No.05「おくすりはひかえめに」

 滝川 葵 (たきがわ あおい)
 10歳 みそら市立下里第一小学校5年2組
 身長:142.9cm 体重:35.4kg 3サイズ:65-49-70
 短く切りそろえられた黒髪が健康的な、元気で明るい女の子。

 ヒロインの物語開始直前一週間の日別排便回数(←過去 最近→)
 0/0/1/0/0/0/0 平均:0.1(=1/7)回 状態:便秘

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(やっぱりやめとこうかな……)
 葵は毎朝の楽しみを優先し、ジュースを飲まないでとっておくことにした。
 静かに冷蔵庫の扉を閉めると、葵は少しもの悲しそうな顔で二階へと戻っていった。

「はぁ……」
 部屋に戻った葵は表情をいっそう暗くした。相変わらず下剤を飲む勇気が出せないのだ。
 葵はベッドに横たわって手足を伸ばすと、大きなため息をついた。
 時刻はもうすぐ九時半だから、そろそろ飲まないと、最悪の場合、学校でもよおしてしまうことにもなりかねない。
 それでも葵は下痢が怖くてなかなか勇気が出せなかった。

 『おなかがぐうーって、痛くなるの……』『うんちも下痢みたいになっちゃう』『おなかピーピーになっちゃった……』『わたしおなか痛くて早退したんだよ』『その次の日は休んじゃったし……』『……とにかくたいへんなことになっちゃうから』『あれだけはやめたほうがいいと思うよ』
 便秘という苦しみを解消するために決死の覚悟で下剤を買ったというのに、今の葵は下剤によって引き起こされる新たな苦しみに脅えているのである。
 葵は臆病な自分を泣きたいほどに嫌悪した。心底情けなくて怒りに体を震わせた。

(早く飲まなくちゃ……おなかピーピーになってもうんち出さなくっちゃ……)
 しかしそれでも、頭では分かっているにも関わらず、葵はいつまでも起き上がることができなかった。
 そうして横になったまま飲もう飲もうと思っているうちに……相当に疲れていたのだろうか、葵はいつのまにか甘い眠りの世界へと吸い寄せられてしまった。


「――!!」
 次に葵が意識を得たとき、部屋は薄暗く、カーテンの隙間からは光が差し込んでいた。
 驚いて灯りをつけた葵は、時計がすでに六時半を指しているのを見て愕然とした。朝まで寝続けてしまったのだ。
(コーラック飲まなくっちゃ!)
 瞬間、自身の臆病さと間抜けさへの怒りにも等しい反省から、葵は激しい強迫観念に取り付かれた。もう何が何でも飲まなくてはいけないと感じた。再び葵の思考は下剤を買おうと決心した時に戻ったのである。
  ガラララッ!
 葵は慌てて机の引き出しをあけ、中からコーラックの箱を取り出すと、すぐにピンク色の小粒を薄いアルミ板から押し出し、汗で湿った手のひらにのせた。あまりにも鮮やかなピンク色を見て、葵は一瞬躊躇し喉をごくりと鳴らした。
「んくんっ……!」
 が、次の瞬間ついに二粒をまとめて小さな口に放り込み、一思いに唾液で飲み込んでしまった。

(……。飲んじゃった……コーラック……)
 小さな物体感が喉を通り落ちると、葵は急に冷静さを取り戻した。
 とうとう下剤を飲んでしまったと思い、恐怖と後悔の念が生じて表情を暗くした。
(やっぱり……、ゲリ、するかな……?)
 ベッドに座り込み、重く膨らんだおなかをゆっくりとさすった。
 この中身が、これから半日も経たない内に全部出てくるというのだ。きっと物凄い量の大便をすることになるだろう。
(やだな……おなか痛くなるかな……恥ずかしい音とかでちゃうかな……、でも……)
 下痢は怖い。初めて飲む下剤。自分のおなかに何が起こるか考えるのが怖い。――けれど。
(もう、こうするしかないんだ……)
 この苦しみから逃れるためなのだから。仕方がない。そう何度も何度も葵は自分に言い聞かせた。

 目が覚めたのは尿意によるものだったので、それから葵はトイレに行ってちびちびとおしっこをした。
 その最中に時間を逆算し、学校で効いてきてしまう可能性が高いことに気付いた。が、すぐにそれ以上の思考を止め、もう何も考えないことにした。
 それからベッドへと戻った葵はそっとおなかに手を当てて、脅えと満足を半々に合わせた表情で眠りへと戻った。


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 朝の七時半に、葵は目覚ましの音で目を覚ました。
 真っ先におなかへと気を配ったが、まだ何も起こってはいなかった。
 わずかに腸が蠢くような感じもするが、はっきりと知覚できる程度ではない。やはり飲んだのが遅すぎたのだ。

 おなかのふくらみは前日よりもさらに大きくなっていたが、葵はそれから意識を逃した。
 部屋はかなり暑く、たまらず葵は冷房のリモコンに手を伸ばしてスイッチを入れ、冷風を顔に浴びせて涼んだ。
 それから歯磨き洗顔放尿といった毎朝の日課をこなすと、葵は部屋でパジャマを脱いで袖と肩先だけ淡いピンク色に染められた可愛らしいデザインの白い女児用シャツに着替え、男子が着用する半ズボンに似た形をした裾の短いホットパンツを穿き、そして居間に下りて半切れのパンをもそもそと食べた。
 テレビには天気予報が映っていて、今日は相当に暑い一日になるようだった。
 せっかく残しておいたジュースはその後健太に飲まれてしまったそうで、葵はすでに家を出発してしまった兄を恨み、もう二度と口をきかないと固く誓った。

「はぁ……」
(もし授業中にしたくなっちゃったら、やだな……)
 葵は授業中に便意に襲われることを恐れていた。何分間も戻れなかったらきっと大きい方だとばれてしまう。
 手を挙げてトイレに行くのはちゃんとできる自信があるが、大便をしたのだとクラスメートたちに知られるのは恥ずかしくて嫌だった。小学校高学年の女の子なのだから当たり前である。特に男子には絶対に知られたくない。
 葵は沈鬱な表情で家を後にした。


「――おはよう葵ちゃん」
「あやちゃん、おはよ……」
 家を出てすぐ、昨日別れたのと同じ場所で葵は綾香と再会した。毎朝そこで待ち合わせて一緒に登校しているのだ。
 二人はいつものように挨拶を交わしたが、昨日のことが一晩開けて恥ずかしく感じられるようになった上、互いに心配事で頭を満たしていたから、どちらもあまり元気が無かった。
 そのため、並んで歩き出すも、なかなか会話は始まらなかった。
 互いにちらちらと顔色を伺いあい、時に目を合わせてしまうとすぐにそっぽを向き合った。

「コーラック、飲んじゃった……」
 先に口を開いたのは葵だった。綾香はそれを聞いてどきりとしたが、おおかた予測はついていたので、葵が思っていたほどには驚いた様子を見せなかった。
「ごめんね……あやちゃん、やめたほうがいいよって、言ってくれたのに……」
 綾香が黙っているので、葵はさらに続けた。
 綾香はどう反応すれば良いか分からなくて黙っていたのだが、葵はアドバイスを無視したことで綾香を怒らせてしまったのだと思っていた。
「……でもね、やっぱり、……その……少しでも早く、出しちゃいたかったんだ……」
 葵は恥ずかしそうに下を向きながらしどろもどろに話し続けた。
「ううん」
 それまで何かを考え込んでいるふうだった綾香は、そこまで聞いてようやく口を開いた。
「わたしも、葵ちゃんの気持ちよくわかるから。――だから、気にしないで」
「ありがとう……でも、ほんとにごめん……」
 綾香の優しい声を聞いて、葵はふわりと気が楽になった。

「……でも、今はおなかの具合、だいじょうぶなの……?」
 それから綾香がそう尋ねると、葵は「うん」と言ってうなずいた。
「飲んだの遅かったから……、まだ効いてきてないみたい」
「えっ……!?」
 葵が答えると、綾香は驚いた表情を見せた。葵がもう大便をすませたとばかり思っていたからだ。
「……そうだったんだ……」
 しかし同時にある疑問も解け、綾香はどこか納得したような雰囲気も見せた。
 実は、さっきから葵の平然とした様子に違和感を覚えていたのだ。コーラックを飲んで、もしすでにその効果が表れているとしたら、葵は今頃トイレから離れられないほどに酷く下しているはずである。そうなると、そもそも学校に来ること自体困難だし、仮に無理をして家を出たとしても、こんなに平然としていられるわけがないのだ。

「いつ飲んだの?」
「朝の、たぶん六時半ぐらいかな……」
(……それじゃあ……)
 きっと学校で下痢が始まってしまう、と綾香は思った。それもただの下痢ではなく、猛烈な便意と腹痛を伴う凶悪なものに襲われることになる。
(葵ちゃん……大変だよ……学校でピーピーになっちゃうよ……)
 綾香は締め付けられるような痛みを胸に覚え、密かに小さく震え始めた。
 すぐ未来の葵が痛ましく下痢をしている姿を思い描いてしまったせいである。が、それが体の震えにまで至ったのは、彼女の今置かれている状況が半年前の自分のそれと酷似していることに強く脅えたからであった。

 ……実のところ、綾香は半年前、下剤が効きすぎて学校で下痢を漏らしてしまっていた。
 授業終了と同時に駆け込んだトイレで、一週間分の大便を全て下着の中に吐き出してしまったのだ。
 その後は個室に篭もり続けたため、担任と保健医、そして母以外には知られずにすんだが、この事件は綾香の心に深いトラウマを残していた。

(……葵ちゃん……わたしはコーラックのせいでウンチ漏らしちゃったんだよ……)
 綾香は記憶の奥底に封印していた茶色い悲劇を思い起こした。
 涙の出そうな腹痛、体中の力を吸い取る便意、下着の中を蠢く下痢便の生暖かい感触、やってしまったパンツの異常な重さ、その中身を見た時の胸詰まる絶望、個室中を満たす吐きそうな悪臭、心を蝕む焦燥感――。
 それらの光景は今でも時折夢の中で再現され、綾香のパジャマを冷や汗でぐっしょりと湿らせていた。
(わたしみたいなことには、なっちゃダメだよ……)
 まさか、葵ちゃんがそんな情けない失敗をするはずがない……。そう理解してはいたが、綾香はなぜか不安だった。
 どういうわけか頭の中に、あの時の自分と同じ苦しみを味わっている葵の姿が浮かんでしまうのである。

「もしおなかが痛くなったら、授業中とかでも絶対すぐにトイレ行ったほうがいいよ……」
 わずかなのち綾香が真剣な表情でそう言うと、見つめられた葵もつられて同じ表情でうなずいた。
 授業中でも普通にトイレへ行けそうな葵にとっては無用の助言だったのかもしれないが、綾香はそれを伝えずにはいられなかった。彼女が漏らしてしまったのは授業が終わるまで無理な我慢を続けていたのが原因だったから、そのアドバイスはまさに彼女にとって究極の教訓だったのである。

 そして、それを最後に綾香は口を閉ざしてしまった。困惑した表情で恥ずかしそうに唇を尖らせ、何を口にすれば良いか分からないといった様子であった。同時に葵も自身のおなかのことを改めて心配し始めて険しい表情で無口となり、そのまま二人はほとんど何もしゃべらずに校門へと至った。

 葵の小さなおなかとおしりは、今は眠りについているかのように穏やかで静かだった。
 まるで、来るべきその時を待っているかのように……。


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「――では、帰りの会を始めます!」
 五時間目の授業が終わってから数分後の教室に、日直の女子の声が響いた。
 担任の伊藤先生が急用で帰宅してしまったため、教卓には一組の担任の小林先生が代理監督として座っていた。そのためか、クラスはいつもよりも少し静かである。

(よかった……)
 葵はほっとしたような表情で黒板を眺めていた。
 結局、朝の会から五時間目まで、四時間目に急用で帰宅した伊藤先生の代わりとして嫌いな先生が来るというハプニングこそあったものの、特に何事も無く終わったのである。下剤を飲んでから約八時間が経ってはいるものの、葵はまだ便意に襲われずにすんでいるのだ。授業中にトイレに行って大便をするという羞恥を味わわずに家に帰れることになったのである。
 二時間前から便意に脅え続けてきた葵にとって、この予想外の幸福は大きな安堵をもたらすものであった。

 ――だが、もちろん葵はまだ全ての恐怖から開放されたわけではない。
「はぁー……」
 葵はふくらんだおなかをこっそりとさすりながら、ゆっくりとため息をついた。
 まだ便意こそ訪れていない葵のおなかだったが、小さなうなりとわずかな痛みは、五時間目の後半から発し始めていたのである。
(……早く終わらないかな……)
 帰りの会が淡々と進んでゆく中、葵は独りその一刻も早い終了を望んでいた。
 なんとなくではあるが、そう遠くない内に便意が訪れるような気がするのだ。
 どうせ下痢の苦しみからは逃れられないのだから、せめて早く家に帰って、絶対的に安全な環境で便意を迎えたかった。健太は部活で夕方まで帰ってこないから、家のトイレでなら何の気兼ねもなく排泄ができる。
 授業中にトイレに行ってうんちをしてくる羞恥と比べればだいぶましではあるものの、やはり学校で大便をすることには抵抗がある。ましてこれから葵が排泄することになるのは激しい音と臭いを伴う下痢便であるから、その思いはなおさらだった。

