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『陰謀の始まり』
早朝の職員室。窓から爽やかな日差しの差し込む明るいそこで、わざわざ影になる端っこに位置する場所で、怪しげな雰囲気を携えた人影がこそこそと何かを行なっていた。
「くっくっくっ。完璧な計画だ。完璧すぎる」
教師高坂は一人ほくそ笑む。手元には正体不明の錠剤パックと、封の空いた車の酔い止め薬箱があった。
高坂はおもむろに箱の中身、つまり車酔い用の薬をゴミ箱に投げ捨てると、正体不明の錠剤を詰め直した。
「由布に知里、そして優香。君達こそ選ばれし者、今日の主役だ。楽しいバスツアーになりそうだな……むふふ」
手元の車酔い用の薬箱を空へとかざし、箱を透かすかのようにその向こうへと視点を合わせている。取り替えた薬によって引き起こされるであろう事態を想定、想像、妄想しているようだった。
この教師は果たして何を企んでいるのか……大方の予想は付けられると思うが、とりあえず今はまだ謎としておこう。
誰にとっても忘れられない遠足が始まろうとしていた。
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『ふあんなたびだち』
「もらす。絶対バスでもらす」
木村優香は憂鬱だった。
正確には、今日の行事を知ってから今まで、ずっと憂鬱であり続けたというのが正しい表現だろう。
今日は楽しい楽しい遠足の日であり、クラスメイト達は一様にはしゃいでいるというのに、優香と満の周りだけ空気が違っている。
「あーもう、今さらやめろよ。大体、朝すませてきたんだろうが」
「……それでも、バスで移動してる時にシたくならないとは限らないもん」
「はいはいソーデスネ」
「もっと真面目に聞いてよね」
満が投げやりな応対になるのも無理はなかった。なぜなら金郷山への日帰り遠足行事が決まって以来、繰り返ししているやり取りなのだ。
貸し切りバスでの移動中は高速道路を利用するためトイレに行けないと分かって、過剰に警戒しているのである。
「じゃあもう、神様に“木村優香はピーピーのギュルギュルのグルグルピーになる運命だ”って決められてるんだ。あきらめろ」
「そんなのいやっ!」
「ぐはぁ!」
突然の大声をあげてのアッパーカット。
校門前でバス待ちの生徒達に注目されるかと思いきや、しかしクラスメイト達もここ最近の二人の“夫婦げんか”には慣れてしまっており、スルースキルがかなり鍛えられていた。
「はぁ……まあ心配すんな。親父の診療所から、使えそうな物パクってきたから」
「わーい、満ってば本当頼りになるー」
抱き付くような仕草を見せる優香に、いつもなら嫌がる素振りを見せるだろう満も「任せろ」とか言いながらガッツポーズを取ったりしている。
何のかんの言いながら、遠足という行事で二人のテンションも上がっているのだった。
そんな楽しそうな二人に魔の手が忍び寄っていた。
「どうした優香、何か問題でもおきたか?」
高坂先生だ。
「あ、先生。いえ、何でもありません」
「そうか。良し、ならこの酔い止めの薬を飲むといい」
いきなり訳の分からない事を言いだした。差し出されたのは小さな箱。
「は? はぁ……」
「これを飲めばもう安心だぞ」
「え、えーっと、」
強引な話の流れに、助けてーという目線を満に送る優香。
仕方なく満も介入せざるを得ない。
「相変わらず人の話を聞かねえなオマエ」
「相変わらず口の聞き方を知らんな、大場満」
両腕を脇にあて尊大に胸を張る姿勢で見下ろす高坂に対し、下から上目遣いに睨みつける満は、しかしどこか迫力に欠けた。
傍若無人に睨み返していたこれまでとは違い、何やら気圧されているようである。
高坂と満は性格が合わない不倶戴天の敵同士であり、顔を合わせればいがみ合いになるので、普段は互いに距離を取っている。
この二人の諍いの巻き添えを食って、由布が何度となくおしっこ漏らしの憂き目を喰らっては優香が庇いに入るという流れで、過去に満と優香が対立し合うようになった原因でもあったり。
もっとも、水分を多めに取らないといけない体質である由布のおしっこちびりは、この件に限らずしょっちゅうあるのだが。
(しっかし……やっぱ仕組んでるっぽいよな。特に由布がまき込まれる時とかは、どっか不自然っつーか、狙ってる感あるし)
強引に薬を飲ませたがる態度も気になったが、もっとも不審に思ったのはピンクの錠剤。
