それは、ありふれた風景だった。
秋なかばの、よく晴れた涼やかな日の午前である。
その小学校の教室では、中年の女性教師が児童たちの前で算数の授業を行っていた。黒板の横に貼ってある時間割には「5年2組」の文字があり、その上にある時計は九時の前半を指していた。窓の外には、校庭と穏やかな住宅街の家並みが広がっている。高学年の児童たちは落ち着いた雰囲気で、丁寧に進められる授業をしゃべることもなく聴いていた。
静かで平和な、絵に描いたような授業の風景。だが、その中に一つだけ、小さな異変が起こっていた。
同じ表情の並ぶなかにあって、一人だけが、異様に顔を歪めている。教室中央の列の、後ろから三番目の席。真っ青な顔で震えながら腹をさすっている女子児童の姿があった。
左右の髪を耳の上で結んだ、格別にすぐれた顔立ちではないものの、子供らしい純朴な愛らしさのある少女であった。ふっくらとしたやわらかげな頬に、目尻の下がったおだやかな眼があどけない。白いブラウスと薄桃色の上着が、華奢な体をやわらかに飾っている。だが、今の彼女は、きわめて少女らしからぬ様をその空間に晒していた。
グウウウウウゥゥゥ〜〜ッ
摩擦の重ねられる下腹から異様な音が鳴り響く。眉を八の字にかたむけ、なさけなく身を震わせながら、少女は音の出元をなじるようににらみつけた。その額には大粒の汗がびっしりと浮かんでいる。
ほどなくして顔を上げると、少女は唇を揉み込みながら壁の時計をじっと見た。時刻はまだ一時間目の折り返しにすぎず、休み時間までは二十分以上を残していた。
憎らしげな目でため息をつくと、少女は視線を伏せさせた。彼女の右手は筆記具を握り続けており、机上に広げられたノートにはイラストの添えられた可愛らしい字が続いていたが、途中から形が崩れ始め、現在黒板を埋めている数字はほとんどまったく書き写されていなかった。
ギュルルルルルルルウゥ〜〜ッ……!
再びおぞましい音色が響くや、彼女はいっそう顔を歪めてその背中を丸めこんだ。熱く湿った吐息を漏らしながら、嘆くように切実な瞳で出元を見つめる。顔を上げ、ほとんど進んでいない時計を凝視すると、彼女は目と唇を押し合わせて野卑なまでに多くの息をその鼻腔から溢れさせた。
彼女が、体調を崩していることは明らかだった。
そして、かかる不調が彼女の身体のどこで起こっているもので、それが今の彼女にどのような症状をもたらしているかもまた、その姿は雄弁なまでに物語っていた。
およそ一千万人。それが、今この国で義務教育を受けている児童と生徒の総数である。
半分が女子であるならば、その数は五百万人ほどになる。
ある、体調不良が存在する。それは風邪と同じぐらいにありふれた身体のトラブルであると認識されており、症状の目に見えて重くない限りは、病気として扱われるにさえ至らない。食事、気候、疲労、ストレス……日常生活のあらゆるものがきっかけとなり、実際に、百人の者がいれば、その状態にある者が一人たりとも存在しないということはまずありえない。
すると、少なくともおよそ五万人を超える女子児童と女子生徒が、日々、程度の差こそあれかかる不調に苦しんでいることになる。
この体調不良はいくつかの症状を伴うが、その中枢は、当事者にある行為を強要することにある。
強要には抗うこともできるが、症状が軽微でないかぎり、他の行為や思考を阻害されるほどの苦悶を味わうことになる。しかもその苦しみは抵抗の長さに比例して膨らみあがるため、多くの場合は症状に見舞われてから三十分以内に、よほど忍耐強くとも一時間以上堪えるのは困難で、行為の許される場所へ駆けることになる。無謀な抵抗を続けた場合は意に反して行為に及ぶことになり、それは時に行為者の名誉を著しく汚損する。
不運にも安息にあらざる日にこの不調を起こした女子たちは、多くが学校という場においてかかる強要と直面することになる。
定められた時限に従い授業を受けねばならない学校では、自由に行動できる時間は限られている。それはすなわち、自由に行為のできる時間が限られていることでもある。やむをえぬ場合には授業を抜けることも許されているが、しばしば不文の抑圧に妨げられる。女子においては殊にその枷が大きい。結果、彼女たちは少なからぬ数が苦しみ悶え、ときには地獄をさえ経験する羽目になる。
もちろん、五万人のすべてがそのような事態に陥るわけではない。
朝から具合が酷く欠席する者、治まったのち登校する者、帰宅してから始まる者もいる。
だが、不都合な場において症状をもよおしてしまう者がいることは、確実なる事実である。どれほどに少なかろうとも、十人に一人は相貌の乱れるほどの苦しみを味わい、百人に一人は地獄といえる状態にまで到達する。五万人の内においては、前者は五千人、後者は五百人である。
だとするならば、それはけして珍しいことではないのかもしれない。
あれから、十分ほどが経った。
静かな教室の一角に、にわかに異臭が漂い始めていた。
たまらず顔をしかめている者もいるほどの、不快に満ちた臭いだった。
その中心には、顔面蒼白で大粒の汗を垂らし続けている少女の姿があった。
彼女は痛ましいまでに眉をかたむけ、背を折り曲げて震えていた。その左手はへこんだ下腹をえぐるようになで続け、紺色のスカートに覆われた尻が椅子からわずかに上がっている。細い足はねじれるようにからみ合い、尻ともどもに剣呑な痙攣を続けていた。
唇を不格好に揉み合わせながら、少女は時計と腹とをかわるがわるに見つめていた。机上のノートは、数行殴り書きがなされたほかはこの十分間に進んでいない。代わりに大きく丸いしみがいくつも連なり、その文字や絵をひずませていた。
周囲の児童も、すでに彼女の異変に気づいていた。隣の男子はそわそわした様子で彼女の横顔を繰り返して見つめ、後ろの女子はひどく心配そうな表情で波打つ背中を見つめている。授業が終わるまでには、なお十分以上の時間を残していた。
ゴウウオグウウウウウウウウ〜〜〜〜ッッ!!