  クグウゥーー
「ん……っ……」
 一分間ほど静かだったおなかが再び鳴り、葵は今までよりも少し強い痛みをおなかに感じた。下剤がその効果を着実に働かせつつあるのである。
 葵は手の動きを止め、いつしか熱を発するようになっていた自身のおなかの具合を気遣った。
 そのふくらみは朝よりもまた少し大きくなっていて、これが全部うんちだなどとは、もう想像するだけでもおぞましいことだった。

  キュルルル……
「……ぁ」
 そして次におなかが鳴ってすぐに、葵は急に頬を紅く染めた。
(おならしたくなっちゃった……)
 便意が訪れてしまったわけではないが、代わりにおならをしたくなってしまったのである。
 直腸から肛門を押している気圧はかなり強いもので、音を立てずに体外に放つのはやや難しそうだった。
(学校の外までガマンしなくちゃ)
 そう思って葵が肛門をぎゅっと閉めたちょうどその時、
「――では帰りの会を終わります。起立!」
 ようやく帰りの会が終わった。すぐに周りの生徒が立ち上がり、葵ははっとして後に続いた。
「気をつけー、礼! さようなら!」
「はいさようなら。気をつけて帰ってね」
 クラス全員が声を揃えて挨拶をし、先生がそれに応える。いつも通りの帰りの会の光景だった。

 そして葵は椅子に座ると、まだ机の上にあった連絡ノートと筆箱を慌ててランドセルの中に詰め込み、さっと立ち上がった。
「葵ちゃんっ」
 すると、すぐ傍に綾香が立っていた。綾香は帰りの会が終わるよりも早く帰り支度をすませていたのである。
「おなか、だいじょうぶ?」
「うん。……だいじょうぶ」
 心配そうな、しかしどこか安堵したような表情で尋ねる綾香に、葵はランドセルを背負いながら答えた。本当は少しだけ大丈夫ではなかったが、一日の学校生活から無事に開放された葵にとって、今の程度の不快感は「大丈夫」に他ならなかった。
「よかった……」
 葵の返事を聴いた綾香は、まるで自分のことのようにほっとした表情を見せた。心から葵のことを心配していたのである。
「ごめんね、心配させちゃって…………あやちゃん、ありがとう……」
 葵は綾香の瞳を見つめて、恥ずかしそうにそう言った。
 綾香は葵に見つめられると、少しだけ頬を紅く染めて、両手で胸をそっと押さえた。そして葵が微笑むと、綾香も微笑んだ。二人はそのまま少しの間、互いを見つめ合った。
 もちろん葵はできることなら早く学校から出ておならをしたかったが、今こうして自身の喜びを綾香と分かち合うのは、それよりもずっと重要なことだった。いずれにせよまだそれほど切羽詰ったものではなかったし、何よりも綾香の想いに感謝していた。

「……あ、わたし今日委員会のおしごとがあるから、また明日ね」
 しかしすぐに綾香ははっとしたような様子でそう言った。
 まだ葵の苦しみが終わったわけではない。――歓喜によって少しの間だけ頭から消されていたその事実を、再びはっきりと思い出したのである。
 葵の苦しみはむしろこれから始まるのだから、今大切なのは一刻も早く家に帰ることなのだ。
「あ、うん。またね」
 葵もそのことを思い出して、わずかに言葉を返してすぐに廊下に向かって走り出した。
 教室を出る時にふと振り向いた葵は、自身を見つめ続けている綾香と目が合った。
 綾香はなぜか喜びの表情の中に少しだけ羨ましそうな雰囲気を見せていたが、葵はその理由が全く分からなかったし、もう気にする暇も無かった。


(だれもいない……)
 葵は下駄箱で手早く靴に履き替えると、そのままの勢いで校門から外へと走り出て、真っ赤な顔で辺りを見回した。
 幸いにして周りには誰もいない。遠く前方に下校中の生徒が三人見えるが、あそこまでは聞こえない。
「ぅんっ!」
  ブウウゥゥゥゥーーッ!!
「……ふぅ……」
 葵はすぐさま肛門をゆるめておならをした。
 予想通りの大きな音がおしりから放たれ、葵はその可愛らしい顔をいっそう赤くして、大きな瞳を少しだけうるませた。
 たとえ誰にも聞かれていないとしても、敏感な十歳の女児にとって、路上で大きなおならをしてしまうということは、どうしようもなく恥ずかしい行為だった。いつもより強烈なおならの悪臭も、葵の羞恥心を十分に刺激するものだった。

  グウゥゥゥ……
 羞恥に悶える葵の心をさらに脅かすかのように、おなかから下品な音が響く。
 おなかの重苦しい痛みはゆっくりと強まりつつあり、もういつ便意に襲われてもおかしくないような状態である。
(早く、帰らなくちゃっ……)
 葵はおなかに手を当てながら、早足で歩き始めた。

 ――が、ほんの数歩足を前に進めた瞬間。
  グキュルルウウゥーーー
「ぁぅっ!!」
 葵のおなかからそれまでで一番大きな音が響き、強く締め付けられるような激痛が走った。
(ぅくうっっ……!)
 同時に葵は肛門の奥に熱い圧迫感を感じて体をびくんとさせ、足を止めてしまった。

  キュグルルルルル……
(きちゃった……)
 下剤を飲んでから八時間強。
 単純に効果が表れるべき時間になったのか、おならをしたことで肛門が刺激されたのか、それとも学校を出たことで緊張が途切れてしまったのかは分からない。
(うんち、したくなっちゃった……!)
 ともかく、体全体に響き渡るその不快感はまさしく便意だった。
 それもただの便意ではなく、今すぐの排泄行動を促す、極めて強烈な便意である。
 下剤に刺激された葵の腸が溜まりに溜まった大便を物凄い勢いで溶かし、次々と肛門へ向けて送り出し始めたのだ。
 痛烈な腹痛と強圧的な便意は完全に下痢の時と同じもので、葵はわずかに顔をゆがめ、体を小刻みに震わせて苦しみだした。

  グウゥゥー……ギュゴロゴロゴロォッ……
(どうしよう……学校に戻らなくっちゃ……)
 さらに葵は悩み始めた。
 便意の訪れはもちろん待ち望んでいた喜びの瞬間だったが、家で排泄できると思い込んでいた葵は完全に焦りにとらわれてしまっていた。
 今すぐ学校に戻ってトイレに駆け込んでうんちをしたいし、そうするのが一番安全である。
(でも……だれかに……音、とか……きかれちゃいそう……)
 が、ここにきて葵は下痢便を排泄する際に生じるであろう音や臭いを、恥ずかしく思い始めてしまった。
 学校でいつ訪れるかも分からない便意に脅えていた時には仕方が無いことだと開き直っていたにもかかわらず、いざという時になってその羞恥を恐れ始めたのである。

(家に帰っちゃってから、うんちしたほうが……)
 そしてまた、このまま家に向かってしまってもきっと大丈夫だと葵は推測し始めた。
 家までは歩いて十二、三分。これだけの時間を下剤によって引き起こされた激しい便意を我慢して歩き続けるのは極めてつらいことではあるが、なんとか我慢できそうな程度ではある。
 今すぐ学校のトイレに駆け込んで羞恥に悶えながら下痢便を排泄するのか、それとも頑張って家のトイレまで我慢して、音や臭いを気にせず本能の望むままに下痢便を排泄するのか。
 ――互いに一長一短である二つの選択肢を、葵は天秤にかけ始めたのだ。

(どうしよう? どうしよう……?)
 葵はそのまま迷い始めたが、答えはすぐには出なかった。
  ギュグクググゥゥゥゥ……
「ぅくっ……!」
 そうしている間にも腹痛と便意は激しさを増してゆく。
 葵のおなかはもう、まさに昨日綾香が言っていた通りにピーピーになってしまっていた。
「…………あっ」
 そして数十秒間の逡巡ののち、葵はふと通学路から少し離れたところに小さな公園があることを思い出した。
 かなり古くて汚い上に男女共用という最悪のものだが、いちおう公衆トイレもちゃんとある。葵も一度だけそこでおしっこをしたことがあった。
 できれば使いたくないが、評判が悪いだけに利用者が少なく、今の葵にとってはかえって都合の良い場所である。
(あそこまでなら……)
 おそらく十分以内に到達することができる。
(家に、帰ろうかな……)
 家まで我慢するのがつらいようだったら、途中で方向を少し変えてトイレに行けばいい。
 これによって葵の思考は帰宅の方へと向けられ始めた。

 ――ちょうどその時、
「葵ちゃんっ!」
「え?」
 後ろから声をかけられて、葵は驚いて振り返った。
「いっしょに帰ろっ!」
 聞きなれた声ですでに分かっていたが、葵の親友の里村夏実であった。
 葵といっしょに帰ることをいかにも楽しみそうに、にっこりとしている。その表情を曇らせることはどうにも残酷なように感じられた。
「ぁ……う、うん」
 それで葵はつい反射的に、そう答えてしまった。
(うん、だいじょうぶ。家まで帰っちゃお)
 結局、このことが決め手となった。葵は家まで帰ることにしたのである。
 夏実と話しながら帰れば、少しは気を紛らわせることができるかもしれないとも考えていた。
「葵ちゃんといっしょに帰るの、なんだかひさしぶりだねっ」
「そうだね……」
 そして二人の女児は並んで歩き始めた。
 夏実は葵の歩く速度が妙に速いのに気が付いたが、そのことを特に尋ねたりはしなかった。


「――でも夏実ちゃん、どうして今日はこんなに早いの?」
 葵は歩き始めてから少し経って、腕を組んでいるかのように見せかけて手首でそっとおなかをさすりながら、出会った時から抱いていた疑問を夏実に尋ねた。
 普段なら、夏実は今頃男子たちといっしょに野球かサッカーかをしているはずなのだ。
 葵も便秘が重くなる前は、しばしば参加して夏実といっしょに男子顔負けに活躍を見せていたものだった。
「今日、鈴木くんかぜひいて休んでたでしょ? ボク保健係で、家も近いから、プリントとどけにいくの」
「……あ、そうなんだ」
 鈴木くんというのは、ちょうど葵の隣の席の男子である。もっともな理由だった。

  ……ゴロゴロゴポッ……キュルルルウゥゥゥゥ……ッ……
「ぁっ」
 次の瞬間、葵のおなかからそれまでになく大きい音が鳴り、葵は落ち着いていた顔色を再び真っ赤にしてしまった。
(やだ、聞かれちゃった……!)
 かなり強烈なうなりで、夏実の耳にまで届いてしまったのは明らかだった。
 葵はおなかを壊していることがばれてしまったと思って頬を染めたのだ。
 たとえ相手が親友であっても、下痢を我慢しているなどという恥ずかしいことは、できれば知られたくなかった。

 だが、次に夏実が口にした言葉は、良い意味で葵にとって予想外なものであった。
「葵ちゃん、もうおなかすいたの〜?」
 夏実は空腹時に鳴る音と勘違いして葵をちゃかしたのである。
「……え、あ、うん……そう、おなかすいちゃって……」
 葵はすぐに作り笑いをしてごまかした。
  キュルル……グリュルルリュルゥゥ……!
「き、給食、あんまり食べ、なかったから……」
 間髪入れずに下品なうなりが響き、灼けるような痛みがおなか全体に走る。
 葵は急に激しさを増し始めた下痢の苦しみに悶えながらも、必死に笑い顔を保ってごまかし続けた。
 ……しかし歩く速度は確実に低下し、前髪に隠された額には早くも脂汗が浮き始めている。

「そうだったんだ……ぐあいでも悪いの?」
 それまで明るい表情を見せていた夏実だったが、すぐに心配そうな顔つきになって静かに尋ねた。
「……えっと、ちょっとだけ、かぜひいちゃってて」
 肛門をひくひくと収縮させながら葵は答えた。おなかとおしりが熱い。物凄くうんちがしたい。
 葵の直腸には、下剤によってドロドロに溶かされた下痢便が滝のような勢いで詰め込まれつつあるのだ。
「だいじょうぶ?」
「うん……」
  ググギュキュルルルゥゥゥッ……!
「……っ!」
(うぅ……おなかいたい……!)
 次におなかが鳴った瞬間、葵はとうとう腹痛に耐えられず、その愛らしい顔を苦しげに歪めながら足を止めてしまった。
 大きな瞳には苦痛と脅えがはっきりと表れ、透き通るように白い前歯が、桜色の小さな唇にめり込む。
 そしてまた同時に、葵は両腕をおなかに押さえつけて背筋を大きく曲げ、目に見えるほどに大きく震え始めた。
(葵ちゃん、もしかして……!?)
 そのあまりにも下痢を我慢していることが露骨な姿を見て、夏実はついに葵のおなかの異常に気付いてしまった。

「葵ちゃ……」
 少し迷ったすえ夏実はそのことを尋ねようとしたが、その瞬間――、
  ブッ! ブピピピッ!ピブッ!
「ぁぁあ、ぁ……!」
 後ろに突き出されていた葵のおしりから次々と汚い音が鳴り響き、続いて葵が小さなうめき声を上げた。
(……くさい……)
 あっという間に濃密な悪臭が二人の周りに立ちこめ、夏実はつい顔をしかめてしまった。
 葵がおならを連発してしまったのである。激しい腹痛によって下半身の筋力が奪われ、肛門がわずかにゆるんでしまったのだ。
 空気が通り抜けるのに気付いた瞬間に慌てて括約筋に力を入れ直したが、それでも肛門から飛び出してゆくガスの塊を押しとどめることはできなかった。放出を途切れ途切れにするのが精一杯だったのである。
「ご、ごめ……」
  キュゥゴロゴロゴロロゴロォ……グリュルルルウゥゥ!
「んんぅぅ……っ……!」
 さらに悲鳴のようなおなかのうなりが響きわたる。もはやその激しさは、空腹時の鳴音などとは明らかに次元の違うものとなっていた。

