No.13「穢された朝(後編)」

 凛堂 朝香 (りんどう あさか)
 11歳 私立礼徒女子学院初等部6年A組
 身長:149.4cm 体重:38.4kg 3サイズ:69-53-74
 純白のリボンで結ばれた漆黒のポニーテールが美しい、凛とした女の子。

 ヒロインの物語開始直前一週間の日別排便回数(←過去 最近→)
 0/1/0/0/1/0/0 平均:0.3(=2/7)回 状態:健康

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 ざわざわと騒々しい上里駅のホームの中で、ある車両の前だけが瞠然としていた。
 ようやく到着した電車のドアが開かれると同時に姿を現した、その内部の光景――突然に人々の眼前に現出した惨事の程度が、あまりにも壮絶だったからだ。

 朝香の下痢便おもらしの現場である。
 不幸にも朝香が汚した側のドアが開いてしまったため、彼女が床に撒き散らしたビチビチの下痢便は、それを出してしまった幼い肉体と共に、容赦なくホーム中へと晒されることになってしまったのだ。
 水粥をぶちまけたような汚物の洪水と、その黄土色の海の中央で丸まって脅え震えている少女の身体。
 ……文字通り現場としか表現しようのない凄惨な光景に、人々は目を奪われきっていた。
 電車が到着した際にこの車両だけ乗客の姿が見えなかった時点で彼らは違和の表情を浮かべだしたが、それはドアが開くなり車両とホームの隙間へと黄土色の液体がドロドロと垂れ落ち始めたことで驚愕の面持ちへと変わり、そして直後に朝香の姿を捉えてその水が漏らされた大便だと分かったことで、今の氷結へと至った。
 間髪入れずに腐った硫黄のような強烈な下痢便臭がむわりと漂い始めたことで嫌悪の色が鮮明になり、現状は、より正確には、まるで悪夢でも見ているかのような顔つきであった。
 誰もが脅えに等しく体を固め、その場から動ける者は誰もいない。
 無理もなかった。視界が茶色すぎる。いきなりこんな物凄いものを見せられたら、平然としている方が異常と言えるだろう。

 電車の中で大便を排泄してしまった女の子。
 この水に等しい排泄物の形状からして、おそらく彼女は今すぐにトイレに駆け込まなければならないほどに酷く下痢をしていて、それで約十分間の急停止の最中に我慢できなくなり、ついにやってしまったのだろう。
 事情は分かる。が、やはり、おもらしの程度が常軌を逸して激しすぎた。
 救いようが無い。彼女の粗相は単純なおもらしを通り越して、悪夢の大惨事に他ならなかった。

 隙間へと垂れ落ち続ける下痢便は当初の滝のような勢いこそ失っていたが、今のボタボタと落下してゆく様子の方がいかにも汚物らしくて、むしろいっそう汚らわしく不気味に感じられた。
 車内の床の広範囲に泥状の茶色や小さな鮮色、そして黒ずんだかけらの混ざった黄土色の水便が広がっている有様は、この世のものとは思えないほどにおぞましく異常である。
 そして全てを産み出した少女は、すでに涙さえ枯らしたのか、ただ小さな左手で小さな顔を覆って震えていた。
 肉体の幼さと上半身の制服の乱れなき純白が、その姿の痛々しさに拍車を掛けている。
 ちょうど良い大きさであるはずのランドセルが今はいかにも重々しげで、スカートに隠れていない膝から下は、見事に泥まみれで肌が黄土色に塗り潰されている。
 まさに、うんちのおもらしをして泣いている可哀想な女児の姿であった。

 ――改めて、本当にひどい、心身共に胸の詰まる壮絶な光景である。
 日常の中に突如として現れたおぞましい異常。おなかを下しきった少女が作り出した、茶色い悪夢。
 見ているだけで胸が圧迫され、猛烈な便臭がまとわりついてくることもあって気分まで悪くなってくる。
 すぐに何人かが目を逸らし始めた。見てはいけないという思いに囚われたのであろう。
 なんといっても、可憐な少女が汚物を撒き散らして泣いているのだ。小学校高学年と言えば、恥ずかしがり盛りである。トイレで大便をするだけでも羞恥を感じる年頃だろう。そんな女の子が、電車の中で下痢を漏らしてしまったのだ。その胸の痛みと苦しみ――絶望的に激しいであろう羞恥と屈辱を察すれば、見ているだけでも申し訳なくなるのである。ゆっくりと大人に近づいてゆく大切な時期なのに。この娘はきっと、この悪夢を一生引きずることになるのだろう。

 朝香はただひくひくと震え続けていて、そして人々は動けなかった。
 さっさと電車に乗ってしまうべきであったが、それができない。悪臭放つ水便がぶちまけられているため、まず物理的に近づきたくないし、そもそも今の彼女の周りには近づけそうになかったので、かつ精神的にもこの車両へは入れそうになかった。が、意識を場に固定されているため、他へ移動することもできないのである。
 一秒一秒が限り無く重かった。
 実際は、まだドアが開いてから三十秒も経ってはいなかったが、すでに乗客たちは一日分の不快感と心痛を味わい終えていた。電車が長々と停まっているのは、今回の事故に伴う臨時措置である。

 しかし、もちろん、こんな異常事態がそう長く続くわけはないし、許されるわけでもない。
 すぐに駅員がやってきた。人数は三人。うち二人はそれぞれビニール袋や消臭剤らしきボトルの入ったポリバケツ、さらに山のようにトイレットペーパーが詰め込まれた紙袋、加えて雑巾やブラシなど、物々しい道具をあれこれと手に持っている。どうやら二人がかりで車内の汚物を清掃するつもりのようだ。残りの一人は手ぶらの若い女性で、こちらは同性であることからして、おそらく朝香を公衆便所に連れてゆく係だろう。

「こちらの車両を今から清掃いたしますので、お手数おかけして申し訳ございませんが、隣をご利用ください」
 男性駅員の内の片方が、深く頭を下げながら、呆気に取られている人々に慌て声で説明した。よく見ると二人は透明なビニール手袋を着けていた。
「おなかの具合は大丈夫? いったん降りれますか?」
 そして同時に、女性駅員が朝香の傍にしゃがみ込んで話しかけてきた。
 朝香は答えられなかった。声など恥ずかしくて出せないのだ。
「トイレに行って綺麗にしないと……替えの下着とかも用意できますから」
 トイレという単語を耳にした瞬間、朝香は体をぴくりとさせた。
 言うまでもなく、そこに行きたくてたまらないのである。
 もちろん、すでに下半身はぐちゃぐちゃだから、手遅れなのは言うまでもない。
 そうではなく、とにかく今は一人になりたい、人目から逃れたい、消えてしまいたいのだ。少しでも排泄物の存在が――汚らしく穢れた自分の存在が許される場所に行きたいという想いも、理由の一つである。
 これほどに個室を乞い求めているにも関わらず彼女がこうしてここで震え続けているのは、もう呼吸することさえ恥ずかしいからであった。
 とてもではないが、立ち上がって駅構内を便所の入り口まで歩いてゆく勇気などないのだ。
 そこまで辿り着くためにはどうしても視界を拡げなければならないが、今は瞳さえ晒したくない。震える左手に覆われた愛らしい顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「スカートも穿き替えないといけないし……」
  ギュルキュルルルルルゥゥ……
「ぅぅぅ……っ……」
  ジュル……ビュジュジュジュジュ……
 駅員が言葉を続ける中、朝香は強めの腹痛に襲われて微量の水便を静かに下着の中へと放った。
 中りに中った彼女のおなかはひたすらに下りっぱなしで、腹痛は一向に治まらず、大脱糞から今に至るまでの間にも、断続的にちびちびと下痢を漏らし続けていた。
 おもらしの放心から立ち直れない朝香は、依然として敗戦の最中にあるのだ。
 もう肛門は伸びきったゴムのように閉まらないし、締める気力もない。うつろな瞳でぼんやりと尻穴を開いている。緩みきったおしり。もはや我慢することに全く意味を見出せず、ただただ本能の赴くままに便意を排泄している状態だった。絶望しきっていた。完全に垂れ流しである。
「…………」
 駅員は押し黙ってしまった。
 とは言っても、朝香の肛門から放たれた音は小さすぎて聞こえなかったので、それに驚いたわけではない。何も言わずに震え続けるだけの女児をどうすれば良いか分からないのだ。

「トイレ行きましょ? ね?」
 が、わずかな間の後、再びそう繰り返した。
 声音が強くなっていた。あくまでも、彼女達は絶対にこんな状態の朝香をこの車内に放っておくわけにはいかないのだ。このままここにいられては誰もこの車両を使えないし、それ以前に清掃さえ満足にできない。下痢を漏らした女児が可哀想だと言う想いも当然にしてあるが、第一に電車というのは公共物である。
「ほら、もうすぐ電車出ちゃうから……」
 駅員の手が朝香の左腕へと届いた。小さな体がびくっと震える。
 しかし、それは拒絶ではなくて単純な脅えによるものだった。
 そうだと言えるのは、答えこそしなかったが、直後に朝香がその体を起こそうと動き始めたからだ。

 もはやそうするしかないと覚悟したからだった。結局、トイレに行かなければならない必然性は、他ならぬ朝香が最もよく自覚していたのである。やはり何が何でもトイレに行きたい。個室の中に篭りたいのだ。駅員に守り連れていってもらえるというわずかながらの安心ないし安全感が、彼女に勇気を出させることになったのである。
 もしかすると、彼女は心の中のどこかでこのような救済を待ち望んでいたのかもしれない。
 もちろん下痢便まみれの下半身を晒して悪臭を振り撒きながら駅構内を歩く以上、今以上の絶望的恥辱を味わわなければならないことには変わりがない。が、それはもう堪えるしかなかった。他に選択肢が無い。本当にどうしようもない状況に、今の朝香は追い込まれているのだ。
「ご利用のお客様には、大変ご迷惑おかけしております――」
 と、その時、ホームにアナウンスが流れた。どうやら本当に発車が近いらしい。
 朝香は太ももを掴みっぱなしになっている右手に重心を置き、足腰にぐっと力を入れた。
 手摺りに頼ればもっと楽に立てるのだろうが、あくまでも左手の位置は顔の上から動かそうとしない。
  ……ジュジュブジュジュジュジュ……
 同時におなかにまで力が入って再び肛門をお湯が流れたが、音はやはり誰の耳にも届かなかった。

  ボタッッ!! ボタボタボタボタボタボタボタッ!!
 朝香が左膝を立てると同時に、スカートの中からボタボタと茶色い軟便の塊が垂れ落ちた。
 へたり込んで床におしりを着けた時に、体重に圧されてパンツから溢れ出したものである。かなりの量の下痢便が、スカートの内側にべっちゃりと厚く付着しているのだ。
  タボタボタボタベチャッ! ゴボポンッ!!
「ぁぅぅぅ……!」
「ちょっと!?」
 直後に朝香は左足に力を入れて一気に下半身を起こした。
 が、それと同時に腰ががくんと落ちて、再び崩れ込みそうになった。
 駅員が慌てて体を支えてくれなかったら、確実に再びおしりを床に着けていたことだろう。
 下痢便の落下音と同時に響いた下品な爆裂は、ショックでつい肛門を膨らませてしまったことによる放屁だった。
  ブッ! ブビ! ブビビビィィィ……! ブリッ、ブリリリ……ッ……
「あぁ……っぁ、はっ、ぁぁ……っ」
 いたいけに喘ぎ熱いおならを連発しながら、朝香は膝をがくがくと震わせた。パンツが重かった。ずっしりと恐ろしく重い。これのせいで膝が折れそうになったのだ。
 およそ一キログラムの汚物が中に詰まっているのだから、無理も無かった。まさに、おなかを苦しめていた下痢便の重みである。便意に悶えていた時の凄まじい腹痛は今でも朝香の脳裏に焼きついたままで、下痢便を滝のように吐き出した時の肛門の熱い感触さえまだ残っている。それが今、パンツを重くしているのだ。

  グキュゥーーッ!!
「――っ!」
  ビリュリュルルルブビッ!!
 そして朝香はまた激痛に腹を犯され、大きく腰を曲げておしりの穴からうんちを垂れ流した。
 今度はおなら混じりであるためか幾分音が大きく、肉体つながりの朝香はもちろん、傍にいる駅員の耳にまで、グチュグチュとくぐもった水音が届いた。
「……大丈夫ですか? トイレまで歩いていける?」
 駅員は朝香のか細い腰を両手で支えながら、世にも心配そうな表情で尋ねた。
 あまりにも朝香の具合が悪そうで、それさえも満足にできないのではないかと危惧したのである。
 彼女の下痢の酷さが普通でないのは、その水のように下った便を見れば明らかだった。その上でいきなり崩れかかり汚物まで漏らしたので、もう立っている体力すら無い――あるいはそれほどに腹痛が物凄いように見えたのだ。どう考えてもただの消化不良だとは思えない。駅員は救急車の必要性をにわかに感じた。

「もしおなかが痛くて歩けないようでしたら――」
  ボタボトボトボトッ!
 しかし、さらに駅員が言葉を続けると、朝香はそれを遮るかのようにして足を小さく前に出し始めた。
 まるで意地を張っているかのようだったが、しかし決してそうではない。今の朝香はやはりぼろぼろの放心状態であって、思考回路で生き残っているのは、ほとんど並外れて激しくある羞恥心だけだからだ。
 小さな手の平に隠された赤く腫れた瞳は、どこまでもうつろで生気を失っている。
 少女はただ極めて本能的に、便所という慈悲を渇望していた。

  ボタ! ボタボタボタ……ッ! ……ボチャッ!
「ふっ……ぅぅっ……ふぅぅうう……」
 噛み締められた唇の隙間から熱い息を漏らしながら、朝香は一歩二歩と床を擦るようにして小刻みに歩を進めた。
 わずかに足を動かすだけでもスカートの中からはそれによる振動で汚物が垂れ落ち、足元の水溜りを跳ねて荒々しい音を立てる。同時に下着の中の下痢便が太腿から伝わった尻肉の動きによってにかき回され、ぐちゅぐちゅぬちゅぬちゅとゲル状の軟音を放った。うんちまみれのパンツの中。蠢いた泥粥は朝香の肛門と尻全体とを改めてねぶり犯し、彼女の強姦されすぎてほとんど壊れた潔癖に、さらに容赦無き蛮行を加えていた。
 腹音が鳴らずとも差込みは続いているようで、朝香は体を丸めて背を「く」の字に曲げたままである。情けないおしりが大きく後ろへと突き出され、こげ茶色に濡れてぴっちりと肉に張り付いたスカートに、未熟で小ぶりな尻の形がくっきりと表れ出ている。
 ――惨めで惨めでどうしようもない姿だった。下痢を漏らすというのはこういうことなのだ。

「足元、気をつけてくださいね……」
  ブウッ! ……ボタボタボトト、ボトッ!
 駅員の言葉に意図せずにおならで答え、朝香は車両からホームへと慎重に降り立った。
 下痢便の落下する音が、それまでよりも乾いた質感のものへと変化する。
「――初急行――行き、まもなく出発いたします――」
 と同時に、あたかもそれを待っていたかのように、発車のベルと出発を告げるアナウンスがホームに響いた。
「すみません、あと、お願いします」
 女性駅員が振り返り、苦々しげな表情をしている車内の二人に小さく会釈をする。
 彼らは空いている座席の上へと荷物を置き、それぞれ両手でブラシを握っていた。すでに準備は完了していて、朝香が降り次第、後始末を始めるつもりのようであった。