満の知る限りにおいて、ピンク色の錠剤でもっとも有名なのは、某下剤だった。
しかし優香は下剤については詳しくない便秘知らずなようで、満がちょっと考え事をして高坂から目を離していた隙に、勢いに押し切られて薬を受け取ってしまっていた。
「おいおい、別に優香は車に弱くなんかねーだろ」
ヒョイ、と優香の手から錠剤を奪い取る満。
「ん、なんだ、お前も薬欲しいのか。じゃあそれ一個やるから早く飲め」
矛先の向きが自身へと代わった満は、おざなりではあるが飲ませようとする高坂の態度に困惑した。
「な、べ、べっつに俺は女じゃねーゾ!」
優香にはまるで理解できない抵抗の言葉(?)を満は口にして、なぜか股間を押さえている。
「そんなの言われなくても分かってるし……ってかそれは今、関係あるの?」
思わず突っ込みを入れる優香だった。
微妙に苦い表情をする満と、そんな二人をニヤニヤ眺める高坂。
「うむ、今重要なのは優香が薬を飲むことだったな。先生とした事が思わず脱線してしまった、はっはっは」
余計な一言のせいで矛先が自身に戻り、しまったという顔する優香だったがもう遅い。
またしても強引に錠剤を押し付けられてしまった。
さっきに比べ勢いの弱くなった満が、それでもと介入する。
「ともかく。それ飲んでピーピーになっても知らねーぞ」
「え……」
改めて渡された手の中の薬を、まるで爆弾か何かの様に体から離そうとする優香。
しかしその反応を目敏く察した高坂は、優香にもっとも効果的かつ致命的な一言を口にした。
「気持ち悪さだけじゃなく、急な腹痛にも効く……」
腹痛に効くという言葉で反射的にパクンと錠剤を飲み込んでしまう優香。
「……かもな?」
ニヤリと笑ってその場を去る高坂。
残された二人の間に漂う微妙な空気。
「……あーあ」
「な、何よその“やっちゃたよ”みたいな顔は。これで今日はもう絶対大丈夫なんだからね!」
優香が律儀にお漏らしフラグを立てた所でバスが到着した。
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『いきはよいよい……?』
バスの席は予め決められていたが、ほとんど自由も同然だった。
二組と三組は二クラスで一つのバスを使っているのに対し、こちらは優香のクラスだけでバス一台を借り切っているので空席が多いのだ。
そしてこのバスの教員は高坂一人だけだった。
一緒に乗るはずだった教頭先生はなぜか突然欠席になったようだ。
優香はやや前方の右座席に由布と並んで座っていた。通路を挟んで反対側は満が一人でつまんなそーに二人を眺めるともなく見ている。
つまらなそうにいうよりは「だから言ったじゃん」的な呆れ顔と表現した方が正しいか。
満の視線の先には自業自得としか言えない結果に陥っている……大野由布の姿があった。股を抑えてモジモジとしている。
普通の人より頻繁に水を飲まねばならない由布は、当然おしっこも近くてその回数も多い。
優香の「飲みすぎるとおしっこ行きたくなっちゃうよ」という助言を気にも留めずに、水筒の中身を流し込みまくった結果がこれである。
「がまんするしかないよ。高速道路乗ったばかりだもん。ね」
「ん……んん〜」
モジモジと足をすり合わせる由布は、しかし今回は心なしか元気が無い。バスという環境のせいかも知れないと優香は思う。
「どうしたの? ひょっとして酔った?」
返事もせずに由布は跳ね上がるように席から立ち上がった。
どこかへ行こうとしたのか、しかしどこにも向かうことなく、その場でグルグル回った挙句にお腹を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「ゆ……由布?」
丸まった由布から密かに聞こえる水っぽい音。しかし由布のいつものお漏らしとは確実に違う、粘着質な音がお尻から断続的に響き渡る。
ブジュッ……グジュッ……ビチュッ、ブチュチュ…………ブジュ〜……プピィ
由布はお腹を抱えてうずくまったまま動こうとせず、やがて間違いようのない確定的な臭いが体から昇り立つ。
「これって……」
思わず動揺した優香が周りを見渡すと、あーあという表情の満と目が合う。
満は由布が下痢している事に気付いていたのだ。
粘着音に混じって鼻をすする音。まさか泣いているのだろうかと驚く優香。
これまでおしっこを漏らしてもヘラヘラ笑って済ませてしまう由布であっても、大きい方のお漏らしはまた別物だというのだろうか。
「だ、だいじょうぶよ。由布はしょっちゅう漏らしてるじゃない。それに、」