「……ごめ、ん……」
 何秒かの間苦しみ続けたのち、ようやく言葉を発する余裕を得たのか、葵は今にも泣き出しそうな表情で静かに謝った。
 その声は痛々しくかすれていて、あと少し小さかったら聞くのが困難なほどに弱々しかった。大きな声を出すとおなかに響くのである。
 そして葵は中腰の姿勢のまま、内股でそろそろと歩き始めた。
  ……キュゥッ……グキュルルルルルッ!
「ぁぅっ……!」
 しかしその歩みもまたすぐに止まってしまう。
(うんちしたいぃ……っ……!)
 ついに、肛門を意識して強く締めていないと中身が一気に溢れ出してしまいそうなほどまでに、便意が強まリ始めた。
 葵はこの段階で家でうんちをすることを完全に諦め、目的地を公園のトイレに変えた。
 もう一刻も早くおなかの中の苦しみを吐き出してしまいたい葵にとって、トイレの汚さなどはどうでもよくなってしまったのである。

「……葵ちゃん、おなかこわしてるんでしょ?」
 親友のあまりに痛ましい姿に唖然としていた夏実だったが、しばらくして喉をごくりと鳴らすと、ついに下痢のことを葵に尋ねてしまった。
 葵は唇を噛み締めたまま、何も答えようとはしなかった。
「早く学校もどってトイレ行ったほうがいいよっ」
 かまわず夏実は続けた。
 夏実の目には、もう葵が限界を迎えているように見えていたのである。
 実際、葵が味わっている便意は物凄く重いもので、肛門付近に詰まって栓の役割をしてくれている硬質便が無かったら、さっきのおならと同時にうんちを漏らしてしまっていたかもしれない。
 下剤の効果が現れてからまだ五分も経っていないにも関わらず、葵のおなかは物凄い勢いで急降下してしまっていた。

「……ガマンできる、から」
 そこまで言われてようやく、葵は言葉をしぼり出した。
 その言葉は夏実の助言をはね返すものだったが、同時に自身の下痢の肯定でもあった。
 もう自分が下痢を我慢していることが露骨となってしまっていることに、葵自身も気付いていたのだ。
 普通の下痢ならまだしも、今の葵の体を苦しめているのは、強力な下剤によって引き起こされた猛烈な下痢である。それを隠し通すことなど、最初からできるはずがなかったのだ。
「やめたほうがいいよ葵ちゃん、家までガマンするなんて……」
「……下里公園のトイレ、あそこまでなら……」
  ギュルギュルグウッ!
「ぅく……っ!」
「……それでもやめたほうがいいよっ」
 下里公園ならここから七、八分の距離だから、確かに間に合う可能性は高い。
 ――そう夏実は思ったが、単純に親友の悲痛な姿をこれ以上見ていたくなかったので、やはり学校のトイレを勧めた。
「はぁ、はぁ……っ……」
「誰かに知られるのがヤなんでしょ? ボク、トイレの入り口でみはっててあげるから――」
 夏実はたまりかねてさらに新しい提案をしたが、葵はうつむいたまま答えようとはしなかった。

「……ほんとにだいじょぶだから」
 そしてそのままふらふらと数歩前に進んだのち、葵は顔を上げて自分同様に大きな夏実の瞳を見つめながら言った。
 葵は知られるのが嫌というより、音や臭いを撒き散らすのが嫌なのだ。
 その対象がたとえ親友であっても――むしろ親友だからこそ、自分の恥ずかしい行為を見せたくなかった。
「葵ちゃん……」
 何が何でも公園に行ってうんちをするんだという固い意志を葵の瞳に見て取った夏実は、それ以上の言葉を失ってしまった。こういう時の葵が変に頑固であることを知っているのだ。

  グギュウウウゥゥゥーーーッ!
「ん……っ……!」
 次の瞬間には再び大きなうなりが響いたが、やせ我慢をしているのか、それとも少しだけ痛みに慣れたのか、この時葵が足を止めたのは一瞬だった。
 そして再び歩き始めた葵は最初の早足に戻っていた。内股中腰で肛門を締め付けつけながらそろそろ歩きをしているのは今まで通りだが、それでもさっきまでよりはだいぶ速度が上がっている。
(葵ちゃん、がんばって……)
 夏実はその姿を見てやせ我慢をしていると思ったが、もう何も言わなかった。
 こうなってしまってはもう、彼女ができることは、葵の苦痛が少しでも穏やかですむことを祈るぐらいであった。
 いつになく強い七月上旬の日差しが、容赦無く女児たちの小さな体を照らしつける。
 三十度は軽く超えているであろう猛暑の中を、葵は必死の思いで激しい便意を我慢しながら、一歩一歩とトイレに向かって進んでいった……。


「ぁあ、はあ……はぁ……っ……」
 ――そしてそれから実に十分近くが経ったが、葵はまだ下里公園の入り口さえ視界に入れることができないでいた。
 無理をして早歩きをしていた葵だったが、すぐに元の速度に戻り、今では両手で肛門を押さえながら歩いていることもあって、普段の半分以下の速度でしか前に進めないでいた。
  グギュルルウゥゥッ!
「くうぅぅっっ……!」
 その上、おなかに激痛が走るたびに立ち止まって何秒間か悶えてしまう。
 確実に近づいてはいるものの、この調子では下里公園まで、まだあと何分かはかかってしまいそうだった。
「……葵ちゃん、だいじょうぶ?」
「はぁはぁ、はあ……」
 もう夏実の呼びかけに応える余力も無い。
 葵が体を大きく震わせるたびに足元のアスファルトに大粒の汗がぼたぼたとしたたり落ちる。
 真夏の日光が降り注ぐ道路の上で下痢を我慢し続けてきた葵の体は、いつしか脂汗とも普通の汗とも分からない体液でべとべとになっていた。シャツやショーツが起伏の小さな体にべったりと貼り付き、小さく可愛らしい乳首が透けて見える。
 短い髪の毛も端から端まで汗を吸い込み、葵はまるで水でもかぶったかのような濡れ姿になっていた。

  ギュゥゴロゴロ! ギュルググゥゥ……グゥゥウゥゥーーッ……!
「ぁぅう、うぅっ……!」
 凄まじい腹痛と便意とが混ざり合って狂おしい苦痛となり、日に火照った葵の小さな体を内からさらに熱く焼き付ける。
  ブピッ!
「……ふぅぅ……」
(おなかいたい、くるしい……)
 葵は悶えながらおならをして悪臭を撒き散らしてしまったが、夏実にそのことを謝ることすらできなかった。
  ゴロゴロゴロゴロゴロゴロォォッ!!
「はぁあぁ……っ!」
 たたみかけるようにして腸がねじ切れそうな激痛が走り、おしりの力が抜けて肛門が開きそうになる。
 葵のおなかから放たれるうなりはその頻度を増し、音も最初と比べるとだいぶ大きくなっていた。下剤による過剰な刺激と、大量の下痢便を吐き出そうとする本能的動作によって、腸の蠕動がでたらめに活発化されているのだ。
 もう葵の直腸の中は、粥状に軟らかく溶かされた一週間分のうんちでパンパンである。女児の未成熟で小さい直腸の許容量など完全に超過していた。

(もう……こんなの、やだ……はやくうんちしちゃえば、よかった……!)
 葵は学校のトイレに行かなかったことを完全に後悔してしまっていたが、すでに学校よりも公園の方が近いので、今さら戻るわけにもいかなかった。
 漏らさずに公園のトイレまで我慢し続ける自信こそ失ってはいないが、それでもこんな凄まじい苦しみを味わうぐらいなら、音を聞かれたり臭いを嗅がれたりする羞恥の方がはるかにましだと感じられるようになってしまっていた。
 下剤によって引き起こされた便意を我慢する苦痛がここまで酷いものになるとは、思ってもいなかったのである。
 腸の焼き切れるような腹痛も、肛門の爆発しそうな便意も、普通の下痢の症状とは明らかに激しさが異なっていた。

  プゥッッ!
「……はあぁ、はぁ、はぁー……」
  ……ギュルグルグルググゥゥピィィーーッッ……!
(はやくトイレうんちしたいぃっっ!)
 腸の中に詰まった大便を溶かしておしりの穴から外に出すための薬――下剤の何が何でもおなかの中を空にしようとする強力な作用に、葵の全身が支配されてしまっていた。
 まさに体中が一つになって、肛門からうんちを出そうとしている。
 絶対にトイレまで我慢しようという強い意志力が無ければ、葵はもうとっくに本能に負けて身を任せてしまっていたかもしれない。それほどに猛烈な便意が彼女のおなかを苦しめていた。

「葵ちゃんがんばって! ほらもうすぐトイレだよっ!」
 夏実の声が遠くに響く。
 顔を上げた葵は小さな十字路を眼前に捉えた。ここを左に曲がれば、もう遠くに公園の入り口が見える。
(トイレ……もうすぐ、トイレ……!)
 葵はふらふらと歩きながら、頭の中で夏実の言葉を呪文のように繰り返し始めた。

 だがその直後――、
  キュゴロゴロゴロ……ギュグルルウゥゥウゥーーッッ!!
「……ぁぁぁは」
 これまでで最も酷い激痛に下腹を貫かれ、葵は声にもならないうめきを上げて足を止めてしまった。
 一瞬高く盛り上がった肛門を全力で押さえつけた葵は、便塊の質感を指先に感じながら、膝を震わせて上半身を大きく前に折り曲げた。小さな体が描いている「く」の字の挟角が一気に半分に縮まる。

  クキキュゥウゥゥウゥゥゥ……!!
「ぁあぁあぁぁぁ」
「葵ちゃん!?」
 次の瞬間にはさらに激痛の追い討ちを受け、葵は崩れるようにしゃがみこんでしまった。
 ぶるぶる震える両手で中央を押さえつけられているホットパンツが、地面すれすれにまで近づく。和式便器にまたがる時と同じ姿勢だった。
 尻たぶが開かれて肛門が左右に引き拡げられ、葵の排泄欲求はさらにその勢いを増した。
(だめ!うんちでちゃだめぇ……!!)
 わずか数秒の間に肛門が何度も何度も盛り上がる。もう限界だった。
 完全に肛門の感覚を失ってしまった葵は、目を固くつぶって決死の思いで肛門を押さえつけて便意を我慢した。
 全身ががくがくと痙攣し、大粒の汗がアスファルトにぼたぼたと振り落とされる。
  ギュウゥゥウゥゥウウゥゥ!!
「ぁあ、ぁ……あ!!」
  ブビビビビビビッ! ブリッッ!! プビビビィィッ!
 気の狂いそうな腹痛が響いて頭が白くなった葵は、たまらず肛門をゆるませ次々とおならをしてしまった。
「ちょっと葵ちゃんっ!!?」
 夏実が慌てて大声を上げる。葵がうんちを漏らし始めると思ったのだ。
「ダメだよこんなとこでしちゃったら!」
 さらに夏実の声が響く。葵は「だいじょうぶ」と言おうとしたが、息しか出せなかった。
 肛門がまるで意思でも持っているかのように、激しい収縮と痙攣を繰り返す。

(よ、よかったぁ……)
 今にも膨らみ始めそうな葵のホットパンツを凝視していた夏実だったが、どうやら葵が便意を耐え切ったらしいことに気付いて、ほっと胸をなで下ろした。
「……はぁー、はぁー、はあー……」
 固く目を閉じていた葵だったが、今度は逆に大きく見開いて深い呼吸を始めた。
 頭の中は相変わらず白く、足が震えて立ち上がることができない。葵の小さな体が受けている負荷は、十歳の女児が耐えられる次元などもうとっくに超えてしまっていた。
 にもかかわらずいまだに葵が下痢便を漏らさずにいられるのは、その「絶対にうんちを漏らしたくない」という気迫のおかげに他ならなかった。
 下痢になることを承知で下剤を飲んだのも、つらい戦いになることを承知で公園まで我慢することを選んだのも、他ならぬ自分自身である。それで便意に負けてうんちを漏らしてしまうなど、恥ずかしいという以前に、絶対にあってはならない屈辱であった。

「はあぁーー、ぁあ……はあぁ……」
 ガスの塊を排泄したことでわずかに体が楽になった葵は、いつしか涙の浮かび始めたその大きな瞳で、貼り付いたシャツの上からでもはっきりと分かるおなかの膨らみを見つめた。
  キュゥゥウルゥウゥグゥゥウゥゥーーッ
「あぁぁぁ……はぁ……あ……」
 改めて気持ちが悪いと思った。おなかの中に毒が詰まっているような気がした。
 ――実際、葵の肉体に凄まじい苦痛と不快感を与えているその異常な量の宿便は、毒物に他ならなかった。
(出したい……うんちしたいっっ……!)
 もう一刻も早くおしりの穴から汚物を吐き出したい。一週間分のうんちを排泄してこの地獄から開放されたい。
 葵はがくがくと震えながらも、ゆっくりと立ち上がった。

