No.12「穢された朝(中編)」

 凛堂 朝香 (りんどう あさか)
 11歳 私立礼徒女子学院初等部6年A組
 身長:149.4cm 体重:39.7kg 3サイズ:69-53-74
 純白のリボンで結ばれた漆黒のポニーテールが美しい、凛とした女の子。

 ヒロインの物語開始直前一週間の日別排便回数(←過去 最近→)
 0/1/0/0/1/0/0 平均:0.3(=2/7)回 状態:健康

<1> / 1 2 3 4 / Novel / Index

  ガトン……ゴトン……ゴトン……

 満員の車内に、静かな揺れ音が響き流れてゆく。
 この急行列車が中里駅を離れてからすでに三分が過ぎ、ちょうどさっき一つ目の駅を通過したところであった。

 ベッドタウンである東京郊外から中央二十三区への通勤通学用に使われているこの路線は、ラッシュ時にはいつも満員になる。急行の場合はなおさらで、今の車内は体を動かすのさえ困難なほどの混み具合であった。
 数え切れないほどの乗客。彼らの時間の過ごし方も十人十色だった。ある者は窓の外の景色を眺め、ある者は携帯電話をいじり、ある者は雑誌や新聞、あるいは小説などを読み、またある者はぼんやりと車内広告を眺めていた。友人としゃべっている学生も多い。混雑した車内は安息からほど遠い空間であったが、これもまた平和な毎朝の風景であった。

 ――が。この朝、この電車、この車両の中の空気だけは、明らかにいつもとは違っていた。
 普段なら他人の存在などは気にも留めないはずの乗客たちが、一人の少女の方にちらちらと視線を送っているのだ。
 それは、清楚な白い制服に身を包んだ、美しく可愛らしい、天使のような小学生の女の子だった。
 しかし。乗客たちは、彼女の魅力に捉われてそうしていたわけではなかった。
 その様相がめだって異常だったために、好奇と不安の思いから、つい見てしまうのであった。

  ……ガトン……ゴトン……
「……はぁ、はぁー……はあ……」
 少女は、青ざめた顔を苦しげに歪ませながら、腰を曲げて左手で手すりを掴み右手でおなかを抱え込んでいた。
 冷房の効いた車内にいるにも関わらず、その頬を大粒の汗が伝わっている。
 異様な発汗に加えてその呼吸も不自然なほどに荒々しく、時には大きなため息までついていた。
 何よりも、体がぶるりぶるりと震えているのが目立つ。また、これは多くの乗客の目には見えないことだが、足は完全に内股と化し、膝と膝、さらにはくるぶし同士を、絶え間なくもぞもぞと擦り合わせていた。
  ゴトン……ガタン……
「ふぅぅ……、ぅぅう……」
 少女は窓の方を向き、外の景色を睨みつけていた。その顔が、ときおり窓ガラスに反射して後ろへと見える。
 ……険しい表情を、乗客たちの瞳に焼き付けていた。少女の顔立ちは人形のように美しく整っていた。そのせいで、彼女の表情の歪みは、いっそう強い違和感を見る人々の胸に覚えさせていた。
  ガタン……ゴトン……
「はあ、はぁ、……はぁーー……はぁ……」
 小さなおしりが、後ろへ突き出されて震えている。
 背中には黒いランドセルを背負っているが、しかし異様にも、ランドセルよりもおしりの方が高く後方へ押し出されていた。それほどに少女は体を前屈みにしているのだ。背中越しに見える小さな肘が、絶え間なくもそもそと動いていた。
 乗客たちは、みな、その突き出されたおしりが殊に気になっていた。
 とは言っても、もちろん性的な興味ではない。まだ十一歳、二歳にすぎない少女の肉体は明らかに未成熟だったし、彼女に視線を送っている者の中には女性もいる。……表層ではなく、中身が周囲の意識を引いているのだ。恥ずかしげに震えている小さなおしりがただ事でない状態にあることに、みな気付いてしまっているのだ。

  ゴトン……ガタングギュルルルゥゥーーッ
「っふぅ……っ……」
(また、おなか鳴った……)
(ありゃかなりひどいな)
(下痢してる……)
(かわいそうに……。あの子、完全に下痢だな)
 ……下痢である。少女は腹を壊してしまっている。
 それもかなり具合が酷いらしい。中腰で震える彼女の後姿からは、ただならぬ苦闘の様相が滲み出していた。猛烈な便意を我慢しているようだ。……もう、トイレに行きたくて行きたくてどうしようもないといった様子である。
 この露骨な有様を見て、彼女の不調に気付かない乗客などいようはずもなかった。

 おそらく、多くの者にとって、他人がこれほどに激しく下痢に苦しんでいる様を見るのはこれが初めてだろう。
 それも、花も恥らう年頃の乙女がここまで切羽詰っている姿を見るのは、今回が最初で最後だろう。
 不運の積み重ねが作り出した、あまりにも異様な光景。
 他でもない。この惨めな少女は、さっき大慌てで駆け込んできた朝香であった。


  グキュゥ〜〜……ゴロゴロゴロ〜〜ッ……
「あぁぁぁ……」
 傷んだ卵に中り、猛烈に腹を下してしまった悲劇の天使。
 危惧していた通り、朝香は自身の肉体――括約筋の限界が目前に迫っているのを感じていた。
「はぁっ……はぁっ……はあ……」
  ……キュルルルル……グゥゥ〜〜……
(おなかが痛い……早くおトイレ行きたい……早く出したい……!)
 目を固くつぶり、唇をぎっと噛み締め、手すりを揉みしだき悶絶する。
 気の狂いそうなほどの便意が、朝香の小さなおなかの中で暴れまわっていた。
 彼女の下痢はすでに並大抵のつらさではなく、その尻は暴発寸前の状態であった。
  グルルギュウウゥゥゥゥ……
(もうやだ……早く着いてよ……はやく。はやく、はやく、はやく。もう、たえられない!)
 激しい腹鳴りを伴う、物凄い腹痛。下腹を撫で嬲り続ける、獰猛で執拗な悪魔。
 もう、大便を排泄すること以外、何も考えられない。糞をしたくてしたくてたまらない。狂おしいほどに、白い陶器にまたがっておしりをむき出しにしたい。激しく穴を開きたい。一刻も早く苦しみを吐き出したい。
 トイレの中の光景、そして個室の中の便器の映像が、頭の中をぐるぐるぐるぐると回ってゆく。
 ……これはもう、人生最大の下痢だ。

  グギュウ〜〜ッ!
「っ、ぅっ……!」
 この酷さはやはり食あたりならではのものであった。が、朝香はそうだと考える余裕さえなくしていた。
 とにかくおなかが猛痛に締め付けられ、異常な腹圧で今にも肛門が開きそうなのだ。
 腸の中で物凄い勢いで下痢便が生産されているのが、おなかが張り詰めてゆく不気味な感覚で分かる。
 おしりが熱い。脂汗に濡れ、ひくひくと震える肛門。軟らかく水っぽい排泄欲求に、絶え間なく圧迫されていた。どっさりと大質量の泥。腸が蠕動するたびに新しいものが注ぎ込まれ、留める苦しみが倍加してゆく。
  ギュルルルルルゥ……ギュロロロロロ〜〜……
「ぁ、ぁ、ぁ……」
 ぶるぶると中腰で震え、だらだらと汗を流しながら、顔面蒼白で腹をさすり続ける。
 自身が恥ずかしい姿であると自覚し、それゆえ周囲に下痢を感づかれていることも知っていたが、もう、どうすることもできなかった。惨めで恥ずかしくてたまらないが、腹痛が酷すぎて平時の姿勢をとることなどできない。
 礼徒の子女として、あまりにも情けない姿。
 それでも絶対に尻にだけは手を伸ばさないことで必死に尊厳を維持していたが、そんなことでしか誇りを保てない現状こそが、何よりも情けないものであった。