「――ドアが閉まります」
 そしてすぐに、朝香の真後ろでドアが静かに閉まった。
 早くも駅員たちが作業を始めたのが、窓越しに見える肩の動きで分かる。
 がたん、ごとん、といういつもと変わらない音と共に、朝香の排泄物を載せた列車は、ゆっくりと彼女のもとから走り去っていった。悲劇の箱は見る間に遠ざかってゆき、そして視界から消えた。

  ゴロゴロロロロォ……
「はぁ……ぁあ……はぁ……ぉ、とい……れ……」
  ブビ……ジュルビュルボトッ! ブビビ……ボタタッ! ブビグチャ……ッ……
 だが、感慨を覚えることも振り返ることもなく、朝香はうつろにふらふらと歩き続けていた。
 汚らしい音が床を打つたびに、音通りにホームが黄土色で汚されてゆく。
 一刻も早く便所に入りたいのであろうか、その歩き方は早くもすり足から普通のものへと変化していた。が、それによって一歩一歩足を進めるたびに革靴の中からぐぷぐぷと不気味な泥音が聞こえる状態になっていた。朝香の進んだ路に、茶色い靴跡が次々と鮮明に刻印されてゆく。
(なんて、ひどい……)
 激しい下痢便の臭いに悶え始めていた駅員は鼻をつまみたい衝動を堪えながら、その異常な有様に改めて戦慄を覚えていた。下痢を漏らした女児のあたかも空襲の被災者のごとき悲痛すぎる歩行に胸を圧迫され、殊にその女児自身の排泄物で汚れきった細い足が小刻みに震えを繰り返しているのを、ひどく痛ましく感じた。
 猛臭を放つ糞便がベチャベチャに撒き散らされていることもあり、このホームもまたあとで、しかし一刻も早く、徹底的に清掃しなければならないだろう。本当にとんでもないことになった、と駅員は思った。
 発車直後で辺りが閑散としているのが唯一の救いだろうか。わずかにいる人々はみな朝香に軽蔑の視線を送っていたが、これはもうどうしようもない。

「はっ……ぁ……あぁ……はあ、はぁぁ……」
  グジュグジュプチュ、プリュッ
 そうしながら、パンツの重みに耐えるためだろう、朝香はおそらく無意識に内股からガニ股へとその姿勢を変化させていった。うんちまみれの下半身と相まって、なんとも情けない姿だった。どうしようもないほどに下品極まりない格好だが、体力を全て下着の中に出してしまった朝香は、こうでもしないともう歩くのもままならないのだ。
「トイレは……階段を上ってすぐですから」
 駅員は朝香の強烈な便臭についに悪心をもよおして堪らなくなり、前に数歩歩いて清浄な空気を求め、その行為をなかばごまかすべくホームの端にある階段を指差した。
 が、朝香は顔にかぶせた左手の指の隙間から足元を見ているだけだったので、そもそも見ていなかった。黄色くなった右手がわなわなと震えながらスカートの裾を掴み締めている有様が、またなんとも痛々しく感じられる。
「……階段、上れそうですか?」
 駅員は急に救いを求めたいような気持ちになり、脅え混じりの小声で朝香にそう伺った。

 新しい異変が起きたのは――その瞬間だった。

  ……キュルゥゥグウウゥゥゥッ……
「……ぁ」
  ギュルゴロゴロギュルグウゥゥッ!!
「っぐうぅぅぅぅぅ……っ!」
 獰猛なうなりを下腹から鳴り響かせながら、朝香がいきなりうめき始めたのである。
 これまでとは違う。また便意の洪水が猛烈な腹痛を伴い、乱れた大腸を叩き下ってきたのだ。
 轢き潰されるような腸の痛みが全身を痺れさせ、灼熱の汚水が一気に直腸を膨らませてゆく。
 あんなに下痢を出したのにとも思えるが、食あたりで発狂した胃腸には理屈など通用しない。少なくとも、体内の水分はまだ十分にある。
  グウゥゥッ!! キュゥゥギュルルルルゥゥッ!
「あ、あ、っぁぁ……ぁ、ぁぁぁ……」
  ビュルッ! ビュルルルッ!! グチュブチュブチュブチッ!!
 駅員がはっとした時にはもう、朝香は両手でおなかを抱え込んでがくがくと痙攣していた。おなかとおしりから嫌な音が聞こえてくる。初めて露になったその美しい顔は、脅えにも似た苦しみの色で痛ましく歪んでいた。
「どうしたのっ!? おなか痛いの? 大丈夫ですかっ!?」
「うぅぅ、ふぅ、ふぅーうぅぅ……!」
  ブビッビビピビビビピピブボッッ!!
 駅員は慌てて叫んだが、それに答える余裕など朝香にはあろうはずもない。
 ただ獣のようにうめきながら、水便を勢いよく漏らし続けるだけだった。

 やっぱりこの子、もうだめだ……。

「救急車――!」
 とっさに駅員は口を開いた。が、「呼びましょうか!?」と続けるよりも早く、
  ゴグウウゥゥゥッ!!
「はぅ……っ!」
  ブボゴボボブウウウゥゥーーーウゥーーッッ!!!
 朝香は再び派手におなかを鳴らして、茶色く染まったスカートの中から巨大な音を響かせた。
 今度はガスの巨塊を肛門から吐いたのだ。かつて誰も聞いたことのないような、物凄いおならである。激しい風圧で駅員は言葉を吹っ飛ばされた。
「はぁー! あぁー! はあぁーーっ……!」
 朝香は目を見開き、びくん、びくん、と体を震わせた。
 ――苦しい。ボコボコと大腸がうねっていた。直腸の中身を絞り出そうとする、鬼のような痛みを伴う悪魔の蠕動。
 両腕をおなかに押し付けながら、朝香はたまらなくなって泣きそうな表情で全身をぎゅうっと縮ませた。ガニ股に開いていた膝が再びくっつき擦れ合う。めちゃくちゃな腹痛。おなかを守るかのように背中が大きく折れ曲がり、頭とおしりの高さがほとんど同じになる。下痢に支配された少女の肉体は、どこまでも内股中腰になった。
「おなか苦しいんですか!? ほんとに腹痛が酷くて我慢できないようだったら救急車呼びますよっ?」
  ギュルゥゥウウッ!! グウゥゥゥウウウーッッ!!!
「っぁ、ぁぁ、ぁ……!」
 再び駅員が叫ぶと同時に、朝香は眼の光を失い弱々しい喘ぎ声を上げながら、へなへなとしゃがみ込んだ。

  ブボブビビビビビビブチュブチュブヂュブビッ!!!

 そして静かなホームに猛烈な爆音が響きわたる。
 音だけで大量の流動便が噴出したのが手に取るように分かる。肛門を地に向ける排泄の姿勢を取ったことで、堰が完全に決壊したのだ。可哀想に、またもや朝香はパンツの中に滝を作ってしまったのだ。
 轟々と駆け下ってきた便意を、そのままおしりの穴から全力で排泄した。脂汗の浮かび続ける尻肉、その中央の汚穴をうず高く盛り上がらせ、焼けるように熱い濁流をどこまでも情けなくブパブパと爆出させた。尻を包む着衣の中で汚らしい音を破裂させながら、脂汗まみれの肉体がぶるぶると震える。

  ギュルゴロゴロゴロギュルゥゥゥゥーーーッ……!
「ふぅぅ、ぅっ、ううぅぅー……っ……!」
  ブボビヂヂヂビヂブボボボボボボボッッ!!
  ブビチビュチチビヂィッ!! ブピュビビュビュッ!!
 口に手を当てて絶句する駅員の眼前で、欲求のままに朝香は脱糞を続けた。
 下痢腹が声帯のごとくうめき放つ重轟音と、ガス混じった水粥便が肛門を爆発させる物凄い破裂音。――最低の音同士が交互に響きあい、また時には混ざり合って苛烈な羞恥を朝香に与えていたが、しかし彼女は一瞬たりとも肛門を締めようとはできなかった。
 もう汚い恥ずかしい以上に、糞を出したいという肛門欲の追求しか考えられなかった。
 今の朝香は本能に忠実なのだ。壮絶な食あたりは人の全意識全欲求を排泄に縛り付けるだろうが、今の彼女はまさにそれだ。――絶対的な下痢。毒を吐き出す生命行為。肛門から濁出する下痢泥を拒絶するどころか、むしろ地獄の腹痛を身体から出せる唯一の方法として、積極的に押し流してすらいた。
「ぁぁ、ぁぁぅ……っんううぅぅぅ……!」
  ブリッ! ブビュリュルルビュルビュルブリッ!!
 荒々しい呼吸と共に、ビュルビュルと水状のうんちを漏らし続ける。
 激烈に下った大腸が物凄い量の下痢を吐いているのが肛門を滑る熱い感覚とパンツの中の海流の動きで分かるが、その自身の体温の拡散さえ、放出の開放感と相まって気持ち良く感じられてしまう。乳幼児のような排泄。今の朝香はあくまでも放心状態にあって、理性無く垂れ流しなのだ。
 おなかが痛くてたまらない。もう少しでも楽になれたらそれでいい――。
 心崩れた朝香。排泄物をあれほどに拒絶していたのはいつのことだったろう。

  グピィーーーゴロゴロゴロゴロォォーーッ!!
「ぐぅぅぅぅぅう……っ!」
  ブビヂヂヂチ……! ビヂヂヂヂビヂュッッ!!
  ブッ! ビチビチビチブビッ!! ブピビュルビュルブビビッ!
 家を出たほんの一時間前の純潔はもはや遠い昔。今の朝香はあまりにも惨めで無様で情けない。
 すでに濃密な下痢便臭で周囲の空気が腐っているため、これだけ新しくにおいの元を放出しても新しい臭さは感じなくてすむが、それは幸せと言うべきなのだろうか。
 しかし汚物それ自体の質量は吸い込まれるはずもなく、しゃがみ込んで震えている朝香の周りには黄土色のにごり液がゆっくりと拡がり始めた。傍に立っていた駅員が、慌てて数歩後ずさる。
  ブブブウッ!! ブゥゥブピピブビビビビビッ……!
(どこまで酷く下痢してるの、この子……)
 床に沼を作ってゆく液状便のあまりの液状ぶりに、駅員は今回も驚愕した。
 車内の湖を見たときもそう感じたが、本当になんとも恐ろしい下り具合だ。相変わらず、下着の中から溶け出したであろう茶色いゲル便や、前日の夕食を物語る未消化物が所々に混じっている。今回は産み出されてゆく有様を目の当たりにしているためか、それらをいっそう痛ましく感じた。こんなものをパンツの中に詰め込んでいたら臭いわけだ。

「はぁぁぁぁ……ぁぁぁ……」
  ピュルビュルピューー……ブピ……ッ……ブゥッ…………
 しかしさすがに電車であれだけの量を出したあとである。
 朝香の肛門は暴れ始めてから三十秒たらずで静かに落ち着きを取り戻した。

「おなか、痛くて我慢できないんじゃないですか?」
 駅員は汚水を避けながら傍にしゃがみ込み、朝香にそう尋ねた。
「あー、はぁぁーー……ぁあ、はあー、はぁー……」
 おなかを抱え込んで荒々しく呼吸を繰り返しながら、朝香はふっと顔を上げた。
 それで初めて駅員と目が合った。が、一瞬で脅えたような表情をしてうつむいてしまった。
「……っあぁ……はぁーーー、はぁー、は……っ……」
 そして何も答えずに、朝香は憔悴しきった顔でおなかをさすりながら苦しげに呼吸を重ねていった。

(こんな子が……こんなことを……)
 だが駅員はその反応自体には困惑を見せず、しかし言わなければならない続きを忘れてしまった。
 鮮烈な驚きが突如として思考に入り込んできた――眼前の少女の美しさに目を見張ったからだ。
 ――射抜くような瞳だった。
 今は光を失っているにも関わらず。
 これまでは高い位置から見下げていた上、現在進行してゆく彼女の排便に意識を捉われていたせいで認識できなかった。……こんなにも高貴な顔立ちの美少女だったとは。涙と脂汗で顔も前髪もぐしゃぐしゃだったが、それでも十分に綺麗だと思えた。
 いくら猛烈な下痢とは言えここまで下劣な行為を繰り返してしまったこの少女を、その行為の汚らしさに見合った容姿だろうと勝手に思い込んでいたのだ。女児の上半身と下半身とのギャップに、駅員は素直にショックを受けた。

 しかし考えてみれば当たり前のことである。どんな美少女だってうんちをするのだ。体調を崩せばビチビチの下痢もする。強烈な悪臭を放つ、未消化物混じりの泥か水のような質感のうんちをしてしまう。そしてそれを腸の中に何時間も溜めておくことはできない。だから、下痢なのに便意を我慢し続ければ、やがて限界を迎える。……うんちを漏らす。
 こうして黄土色の下半身から腐った卵のような下痢便臭を立ち上らせている朝香は、まさにその事実だった。
 未消化の大便が放つ物凄い悪臭。美少女の腸の中の臭い。鼻の曲がりそうな便臭に吐き気さえ覚えながら、これを出してしまった美しい朝香のことを、駅員は新しく憐れだと感じた。
 今の彼女はどこまでも情けない――まさにうんちを漏らした表情で震えている。きっとプライドも高いのだろうに。どれほどの屈辱を味わっているかは、正直想像もつかない。

「――きゅ、救急車。呼びましょうか?」
 そこまで考えてから、駅員ははっとして現実に戻り、慌てて朝香にそう尋ねた。
「はーー…………っは……、ぁ……はぁ、はぁ」
 しかし朝香は小さく力なく首を横に振るだけだった。
 それからうつむいたままで何か口をぱくぱくとさせたが、肝心の声が出ていなかった。
「でも、そんなに苦しそうじゃないですか。泣いちゃうぐらい痛むんでしょう?」
 おそらく、「大丈夫」とでも言おうとしたのだろう。
 そんなはずはない。――もはやそう思い込みながら、駅員は心配そうに言葉を重ねた。
「もしかしたら、食中毒とかかもしれませんよ」
 ――その時だった。

「うっわ! なにあれ!?」
「うそ? あの子ウンチ漏らしてるよ!」
「やっだあっ!!」
 二人の後ろ――階段の方から、猛々しい罵声が聞こえてきたのである。
 びくんと震える朝香。駅員がはっとして振り向くと、頭の悪そうな女子高生たちが朝香を指差して顔をしかめていた。
 それを見て彼女は、しまった、と思った。言うまでもなく階段にいる連中の存在を捉えたからだが、しかしそれだけではなかった。
 階段の周りのホームに、すでに何人も――十人を軽く超える数の人々が立っていたのである。
 朝香が脱糞していた三十秒の間に、次々と乗客たちが階段を下りてホームにやってきていたのだ。
 急行の止まる駅だけあって、利用者の数も多い。ホームはもはや閑散と言える状態ではなくなっていた。