「夏実ちゃんこなくていいからねっ……!」
 そして前に進みながら、突然葵は、はっきりと聞こえる声でそう言った。
 公園は十字路を左に曲がった先にあるが、夏実の家はこのまままっすぐ行ったところにある。普通だったらもう別れるべき場所なのだ。
 夏実が心配してトイレまでついてくる可能性があったので、葵は先に拒絶したのである。
「でも……!」
 夏実はその言葉を聞くなり言い返した。
 葵の予想通り、トイレまでついていって排泄中も外で見守るつもりだったのである。
 もしトイレまで行く途中で何かがあった場合は、できる限りの助けをするつもりでもあった。
  ……キュグルルルルル……!
「おねがい……っ!」
 葵は今度は夏実を見上げて、その心配そうな瞳を深く見つめて言った。
 声を出す体力を前の発言で使い果たしたのか、今度の声はもう息を吐いているだけとほとんど変わらない小ささだった。
 その頬を汗とも涙とも分からない雫が流れ落ちる。
(でも、葵ちゃん心配だよっ……!)
 反論したい夏実だったが、あまりに悲痛そうな葵の声と表情に、もう何も言うことができなくなってしまった。
 ただ自分の存在が拒絶されていることはよく分かった。もしかすると最初から邪魔な存在だったのかもしれないとも思った。

「……わかったよ。ボク、家に帰るからっ!」
 もう葵の側にいてはいけない。――そう自覚した夏実は、十字路を突っ切って走り去ってしまった。
(夏実ちゃんごめん……!!)
 親友が心から自分のことを心配してくれていたのは、もちろん葵にもよく分かっていた。
 だがそれでも、傍にいられては迷惑だった。
 凄まじい意志力で限界を超えてうんちを我慢し続けている葵だが、それでももう一分先のことは分からないのだ。圧倒的本能に覆い包まれている葵の理性は、もはやごくわずかな衝撃で簡単に力を失って飲み込まれてしまうのである。
 そしてトイレまではまだ二分以上かかる。――葵は訪れうる最悪の事態を、絶対に親友に見られたくなかったのだ。

「はっはっ、は……っ……」
 すぐに葵はふらふらと十字路を曲がった。いよいよ公園の入り口が目に見え始める。
(あたし、夏実ちゃんにひどいこと……)
  グピーーギュルギュルギュルゥゥ、ググウゥウゥゥ!!
「ふくぅぅぅぅぅぅっ!」
(といれぇっ!)
 おなかに加えて心にも痛みを感じながら歩いていた葵だったが、すぐに再び腹痛と便意が激化して、一瞬で下半身のこと以外何も考えられなくなってしまった。
 ぶるぶると震えている細い指先に、汗で湿った肛門の、まるで下痢便を漏らしてしまったかのようなぬるつきがはっきりと伝わる。……もう本当に、今すぐに肛門が開いておなかの中身を全て吐き出してしまいそうだった。

  グルゴロゴロゴロゴロロロロロッ!!
「はぁあー、ぁぅ、ふうぅーー……!」
  ブブブゥッ!
(といれ……うんちしたいといれ……うんちしたい)
 もう夏実といっしょに帰っていたという事実さえ思い出せない。
 葵はぬるつく肛門のその奥に、便塊のごつごつとした固い質感までもをはっきりと感じてしまっていた。
 そしてその質感は、着実に前へ前へと進んでいる。もう本当にいつ肛門がこじ開けられるか分からない。

(うんちといれといれ、といれぇぇっ!!)
 葵は無理矢理に足を速め始めた。
 もう本当に、どうしようもないぐらいに、うんちがしたい。
 ついにはおなかの痛みさえも溶け始め、純粋な便意だけが葵の意識を満たすようになっていった。
(うんちでちゃうぅ!といれ、はやくはやくっっ!)
  ブビビビッッ!
 しかしそれでも公園の入り口はなかなか近づいてくれない。
 事実まだ一分以上かかる距離にあったが、葵はもうそこまで計算できるだけの余力が無かった。
  クグルグギュルゥルルルウ……キィュグウゥゥゥッ……!!
「ふぅーー、ふうーーー、ふぅー−!」
 葵はただひたすら必死の思いで、救いを求めるかのように公園の入り口を一点に見つめて、全力で前へ前へと進み続けた。
 目を大きく見開いて異様なうめき声を上げながら歩いてゆくその姿は、まるで気でも狂ってしまっているかのようである。
 もう肛門は盛り上がったまますぼもうとしない。ただ両手の力だけで葵はその爆発を押さえ込んでいた。

  ググウゥウゥゥゥゥウウゥ……
「……ふぅぁぁは、あ……」
  キュクグウウゥゥーーッ!!
「ぁぁ、ぁあぁ……」
 それから数秒の間着実に前へ進み続けた葵だったが、再び全身が動きを止めて地面に崩れこんでしまった。
 もう痛みに苦しむ余裕など無いが、それでも体は凄まじい腹痛を受ければ勝手に止まってしまうのである。
 大量の下痢便ではち切れそうになっている大腸がその中身を一刻も早く吐き出そうと、ぼこぼこぼこぼこと狂ったように蠕動を繰り返す。下剤の激しい効力によってその正常な機能を酷く乱された葵の大腸は、もはや消化器官ではなく排泄器官だった。
  ギュグギュルギュウーーッ!……ゴロギュルギュリュリュゥゥーーーッ!!
  ビッッ!ブビビピッ!! プブブゥビビビッ!!
「ぁ、ぁぁ、ぁぁあ」
(……といれ……)
 そして便意もまた、これまでで最大の激しさとなっていた。
 肛門にぴたりと重ねられ震えている葵のか細い両手が、圧倒的重圧によってぐいぐいと押し下げられる。もうその感覚さえ葵は失いかけていた。
 今すぐ立ち上がらなければならないのに、葵の足はがくがく揺れるだけでその機能を果たそうとはしてくれない。
  ゴロッゴロゴロゴロォ、ゴロゴロゴロゴロゴロ!!!
(も、うダメうんち、でちゃ、う)
 ここにきてついに葵は自身の限界を自覚した。もう我慢ができない。うんちが出る。うんちを漏らす。
「ぁぁ……」
 葵はじきに尽きるであろう最後の力を振り絞ってうんちを押さえながら、遥か遠くにある公園の入り口を恨めしそうに眺めた。
 もうあそこまで辿り着くのは無理だと分かってしまった。公園のトイレは使えない。もうここでうんちをするしかない。
  キュグゥーーゥゥウグウゥゥーーッ!!
「ふぅぅ」
 どうせ漏らすなら、早く楽になってしまいたい……。
 ――そう感じてしまった葵は、ついに両手をおしりから浮かせようと、働かない神経に命令を出そうとした。

「っ!!」
 だが次の瞬間、葵ははっとしてその命令を止め、吸い込まれるようにある一点を凝視し始めた。
(あそこ……あそこなら……)
 すぐ前方、居並ぶ住宅の中に、ぽっかりと空き地が広がっていた。
 雑草が青々と覆い茂っていて、葵の小さな体なら、奥に入り込みしゃがみこめばその姿をほとんど隠すことができそうである。
 遠くに定められ続けていた視界の焦点をふと間近に戻したことで、偶然見つけられた空間だった。
(……うんちしちゃえる)
 本能的ひらめき。
 あの雑草の中に身を隠せば、誰にも見られずにうんちをできるかもしれない。
 葵は野糞をしようと思い立ったのだ。
 下着を汚さずにこの凄まじい便意を開放する手段はもうそれしかなかった。
 下剤を飲んで大便を漏らすという悲劇的結末を迎えかけた葵に、ふいに訪れた奇跡的幸運だった。

(でも、でもそんなこと……!)
 しかし葵はすぐに動けなかった。
 確かに排泄は可能だが、場所はトイレでも何でもない、完全な野外である。
 あんな草むらの中でおしりをむき出しにして肛門を晒して、あまつさえ汚い下痢便を激しく放つなど、常識的に考えられる行為ではない。
 行為そのものが耐え難い羞恥であるし、最悪の場合、人に見咎められる可能性もある。
 野糞中であることをはっきりと勘付かれるようなことになったら、もう恥ずかしくて生きていけない――少なくとも家の外には出れないし、もしもそれが自分のことを知っている誰かだとしたら、それこそ人生の破局である。
(どうしよ……うんちしたいどうしよ……っ!!)
 羞恥心の強い十歳の女の子にとって、野糞などという行為はとうてい耐えられるものではなかった。
 惨めさに喘ぎながら下着と下半身を下痢便で汚しつくすのか。それとも草むらの中で羞恥に悶えながら大地の上に下痢便を排泄するのか。
 ――あまりに過酷な選択。もう一秒我慢するのさえつらいにも関わらず、葵は空き地を凝視したまま固まってしまった。

  グゴポゴポ、ゴポッ……キュグルルルルルルゥゥゥーーーッッ!!!
(もうダメぇぇーーっ!!)
 直後にその葛藤を終わらせたのは、これ以上本能に逆らうことを許さない、圧倒的な便意だった。
 もう草むらをトイレにして脱糞するしかない。野糞をするしかない。
 葵は考えるよりも早く一気に立ち上がり、肛門が壊れるぐらいに両手を強く押し上げ、空き地に向かって突撃した。
  グギュルギュルギュルッッ!!!
  ブビッビピピピビピッッ!!!
(あぁぁぁぁはやくはやくでちゃうっっ!!)
 一歩一歩足を踏み込むたびに、全身に振動が伝わって肛門がゆるむ。
 それでも葵は最後の力を振り絞ってうんちを我慢しながら、辺りを見回す余裕も無く、全速力で空き地の中へと駆け込んだ。

  ガサガサガサガサ……ガササササッ!
「ぁぁぁあ!」
 できるだけ奥へ――。そう願いながら草むらの中を這い進んだ葵だったが、十歩も進まない内に肛門が開き始めるのを感じてしまった。
 声にもならない声を上げながら、ホットパンツと女児ショーツをまとめて一気にずり下ろす。
  グゥウウウウウゥゥーーーッッ!!!
(でるぅぅっ!!)
 小さく可愛らしいおしりがむき出しになり、充血して真っ赤に膨れ上がった肛門が外気に触れた瞬間。
  ブリミチミチミチニチミチ!!
「くはぁあっ!!」
 肛門がめちゃくちゃに大きく拡がり、凄まじい太さの大便が下品な破裂音と共に飛び出し始めた。
 ついに葵はこの草むらの中で、野糞を始めてしまったのである。
 下着とホットパンツはまだ足の付け根までしか下ろせていない。まさに間一髪で葵はおもらしを免れることができていた。

「ぁぁあぁ、あぁぁ……!」
  ミチュクチニミチチチミチミチミチ!!!
 道路に向かって突き出された小さなおしりがぶるぶると震え、その中央の肛門から物凄い勢いで巨大な大便が排泄されてゆく。
 葵はまだ草むらの中にしゃがみこめてすらいなかった。地獄のような我慢の末に訪れた排泄の衝撃的快感で頭の中が真っ白になり、身体の感覚が飛んでしまっているのである。
 もし今人がこの空き地の側を通ったら、葵のあまりに異常で下品な姿に絶句してしまうことになるだろう。
 ――汗に濡れた張りのいいおしりも、ほのかに色付いた肛門が排泄のために拡がっている姿も、そしてその中央から伸びてゆくこげ茶色の大便も、その全てが道路から丸見えだった。

  ニチミチミチィニチプチブリニチ!!
  ガササガサッ!
 そのまま排泄の開放感に身を任せて放心し続けながらも、直後に葵は最低限の感覚だけは取り戻してその場にしゃがみこむことができた。崩れこむような、脱力しきった体の動き。さらにたてすじが拡がるほどに大きく股を開いて両膝をぐっと掴み、葵は和式便器で脱糞する時のそれと全く同じ姿勢をとった。
 それによって肛門からぶらさがっていた大便はどさりと音を立てて草の上に横たわり、そのまま周りの草を押しのけて後ろへと伸び続けていった。
 しゃがみこんだことで葵はようやくその体の大部分を草むらの中に隠すことができたが、それでもその苦しそうな表情と彩やかな赤いランドセルは、少し離れた道路からでもはっきりと見えてしまっていた。少し空き地に近づけば、熟成されつくした強烈な便臭さえも嗅ぐことができてしまう。

「あぁぁあぁぁぁ……」
  ミチヌチュプピチミチィミチブリュニチミチミチ!!
 唇をゆるく開いて瞳をうっとりとさせながら、葵は脱糞の快感に打ち震えた。
 おしりの中のものが外に出て行くのが単純に気持ち良い。体中が熱かった。大便の硬いでこぼこが肛門を擦るたびに響く痛みをともなった灼熱感さえも気持ち良かった。
 あまりにも恥ずかしい形での排泄だが、とにかく間に合ったのである。今の葵には、もうそれだけで十分だった。
 固く太い便塊は長さ三十センチメートルを超えてもなおちぎれることなく、拡がりきったむき出しの肛門から圧倒的な勢いで排泄されてゆく。ランドセルを背負った女児の小さく可愛らしいおしりからこんなにもグロテスクな巨塊が伸びてゆくのは、あまりにも異常な光景であった。

「ぁあ、はあぁぁ、ああ……っ……!」
  ブリュニュルッブリブリュミチピチュブリニュリュミチュ!
 それから急に、肛門から伸びてゆく便塊の色が黒に近いこげ茶からカレーのような鮮やかな茶色へと変わり始めた。
 色の変化した便塊は同時に急速に軟らかくなり始め、葵のおしりの下でとぐろを巻き始めた。
 直腸の内壁から肛門へと続く摩擦感も、ごつごつした固いものからするするした滑らかなものへと変化してゆく。奥にある大便ほど下剤の影響を強く受けているのだ。葵は肛門がますます熱くなってゆくのを感じた。

  ミチブリミチュイィィッ!……ブポオオォォッ!!!
  ビジュビチビチプビヂビチブピュビヂブピイィィッッ!!!
  キュグゥグキュルキュルキュルルゥゥ!!
「ぁぐぅっ!!」
 そして次の瞬間、ついに大便が途切れて葵の肛門はすぼまりかけたが、間断無く巨大な質量によって押し開けられた。
 下剤によってドロドロに溶かされた粥状の下痢便が、ついに腸内のガスと共に葵の肛門から噴出しだしたのだ。
 肛門の爆発と同時に腸が潰れるような激痛が下腹を走り、葵はぎゅっと目をつぶって体を強張らせた。
 下品な破裂音が次々と股下で響きわたり、熱湯のように熱い、ドロドロとした質感が肛門を滑り抜け始める。
 同時に寒気にも似たひどい不快感が全身に響いて排泄の快感を一気に飲み込み、それはさらに足元から立ち上り始めた桁違いの悪臭への嫌悪に刺激されてより耐え難い苦しみと化した。
 ついに葵の肛門は下痢便を吐き出し始めたのだ。最も恐れていた時間が始まったのである。

「んはぁぁあぁ……あ!!」
  ブリビチビチビチ!! ブリブビピッブリブリリブリ!!!ブォリュッ!!
  ビジュブリブリリイィィッッ!! グジュブビビッピビビバブォッ!!