 そしてそんな姿だからこそ、彼女は周りから好奇や心配、あるいは軽蔑の眼差しを浴びているのだ。

「俺、女の子がマジで下痢してるの、初めて見たよ……」
「あんな可愛い子でも、下痢しちゃうんだなあ……」
「俺はロリコンじゃないけど……あれは確かに興ざめだな」
「おまえらバカ、聞こえてるって」
 後ろの方からひそひそ話が聞こえてくる。
 異性に自身の下に関することを話されるなど、もちろん朝香にとっては初めてだった。しかも恥ずかしい下痢について。言うまでもなく、耐え難い屈辱である。

「ていうか、あの娘、やばくない?」
「ああー、あれはもうやばいねー。ゲリピーだねー」
「そうじゃなくて、あのままじゃあの娘、ヘタしたら漏らすんじゃない?」
 右斜め後ろの方からも聞こえてきていた。
 こちらはおそらく女子高生――同性によるものだ。が、だいいち同性でさえ初めてだった。
 そもそも朝香は物心ついて以降、親以外に自分が下痢に苦しんでいる姿を見せたことがない。
 四年生の時は一応見せたことになるが、あれはすでにことが終わった後だった。やはり生まれて初めての恥辱だ。

「――いくらなんでもそれはないでしょ?」
「でも、これ急行だし……次の駅までだいぶあるし。あの様子だとホントにしかねないよ?」
「こんな満員電車でウンコされたらもうテロだねー」
「冗談抜きで……、避難しといた方がよくない?」
「いいよいいよ。もしホントにやっちゃってもたかがウンコでしょ」
「えー。こんなとこで臭いが広がったら、くさくて死ぬよ、たぶん?」
 さらに続く侮蔑の会話。不慮の下痢に苦しむ朝香の気持ちをかき乱す、おそろしく屈辱的な内容だった。
 美しい日常で育まれてきたプライドが、ボロボロに傷付けられてゆく。
 堂々と"ウンコ"という言葉を口にするような恥知らずな女性にまで、今は見下されている。

  グウゥゥ〜……グキュゥゥキュゥゥゥ……
「ぅ……ぅぅ、ぅ……」
 嘲笑の中、固めた唇を震わせ、逃げるように朝香は窓の外を見つめていた。
 その痛ましくも美しい相貌に反し、スカートの中では数秒ごとに肛門が盛り上がり続けている。
 惨めで、悔しくて、情けなくて、涙が出そうだった。


<2> / 1 2 3 4 / Novel / Index

  ゴトン……ガタン……ゴトン……
(あぁ……)
 そうしながら、ようやく朝香を乗せた電車は二つ目の駅のホームへと入った。
 とは言っても、まだ二つ目である。彼女が乗車してからようやく四分近くが経っていたが、目的地まではまだ同じぐらいの時間を我慢しないといけないのだ。

(あぁぁ……)
 しかし朝香はそれさえ考えられず、高速で流れてゆく、ホームの中のある一点を凝視していた。
(入りたい……入りたい……おトイレ……!)
 ……公衆便所の入り口であった。
 この駅もホームにトイレが設置されていたのだ。
 電車が一つ目の駅を通過した時も、そこの自分が駆け込むはずだった便所の入り口を切なげに見つめていた朝香だったが、今度の目付きはいっそう切実な情感に満ちていた。口を小さく開けてわなわなと震わせている。腹の苦しみは、この区間だけでも墜落的に切迫してきていた。

(ああぁぁぁ……おトイレに入りたい。うんちが、したい……!)
 あっという間にホームは過ぎ去っていったが、朝香はなお便所の入り口を求め続けた。
 もう、便器が欲しくて欲しくてたまらない。便器の上にしゃがみ込んで尻を出したくて出したくてたまらない。
 ぶちまけたくて気が狂いそうだ。本当にたえがたい腹痛。トイレに行って楽になりたい。腹痛を排泄したい。この切ない苛みから一刻も早く解放されたい。いま、人生で最も大便をしたい。
  ゴロゴロゴログゥゥゥ〜〜〜ッ!
(うんちをしたい、うんちがしたくてたまらない……うんちをしたいっ!!)
 願望を代弁するかのように、下腹が巨大な鳴音を奏でる。
 腹の中を渦巻く轟苦。滝のように汗を流し、険しい表情で悶絶し、震える手でただひたすらにおなかをさする。
 これでもし朝香がもう少し幼かったら、おそらく、もうとっくに我慢できなくなり、全てをパンツの中に出してしまっていたことだろう。あるいはもしここが路上だったら、恥を忍んで茂みに駆け込み野糞にさえ及んでいたことだろう。この本能の猛りの前には、もう、潔癖症も何もない。汚いも何もない。ただ便所に飛び込んで脱糞したい。乱れた腹の中身を吐き出したい。

  グウゥゥ〜〜グキュウウゥゥ〜〜〜〜ッ……!
「ぅぁぁぁぁ……」
  ……グリュリュリュリュ……ゴロゴロギュルル……キュルルルルッ!
(もう、たまらない……! おなかが痛い、おトイレ。おトイレ……おトイレに行きたい。おトイレ……っ!)
 自覚できる勢いで、おなかがひゅるひゅると急降下してゆく。
 顔面蒼白で肛門をひくつかせる朝香。
 地獄の腹痛。地獄の便意。地獄の下痢。全身の寒気と震えが止まらない。視界がぐるぐると回ってゆく。
  キュゥゥ〜〜グゥゥゥ〜〜〜
(うんちがしたい、もう苦しいのはいや、おトイレに入りたいうんちがしたいうんちがしたい)
 めちゃくちゃにうなり続ける下痢腹。その不気味な重低音のたびに、肛門が奥からぐいぐいと押し付けられる。
 もう、世界中のどんな夢のような場所よりも、今はただトイレに駆け込みたい。
 大便ができる場所ならそれでいい。大便ができたらそれでいい。白い陶器にまたがって噴射したい。爆音を放ってしまってもいい。鼻がねじれるほど臭くてもいい。跳ね返った汚物でおしりがべちゃべちゃに汚れてもいい。こんなに便器を愛しく思ったことはない。おしりの穴が熱くて切ない。ただただ便器がほしい。おしりで便器を抱きしめたい。

  グウウウウゥゥゥッ!!
「んふ……っ!」
  プスプスプスッ
(や、やだ……っ……!)
 そして苦しみの最中。いっそう猛烈な腹痛に腸をねじられ、全身が脱力して朝香は屁を放ってしまった。
 情けないガスのおもらし。もう肛門の感覚はほとんどなくなっていた。我慢なく放屁し、穴の周りが切なく赤熱する感覚で、初めてやってしまったと気付いた。――そして耳が真っ赤に染まると同時に、
  グリュリュッ! グリュリュリュリュリュゥ〜〜ッ!
「あ……ぁ、ぁ、ぁ、」
 充血してパンパンに張り詰め、もはやほとんど常にうず高く盛り上がっている状態の肛門に。
 腸の末端にある、それゆえ下痢の影響を受けていない硬質の便塊が、ついに穴の粘膜にめり込みだした。いよいよ括約筋が力尽き始めたのだ。
「ううぅぅぅぅ〜〜……っ!」
 悶絶する朝香。あまりの腹痛に、ついに声を押し殺せなくなり、うなり声をあげ始める。
 今トイレに駆け込んだら、滝のような勢いで、泥かあるいは水のような形状の下痢便が物凄い音と共に肛門から噴出することだろう。破裂しそうな直腸。おなかがビチビチだ。腹の中に熱く湿った台風がある。どうしようもなく下痢だ。
(やだ、このままじゃ……、やだぁ……、)
  ゴロゴロゴロロロォ〜〜……グルキュルルルゥゥ〜〜〜……
「ぐううぅぅ〜〜〜……っ!」
 腹の肉を掴んで震える。大腸が、ぼこん、ぼこん、とまるで脈拍のように荒れ狂う。
 苦悶の皺が浮かぶ顔面を大粒の脂汗がとろとろと流れ、制服やスカート、あるいは足もとへと滴り落ちてゆく。