「信じらんない……」
「うえええぇぇ、くさすぎ……」
「トイレまでぐらいガマンできねーのかよ!」
「サイッテー!」
 一方、幸いにして朝香はまだその事実には気付いていなかったが、しかし現状でも十分以上に過酷だった。
 鋭利なものが次々と飛び刺さってきて、胸をえぐり乱してくる。
 電車で下痢を我慢していた時に受けて以来の、凄まじい罵倒だった。
 まるで容赦が無い。いきなり心の中に殴りこんできた激烈な羞恥と屈辱に放心を焼き払われ、朝香は脱糞の感覚で淡い桜色に染まっていた頬を、一気に数倍の濃さ――真っ赤な色にまで上気させた。緩みきっていた肛門をきゅっと締めつける。
(……いや……やだ……いやあぁ、わた……し、いや……)
 そしてついに朝香は十分ぶりに心の中で言葉を紡ぎ、さらに目を潤ませだした。
 おもらしをしたという自覚の更新。叩き付けられる言葉の通り、自分は今最低の状態にあるという事実を再確認したのだった。もはや慣れかけていた悪臭を改めて物凄く臭いと感じ、おしりを犯している排泄物のぬるつきを改めて吐きそうなほど気持ち悪いと感じた。
(いや……いや……いや……わたし……いやっぁぁぁぁ……!)
 うんちを漏らした。臭い臭い下痢を漏らした。腐った卵を食べて、ピーピーにおなかを壊して、うんちがしたくてたまらなくなって、でもトイレに行けなくて、そして人前でパンツの中にドロドロの下痢便を出してしまった。――わたしはいま、よごれている。

「いくらなんでも、ちょっとこれはないよねえ……」
「きったねー。小学生以上がウンチ漏らしてるのはじめて見たよ」
「マジで臭すぎ。なに食ってんの!?」
(いやっ! やめて。やめてやめてやめて――やめてぇぇっ!!)
 朝香は唇をぎりりと噛み締めた。
 侮辱が続いている。絶望的に情けなく恥ずかしくあるが、それ以上に悔しかった。
 自分が愚かにもやってしまったことはもちろん、このように徹底的に侮蔑されていることを、朝香は急にひどく悔しく感じ始めていた。悔しい。悔しくて悔しくてたまらなかった。

「あーもう、臭すぎて気持ち悪くなってきた。さっさとトイレ連れてってよ」
「もう私、明日からこの駅つかいたくなーい」
「てゆーか、いくらゲリだからって、漏らす? ふつう」
「ゲリピーでもトイレまでは我慢しなきゃねえ」
「そのためにトイレがあるんだから――って、こんなこと幼稚園児でも知ってるよねー?」
 朝香はうつむいたまま体をわなわなと震わせ、透明鮮麗な前歯で唇を潰し、潔白を紅に染めた。

(何が分かるのよぉっ!? あんたたちなんかに!!?)
 よせばいいのに、朝香は声の聞こえてくる方をきっと睨み上げてしまった。
「――っ!!」
 瞬間、朝香はびくんと震え、目を大きくして凍りついた。
 いまだ困惑している駅員と同様、もはや膨大な人数が自身を見つめていると気付いたからだ。
 津波にも等しい飲み込まれそうな圧迫感を、朝香は重厚な人海から感じた。

 大人たちの目からは、不快に満ち溢れた想いが言葉となって伝わってくるようであった。
 怖気にも似た冷たい視線。人々は一様に非難の色をその顔に浮かべていた。同情の色もわずかにはあるだろうが、完全に寒色に塗りつぶされてしまっている。

 朝香が最初にホームで浴びた視線と平均色がまるで違うのは、今ホームにやってきた人々は、彼女を乗せていた電車が急停止したという事情を知らないからだ。
 悲劇のヒロインからただの情けない女の子へと、朝香は格が下がったのである。加えて、見る者の心に否が応でも悲劇性を刷り込んでいた下痢便の海も、今はもう朝香の周りには拡がっていない。あの惨劇――大量の腸の中身は、すでに遥か彼方に行ってしまった。

 いずれにせよ、あくまでも場所は駅――公共の場所だ。こんな恥ずかしいことをしでかして、心の休息を求める方が無理である。人前で着衣のまま脱糞するという朝香の行為は、あくまでも絶対的に非常識なものなのだ。どんなに必死に我慢をしたとしても、もうそれを知っている人は周りに誰もいない。苦しみの後を物語れるのは皮肉にも彼女が激痛のすえ排泄してしまった下痢便だけだが、それはそれゆえの強烈な悪臭とグロテスクな外観によって、いっそう人々の不快感を煽るだけであった。

(いやあああぁぁぁぁっっ!!)
 自覚の再更新。ここまで、顔を上げてから一瞬である。
 限界を超えた恥辱に心が張り裂け、朝香は死にも等しくいたたまれなくなり、いきなり立ち上がった。
  ボタボトボトボトボトトッ!! ……グチャァッ!
「うっわ!」
「やだなんか落ちてるよ、あれ、まさか……」
「やっだーっ! ウンチのかたまりじゃんあれ、きったねー!」
「もうマジで信じられなさすぎ」
 勢いよく立ち上がったため、派手にスカートの中から汚物が落ち、それは即座に連中の追加罵倒を誘引した。
 が、朝香はもうそれを耳から弾き殺し、左手で顔を隠して階段に突撃した。
 トイレに逃げ込むためだ。そのためにはどうしても階段を通過しなければならない。ならば、うつむきながらゆっくりと通過するよりは全速で突っ切った方が、感じる痛みは少なくてすむ。
 彼女は強行突破を決意したのだった。指の隙間から見える階段の入り口がどんどんと大きくなってゆく。
 腹痛に悶え右手で腹を抱えこんでいるため、視界の高さはいつもの半分だった。本人は気付いていないが、壮絶なガニ股走りだった。無様としか言い様のない疾走だったが、しかし階段周辺の人々は女子高生も含め、戦慄して道を空けた。下半身下痢便まみれの少女がいきなり突撃してきたのだ。汚物を付けられたらたまったものではない。
  ボトボタボトボタッッ!! ボトボトボトボトボト!
 そして一気に朝香は階段を駆け上った。
 あれだけ体力を黄土色の汚粥にして吐き出してしまったはずなのに、もう立っているのもつらいほどに疲弊しているはずなのに、――しかし朝香は一時も止まらず、険しい階段を走り続けた。
 眼前の段だけを見るようにしても、たくさんの人の驚愕と軽蔑の視線が刺さっているのが分かる。
 朝香は楽園を目指して灼熱の炎の中を潜り抜けていった。

「はぁっ、はぁっっ……!!」
 上り終えると、すぐ向こうの通路の突き当たりに公衆便所の入り口が見えた。
 「Toilet」という文字。女性用を表す赤いマーク。――間違いない。トイレだ。
 朝香はそれを見た瞬間、もうたまらなくなった。
 やっとここまできた――。
 トイレ。うんちをするための場所。うんちができる場所。うんちをすること――排泄行為が許される場所。
  ギュルギュルグゥゥウゥウゥゥ!!
「っ!?」
 ――そう認識した瞬間、朝香はまた激烈にもよおした。
 相変わらず急に来る。今日三回目。さっきしてからまだ一分も経っていないというのに。おそらくトイレの入り口を見たことで、排泄本能がいたく刺激されたのだろう。痛みで足が止まってしまう。
  ブピュルルルルル!
(だめぇぇっ!!)
  ルル……ッ……
 即座に肛門の締め付けをこじ開けて熱湯が漏れ始めたが、朝香はそれを全力で押し留めた。
  ……ジュルビピピ……ピュルッ……ぐちゅぐちゅぐちゅ、ベチャッ! ……プリ…………
 しかし括約筋はもう使い物にならないため、すぐに右手を尻に当て、親指以外の四指を盛り上がった肛門に突き刺した。パンツの中の軟便が指圧で潰されて不気味な音を放ち、一部が裾から溢れて床へと落下したが、しかしこれによってなんとか噴出を抑えることができるようになった。

「ふっ……はぁぁぁーー! ……はあーー、はー! ふぅーーっ!」
  ギュルルグポゴポゴポッ!!
(もうこんなのいやぁぁ……おトイレ……おトイレ……おトイレでしたい……!)
 すぐに、棒になってしまった足をなお全力で前へと動かし始めた。
 もうどうしようもなく手遅れなのに今さら朝香がこんな我慢をしたのは、公衆の面前で脱糞することへの羞恥を新たにしたこともあるが、それ以上にまたもや便器が恋しくてたまらなくなったからであった。
 改めて、パンツの中でなく、陶器の上で肛門を開きたい衝動にかられたのだ。
 ここまでおしりを汚してしまっても……やはり便器に糞をしたい。湿った空気の中でおしりをむき出し、便器に向かって穴を開き、おなかに力を入れて勢いよく液流を放出したい。自分の身体から出てくる汚物を白い陶器に受け止めてほしい。自分と便器しかない個室の中で、律に触れることなくうんちをしたい。……とにかく便器が欲しい。便器にしゃがみたい。便器におしりを向けたい。便器に噴射したい。もう便器のことしか考えられない。便器。便器。便器。
 ――「Toilet」の魔力。電車の中で悶絶していた時以上に、朝香の想いの全てがもはや便器のものになっていた。
  キュルキュルキュルキュルキュルゥーーーッ!
「ふううぅぅあぁ、ああ……ぁぁあ……っ……!」
 早く個室に入りたい。
 逃げ込みたい。一人になりたい。おなかが痛い。うんちをしたい。おしりを出したい。汚れた下着とスカートを脱ぎ捨てたい。重いおしりを軽くしたい。正しい排泄をしたい。パンツの中はもういやだ!
 錯綜した想いを胸に便所へと全力疾走する朝香。
 おなかを大いに鳴らし、下痢まみれのガニ股をガクガクと笑わせ、すでにうんち色のスカートを下痢汁まみれの右手で押さえつけながら垂直にトイレに走る朝香の姿は、もはやどこまで無様なのだろう。昨日までの高貴さに思いを馳せれば、これはもう無様どころか無惨とさえ言える。
 下痢。身体の排泄機能――動物としての本能の暴走。病んだ人間に意思に反して排泄行為をさせるという、恐ろしい病。朝香はいま下痢をしている。下痢をしているのだ。

 やがて気がついたとき、朝香は女子トイレの中に飛び込んでいた。
 ……が、駆け込んだトイレで朝香を待ち受けていたものは、想いもよらない光景だった。

 驚きのあまり、入り口で足が止まってしまった。
 三つある個室の全てに、行列ができているのである。全部併せて十人はいた。
 朝香はもはや忘却していたが、ここも急行が停車するような駅なのである。利用者は当然に多い。
 一秒たらずの氷結ののち、彼女はようやく事情が分かってはっとした。

「ぅぅ……ぅ……う……っ……」
 そして同時に絶望した。
 トイレの入り口はそのまま個室の入り口だと思っていたのに。現実は憐れな朝香にまだ我慢を要求しているのだ。そんなこと、もうできるはずがない。
 またもや喉がくうん、と小動物のように鳴り、胸がきゅうっ、と縮こまった。さらに並んでいる女性たちの視線が自身に集中していることに気付き、朝香は全身を冷たく震わせ、どこまでも悲しげにうつむいてしまった。
 彼女はいつのまにか右手の安らぎを補うために無意識に左手をおなかにあてがっていたが、それが良くなかった。全開となった視界でトイレを捉えたため、彼女たちが見せた、下劣にも大便を漏らしてしまった女児に対する冷淡な軽蔑の面持ちを、全て受け止めてしまった。――まさに汚いものを見るような目で見られ、業火に焼かれるような激痛が心を走った。
 痛みは焦燥感を煽りたて、それに伴う想いの萎縮が下痢に耐える精神力を吸い取ってゆく。
 それでも朝香は険しい足運びで二、三歩ほど前に進んだが、そこで力尽きしゃがみ込んでしまった。
  キュルルルルルグウッ!
  ビュルブチュブチュブチュビュルッ!
「あっあぁぁぁぁ……っ……」
 と同時に新しい温かさが肛門の周りに広がった。
 穴を押さえ直そうとするも手が働かず、それで朝香は右手が痙攣していることに気付いた。
 ……もうダメだ。もう一歩も動けない。動いても意味が無い。また見えているものがぼやけ始める。いつものパターンだった。今日三回目だが、永遠にこの流れの中にいるような気がする。一度巻き込まれてしまった茶色い渦からは、もう二度と抜け出せないのだろうか。
  キューゴロゴロゴロゴロゴロォォーーッ!!
(もう……いやあぁぁぁぁぁ……!)
 ――そう思って目をつぶった瞬間だった。

「ほらそこ、あと二人だけですよっ!」
 突然肩を掴まれ、朝香ははっとした。
 振り向かなくても声で分かる。駅員があとを追ってきたのだ。
 眼前に大きく現れた人差し指の先を慌てて注視すると、確かに一番左の列だけは二人しか並んでいなかった。全体を見た瞬間諦めたため、朝香はこの時初めてそれに気付いた。
 しかし、喜びよりも奇妙さの方が先行した。他は四人以上並んでいるというのに、なぜここだけ……。

  ゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッッ……

「……あ」
 疑問を抱くやいなや答えを見つけた。
 直後に個室の中から聞こえてきた大きな騒音――水を流す音が聞こえてきたのを。再生した朝香の知覚ははっきりと捉えた。すぐにそれが、トイレに駆け込んだ時からすでに連続して聞こえていたと気付く。
 ……そして、その音はよく聴いてみると、
  ゴボジャアアアアァァァービチビチビチ!ッッ…… ブピッ!
  ……ゴボジャアアアアブボァーーーーーーーッッブチュビチビチブピッ!
  プボッ! ゴボジャアアアアァァァーーブリリリ!ッッッ……
 濁った水洗音が次々と流れる間に汚らしい破裂音が含まれていた。
 どうやら、中にいる女性が大便をしているらしい。それも下痢をしてしまっているようだ。水を流す音で、肛門から放たれる恥ずかしい音を隠しているようである。
 この個室の前に並んでいる者が少ないのは、まさにこのためだろう。
 この音の連鎖を聞けば、使用者が下痢気味だとすぐ分かる。必死に水を流し続けているようだが、どうしても下品な音が漏れ聞こえてきてしまっている。そもそも、これだけやたらと音消しをしている時点で私は下痢だと宣言してしまっているようなものだ。――そして、腹具合の程度にもよるが、たいてい下痢は出しきるまで時間がかかる。朝のこの忙しい時間に、そんなものが終わるのを待ってはいられないのだ。
「はっ……ぁ……っぅぅぅぅ、……うっ!」
  ブボオッッ!! ブリブボボボボボゴボジャアアアアァァァーーーー……
 それから苦しげなうなり声が聞こえ、さらにわずかに水を流すのが遅れてしまったらしく、派手な爆音がトイレ中に響きわたった。どうやら、だいぶおなかの具合が悪いらしい。かなり水っぽい便を排泄しているようだ。今は朝香の尻が臭すぎて飲み消されているが、こうなると、おそらく大便の臭いもだいぶひどくなっていることだろう。
 その汚い排泄音に反し、中から聞こえてきた苦悶の声は繊細で透明な可愛らしいものであった。高校生未満なのは間違いないだろう。もしかすると、朝香と同じ小学生の女の子かもしれない。

