすぐそこの女子トイレ行けばいいだろ」
「男湯のどこに女子トイレがあるのよ!」
「隣の女湯にあるだろ?」
「あ」
 切羽詰っていた優香は、そんな当たり前な事実に今更気付かされる。
「ま、まあ当然気付いてましたけどね」
「ほほー」
「なによ」
「いやなんでもないデスヨ」
「……別に感謝とかしないから」
「しないでいいよ」
(やっぱり満に正直に話して良かったよ)
 口では文句を言いつつも心中で満に感謝する。
 まだお腹もそんなには痛くないし、焦る必要もないと余裕を取り戻す。
 その余裕が命取りになるとも知らずに……。


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『はじめてのおんなゆ』

「い・か・ね・えってば!」
「頭がのぼせてまだフラついてるんだから、支えてよ」
「何で俺がこんな形で女湯初体験しなけりゃならんのだ!」
「誰のせいでこんな事になってるのかなー」
「うっ…」
 言い争う二人は女湯側の番台の手前に居た。手前には下駄箱が並んでいる。
 番台は男湯女湯を見渡せる形ではなく、脱衣所が見えないような間に仕切りが付けられている。そして男湯と女湯を隔てている扉は脱衣所ではなく、下駄箱側に周り込む必要があるため、番台に座ってた人に頼んで開けてもらって通ったのだ。
 ところがタイミング悪く、近くの体育大学の女子大生達が大量に客ときたために通り抜けられなくなったのだ。
 番台にお金も払わず学生証らしきものを見せるだけで次々入って来たので、人の波が途切れずただ待つしかなかった。
 この銭湯は近所にある体育大学の生徒ならば、学生証を見せれば女子生徒のみ無料という採算度外視なサービスを行なっている。女子用の設備が貧相である事に同情してとの建前ではあるが……。
 それはともかく溢れんばかりの若さを振りまく彼女達が、履物を下駄箱に入れて脱衣所に姿を消したと思ったら、今度は何故か満が背を向けてごね始めたのだった。
 そこから「行く」「行かない」の水掛け論。既に優香の意識ははっきりとしてるのだが、もはや意地になっていた。
「ね、このままだとここでお漏らししちゃうから。ほら、お腹だって……」
 言ったそばから、優香のお腹がゴロゴロと怪しく鳴り始める。
 満を構ってる遊んでる場合じゃないかもと思い始めた所で、皮肉にも言い合いに決着がついた。
「わ、分かった。行くよ。行けばいいんだろ」
 ようやく脱衣所に向かった二人の目の前には、ある意味芸術的とさえ言える光景が広がっていた。
 さっき二人の前を通過していった女子大生達が、健康的に鍛え上げられた肉体を、一糸纏わぬ姿で惜しげもなく披露していた。
 文字通り披露である。彼女達はいかに自分の体が鍛えられているかという雑談に花を咲かせつつ、時折ポージングなどを取っている。
 大人の体に対する憧れからなのか、真っ向から堂々と見惚れる優香と対照的に、満は優香の影に隠れるように位置取り、優香越しに遠慮がちに視線を向けていた。
 大人の裸体を見つめる優香と満の瞳は、なぜか似たような輝きを宿していた。
 満にしがみ付かれているため、必然と優香の歩みは遅くなる。いやむしろ満は優香の進行を邪魔してるとさえ言えた。
 さりとて無理矢理連れて来た満をここで放り出すわけにもいかず、行き場のない苛立ちにモヤモヤしていた優香は、ふと下半身を突く何かに気付いた。
 そちらに目を向けると満の股間にぷらんと垂れ下がっていたはずのモノが何故か上向きになっており、それが優香の尻に当たっていたのだ。
 ツンツンと身体をつつくそれを、無意識に手を伸ばし掴んでいた。
 満の全身が跳ね上がった。ビックンと、そんな大きな音を立てたと誤解しかねないほどに。涙の溜まった瞳で上目遣いにこちらを伺う満は、どこか弱々しくも可愛らしい雰囲気を醸し出していた。
 それを見た瞬間、優香の中に満を苛めてやろうというイタズラ心が沸き上がる。
 脱衣所の女性陣の目線を気にして優香を壁にしようとするこれまでの満の態度から、どうやら変化してしまったそれを周りに知られたくないようだと、優香は素早く推測付ける。
「あ、もう一人で歩けるかも、ここまでありがとっ、みっちー」
「ちょ、ちょと……てか、みっちーておれ? いや別にいいんだけど、いや一人じゃよくなくて……」
 離れようとすると素振りを見せると、力ない発言とは裏腹に抱きつく力を強める満。
「んふ。どうかシタノカナー?」
「だ、だめ。ダメだから。そばにいて。ね?」
 普段と違う満を存分にからかって、一時的に腹痛から逃れた優香だった。
 そのせいで一人の少女にトイレへと先を越された事にも気付かずに。