 火山のように盛り上がった肛門から、爆発的な勢いで水泥状の下痢便がぶちまけられてゆく。
 肛門の真下にあった立派すぎる巻き糞はもう、下痢便の山に埋もれて見えなくなってしまっていた。
 壮絶な爆音と共に次々と肛門の周りに下痢便が撒き散らされ、葵の履いている運動靴と白い靴下、そして周囲に広がる緑色の雑草を茶色く汚してゆく。
 午後の静かな住宅街の一角で、あまりにも下劣でそして激しい野糞を少女は必死に行っていた。

  グギュルギュルギュルギュル!!
「ぁぁっ……ぁああぁぁ……」
  グジュブリブリブピ!! プウゥゥッ! ブリジュビィィイイ!
 下痢便が肛門から吹き飛ぶたびに腸が千切れそうなほどに激しく蠕動し、意識が飛びそうな激痛がおなかに響く。
 十歳の女児に耐えられる次元の苦痛ではないが、それでも葵はことが終わるまで我慢し続けなければならない。
 少しでも痛みを楽にするためにその体はどんどん丸くなり、小さなおしりはより後ろへと突き出されていった。

  キュゴロゴロロロロ!! グギュグギュグルゴポンッ!!
  ブリブリビチビチビヂジュビチビチブリブビィッ!!!
  ブォブゥウッッ!! ブジュビチビチィィィッ!! ブビビビブプゥウゥッ!
(あたしうんちしてる……こんなところで、うんちしてる……)
 葵は薄目を開け、目の前に広がる土と雑草、そして早くも下痢便の海へと化してしまった足元を股の間から見つめた。
 体中にまとわり付く濃密な下痢便の臭いと、絶え間無く鼓膜を叩きつける爆音、そして灼けるように熱くて痛いおなかと肛門。――意識を取り巻く全ての事実が、自分が今野糞をしているのだという恥ずかしすぎる現実を、葵の敏感な精神に焼き付けていた。
 特におしりから放たれる轟音を恥ずかしいと感じている葵だったが、長時間の我慢で力尽きてただの穴と化してしまった肛門には再び神経を通わせることなどできそうにもなかった。もはや全てが終わるまで、ただただ本能の赴くままに下痢便を垂れ流し続けるしかないのである。

(いや……あたし、いま最低なことしてる……やだぁぁっ……!)
  プピピブピブヂッ!! ブッ!ブリリリッ!! ブリビジュビチュブチュ!!
 しかしその下痢が止まらない。いくら出しても止まらない。
 できることならここから逃げ出したいが、これではどうすることもできない。とにかくおなかの中の苦しみを全て吐き出してしまうまでは動けないのである。誰もここに来ないことを健気に祈り続けるのが精一杯だった。
「ふくぅぁぁ、んぅんん……!」
  ビチビチビチブピッッ!!ブビビピッ……ビブリビヂブチチブォブッ!!
(はやく、はやくおわってっっ……!!)
 自分が野糞をしているという情けない事実を再認識し、そしてこの行為の一刻も早い終焉を願い始めた葵だったが、小さなおなかを膨らませるほどに溜まりに溜まっていた一週間分のうんちを全て出し切るには、まだまだ相当の時間がかかりそうだった。
 せめてもう少しだけ奥に移動したいが、両足ががくがくと痙攣していて動かない。上半身の重みを支えるだけで精一杯だった。教科書の詰まったランドセルが異様に重く感じられた。

  キュグゥゥウウゥウ……! グゴロゴロゴロ……ギュピィィッ……
  ブリプリブリブリ!! ブオッ! ブピブビチチブリビヂチチュッ!!
  ブッ!ブリビチビチビチビチ!! ビジュブリブピッ!!
「あぅう、うぅ……ぅうう……っ……!」
 葵はおなかを押さえ込んで体をがくがくと痙攣させながら、臭く汚い下痢便を吐き出し続けた。
 充血しつくした葵の肛門は全開になったまま、一時たりとも閉じようとはしない。
 道路まで届くほどの爆音と悪臭を撒き散らしながら、草むらの中で苦しそうに顔を歪めて汗をだらだらと流し、そして小刻みに震えている葵。――その姿はもう、あまりにも野糞の最中であることが露骨なものであった。
 ――下校中に激しい下痢に襲われた女児が家まで我慢できず、空き地に駆け込んで野糞に及んでしまった。
 青々とした真夏の草むらの異常に目立っている赤いランドセルも合わせて考えれば、葵が野糞をするまでに至った流れまでもが手に取るように分かってしまえる状態である。

  ギュルルッ……クキュウウウゥゥゥウ!!
「……ううっ……うくっ! ……うえぇ、んんぅ……!」
  ブリリッ! ビチビチビジュッ!! ブビリリリッリリ……!!
 とにかく下痢が治まらない。
 葵は大量の汗を滝のように流しながら壮絶な野糞を続けた。
 体の内と外の両方が熱い。容赦の無い真夏の太陽の直射と三十度を超える熱気が葵の未熟な肉体から体力を奪い取ってゆく。激しい排泄行為による負担と相まり、それは滝のような勢いで身体の外へと流れ出していった。
 加えて圧倒的な量の下痢便で肥溜めと化した足元からはドブのような悪臭が立ち上り、元からある凄まじい腹痛と共に葵の繊細な神経に耐え難い不快感を与える。
 気持ちが悪い――。
 過酷な負荷が小さな体に積み重なり、葵はぐらぐらとした重く不気味な頭痛、そして吐き気までもよおしてしまっていた。頭痛で意識が揺れ、身体までもがぐらつきそうになる。……本当に気持ちが悪かった。

  ゴログキュルキュル、ググウゥウゥゥーーーッ!!
(おなかいたいぃっ! おなかがいたいよお……!!)
「ふうぅん……ぅぅ、んう、ぅぇぇ、んん……っ!」
  ビヂビヂビヂブチュッ!! ビイィィィーーッ! 
 もう今にも泣き声を上げてしまいそうだったが、それでも葵は必死の思いで苦しみに耐えながら排泄を続けた。
 女の子の泣き声が人を呼び寄せる魔力を持っていることを、幼児期の経験で知っているのである。
 葵は静かに涙を流しながら、下痢便の海をさらに大きく大きく拡げていった。

  ブリブリブピ!! ブプウゥッ!ブピッ! グジュビチビチビヂビチッ!!!
(……のど、かわいた……)
 そしてまた、汗と下痢便という形で大量の体液を吐き出し続けてきた葵は、いつしか激しい喉の渇きを感じ始めていた。
 脱水症状を起こしてしまったのである。
  ブピチチビチビチィィッ! ブリビュリブリブビッ!! ブピプゥゥゥーー!
「ふぅうーー……ぅう……ふぅぅぅう……ぅ」
 葵の下痢便の水分含有率はすでに九割を超えていた。
 食べ物の残りかすと同時に大量の水分――生命力の源を吐き出してしまっているのだ。
 葵は体を激しく痙攣させながら、おなかの激痛にもかかわらず意識をぼんやりとさせ始めた。
 もう体力がわずかしか残っていない葵は、これ以上脱水症状が重くなってしまったら意識を失ってしまってもおかしくはないのである。
 しかし、だからと言って排泄を止めることはできない。この苦しみから逃れるためには、体力を犠牲にしながらでも、いつかおなかの中がからっぽになるその時まで、惨めな姿で野糞を続けなければならないのだ。

  ブリュチュチビチビュチュッ!!
「きゃっ!」
 突然、異様な感触が全身に走り、葵は体を固めて小さく叫び声を上げた。
  ブリリブリビチッ! ピブゥゥッ!ビチブリビュルビュルルルッッ!!
(ぁあぁぁぁ……やだぁあ……)
 肛門の真下に積もりに積もっていた下痢便の山が、ついにその肛門にまで届いてしまっていたのだ。
 葵が股の間に目をやった時にはもう、肛門のまわりの尻たぶにまで下痢便が塗り付き始めていた。
 粥状に軟らかい葵の下痢便はすぐに溶け広がってしまうためそれによって作られる山はなかなか高さを増せないでいたが、圧倒的な量が降り積もったことでとうとうおしりの高さにまで至ってしまったのである。

  ブッ!ブビチチュチュチュチチチッ!! ビチチチュッ!!
「ぁぁ、あ……!」
 さらに葵は、この世の終わりのような表情を見せた。
 自分の足にまで下痢便の海が広がっていることに気付いてしまったのだ。
 肛門の爆発によって下痢便が大量に弾き飛ばされていたこともあって、白を基調としている小さな運動靴の側面は救いようがないほどに茶色く汚れてしまっていた。靴下がまだら模様になっていることに気付いたのもこの時が始めてであった。
  ビュリュリュリュリュブポッ!! ブビチブリビジュッ! ビュルッ!
(や、やだぁぁっ!)
 呆気にとられていた葵は、はっとして震える足を無理矢理前に進めようとした。
 だが、次の瞬間――、
「っ!!?」
 体が浮いた。靴の下まで流れ込んでいた下痢便で足をぬるりと滑らせてしまったのである。
 葵は反射的に両手をおなかから後ろへと回した。
  グチュゥッ
「あ」
 次の瞬間、両手に泥を掴んだ時とそっくりな軟らかい触感が伝わり、葵は全身の血が引いてゆくのを感じた。
 自身が排泄した下痢便の山に手を突っ込んでしまったのだ。
「……ぁぁあぁ……」
 葵は目を見開いてうめき声を上げた。
 両手が感じている生暖かい軟らかさが、凄まじい悪寒となって全身へと響きわたる。
  グプチュプグチュ
 今の葵の両手に体を支える力は無い。すぐに葵の下半身は地面に向かって崩れ込み、おしりも下痢便の中にめりこませてしまった。
 しりもちをついてしまった尻たぶを軟らかく暖かい質感が包み込み、下半身がぶるぶると震え脱力してゆく。
 幼児期にうんちを漏らしてしまった時と全く同じ感触だった。
 葵のおしりは、下痢便の底に横たわっている便塊に肛門がぶつかってその固さを直に感じてしまうほどに、深く下痢便の中にめり込んでしまっていた。
「やあぁぁ、ぁあ……!」
 おしりの重みで潰し拡げられた下痢便がたてすじと恥丘の上を蠢き、葵は狂おしい不快感を覚えた。
 だがそれでも、葵の意識は下痢便を掴んだまま震えている両の手へと強く向けられていた。
 吐き気をもよおすほどに臭いうんちを両手で掴んでいる。世界で一番汚いものに自分の指が触れてしまっている。
 それはあまりにも汚くて、気持ちが悪いことだった。葵は体と共に心までもが泥にまみれたような気がした。

  グピィィィィ……キュクゥッ! ギュルゴロゴポゴロロォッ!!
  ジュビチチュジュビイィーーッ!! ピブッ!! グジュビヂュビジュゥッ!
「ううぅう……うぇえ、えぇ……えぇぇぇええん……っ……!」
 しかし心がどれほど絶望に打ちひしがれても、本能に支配されている体の機能は何の干渉も受けない。
 再び激しいおなかの差し込みが起こって肛門が爆発し、その直後に葵はとうとう泣き出してしまった。
 もう嗚咽を抑えられなかった。大粒の涙が次々と頬を伝り、汗と溶け合い流れ落ちてゆく。
 心が折れてしまった葵はもう、積み重ねられてきた腹痛と、大切な自分の体を汚物で穢してしまったことへの屈辱に耐えられなかった。

  ブジュビジュゥゥーッ! ビブジュプボッ! ビジュブジュビーーーッ!!
「……ぁぁあああ、ぁあっ……ひくっ、ぅう!」
 うんちに埋まった肛門から完全に液化した下痢便が次々と噴き出て、周りで固まっているゲル状の汚物を溶かして拡げてゆく。
 その余波はおしりと手の両方に伝わり、葵は惨めな不快感に打ち震えた。
 できることなら今すぐに下痢便の海から起き上がりたいが、もう葵には体を動かせるだけの力が残っていなかった。
 だからもう、自分の体と心が他ならぬ自分自身の行為によって汚されてゆく屈辱を、泣きながら感じ続けることしかできない。
 ほんの数十秒前までは想像すらできなかった、あまりにも惨めな野糞の結末だった。――それは自己の欲求のため禁忌を犯してしまった少女に下された神罰だったのかもしれない。