「なにあの下品な声……。もうなんてゆーかさあ……見てらんないって感じだよね、あれ……」
「もう最低だよね〜。っていうか、あの娘ホントに礼徒?」
「制服は礼徒だよね。あそこの娘はいつもお高くとまってるけど、あんな恥ずかしいのもいるんだね」
(もううるさいよぉっっ!! 下痢してるんだからしかたないじゃないっ!)
 そのうなり声を格好の餌食とばかりに、後ろから再び揶揄が聞こえてきた。
 あまりの苦しみと惨めさに気が立っていた朝香は、その屈辱に、今までにない激情を覚えた。
 これまではどんなに耐え難い言葉を投げつけられても、手すりを握り締めて黙殺していた朝香である。しかしもう、精神まで我慢する力を失いつつあった。彼女は本当に追い詰められてきていた。

「ってゆうか……、なんか、臭くない? もしかして……」
「これ、おならのニオイだよ……。うわっサイッテー。絶対アイツだよ」
「マジで信じらんない……。満員電車で屁をこくって最低じゃん……。ありえないって……」
「ね、礼徒ってさ、"常軌を逸して品性下劣なふるまいをした生徒は退学処分"……みたいな校則なかった?」
「あるよあるよ〜。有名だよ〜」
「ゲリピーで電車に乗ってきてオナラをこいた品性下劣すぎる人がいまーす、って学校にチクれば、アイツ退学処分になるんじゃない?」
「やってみようか? ……なーんちゃって。クスクスクス」
  ギュルゥ〜ッ! グキュルゴロゴロゴロ……ッ!
(あんたたちだって下痢したことあるんでしょうっ!? 下痢の苦しさ知ってるでしょ? お願いだから黙っててっ!!)
 腹の激痛に震え、引きちぎるほど強く肉を掴みながら、情けない内容の怒りをぶつける。
 "あんた"などという言葉を、心の中とはいえ人に向けたのは、おそらくこれが初めてだった。
 普段ならありえない野卑な叫び。これこそ本当の意味で惨めだ。乱れきった朝香の心。もう、限界だった。

  グウゥウゥゥゥ〜〜〜ッ!
「うううぅぅ〜〜……っ!」
「もうなんていうか、存在自体が臭いね。あの娘」
「ほんっと。ゲリが移りそうでやだね。さっさと降りてトイレでピーピーやっててほしいね」
「きっとトイレは阿鼻叫喚だね」
「ぶりぶりぶりぶりっぶぴっぶびびびびびびっ!」
「あははっはははっ!」
(どうして、そんなに人が、下痢してるのを、馬鹿にするのよっ? いいかげんに、してよ……っ!)
 普段なら振り返ってきっと睨みつけるだろうが、今はそんなことなどできるはずがなかった。
 この最悪の状態で目を合わせる勇気などないし、他の乗客たちの視線も怖くて怖くてたまらない。
 今の朝香は絶対的な弱者なのだ。高貴なお嬢様ではない。一人の惨めな下痢腹を抱えた子供である。

  グゥゥゥ〜〜グピィィィ〜〜〜ッ
「また今すごい音したねぇー」
「ぐううう〜ぐぴいい〜〜」
「あはははは! そっくりそっくり!」
(もうやめて、ぇ……。わたし、下痢してるの……。苦しいの、分かってよ……!)
 ついに反撃する気力さえなくなってゆく。
 表に加え、内まで防戦一方になってしまった。悪夢のような下痢と屈辱に苛まれ、全てが苦しみで埋まってゆく。

「ぐぅぅうぅぅ……っ!」
「ていうか、余裕で聞こえてるし。ちょっと言いすぎじゃない?」
「いいよいいよ。あんなゲリピーで急行電車乗ってくる方がバカでしょ。自業自得」
「んー、まあたしかにそうだよねー。ちゃんとトイレでしてこいって感じ」
「ガキじゃないんだからねー。って、あれガキか。じゃあしかたないかな?」
「っつーか、幼稚園のおむつトレーニングからやりなおせって感じ」
「あはっははははっ!!」
(やめて……やめてよ……。笑わないでよ……ばかにしないでよ……くやしいよぉ……!)
 惨めで惨めでたまらなくなり、腹痛によるものとは別の涙まで、朝香はその大きな瞳に浮かべ始めた。
 固く突き出された唇が震え、同時に、そこから入ったものの噴出孔もひくひくと震えている。

  グキュゥゥ〜〜ゥゥゥ〜〜
「……ひくっ、ぅぅ……っ……」
 眉を八の字に曲げ、鼻をすすり、肩を震わせる。……情けなさすぎる。あっというまの完全敗北。
 地獄の腹痛に悶える中。拙い反撃は、ますます朝香の心を惨めに追い込んだだけだった。自分だけが一方的に戦った気になっているという事実が、情けなさに拍車を掛けていた。


<3> / 1 2 3 4 / Novel / Index

  ガタン……ゴトン……ゴトン……
 その最中、汗で滲んだ視界を三つ目の駅のホームが流れていった。
(やっと、つぎ……あと二分……)
 これでついにあと一駅だ。狂おしく肛門を痙攣させながら、朝香は食い入るように外を見つめた。
(これを我慢しきれば、おトイレにいける……!)
 現状から逃れようとするかのように、白い陶器を、股を開いて便器に噴射している自身の姿を思い浮かべる。
 ゴールを意識し、いっそう膨れ上がる大便排泄への渇望。――だが、それに引かれたかのように。

  グギュルウゥゥッッ!!
「はぅっ!」
  グキュウウウウゥゥゥ〜〜ッ!
「ぉ、ぁ、ぁ、」
 いきなり、おなかのへこむような壮絶な腹痛が、雷鳴のごとく朝香の下腹に鳴り響いた。
 腹に蹴りを入れられたかのような暴力的な圧迫感に、朝香は目を見開き、口をすぼめて悶絶した。
 同時に、その何かを押し出すようなうなりと共に、ずんっ、と今までよりもずっと酷い便意が肛門を襲った。

  ゴロゴロゴログピィィィィィ!
「ぁ、ぉ、ぉ、ぉ、」
 きた、という感覚。いよいよ限界が訪れたのだ。
 ぶわっと汗が噴き出る。意識の全てが肛門で満たされる。排泄欲求の発狂。今まではなんとか悪夢の世界に押し留められていた"おもらし"という恐怖が、ついに現実の世界に殴りこんできた。
 異様な腹痛と便意が全身をぶるつかせ、消耗しきった括約筋の力を雪のように溶かしてゆく。
 ぐぐうっ、と盛り上がる肛門。もう、そこには灼熱しか感じられなかった。締め付けている感覚がない。
(だ、だめ……もう……!)
 もう、おしりの力だけは我慢できない――。
 肛門の限界を感じた朝香はついに恥を忍び、震える右手をその排泄器官へと伸ばそうとした。
  グリュリュリュリュリュ、グウウウッ!!
「ぁぉぉ、」
 その瞬間、朝香は自身の肛門がはっきりと力尽きるのを感じた。穴が開いて中身が外に進む感覚。
  ニチミチミチミチミチ
(だめぇぇぇぇっっ!!)
  ミチ、
「っぐぅぅぅ……っ、ふ……!」
 大便の頭が姿を現すと同時に、朝香は指先を尻穴に挿し込み、それを押し留めた。
 間一髪だった。それは他ならぬ禁忌を破った瞬間だったが、もうそんなことを恥じているどころではない。