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『じょしといれでのかっとう』

 女子トイレは男子側のように外に設置されたものではなく普通に繋がっており、裸足で入っていけるようになっていた。
 個室は三つほどあったがどれも使えそうになかった。一つ目の扉には使用禁止の張り紙、二つ目の扉には誰かが入っている気配があり、一番奥のトイレは開いていたが汚れていて足の踏み場もなかった。
 すぐに用を足せない分かるとがぜん膨らむのが優香の便意である。それでなくても辿り着くまでに余計な時間をかけてしまっていたのだ。
 ちなみにトイレに誰も居ない事が分かって一度は離れた満だが、使用中の個室に気付くとすぐさま先ほどまでの定位置、優香の後ろに戻っていた。
 そんな満の態度に構う余裕もなく、優香は焦ってノックをしたが返事がない。
「あ、あの、すいません。誰か入ってますか? 入ってませんか?」
 つい先ほど男子トイレで使用中か否かを間違えた優香は、今度こそはと念入りに中の様子を確認する。
「うるさいなあ! しぼり出してるんだから黙っててよね!」
 中からの怒鳴り声に二人でびっくりしつつ、聞こえた声から中に居るのは同い年か少し上ぐらいだと優香は推測する。
 優香の推測通り個室を占拠しているのは今年中学生になったばかり女の子。ただしとある一部分だけ、中学1年としてはかなり規格外なのだが扉越しではそれは確認できない。

  びゅじゅっ! ぶりびゅるぶりびちゃ!