 ……しかし葵が味わっている苦痛はそれだけではない。
「っふぅぅぅ、ひくぅっ!……っぐぅ、ん……えぇぇ、ぇぇっ……」
  ジュポッ! ブジュビチビチジュビーーーーーッッ!!
(あつい……おみずのみたい、のみたいよぉ……)
 こうしている間にも、葵の脱水症状は際限なく悪化してゆくのである。
 わずかとは言え下痢便の触感に順応し始めた葵は、再び激しい喉の渇きに苦しみ始めた。
 下痢便を手とおしりに塗りつけてしまった時にはすでに相当に酷いものとなっていた葵の脱水症状だが、今はもうすぐにでも水を飲まないと危険な状態にまで至ってしまっていた。
 体全体、特に陽の光を吸い込んだ黒髪が灼けるように熱く、頭がぐらぐらと痛んで視界がぼやける。
 頭痛とめまいに刺激されて吐き気もさらに強いものとなり、体の痙攣は相変わらず止まらない。

  キュグルルルルルゥゥゥ……
「……ぁぁぁあぁ……」
  ブジュウゥーッッ! ブリプピブピピピピ!!ビジュッ!
 いつしか葵はもう、泣き声を上げる体力すら失ってしまっていた。
 水が飲みたくて飲みたくてたまらないが、草むらの中でひとり野糞をしている葵に、水分を補給する手段などあるはずも無かった。
 自分の着ているシャツが大量の汗を含んでいることに気付いてはいたが、両手が動かせないので噛み付くことができない。
 限界を超えて水分を吐き出してしまった葵には、頬から口の中へ流れ込む涙さえもおいしく感じられた。

  ……ブビッビビイィッブゥッ! ビジュジュジュッ……!
  ジュビッ……ビチビチュジュビプリッ!……プオッ
「……ぁぁ」
 永久に続くかのように思われた葵の排泄だったが、ここにきてようやく勢いが弱まり始めた。
 だがその一方で脱水症状の苦しみは累乗的に積み重ねられてゆく。
 絶え間無く降り注ぐ直射日光が衰弱した葵の肉体にさらに追い討ちをかける。
 真夏の草むらで陽に照らされながら野糞を続けてきた葵の体は、脱水症状に加えて日射病にかかってしまっていたのである。

  ブプピピッ……プリプビッ…… ブチュ……
 そしてついに葵の肛門は静かになった。
 まだ腹痛ととおなかの中の圧迫感が無くなったわけではないが、ようやく葵の下痢は一区切りがついたのだ。
 今にも意識の途切れそうな葵だったが、肛門がすぼまり閉じたのははっきりと分かると、深く安堵して声にもならないため息をついた。
 今の腹具合なら、おしりを拭いて下着を穿けば公園のトイレまで移動するぐらいのことはできそうである。

「…………」
 ――しかしそうするだけの力が、葵の小さな体にはもう残っていなかった。
 ランドセルの中にはポケットティッシュが入っているはずだが、もうこの重いランドセルを下ろすだけの体力すら無い。
 めちゃくちゃに汚れてしまっている両手と肛門を何分もかけて綺麗にすることなど、なおさらできそうになかった。
 葵はもう、自身の排泄行為の後始末をすることすらできなくなってしまっていたのである。

(……もう、ダメ……すこし、だ、け)
 そして葵はゆっくりと瞳を細め始めた。体を照らしつける日光があまりにも暑い。
 もう彼女の小さな体は限界だった。水が足りない。頭が痛い。気持ちが悪い。
 全ての苦痛が一つとなり、はかない意識を打ち崩してゆく。
 もう一分だけでもいいから休みたい――。

 ……だが、葵が完全にその視界を失った瞬間。
  ブロロロロロロロロロッ
(っ!!)
 突然背後から大きな音が聞こえ、葵は体をびくんとさせ、閉じていた瞳をはっと見開いた。
 車のエンジンの音である。まさに葵がトイレ代わりにしているこの空き地の後ろを通っているのだ。
  ……ロロロロロ……
 葵は胸を凍りつかせたが、幸いにしてそのまま通り過ぎてくれたようだった。

「はあー、はぁ、はぁー……!」
 何秒間か息を止めていた葵は車の音が聞こえなくなると、肩を震わせて荒い呼吸を繰り返した。
 真夏の午後三時で場所も人通りの少ない通り沿いだということもあり、葵は野糞を始めてからこれまで、人が近くを通る気配に一度たりとも脅えずにすんでいた。――それだけに、たとえ通ったのが人ではなく車だったとしても、今の事件は衝撃的だったのである。
 葵の平板な胸からは、心臓が壊れるぐらいに激しい鼓動の音が響いていた。
(ダメ……! 早く……ここにいちゃ、ダメ……!)
 こんな恥ずかしい姿を絶対に人に見られたくない。
 ――いつしか弱まっていた野糞への羞恥が再び鮮烈なものとなり、葵は止まっていた思考回路を働かせ始めた。
 何が何でもここから、それも一刻も早く逃げ出さなくてはいけない。
 再生した意志力が力尽きていた全身に底力を呼び起こし、葵は反射的に体を起こして手とおしりを下痢便の海から浮かせた。おしりと地面との間に、ぬるぬるした下痢便が茶色い糸を何本も引いてゆく。

  クギュウウゥゥゥゥッ!!
(――っ!?)
 その動作によって肛門が開いて腸が刺激されたのか、突然葵は巨大な圧迫感が直腸へと下りてくるのを感じた。

  ブオオオオォオオォォッッ!!!

「やだ……っ……」
 次の瞬間、物凄い勢いで葵の肛門からガスの塊が吐き出された。
 空気鉄砲のような勢いのおならが大地に向かって放たれ、肛門の下に溜まっている大量の下痢便を気圧で吹き散らかし、ただでさえ広範囲に広がっている茶色いかけらをさらに遠くにまで撒き散らしてゆく。
 あまりにも巨大で恥ずかしいその轟音に、葵は血の気が引いて青ざめていた頬を再び真っ赤に染めてしまった。

「あぁあぅ……っ……!」
(ダメぇぇぇぇっ!)
  ブウウゥウウゥウッ!! ブビビビイィッイィイィィイーー!!
  ブブブォオオォォーーッ!! プゥゥゥウウッ!
 そしてさらに次々と新しい圧力が大腸を駆け下り、葵は野蛮なおならを放ち続けた。
 おしりを震わせながら必死に肛門を締め付けようとした葵だが、下痢便に犯し尽くされて完全に感覚を失っており、わずかにひくつかせるのが精一杯だった。
 ガスの塊に直腸壁が擦られるのを感じるたびに、肛門粘膜の振動による強烈な爆音が響きわたる。
 もしこんな時に誰かが後ろを通ったら、取り返しのつかない事態になってしまう。
 葵は気の狂いそうな羞恥に悶えながら、下劣すぎる放屁を繰り返した。

(まだ出る……っ!)
「やぁぁ……」
  ブオゥッ!……ブウウゥゥーーゥゥ!ブゥウウゥゥーーーッッ!!
 肛門から大きな音が響くたびに足元の下痢便が吹き飛び、周りの雑草が横に傾く。
 すでに一日分にも勝る量のおならをしたというのに、おなかの中の圧迫感は一向に溶けてくれない。
 今までにも相当の量が下痢便と共に噴き出したはずなのに、まだ葵の肛門の奥には大量のガスが残っていたのである。
 大腸に詰め込まれて長時間熟成された大便は、彼女の想像を絶する量のガスを放出していたのだ。

  プゥゥウウッウウウッゥゥゥウウーーーーッッ!!!
「ぁぁはぁ……」
 最後に最も巨大なおならがかん高い音と共に肛門を流れ抜けた時、葵はついに便意が消滅してゆくのを感じた。
 とうとうおなかの中が空になったのである。一週間にわたって続いてきた苦しみの全てを葵は吐き出し終えたのだ。
 その爆音と臭いとで葵のいたいけな心を容赦なく辱め続けてきた、野外での脱糞という人生で最低の行為。それが今、ようやく終焉の時を迎えたのである。

(は、はやくおしり……ふかなきゃ)
 しかし葵が終えたのはあくまでも排泄行為であり、まだその後始末という重要な作業が残っている。
 下痢便まみれのおしりを綺麗にし、ショーツとホットパンツを上げて恥ずかしい陰部を隠さなければ、この地獄から元の日常へとは抜け出せないのだ。

「ぅぅっ……」
 しかし壮絶な放屁で体力を消耗してしまったためか、葵の意識は再び朦朧とし始めた。
 恐怖と羞恥の織り交ざった焦燥感に体を突き動かされている葵だったが、もう身体の限界など、とっくに超えきってしまっているのである。わずかな負荷さえも致命傷となるのだ。
 灼けるような喉の渇きも、日射病による頭痛とめまい、そして吐き気も、一向に治まらないどころか重くなってゆく一方である。
 滝のような汗を止むことなく垂れ流して荒い呼吸を繰り返しながら、さらに疲れ脅えた表情で全身を痙攣させている葵の姿は、あまりにも痛々しくて憐れなものだった。

「……はぁー、はぁー……はあぁー……」
  ガサ、ガサガサ……ガサ……
 再び瞳の光を失いかけた葵だったが、すぐにはっとしたように大きく目を見開き、突き動かされるかのように体をねじってランドセルを下ろし始めた。
 自身の肉体が危機的状況にあることを、葵は本能的に感じ始めたのである。単純に恥ずかしいだけでなく、このままいつまでもここにいたら何か恐ろしいことが自分の体に起こるかのような、異様な緊迫感が今の状況にはあった。
 手の平の下痢便がシャツやランドセルに付着してしまわないよう、肩紐に手首を押し付けるようにしながら、軋む体をゆっくりと動かしてゆく。

  ガサッッ
 ……そして葵は最後に体を大きくひねり、目の前に広がっている汚染されていない草々の上に、ランドセルを綺麗なまま下ろすことに成功した。

  ガサガサガサ……
「ふぅぅ……んっ」
 すぐに葵は地面に膝を付けてランドセルに顔を近付け、小さな口を開けて留具に噛み付くと、首を横にねじってそれを外した。
 そのまま上蓋を口で開け放ち、内ポケットに差し込んであるティッシュもまた口でもって引っ張り抜く。
 四つんばいで茶色く汚れたおしりを天空に突き出しながら、葵は必死の思いで獣のような作業を続けていた。
 わずかに体を動かすたびにも意識の糸が途切れそうになるが、それでも葵は動きを止めない。……もし止めてしまったら、もう二度と動けなくなるような気さえしていた。

「はぁ、はあー……はっ……」
 にもかかわらず、葵はいったん草の上に落としたティッシュを手で拾い上げた瞬間、凍りついたようにその体の動きを止めてしまった。
「ぁ、ぁ……っ……」
 ティッシュが軽い。
 予想に反して残りはわずかに十枚程度しかなかった。これっぽっちの量では、とてもではないが後始末をしきれない。
 もし汚れていたのがおしりの穴だけだったらまだ何とかなったかもしれないが、尻たぶ中に下痢便が塗りたくられた今の葵のおしりには、おもらしの後始末と同じぐらいに多くの量のペーパーが必要だった。その上両手までドロドロに汚れているのだから、これではもうどうしようもない。

(や、だ……どうし、よ……なにか、ふく、もの……)
 葵は絶望に心を覆われながらも、必死に辺りを見回した。
 周りの雑草の中に、おしりを拭くのに使えるものがあるかもしれないと考えたのである。
「……あっ」
 そしてすぐに葵は小さな声を上げた。
 ランドセルの中に入っているノートに気が付いたのだ。おしりを拭くためのものではないが、それは間違い無く紙の束だった。肌に付着している下痢便を拭き取ることはできる。

  ガサカサカサカサ……
 あれなら使えると判断した葵は、急いで手についた下痢便をティッシュで拭き取り始めた。
 ノートを汚さずにページをやぶり取るためには、手を先に綺麗にしなければならない。
「ぅぅ、え……っ……」
 ……しかしそれは予想にも増してつらい作業だった。
 爪の中が茶色くなるほどにまで濃厚に汚されている葵の惨めな両手は、ティッシュの一枚二枚では全くと言って良いほどに綺麗になってはくれなかった。
 その上、ティッシュで下痢便を拭き取るたびに触感がぬるぬると刺激され、耐えがたい不快感が葵の神経を撫でる。
 足元よりも顔に近い場所から悪臭が立ち上っていることもあって葵は酷く気持ち悪くなり、その吐き気をいっそう強めることになってしまった。

「……はぁ、はあぁ、うぐ……ぅえ、ぇ……」
  ……カサ、カサ……カサッ
 葵は顔を歪めて苦しげに呼吸を繰り返し、激しい悪寒に手をぶるぶると震わせながら作業を続けた。
 口の中にはすっぱい胃液が流れ込み始め、葵はたまらず何度も苦しげなえずき声を上げた。
 自分自身が排泄したドロドロの下痢便があまりにも臭く、そして汚かった。

  カサガサ、カサ……
「ぅぅ……ふぅ、うぅ……」
 あまりにも惨めで苦しい作業だったが、それでも葵は休むことなく手を拭き続け、すぐに十枚あまりのティッシュを全て使い切った。
 ところどころがまだ茶色いままの両手は依然として猛烈な便臭を放っていたが、それでもノートを汚すことなく手に取ることはできそうだった。臭いを付けてしまうことはあるかもしれないが、それはもうどうしようもない。
  ガサッ
「――っ!」
 すぐにノートへと手を伸ばした葵だったが、そのまま前へと倒れ込みそうになって慌てて体を起こし、膝を地面から離して重心を後ろへと移した。
「ぁぁ、ぁ……」
(……あつ、い……は、やく)
 手に取ったノートの上に大粒の汗がぼたぼたと垂れ落ちて表紙をふやけさせる。
 何とか体勢を立て直した葵だったが、もう脱水症状と日射病は限界にきていて、今すぐにも再び太陽の直射に押し倒されそうであった。