私だって漏らした経験あるし、というあまり慰めになってない言葉は、由布の大泣きで遮られてしまった。
「ふぇええええええええええええん、いたい、おなかいたいよ〜」
どうやら泣いている原因は、羞恥より純粋な腹痛にあるようだった。
由布が騒ぎ始めた事で他の生徒達も異変に気付き始め、オタオタする優香を見かねて満が腰を上げるが、それより先に駆け寄ったのは高坂だった。
「どうしたんだ由布漏らしたかそうかそうかじゃあ綺麗に拭かないとなほら一緒にこっちにおいで〜」
まるで予め用意してた台詞であるかのように一息に言葉を並べ立て、よだれを垂らさんばかりに嬉しそうな態度を隠そうともせず、あっという間に泣きじゃくる由布を抱きかかえて通路の一番前まで連れて行ってしまった。
「はい、バンザイしましょうね〜」
鼻を啜りつつも素直に指示に従って両手を上げる由布の、その着ているトレーナーを高坂は掴んだかと思うや否や、その下のノースリーブのシャツまで纏めて一気に脱がせてしまった。そして茶色く染まったパンツを脱がし下ろすと、予め靴を脱がせておいてから片足ずつ上げるよう指示してパンツを抜き取る。
脱衣は通路で行なわれているため、丸裸に靴下のみの後姿をクラスメイトに晒す羽目になっていたが、由布は腹痛により気にする余裕もないようだった。
腹痛でなくても特に気にしないだろうが。
「お腹の中に残ったものを全部すっきり出さないとな」
高坂はそう言って通路座席を倒すと、由布の両脇を抱えてを上に乗せた。そして座席後ろの網棚からエチケット袋を取り出すと、その口を広げる。
「ほら、こっちにお尻向けてしゃがめ」
どうやら高坂は、由布にこの場での排泄を強いているようだった。
通路上、引き出し座席の上での公衆トイレならぬ、公衆面前トイレだ。
由布は無造作に大股開きでしゃがみ込むと、液状のモノを高坂の持つ袋の中に吐き出し始めた。
ブリッ! ブリブリビシャッ! ボシャシャパヂュッ!
他の生徒達は呆然と成り行きを見守っている。
本来ならこのような事態には冷やかしやら文句やらが飛び交いそうなものだが、ヘタに隠さずに堂々と速攻でしているのが逆に幸いしたのか、また由布のお漏らし自体が珍しいものでもなく、可愛がられキャラな性質もあって、「由布なら仕方ないか」みたいな空気になっていた。
由布が直にひり出し始めた影響でバス内に漂う便臭が濃厚――しかし優香には何故かあまり臭いとは感じない――になっていくのを感じつつ、それに呼応するように優香のお腹も怪しく蠢き始めていく。
「なあ、腹が痛くなってきてんだろ」
「ふえっ?」
気付くといつの間にか由布の席だった場所に満が座っていた。
席の本来の主はというと、今はもう見世物となってはおらず、一番前の席で教師高坂に介抱されつつ大人しくしているようである。
「由布の奴も一服もられたんだよ」
「それはどうかまだ分かんないじゃん……っていうか何か腹痛に効く物があるんでしょ。出してよ」
「やっぱ痛いんだな」
痛くない、と反射的に反発する言葉が出かかったが、そこをグッと飲み込む。
嘘を付いても事態は好転しないと分かりきっているからだ。
「そうよ、ピーピーのギュルギュルのグルグルピーの運命との出会いよ。いいから早く出して」
「さけられたはずの運命だけどな。まあそうあわてんな、まだあわてるような時間じゃあない」
満が意味不明な自信を滲ませつつポケットから取り出したそれは、手のひらに収まるサイズの、矢印と吸盤を合わせたような形をした黒い物体だった。
「……何これ?」
てっきり下痢止めの薬か何かを出すと思っていた優香は、用途不明のゴムっぽい塊に困惑する。
「ケツにするセンだよ」
「センって? 千? 線?」
「いやだからフタだよフタ。このとがってる部分からケツアナにねじこめば何もだせねーし、そう簡単に抜けやしないってツクリだぜ」
「なるほど、理科の実習とかで使う試験管のゴム栓みたいに、水一滴もらさない訳ね、……ってそんなのできるか!」
「薬で下ってんのにクダラネー突っ込みしてる時じゃないだろ」
優香のノリツッコミを真面目にダジャレでいなす満。
「だってそんなの明らかに痛そうだし……、そもそもお腹痛くなったのは薬とは関係ないかも知れないし……」
「そんなん言ってる場合か。山本の奴を見てみろよ」
「知里さん? 彼女がどうかしたの?」
満が指した一番後ろの座席の真ん中には、妙に正しい姿勢で座っている知里がいた。
「あいつも薬、すすめられてたんだよ。お前の後にな」