「すみません、この子ちょっとおなかの調子が酷くて……先に入れてあげてくれませんか?」
 ――そうして固まっている朝香を尻目に、駅員は並んでいる者たちと交渉を開始していた。
「……どうぞ」
「はい……」
 すぐに彼女たちは複雑そうな表情で答え、さっと脇に退いた。
 朝香の様子があまりにも憐れすぎるのが、今回は効を奏したようである。
 下半身は下痢便にまみれ、おなかとおしりを押さえ、悪臭を放ちながら震えている。……こんな可哀想な状態にある女の子を、どうして待たせることができるだろうか。

「あとちょっとですよ。がんばって――!」
 駅員はもう一度「すみません」と女性たちに謝ると、朝香の方を振り向いて励ました。
(あとちょっと、あとちょっと……で、おトイレに……入れる……)
 その言葉が脳に響きわたり、浮いていた朝香は意識を自身の肛門へと跳ね戻した。今すぐにも爆発しそうな山状の肛門を丸い尻肉ごと全力で掴み締め、ギュルギュルギュルギュルと悲鳴を上げ続ける下痢腹を気が狂ったように何度も何度も荒く速く雑にさすりながら、汗まみれ涙まみれの瞳に個室のドアを映し出す。
 ――そう。確かにもう自分と個室との間を邪魔する者は誰もいなくなった。あとは、いま中にいる少女がことを済ませて出てくれば、自分だけの世界に入っておしりを出せる。ついに堂々とうんちができるのだ。もう、あの扉の向こうに便器がある。下痢を受け止めてくれる器がある。
  ゴロギュルギュルギュルグピーーーッ!
(うあああぁぁぁ、うんち! もうだめうんちしたいぃっぃぃ……っ……!)
 そこまで感じた瞬間、朝香の便意は累乗的に膨らみあがった。
 あと一歩で脱糞に及べるという意識が、彼女の排泄欲求を強く刺激してしまったのだ。
  ブビビビビィッッ!! ブボボボボブゥゥゥ!!
「はっ……! はふっ、ぅっふうっぅぅぅぅ……!」
 物凄い排泄欲の生起と共に、またあの時のように灼熱のおならが漏れ出し始める。
 同時におしりがよく分からなくなった。もはや便意が凄まじすぎる。筆舌に尽くしがたいから、「便意」でさえないのかもしれない。ただ糞をしたい。体の中の全てが肛門へと雪崩れてゆく感覚。食あたり。もう本能的に毒を出したい。
  ゴロゴポコポグボ、ギュウゥゥゥゥウウ!!
  ブピグポグポグポッッ!!
(はやくはやく……はやく、はやく出てっぁぁ、はやく)
 一秒一秒が停滞を始め、さらに突然、朝香は扉が透けて個室の中が見ええるようになり始めた。
 中で下痢をしている少女の姿は全く見えないが、個室の構造――中央の便器の位置が、柔らかな視界の中でどんどんと具体性を帯びてゆく。白い陶器が頭の中を泳ぎ、そのやや黄色がかった汚れや縁などにあるわずかなひび割れまでもが、はっきりと像を結び始める。――もはや願望が視神経と繋がっていた。
 極限状態ならではの超越現象なのだろうか。どうやらまた時が迫ってきたらしい。
 結局、状況が良くなっても、三度目の限界が間近に迫っていることに変わりはない。
 それがトイレよりも遠くにあれば朝香は間に合うし、近くにあれば今回も漏らすだろう。
 十秒か三十秒か一分かは分からないが、一定時間後に確実におしりの穴が決壊することは自身が一番よく分かっている。だから、朝香がただ祈れるのは、もはやもう一人の下痢少女が一刻も早く便意を出し切ってくれることのみだ。

  ゴボジャアアアアァビビビビ!ーーーーッッビュビチチチチ……ッ!
  ゴボジャアアアアァァァーーブボッッ!!ッッ……
「……はぁーー……ぅぅ……、くぅぅ……」

 だが、個室の中で苦しんでいる少女はまだまだ出てこられそうになかった。
 彼女も相当に下痢が酷いのだ。どうしようもない。

(わたしあなたよりうんちしたいの!!! おねがい早くしてぇぇっっ!!)
  ビィ! ブピビビィィビィ……ゴボッッ!! ブピブピブピピッ!
 泣きそうな顔で――というよりもほとんど泣きながら激烈におなかをさすり、乞い求める眼で不動のドアを見つめ上げる朝香。実際にそうだが、もう、うんちのことしか考えていないといった面持ちだ。表情、姿勢、精神、そして着衣――もはや全てが下痢に支配されている。細菌に冒され乱れきった胃腸が朝香の何もかもを狂わせている。下痢、腹痛、食あたり。今の彼女はどこまでも弱者だった。
  ギュウググウグゥゥゥッッ!
  ビュリュチュチュチュチュ!!
「っやぁぁ……」
 そしてまた微量の下痢をパンツの中へと放ってしまう。
 肛門に突き刺さった指先には、穴の中からお湯が噴出する感覚さえ伝わってきた。すでにおしり自体の感覚は白くなってしまっているので、こちらの感触の方が肛門粘膜の覚える滑らかな通過感よりもずっと鮮明だ。
  グビュビュビューーッ! ブピュビチュチビュルルルッ!
(はやくはやくはやくうんち、うんちしたいのうんちやめてでてきて)
 これまでもそうだったように、一度漏らしてしまうと、癖がついてさらなるおもらしを許してしまう。
 朝香は最後の力を右手に籠めてかろうじて漏出の勢いを押さえ込みながら、個室の中の少女に思念を送った。
 もう肛門は、パンパンに膨らんだ水風船の口のような状態である。一瞬でも指を緩めれば、即座に大噴射が起こってしまうだろう。またもや目の前が白くなってゆく。自身がめちゃくちゃに痙攣しているのさえ分からない崩れた意識の中で、朝香は稚拙に願い続けた。

「うっ……! くぅぅっ……うぅぅぅ……!」
  ゴボジャアブリブリブリブリブリブリ!!!ッ…ブボオッッ!!
  ビチビチビチゴボジャアアチビチビチビチ!!ビィッ!ッ……

 しかし少女の下痢は止まらなかった。
 それどころか音がいっそう激しくなりだした。これではまだまだ終わりそうにない。
 そう認識すると、途端に朝香の思考を黒く茶色い絶望が満たし始めた。
 下痢をしてしまった少女が、下痢をしてしまった少女を苦しめる。――なんて残酷なことなのだろう。もしこれで朝香が先に入っていたら、今限界を迎えているのは個室にいる彼女の方なのかもしれないのだ。
 しかしそれは運命である。結局、トイレは早い者勝ちなのだ。
 公衆便所――個室の中にある便器は、全ての排泄を望む者に慈悲を提供する。
 その平等さが、時に救済されそこねた憐れな犠牲者を生んでしまうのだ。

  ゴボジャアアアアァァァーブリビヂビチビチビチ! プウウゥゥーーーッ!

 もうだめだ。もうまにあわない――。
 全ての感覚が肉体から空へと離れだし、朝香は何も見えなくなって目を細めた。
 触れられるほどに実体化していた便器がぼやけて遠ざかり、白い雲の中に溶け込んでゆく。

 ――そして。

「はぁ……ぁ……! っぁ、あっぁ、ぁ……っ……!」
  グウギュルギュルグウウゥゥゥッ!!
  ビュリッ!! ビュルブブブブッ! ブピュルッ!
(も……う……だ、め……ひど……い)
 こころなしか一時間前と比べてふくよかさが薄れたように見える頬を、一筋の涙が伝い落ち――、

  ギュルギュルギュルギュルググウウウウグウーーッ!!
(もういやあああぁぁぁーーーーっっ!!)
  ブボビヂュヂュヂュヂュブボボボボブボォッッ!!!
 無垢に終わりを意識した瞬間、ついに朝香のおしりは今日三回目の派手なおもらしへと至った。
 女児用ショーツの容積を超える量のお湯便が爆音を放ちながら一気に肛門から噴出し、下痢便まみれのパンツの中を柔らかくかき回す。同時に新鮮な体温が朝香の丸く小さな尻肉を滑り犯し、彼女の神経はもう二度と味わいたくなかった陵辱を受けた。結局、またやってしまった。

「っぁぁぁ……」
  ビリビチビヂビチビヂビチビビビビ!!
  ビュルビュルビリュリュリュビビュゥゥーーーーーッ!!
 まだまだ出る。一度決壊しきってしまうと、もう直腸が空になるまで止まらない。
 母体の苦しみなどかけらも思いやらない、ただただ腸の内容物を吐き出させる暴力的な便意だ。
 胃腸はもちろんそうだが、今の朝香は全身ごと食中毒菌に強姦されているようなものであった。気違いのような下痢、そして排泄。まさに強姦されて放心状態になっている女児に、さらに一方的に猛々しく性行為を重ねるような――そんな鬼のような下り具合であった。
 さすがに驚いたらしく、眼前の個室の中は静かになってしまった。
 トイレの中からすれば、本来聞こえてくるはずのない方向あるいは場所から排泄の音――それも猛烈な下痢便の音が聞こえてきたのだ。驚くのも無理はないだろう。

  グビュッビビュビュビビュゥーーーッ!!
  ブオボボポ! ビュチュブチュブチュチュチチチチバチュッ!
(もう、いや。いやぁ……いや、いやぁぁっ……いやぁぁぁあ……!!)
  グウゴロゴロゴロゴロ!!
  ブッビィィッィィィッッ!! ビュルブビブビュルルルッ!
「……っぇぇぇええぇ……ええぇんっ……ぅぅえええんん……」
 さらにめちゃくちゃな噴出が続き、朝香はまた心身の痛みに耐えられず泣き出してしまった。
 まさにいま味わっている苦しみを吐き出そうとするかのような、悲痛としか表現しようのない哀れな泣き方だった。
 腸が悪魔に握り潰されたかのように下腹部全体が凄まじく痛く、おしりは痴漢に撫で回されているかのごとく気持ちが悪い。そして激烈な脱糞を何度も繰り返していることで、肛門までもがヒリヒリと痛くなり始めていた。……痔だ。全開にした蛇口のようにして、酸性の液流を物凄い勢いで吐き出してきたのだから当然である。殊に肛門粘膜は下痢便の爆出のたびに派手に内から外へと翻され、朝香の想像を絶する凶悪な刺激を受け続けていた。

「ふっぅぅっっぅ……っ! っぇぇ……ぅぅぅぅ……!」
  ビュッ、ビュルッ……ビュビュゥゥーッ……
  ビューーブピュルル……ビュルルビュルビュビューーー……
 泣きわめきながらピーピーの下痢便を漏らし続ける、どこまでも可哀想な朝香。
 本当に、よくこれほどの汚水が肛門から出てくるものである。
 食あたりだから――というのは分かるが、それにしても酷すぎる。ここまでしないと毒を体外に出しきれないものなのだろうか。朝香の壮絶な下痢は、もはやただの食あたりを越してコレラのようでさえあった。
 いずれにせよ、たかが卵二個でこうなるのだから、本当に食中毒というのは恐ろしい。朝香の身体がまだ未成熟で抵抗力が弱いというのもあるだろうが、人々から恐れられるわけである。
 また朝香のおしりの下には、極めて透明に近い薄黄土色のにごり液が拡がっていった。
 傍にいる駅員は瞳を閉ざしてうつむいてしまっていた。

  ブウウウゥゥウウゥゥウゥッ!!!

 と、今度は個室の中から派手な放屁の音が響いた。
  ゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッッ……
 直後におそらく慌てて水が流されたが、完全に手遅れであった。
 おそらく、外から聞こえてくる爆音とうめき声に脅えて体を固めている間に、つい放ってしまったのだろう。中にいるのはやはり可愛らしい女の子のようだ。

  ブウウゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッゥゥウウゥーーッ!!
 さらにその行為者の印象とはまるで異なる、力強く長々とした屁が個室の中で放出された。
 今度はうまく大部分の音を消すことができたようである。
 朝香のおもらしの勢いも弱まり始めていたため、この音消しは同時に彼女のスカートの中で奏でられている音も飲み込んでくれることになった。

  ゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッッ……
 さらに水が流される。
 またおならをした可能性が高いが、今度はそれ自体小さめだったらしく、完全に流濁音に吸収されてしまった。
 朝香の音もやはり同様である。

  ……ゴポゴポゴポッ……
「ひっ! ぅぅぇえ……えぇぇぇ……」
 ――そして、この水洗音が消えた時、残ったのは朝香の泣き声だけであった。
 どうやらこの間に終わっていたらしい。今度は始まってから二十秒足らず。一応出る量は減ってはいるようだ。
「……ぅうぅええええん!」
 しかし、だからと言って朝香の心の痛み、そして依然続いている猛烈な腹痛は少しも楽になることはない。
 あくまでも人生最大の下痢だ。できることなら今すぐに死を選んでしまいたいほど――それほどに苦しくて苦しくてたまらない。
「ひっ、ぅぅっふう……っ……っえぇぇん……うええん……!」
 朝香が泣き止んだのはそれから約十分後。
 結局、その間に個室が空くことはなかった――。


<2> / 1 2 3 4 / Novel / Index

 十分と――さらに二分か三分ほどが経った。

  ガラガラ……ガラガラガラ……ビリッ
  ……カサカサカサ……

 トイレの中からは、ようやく汚れた肛門を拭う物音が聞こえ始めていた。
 本当におなかの具合が悪かったのだろう、激しい音を伴う排泄が終わった後も断続的に水洗の音が響き続け、その合間には苦しげなうなり声が幾度も漏れ聞こえてきた。水は恥ずかしい音を隠すために流されているわけだから、この十数分間、中の少女は絶え間なく腹痛に苦しみ、その元を必死に吐き出し続けてきたようである。
 だから、駅員は一刻も早く朝香を中に入れてあげたかったが、個室の少女を催促することはできなかった。
 歯がゆさは言うまでもなく胸が潰れるほどに熾烈であったが、しかし真剣に下痢をしている少女を追い出すわけにもいかない。

  ……ビリ……ッ……
  カサカサカサ、カサ……

(あの子まで……下着を汚しでもしていなければいいけれど……)
 駅員は朝香の大爆発のショックから冷静を取り戻したのち、ある大事を思い出すにも至っていた。
 それは、少女の下痢が相当に酷いであろうという推測に、激烈な排泄行為それ自体とは別の側面から、裏づけを与えるものであった。――おもらしの可能性さえ考えるほどに強く、である。

『車両内で大量に下痢便を漏らし、床をビチャビチャに汚してしまった女児がいる。早急に処理すべし』
 連絡を受けて大急ぎでホームへと向かっていた時、彼女は階段で、両手でおなかを抱えながら物凄い勢いで駆け上ってくる女子中学生と遭遇していたのだ。
 何かに脅かされているとしか思えない切羽詰った表情、全力疾走には不似合いな内股中腰の姿勢。中学生が下痢をしてトイレに突撃しているのは一目で分かった。状況からして、彼女もまた急停止した車両に乗っていたのであろう。幸い車内で限界を迎えずにはすんだようだが、十分にわたる地獄の我慢は、彼女をなりふりかまわず便器を求める程度にまでは追い込んだらしかった。事故の被害者は朝香の他にもいたのだ。