 葵は閉じかけたまぶたを再び開くと、まだ使われていないページを見つけるなりやぶりとり、そのまま肛門へとあてがった。
  カサカサ……
 自由に動かすのもつらくなり始めた右手をゆっくりと動かし、おしりを拭くにはあまりにも硬すぎる紙片へと、下痢便を塗り移してゆく。
「……ぁぁ……」
 なめらかなぬるつきがおしりを滑りまわり、葵はたまらず柔らかな声を上げた。
 葵はもうその触感を汚いと感じる余裕すら無くしていた。全身の感覚が急速に溶け始めているのだ。

  ……カサ、カサ、カサ……
 真っ茶色に汚れた一枚目の紙片を足元に捨てた葵は、さらに二枚目三枚目とノートのページをやぶり取ってはおしりに押し付けていった。
 必死の思いでおしりを拭き始めた葵だったが、二枚目の紙を捨てる頃には体の動きが大きく鈍り、三枚目を捨てる頃には目から生気を失っていた。
 そして四回目にノートへと手を伸ばした時、葵はもうページをやぶり取ることができなかった。
 手に力が入らない。驚くべきことだったが、葵はもうその事態さえもよく分からなかった。声も上げられない。
 心も体も限界だった。もう何も考えられない。ただ疲れていて、休みたかった。
 あれほどに苦しかった吐き気や頭痛さえも、いつからかよく分からなくなっていた。

  ガサッッ!
 次の瞬間、突然葵の視界が雑草の緑から天空の青へと変化した。
 上半身を支えられなくなった両足が崩れ、体が後ろへと倒れかかったのである。
  ベプグチャブプッ
 葵は反射的に左手を横について体を支えたが、それでもしりもちをつくのは避けられなかった。
 再び葵は自身が雑草の上に産み出した下痢便の山へと、茶色いおしりを突っ込ませてしまったのである。
「ぁ……ぁ、ぁ……」
 生暖かい軟らかさが再び小さなおしりから全身へと伝わり、葵は悲痛な呻き声を上げた。
 せっかく綺麗にし始めたおしりをさらに酷く汚してしまったのだ。
(……いや……)
 そう認識した瞬間、惨めな絶望に胸を打ちひしがれ、葵はついに心が折れてしまった。
 わずかに残していた力が小さな体から急速に流れ出し、同時に意識が閉ざされてゆく。

 あつい。
 おみずがのみたい。

 ――切実で純粋な欲求だけが最後に葵の意識に残ったが、その望みはもう、叶えられそうになかった。
 そしてその願いさえも次の瞬間には意識の底へと溶け落ち、葵の頭の中は完全に真っ白になった。
(……もう)
 薄く開かれていたまぶたがゆっくりと閉ざされる。

 ……カサ……ッ…………

 そのまま葵は手をついていた左横へと静かに崩れ込み、それきり動かなくなってしまった。
 ついに力尽き、気を失ってしまったのである。
 激しい脱水症状と日射病。――真夏の太陽に照らされながら野糞をすることによって生じたこの二つの過酷な苦しみに、未成熟で抵抗力の無い十歳の女児は耐えきることができなかったのだ。
 ……結局、こんな時にこんな場所で野糞をしてしまったのが間違いだったのである。
 あまりに酷い下痢の苦しみと目前に迫ったおもらしという惨事から逃れるため、救いを求めてこの空き地へと駆け込んだ葵だったが、その結末はあまりにも残酷なものだった。おもらしをして下着とホットパンツを醜く汚すよりも、さらに哀れな運命に葵は見舞われてしまったのである。
 横たわる葵を守るかのように雲が重なり太陽の光を遮り始めたが、その安らぎはあまりにも遅すぎるものだった……。


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「葵ちゃん……」
 夏実は自室のベッドの上であお向けになりながら、心配そうな表情でぼんやりと時計を眺めていた。
 時刻は午後四時。葵と別れて帰宅してからすでに一時間近くが経っていた。
(葵ちゃん、あの時……)
 夏実は体をひっくり返して枕をぎゅっと掴み、葵と別れた時のことを思い出し始めた。

『……わかったよ。ボク、家に帰るからっ!』
 そう宣言して葵のもとから走り去った夏実だったが、すぐに再び不安の情に飲み込まれ、葵と別れた十字路へと戻り始めていた。せめて公園に着くまで見守りたいと思ったのである。
 そして十字路から夏実が公園への道路を見た時、葵はしゃがみこんで震えていた。
 その姿を見た夏実はついに葵がうんちを漏らしてしまったと思って体を凍りつかせたが、次の瞬間に葵は立ち上がって肛門を抑え、そのまま傍にある空き地へと駆け込んでしまった。
 一瞬何が起こったのか夏実は分からなかったが、すぐに葵が空き地に駆け込んだ理由が野糞をするためだと気付いた。
(ボク、なんにも見なかったから……っ!)
 そして夏実はそのことに気付くなり、見てはいけないものを見てしまったことへの罪悪感を感じて、再び家へと駆け戻ったのであった。

「はぁ……」
(葵ちゃん、もう帰ってるよね……?)
 夏実は葵の家に電話をかけたくてたまらなくなっていた。
 もちろん野糞のことなど訊ねるつもりはない。単純に葵のことが心配だったし、何よりも会話をしたかった。
 葵のことが大好きな夏実は自身の存在を拒絶されたことに傷付き、葵から優しい言葉をかけてもらうことで二人の絆を確かめたかったのである。

「うん。電話しよ」
 そして夏実はついに決心して体を起こし、すでに枕元に置いてあった電話の子機を手に取った。
  ルルルルルル……
(……葵ちゃん……)
 葵の家の番号を一瞬で入力した夏実は、鼓動の速まりつつある胸を左手でぎゅっと抑え込みながら、呼び出し音が途切れるのを待った。

  ……ルルルルルル
(葵ちゃん……?)
 しかし二分三分待っても、電話には誰も出る気配が無かった。
「……どうしちゃったんだろう?」
 夏実は通話停止ボタンを押して子機を膝の上に置くと、なぜ葵が家にいないのか考え始めた。
 あれほどに酷くおなかをこわしているのだから、家に帰った後にどこかへ出かけたとは考えにくい。
 親と病院に行ったのかもしれないが、夏実は何か家に帰れないようなことが葵に起こったのではという不安を覚えずにはいられなかった。
 もしかしたら、空き地に駆け込む直前にしゃがみこんでいた時に、もう漏らしてしまっていたのかもしれない。
 そして空き地に駆け込んで野糞をしたものの、下半身を汚してしまったせいでそこから動けずに困っているのかもしれない。

(葵ちゃん、やっぱりきっと……!)
 色々な可能性を考えたが、やはり夏実は葵に何かがあったと考えずにはいられなかった。
 肛門を抑えつけて必死に便意を我慢している葵の姿が目に焼きついてしまっている。今にもうんちを漏らしそうな葵がその代わりに放ったおならの臭いも、幾度と無く嗅いでしまっている。
 ――葵の下痢の酷さを目の当たりにしてきた夏実にとって、何らかの形での悲劇は避けがたい帰結のようにさえ思われた。

(もう一度だけかけて……それでも葵ちゃんがいなかったら……)
 様子を見に行こう、と夏実は決心した。緊張した面持ちで子機へと手を伸ばす。
  ルルルルルル……
 相変わらず誰も出ない。
 夏実の心はますます強く、重苦しい不安に締め付けられていった……。


「はっはっ、はぁっ」
 そしてそれから五分も経たない内に、夏実は葵と分かれた交差点にやってきていた。
 右に曲がると遠くに公園の入り口、そしてそれよりも少し近くに、葵が駆け込んだ空き地がわずかに見える。
(葵ちゃん……)
 夏実は喉をごくりと鳴らすと、それまではできるだけ速く動かしていた足の動きを止め、ゆっくりと空き地に向かって進み始めた。

 もしも想像通り葵がおもらしをしてしまっているとしたら、きっと自身の惨めな姿を見られることを嫌がるだろう。
 ――そのことは夏実もよく分かっていたが、それでも葵を助けたくてたまらなかった。
 あまりに純真すぎる夏実は、自身の想いと行動とを乖離させることができるような器用さを持っていないのだ。

(……葵ちゃん、葵ちゃん……)
 夏実は心の中で呪文のように葵の名前を繰り返しながら、ゆっくりと歩を進めていった。
 いつの間にか空は厚い雲に覆われ、あれほどに強かった日光はずいぶんと穏やかなものになっていた。
 気温もいくらか下がり、まるで雨でも降り出しそうな気配である。
 そしてその空の暗さは夏実の中の暗い不安をさらに増幅するものだった。

(葵ちゃんっ)
 空き地が眼前へと迫ってくる。
 夏実は少しだけ離れたところにある電柱の陰に隠れ、そっと空き地の様子を伺った。

(……いない?)
 しかし、葵の姿は見えなかった。
 空き地の奥まで目を届かせてもやはり何も見えない。
 どうやらもうそこにはいないようだった。
(公園のトイレに、行ったのかな……?)
 そう思いながら夏実はゆっくりと電柱を離れ、前へと進み始めた。

「ぅ……っ……」
 そしてわずかに歩を進めた瞬間、急に大便の臭いが漂い始めた。
(これって……)
 普通だったらなぜこんなところで便臭がするのか想像もつかないだろうが、夏実にははっきりとそれが葵の排泄したうんちの臭いだと分かった。
 空き地へと近づくにつれて便臭はその濃さを増し、すぐに下痢便特有の臭いであるとまで分かるようになった。

(ボク……)
 夏実は吸い寄せられるかのように空き地へと向かったが、その入り口で静かに歩みを止めてしまった。
 すでに葵がここにいない以上、自分がこの草むらの中に入り込む必要は無い。
 それどころか、この中に入ったら葵の排泄物――彼女が最も見られたくないであろう野糞の痕跡を見てしまうことになる。
 それが葵の望むことでないのは明らかだった。
(……でも……)
 それでも夏実は気になって仕方が無かった。
 それが純粋な心配によるものなのか、それとも少年らしい好奇心によるものなのかは分からない。
 葵にとってそれがどんなに恥ずかしいことだとしても、夏実はなぜかそれを確かめずにはいられなかった。
(葵ちゃん、ごめん……!)
 夏実は溜まっていた唾をごくりと飲み込み、ゆっくりと草むらの中に入り始めた。

  ガサッ
「あれ?」
 奥の方に、彩やかな赤い何かが見えた。
 夏実はその色に見覚えがあるような気がしたが、それが何の色だったかは思い出せなかった。
  ガサガサッ……
(あしもと、気をつけないと……)
 さらに一歩二歩と進むと便臭はますますその濃密さを増し、まるで自身がトイレで排泄をした直後のように鮮明なものにまでなり始めた。
 葵が野糞をした現場までもうそれほど離れていないことに夏実は気付き、視点を足元に定めて歩き始めた。葵のうんちを踏みたくはなかったのである。たとえ親友が排泄したものだとしても汚物は汚物だった。

  ……ガサ、ガサ……ガサ
「はあ、はぁ……」
 夏実は一歩進むごとに胸の鼓動が速まるのを感じながら、さらに三歩、四歩、と草むらの奥へ入り込んだ。
 すると一段背の高い大きな草が群れていたので、夏実はそれを手で横に払った。
 前方の視界がばさりと開けた瞬間、

「きゃあぁぁっっ!!!」
 夏実は眼前の光景に驚愕し、あまりにも女の子らしい悲鳴を上げた。
 赤いランドセルの傍で体を丸めて横たわっている少女。見るなりそれが葵だと分かり、夏実は胸を凍りつかせた。
「……やっぁぁぁ、あ……!?」
 夏実は小さな体を小刻みに震わせながら、何が起こっているのかよく分からず葵の姿を凝視した。
 葵は弱々しい呼吸をゆっくりと繰り返していた。夏実の叫び声が響いてもぴくりともせず、完全に意識を失っている。
 むき出しのままのおしりは下痢便でめちゃくちゃに汚れ、すぐ後方には物凄い量の下痢便が山をなして猛烈な悪臭を立ち上らせている。
 どういうわけか手まで下痢便で汚れ、だらりと地面に垂れ下がった右手のすぐ下には学校で使っているノートが落ちている。
 そしてよく見ると、下痢便の海の中に茶色く染まった紙くずが見えた。どうやら野糞をし終えた後、ティッシュ代わりにノートでおしりを拭いている最中に気絶したようだった。
 大地に広がる下痢便の量が常識的には考えられないほどに異常に多かったが、状況から考えて葵がひとりで産み出したものなのは間違いが無かった。
 ――葵の体を取り巻いている状況は、形的にはまさに夏実の想像と一致したものだったのである。

 だが、葵が気絶している理由だけは全く理解できなかったし、今の状況が自分の想像と一致していたことにも夏実は気付いていなかった。
 ただわけが分からず、頭の中が真っ白になっていた。
「あおい、ちゃん……?」
 夏実は声を震わせながら葵の名前を呼んだが、やはり葵は目を覚まさない。
「え……? ちょっと、うそだよね……?」
 そのまま夏実は目の前の葵のもとへ、ゆっくりと歩き始めた。

  グチュプッ
「――っ!?」
 一歩足を前に進めた瞬間、まるで地面のぬかるみを踏んでしまったかのような感触を夏実は靴の裏に感じた。
 驚いて足元を見ると、雑草の上に茶色い汚物が飛び散っていた。夏実は葵のうんちを踏んでしまったのだ。
 葵の体はまだ手を伸ばしても届かないほどに夏実から離れているのに、その排泄物はここまで届いていたのである。
 想像を絶する状況の異常さに、夏実はますますその困惑を強めた。