その腹が派手に轟くや、少女は醜いまでに顔を歪めて身体を激しく押し縮めた。患部の肉をつかんで悶絶し、わずかに遅れて右手を尻の底に這いずり込ませる。全身をひねらせて打ち震えながら、彼女は泣きださんばかりの顔で己の腹を凝視した。焼け爛れた悲鳴のような吐息が薄い身体から搾り出される。
息の途切れるが早いか、少女はせわしく姿勢を正すと、首をこわばらせながら顔を上げた。
そして、まぶたをぎゅっと閉じてから開くと、彼女は一気に挙手をした。
「……すみません……」
一拍遅れてか細い声が出されるのと、先生が口を止めるのは同時だった。
「トイレに……、いってきても、いいですか……っ」
たちまちクラス中の視線が集中するなか、上げた左手を震わせながら、少女は揺れる声で言葉を続けた。
「行ってきなさい」
まるで予期していたかのごとく、すぐさま先生は許可を返した。
ほとんど反射的に少女は椅子を引いて立ち上がった。右手を尻から離しつつ、ひどく慎重な様子で歩きだす。眉間に深く皺を刻み、中腰で歩くその姿は、明らかに尋常ではなかった。なさけなく歪んだ横顔を、男子はにやつき、女子は怪訝な瞳で衆目する。震える握りこぶしを腰に押し当て、開けたドアをそのままに廊下へ出てゆく丸い背中を、無数の視界が見送った。
それは、ありふれた光景だった。
小学校の女子トイレ。ピンク色のタイルが広がり、一列に並んだ個室の中から白い陶器がのぞいている。
古めかしくはないが新しくもない、公立小らしい凡庸なトイレで、便器の多くは和式である。洋式は奥に少数が見えるのみだった。授業のさなかにあるトイレは誰一人の利用者もおらず、静謐の中、すべての個室が行為のための空間を開いていた。
激しい音と共に扉が開き、歯を噛み締めた少女が飛び込んできたのはその刹那のことだった。極限の形相で両手を尻に重ね、疾駆に等しい早歩きで直進する。またたく間にその姿は最短の個室に入り、叩き閉められたドアに鋭い音で赤が出る。
灼熱した息を溢れさせながら、少女はスカートの中に手を突っ込みつつ便器をまたいだ。派手に痙攣する両足に純白のショーツが目にもとまらぬ速さで引き下ろされる。間髪いれず厚手のスカートを跳ね上げると、彼女は声にならぬ悲鳴と共にしゃがみ込んだ。むき出された汗だくの尻がしかるべき器へと向けられる。
「ぅっっ!!」
ビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチブボッッ!!!
ブリブリブリブリブビビビビビビビビーーーーーーーーッ!!
瞬間、彼女の肛門は大噴火を開始した。壮絶な破裂音が鳴り響き、粥のごとく崩れた大便が物凄い勢いで便器の中へと注ぎ込まれる。彼女は、腹を壊していた。完全に下痢である。消化を司る器官の乱れが、一人の可憐な少女の何もかもを狂わせていた。
「んんんんんっ、ふっ……っっ!」
ドブボボボボボボブボブボブボブボブボオオブオッ!!
ブチャブチャブチャブチャブウウウウウウウッッ!!
ブリュリュリュブヒブヒビチビチビチビチビチイイイィッ!!