 ……その中学生と今個室に篭っている少女とがおそらく同一人物だろうと、駅員は気が付いたのだった。
 階段で耳に届いてきた荒々しい呼吸と、おしりを拭き始める前に聞こえた「はぁっ」という疲れきったため息も、よく似ていた。もはや、おそらくどころか、そうとしか考えられない。朝香に負けず劣らずの、見事な下りっぷりのようだ。
 もしこの娘まで車内でやってしまっていたら――と思うと、駅員はぞっとした。

「ぅ……ぅぅぅ……っぅ……ふぅ……っ……」
 そして朝香は涙を枯らし、しかし肛門からのお湯はなお溢れさせながら、静かに嗚咽し震えていた。
 肛門は全てを失ってどこまでも全開だったが、さすがにもう流出量が少なくて音は聞こえない。
 朝香はもう何も考えられなかった。意識をすべからく茶色に塗り付けられて窒息した。茶色はやがて褪せ始めて今はどこまでも白かったが、それゆえにいっそう何も考えられない。
 トイレにさえ裏切られた。
 嵐のような食あたり、限界まで下った消化器官は、排泄場所選択の自由を朝香に少しも与えてはくれない。――そのことを、ついに自覚してしまったのかもしれない。
 いずれにせよ、もう分からない。勝手にお湯が出てゆく。
 朝香のスカートからは、ぽたぽた、ぽたぽた、と、薄黄土色の雫が垂れ落ちていた。震えるおしりの下には、また下痢色の水溜りができている。朝香の体液――腸の内容物の、水溜り。今日だけでこんなものを何度作ったのだろう。もう朝香のおなかは駄目になっていた。おなかを壊すとはよく言うが、これこそまさに故障だった。

  ギュルルルルゥゥーーー……
「……ぅぅぅぅ……っ……」
 両手は相変わらず下腹の上をぐるぐると回っている。
 これだけ毒を吐き出しても腹痛はなお治まりを見せず、こうして柔らかく温めていないと、痛みで気がどうにかしてしまいそうだった。
 下痢汁まみれの右手までおなかに当ててしまったことで、真っ白だったブラウスに黄色い汚れがついてしまっているが、朝香はもうそれにさえ気付けなかった。もはや両手の位置は本能によるものである。


  ガサ……ガサガサガサ…………ファササ……
 やがて十回ほど紙の擦れる音が聞こえたのち、衣擦れの音が聞こえた。
 ようやくおしりを拭き終えたらしい。酷い下痢だけあって、肛門の周りは汚物でぐちゃぐちゃだったのだろう。

  ゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッッ……

 すぐに大きな水洗の音が響く。
 初めて正しい在り方で聞こえてきたその音は、これまでに音消しのために出されてきたそれと比べると、どことなく清潔で透明な旋律に思えた。

 それに意識を洗われ、朝香はぼんやりと顔を上げ、眼前のドアを見つめた。
 滲んだ視界の中で、使用中を示す赤い色だけがやけに具体的だった。
 もうすぐ、その色は自分のための色になるのだ。
 いよいよトイレに入れる――。
 朝香はおなかを抱えたまま、立ち上がる準備を見せた。
 背中のランドセルがいやに重く感じられる。まるで岩でも背負っているかのようだ。

 ……だが、少女はまだ出てきてくれなかった。
 水が消えたのち、鞄をガサガサと探る物音が聞こえ、それからシューシューと霧吹きのような音が聞こえた。
 消臭スプレーを使っているようだ。朝香が待っていることを忘れてしまったのだろうか。
 それは数秒で終わったが、さらに少女は再びガラガラとペーパーを巻き取り始めた。
 一体、何をやっているのだろう。

「すみません、ちょっと下痢で大変な子がいるんです。もう楽になったなら、変わってあげてくれませんか?」
「……え!? あ、はい……っ」
 駅員がついに痺れを切らしてノックすると、中の少女は驚きの声を上げた。
 別の個室に入ったとでも思っていたのだろうか。
 確かに、結局のところ、他の個室に並んだ方が本当はずっと早かった。にも関わらず朝香がここに並んだままなのは、もう動かしようがなかったからだ。全く催促が無かったので、少女もそう考えてしまったのだろう。

  ガチャッ……

 即座に彼女は個室から出てきた。
 駅員はそれを見て、やはりと思った。朝香のそれと似たデザインの制服を着た、小柄な中学生の女の子。間違いなく、階段ですれ違った少女であった。
 大きな瞳と長く伸ばした栗色の髪が愛らしい、おしとやかな印象の少女だった。
 朝香もそうだが、この少女もまた実に上品清楚な雰囲気で、とてもさっき個室の中で派手な爆音を立てていた者と同一人物だとは思えなかった。
 乱れた前髪、その間から見える玉のような汗の雫、そしてげっそりとした表情。わずかに背が曲がり、左手はおなかの上に当てられている。――全てが彼女の不調と、それがゆえにしなければならなかった行為を証明していたが、それでもやはり認めづらかった。
 こういったタイプの美少女は皆そうだが、肛門から臭く汚い大便をする光景が想像できない。猛烈な音と悪臭を伴う下痢便ならなおさらだ。下痢というのは改めて恐ろしい病だと駅員は感じた。

「…………!」
 一方、少女は朝香の姿を捉えるなり、目を丸くして固まっていた。
 朝香のあまりに悲惨な状況に脅えを感じたというのもあるが、しかしそれだけではなかった。
 偶然にも、少女は礼徒の中等部の生徒だったからだ。朝香のブラウスを見て、すぐに初等部の生徒だと気付いたのである。朝香も相手が先輩だと気付いたが、こちらはそれどころではなかった。……もし初等部だったら、さすがに話は別だったかもしれないが。

「あの、もしかして……わたしのせいで……?」
 奇妙な出会いに感じ入る間もなく、はっとして少女は女児の傍にいる駅員を見つけ、そして尋ねた。
 個室の外から激しい脱糞の音――間違いなくおもらしの音と、それから泣き声が聞こえてきたのは、はっきりと記憶している。しかしその後は自身の下腹と肛門の痛みが酷くて何も考えられなくなり、やがて朝香の泣き声がドア越しでは聞こえないほどに小さくなったこともあり、少女は朝香が別の個室に入ったのだろうと思い込んでしまっていたのだ。
 ゆえに、今の惨状を見て急速に罪悪感が膨らみ始めたのである。
 個室から出ることなどできないほどに下痢をしていたのだから、いずれにせよ少女に罪はない。が、真面目な性格の彼女は胸を焼かれずにはいられなかった。

「……いえ、そんなことはないです」
 駅員は曖昧に否定した。責めることなどできるはずもない。
「でも、わたしがもっと早く出られていたら……!」
 少女は急に語気を強めた。
 明白に嘘をつかれたことで、かえって心が重くなった。
 彼女は自分のせいで人に迷惑をかけることが大嫌いなのだ。
 愚かにも下痢を続け、自分より幼く弱く、しかし症状はいっそう激しいであろう後輩に迷惑をかけてしまった自身を、心底情けなく感じていた。

「ごめんなさい! わたしがずっといたせいで……」
 黙りこくってしまった駅員から目を離し、慌てて朝香に向かって頭を下げる。
 が、同時に朝香は空いた個室に向かって進み始めていた。
 彼女にとっては、もうトイレ以外のことはどうでも良いのだ。頭の中に情報として入ってこない。声は聞こえない。
 目の前に自分を待っている個室がある。ついに便器も見えた。
 やっとおしりを出せるのだ。おしりを出したい。もう、おしりを出したくてたまらない。全悪夢がおしりで生じている今の朝香にとって、おしりの解放は全ての解放にさえ思える。とにかくパンツを下ろしておしりの穴をさらけ出したい。

 今になってようやく歩き出したのは、この数秒間立ち上がろうと試み続けたものの、できなかったからだ。
 朝香はほとんどしゃがみ込んだ姿勢のまま、内膝の挟角が九十度よりも小さい状態で陶器の空間に向かっていた。諦めの歩きだった。パンツの中が重すぎて腰を上げられなかった。その力を吐きに吐いてきた今の朝香の肉体は、もはやその中にあったものを支えることすらできなくなってしまったのだ。

「……あ、あの! わたし、中等部二年の綾瀬優美っていいます!」
 さらに懸命な声が聞こえてきたが、朝香はもう個室の中に吸い寄せられていた。
 それが間違ったものであるとは承知していたが、朝香は彼女を怨んでもいた。
 極めて単純に、自身を便器から十分以上も引き離し続けたことに怒りを感じていた。
「えっと、あの……後日おわびに――」
  ……ガチャッ

 そして静かに鍵が掛けられた。


「あぁ……」
 ついに個室の中に入った朝香はすぐ目の前の白い陶器を見て、胸をどくんと鳴らした。
 もう外界からは完全に隔絶された。とうとう自分だけの――うんちをするための空間へとやってきたのだ。本当にここまでが長かった。

 同時に、朝香は便器の後方に茶色い飛沫が派手に飛び散っているのに気付いた。
 間違い無く、前の少女のものだ。音通りだいぶ激しく爆発していたらしい。臭いを消したあとにまたペーパーに手を伸ばしたのは、これを拭きたかったからであろう。

 ――しかし、今の朝香にはそんなことはどうでもいい。
 もう、一刻も早くおしりを出したい。
 すぐに彼女は便器をまたいでしゃがみ込み、スカートに手をかけた。
  グリュゴロゴロゴロゴロ……ッ!
「う……っ……!」
 その瞬間、また朝香はもよおしてしまった。
 便器を見た瞬間に何かが体の中で膨らむのを感じたが、どうやら便意だったらしい。
 できる場所に着いて、出すものを受け止めてくれるものを見て――そして欲求を刺激されたのだ。

  ブジュッ!! ブビュルルビュルルビュゥゥッ!!
「ぅぅぅ……!」
 即座に噴出が始まった。
 緩みに緩んだ肛門は、もう一秒間さえ、煮えくり返った直腸の中身を押し留めておくことはできない。
 穴からお湯が吐き出され、パンツの中に拡がってゆく。

「っ――!」
 朝香は濡れたスカートを両手で掴み、パンツごと一気にずり下ろした。

  ボチャビチャチャボドポポベヂャッッ!!
  ビュルルビシャアアァァァアアァーーーーッ!!!

 下痢まみれの丸いおしりが姿を現すと同時に、真っ赤に膨れ上がった中央の肛門から凄まじい勢いで液体が噴射され、一瞬で白い陶器を一面黄土色に染め上げた。
 直前に響いた派手な音は、パンツの中に詰まっていた軟便が一気に便器へと落下した音である。
 ついに下着の外へと解放された朝香のおしりは一面真っ茶色に染まり、尻肉全体はもちろん、背中の方までビチビチの泥粥にまみれていた。前方もべっちゃりと汚物だらけだ。特に肛門周辺はまさに爆心地の様相で、救いようがないとしか表現できないほどに、見る影もなくぐちゃぐちゃに下痢便が塗り付けられていた。にも関わらずこの辺りだけ色が薄く黄色に近いのは、大量の液状便に浸かっていたからだろうか。

 ただ、肝心の噴火口の方は、常にお湯の放出によって付着する汚物を流し落としているためか、意外と汚れてはおらず、膨れ上がった肛門はその形と皺まではっきりと見て取れる状態であった。
 液状便の流れが股をくぐって生殖器の方へと向かったのか、全く子供な形をした可愛らしいわれめも、そこにあるのがはっきりと見て分かった。
 美しさは大人さえ魅了するほどに洗練されている朝香だが、性器と肛門はやはり女児らしく素朴であった。

  グピーーーゴロゴロゴロギュゥゥーーーッ……!
「っぐぅぅぅ……ぐぇっ! っぅぅぅ……ぅ……っ……!」
  ブビイッ! ブヂュボボボボボボッ!!
  ジョボボボボボッ!! ブヒッ!! チョジョボボボポッッ!!

 勝手に凄まじい勢いで腹圧がかかる。
 暴れ狂う肛門。べこべこするおなか。うんちまみれのおしりから、なお大量のうんちを吐き出し続ける。
 中途半端にずり下ろされたパンツの中からは、ボタボタと下痢泥が垂れ落ち続けていた。きゅっと引き締まった形の良いおしりからも、ポタポタと黄土色の雫がしたたり落ちている。

  ヂュビビビビビビチッ!! ブヂュヂュブビビビビッ!

 それにしても、本当にどこまでも酷い下り具合だ。
 空気に触れながら排泄されることでその排泄物の水っぽさ――腸の乱れぐあいがよく分かる。
 朝香の下痢便はもはや下痢色でさえない、飴色で半透明の液体であった。粘性すらない。ビチビチを通り越してシャーシャーだ。冗談抜きでおなかが壊れている。これほどにおなかが下ることがはたしてあるのかというほどに、今の朝香はめちゃくちゃな下痢をしている。

「……っ! はぁ、はぁ……んぅぅぅん……っ!」
  トポポトポトポトポ……ブシュウウゥゥゥーーー、ブウ!!
  ブッ、ブビ……ッ……ブチュブビビブビ……ブボヂュヂュヂュブビッ!!

 十回ほどビシャビシャと激しく液状便をぶちまけたのち、朝香はさらにスカートとパンツを大きくずり下ろし、今度はおなかに力を入れて残りを吐き出し始めた。
 もうずっと念願の瞬間にいるはずだが、朝香は嬉しさなど感じることはなかった。
 ただ苦しみを吐き出すのに必死なだけだ。股下の白い陶器に獣のような視線を指しつけていたが、それは結局、今となってはただの便器でしかなかった。さすがに開放感はあったが、おなかの痛みが激しすぎてそれどころではない。肛門も、あせもでもできたかのようにヒリヒリと痛く、かゆみさえ感じ始めていた。――絶対的な不快が、全ての感覚を飲み込んでいる。

  グウゥゴロゴロゴローーーー……
「ぅぅ、っぐぅぅ……ぅう……!」
  ブジュ! グジュジュグジュ……グジュビビィビィィーーッブビッッ!!

 腸の潰れるような腹痛に悶絶しながら、灼熱の液体を絞り出し続ける。
 がくがくと痙攣しているふとももの間には、ありえない形に膨らんだ女児用ショーツがぶら下がっている。
 三回にわたる大爆発を直に受け止めたショーツは凄まじい汚れ具合で、もはやうんち色の汚物の塊と化していた。
 中にはドロドロの下痢便がどっさりと詰まっており、生地は全て下痢まみれで茶色く染まり、未消化物があちこちに貼り付いていた。臭いも物凄い。今の朝香のパンツに顔を近づけでもしたら、十人中十人が吐くであろう。食あたりによって無理矢理に溶かし吐き出された下痢便は、常識を逸する激烈な悪臭を放っていた。
 こんなものを直腸に詰めた状態で、何駅も便意を必死に堪え続けた朝香。その闘いがいかに苦痛にまみれたものだったのかを、その果てに吐き出された汚物が何よりも鮮明に語っていた。

「……っふっ、ぅぅ……ぅぅん……っ!」
  ブシューーッ……ブビッ! ブピブピブピ……ブオッッ!!!

