No.15「茶雪」

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 知美は今日、家族とスキーに来ていた、と言うのも彼女は去年、あるスキーの映画をテレビで見て以来、スキーにはまっていたのだ。
(はあ、あの真っ白なウェア、可愛いなあ。私も一度、上手に滑れるようになって、着てみたいなあ)
 彼女が折り入って親に頼むと、快諾してくれた。スキーウェアや板、ゴーグルやフェイスマスクを買い揃え、何時でもスキーに行ける様にした。父は母と結婚する前から滑っているので、元々持っているものを使えばいいし、母は母で、滑らない弟と雪遊びをするらしいので、そこまで買い込む必要がないのだ。それに家から一番近いスキー場まで、車で三時間と掛からないのである。

 用具を買い揃えてから3日後、一家でスキー(雪遊び)をしに行った。雪が積もっている道路、凍っている川、何もが知美にとって初めてのことだった。
 スキー場に着き、ウェアやスキーの板、スキー用の靴を持って急いで更衣室に向かう。心から楽しみにしているのであろう。着替えが終わり、更衣室から出てきた。
「お母さん、僕、あそこで雪遊びしたーい」
「しょうがないわねえ、私もついて行くから、お父さん、知美、滑るの楽しんできてね」
 母と弟は近くにある雪が積もっている広場と思われる場所へ行ってしまった。
 「お前、滑れるか? 何なら、一回レッスンでも受けたらどうだ」父さんが心配して聞いてきたが、彼女は「大丈夫」と言ってさっさとリフト乗り場の列に並んでしまった。
 サーーーーーー……リフトは音を立てて山を登っていく。
 「うう、寒いよお、もっと着てこればよかった」等と独り言をしていると、リフトが上に着いた。初めてだったが、うまく降りれた。
 「さあて、これから滑るわよ!」気合を入れて、下まで降りる。サーー。板が雪を掻く音が気持ちいい。右、左、右、左……と蛇行をして滑っている。「あっ」ザサーーー……。雪の深みに板を取られて転んでしまった。しかし、彼女はめげない。すぐに立ち上がると「冷たーい! 雪ってとても冷たい!」とはしゃぎながら下まで降りて言った。初めてとは思えない上手さで、700メートルほどもあるコースを15分と掛からずに、さっきのと合わせて2回転んだだけで降りてきた。
 「うふ、もう1回行こう!」またリフトに乗り、下まで降りる。順調に、確実に上達していく……筈だった。

 リフトの乗り継ぎを2回ほど行い、7分近く掛かるリフトに乗る。頂上へ着くと、そこはまるで下の方とは違い、吹雪で滑走路が乱れている。が、雪の上に雪が積もるのも考えると、シュプールを作る楽しみが増え、それもいいかなとも思う。
 「張り切って行っちゃおう!」ゴーグルを掛け、フェイスマスクをして滑り始める。下と違うのは雪の質だけではない。コースにある勾配、斜面の急さも上のほうが少々きつい。
 ズサササーーー……。雪煙が上がり、知美は雪に顔を突っ込んだ。フェイスマスクをしていても、氷の粒が顔に当たるのはとても冷たい。
 「エッヘッヘ、ちょっと得意げになり過ぎたかな?」こけるのも無理は無い。彼女は今日始めたばっかりと言っても過言ではない初心者。今彼女が滑っているのは中級コース。いきなりにしても難がある。勢いだけではスキーは上手く滑れない。しかしやみつきになるのもまた然り。下まで滑り降りるとまたリフトで上まで登ってきた。
 2回ほど繰り返した時、彼女のお腹に異変が訪れた。
  ぐるぐるっっ……
 お腹から鈍い音が聞こえた。リフトに揺られ、風に体を晒していたためか、お腹を壊したらしい。
(どうしよう、下まで我慢できるかな……)
 不安を抱きながらも頂上へ向かう。
  ガツン!
 到着所の方で音がした。頂上で誰かが降りそびれたのであろう。当人にとっては悪気は無いのだろう。だが、知美にとっては最も避けたい事態だった。
「誰よ、こんな時に。早く動いて! 漏れちゃう! 出ちゃう!」
 そんな思いも虚しく、リフトは宙にブラリブラリと揺れている。
 幸いにも1分ほどで動き始め、聡子も止まってから2分ほどで頂上に着いた。
  ぐる、ぐるるるるりゅりゅ、ぐりゅりゅ
 このとき、彼女のお腹は、崩壊を100として96程だった。即ち限界に殆ど等しかったのである。
(し、下までもつわよね……)
 96のお腹を抱えながら頂上から滑り降りる。頂上から下までは2、3キロ程だが、さっきの中級コースとは比べ物にならないほどの急な坂道もあり、上手く進めない。
(下まで耐えてちょ、頂戴よ……!)
 こんなことを願っていても、排泄運動は待ってくれない。
  ぐりゅりゅりゅりゅぐりゅぐりゅぐりゅるゆ!!!
(お願い、あと、あと5分もって!)
 神は時に残酷である。
  ザサササササーーー……。
 神が崩壊の時を告げる鐘を鳴らした。雪の深みにはまったのである。知美は板を雪に取られ、思いっきり転び、お腹を強く打ってしまった。
  ブーー!! ぐりゅりゅりゅりゅぐりゅるるるるるぐる、ミチミチミチニチニチ!
  ぐりゅる、ベチャベチャベチャ、ブリュリュリュ!
「あっ、あああっ!!」
 今更お腹に力を入れてももう遅い。お尻の門は閉ざす事無く、体内の不純物を外に出そうとする。
  ベチャベチャベチャ、ブリュブリュブリュ、ブババババ……
 脇を他のスキーヤーが滑り去っていく。しかし彼女のお腹はとどめる事を知らない。
  ベチャベチャベチャ、ブリュブリュブリュ、ブババババ、ニチニチニチニチニチ
  ビシャビシャビシャビシャビシャビシャビシャ……ブブーーーー!
 茶色い滝を流した後、最後に大きなおならをして、彼女の排泄は終わった。
「……う、う、うぁーーーん!」
 雪の上には周囲50センチぐらいの大きく茶色い、真っ白なウェアにもお尻と股が埋まるほどの茶色い跡を、顔には赤い跡(恥ずかしさと寒いのと)を作ってしまった。

 それから30分程経って彼女は下まで降りてきた、惨状を見かねた一人の男が下に助けを求めたのだ。スノーモービルのシートの座る部分を、彼女は茶色に染めた。

 茶色い雪の痕跡が消えるには、次の冬を待たなければならなかった。


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