目を押しつぶり全身を打ち震わせながら、少女はおびただしい排便を連続した。大粒の汗がつたう未熟な双球から、休み時間まで我慢のできなかった猛烈な欲求が便器の中へとぶちまけられてゆく。
露わになった彼女の性器はうぶ毛すらない一本の線だった。人形のような陰部とはあまりにも不釣合いな下痢便の濁流がほとばしるたび、はね返った無数の汁が無垢な丸みに付着する。爆発する肛門からも大量の飛沫が噴き続け、便器のふちや白い靴下、先の赤い上履きへと茶色い点を撒き散らした。
「くぅぅぅうーー……ふぅー……」
劇的な排泄が止まると、少女は薄目を開き、肩を大きく揺らせてうめきをついた。
その顔を滝のように汗が流れてゆく。彼女の表情から苦悶は抜けず、細い肉体は切迫した緊張を続けていた。両腕はスカートを巻き込みながら腹をえぐり、両足は力いっぱいに開いたまま閉ざされる気配がない。
汗のしたたり止まぬ尻の下には、おぞましい下痢便の海が広がっていた。
何かの食べ物にでも中ったのか、痛ましく崩れた様々な色や形の未消化物がドロドロに下った便の中に溶けている。便器の底を埋め尽くす大量の排泄物は、それが小柄な少女の腹の中にあったとはにわかに信じられぬ有様であった。
しかし、むき出した肛門を苦しげに息づかせながらしゃがみ込んでいる彼女の姿は、それが真実であると語っている。立ち上る悪臭も相当なもので、排泄されて間もないにもかかわらず、卵の腐ったようなひどい臭いが個室の中に充満していた。
「んふーーっ……!!」
ブーーーーーーーーーーッッ!!
熱病のように身体を震わせながら、少女は盛大に放屁した。
彼女の腹具合がまだ治まっていないことを、その音色は切実なまでに示していた。
「……っ、うぅ……っっ!」
ブリリリリリリリリリリリリリリビチッ!!
ビイイイィィィィイ!! ジュウウウウウウウゥッ!!
いなや身を引き締めると、再び彼女はその肛門を突き広げた。なさけなさをきわめた顔で、汗粒に満ちた尻から渦巻く地獄を瀉出する。いっそう水気を増した下痢便は、その腹の並ならぬ不調をしのばせた。薄く華奢で子供じみた丸みをおびた彼女の尻は、そのあどけなさがひるがえり、今はただ不憫だった。
ブブピ!! ボピッッ!! ブビイッ!!
ビヒイイイイビピピピピピーーーーーーッ!! ブオッッ!!
授業中の女子トイレ。一つだけ使用中の個室から響き続ける下劣な音。トイレ中に広がる濃密な悪臭。
それは、真っ青な顔で腹をかばいながら教室を出て行った女子の姿から、最も想像されうる画面にほかならなかった。そして、かかる用便が容易には終わらないこともまた、予期されたことであろうに違いなかった。
長ければ長く、短ければ短いほどの時が過ぎた。少なくとも、まだ休み時間にはなっていない。
排泄の音が途切れた個室からは、入れ替わりに紙を巻く音が聞こえだしていた。あわただしい音だった。
個室の中には、真顔で尻を拭き続けている少女の姿があった。その瞳にはこの数十分になかった平静が取り戻され、唇をけわしく結んでいた。性器を隠すように膝をはりつけ、赤く腫れた肛門へ次々とトイレットペーパーの束をこすり付けてゆく。ほどなくして面に白のままを認めると、彼女はそれを投げつつ腰を上げた。すばやく下着を引き上げ、スカートの形を整える。
便器には肥溜めを思わせるほどに大量の下痢便が溢れ返り、個室の中は猛烈な悪臭に埋め尽くされて息をするのも困難だった。少女の腹の中で暴れ狂い、その肉体をトイレへと飛び込ませた内容物。もしも手を上げるのがあと少し遅ければ、彼女の人生にはぬぐいようのない汚れが残っていたかもしれない。ペーパーのいくつかは、べったりと茶色の付着した不浄の面を晒していた。
己が生み出した光景を嫌悪に満ちた瞳で見つめると、少女は一気に手を伸ばしてレバーを倒した。
流れる様を見る間もなく、少女は鍵を開けて外に出た。気の張った瞳で手洗い場に立ち、追われるようにしてその両手をせわしく洗う。ピンクのうさぎ柄のハンカチに水気を押し付けると、裏面で頬の汗をぬぐい、濡れ乱れた前髪を形だけ雑に直す。
トイレ中に鼻の曲がるような臭いが満ち、廊下にまで溢れ出さんばかりだった。朝冷えのゆえか窓が閉じているのも原因だったが、彼女はそこまで気が回らなかった。足早に扉を開け、廊下へと歩きだす。
物静かに教室へ入ると同時に、彼女は時計へと目をやった。
授業が終わるまでは五分ほどで、彼女が教室を出てから経た時間もそれとほぼ同じだった。
いくつかの視線が注がれるなか、丁寧にドアを閉め、少女は背を伸ばして席へと向かった。それはごまかしのようでも、つい数十秒前までの己を否定しているようでもあった。
起伏の少ない小さな体に、幼さの残る素朴な顔立ち。子供らしくすこやかに揺れる左右の髪束。一歩ごとに、彼女は無数の女子児童の一人へと戻ってゆくようであった。可愛いらしさを象徴する、その行為とは最も重なることのない存在に。真っ青な顔で便意を堪えている姿も、歯を噛み締めて個室に飛び込む姿も、爆音を鳴り響かせて下痢をする姿も、今の彼女からは幻のように遠のきつつあった。
何事もなかったように着席し、すました姿勢で前を向く。先生は彼女にまるで注意を払わなかった。
開かれたままだったノートを見るや顔をしかめ、すぐさま彼女は幾重にもページをかぶせた。
「なあ……大丈夫か?」
「え、なにが?」
ふいに話しかけてきた隣の男子に、彼女は何気ない様で言葉を返した。
「……いや、その……トイレ行ったから」