そう言われて改めて注目すると、確かに知里の様子は普段と少し違っていた。
長い栗毛色の髪は滲んだ汗で艶やかさを増し、頬は僅かに上気して桜色。そして瞳はどこを見るともなくさ迷い、誰かを誘惑してると思わせるほど愁いを帯びている。
しかしこれらの色っぽい姿を形成する全ては、満の言を信じるならば、便意爆発の兆候に他ならないのだった。
「……ま、まっさか〜。知里さんは賢いからそもそもだまされたりしないし、例え下剤を飲まされちゃったとしても、お漏らしだなんて……ないよ絶対」
それは優香の独断的な判断でなく、クラス全員の共通見解でもあった。
山本知里という女子は、常に屹然とした存在としての立場をクラス内で確立しており、何か困りごとがあれば彼女に相談するのが一番の得策なのは常識であり、子供っぽいミスや失敗などとは無縁で、粗相をする姿など想像すら出来ない。
満もそこには同意するのだが、しかし実際問題として危うそうな雰囲気の彼女がそこにはあるのだ。
「おりこうさんだから逆に先生の言葉には弱そうだしな。それに薬のむとがまんとか無理だぜ。それこそ絶対な」
「でもさ、」
「先生!」
切羽詰った感じの声が唐突に二人の会話を遮った。くだんの知里だ。彼女が席から立ち上がり手を上げていた。
「お腹の調子がおかしいのです。……バスを一時止めていただく訳にはいかないでしょうか?」
そこには突然の災厄に見舞われながらも、誇りを失わず理性的に対処表明をする少女の姿があった。
これまでソレを主張せずに我慢を続けていたのだから、決して羞恥心を感じていない訳ではないだろうに、取り返しの付かない状態になる前にしっかりと自分の意見を言える知里を、優香は純粋に尊敬した。
何より彼女の意見が通れば自分もトイレに行けて助かるという、現金な感謝の気持ちの方が強かったのだが。
「ん? そうか由布に続いてお前もか。さて困ったなあ、どうしたものか」
その高坂の姿を優香が見た瞬間、口振りとは裏腹にむしろ知里を焦らせて楽しんでいるのが分かってしまった。
それゆえ自分の腹痛も薬によるものだという、認めたくない事実も理解してしまう。
そこから少しの間、考え事をするような素振りを見せる高坂の答えをじっと待つ。
客観的には数分かそこらでしかないだろう。しかし優香にとっては結構な体感時間となり、おそらく更に切羽詰っている知里にとってはもっと長く感じたに違いない。
ふと高坂が窓の外を見た。
優香が視線の先を追うとあったのはパーキングエリアだった。
休憩の出来る、トイレのある、用の足せるそこを今まさにバスは通り過ぎ、その光景は後方へと去って行く。
その様を見て優香は、故郷から離れていくような感傷的な気分になった。
「良し、じゃあ次のパーキングエリアで止まってもらうか。えーとどのくらい距離あるかなぁ運転手さん?」
そこでようやく高坂が白々しい口調で言った。
さきほどまでの沈黙はこのための時間稼ぎなのは明白で、そして気付いた時には手遅れだった。
「……ついさっき通り過ぎたみたいなので、かなり先に行かないとないと思います」
知里も当然気付いていたのだ。
優香よりも早くにパーキングエリアを示す看板に気付いていて、ただ通り過ぎるのを眺めているしかなかった知里の心境はどのようなものだったろうか。
淡々と冷静に自分に不利な状況を述べるその声からは窺い知れないが、優香には焦りが滲み出ているように感じられた。
(知里さんかわいそう……同情してる余裕なんて私にもないんだけど)
「あっちゃー、そいつはついてないな。じゃあ目的地まで我慢しろ」
「…………分かりました」
「いや、ちょっと待て」
高坂の言葉に座りかけた知里が反応して動きが止まる。
優香は中腰で高坂を見る知里の瞳の中に、ある種の必死さを垣間見た。
(やっぱり限界なのね)
「そうだな、とりあえず前に来なさい。前に座る方が気が楽だろ」
気休めとしか思えない言葉に、しかし気休めでもいいから縋りたいのだろう、一歩、また一歩と高坂の方へと歩みを進める知里の姿は、蜘蛛の巣に囚われた蝶を連想させた。
気付くとバス内の生徒全員が知里の動向に注目している。それほどに彼女の生理欲求要求はセンセーショナルな出来事だった。
しかし由布と同じ結末を迎えるなどと想像する不埒者は一人もいない。発想の埒外だからだ。
知里が優香の隣を通り過ぎた時、知里のスカート裾からコロンと何かを落とした。
なんだろうと思って目で追うと、それは何やら兎のフンに似ていたがやや大きい。
(……フン……うんち?)