  キュゥゥゥグキュルルゥゥゥゥ〜〜〜ッ!
「う、う、ぅぅぅ、あ……」
 無理矢理に押し留められた下痢便が、悲鳴のようなうなりをおなか中に響かせる。
 腸が破裂するかのような猛痛を下腹全体にえぐりつけ、出かかった便塊をぐいぐいと押し下げてくる。
 暴れ狂う本能。肉体は、この苦しみを肛門から吐き出したくて吐き出したくてたまらない。
(や、だ、出ちゃ、だめ……でちゃ、だめ……出ちゃだめ、)
 朝香は、身体中の全ての力を右手の指に込めて肛門を抑え続けた。
 すでに足腰に力が入らないので、それでも左手は手すりから離すことができない。
  ギュルギュルギュルゥゥゥゥ
「ぅぁ……ぁぁぁぁ……」
  ミチミチニチ
 抑えているのに大便の塊が肛門粘膜をこすってゆく。
 限界線上の下痢我慢。滝のように脂汗を流し、ぶるぶると震え悶絶しながら――突き出されてびくびくと痙攣している尻肉の谷間に、スカートまでがめり込むほどに深く指を突き挿している朝香。
 その様相のあまりの異常さに、周囲はもちろん、後ろの女子高生までが息を呑んで絶句してしまった。
 もはや下品だとかいうどころの騒ぎではない。ここまでくると恥も外見も何もない。

  グリュゥゥゥゥゥ〜ッ!
「ぉ、ぁぁあ……ぁ、」
  ミチチチッ、
 もう、止められなかった。
 ごつごつとした硬い質感が布越しの細い指先を嬲る。貫かれた肛門。固く太い棒を挟み込んでいる感覚。今ので二センチは頭を出してしまっただろうか。盛り上がりきった肛門に突き刺さっているその茶色い物体は、まるでワインのコルクのようだった。これが最後まで抜けてしまった時、朝香の闘いは絶望的終焉を迎えることになるのだ。
「ぅふぅぁはあぁぁ……」
  ニチチミチ
 硬質の排泄感が、ミリメートル単位でぐいぐいと伸びてゆく。
 おなかのへこみ潰れる腹痛に悶絶しながら、密やかに脱糞する朝香。
 腹圧と指圧が激闘する中、肛門を犯されすぎて何が何だか分からなくなり始めた。ただでさえ力尽きて感覚を失った肛門。脂汗にまみれてべたべたのおしりにパンツがべっちゃりと貼り付き、穴が大きく開いていることもあって、もう漏らしているのかどうかもよく分からなくなりつつある。

  グキュルルゥゥゥゥ、
(お、おならが……っ!)
  ブビビビビィィィッッ!!
「ぁふっ……」
 そうしながら、今度は猛烈に放屁してしまった。
 もう本当にわけが分からない。前触れもなくもよおし、気付いた瞬間に爆発してしまった。
 肛門どころか、おしり中の感覚が麻痺しつつある。暑いのか寒いのかまで分からない。少なくとも全身は脂汗でどろどろだ。じっとりと湿った制服。極限状態というのは、こういうことを言うのだろうか。

  キュルゥゥ〜〜……キュルルルゥゥゥ〜〜……
(〜〜っ!)
  ブビビッ! ブピビビビビビッ!
 さらに物凄い腹圧に犯され、朝香はガスを漏らし続けた。止まらないし止められない。
 強烈な悪臭が、むわあっ、と辺りに漂い始める。ガスの質量、噴出の勢い同様、さっきの比ではない。
 未消化の下痢便のそれにそっくりな、不快きわまりない硫黄の臭いだった。物凄く濃密だ。まるで黄色いガスが辺りに拡がってゆくかのようだった。――満員電車の中で爆音を響かせておならをしている。地獄の腹痛に最悪の羞恥まで加わり、朝香は泣きそうな表情になった。

「くさっ!! なにこの臭い!? 信じらんない……」
「マジでくさすぎ……ぅえっ。気分悪くなってきた。これじゃホントに毒ガステロだよ」
「おならぐらい我慢できないのかよって感じ。ほんっと、サイテー!!」
 水を得た魚のごとく、後ろから再び侮辱の声。もはやおちょくりではなく、完全に軽蔑しきっていた。別の方向からも、小さな驚きの声や、さらには咳き込む声まで聞こえてくる。その一つ一つが、すでに傷だらけになっている朝香の誇り高い精神を容赦なく嬲った。

「ぅ……ぅぅ、ふっ……」
  ピヒッ、ブピピピッ!
 しかし緩みきった肛門は制御できない。惨めさに押し潰されそうだった。
 圧倒的な便意。膝ががくんがくんと大笑いを始め、体の重心が落ちてゆく。必死の思いで姿勢を維持するが、肛門はどんどんと後ろにつきだされてゆく。小刻みに震える尻からは、次々と生暖かいおならが放たれる。
  グウゥグウゥゥ〜〜ッ!
「あぁ、ぁ、ぁぁぁ……」
  ニチミチミチミチチ
(も、もう……)
 そしてまた一気にムリムリと大便が伸びる感覚。
 限界の表情で唇を震わせながら、朝香は目の前が白くなるような浮遊感を覚えた。
 本気でおしりがうんちを漏らそうとしている。痙攣する肛門。……ついに、もう本当に駄目かもしれないと感じ始めた。


<4> / 1 2 3 4 / Novel / Index

「当電車はまもなく上里に停まります。お降りの方は車内に手荷物など……」
(――っ!!)

 そんな彼女の努力がついに報われたのか、それとも神が見ていられなくなったのだろうか。
 地獄の中、朝香の頭上に突如として希望の光が照らされた。
 到着間近のアナウンス。
 朝香はそれを聞くなり目を見開いて全身に稲妻を走らせた。
 もちろん、いまだ電車は中間地点にあって、あと一分はかかる。が、この言葉でも今は十分だった。
 あと少しで救われる。公的な確証。絶望しかけていた朝香の心身に力が蘇った。

  グピーーッ! ギュルグリリリグピィィーーッ!!
(あとちょっと、あとちょっと、あとちょっとだけがまん!)
  ミチ、
「んんぅぅ〜〜っ……!」
(ほんとにあとちょっとでおトイレなんだから……! ただの一秒六十回っ……!)
 なかば床にしゃがみかかっていた姿勢を建て直し、希望の輝きによってわずかに力を取り戻した肛門に、最後の力――本当に最後の力を送る。
 あと少し。あと少しで電車は駅に着き、そして便所に突撃できる。個室に飛び込んで下痢を噴射できる。
 実際は、電車を降りた瞬間に、あるいは行く途中に爆発してしまうかもしれない。トイレに行列ができていてもアウトだ。
 しかしそれでも信じるしかない。信じるのをやめたら出てしまう。朝香は神にすがっていた。
  ゴロゴロゴポグポゴボォッ……ギュルッ! ギュウゥゥ! ギュルゥッ!! 
「ふぅぅぅーーー!! ふぐうぅー!」
  ミチミチビブッ……ミチ、ビピピピ……ッ!
 小ぶりで可愛らしいおしりを舞台に、最終決戦とでも言うべき壮絶な我慢が続く。
 確かに希望が見えたが、今はその一分間が永遠にも等しく長い。
 あと五十一秒、あと五十秒、あと四十九秒――。
 そもそも一分ぴったりではないのだが、朝香はこれまでに急行に乗った時の経験から勝手にそうだと決め付け、頭の中で一秒一秒とカウントダウンを始めていた。
  ブウーーーーッ!!
「はぁっふぅうう、ふぅーっ! ……っぐ、ふ、うううぅぅぅ……っ!」
  ピブゥッ! プスプスプスゥ!
(早くついて早くついてもうもれちゃうげんかいもらしちゃうはやくついてっっ!!)
  ムリュッ
 あと四十四秒、あと四十三秒、四十二秒――。
 朝香の肛門は内と外からの凄まじい圧力に揉まれて炎症を起こし、充血していることもあって真っ赤に膨れ上がっていた。そのいたいけな穴を逞しい便塊が貫いているが、それはもう五センチメートル近くも外に伸び出ていた。
 指だと力が分散してしまうので、今は手の平で大便の先端を押し上げている。本人は気付いていないが、すでにスカートの中央が小さく盛り上がっていた。考えようによっては立派なおもらしである。
  ゴボ! ギュルルグリュ!! グリュグリュグリュグリュ!!
「ふぅぅううぅぅぅーー!」
 三十八秒、三十七秒、三十六、三十五――。
 視界がぐるぐるぐるぐると回ってゆく。必死に窓の外を見ているが、もう看板の文字さえ理解できない。ただ何かが流れてゆく。日本語が読めない。
 後ろから何か聞こえるが、今の朝香は概ね獣なので言葉を解せない。
 おなかがぐじゅぐじゅに痛く、腸はぼっこんぼっこんと液塊を肛門に叩き送っていた。蠕動が激しすぎて、まるでおなかの中をムカデが這っているようだ。膝は小刻みに屈伸運動を繰り返している。肛門は熱湯につかっているようだった。
(だめ!! あとちょっとがまんしなくちゃがまんしなくちゃがまんしなくちゃ!)
  ムリュムリュゥッ
  グピーーギュルギュルギュルゥゥーーーッ!!
「ふぅっ!! はふうぅーー! っくふうぅぅぅーっ!」
 三十四秒、三十三びょう、三十二びょう、さんじゅういちびょう――。
  ブウゥゥッ!!ブブブブウッ! ブピブピブビブビッ!!
(さんじゅうびょう!)
  グギュルギュルギュルギュウウゥーーーッ!!!
  ムリュムリュムリュッ!
「ふうっ! ふうっ! ふうーっ!!」
 にじゅうなな、にじゅろくにじゅご、にじゅよん、にじゅ――。