「べつに〜? ぜんぜん大丈夫だけど?」
「そ、そっか……じゃあいいや……」
不自然に頬を染めている男子に、ごく平静な声で応対する。
少女はシャープペンシルを手に黒板を見据え、内容を手早く写しだした。
あらかた写し終えたところで、後ろから肩をつつかれた。小さな紙片を渡され、そっと開く。
『おなかの具合だいじょうぶ? あとでノート見せてあげるね』
彼女は耳をかすかに赤らめ、前を向いたまま、きまりの悪そうにうなずいた。
その中学校は、緑の深い山間にあった。
教室の窓からは広い土の校庭とまばらな家屋、すぐ先から続く奥暗い森林と山々が見えている。一帯は果てしなく静かで、清らかな気配は自然に近い。その空は都会よりも青く、紅葉の始まった山の上を、すきとおった白い雲が彼方の嶺までたなびいていた。
まだ朝に近い澄みきった空気のなか、その教室では授業が行われていた。
時刻は一時間目が終わるまぎわであった。席に着いている生徒たちはそろそろ冬服もなじんだ頃合で、男子は詰襟、女子は紺色のセーラー服に臙脂のタイを結んでいる。
生徒らの机上には一枚のプリントが配られており、その半分ほどを占める空白にめいめいが文章を書き込んでいた。正面にある黒板の前には、大きいスクリーンが下ろされたままになっている。どうやら生徒たちは教科に係る映像を見せられ、残りの時間を感想文にあてているようだった。
筆を進めたり見直したりしている生徒らの中に、ひとり、むずかしい顔をしてうつむいている女子生徒の姿があった。後ろの髪を短い二つのおさげにした、素朴で田舎じみた容姿の、およそ目立つことのない少女だった。厚めの前髪が地味な印象を深めている。彼女は奥二重のひかえめな眼を伏せさせ、閉ざされた膝を固くつかんで座っていた。そのプリントには、細く小さな文字で短めの感想がまとめられている。
「列の後ろ、回収してくれ。まだできていない者は、帰りのホームルームで提出するように」
鐘が鳴ると、黒板横の机から男性教師が立ち上がり、その指示で最後列の生徒たちが歩きだした。
窓際の列の中ほどに座っていた少女は、プリントを渡すと、手早くペンケースと教科書類を一つにまとめた。入り混じりながら教卓へとプリントを置き、ゆっくりと後ろの席へ戻ってゆく生徒たち。目を細めてそれを観察する彼女の顔は一人だけ青かったが、気に留める者はいなかった。荒く数えつつプリントを束ねる教師の姿を見つめながら、少女は薄い唇を真一文字に引き締め、背をわずかに折り曲げていた。
「では終わりにする」
その言葉と共に生徒たちは次々に立ち上がった。
小さく息を吐いて自身も席を立つと、教室の出口へと向かうにぎやかな列へ彼女は足早に加わった。のどかに歩く周囲に埋まりながら、もどかしげに歩を進める。
「次って何だっけ?」
「社会」
「うわー、小テストの勉強ぜんぜんやってない……」
何気ない会話が聞こえて来るなか、彼女だけは眉間を寄せ、唇を押し合わせて静かだった。視聴覚室の標が掲げられたドアを抜けて廊下に出る。
「やばかったね昨日の」
「あはははは! でもさー」
廊下には「2年A組」の標が遠からず見え、ばらけた列がそこへ向かって続いていた。
前後と共に歩きながら、しかし彼女は教室ではなくその反対側に見える扉のみを見つめていた。二つ並んだ無骨な金属の押し扉の片方で、上部のくもりガラスに「女子手洗」のプレートと赤い人の形が貼られている。そこに視線を絡みつけながら、彼女は教材を腹の脇に押し付け、重いため息を吐き出した。
少女の姿に何ら目立つものはなかったが、やや遅れて廊下に出た二人の女子が、彼女の背に目をやっていた。一人がそれを指差し、もう一人がうなずく。二人とも、彼女と同じような純朴な容姿をしていた。
教室まで数歩のところで、少女はふいに流れから外れた。著しく進路を変え、向かいの扉へと直行する。唇を噛み締め、赤いしるしをにらみながら彼女は進んだ。立ち止まることなく扉を押し込み、背を曲げて中へと入ってゆくけわしい横顔を、幾人かが見つめていた。
それは、古い写真のような景色だった。
何十年も前に造られたであろうままの、灰色の細かいタイルが敷きつめられた女子トイレ。中は薄暗く、入口のわきから奥まで狭苦しい和式の個室が続いている。白く塗られたドアと仕切りは、色がくすんで所々に底の材木が剥けている。端にある窓だけがまぶしいほどに明るく、土と秋風の濃い匂いが流れ込んでいた。
隣のクラスも使うトイレで、すでにいくつかのドアが閉ざされていた。
眉間の皺を深めて腹を抱えながら、少女は並ぶ個室を見渡した。ちょうど中ほどの個室に前後の使用中と一つ以上離れているものを見つけると、彼女はすぐさまその中へと入っていった。
すばやく鍵をかけ、もどかしげに息を漏らしながら、教材を床に置かれた予備のロールに押し乗せる。いなや便器をまたぐと、彼女はせわしく数回腹をさすり、膝を覆うスカートの中へその両手を挿し込んだ。ひかえめなレースの付いた下着をつかみ下ろし、荒々しい手つきでスカートをたくしあげる。
彼女の肉体は瑞々しい村娘のそれだった。丸く実った尻が露わになるや、その肉で空気を圧しのけてしゃがみ込む。股を大きく開いて汗に蒸れた肛門を便器に突き出し、せつなく顔を歪めつつレバーへと右手を伸ばす。
唇をすぼめ、まぶたを重く閉ざしながら、彼女は力をこめてレバーを倒した。
「んふっっ!!」
ブピッッ!!! ビチビチビチビチビチ!! ブオッ!!!