 全く止まない腸の激痛にまたもや涙を浮かべながら、うめき、涙と同じぐらいに水状の排泄を続ける。
 盛り上がった肛門の先で次々とシャボン玉状の黄土色の泡が弾け、股下の便器に同色の雨を散らしてゆく。
 もはや便器の中はもちろん、その内壁、そして縁、さらに周辺のタイルまで、朝香の下痢飛沫で穢れと悪臭とにまみれていた。前の少女の残した汚れなどはもはや可愛らしいものだ。彼女も相当に激しく下していたが、朝香のおなかの酷さはやはり程度が違う。

「はあっ……はぁぅ……っう……っ……!」
  ブビビブビ……ブウウゥゥゥゥウーーッ!!
  ブッッ! ……ブビピブオッ……! ブウーーーー!!

 ついに水便が出なくなると、今度はおならが猛烈に暴出し始めた。
 ガスの塊が腹圧で直腸から押し出されるたび、肛門の粘膜が震えながら翻っているのがはっきりと分かる。この振動から、トイレ中に響く巨大な爆音が生じているのだ。朝香の放屁。ビチビチに下った大腸が吐き出す濃密な腐敗ガス。その臭いは相変わらず腐った卵のそれだ。恥ずかしい穴から硫黄の臭いを垂れ流している。朝香の下痢は食あたりの毒を吐き出すために起こっているのだから、ある意味ではこのおならはまさに毒ガスだ。

「ふぅっぅぅぅぅ……っ!」
  ブブビビビブゥッ!! ブリッ! ……ブウッ! ブゥブブウウゥゥッ!

 肛門を激しくひくつかせながら、灼熱のおならを連発する。
 次々と、物凄い音と共に、陶器に向け突き出された肛門から茶色い霧が噴射される。
 おなかを抱えてぶるぶると震え、体を支える両足は今にも折れそうなほどにがくがくと痙攣させ、そして脂汗まで便器へとしたたらせながら、他ならぬおしりの穴から、ブーブーと下品な音を響かせ続ける朝香。目は固くつぶられ、その周りには涙が滲み、肌という肌が脂汗にまみれ、歯は噛み締められ、その美しい隙間から、絶え間なく涙声のうめきが放たれている。……壮絶すぎる放屁だった。


  ビリッ! ……ブリブブウウーーゥウッ! プーーッ!

 朝香の獰猛なおならの音は、文字通りトイレの隅から隅まで届いていた。
(本当に酷いわね……あの子……)
 タイルの上に広がった水便をトイレットペーパーで拭き取っていた駅員は、個室の中から次々と聞こえてくる爆音に改めて胸を痛めていた。鼓膜を潰さんばかりの凄まじい轟音。脳全体に響き、毒を染みこませてくるかのようだ。
 駅員は、かなり重い頭痛を感じ始めていた。朝香の乱れきった便臭をほとんど間近で嗅ぎ続けているのだから、無理もなかった。肛門の音と同様にトイレ中に悪臭が充満しているが、それがために、利用者の数は半減していた。それほどに凶悪な臭いである。

 少女はすでにいなくなっていた。
 出るまで待っていて謝りたいとか助けてあげたいだとか言っていたが、説得してホームへと戻らせた。
 気持ちは分かるが、学校に遅刻させてまで巻き込むべきことではない。

「はぁっ、はぁっ、はっ……!」
(えっ!?)
 ――が、この時になって、いきなり少女は戻ってきた。
 聞きなれた可愛らしい声。それが荒々しく後ろから聞こえ、駅員ははっとして振り返った。
「ちょっと、もういいから学校行ってくださいって言ったでしょ?」
 あれだけ丁寧に説得したのに――。
 子供らしく舞い戻ってきた中二のわりに幼い外見の少女に、駅員はいらつきを覚えた。

 しかし、すぐにそうではないと気付き、再びはっとした。
  キュルルゥゥゥゥーーーー……
 同時に少女のおなかが苦しげに鳴った。彼女は両手でおなかを抱え込み、一分前以上に青ざめていた。背中を丸め、何かに耐えるように顔を痛ましく歪めている。……間違いない。
「違うんです……」
 音と共にびくっと体を固めた少女が健気に口を開いた時、駅員はもうその言葉の先が分かった。
「……また……おなか……痛くなっちゃったんです……」
 言うが早いか、少女の顔が一瞬で真っ赤になった。
 恥ずかしげに震えている声。痛みと別の要素が加わり、さらに少女の表情は歪んだ。駅員は判断の遅れを反省した。

「ご、ごめんなさい……」
 慌てて言葉を紡ぎ出す。
「でも、それだけじゃないんです」
「え……?」
 が、さらに重ねられた少女の言葉は意外なもので、駅員は驚き口を止めてしまった。

  ブプゥゥゥゥプーーッ! ブオッッブブブオッブブブゥゥッ!!

 個室の中からは下劣な音が響き続けている。
 少女はちらりと心苦しそうな視線をドアに送ると、静かに鞄を開け、中に手を差し込んだ。

「これ……」
 そしてすぐに、何か薬のようなものを取り出した。
 駅員はよく分からず、それをじっと凝視した。

「…………下痢止め……です。あの子に、渡してあげてください」
 少女はさらに頬を赤く染め、うつむきながら、途切れ途切れではあるが一気にそう説明した。
「わたし、今日は……その……朝から、おなか壊してて……それで……お弁当のあとに飲もうと思って、持ってきたんですけど……」
 何と答えれば良いか分からなくなった駅員を置いて、少女は必死に話を続けた。薬を包んでいるアルミの板を、白い指先でくにくにといじくっている。下痢止めの告白。もう声を出しているだけでも恥ずかしそうだった。清楚な印象の中学生の少女。無理もなかった。

「でも、あなただって……かなり酷くおなか壊してるじゃない……?」
 途中で駅員はそれを遮った。「いいの?」という眼差しを愛らしい少女へと向ける。

「いいんです……わたしより、あの子の方がずっとおなかの具合、ひどそうですし……」
「そうでしょうけど……」
 うつむきながら話し続ける少女。
 声は最初よりもいっそうか弱く、今にも消え入りそうになっていた。
 駅員はなお問いかけたが、その行為にもはや罪悪感さえ感じてしまった。

「それに、わたしが、おな――」
  ブウウウゥゥゥゥウゥゥゥウウーーッッ!!!

「…………おなかを、壊しちゃったのは……自業自得なんです……」
 さらに少女は続けた。個室の中からの爆音で一瞬中断したが、大きな動揺の様は見せない。
 何が何でも、朝香の助けになりたいようである。
 またもや予想外の言葉が飛び出し、駅員は困惑した。

「自業自得って、どういうことですか……?」
「わたし、実は昨日の夜……まちがって……賞味期限のすぎた牛乳、飲んじゃったんです。だから……わたしの…………下痢……は、そのせいですから……」
「食あたりなら、いっそうちゃんと薬を飲んだ方が……」
「お願いします! 渡してあげてください……っ!」
 おそらく衝撃の告白。少なくとも少女はそのつもりだったのだろう。
 にも関わらず駅員が依然として渋るやいなや、少女はついに痺れを切らし、語調をきっと強めた。

「……分かりました……渡しておきますから」
 それでついに駅員は少女の気迫に負け、手を伸ばし、少女の小ぶりな手から下痢止めを受け取った。
「ありがとうございます」
 腹痛と羞恥に悶え顔を歪めていた少女は、ようやくわずかではあるが明るい輝きを見せた。
「あなたも早く並んだ方が……」

 ――その時だった。

「うぅぅぅぅ……ぅぅ……」
 再び、個室の中から泣き声が聞こえ始めた。
 あれほどやかましかった屁の音がぴたりと止んでいた。終わったのだろうか。

  グピー……ゴロゴポコポゴロロ……
「ほら、早く並んでください……」
「……」
 同時に少女のおなかからうなりが響いた。
 声を聞くなり表情を凍らせた彼女は、再び苦しげに唇を固め、そして駅員の言葉に黙って従った。
 列に並ぶなりおなかをぐるぐるとさすり始める。

  ギュリュリュリュリュルルゥゥーーーッ!
「うう……!」
 間を置かず少女は背中を大きく丸め、膝と膝とを擦り合わせた。
 はぁっ、と苦しげにため息をつき、右手をそっとおしりの穴の上へと回した。
 横から冷静に見ると、明らかに切羽詰っている表情だ。

(やっぱりピーピーなんじゃない……)
 にも関わらず、責任も本当はほとんど無いと言うのに、大切な自分の下痢止めを朝香に与えさせた少女。
 今の彼女の胃腸が薬を求めているは明らかだった。朝香がそれ以上に求めているのも明らかだったが、しかし薬は彼女が必要を感じて用意したものだ。日常生活に支障を及ぼすような下痢と腹痛には、やはり下痢止めが必要だ。

  ブリッ!
「ぁ……っ……!?」
 少女のおしりから、湿り気のある音が響いた。
 朝香よりも小さな全身がびくんと震え、右手が小刻みに震えながら尻肉をぎゅっと掴む。
(おならが出てしまうのさえ、我慢できないほどなのに……)

 優しい子――。

 駅員は献身的な少女の姿に心を打たれた。


「う、ぅぅ……ぅぅう……ぅぅぅぅ……」
 ……一方、個室の中の朝香は静かに泣き震え続けていた。
 膨大な量を吐き出し、おなかの中はいくらか楽になっていた。腸は相変わらず不気味な蠕動を続けているが、ねじ切れるような痛みと激しさはなくなっていた。
 が、それによって意識が下痢の苦しみからわずかに解放されたがゆえに、現状の酷さを再認識してしまったのだ。

 股下の陶器を黄土色に染め上げている、完全に液状の下痢便。憧れの便器にできたそれは、そうであるにも関わらず、見れば見るほどに胸が締め付けられるものでしかなかった。
 あれほどに望んだ個室。そして便器。しかし今はもう、なぜ望んでいたのか分からない。
 平穏と許可は確かに気を休めてくれるものであるが、根本的な心の痛みはかけらも和らいではくれない。
 それどころか、平穏はむしろ自分と向き合う余裕を与えてくれるがゆえに、残酷でさえあった。

 ――結局、間に合わなかったのだ。
 全てを失って便器を求め続け、果てに残った事実はそれだけだった。

 三回も我慢できず、下着を穿いたまま糞をしてしまった。
 四回目にしてようやく便器の中に便意を放てたが、それはもはやおもらしの延長線上にすぎない。間に合ったとは言えるはずもない。今にして思えば、三回目――トイレに駆け込んだ時に間に合っていたとしても、それでさえほとんど意味のないものだ。

 電車の中で、人に見られながら、当時直腸の中にあった下痢便を全てパンツの中に出してしまった。
 やはりこれが全てだ。
 大量の下痢便をパンツから溢れさせ、両足、そして床までも下痢便まみれにし、それを見知らぬ大人たちに見られ、排泄の音も聞かれ、そして猛烈な便臭を嗅がれた。
 ……漏らした。下痢を漏らした。おなかを壊してやってしまった。
 朝香にとってそれは、体の中を視姦されたようなものであった。激烈な恥辱。下りきった大腸を覗かれた。腸の中にあったものを見られたのは文字通りだし、未消化物の臭いを嗅がれたのは、ほとんど腸の中の臭いを嗅がれたようなものだ。さらに、脱糞の音を聞かれたのは、その音源である恥ずかしい肛門を人々の前に晒したのにも等しかった。

 あの瞬間、朝香の世界は変わってしまったのだ。
 取り返しのつかないことをしてしまった。
 うんちを漏らしたということ。
 それが真にどういうことであるか、今になってようやく分かったような気がする。

「ふっ……! ぅぅぅ……ふぅ……ぅ……!」
 自覚すればするほど、胸が酷く痛かった。
 恥ずかしくて苦しくて、そして惨めで悔しくて、――何よりも、こんなことをしてしまった自分が情けなくて情けなくてたまらない。

 電車が止まらなければ間に合っていたと思っている。
 が、たとえそうだとしても、最後に朝香は自身の便意に負け、すなわち自身との闘いに負け、そして大量の下痢便をパンツの中に排泄してしまったのだ。自分に負けたという事実は覆せない。
 もう、我慢できなかった――。
 あの時のことは、はっきりと覚えている。朝香は確かに諦めた。腹痛と便意に耐え切れず、苦悶の果てに、ついに全ての解放を選択してしまったのだ。……絶望的羞恥、そして周りへの大迷惑と引き換えに。

  グウウウウゥゥゥゥゥーーー……
 肛門からは、ポチャポチャと黄土色の雫がしたたり続けていた。
 おしり中に生々しいぬるつきが広がり、股の間には恐ろしい重さが存在し続けている。
 これは汚いものだ。こういうふうにおしりやパンツの中に付着することは、本来ありえないものだ。
 ――たまらなく臭い。うんちの臭い。うんち。食べ物のかす。汚物。普段なら肛門に付くだけでも堪え難いほどに汚らわしく感じるもの。自分の体から出てくるという事実を、いつも否定しているもの。大嫌いなうんち。今はそれがおしり中に塗りつけられている。昨日までの自分だったら、気が狂ってしまいそう。

 開かれた股に目をやると、下痢まみれの恥丘と、その下にあるたてすじが見えた。
 無垢で可愛い朝香のわれめ。女の子にとって一番大切なひみつの場所。ぷっくりとしている。
 だが、そこも犯された。肛門は自身で自身を犯したが、生殖器は受動的に犯された。

 子供の頃から乙女にとって最も大切な場所だと教えられ、そして人やその目から守るようにも教えられた。
 それが今、肛門から放たれてパンツの中に満たされた水便の海に浸かり、痛ましく穢れている。

 白い肌が黄色くなり、ドロドロに溶けた下痢便の塊と未消化物のかけらが付着していた。
 ちょうど陰唇の上辺りに、赤いニンジンの破片が見えた。細長いワカメの切れ端が一本、肌に貼り付きながらわれめに潜り込んでいる。どちらも昨日食べた海草サラダに入っていたものだ。
 朝香は脅えていた。中にうんちが入り込んでいるかもしれないと思うと怖かった。

「ひっぅぅぅぅ……ぅぅ、ぅ……っ……!」
 これはもはや陵辱だ。朝香は陵辱を受けた。――清潔な自分を失った。心の痛みも、体の苦しみも、おそらく全てはそこに収斂する。
 だから泣いているのだ。

 便意を解放せざるをえないほどの腹痛、肛門を貫いた硬質の異物、一瞬で下着の中にドバドバと広がった生暖かい下痢泥、両足を茶色く染めた暖かく汚い水粥、そして絶え間なく鼻腔に流れ込んでくる未消化の便臭。さらに人々からの嘲笑、罵声、車内で我慢していた時の焦燥感、やってしまったあとの後悔。
 そして、その後悔をますます重くさせる、パンツの中の恒常的大便感。ドロドロで、軟らかくて、ぬるぬるで、生暖かくて、そして重かった。もはや感触だけでも臭かった。歩くたびにぐちゅぐちゅと蠢くのがまた気持ち悪くてたまらなかった。今はそれからは解放されているが、激しすぎる不快感は尻肉にこびりつき、依然としておしりはパンツの中にあるような気がする。
 ――全てがあまりにも鮮明だった。脳を燃やしている。
 消したくてたまらないけれど、消せない記憶。もう、自分と重なってしまった。自分はおもらしをした女の子になった。愚かにも腐った卵を食し、そして中り、無様に下痢に苦しみ、トイレまで間に合わず脱糞した。――最低だ。

 今日、世界で一番最低の女の子になった。
 昨日までの高貴で綺麗で美しかった自分はもういない。
 過ちで自身を殺してしまった。だから取り返しのつかないことをしたと考えた。
 今の自分はもうよく分からない。自分だけれど自分ではないと思う。自分だと思いたくない。いっそこのまま死にたい。死んだら昨日に戻れるかもしれない。これだけおなかが苦しいんだから、死のうと思えば死ねそうだ。だいぶ前から喉も渇き始めている。なんとなくこれ以上乾くと死にそうだ。このままこうしていれば、天国に行けるだろうか。

 けれど、その資格さえないのかもしれない――。

 そう。こんな汚い自分は、天国になんて行けるはずがない。行くとしたら地獄だ。
 気付くなり、朝香は怖くなった。
 そして同時に、だとすれば、結局どうすることもできないとも気付いた。
 この世界はもはや絶望に満ちている。

 ――そう感じたときであった。

「あのっすみませんっ! 先に入れていただけませんかっ!? もう我慢できないんですっ……!」
 個室の外、おそらく隣の個室の前から、切羽詰った声が聞こえた。
 聞いたことのあるものだったが、もう朝香は考え付けなかった。

「いいですよ。それなら、早く」
「ごめんなさいっ!」
 ドタンドタンと派手な足音が床を叩く。
 そして、
  バタガチャッ!!  ビュリリブチュブチュブチュブリュリュリュブボッッ!!
  ビュボッ! ブビュビチビチビチビチビチ!! ブリブリブリブリブッ!!
  ブリリブリブリブリブウウウウウゥゥゥゥゥーーーッッ!!!

