No.17「夏の川遊び」

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「ハ〜やっと夏休みだ!」「そだね〜、宿題終わった?」「あとちょい」
「早〜い。私なんてまだ少しも」「写させてあげようか?」「いいの〜!?」
「冗談。自分でやって」「ケチ〜」「アハハハハ」

 夏休みを明日に控えた学校では、こんな会話が少なからず繰り広げられる事だろう。
 この学校でも同じだった。

「じゃあさ〜、皆で宿題を分けてやるのはどう?」
 一人の頭が働く男子が提案した。

「どうやって?」「だから、お前とこいつが組んでここの範囲、アイツとそいつが組んでこの範囲……」「なるほど! そうしよ!」
 夏休みの宿題には、この手が通じない物もいくつかあるのだが。

「じゃ、読書感想文はどうするの?」「自由研究は?」
 ……ほらね。

 男子が10人で女子が8人と言うこの田舎の小学校の5年生は、人数が少ないが故に男女を問わず仲が良い。

「はい、帰りの会を始めます。席に着いて」
 1学期最後の帰りの会が始まった。
「終業式が終わって、明日からいよいよ夏休みです。ですが、気を抜かないように。分かりましたね?」「は〜〜い」

 18人の返事が教室中に響き、帰りの会が終わった。
「ねぇ、まきちゃん」「何? 由紀ちゃん」
 一つにまとまってるとは言え、内部は細かく分かれている。その一つがこのコンビだった。

「8月に入ってからさ、川に泳ぎに行かない?」「うん、いいよ」
「じゃあ、いつにする?」「う〜ん……、火曜日にしようよ」「そうしよっか!」
 セミのコーラスを聞きながら帰る道すがら、二人は夏休みの計画を話し合っていた。

「じゃ、また今度!」「じゃあね!」
 分かれ道で二人の家の方向は別れるため、別の道を歩んでいった。

「ただいま〜」「お帰り」
 玄関まで顔を出した母親に、まきは今日決まった予定を話す。

「……と言う訳で、8月の火曜日にお昼から由紀ちゃんと本崎川で遊ぶ事になったから」
「分かったわ。じゃあその日は久美とデパートに行くかな」
「ずるーい」「嘘よ、嘘。楽しんでおいで」「うん!」

 セミの合唱を聞き、スイカを食べ、大量の宿題を済ませ、川のように流れる時を過ごした後、件の日の前夜。

「そんなにかき氷食べて……。お腹壊しても知らないわよ」
「イイモン。まきお腹壊した事今まで無いから」
「そうだけど、明日川に行くんでしょ」
「うっ……で、でも暑いの! もうちょっと体が冷えたら食べやめるよ」

 そして、当日の朝。

「おはよ! まきちゃん! 川に行くよ!!」
 庭から、由紀が呼ぶ声がした。体の大きさの割には、麦藁帽子が大きく見える。
「ごめ〜〜ん、ちょっと待ってて!」

 今の所まきには腹痛のような変な様子は見られない。少なくとも、昼の時点ではの事だ。
「お母さ〜ん! 由紀ちゃんと遊びにいってくるから」
「行ってらっしゃ〜い! 川を汚さないようにね〜」
 後ろの方はまきには聞こえていなかったようだ。

「お〜待たせ! さ、行こう!」「うん!」
 二人は、それぞれの自転車に跨った。
 本崎川までは、まきの家から自転車で10分と掛からない。

 川までの道の途中、大きめの林を通っている時の事。
「ほら、そっちそっち」「うわ、おしっこ掛けられた」「ははははは」
 低学年の固まりだろうか、昆虫採集に熱中している。

「でね、うちのお母さんがね……」「アハハハハハハ」
 自転車で二人並んで走っている時の事だった
  グッ……
(痛っ、なんだろう……)

「どうしたの、まきちゃん?」「いや、なんでもないよ」「ふ〜ん」
(おかしいなぁ……自分には思い当たる節が無いし……)

 考えながら走るうち、川に着いた。二人とも、川原に自転車を止めて服を脱いだ。
 服の下には既に水着を着ている。早く遊びたいが為に、工夫を凝らしたようである。
「さぁ、泳ごうか!」

 二人は声を揃えていった。が、足が先に水に触れたのは、由紀の方が先だった。
  グル……
(痛っ! な、何この痛み)

「ヒャッ! あ、まきちゃん。先に私を川に入れて、どれくらいの冷たさか確かめようとしたのね?」
「え。ち、違うよ! ただ石っころが気になっただけ」
(ば、ばれてる……)
「そこまで冷たくもないよ。入ろ、まきちゃん」
「う、うん」

  ピチャッ!