水洗の音が轟くや、少女は爆発的な排便を開始した。水音を貫く巨大な破裂音と共に、ほとんど形のない大便が尻を跳ねさせて溢れ出す。同時に搾り出すような大きい吐息が個室に響く。
「……っく、ふっ……っ!」
ボチャボチャボチャブポポポポポポポポポッッ!!
ビチブオオオォォッ!! ドブボブボブピピピピブヒッ!!
ボピブピビュヂュヂュッ!! ジュウウウウウゥッッ!!
彼女はひどく下痢をしていた。全身をなさけなく震わせ、苦しげに蠢く肛門から次々と水のような内容物を出してゆく。便器の中をばらけながら流れてゆくそれらは、みっちりと張りつめた健康的な尻とはすこぶる不似合いなものだった。畑で採れたばかりの野菜のような両脚が、懸命にその肉体を支えている。生娘を絵に描いたかのごとく垢抜けない彼女だったが、その性器は陰毛に覆われて成熟していた。
さなか、唐突に彼女は括約筋を引き締めて排泄を止めた。
こわばりきった顔で身を縮め、肛門をむりやりにすぼませる。尻を波打たせて幾重にも腹をえぐると、彼女は再びレバーを倒した。
「っふっぅっっ!!」
ブボオオオオブビブビブビブビブビビビビイィッ!!
ブウウウウウウウウウウウゥゥゥーーーーーーーーッッ!!!
流れなおす水流の中に、前にもまさる勢いで大量の下痢便が注ぎ込まれる。いなや猛烈な放屁がなされ、水洗の音が吹き飛ばされんばかりに飲み込まれる。豪快なまでの放屁は、揺れる尻の周囲におびただしい飛沫を撒き散らした。さなか、入り口で扉の押し開けられる音が連なったが、それを気にする余裕は彼女になかった。
ブーーーーーーーーーーーーッッ!!
続けざまに屁が溢れ、めくれ返った肛門からトイレ中に壮絶な音が響きわたる。
いきみを抑えるようにか口を深く揉み込んでいる彼女だが、下痢をした穴だけはどうしようもなかった。全身にじっとりと汗をにじませ、唇の埋まった無様な顔を燃えるように赤面させながら、彼女は避けることのできない行為を続けていった。
休み時間もなかばになると、トイレの利用者は最大に達する。
広からぬ空間を色濃いセーラー服が埋め尽くし、華やかな会話は絶えることを知らない。壁沿いに小さな列が形作られ、次々と個室の出入りが進んでゆく。
ブゥピッ!! ビィッ!!
ありふれた風景のなか、一つだけ、固く閉ざされ続けている個室があった。
使用中を示す赤色が確固としてその錠に鎮座をし、中から繰り返し聞こえてくる水洗と不浄の音が、ドアの開かれえぬ理由を明晰に語っている。
ピーーーーッブビビビビビ!!
断続的に響く音色から、個室の中の光景を思い描くのは容易だった。
同じ学年の誰かが大便をしている。腹を壊して尻をむき出し、苦悶の格闘を続けている。
個室の中には、それとたがうことのない姿があった。
はち切れんばかりに染まった頬で便器にしゃがみ込んでいる一人の少女。その下半身は野卑をきわめた格好を狭い空間に晒している。一切を隠されえぬ性器と肛門。小刻みに震え続ける左右の上履き。陶器を捉え続ける彼女の底は、流れやまない汗と汁でべったりと濡れている。
搾り出すような排泄のたびに、彼女は重く吐息を漏らして腹をさする。眉を痛ましくかたむけて左手を往復させ続け、おもむろに再びレバーを倒す。
ブウウウジュウウウゥッ!! ブオッッ!!