よくよく考えるとスカートの中から落ちたような気もする。
(でも、そんな、まさか、だって、ねえ、あれだよ、うん)
自らの腹痛もあってか、取りとめもなく思考が纏まらない優香と知里の目が合う。
「えっと、知里ちゃん何か落としたよ……?」
“落し物”を見て知里の頬が染まった。
「漏らします!」
授業中のように手を上げての、身を切るような悲痛な叫び。
予め宣言して断りを入れたのは、きちんと躾けられた育ちゆえか、或いはこぼれた“落し物”の正体を優香に露見されてしまう前にいっそ――と判断したのかも知れない。
排泄音は聞こえず、立ち姿にも変化は見られない。
垂れ流しているのは固形物で、スカートを膨らませない程度の量なのだろう。
由布の臭いが既に充満しているために嗅覚でも知覚できないため、おそらく宣言さえなければ誰にも気付かれなかったはずだ。
自然に通路に立ち尽くし、バス内の生徒の注目を一身に集める少女は、しかし発言通りならば実に不自然なやらかしをしているのだった。
やがて手を下ろして歩みを再開するも、先ほどより足幅が微妙に開いており、どこかぎこちない。歩く事に最近慣れ始めたばかりの赤ちゃんのような足取りだった。
そのふわついた足取りのまま、半ば倒れるように高坂の胸の中に飛び込んだ。
まさか知里には由布と同じ処置は取るまい、いやそもそも本当に漏らしたかどうかも不明だと、その場の誰もが混乱の最中にいた。
高坂はその空気を振り払うかのように、流れるような動作でワンピースの裾に手を入れると、知里のパンツを一気に擦り下ろした。
「え、あ……」
可愛らしいフリルの付いた、薄ピンク色で大人びたデザインのパンティが知里の足首に露にされた。
不幸にもお尻を覆う子供パンツでなかったがために、歩いている時に“落し物”をしてしまったのだろう。
そしてどんなに大人びた下着であろうとも、中に茶色の固形物が鎮座していては台無しだった。
汚辱に染まったお漏らしそのものの物的証拠を万人に晒され、思わずうろたえる知里。
その隙を付かれ、高坂にワンピースをも脱がされてしまう。
中にはキャミソールを着ていたため、辛うじて肌を晒さずにすんでいた。
せめてこれだけは脱がされまいと、体をかき抱くように裾を押さえるも、ここで止まるような高坂ではない。止まるようなら高坂ではない。別の誰かだ。
「手をどかして。これも脱がないと汚しちゃうよ」
「でも……でも……」
年頃の少女の持つ当たり前の恥じらいから強い抵抗を見せる知里に、しかし高坂は強引に脱がそうとはしなかった。
卑劣にも高坂の手は彼女のお尻へと伸び、あろう事かキャミソールの上から撫で回したのだ。
優しさと労わりに満ちたと表現できるさすり方だったが、その手が離れるとキャミに茶色い模様が染み付いているのが透けて見えた。
お尻にこびり付いていた汚物が、キャミソールにも付着してしまったのだ。
「ほら、汚れちゃったぞ。このままだと着れる物が何も無くなっちゃうかもなあ……」
暗にこのまま抵抗し続ければ、他の着衣も全て駄目にするぞと脅す高坂。
由布相手ならば通用しなかっただろうが、賢い知里はそれを察して抵抗を諦めた。
キャミソールを脱がされ、とうとう背中と尻が露になる。
事前に“拭かれて”いたためか汚れのこびり付きは少ないが、しかし何ら千里にとって救いになりはしなかった。
知里の救いは最後の砦たるブラジャーが残っている事だ。ハーフトップやスポーツブラといった初心者用ブラジャーではない、薄ピンクのフロントホックワイヤーブラ。