 不意打ちとも言える様な突然の個室内からの排泄音に、優香は慌てて両手でお尻を押さえ込む。
(うあぁぁぁうんちしたいうんちしたいよぉ)
 中の音に共鳴するかのように膨れ上がる便意に翻弄される優香。しかし無情にもその“攻撃”は止まらない。
 連続的にビチビチと響いたかと思えば、単発的にプスゥとオナラの音が。まるで優香の気が緩んだ隙を狙ってるかのように鳴らされ、そのたびにギュッと押さえる力を込める。
 せめて音消しのために水でも流してくれればマシになるのかも知れなかったが、中の人物は恥じらいとかマナーといったものは持ち合わせていないようだった。
 下痢臭が個室の隙間からこちらにまで流れてきていた。お尻を押さえる手がヌルヌルしてきているのは汗のせいなのだと優香は信じ込もうとした。実際ただの汗だが。
「ふ〜、すっきりした〜」
 個室から水を流す音と共にそんな声が聞こえた。
 扉が開いてまず見えたのは大きなおっぱい。プルンと水々しい胸をわざわざ主張するかのような体勢で出てくる。
「お待たせ〜」
 中から出てきたのは短髪のボーイッシュな少女。首から上だけなら少年と言っても通用するのではなかろうか。なんとなく男装の似合いそうな雰囲気を漂わせている。
 とはいえ男子と見間違えるはずもない。彼女は優香達と同じに一糸纏わぬ姿。ボンと突き出た胸から、手入れのされてない生えるがままに任せているであろう陰部まで、どこをどう見ても女のそれだった。
 用便に随分と時間をかけ、しかも排泄音を散々聞かれているというのに悪びれる様子は何一つないようだった。
 一瞬その明け透けな態度に気を取られたが、目の前に見えた便器に我を忘れて駆け寄る。
 ――だがそれがいけなかった。
「な、なんで男の子がいるわけ?!」
 個室から出てきたお姉さんの言葉でハッと我に返る。優香が急に離れてしまったので、隠す前に見つかってしまったのだった……満の股にある可愛らしい象さんが。
「うわー、女の子に成り済まして女湯に裸を見にきたんだ。や〜らしい」
「や、あ、その、ちが……」
 優香に散々イジられていたために大きく主張していた満のソレは、しかし巨乳少女に責められて急速にその勢いを失くしていった。
「と、といれ、いき……、て……」
 弱々しく意味の分からない事を口にする満に対し、お姉さんは唐突に満の両手を取ると、何と自身の大きな胸へと持っていったではないか。
「ほ〜ら、これが男の子なら誰でも興味のあるおっぱいだよん。やーらかいでしょう」
 満は顔を真っ赤にさせてうつむくしかない。しかしその股間は反比例するかのように角度を取り戻していく。
「ス・ケ・ベ」
 巨乳少女は満をやや乱暴に突き放すと、冷たい視線を股間に向ける。
「体が白状してるよね。ジブンがヒレツなノゾキマだって事。やっぱ男子サイテー」
 その発言に優香の頭に血が上る。上手く説明は出来ないけど、とにかく満に非が無い事だけは確信できた。それでも口出ししなかった、いや出来なかったのは、自身の便意と戦う事で手一杯で援護に行く余裕が無かったからだ。すぐそばの便器の欲求が強すぎるのだ。今すぐ個室に篭りうんちをしたい。でも満を見捨てる訳にもいかない。少女はジレンマに苦しめられ動けないでいた。
 一方で二人の戦い、否、巨乳少女の満への一方的な責めは決着が付こうとしている。
「いい加減この目ざわりなの、しまって欲しいんだけ、どっ!」
 最後の一言と同時にデコピンを食らわす巨乳少女。パッチンと力強く弾いたのは満の下腹突起物。
 食らった満はただでは済まなかった。大きな目を更に大きく見開き、股を両手で押さえてペタンと女の子座りしてしまう。
 やがて満を中心にじわじわ〜と広がっていく黄色い水溜り。今の余りに強すぎる刺激によりおしっこを漏らしてしまったのだ。
 実は優香が男子小便器で恥ずかしい姿で用を足していた時に扉を開けたのは満だったのだ。不意打ちの光景にその場を離れて以降、用を足しに行くタイミングが掴めずにずっと我慢していたのだった。
 ホロホロと可愛らしく涙を零すその姿は、間に合わずに漏らしてしまった女の子にしか見えず、皮肉にも女子トイレによくマッチしていた。
「うわ、きたな〜い。何やって……」
「いい加減にしてよ!」
 敗者に更に追い討ちをかけようとする巨乳少女のその態度にとうとう優香がキレる。あまりの仕打ちを見て便意より怒りが勝ったのだ。とはいえ個室に入りかけで顔だけ振り返るという間抜けな姿勢ではあったが。
「満はね! 私が無理矢理連れてきたの! お腹が痛くて歩けないからって男湯からここまで運んでくれたの!」
「は? 何よいきなり。大体男の子を女湯に連れて来るなんて……って、え、何。まさか君、今まで男湯に入ってた訳?」
「わ、私が男湯に入ってちゃ悪い?!」
 巨乳少女の口調が攻めるものから責めるものへと変わり、戸惑う優香。巨乳少女の視線はコンプレックスである大きなお尻に注がれていた。
「悪いってか、危なくない? そのお尻は私のおっぱいと同じくらい男共の注目引くと思うけどな〜」
「…………うっさい胸デブ」
「デブッ?!」
 今までその自慢の胸で悪口を言われたことがなかったのであろう巨乳少女は、想定外な優香の言葉にどう返せばいいのか分からず固まった。
 その隙を突いて呆けてしゃがみこんでいる満の手を掴んで強引に立たせ、共にトイレの外へと駆け出していく。
「あ、こら待て!」
 怒鳴り声を尻目に女湯脱衣所を駆け抜け、あっという間に男湯脱衣所に駆け戻る。ここまで来れば相手は追って来れないだろう安全地帯だった。
 待てと言われて待つ者は奇特であると誰かが言った。もしそれが正しいならば優香は奇特でない判断をしたといえる。ただし、便意を抱えた者がトイレから逃げ出す行為が奇特でないとは言い切れない。
 優香のお腹の中に溜まった悩みは結局何も解決してはいないのだった。
 そして取り残された巨乳少女が思わせぶりに一人呟いた。
「あれ? 男の子のアソコって確か…………本当に男の子だったのかな……まあ、いっか」