 物凄い爆音が響きわたった。トイレ中を振動させるかのような大音響。
 下痢だ。おそらく朝香のそれよりは形のある、しかし通常の大便よりは遥かに軟らかい、水泥状の未消化物の噴出。
 大砲のように激しいおならの音からして、おなかは相当酷く下っているようだ。

「はあ、はあ、はぁ……はぁーー、はあ、はぁー……!」
 それから、まるで何百メートルかを全力疾走したあとのような、荒々しい呼吸が続いた。

「――っ!」
  ゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッッ……

 数秒遅れて、水が流された。
 新しい音を隠すためなのか、それとも悪臭が拡散する前に汚物を下水に送ってしまうためだったのかは分からない。
 ただ、どこかはっとして水洗レバーをひねったような感じがあった。

  ブーーーー! ブウウゥゥゥーーーッ!! ブボッッ!!
  ゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッッ……

 直後、激しいおならが連発され、また慌てたように水が流された。
 どうやら一回目に水を流した直後に、勝手におしりの穴が緩んでしまったらしかった。
 猛烈な下痢とだけあって、肛門を制御することができないのであろう。

  ゴボジャアアアアァァァーーーーチビチビチビチブリュリュリュブリッ!
  ビィッッ!! ゴボジャアアアアァァァブビッ!!ーーッッッ……

 さらに、水で音を隠しながらの、しかし下痢の音が猛々しすぎて隠しきれていない、惨めな排泄が続いた。
 恥ずかしがっている、と朝香は感じた。
 必死で肛門から出る汚い音を隠したいにも関わらず、それが大きすぎてできない。
 女性にとって、これ以上無い恥ずかしさだろう。
 朝香は胸が響くような同情を覚えた。

 ……でも、自分とは違う、と思った。
 彼女はいま肛門を全開にして悪臭を放つ下痢便を便器へと注ぎ込んでいる――下品で汚らしい行為の真っ最中だが、しかし、実は汚いのは肛門だけなのだ。肛門は噴き出す糞で汚れに汚れたとしても、おしりは綺麗なままなのである。肛門はもちろん、おしり全体まで汚物でぐちゃぐちゃになっている朝香とは決定的に違う。パンツを脱いだ瞬間に中身が真っ茶色になっていた自分とはまるで違う。

 恥ずかしいのはうんちをしている間だけ。
 終わっておしりを拭けば、元の綺麗な少女に戻れる。
 今どんなに汚らしいことをしていても、紙でおしりの穴を丁寧に拭いて、恥ずかしい脱糞の痕跡、すなわち大便を水に流せば、それで終わる。穢れは続かない。これが本来の排泄行為だ。

 乙女らしからぬ野蛮な音、鼻の曲がるような臭い。
 おなかを下している少女は、たいてい脱糞している間は羞恥で身が潰れそうになる。
 しかし、終わって個室を出て何分も経てば、そんなことは忘れられる。
 永遠に傷が残り、自身の存在意義さえ失ってしまった朝香とは、もはや行為の質が違う。

 ――これが、トイレに間に合うということなのだ。

  ゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッッ……
「はぁーーーっ……」

 隣の個室から聞こえてくる声は、もう楽そうなものに変わっていた。
 この短い間で、腸の中身を一気に吐き出したらしい。
 もう、水洗の流音を下痢の爆音が食い破ることもなくなっていた。

  ガラガラガラガラガラ……ビリッ
  カサカサカサカサ……

 そしておしりを拭く物音が聞こえ始める。
 あとは肛門周辺に飛び散った下痢便を綺麗に拭い取れば、それで後始末はおしまい。最後に水を流し、トイレからはさようなら。

 わたしも、もし我慢できていたら。
 電車の中でしてしまわないで、必死に我慢して、ここへと駆け込めていたら。
 もしこの個室、この便器との出会いが違うものだったら。

「うぅぅぅううぅっぅううぅ……!!」
 ――そこまで考え至った時、朝香は急に慟哭を始めた。

 隣からの物音がぴたりと止んだが気付かない。
 胸が痛い。苦しい。悔しい。昨日に帰りたい。帰りたい。帰りたい。せめて卵を食べる前に帰りたい。それか魔法で朝に飛んで愚かな自分に止めさせたい。でも、そんなことは夢物語だと分かっている。――やっぱり、取り返しがつかない。うんちを漏らしてしまった。逃げることなんてできない。けれど、顔を向けるのは痛くて耐えられない。もういやだ。全部いやだ。こんな現実はいやだ。

 やっぱり、自分は終わってしまった。
 何もかもが終わってしまったと思った。

(わたしはうんちをもらした)
 唐突に、心の中でささやいた。なぜそうしたのかは分からない。

(おもらし……)
「しちゃ、った、ん、だ……」
 自分にさえ聞こえないほどに小さくかすれた声で、空気を濡らした。

「ぅぁあ、あぁぁぁぁっ、あああぁーーーー……っ!」
 涙が滝のように溢れ、冷たくなっていた頬を暖めてゆく。

 わたしは、おもらしをした――。


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  ガラ、ガラガラ……ガラ……ビ……ッ……
  ……カサカサ……カサ、カサ

 あれから約一時間後、朝香は下痢まみれのおしりを切なく疲れきった表情で拭っていた。
 悲しみを絞り切ったあと――泣けるだけ泣き終えたあと、あまりにも酷く汚れてしまった下半身をどうすれば良いか分からず、しばらく放心状態で震えていた朝香だったが、駅員が新しいパンツとスカートを持ってきてくれたのをきっかけに、おもらしの後始末を始める気になれたのだった。

「はあ……はぁ……はぁ……」
  ……ガラガラガラ……ガラガラ、ビリッ
  カサカサカサ……カサ……カサ……

 すでにラッシュ時をすぎ、トイレの中は閑散としていた。
 そのためか、朝香が尻から下痢便を拭き取る物音が、やけに支配的に大きく聞こえる。
 臭く重くなった着衣を全て脱ぎ捨て、朝香は下半身裸で後始末をしていた。
 未熟な半裸を個室の空気に晒し、左手でおなかを抱えながら便器の上にまたがり、依然として盛り上がり続けている恥ずかしい穴を後ろに突き出して尻肉を丸め、その悪臭放つ黄土色のおしりにトイレットペーパーを擦り付けているのだ。
 ぐうぐうと痛み続ける下腹をさすり、苦しげに息を吸い吐きしながら、涙目で作業を続けていた。
 赤く腫れた瞳は力なく細められ、痛ましく疲弊しきっているのが目に見えて分かる。
 激烈な下痢によって、腸の内容物と共に生命力まで大量に肛門から吐瀉してきた朝香。その華奢な肉体は限界を超えた苦しみに苛まれ、もう彼女は今にもその意識を失いそうであった。

  グキュルルルル……
(おなかいたい……もうやだぁ……おうちに……かえりたい……)
  ……ガラララキュゥゥゥーーグルルゥゥーーー
 頭がふらふらして、視界はぐらぐらしていた。
 物事を深く考えられなっていた。猛烈な腸の痛みが全身に響き続ける中、脳と目には白いフィルターがかかってぼんやりとしている。
 心身ともに故障して放心状態にある朝香。そんな彼女が後始末という苦行を始めることができたのは、何よりも、もう家に帰りたくてたまらなくなっていたからであった。もはや、おしりを綺麗にしたいという欲求よりも、こちらの方が動機として強い。家に帰るためには個室の外に出なければならない。人前に出れる格好を――せめて見せかけだけでも清潔さを取り戻すために、彼女は汚物まみれのおしりを拭い続けているのである。
  ……カサカサブボッッ!! ビュジュゥゥーーーッ!
  ブビチビビビビィィィッ! ブリッ!
「ぁぁぁ……」
 いわば、朝香は理性的ではなく本能的に救いを求めて後始末をしていた。
 それほどに疲れきっていた。とにかく横になりたかった。柔らかく暖かいベッドに傷付いた身を預け、そして深い眠りへと落ちたかった。もう、ベッドの上でうんちが出てしまってもかまわない。ただ静かに眠りたい。体を休めたい。休みたくてたまらない。

「……はぁーー……はぁー……はぁ」
  カサカサ……カサ、カサカサ……
  ガラ……ガラガラガラガラ……ビリッ

 ――そうして、もう二十分以上も同じ音の連鎖が続いている。
 この間に、物凄い量のトイレットペーパーを朝香は消費した。すでに足をぐちゃぐちゃに汚していた下痢便は拭き終わっていたが、これだけでもロール四つ分は消費したことだろう。駅員が男子トイレまで回って大量のペーパーを持ってきてくれなかったら、朝香は後始末さえ満足にできなかった。個室の隅にはあと二つロールが残っているが、この調子だとまた差し入れを願うことになるかもしれない。

 駅員はさらに靴下と靴、それから汚れたブラウスの裾を隠すための上着を調達しに出かけていた。
 隣に駆け込んだ少女は十分間ほどうなり続けたのち、何十回もペーパーを回し、そして最後にぶうっ、と大きく放屁すると、恥ずかしそうに二回水を流し、どこか後ろ髪を引かれるような足取りでトイレから出て行った。
 壁越しに響いていた猛々しい爆発音さえ、もはや懐かしい。今の朝香はただ独りだ。

  カサ、カサカサカサ、カサ……
「はぁぁ……はぁー……はぁ……はぅっ」
  ブウウウウゥゥーーーーー
 便器の底はもちろん、その側面、縁、そして周りの床中にまで茶色い飛沫がぶちまけられている。
 汚れた陶器の直上にある緩みきった肛門からは、今でも間を置きつつガスや水便が漏れ出している。
 括約筋が駄目になっているし、それを締めつけようという意思も働いていなかった。
 下半身むき出しで便器の上にまたがり、力無く震えながら、ぶぴぶぴと水っぽい屁を放つ朝香。……どこまでも無様で情けない姿であった。下痢を漏らして後始末をしている惨めな小学生の女の子。背負いっぱなしのランドセルが、その有様の稚拙な印象をいっそう強くしている。
  ……ガララ……ガラ、ガラガラガラガラ……
 朝香のまたがる便器のすぐ側には、下痢便の水分でびっちょりと濡れたスカートと、ほとんど全面真っ茶色に染まった壮絶なおもらしパンツが横たわっていた。
 もはや汚物の塊と化した朝香のパンツ――朝香のおしりを優しく包みこんでいた可愛らしいデザインの女児ショーツは、肛門の当たっていた底から中央にかけて大量の下痢便でもっこりと膨らみ上がっており、その形状はまるで餃子のようである。
 肛門の真下には使用済みトイレットペーパーの山ができていたが、上から垂れ注がれる液体に濡らし溶かされ、山と言うよりは薄黄土色の塊と化していた。もうだいぶ長く水を流していない。

  グギュルルルゥゥーー……
  カサ、カサガサカサ……カブピッ!
「っ――!」
  ビュブブブッ、ブブゥッ!!

 彼女の震える足元の周りには、空になったペットボトルが散乱していた。
 どれも同じ、ミネラルウォーターのラベルが貼ってある。ペーパーを差し入れてもらった時、他に何か必要なものがないか尋ねられるやいなや、朝香は水を懇願したのだった。狂った大腸がありえない量の水分を吐き出し、朝香はひどい脱水状態を起こしていた。今に至るまで水分を補給しないでいたら、おそらく今頃は気を失っていたことだろう。
 もっとも、その補給された水分の大半さえ、すでに便器あるいは下水の中へと流れ出してしまっており、相変わらず朝香が気絶しそうな状態にあることに変わりはない。悪魔のような食あたりを起こしている朝香。究極の下痢。下りきったおなか。大蠕動を続ける大腸。止まない激痛。とにかく肛門から水が出てゆく状態であった。

 ――そしてさらに時間が流れてゆく。

「はぁ……はぁ、ぁ……っうぅ……」
  ガラガラガラガラ……ガララガラ、ビリッ
  ……カサ……カサカサカサ……

 おなかがいたい……。
 おなかがくるしい……。
 おしりのあながいたい……。
 きもちがわるい……。

 愛らしい顔をしかめ、天使のような唇を固め、世にも惨めそうな表情で下痢色に染まった尻を拭い続ける朝香。
 おもらしの爆心地だけあって、拭いても拭いても紙がべったりと黄土色に染まってくる。
 惨めで情けなくて恥ずかしくて悔しくて、何よりも不快で胸の痛む作業だった。
 着衣のまま限界を迎えて脱糞してしまった――漏らしてしまった下痢うんちの後始末。
 パンツの中に噴出してしまったがゆえに、おしり一面にべっちゃりと付着してしまったドロドロの排泄物。地獄のような腹痛と便意の源であった腸の内容物。可憐な少女の理性を飲み込み、肉体を意に反する排泄行為に追い込んだもの。
 いわば屈辱そのものを、やってしまった自分がこの手で処理している。文字通りの後始末。これ以上無く惨めだ。

  ぬる……ぬるぬるぬる……ぐちゅっ
 張りが良くむき卵のようにつるつるとしている朝香のおしりは感度が良く、そのためペーパーを動かすたび、尻肉を滑る自身の下痢便の感触が狂おしく鮮明に感じられてしまう。
 そのぬるぬるとした不気味な質感は、どこまでも水々しい下痢状だ。
 紙が上下するたびに、朝香の肛門は拒絶するかのようにひくひくと収縮していた。――気持ちが悪い。
  ……ぐちゅ、ぬるぬるぬるぬる……
(おしりきもちわるい……きもちわるい……きもちわるいぃ……)
 拭われている尻だけでなく、それをしている右手にも、常に下痢の軟らかみが伝わってくる。
 腕を動かして自身が排泄したもののぬるつきを感じるたびに、自分が下痢を漏らしてしまったという自覚が繰り返し心を焼き貫いてくる。まるで犯されているかのようだった。……ものすごく、気持ちが悪い。