 ――二十三秒を数えようとした瞬間だった。


  ガトン……ガタッ…………ガタン…………
 いきなり電車が止まった。まだ駅までは百メートル以上あるのに、止まった。
 朝香のカウントダウンも止まった。思考は止まるというより固まった。何が何だかよく分からない。
「みなさま、お急ぎのところ、大変申し訳ありません」
 間を置かず、何かアナウンスが始まった。不思議と朝香はこれを理解できた。あまりの驚きで、便意さえ一瞬だけ後退したからだろうか。とりあえず今、朝香は世界で一番お急ぎである。
「上里駅で事故が発生したため、この車両は一時停止いたします」
「……ぇ?」
 その言葉を聞いた瞬間、朝香は目を丸くしてわずかに上体を起こした。
 朝香の熱い苦悶の吐息を浴び続け、正面のガラスは白く湿っている。そこに、脂汗にまみれ前髪の崩れた惨めな姿の少女が映った。しかし朝香はもうそれが自分だとさえ分からない。
(うそ……?)
 ただ、胸がずぎゅりと縮こまるのだけをはっきりと感じた。
 直後に下半身――恥丘からたてすじの辺りを、冷たい痺れがきゅうっと走り抜ける。
(うそ、うそどうしてっ? 神様?……うそ……!!)
 さらに、喉がくうん、と子犬のように鳴った。苦痛ではなく焦燥感の溶けた涙が瞳に浮かぶ。
 よりにもよってこんな時に――。
 それはほとんど……死の宣告だった。

  ムリュチュッ
(す、すぐ、うごくよね? がまんしなくちゃ)
 にじゅににじゅいち、にじゅう、じゅうきゅじゅうはち――。
 絶望に包まれかけた朝香はいきなり現実から逃げて、カウントを再開した。
「おいおいなんだよっ!?」
「人身か?」
 車内がざわめき始める。
  ビシュッ!
(もうすぐつくんだから、もうすぐおトイレでできるんだから……! あとちょっと。がまんしなくちゃ)
 じゅうななじゅうろくじゅうごじゅうよんじゅうさんじゅうに――。
(おもらしなんてぜったいに……!)
  ギュリュグリュグリュグリュグウッ!!!
「ぁぅう、うぅっ……!」
  ミチムリリッ!
(お、おしりが……おしりのあなが……)
  プウッッ!
 頭では事実を否定するが、肉体は素直に脱力を始めた。
 急に右手の感覚が空を飛び始める。全身もふっとそんな感じになった。肉体から、何かがかくんと外れ落ちる。
 視界のぐるぐるがますます激しくなり、見えているものがぐにゃりと溶け合わさり始める。
 朝香は肛門にきゅっ、きゅっ、と力を入れ、貫通している大便を挟み込もうとした。が、三回目は内壁が擦れる感覚さえなかった。排泄欲求が全てを包み込んでゆく。心身の限界が、かつてないほどに明確に感じられる。
  ムリュッ
  ゴロゴロゴロゴロゴロゴロォォッ!!
(……や……やだ……もうがまんできない……わたし……うんちもらすの……?)
 漏らさせる腹痛と便意がおなかを包み込み、下半身の力が抜け落ちてゆく。
 あれほどに激しかった全身の震えが柔らかく治まり、ただただおなかがぐうぐうする状態になり、そしておしりの穴はほどよく後ろに突き出される。
(ここ、でんしゃ……おトイレじゃないのに……ひとがいっぱい、いるのに……)
 ――体が勝手に排泄体勢を整えてゆく。牙城が崩れ落ちてゆく。目の前が雪のような純白に包まれていった。
 きゅうはちななろくご――。
(うそ……うそでしょ?やだ。もうほんとにがまんできない……ほんとにもらしちゃう……)
 なぜか肛門が気持ちよくなり始め、その甘覚が尻肉へと、そして下腹、さらに全身へと及び伝わってゆく。
 究極に限界だった。身体が排泄を求めきっている。足があるかも分からないほどに全身が柔らかくふわついている。
  キュルキュルルルルルルルルルル!!
(……もう、いや……もうわたしだめ……がまん、できな、い)
 苛みの最中、ついにもうこれ以上は我慢できないと理性が自覚した。もうたまらない。もう漏らすしかないと朝香は感じてしまった。……心が折れた。
 そしてほとんど次の瞬間――、
  ゴロギュルギュルギュルギュルギュル!!!
「ああぁぁぁぁ……」
(だ、め……うんち、しちゃ……う)
 よんさんにいち――。
  グルギュルギュルギュルグウウウウゥゥーーッ!!!
 ――ぜろ。
(もうがまんできないよおーーーーーっっ!!!)

  ムリュムリュブリュニチミチムリュモリモリムリリリリリブボオッッ!!!
  ブリュブリブリブリブリリブリュブリリリブリブリブリブバッ!!!
  グジュビチビチブチュビチュバチュブチュ!! ブバボボボビビューーッ!!

 ついに朝香は力尽き、凄まじい音を放ちながらパンツの中に脱糞を始めた。
 それまで十センチほど顔を出していた硬質便が、鬼のような腹圧に圧されて十二、十五、二十センチと恐ろしい速度で一気に伸びてゆく。それはあっというまにパンツとスカートを生地の限界まで盛り上がらせると、ぐねぐねと捻じ曲がって生き物のように下着の中を犯し、直後に白布の上にどさりと横たわった。と同時に、栓の外れた肛門からドロドロの粥のような温かくゆるい軟便がドバドバとぶちまけられる。一瞬で噴火口の肛門は下痢便に埋まり、さらに朝香のおしりをぐちゃぐちゃに汚してゆく。