「あ、おねえちゃんおかえり〜」
 脱衣所には個室から出てきて着替えを始めている父と美空がいたが、泣きじゃくる満をほっといて空いているであろう男子トイレに向かう訳にもいかず、シャワーに連れて行き下半身を洗い流す。
「ほらほら、落ち着いて、ね? 満は何も悪くないんだから」
「…………グスッ」
 されるがままの満を脱衣所まで引っ張って連れ戻し、優香は優しくタオルで拭いてあげた。
「そんなに泣いてると幼い子に馬鹿にされちゃうぞ? ほらほら皆見てるよ?」
「見ら……て……は……おま……、だろ……」
 注目されているのは優香の方だと小さい声で反論しているようだった。
「満までそんな、……ん?」
 ふと偶然にも鏡越しにその場の男性達の視線の先を確認できた。視線の先は満でなく確実に自分の方。
 不意打ち気味に振り向くと慌てたように視線を逸らされた。
 そして優香は明確に意識した。『私のお尻が注目されているのだ』と。
 何だか良く分からないその場の空気に責め立てられる。一度意識してしまえば視線を感じずにはいられない。雑にタオルで自分の体を拭くと、スカートを取り出して着込み一番にお尻を隠した。
 やはり男湯に女の子がいてはおかしいのだ。美空のような小さい子はともかく、由布のような例外はさておき、私は居ては駄目なのだと半ば優香は確信する。
 衣服を次々身に付け、最後に奥の方にしまってあった着替え用の新しいパンツを引っ張り出して穿くと、脱衣所から走るように逃げ出した。
 今なら空いているであろう男子トイレを使うという重要案件を、便意そのものと共に一時忘却の彼方に追いやって。