臭ってくるような下痢の音。それは、年ごろの少女が奏でてはならぬ音色といっても過言でなかった。
だが、耳にしている女子らの中には、露骨に嫌悪を示す者も揶揄をする者もいなかった。それは堪えがたい羞恥と苦しみを味わっているであろう行為者への同情からか、いつ自分自身が同じ目に陥ってもおかしくないことを知っているからか、あるいはすでに経験があるからなのかもしれなかった。
音は、途切れながらも途絶えなかった。
一分、二分、三分……。時間はすぐに過ぎていった。
休み時間が終わりに近づくと、あれほどいた利用者たちは潮を引くように姿を消した。
続けざまに個室を出た二人組が会話を交わしつつ手を洗い去ってゆくと、トイレの中には一つの個室が閉ざされたままのほか誰一人いなくなった。
静寂がなじむころ、一人の女子が入ってきた。少女の背を何気なく指差していた生徒だった。
彼女はおもむろに手洗い場に立つと、ポケットからゴムを取り出し肩にかかる髪をまとめ始めた。授業の隙間になされうる、ごく自然な行為だった。
さなか水洗が響き、かわいた開錠の音と共に、個室から少女がその姿を現した。
重く青ざめた顔で腹をさすりながら出てきた彼女は、手洗い場に立つ存在に気づくや、きまりが悪そうに姿を正した。
「……大丈夫?」
結んだ髪の形を整えながら、女生徒は静かにたずねた。
「うん……」
目を伏せ、無骨な蛇口をひねりつつ少女は答えた。
「お腹、調子悪いの?」
「……うん……」
少女は頬を赤くした。教材を脇に挟み、手早く、しかし入念にその両指をもみ合わせる。
「ごめんね、二人で勉強してた?」
薄い花柄のハンカチで手を拭きながら、ようやく彼女は横を向き、言葉らしい言葉を口にした。
「いいよいいよ。それよりさ、どうしたの。もしかして、かなり具合悪いんじゃないの?」
己へと向けられるよどみのない親身な瞳に、少女は困惑ぎみに沈黙した。だが、にわかにそばへ寄ると、手のひらと唇をそっと相手の耳へと近づけた。
「…………ピーピー。朝から……」
真っ赤な顔で眉をかたむけながら、彼女は聞こえぬ寸前の声で罪を告白するかのようにささやいた。
「そっか……。今は落ち着いてるの? まだ具合悪いなら無理しないほうがいいよ」
「なんとか……それに、小テストもちゃんと受けなきゃだし」
わずかな沈黙の後、友達が静かに言葉をつむぐと、少女は小さく腹をなでながらつぶやいた。
「お腹痛くなったらすぐトイレ行きなよ」
「うん、そうする……」
「じゃ、行こ。もう休み時間終わっちゃう」
そうして二人は歩きだした。友達が先を行き、ドアを押し開け手で押さえる。さなか、そっと腹に手を当てて気弱な瞳を見せたが、少女もすぐに後へと続いた。
二時間目の始まる鐘が鳴ったのは、二人がトイレを出てからすぐのことであった。
ビイイイイイィッ!!
二時間目の終わりからまもない休み時間。古びたトイレに、激しい音色が響いていた。
繰り返される音消しの水洗と、それを貫く下痢の音。トイレを行き来する生徒らが見て見ぬふりをしているその様は、まるで五十分前の再現だった。
ブヒッッ!! ボピッ!!
個室の中では、下痢に冒されきった下半身が無様な姿を晒していた。
腹をさすり続ける手と熱い息。便器へとむき出された汗だくの尻。震える肛門から溢れ出す茶色の水分。
多くの者から思い描かれ、それとたがわずなされている光景もまた、前と同じ映像を再生しているかのようであった。異なるのは、ほぼ個室の位置のみである。
プウウウゥゥゥゥウウウ!!
中ほどの個室が開き、髪を結んだ女生徒が真顔で出てきた。列に並んでいる一人に話しかけられ、小声で一言二言会話を交わす。そして、赤い表示の輝く入口わきのドアを胸痛げに見つめると、彼女は目を伏せて手洗い場へと向かっていった。
同じころ、そのトイレは、いまだ静寂の内に包まれていた。
個室のみが左右に備え付けられた風景と、淡いピンク色をしたリノリウムの床が、その空間が女子トイレであることを示している。右側の列が和式、左側が洋式で、和式のほうが一つだけ数が多い。個室の中には女の子のイラストが付された子供向けの注意書きが貼られており、どうやら小学校のようだった。
比較的新しい清潔なトイレで、開け放された奥の窓からは心地よい秋の風が入ってくる。
開かれた個室からのぞく一つ一つの白い陶器は、じきに訪れるであろう少女たちを待ち望んでいるかのようであった。もし仮にその陶器で脳を満たしている極限状態の肛門が存在するとしても、そのような姿はまったく想像もできない、平和な景色が続いていた。
数分後、低い鐘の音がトイレの中へと聞こえてきた。
二時間目の終わりと休み時間の始まりを告げるチャイムである。数多の日々に奏でられてきた、長きにわたり変わることのない旋律が、ゆっくりと静かな空間に流れてゆく。
それは、いまだ鐘の鳴り続けているさなかのことであった。
ブーーーーーーーーーーーーッッ!!!