「はぁっ、ぁぁっあぁぁぁぁ……っ!」
  ブボビチビチビヂビヂブビビュビュビューーーーーッ!!!
  ビチブボボボボブボッッ!!! ブリビチビチビチブチブビッ!!
  ヂヂュビチビチビヂビチビチブポッ!! ブリュブポポポブボポポッ!!
 高貴……だったおしりの穴が、破裂音を立てながらパンツの中へと莫大な量の泥を流産してゆく。
 くぐもった音と共にスカートの中央がめちゃくちゃに盛り上がり、後ろの乗客たちは一目でこの腹を下しきった可哀想な少女がついにやってしまったのだと気付いた。
  ビビュービチビチビチビチビチビチビチビチビチビチーーッ!!
  ブリブリビュリュリュリュリュリューーーーーッッ!!
 暴れ狂う肛門。消化器のような勢いでパンツの中に下痢便が噴射されてゆく。
 大量の軟便がパンツの中を満たし、朝香のスカートはもりもりと際限なく盛り上がっていった。
  ブビビブブブブボッッ!! ブチュビヂチチチチチチッ!!
 盛り上がりきった肛門から次々と軟らかい泥が飛び出してくる。その感触が震える指先にはっきりと伝わってくる。物凄い圧力。抑え留めることなどできそうにない。
 直後には、肥大化したおしりからむわあっ、と強烈な悪臭が放たれ始めた。

「ぁ、ぁっ、はあぁぁ……っ!!」
  ビヂビチビチチチチビヂヂビチビチビチチチチビヂチチチ!!
  ビチビチビチビヂブボッ!! グジュビヂビヂブピューー!!
 パンツから大量に染み出した下痢汁でスカートが濡れ出し、尻の中央――まさに爆心地の肛門に当たっている場所を中心に、黒い円形のシミが拡がっていった。
 パンツの中が海になってゆく。とにかくおなかの中身が――腸の内容物が、全開の肛門から物凄い勢いでパンツの中へと溢れ出してゆく。同時にぶちまけられるガスの方も凄い量だ。パンツの中で肛門が爆発している。そして体は小刻みにぶるぶると震えている。
  グチュビチュビチビチビチビチビチビチビチビチ!!!
 膨らんだスカートに添えられたままの右手には、自身が排泄している下痢便の軟らかみがはっきりと伝わってくる。わずかに指を動かすだけで、泥のような温もりがぐにゅりと指先を包み込む。盛り上がった肛門が激しく下痢便を放出するたびにパンツの中に水流が起こるが、それさえも布越しではっきりと感じられてしまう。
「……ぉ、ぁ、ぉぁぁぁ……」
  ブリビヂヂブリッッ! チュチブチュブチュブチュッ!!
  ピビビビチビチビチビチビヂビヂビチビチビチ!!
 濡れた唇から熱い吐息を漏らしながら、ぼんやりとした瞳で汚物を垂れ流し続ける。
 頭の中は真っ白になっていた。欲望が過激に充足されてゆく衝撃で、意識がホワイトアウトしていた。異常な開放感に打ち震えていた。痺れた肛門の内壁を熱い奔流が駆け抜けてゆくのが――肛門からお粥を出すのが快感でさえあった。おしりの穴が甘く溶けているような感覚。ただただ本能の赴くままに排便を続けてゆく。

「っぁ、あぁ……っ……?」
  ブビュルビュルビチチチチチチチチ!
「うわっ!」
「えっ!?」
「きゃあっっ!」
「うわ、きたねえ!」
 直後、限界を超えて膨らみきった朝香のパンツの裾から、ついにビチビチの液状便が溢れ出し始めた。
 がくがくと揺れている白い生足を、どろどろとゲル状の茶色が伝わりだしたのだ。
 醜い汚物が露になったことで乗客たちが次々と驚きの声を上げ、車内は一瞬にして騒然となった。
「……あぁ、ぁぁぁ……」
  ブリブリビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチ!!
「やぁっ!?」
「くっさ!」
「おいおい嘘だろ?」
「うわぁ、すげえ……」
 スカートの上からでも分かるが、朝香の下痢尻を包む下着は内圧ではち切れそうだった。うさぎさんの絵がプリントされた木綿製の女児ショーツ。幼い直腸をパンパンに膨らませていた一リットルの排泄物は、こんな可愛らしいものに入りきるものでは到底なかったのだ。……おなかに溜め込んでいた汚物の量が多すぎた。朝香はうさぎさんを殺してしまった。
  ビュチュブヂュグヂュゴプッッ! ビチチビチビチビチ!!
 一本、二本、と走り始めた細い筋はあっというまにその数と太さを増し、互いに合流しあい、すぐに朝香のか細い両足を茶色い滝になって覆い包んだ。
 内股でがくがくと痙攣する情けない両足を、茶色いお湯が軟らかく犯してゆく。下着の中から股の間、そして腿からふくらはぎへと耐え難く不気味な感覚がぬめり流れ、朝香はその体の震えをいっそう激しくした。
「信じられない……」
「なにあれ……最低!」
「なにやってんだよ……」
「うえっ」
「やだぁ、汚い……」
「ぁぁぁ……あぁ…………!」
  ヂチチビチチチ! ブビグチュチュッ、ビヂィッ!! ブビーーッ!
 足が泥にまみれ穢されてゆくおぞましい感覚、そして否応なく耳を貫く周囲からの容赦ない罵声。さらに汚物が外気に触れたことで、自身が放っている腐った卵の臭いがいっそう濃密に鼻腔へと流れ込んでくる。
(わたし、もらしてる……げりをもらしてる……やああぁ……!)
 他ならぬ自分が……今まさに着衣のままで臭く汚らしい下痢便を……それも満員電車の中で排泄している。
 絶望的自覚が悪魔のように心身を抱擁する。朝香は必死に肛門を締め付けようと試みたが、やはり神経が働かず、わずかにひくつかせることしかできなかった。その間にも凄まじい腹圧が中身を押し出す。止められない。

「――っ!」
 そしてすぐに汚物は音も無く朝香の足元の床へと拡がり始めた。
 校章が印刷された純白の靴下を一瞬で両足とも真っ茶色に染め上げ、さらに革靴の中をパンツの中のごとくグチュグチュに濡らし、直後、一気にそこから溢れだした。
  ボチャッッ!!! ボチャベチャベチャベチッ!!
「っ!!?」
 さらに最悪なことに、それと同時に朝香のスカートの中からゲル状の軟便の塊までもが溢れ落ち始めた。
 あまりに下痢便がパンツの容積をオーバーしすぎて、水便に溶かされて海の中を漂っていた泥までもが、内圧で裾から押し出され始めたのだ。もう朝香のパンツは下痢便の重みでずり下がりそうな状態であった。
  ボトッ!! ブリリリボトッ! ボトボトボトブビッ!!
  ボタボタボタボタボタボタボタボタボタッ!!!
「ちょ、ちょっと、やだぁ!!」
「うわわわわわっ!」
「やべぇ!」
「ちょっとどいてどいて!」
「汚ねえ!」
 辺りは一斉にパニックになり、乗客たちは押すな押すなの勢いで朝香の側から避難を始めた。
 床に水便が拡がり始めただけでも大事なのに、さらに股の間から軟便が垂れ落ちて辺りにべちゃべちゃと飛び散り始めたのだから。周囲の乗客にとってはたまったものではなかった。

「ぁあ、あ、ぁぁ……ぁ……」
  ブピピボトッ! ……ボトボトボト!! ボタブリュリュベタベタビチッ!
  ブリュリュビチビチベタベタベタベタ……!