「葵ちゃんっ!」
 足を前に出すと再び葵のうんちが靴底に貼り付いたが、夏実はもうそれには全くかまわず、葵の名前を呼びながら手を伸ばした。
「葵ちゃん葵ちゃん、葵ちゃんっ!!」
 夏実は明らかに自分よりも体温が高くなっている葵の体を両手で掴み、無我夢中になって大声で叫んだ。
 それでも葵は全く反応しない。目を開けてくれない。
「葵ちゃんっ!葵ちゃんあおいちゃんあおいちゃんっっ!!」
 夏実は声が枯れるほどに大声で叫びながら葵の体をがくがくと動かしたが、それでも葵はびくともせず、ただ静かに呼吸をするのみである。
「やだあぁぁっ!!あおいちゃんっっ!!あおいちゃんあおいちゃんあおいちゃんっ!!!」
 夏実は目に涙を浮かべて泣き叫んだが、その悲痛な声すらも葵には届かない。
「やぁあぁぁ……あお、い、ちゃん……っ……っあぁぁ……」
 近隣の住民たちの見守る中、葵が救急車で病院へと運ばれていったのは、それから十分も経たない内のことだった――。


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(……?)
 眠りから目覚めた葵の瞳に、見たことのない天井が映った。
 灼熱の砂漠をさまよい続ける、すごく苦しい夢を見ていたような気がする。
 途中で何度も自分の名前を呼ばれたような気がするが、誰の声かは覚えていない。
 頭のぼけている葵は自分に何が起こったのかすぐには理解できず、ぼんやりと天井を見つめた。

「――あっ」
 静寂が数秒の間続いていたが、ふと葵の耳に聞き慣れた声が入った。
「葵」
 声の聞こえた方へゆっくりと首を動かすと、兄の健太が近づいてくるのが見えた。
「大丈夫か?」
 健太は安堵したような表情で葵にそう尋ねたが、その表情には同時に困惑の色も見えた。
 葵はまだ状況がよく分からず、ぼんやりと兄の顔を見た。

「……あたし……?」
 葵は体を起こそうとしたが、力が入らなくて動けなかった。
 特に左手の感覚が無い。よく見るとすぐ側に点滴のボトルが見え、その時になって始めて葵は自分が病院のベッドに寝ていることに気付いた。
 左手には点滴の針が刺さっていたのである。

「おにいちゃん」
 抑揚の無い声を出す。
「ちょっと待ってろよ、今母さんたちに電話してくるから」
 健太はそう言うとポケットから携帯電話を取り出して病室の外へと出ていった。

 葵は横になったまま、ぼんやりと病室の中を見回した。
 時計は十時を指していて、窓の外は真っ暗である。
 葵は窓へと目をやった時に、外からしとしとと音が聞こえてくることに気付いた。どうやら雨が降っているようだった。

(昼はあんなに暑かったのに)
 ふとそう思った。すごく暑くて苦しい思いをしたような気がする。
 汗をいっぱい流したような気がする。喉が渇いていたような気がする。
 今は体中がさっぱりしていて喉も潤っているが、昼は確かに体中がべたべたして喉がからからしていた。
(……どうしてあたし、ここにいるんだっけ?)
 止まっていた葵の思考回路がゆっくりと動き始めた。


 健太はそれからすぐに戻ってきた。
「母さんは今夜ここに泊まるから、家に荷物を取りに行ってるんだ。すぐに父さんといっしょに来るから」
 健太は相変わらず困ったような表情で葵にそう伝えた。
「ねえ……おにいちゃん……」
「ん?」
 再び兄に話しかけた葵の声色は、何かに脅えるような暗く重いものへと変化していた。
「あたし、どうやってここにきたの?」
「えっと……」
 健太は言葉に詰まった。葵が野糞をしている最中に日射病で倒れて病院に運び込まれたことは当然聞かされているが、まさかそれをそのまま口にするわけにもいかない。
 母からは絶対に野糞のことをからかったりしてはいけないと強く言われているし、そうでなくても、女の子にとって自分が野糞をしたことを知られるのが耐えがたい羞恥であることは理解できる。倒れていた場所の周りに下痢状の大便がぶちまけられていたことから、おなかを壊してどうしても我慢ができずに野糞に及んでしまったのだろう――という医師の話も両親から、婉曲的にではあるが聞かされていた。
 ……だから、妹を傷付けてしまわないため、できれば野糞のことには触れたくなかった。

「救急車で、ここに、きたの?」
 言葉に詰まっている健太に、さらに葵は尋ねた。わずかに声が震え始めている。
「……そうだよ、下校中に日射病で倒れてたんだって」
 野糞のことには触れないよう工夫して健太は答えた。
 実際には下痢と発汗による脱水症状も大きな原因だったようだが、その事実は野糞と繋がる点があるので避けた。

「……やだ……やだぁ……」
 しかしそれを聴いた葵は悲痛そうに嘆き、首を小さく横に震わせると、右手で顔を隠して震え始めた。
 自分が野糞の後始末をしている最中に力尽きてしまったことを、完全に思い出してしまったのだ。
 救急車で運ばれたということは、間違い無く自分の恥ずかしい姿を何人かの人に目撃されてしまったということである。
 トイレではない場所、それも野外で恥ずかしい下半身をさらけ出し、そして大便を排泄するという人間として最低の行為――野糞をしてしまったという事実を知られるだけでも絶望的に恥ずかしいのに、その現場まで見られてしまった。
 他ならぬ自分が排泄した大量の下痢便、その上にしりもちをついてしまったせいで酷く汚れてしまったむき出しのおしり、絶対に人には見られたくない自分の中の最も汚い部分である肛門、しかもそれは排泄したままの状態で付着した汚物を拭き取ることもかなわずに――。
 ――あまりにも下品で惨めでそして醜い恥態の全てを、自分以外の人、それも何人もの人々に見られてしまった。

「やだやだ……やだぁ……やだぁぁ……っ……!」
 あまりにも残酷な確信。
 葵はそのまま顔を歪めて静かに泣き始めてしまった。
「やだぁ、もう……いやしんじゃ、いた、い……やだ」
 自分を押し倒したあの直射日光よりも、さらに熱く痛い羞恥。
 ただでさえ繊細な葵は、一人の女の子として、もう自分の人生はおしまいだと思った。
 もう立ち直れない。二度と外を歩けない。もうずっと家にひきこもるしかない。葵の心を絶望が覆い尽くしていった。

「お、おい……なんでいきなり泣くんだよ……」
 突然妹が泣きだし、健太は大いに困惑した。
 これではまるで自分が泣かせてしまったかのようである。
 このまま両親が来るまで葵が泣きやんでくれなかったら、確実に誤解されてしまう。
 母にはまたさんざん叱られるだろうし、最悪、父に殴られるかもしれない。……そんな恐ろしい目にあうのは絶対に嫌だった。
「どうしたんだよ? 落ち着けよっ」
 健太は慌てて葵の頭を撫でて慰め始めた。
「やあぁぁ……あぁぁ、やだ……やだぁぁ……っ!」
 葵は全く泣きやまない。小さな体をぶるぶると震わせて大粒の涙を枕へと染み込ませてゆく。

「下痢してたから、しかた無かったんだろ?」
 さらに健太は頭の中に思い浮かぶままに慰めの言葉を続けた。
 すると突然、葵は目を見開いてその泣き声を止めてしまった。
 健太はそれを見てほっとしたが、葵が静かになったのは彼の言葉に慰められたからではなかった。

「……しってる……の?」
「は?」
 突然顔から手を離し、凍りついた表情で兄の顔を見つめる葵。異常に切迫した声色でいきなり意味不明なことを聞いてきたので、健太は驚いて間の抜けた返事をしてしまった。
「あたしが……した、こと……」
「……えっと……空き地で野糞してたことか?」
 何となくではあるが、妹は自分の恥ずかしい行為について訊ねようとしているように健太には見えた。
 それで彼は今度は変にごまかさない方が良いと考え、素直にそう答えた。
 野糞という言葉を口にした瞬間、葵の体が目に見える形でびくっと震えた。

「…………しって、た、んだ」
「あたりまえだろ」
 そしてそれを聞いた葵は妙にショックを受けたようだが、健太は今さら何でそんなに驚くのか分からなかった。
 家族に事情が伝わるのは当たり前だから、泣き出した時点でそのことも理解したはずだと思っているのだ。
「やあぁ……あ……やぁぁあぁあっっ!!」
 だがそれは彼の思い込みにすぎなかった。葵はこの時になって始めて、兄、そしておそらく両親にも、自分が野糞をしてしまったことが知られていることに気付いたのである。それまでは病院の人しか知らないと思っていたのだ。――兄妹の想いはわずかにすれ違っていたのである。
「だからなんでいきなり泣くんだよっ!?」
「っぁあぁぁあ……!やあぁぁ……あぁ、あぁぁぁあんんっ!!」
 ――悲劇的なすれ違いだった。
 慰めようとして兄が口にした言葉は、反転して妹の傷付いた心をさらに深く深くえぐりつけてしまったのである。
 葵は自分が野糞をしてしまったことを、せめて家族にだけは知られたくなかった。その切実な想いに健太は気付いてあげられなかったのだ。

「……でてっ、て。おにい、ちゃひくっ!……でてって!!」
 すぐに葵は兄が傍にいることを拒絶した。
 もう自分を見られたくなかった。野糞をした汚い自分を、慣れ親しんだ目で見てほしくなかった。
 女の子としてありえない最低な行為をしたことを知られてしまった自分はもう、家族といっしょにいることなどできない。
「わかったよ……」
 もうどうしようもないと思った健太は、釈然としないまま病室を出ていった。
「やあぁ……あぁぁあぁ……!! うええぇ、ぇぇぇえぇん……っ……!」
 葵は泣きながら布団の中にもぐり込み、さらに激しく泣き続けた。
 もう自分はどこにいることもできない。家にも恥ずかしくていられないから、ひきこもることもできない。
 胸がちぎれそうな後悔と羞恥。心の無垢すぎる十歳の少女には耐えられるはずもない圧倒的絶望に心を塗りつくされ、葵はただ泣きわめくことしかできなかった。

「やだあっ、いやぁあぁ……あぁぁ、ぁあぁぁあ……っ……!」
 どうしてあと少しだけトイレまで我慢できなかったんだろう。どうして野糞なんてしてしまったんだろう。どうしてあやちゃんがあれほど止めてくれたのにコーラックなんて飲んでしまったんだろう。
 ……葵にはもう、何も分からなかった。自分がしてしまったことをどんなに後悔しても、もう取り返しがつかない。
 ただ自分がこの世で最低の女の子だという絶望的自覚があるだけだった。

「なんなんだよ、あいつ……?」
 廊下にまでも悲痛な泣き声が響いてくる。
 健太はそれから妹の異常な変化の理由を考え続けたが、結局解らずじまいだった。
「っやあっぁぁぁああ……!! ええぇぅぐ、っぅぅぅええぇ……ええぇぇえぇんんっ!!!」
 十歳の女の子の中にゆっくりと育ち始めていた女性としての尊厳。それを容赦なく傷付けられ、さらに泥まで塗り付けられた哀れな葵は、ただ本能的に泣き叫ぶことしかできなかった。
 その泣き声が止んだのは、五分後に両親が到着して、さらにそれから十分が経った時のことだった……。

 体力を回復した葵が病院から家へと帰ってきたのは、その翌々日のことだった。
 しかし精神的に、葵はまだ日常生活へと戻ることができる状態ではなかったため、そのまま夏休みまで学校に行くことはできなかった。家族の誰も野糞のことには触れようとしなかったが、葵はたえず野糞の羞恥に脅え続け、一日中部屋に引き篭もって毎晩のように悪夢にうなされて泣き声を上げた。
 それでも両親、さらに健太も加わって葵の心の傷を癒そうと様々な努力を続けたこともあり、一週間後には部屋から出れるようになり、二週間後には穏やかに眠ることができるようになり、そして三週間後にはお見舞いに来た夏実と綾香に久しぶりに会って元気な姿を見せることができた。それを機に外へと遊びに行くこともできるようになり、葵は自力で心の傷を癒してゆくことができるようになった。
 やがて葵の野糞事件は周りの中でも本人の中でも徐々に無かったこととなり、長い夏休みを通して完全に立ち直ることができた葵は、二学期からもとの学校生活へと戻ることができた。
 夏の穏やかな日々と家族や友の温もりに包まれて、葵は悪夢から目を覚ますことができたのである。

 その頃葵は再び便秘に苦しむ生活に戻っていたが、その症状は不思議と徐々に回復してゆき、六年生になる頃には一日一回の健康な排便生活へと戻ることができた。
 それは、葵の机から下剤を見つけて娘の悩みを知った母が、野糞を知られて深く傷付いてしまった娘の心をそれ以上傷付けないように、こっそりと食事のメニューに手を加え、野菜などの繊維質の多い食材を多く取り入れていった成果だった。葵の腸の作用はそのおかげで、随分と活発になったのである。
 そしてまた、健太が葵のことをまったくからかわなくなったために、腸の活発化によって生じやすくなった便意をいつでも好きな時に、堂々と開放できるようになったことも大きかった。
 そうして葵は心身ともに、便秘の苦しみから開放されることができたのである。
 やがて便秘が治って何ヶ月かが経つ内にその苦しみも過去の記憶となり、葵は何事にも束縛されず、その純粋な心の赴くままに自由に羽を伸ばすことができるようになったのだった――。


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