突然、床を激しく叩く音が猛然と迫ってくるや、真っ青な顔をした少女がトイレの中に飛び込んできた。
高学年の、短い髪ではっきり耳を出した気の強げな少女だった。その顔中を尋常ならざる汗と皺でねじ歪め、彼女は両手を尻に刺して切羽詰まった疾駆で最速の個室へと転げ込んだ。
ブリブリブリブリブリブリブブブブブブウ!!!
中に踏み入ると同時に、その尻で猛烈な破裂音が開始する。灼熱の吐息と共に両手を跳ね上げ、便器をまたぎながら彼女は引きちぎるようにしてハーフパンツのボタンを揉みはずした。
ブググブビュリュリュリュリュリュリュリュリュ!!
激しく痙攣する膝を折りつつ下着ごとパンツをひっつかみ凄まじい速さで引きずり下ろす。
「はあっっ、っあ!!」
ブボッッ!! ベチャベチャベチャベチャベチャブオッ!!!
中腰の尻が露わになるや、おびただしい下痢便がその直下に撒き散らされる。全開の姿でむき出された肛門から土石流を床へとぶちまけながら、彼女はえぐるように尻を突き出して便器へとしゃがみ込んだ。
「んんんふうううっっ!!」
ボタボタボタボタブボボボボボブブオオオオブボッッ!!
ビチビチビチビチビチビチビチビーーーーーーーーーッ!!
ブオブビビビビビビヂビヂビヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!
下着からなだれ落ちる泥と共に、下痢まみれの尻から同色の奔流が劇的な勢いで噴出する。崩れるがごとく底を打ち震わせながら、その為の器へ向けられた双球が張り裂けんばかりに内容物を出してゆく。鳴り連なる極大の轟音。隆起をきわめた肛門は炎を噴いているかのようだった。今にもくだけそうに膝を揺らせながら、彼女は地獄の形相で破滅的な排泄を繰り返した。
ブウウウウウウウウウウウウーーーーーーーーーーッッ!!!
さなか大量のガスが尻から溢れ、壮絶な音が響きわたった。真っ赤にめくれた肛門から盛大に飛沫が放たれ、便器の余白や左右の足へと無数の茶色が付着する。苦しみの渦を大腸が搾り尽くすような放屁で、彼女の排泄口は焼け付いた器械のごとく息を上げた。
「っはあ!! はぁっ!! はっっ!」
融け落ちるように全身を痙攣させながら、少女は肩を跳ね上げさせて息をついだ。
にわかに開かれた眼は大きく、濃い眉毛と相まり意志の強さを感じさせるが、まだその焦点は合っていない。左右の毛を耳にかけて前髪をピンで整えている彼女は、清潔に出された顔の肌という肌から絶えることなく大粒の汗を垂らしていた。
彼女の腰から下は下痢便の海だった。張りつめた尻は黄土がかった茶色で塗り尽くされ、ふとももに下ろされた淡い水色のショーツも同じ色に染まっている。その真下にある陶器はドロドロの未消化物で溢れかえり、底からふちまで直上の丸みと等しい色で埋まっている。後ろの床には、壁にまで達するほどに大量の下痢便が広がっていた。便器をまたぐ両足を包む靴下と上履きにも、数えきれないほどの茶色いしみ。……彼女は、下痢を漏らしてしまったに相違なかった。
……キュウウウグゥゥゥゥ〜〜……
それまでに幾度となく鳴ってきたであろう音が、残滓のように腹をこぼれる。
鼻の曲がるような悪臭を浴びながら、少女は眉を大きくかたむけて己のしでかした現場を見下ろしていた。
あと一秒堪えることができていれば、光景はまったく違ったはずである。腹を下し、休み時間まで下痢の我慢を続けておきながら、トイレまで間に合わず……。少女は喉を跳ねさせた。彼女の体格は中学生に近く、薄いピンクでひかえめに英字と動物が印刷された白地のトレーナーには、胸に確かなふくらみが見えていた。顔立ちも肉体も、”おもらし”をしてしまうようにはとても見えなかった。
さなか、彼女は目を剥いて開いたままのドアを見た。いなや立ち上がり、体ごとぶつかりドアを閉め、仕切りに全霊で押し付けつつ施錠をした。がに股で下痢まみれの下半身を震わせながら、彼女は狂おしく目を見開き、膨れ上がった鼓動を胸の外へと溢れさせた。
あわただしく閉まるドアを、三人の女子がトイレの入り口で目にしていた。
見えたのは、ドアの閉じきる瞬間と浮かぶ表示のみである。ちょうど入ってきたところの彼女らは、立ち止まるでもなく歩を進めた。一人が怪訝な顔で口元を覆う。そうして赤いしるしの前で立ち止まると、三人は困惑と憂慮の眼差しでドアを見つめた。おもむろにノックしようとした者を、別の者が手で制す。目を交わしつつうなずき合うと、彼女らはそこで離れ、おのおの洋式の個室へと入っていった。