 ――そして、下半身汚物まみれの朝香は、ぽっかりと空いた空間で独り晒し者になった。
 それでもなお肛門からは絶え間なく下痢便が噴き出し続けている。内股で弱々しく震える両足を粘性のある茶色い液体が次々と滑り、濡れた革靴を中心に、半透明な黄土色の海がどんどんと広がってゆく。
 その悪臭立ち上る水溜りへと軟便の塊が次々に落下して互いに激しく撥ね合い、朝香の下半身はもちろん、側にあるドアや座席の土台部分などにまで茶色い飛沫をぶつけてゆく。座っていた女性が避難した為、朝香の側の座席はもはや無人だった。その隣も、その隣もいない。
 朝香の半径数メートル以内にはもう誰もいなかった。惨めにおもらしを続ける朝香を、乗客たちは遠くで円形に取り巻き、複雑そうな表情で見つめている。文字通りの衆人環視ができあがっていた。

  ブッ、ビジュジュブジュ……ブピューーー……ビュルリュリュ……
  ベチャッベチッ……ビュリッ……! ビチボトポタポタ……
(うんち……もらしてる……わ、たし……いや……ぁ)
 ――だから、もはや自覚は壮絶な域にまで達していた。
 うんちをおもらししている。おなかを壊してトイレまで我慢できず、こんなところで軟らかいものを出してしまっている。電車の中で下痢をしてしまっている。臭く汚いおなかの中身でパンツを汚し、おしりを汚し、足を汚し、床まで汚してしまっている。自分のおしりから出てきた汚物を見られ、臭いを嗅がれている。
 恥ずかしい。たまらなく恥ずかしい。今すぐ消えたく恥ずかしい。死にたいぐらい恥ずかしい。

「いやああぁっぁぁぁっ……っ……!」
  ブチュチュ、チュチュゥ、ブチュチュゥゥゥ……
  ……ビヂ、ビヂビヂビヂ……ビヂヂチヂヂィィィ……
 とにかくおしりと足とおなかが気持ちが悪い。気持ちが悪くてたまらない。
 あまりにも感情が乱れ狂いすぎて、朝香は拒絶をそのまま声にさえ出した。
 震える少女の声帯から放たれた悲痛すぎるうめき声が、遠くで絶句している乗客たちの心身をさらに重く締め付ける。彼らは安全地帯に辿り着いたことでもうほとんど騒ぐのをやめていたが、この朝香の音で決定的にしんとしてしまった。
  グチュグチュクチュミチュチュ
(……止まって、ぇ……! もういやぁ、きもちわるいきもちわるい止まってぇ……っ……!!)
 朝香は数秒前から懲りずに再び肛門を締め付けようと試み始めていたが、結果は今の通りだった。
 毒を排出しようという凄まじい腹圧で飛び出す下痢便を、疲弊しきった括約筋は全く抑え留めることができない。
  ギュルギュルギュルグウゥゥッ!
「すっぅぅふううぅぅぅ……っ!」
  ……ブビッ! ブヒ! ブピィ、ブチュチュチュ!
 頭ではどんなに行為を拒絶していても、猛烈な腹痛が響くたびに、反射的に肛門が全開になってしまう。
 朝香は自身の肉体が全く思い通りにいかない――肛門が勝手に下痢便を産み出してゆくのを悔しくも感じ、盛り上がったスカートを指で強く圧したが、やはり全く無駄であった。茶色い水粥がパンパンに詰まった朝香のスカートは、容易に指が根元までずぶずぶと深くめり込む壮絶な状態にあったが、しかし汚物の層が厚すぎて、肝心の肛門までは届かない。それほどに朝香のパンツの中――朝香の小さなおしりは下痢便まみれであった。
 下痢汁を吸い込みきったスカートはもはや下着と一体化している状態で、後ろの面全体が黒く濡れて朝香のおしりに貼り付いている。辺りに漂う腐った卵の臭いは酷くなる一方で、悪臭立ち上る朝香の水便それ自体がまるで腐った黄身のようであった。

  ヂュチュシュィィィ……ポチャッ! ヂチューチゥゥゥ……
「……や……ぁ……あぁぁ……」
 ――だが、そんな朝香の切実すぎる願いが腸に届いたのだろうか。
 ここにきてようやく、朝香の排泄はその勢いが弱まり始めた。
 物凄い量の下痢便が腸内に溜まっていたが、さすがに無限ではないのだ。
 激烈だった腹痛が普通の下痢と同程度まで穏やかになり始め、噴出の激しさが確かに収束へと向かってゆく。

「っああ……ぁ、はあぁ……あぁ」
  シュウウゥゥーーーブチューーーッ……チュゥシュィィィーー……ッ……
  チュイビチュビチュビチュッ!シィュゥゥーーーー……ブピシュチュチュゥゥーーー……
 しかし、まさにその排便が終息に至ろうかという時、朝香は今度はいきなりおしっこを漏らし始めた。
 がたがたと震えて熱い涙を流しながら、またもや子犬のように喉をくうん、くうん、と鳴らしたかと思うと、いきなりその足を薄黄色の液体が伝わり始めたのである。
 いつかした放屁と同様、いきなりもよおして、そのまま抵抗なく出してしまったのだ。
 結局、それほどに下半身が脱力弛緩している。もう我慢などできる身体ではないのだ。
「は……っ……ぁあぁぁぁ……ぁぁ……」
  シュシュシュィィィーピブプブピューーーゥゥーーシュウゥゥーー……ブボッ
 あまりにも情けない放尿。本当に、もう垂れ流しも良いところだった。
 速度が鈍り始めた茶色の滝の代わりに、おしっこの流れがチョロチョロと勢いよくうんちまみれの両足を伝わってゆく。それによって足に付着している下痢便の一部が流し落とされて白い素肌が露出したが、他ならぬ排泄物によって別の排泄物の汚れが綺麗になってゆくというのは、なんとも奇妙な光景であった。
  グルゴロロォォーーッ
  ビュルミュチュッ!……シュイッイィィィーーーーー
 いずれにせよ、今の朝香の下半身はまさに糞尿まみれである。
 未熟な身体を小刻みにぶるつかせながら、前後の穴から汚物を垂れ流す小学生の女の子。どうしようもないほどのおもらしが車両の片隅で展開されていた。
 朝香を中心とした半径一メートル以上に黄土色の水便が広がっていたが、あっというまに足から流れ落ちたおしっこはそれをさらに溶かしていっそう広範囲に拡げてゆく。さすがにおしっこだけあって水便以上に水である。二種類の体液は互いに溶け合って下痢色の液体となり、その半径をどんどんと大きくしていった。
 それを見た乗客たちは概ね無言で、しかし素早く、朝香からの距離をより遠くしてゆく。離れるどころか隣の車両へと向かってしまった、あるいは向かっている最中の者も少なくはない。同じ空間にいたくないのだろう。無理もなかった。

  シュゥゥ…………プチュ……ッ……プリチュィィーー……ブポッ……
  ……プリブリリリ……シュッ…………ビリリリィ……シュピッ…………
「……はぁぁぁ……ぁぁ……あぁぁぁ……っ……」

 だが、幸いにしてそれからすぐに何も出なくなった。大便と小便が見事に同時に果てた。終わったのだ。
 とは言っても開ききった肛門はなおすぼまらず、感覚が麻痺している上に下痢便に埋もれていることもあって、脱糞しているかどうかも分からない状態である。しかし、朝香はなかば無意識に下半身に力を入れてみたが、やはりもう何も出なかった。内壁をお湯が滑らない。

「ぁぁぁぁぁぁ……」
  ブチュブチュブチュブチュッ
 直後、朝香はゆっくりと膝から崩れ落ち、下痢便の海の上へとへたり込んだ。
 まるで糸が切れたかのように。出すべきものを出し尽くした――全精力を放出した肉体が、静かに力尽きたのだ。
 朝香のおしりが床に着くと同時に聞こえた汚らしい音は、彼女のパンツの中の下痢便が床に押し付けられて潰れたために生じたものである。
 左手がゆるりと滑り降りてった手すりは、その跡がぬるぬるとした脂汗で鈍く輝いていた。


「……あっ……あぁ…………ぅう、うぅぅぅぅう……!」
 そしてわずかな静寂の後、朝香は左手で顔を覆って静かに泣き始めた。
 極めて単純に、自分がやってしまったことと、結果今の自分を包んでいる状況とに耐えられなくなったのだ。
 意識と肉体――心身の大半を覆い包んでいた排泄欲求が溶けきったことで、頭がいっそうこの悲劇を強く自覚するようになる。現実がより過酷に現実となってゆく。絶対的に直視しなければならない時が来たのだ。
(やっちゃった……ほんとうに、やっちゃっ、た……わたし、うんちをもらしちゃ……った……)
 だから、確かに行為は収まったが、悪夢はまだ全然終わってはいない。
 今の朝香はただ、出しただけにすぎないのだ。便器でなくパンツにしてしまったのだから、産み出した排泄物はおしりにまとわりついている。脱糞し終えたことで、いよいよそれは朝香の肉体から完全に離れた、明確な汚物となっているのだ。もう、体の内容物ではない。ぬくもりさえやがて失ってゆく存在。
 すなわち、ある意味でむしろ本当の悪夢はこれから始まるといってもいい。朝香の心は依然として深夜の暗黒の中に在るのだ。目覚めの朝は遥かに遠い。