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『いっときのとうひこう』

 外に出てからも足元だけを見つめて、ただただ銭湯から離れる事だけを考えて早足で進む。
 やがて早足は駆け足に変わり、全力で走り続け、息も絶え絶えになってようやく足を止めた時には、公園に辿り着いていた。
 ようやく少し落ち着いた優香の目に飛び込んできたのは、かつて真夜中に鉄格子に阻まれ苦しめられた、あの因縁のトイレ。
 今日の優香は自らの体が発する排泄信号を無視し過ぎた。だからそれが起きたのは当然の末路で自業自得とも言えた。
 公衆トイレを視認した体は、ただそれだけで排泄を始めてしまった。
(え? ええ? あ、うあぁ、も、もらしてる? 私?)
 両膝に手を当てた姿勢で、息を整えながらの突然の排便だった。当然着衣状態のままだ。
 着替えたばかりの新しいパンツがあっという間に汚物に占拠され、液状のものが太ももからひざ裏を伝い落ちてゆき、ゲル状の物は隙間から直に地面へとボタボタ落ちてゆく。
 トイレは目の前にあり、阻む鉄格子など今はないというのに、走り続けてきたせいか膝はガクガクと震え、近づく事さえ出来ない。
 優香は中途半端な中腰の、まるで後ろに突き出して見せ付けているかのような姿勢で排泄を続けねばならなかった。激しい鼓動も荒い呼吸も治まってはくれず、もはやこれまでと観念して出るがままに任せ続ける。
 誰にも目撃されずにスカートの下でひっそりと発生しているのが、優香にとっての唯一の救いだった。
 ようやくお腹が落ち着いて、ふと後ろを振り向けば満と目が合った。少々目が赤い。
「……いつから?」
 見られていたのか、の言葉は飲み込む。せめて漏らしている姿を最初からは見てないでほしいとの思いをこめて。
「あ、あ〜……風呂出た所からずっと後ろ追いかけてたんだけど……」
 儚く思いは裏切られる。もはやスカートの防波堤だけが優香の自尊心を守る砦だった。
「それとさ……すげー言いにくいんだけど……スカートめくれてる」
 砦は機能していませんでした。
 スカートの後にパンツを穿いたせいで裾を巻き込んでパンツに挟み、そんな状態で街中を走り続けていたのだ。あまつさえ満はその間抜け姿の一部始終を目撃していた。パンツがもりもりと膨らんみ溢れていく様まで、まざまざと目に焼き付けた事だろう。
「…………あは、あはは……あぅっ」
 その事実に気付いた優香の体がビクンと一度だけ痙攣すると、ペタンと力なくその場にしゃがみ込んだ。
 グチャリとお尻の汚物が潰され広がる。
 銭湯に行った意味は完全に消失していた。もっとも結局のところ優香は湯に浸かるどころか体を洗ってさえいないのだったが。
 何か諦めたような笑みを浮かべ天を仰ぐ少女は、しかしどこか気持ち良さそうにも見えるのだった。

 これで物語の全てが終わろうはずもなく。


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『ふたりきりのといれ』

 公衆トイレの障害者用に二人は居た。
 呆けてしまっている優香を何とか立たせた満は、男子側と女子側どっちのトイレに連れて行くか迷った挙句に真ん中を選んだのだった。ちょっと前の優香なら男子側にも躊躇なく入って行けたであろう。しかし今の優香は――。
 優香は壁に手を付けてお尻を突き出す体勢を取っていた。満に脱がせて貰うためだ。
 満はまずパンツに挟まったスカートに手をかけると、一気に上へとズリ上げた。汚物が付着しないようにするためだ。
 次いでパンツを一気に脱ぎ下ろさせる。べっちゃりと尻もちを付いてしまったものの、中身はまだ出したてであったし、布に染みこんだ重みも手伝って、あっさり剥がせられた。
 満は優香のふくらはぎ辺りを軽く叩いて足を上げるように指示し、優香も素直に従う。
 脱がし終えたらお尻の付着物をトイレットペーパーで丁寧に拭き取っていく。紙に目立った汚れが付着しなくなるまで丹念に。
 それが済んだら洋式便座へと誘導し座らせる。
 黙々と、淡々と、これらの作業は進んだ。
 優香は一切の抵抗を見せずに遠い目をして沈み込んでいたし、満は満でさっきのショックから抜けきれておらず涙の跡こそないが目は赤い。
 場は重苦しい空気に包まれており時折、便座に座った優香から“音”がする以外は沈黙に支配されていた。
 やがて優香が口を開いた。
「……ね」
「え?」
「ごめんね。私が無理に女湯に連れてったりしたから、あんな嫌な思いさせちゃって」
 優香が落ち込んでいた本当の理由を知って複雑な気分になる満。いや、お漏らしもショックだったのだろうが、満を気遣う気持ちのが勝っていたのだ。
「お前が漏らしたからおあいこでいーじゃん」
 そっぽを向いて照れたような怒ったような態度で言い捨てる。
「そんなのでおあいこになるの?」
「なるの!」
「そーなんだ。変なの、あはは」
「変じゃねーよ。お互いお漏らしさせられたんだから、おあいこなんだよ」
 その言葉で、女子トイレでおしっこお漏らしをする満の姿を思い出した優香は、確かにおあいこかも知れないと納得する。そう、あの姿は――
「……可愛かったなあ」
「はい?」
「なーんでもないっ」
 訝しげに追求する満に、意味ありげに微笑む優香だった。