これだけは脱がされる理由もないだろうという知里の切り札が、しかし高坂の手馴れた手付きであっさり外される。
「〜〜〜〜〜〜ッ」
知里は声無き悲鳴を上げた。しかしこれで彼女の災難は終わらない。
ガタンと下ろされた補助席は、由布と同じく公衆面前トイレの用意。
「乗りなさい」
その一言で全て通じるだろうと言わんばかり。
もはや言葉で逆らう気力もないのだろう知里は、しかし体をぎゅっと丸めるようにし、要所を腕でなるべく隠して見える部分を少なくして、補助席の上にしゃがみ込んだ。
しかしそのような隠蔽を高坂が許すはずもなく「バスが揺れたら危ないだろう」とか言いながら、胸を隠す両腕を強引に掴むと両隣の背もたれに手を乗せ掴ませる。
小学五年生にしては大きめといえるBカップの胸。大人の胸とは決して言えないが、子供の胸とは明らかに違うそれの上には、可愛らしい薄ピンクの突起が密やかに主張している。
続いて「足もきっちり踏ん張れ」と太ももを強引に開かされ、秘所が明らかにされる。
付け根にあるスリットは由布と違いぴったりと閉じておらず、その蕾は少々綻びかけており、その証拠に中のやや赤に近いピンク色がはっきりと確認出来てしまっていた。
余す事なく全てをさらけ出させられた知里は、それでも目に浮かぶ涙をギリギリ堪えるだけの気力は残っていた。
否、まだ全てを晒しきってはいない。お腹の中に残っているそちらもまだギリギリ堪え忍んでいるが、一度緩んだ門では抵抗の限界が来るのは時間の問題である。
隙一つなかったはずの美少女が、成長過程の裸体姿を晒して必死に便意を堪える姿に、男子は元より女子も興味を惹かれている。
いや女子の方がむしろ熱心に見つめていた。自分が将来どのように成長するか、そのお手本のような存在が目の前に無防備にいるのだからそれもむべなるかな。その上普段は見られない排泄姿がこれから……となっては、もはやクラスの誰一人として目を離せない。
しかしたった一人だけ注目していない者が居た。優香だ。腹痛が強まっており、もう知里に注目する余裕もなくなっていた。
「み……満、“セン”を……」
恥も外聞もなく下着を脱ぎ下ろし、窓に手を付いて満にお尻を向ける優香。この前の公衆トイレで“処理”してもらった時の同じ姿勢だ。
総合的に見れば知里の体の方が発育は上だろうが、ことお尻だけに限っていえば優香の方が魅力的だった。小学生らしい固さなど一切感じられないむっちりとした肉付きがそこにあった。
男湯の一件以来、お尻を見られることに恥じらいを覚えつつある優香だったが、今ならば全ての注目は知里が一身に受けており、誰かに覗かれる危険性も少なく、大勢の晒し者になるくらいならば、満という慣れた相手だけへの一時の恥を選んだのだった。
「……ん、あ、ああ、分かってる」
満は動揺からやや目線を泳がしつつもポケットから栓を取り出すと、なぜか慣れた手付きでそれを突き出された優香のど真ん中へ押し込む。
「「はぅ!」」
二人の悲鳴が重なる。一人は栓をねじ込まれた優香、もう一人は注目の中で我慢の限界を迎えた知里である。二人の目から同時に涙が一筋零れ落ちた。
ブリュッ……ビジュッブブッ…………バビッ
公衆の面前で下痢便を途切れ途切れに吐き出す羞恥に苦しむ千里と、腹痛及び異物挿入の痛みにくわえて知里の音のせいで助長される便意に苦しむ優香という、何とも救いがたい構図が出来上がっていた。
「も、……ぅ、いやぁあああぁぁぁ……」
今までに聞いたこともなかった山本千里の弱々しい叫びを聞きながら、優香は自分はああはなりたくないと必死で我慢を続けていた。