「ううぅぅうぅぅぅ……!! ……ぅうっうううぅぅうぅ……っ!」
 いつしか上気していた朝香の頬を、絶望の涙が次々と大粒で流れ落ちる。
 朝香は改めて唇を噛み締め、おしりにあてがわれていた右手で前の腿肉をぎゅっと掴んだ。
 おしりの穴が、おしりの肉が水泥でぬるついている。体温がパンツの中全体に飽和している。下半身がグジュグジュに穢れているのがはっきりと分かる。折れた両足が水に浸かり、腐った卵の臭いが物凄い濃さで腰から下を包み込んでいる。
 本当に、ここでやってしまった。おなかの中身を全部漏らしてしまった。
 あんなに必死に我慢したのに、結局、やってはいけないことをしてしまった。
 ――激烈な自覚が朝香の胸を犯すように締め付ける。心臓が押し潰されそうだった。
「ふっ! ……ぅぅうぅうひくっ! ぅぅぅぐぅぅう……っ……!」
 夢であってほしいとも願うが、しかし下着の中に広がるドロドロの下痢便の感触と、それを含めておしりから足全体――下半身中を包み込んでいる生暖かいおもらしの感覚が、全てが現実だということを教えてくれている。
 何よりも、自分のうんちが臭い。臭くて臭くてたまらない。自分が出してしまった――確かに自分の肛門から出てきた排泄物が、物凄く臭い。
 もう、どうしようもなく、うんちを漏らしてしまった。着衣のままの脱糞。下痢という病が迎えうる、最悪の惨事。下りきったおなか、乱れた消化器官の暴走。便意を正しく処理できなかった。
  グゥゥゥゴロゴロゴログウウウゥゥーーー……ッ……
(たべなければよかった……あんなの……たべなければよかった……!!)
 腐った卵を食べて食あたりを起こし、腐った卵の臭いがする下痢便を電車の中で漏らしてしまった。
 人生初の食中毒で、人生初のおもらしをしてしまった。人生最大の下痢で、人生最悪の悲劇を起こしてしまった。
 小さな過ちは救いようのない悲劇へと変わった。
 これだけ出してもまだおなかが鳴っているほどの酷い下痢。全部あの卵のせいだ。
 どうしてあんなものを食べてしまったんだろう――。
 傷んでいたのは明らかだったのに。自分の愚かさが悔しくて悔しくてたまらない。後悔してもしきれない。
「……すっ……ううぅ……ぅぅ、っううぅうぅ……!」
 その懺悔、そして情けなさと惨めさと恥ずかしさと気持ち悪さと胸の苦しさ……他にもまだたくさんの負の感情。
 限界を超えた直腸の中身は肛門が吐き出したが、今の朝香は限界を超えた心の痛みを涙に変えて美しい瞳から押し流している状態であった。泣き喚きたい衝動にただ従っている。だからもう……涙は一瞬たりとも止まらない。

「ふぅっ! ……ぅぐぅうふぅぅう……ぅぅぅう、ぅぅぅっ!!」
 そしてその壮絶な光景に、彼方の乗客たちは絶句しきっていた。
 誰も声を出せない。電車の床に下痢が広がってゆく光景のあまりの異常さに凍りつき、そして何よりも朝香のあまりの悲痛さに口を縛り付けられていた。
 汚物の海の中央で、小さな肩と大きなランドセルが震えている。
 幼くいたいけな小学生の女の子が下痢を漏らして泣いている。
 少女の下りきった消化器官から吐き出されたドロドロに溶けた下痢便が――あまりにも醜い姿になった食べ物のかすが、少女のいたいけな下半身を無惨に汚しつくしている。
「……うぅぁぁあぁひくっ! ……ぅうぅぅぅひくっ! ……っぅぅううぅう!」
 爽やかだった朝の空気は、女児の大便の臭いで穢されてしまっていた。
 おしっこと混ざり合った下痢便は恐ろしく広範囲に拡がり、その限り無く水に近い半透明さもあって、本当に海のようだった。海の中には赤いニンジンのかけらや、小さなゴマ、あるいは海草のような物体が浮かんでいた。下痢につきものの未消化物である。まさに、少女の腸の内容物がこうして電車の床に広がっているのだ。依然として信じがたいが、やはりまぎれもなく、この黄土色の汚物は小さな少女のおしりの穴、肛門、排泄器官から出てきたものなのである。……本当に凄まじい光景だった。

「ああっ……あぁぁ、うっぅぅぅうう……っ……!」
 もはや異世界と化した電車の片隅で、独り泣き震え続ける哀れで痛ましい女の子。
 これほどのものを未熟なおなかの中に詰め込んでいた少女の苦しみは、どれほどのものだったのだろう。
 乗客たちは下痢を我慢していた時の少女のつらそうな姿を思い出し、そして彼女が本当によく闘ったのだと気付いた。
 皮肉にも、その排泄物――苦しみの源の物凄さでもって、朝香は周囲からより同情の対象となりえたのである。
「ぅぅええぇぇっ! ……んぅっくううぅぅ……っああぁぁぁ……!!」
 とは言っても、そんな朝香を慰められるような者はいようはずもない。
 下痢を我慢できずに脱糞に及んでしまった可哀想な小学生の女の子。……確かに同情できるが、やはり行為と排泄物がおぞましすぎる。あくまでも彼女は禁忌を犯した。常識を破ってしまった。彼女の下痢便おもらしが大迷惑であるという事実は、絶対的なものなのだ。一瞬だけ逃げ遅れてズボンなどを茶色く汚されてしまった者も何人かおり、彼らの表情からはどうしても嫌悪の色が見えた。
 だいいち、単純に彼女の側には物理的に近づけない。近づいたら靴が汚れてしまうし、これ以上強烈な悪臭も吸い込みたくない。今の朝香は確実に庇護を必要としているが、それをしてもらうには穢れすぎているのだ。

「ぅぅう、ううぅぅ……っ! あぁ……ぅぅっ、ふうっ! ぅぅうっ!!」
 ――だから、朝香はただ永遠に泣き続け、乗客たちは黙ってそれを見ている。
 朝香の精神は、不思議と再び白くなり始めていた。心の潔癖を犯されすぎて、何かが壊れてしまったのだ。ある意味で汚物まみれの感覚に慣れてしまったとも言えるが、しかしそれは決して正確な表現ではない。
 潔癖症の朝香にとって、今の状態の汚らわしさと言うのは、極端な話、全身に下痢便を塗りつけられている状態のそれにさえ等しいからだ。ありえなく異常な苦痛であって、慣れることなどできるはずがない。
 だから、正確には心の負荷が重すぎて潰れてしまったと言ってもいい。
 苦痛が限界を超えて積み重ねられすぎて、思考領域が埋まってしまった。すなわち、文字通りに思考できなくなってしまったのである。それはある意味で自己防衛だとも言えるが、しかし断定はできない。……いずれにせよ、悲惨な結末であった。

「いやあぁ、ああぁぁぁぁっぁ……っぁぁぁああ、ああぁぁ……!!」
 わたし、よごれちゃった……どうしよう……よごれちゃったよう……。

 心の中でうめいたわけではない。ただ深層において少女はそう感じていた。
 止まっていた時が再び動き始めたのは、このおよそ五分ほどの後。
 被災車両がついに目的駅に到着したのは、それからわずかに二十秒も経たない内のことであった……。


- Back to Index -