間を置かず、次々と利用者が入りだす。顔をしかめる者も少なくないが、立ち去るまでには至らない。トイレの中が華やかな雑踏で満ちたのは、それからすぐのことであった。
再び鐘が鳴ってから、すでに五分を過ぎた。
三時間目の授業が始まった女子トイレ。静寂に沈んだ空間で、少女は尻をぬぐい続けていた。
排泄と変わることのない姿勢で便器にしゃがみ、今は肛門を拭いているところであった。
下痢にまみれた尻たぶの底へと紙が押し付けられるたび、べったりと茶色が付着して便器に落ちる。
大股を開き、目を赤くにじませながら、彼女は最低の行為を繰り返していた。腰から下に着けていたものをすべて脱ぎ、はだしで便器をまたいでいる。その横には、汚物と化したショーツとしみ込んだ汁で紺色が深まったハーフパンツ、靴下の押し込まれた上履きが並べられている。陰部の始末をまず終わらせたようで、正面だけ吸い付くような肌色を取り戻した下半身には、幼い形を残した女性器とまばらに生えた細い陰毛が見えていた。
授業が始まっているにもかかわらずトイレから戻らないというのは異常事態だが、このままではどうあがいても動けない。便器の後ろにぶちまけられた下痢便は手付かずで、物凄い悪臭が個室の中に充満していた。己が生み出したおぞましい臭気に眉を深く寄せながら、彼女は見るに堪えぬ姿で下痢の始末を続けていた。その唇は潰れるほどに噛み締められ、すべてを吐き出した肛門は固くすぼまって震えていた。
「渡辺か?」
さなか、ノックがなされ若い男性の声が聞こえた。少女は瞳を広げ、著しく狼狽した。
「大丈夫か? 腹の具合でも悪いのか?」
沈黙を経て、再び声が重ねられる。トイレットペーパーを肛門に押し付けた状態で少女は硬直していた。
「……すみません。ちょっと……」
幾秒か遅れ、顔を真っ赤に染めながら彼女は答えた。
「そうか……。授業が始まっても戻ってこないから心配してな。さっきも急に走りだしたから驚いたし……」
少女は目を幼児のようにぎゅっとつぶった。ひどく気まずい空気が無音の中に沈殿する。
「下痢をしてしまったんだな? 腹痛が酷いとか、気持ちが悪いとか、そういったことはあるか?」
「おなかを壊しただけです」
やがてなされた問いかけを、少女ははっきりした声で否定した。
「病気だとか、そういう感じではないんだな? まだしばらくかかりそうか?」
「……はい……。すみません」
「具合が悪いときは仕方ない。じゃ、先生は教室に戻るな。急がなくていいから、落ち着いたら戻ってこい」
体をひねって下痢便にまみれた床を見つめながら、少女は小さく鼻をすすった。
「……何か困っているようなことはないか? 保健の先生に来てもらったりはしなくても大丈夫か?」
いったん離れかけるや、再び声はそう尋ねた。
「大丈夫です」
「わかった。お大事にな」
気配は今度こそ去っていった。
完全な静寂が戻ると、少女は肛門に貼り付いていたペーパーを引き剥がした。
一面に茶色が塗りつき、所々がはがれている。それらは、彼女の肛門に薄い膜のようになって付着していた。トイレットペーパーの山と化した便器の中へ、新たな一つを投げ落とす。
再び紙を巻き取りながら、少女は派手に鼻をすすった。
彼女の瞳は力強く、その顔立ちには女児らしからぬ凛々しさがあった。甘く香るような可愛らしさにこそ欠けるが、内に秘めた芯の強さが浮かび上がってくるかのような、純粋な美しさのある顔だった。
ふいにその眉を大きく八の字にすると、彼女は小刻みに鼻をすすりだした。抗うように顔の肉を引き締めるが止まらない。束ねた紙を握りつぶしながら、彼女は唇を醜く突き出し揉み合わせた。顔を激しく歪めると、とうとう彼女は押し合わせたまぶたから大粒の涙をこぼし始めた。
声を漏らさず、鼻だけをすすりながら、彼女は本格的に泣きだした。肩をひどく震わせ、乳児のように顔を赤らめて涙を流す。鼻の穴を無様に広げ、鼻水さえも溢れさせた。それは下半身ともども、いかなる他者にも見せられぬ姿であった。生涯忘れることのできない、彼女の人生で最低の光景にさえなるであろうものであった。
ある小学校の、三時間目の女子トイレ。
閉ざされたドアと漂う異臭のほかは変わりばえのない風景である。
その外では、教室では授業がなされ、校庭では児童らが走っている。絵に描いたようにありふれた、ただ平和な日常が続いていた。
一人の少女のはちきれるような胸の痛みを、彼女のほかには誰も知らない。