 おしまい。

 この後せっかく和やかになった空気は、尻振り音頭の目撃者が満だと判明し、粉々に砕け散ってしまいましたとさ。
 しかし空気は壊れても二人の絆は――。


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『おまけ――豆五倍子(まめぶし)の湯について』

 <建物紹介>
 昔ながらの銭湯だったが、近隣にスーパー銭湯が登場したため客足が激減、様々な設備が増築された。
 番台は男湯女湯を見渡せる形ではなく、脱衣所が見えないような仕切りが付けられた。
 増築された設備には男湯と女湯でそれぞれ特性を持たせられている。
 男湯にはサウナ、立ち湯式ジェットバスがある。奥の方に個々で間仕切られた打たせ湯があるが、元あった壁がそのままなので死角となって非常に目立たず、また人気もない。
 女湯の方はスチームサウナ、座風呂式ミクロバイブラ、薬湯フットバスなどがあり、壁を取り払って開放的に作られてるため女湯の方が広く感じられるが、敷地面積は同じである。
 建設の途中でなぜか費用が底を尽いてしまい、男湯が一部機能してなかったり、男子トイレだけは外に仮設トイレを置いていたりとややチグハグ。
 なお、豆五倍子の花言葉は『出会い』

 <物語と関係ない裏設定>
 費用が底を尽いた原因は、表向きの予定になかった覗き部屋の建設にある。
 増築した女子トイレとサウナの2階にあたる部分にそれはあり、脱衣所とお風呂場とを見渡せる覗き穴がある。穴は外からは模様でカモフラージュされている。
 従業員用の扉を通るか、男子トイレに行くための扉から外に出て、ぐるっと建物を周りこむと覗き部屋に繋がる階段が見つかる。(優香が進もうとして由布に止められた道である)
 女湯の設備が座風呂とフットバスなのは、湯船に浸かると見え難くなる裸を、存分に堪能できるようにとの悪知恵だった。
 寝転がる女性の裸体を泡が伝う様や、全裸で座り佇む様は狙い通り大人気だが、そちら向きの覗き穴は立地上数が少ないのが難点。
 サウナとトイレも覗けるような仕組みにしようとしたが、無理があったため断念された。
 サウナはともかく、トイレの方は使用できる個室を減らす事で、お風呂でこっそりおしっこをさせようとという非道の企みが為されている。
 裸でなければ覗き部屋に入る事を許されないため原則持ち込みは禁止、備え付けの小型望遠鏡は別料金として貸し出されている。
 つまり無料サービスの真の目的は、覗き対象たる若い女性客の獲得であり、覗き部屋は同大学の男子に大人気である。
 だがこれらの事情を知っても卑劣な銭湯だと憤る必要はない。なぜなら……。

 <更なる裏々設定>
 実は覗き部屋の存在は女性達にバレバレである。大学生徒のみならず、地域住民の全女性が知るもはや公然の秘密(ただし未成年は除く)
 つまり肌を晒す覚悟を決めた女性、というか見せ付けたい女性しか利用していないのが現状だ。といっても痴女が集っている訳では決してない。
 見られる事への緊張感の効果か、能力の向上や肌の張り艶が良くなるなど良い方向に働いているが故の黙認だった。
 ただ、仕返しというか意趣返しというか、覗き部屋には隠しカメラ盗聴器が仕掛けてあり、野郎どもの自慰姿は逆に見世物となっている。
 重ねて言うが、別にソレを見るのが目的で集う痴女達ではない。
 なぜこんな現状になったのかというと、昔から女性の方が(性的な意味も含めて)強いという土地柄が影響しているためかも知れない。


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