 体に触れる水がとても冷たい。昨日のかき氷とどの様にして比べようか、それほどに冷たかった。

  グルル……
(もしかして、体冷やしちゃったかな?)
 昨日のかき氷に今日の川の水は、小さな体には受け付けなかったのか、小さな抵抗が生まれている。が、かけられる水と共にその思いも吹っ飛んだ。

  ビシャシャ!!
「ヒャッ!!」
「も〜、ぼっとして遊んでないんだもん。川に来たんだから遊ばないと!」
「そ、そうだよね」
 腹痛の事などすっかり忘れ、川で遊ぶ。ここには二人しかいないので、とても気持ちがいいのだろう。

  ミーーンミンミンミンミン……

 どれだけの時間が経ったのであろう。二人は水遊びに没頭しすぎ、今の時間が分からなくなっていた。二人とも、理想の世界に旅立ったかのようだ。が、

  グルルルルルルルルル
 と言う音と共に、まきは現実の世界に引き戻された。
(お、お腹痛い……)

「ねぇ、ゆ、由紀ちゃん」
「ン? どうしたの?」
「今何時?」
「えっとねぇ、ちょっと待ってて」

 由紀は時計を見に自転車の方へ行ってしまった。まきは一人、川の中に取り残された。
  グルルルルルルルルルル……グルルルルル……
(お腹壊しちゃったかな……)

「遅いよ〜」
「ごめ〜ん、今ね、3時だった」
「ならまだ遊べるね!!」
「そうだね〜」

 また腹痛のことを忘れて、川で遊ぶ二人。しばらく経ち
「ねえ、川に来たんだから泳ぎで競争しない?」
 と由紀が提案した。よせば良いのに、まきは
「いいよ、絶対に負けないモンね!」
 と乗ってしまった。

「あの岩まで泳いで行って、タッチしてここまで戻ってこよう」
「良いよ。じゃ、スタート!!」
  バシャバシャバシャ……

 挑戦に乗るだけあり、まきはかなり速い。が、半分まで行った時にまきに異変が起きた。
  ボコボコボコ!!!
(うっ……やっぱり乗らなけりゃよかったかな……)
 今のは一気に息を吐き出したのではなく、まきのお尻から出たガスであった。腹痛が、まきのお腹をじわじわと、しかし確実に襲っていることを示した瞬間である。

(これは、危ないかも……)
 まきは立とうとした。が、ちょうど深い所におり顔が水面にやっと出るような状態である。
(う、運が悪い……)

  ボコボコボコボコ!!!
 再び、彼女がおならをしてしまった。そして今度は
(下痢が……お尻まで来てる……)
 少しでも気を抜けば下痢を漏らしてしまう、そんな危機的な状況にあった。
(ど、どうしよう……)

 すると、下流から水の音がしてきた。由紀がゆっくりとではあるが、休憩していたまきに追いつこうとしていたのである。
(由紀には負けたくない!)

 少し残っている気力で泳ぎ始めた。が、
  グリョリョリョリョリョリョリュリュリュ!!
 今まで以上にはっきりとお腹が鳴った。そして、まきは悟った。
(クロールで泳ぐとお尻の穴が開いちゃう。でも、平泳ぎだと遅いし……)

 二つの足を交互に動かすクロールだと、お尻の穴が常に開き続ける状態になる。だが、平泳ぎの足なら、気を付けの体勢に少しは近づくので、今のまきには楽ができる。
 さぁ、どっちを取る?
 自問自答の結果、まきはクロールにすることにした。意地で由紀には負けたくなかった。

  バシャバシャバシャ……
 速さを取り戻してどんどん岩に近づき、タッチ。振り返ると、由紀はまだ後方にいる。
(これなら勝てる!)

 川の流れに乗り、気を付けの状態で下流まで流れていく。途中、由紀とのすれ違い様、ピースサインを見せ付けた。瞬間
  グルルルルルルルルルルルルルルルグルルグルルル!!
(わわ、漏れちゃう漏れちゃう!)
 慌てるまきを知ってか知らずか、由紀は岩にもうちょっとで触れる所まで泳ぎ着いていた。

(由紀には絶対負けるもんか!)
 まきのその闘争心があだになり、彼女はクロールを泳いだ。そのとき、
  グルルル
  ピシャシャピシャ……

(ああ、出ちゃった……)
 耐え切れず、とうとう下痢を漏らしてしまった。だがまだ、水泳水着に留まる量で済んでいる。
(でも、負けたくない……)

 闘争心がプライドに勝った少女は、腹痛を忘れて泳ぎ続けた。そして、
  ビリュリュリュリュリュリュ!!ブリュブリュブリュブリュリュリュ!!!!
  ボチュチュチュチュチュチュチュチュチュ!!
(あ、だ、ダメ出ないで!!)

 念じ続けたが一度出てしまったものは引っ込まない、なおかつ、一度勢いがついてしまったら、中身がなくなるまでその勢いは止まらない。更に、水中で漏らしているせいか、音が少々変だ。
  ボコボコボコブルルルルルリュリュリュリュリュ!!
(も、もうダメ)
 気力を抜いて、川の流れる力だけで下流を目指す。お尻の力も抜いたので、彼女の我慢の勲章は一気に解放された。
  ボコボコボコボコボコボコボコブリュブリュブリュブリュブリュブリュブリュ!!!!!
  ベチャベチャベチャベチャベチャ!!!!!!
(あぁ、水着からあふれてる……)
 無気力状態のまきがそう判断したのは、自分の下を茶色の煙が流れていったからだ。この色はどう見ても自分が今、体の外に出している物と言わざるを得ない。
(由紀ちゃん……私が下痢を漏らしたのは、誰にも言わないでね……)

 友情は川の流れのように切れなかったのか、夏休みが空けても誰もまきを冷やかさなかった。


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