  ガラガラガラブウウウゥゥゥゥーーーーッ!
「はぁーー、はあー……はぁーっ……うぐ……ぅ」
(きもちわるい……くさい……やだ、ほんとうにきもちわるい……、もどしそう……)
 そうしながら、朝香は本当に気持ちが悪くなりだしていた。
 下のみでなく上まで、消化器官が中身を拒絶し始めた。……吐き気をもよおしてしまったのだ。
 いつしか胃の中で膨らみだした違和感が、今では明らかにそれと分かる悪寒となって彼女の食道を脅かしていた。
 ビチビチの下痢便が放つ猛烈な腐敗卵臭がむわりと立ち込め、狭い個室の空気は澱みきっている。このおぞましい空間に一時間以上も篭って毒ガスを吸い続けている内に、とうとう朝香は胃までやられてしまったのだ。
「ぅ……はぁ、ぅぅう……うえ……っ……」
 ただでさえ、これほど酷く下痢をしてしまうほどに激しい食あたりである。病的な腸の乱れにこそ及ばないものの、朝香は胃の方もかなり調子を崩していた。いわば、最初から孕んでいたがゆえに、悪臭を吸い込んでここまで症状が膨らんだのだ。小学生の女の子の胃。小腸大腸同様、簡単に壊れる未熟な器官。弱いものである。

(だめ……! はやく……はやく……!)
  カサカサカサ、カササカサササ……ッ!
 鼻腔にまとわりついてくるどす臭い便臭に悶えながら、朝香は徐々に必死になり始めた。
 自身の肛門から産まれた排泄物の臭いに吐き気をもよおしている……そんな自分が最低に情けない。
 電車の中で脱糞をしてしまった時点で、すでに人として、そして少女としてのプライドをずたずたに喪失してしまった朝香。これでさらに吐き気に負けて嘔吐にまで至ってしまったら、それこそ女性として立ち直れなくなるだろう。すでに朝香は礼徒生失格だが、今度は人間失格になってしまう。それほどに無様きわまりない行為だ。
 ……そんなのは、絶対にいやだ。
  ガラガラガラガラガラガラーーッ! ビリッ!
 上下から垂れ流しなどということになったら、きっと自分は心身ともに何かを失ってしまうだろうと思う。
 そして、このままこの悪臭の塊の中に居続けていたら、それが現実になってしまう。
 ……怖い。吐くのはいや。それだけはいや。風前の灯のような自尊心が、少女の小さな手の動きを加速させてゆく。

「はぁ……ぁぅ……ぅぐぅぅ……ぅう……!」
  ぬちゅくちゅぐちゅ、ブピッ! ぬるるぬるぬるっ
 唇を震わせ苦しげに喘ぎながら、下痢まみれの汚尻を荒々しく揉み拭ってゆく。
 それに伴う泥粥の感触への不快がさらに吐き気を増幅させるという、惨めな悪循環に陥ってもいた。
 皮肉にも、吐きたくないという想いが強くなればなるほど、胃の中身を出したい欲求は膨らんでゆく。
 威圧感にも似たおぞましい不快感が、胃の中をたぷたぷと柔らかく揺れ動いている。ドロドロの内容物がかき回されているのが分かった。ぐつぐつと煮えたぎりながら、どんどん上へ上へと昇ってくる。
 少し前までは頬を紅潮させていたというのに、今や朝香は絵に描いたかのように顔面蒼白と化していた。

  プピプピプピガラ……
「うぐっ!」
 次にペーパーに手を伸ばした瞬間、朝香はうめき声を上げて体の動きを固めた。
 突然に胃が激しく収縮し、苦くすっぱい味が口の中に広がったのだ。胃液が大量に逆流してきたのである。
「ぐ、ぅぅううぅ……げ……っ……ぅぅぐう……!」
 直後、絶対に人には見せられない苦く醜い表情で、朝香はぐっとブラウスごと胸の肉を掴んだ。
 それまでとは段違いの凄まじい吐き気に襲われたのである。胃液の生々しい味わいに刺激され、ただでさえ急激に膨らみつつあった吐き気が一気に肥大化してその意識を覆い包んだのだ。不快感を吐き出したくてたまらなくなった。
 ここにきての鮮烈な症状の悪化。歪みきった表情は、早くも嘔吐の瞬間のそれと等しくなった。再び大粒の涙が目尻に浮かび始める。
「ぐぶ、げ、げぷっ。げーーーーーっ!」
 それからいきなり、朝香はこれ以上無い下品な声と共に物凄い勢いでげっぷをしてしまった。
 極端にすっぱくなった卵の味が口の中に広がる。もうわけが分からなくなった。頭がパニックになってゆく。視界がぐるぐるぐるぐると荒く揺れ回り始めた。噴門が灼熱に包まれ、明確な異物感が食道の最深部に湧き上がった。それでいて、頭は貧血を起こして冷たくなってゆく。体中をべたつかせている汗も、いつの間にかひんやりとしたものに変わっていた。
「ぐげっ、げえっ、げぷ、ぐぶぐげげげぇぇ」
  ブビュルジュジュジュジュジュ! ブリッ!!
 薄桜色の美しい唇から、壮絶に下劣な響きのげっぷが次々と吐き放たれる。
 あっという間に朝香の瞳からは涙が溢れだし、頬を雫で濡らしながらの行為だった。
 同時に下痢まみれの肛門から黄色い水便が噴出したが、朝香はもはやそれを知覚できなかった。
 異常な勢いでの胃の中のガスの暴出。猛烈な嘔吐の前触れなのだろうか。

「げぷっ、ぐげーーぇげっ、げえ、ぐげっ」
 朝香は真っ青な顔を涙まみれに歪ませ、泣き震えながら臭いげっぷを続けた。
 ほとんど吐瀉物のそれに等しい味が口の中に広がり、それが切羽詰まった吐き気をさらに強めてゆく。
(やだぁ……きもちわるい……きもちわるいはきそう……やだきもちわるい!)
 地獄の不快感が胸の奥を蠢きまわり、朝香はたまらず乳首ごと肉を掴んで表層を掻き回した。
 不調きわまった胃が、消化という機能を放棄してその内容物を全て口腔へともどそうとしている。最悪の結末が、どんどんと具体味を濃くしてゆく。
「ぐっぅぷ、ぇぇげへ……っ……げぷっ」
 悲劇は下から上へとその舞台である穴を変えようとしていた。
 すでに肛門は犯しつくされて壊れ、ただの汚物を垂れ流す穴と化した。朝香の未熟でか弱い肉体をぐちゃぐちゃに乱し、女児の限界を何倍も超えた苦痛を与えてきた悪夢の食中毒ウイルス。今度はその愛らしく美しい唇まで、悪臭放つ汚物の噴出口にしようとしている。いたいけな少女から何もかも失わせるつもりのようだ。朝香の涙の理由は肉体的不快感だけではなかった。

(だめ! きもちわる……っ!!)
「ぐぅぷっ!!」
 その最中、いきなり朝香は弾かれるようにして左手を唇へと押し付けた。
 ついに胃のドロドロに溶けた胃の内容物が噴門を突き破って物凄い勢いで食道を逆流し始めたのだ。
「ぐう、うぷっぅぅぐううう」
 同時に大量の胃液が食道から口の中へと溢れ、その味がさらに食道の滑りを加速させる。
 異物感の塊が喉へとせり上がってくる感覚。それまでとは次元の違う激烈な嘔吐欲求が脳を満たしてゆく。
 まるでバスか船に酔って吐く時のように全身がぐらぐらと揺れる。眼下の陶器はぐるぐると回転し、それに吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
「ぅぅうぅぅぅ……お、おぷっ! ぐぷぷぷっ!」
 そしてあっという間に舌の根にまで軟らかい質感が至ると共に、朝香は限界を悟った。
 次の瞬間には、口の中が苦すっぱいお粥でいっぱいになった。
 即座に頬がパンパンに膨らむ。顔がリスになった朝香は慌てて左手をずらし、背を曲げて便器に顔を近づけた。
 それと同時に。
(もう、だめぇぇぇーーっ!!)
 吐く――!

「おげぇえええぇぇぇえぇえええっっっ!!」
  ボチャボチャドポドボヂャヂャヂャヂャビシャッッ!!!

 小さな口がぐわっと全開になり、大量の流動物が猛烈な勢いで便器の底へとぶちまけられた。
 ドロドロに溶けた朝食が陶器の上へと撥ね拡がる。とうとうやってしまった。嘔吐してしまったのだ。自身が排泄した大便の臭さに耐え切れず、胃の中身を吐き戻してしまったのである。朝香は、吐いてしまった。
 それを唇の外にまで押し出したのは、中身を押し潰しそうなほどに激しい胃壁の収縮。あまりに物凄い勢いで吐瀉物が便器へと叩きつけられたため、一部が跳ね返って朝香の白いブラウスや、はては髪の毛にまで付着してしまっていた。常識を逸する噴出。爆発のような嘔吐であった。壮絶な食あたりと地獄さえ生ぬるい悪臭は、朝香の胃の状態をここまで酷く狂わせてしまったのだ。

「ぐうおええぇえぇえええぇぇええっ!!」
  ドボビヂャボヂャビシャビシャビジャビシャッ!!

 しかし極限状態の朝香はそれに全く気付かず、激烈な吐き気をさらに獣の様に便器に叩き付け続けた。
 もう、その行為以外何もできない。ただただ気持ちが悪かった。胃の中身が乱れすぎて、不快感で気が狂いそうだ。それを吐き出すことしか考えられない。とにかくゲロを吐きたい。ゲロ。内容物をもどしきりたい。そうすれば楽になることを本能的に知っている。この下劣極まりない行為を倫理的に拒絶できるだけの思考力がもう無くなっていた。
 ただ楽になれれば良くなっていた。とにかく気持ちが悪い。何よりも気持ちが悪い。すごく気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ち悪い。きもちわるい。キモチワルイ。

「げへ! ぐえっ! うえぇっ! ぐううぐげげええぇぇぇーーーっ!!」
  ベチャッ! ビュポドポポ! ベチャビチャビチャビチャーーッ!!!
 これ以上ないほどに重々しく表情を歪め、顔中を深い皺でいっぱいにしながら、ドロドロの未消化物を次々と便器の中へ吐き戻す朝香。昨日までの美しく誇りある高貴な姿とは、あまりにもかけ離れた醜態である。ある意味では、電車での脱糞の最中よりもさらに醜かった。その下半身、尻一面が着衣脱糞した下痢便まみれであることもあり、絶望的に人には見せられない姿であった。救い様がなく無様。下品の極み。間違いなく、いま朝香は人生で一番最低の姿をしている。

「げえっ! げっ! ぅぅええええっ! ごほっ! げほぉっ!」
 ――だが、幸いと言えるのかは分からないが、ここで朝香の嘔吐は収まりを見せた。
 なお凄まじいえずき声を出して口を便器へと押し開き続けるが、もう流動物が飛び出さない。
 これまでの壮絶な噴出で、早くも胃の中身を全てもどし終えた――胃が空になってしまったのだろうか。
 分からないが、まだ異物感は確実に残っていたので、朝香はぽろぽろと涙を落としながら、胃の中身を徹底的に空にしようとさらに全力でえずき続けた。開きっぱなしの口からは、白い粘液がトロトロと垂れ落ちてゆく。それは大粒の涙の雫と共に、口唇直下の新しい汚物の海へと注がれていった。

「うええぇぅぇえ……ぇへっ! げほっ! げええぇぇ……」
 海――朝香の吐瀉物、朝香の腸の内容物の海は、便器の前方一面に広がっていた。
 吐き戻された朝食。一番目立つのは、やはりバラバラになった目玉焼きである。殊に黄色い目玉の部分が目立つ。朝香をこの壮絶な下痢嘔吐地獄へと叩き落した、獰猛な細菌の棲み家。一人のお嬢様を世界一下品な存在に貶めた、全ての原因たる腐敗食品。強靭なはずの朝香の腸を水便製造器官にまで下させた悪魔のような毒物だ。
 卵の他には、ドロドロに溶けたリンゴや、ジャム状と化した苺などが含まれていた。どちらも朝食時にデザートとして食べたものである。全体的に色がオレンジがかっているのは、文字通りオレンジジュースを飲んだからであろう。個室中を満たす下痢便の硫黄腐敗臭に、生々しい酸性の刺激臭が加わりだしていた。

「ぐっ……ぅ、はぁ、はぁ、うえっ……ぇ……」
 肩を上下させて荒い呼吸を繰り返しながら、何度も何度も喘ぎ声を上げる朝香。
 しかし、もう胃の中身は上ってこなかった。噴門を異物が通り抜ける感覚も無い。食道にひっかかっていた異物感も、いつしか弱まり始めていた。どうやら、やはりさきほどの噴出で一通り戻してしまっていたらしい。
 激烈だった吐き気も穏やかに弱まってゆく。まだ胃の中身を流動物が揺れている感覚はあるが、どうやらもうそれを出すことはできないようだ。……少なくとも、今のところは。
「はあーーーっ、はぁ……あ、っう、はぁぁ」
 朝香の揺れる前髪の毛先から、目玉焼きの黄身のかけらがとろりとブラウスへ落ちた。
 清純を表す純白――正確には純白だったブラウスのあちらこちらに、苺色、そしてオレンジ色のシミができてしまっている。まだ朝香はそれに気付いていない。このまま気付かない方が幸せだろう。

(わたし……また、や……っちゃった……)
 そして肉体的危機からの解放は、理性が働く余地を再生させる。
(ゲロまで……吐い、ちゃっ……た……)
 吐いている最中はただそれに夢中だった朝香であるが、ここにきてようやく自身がしたこと、自分が嘔吐までしてしまったということを事実として認識するに至った。
 大きく開かれた幼い股のすぐ前方に広がっている、オレンジ色の吐瀉物の海。ぐちゃぐちゃになった未消化物。今朝の朝食。確かに二時間ほど前に自分が口の中に入れたもの。震えているおしりの後ろにぶちまけられている下痢便同様、便器の底に留まらず、その内壁、そして縁にまで飛び散り付着していた。
 口の中には苦い味わいが広がっていた。舌を動かすと、異様なぬるつきがそこかしこに付着しているのが分かる。唾液よりもだいぶネバネバとしていて、舌先で糸を引かせることができる。
 ――全ての事実が、この世界一惨めな嘔吐を朝香の意識に焼き付けていた。

(わたし……もどしちゃった……朝食、ぜんぶ。もどした……)
 自分の胃の中にあったものをぼんやり眺めながら、ゆっくりゆっくりと事実を反芻する。
 しかし、吐く前の意に反し、深い絶望感のようなものはなかった。屈辱の念も薄い。もう羞恥を感じる余裕さえ失ったからだろうか。この嘔吐によってさらに体力を消費、具体的には吐き流し、朝香のはかない肉体はもはや気絶の瀬戸際にまで至っていた。
 小六女児の未熟な身体はもう苦しみに耐えられない。生理前の華奢な肉体。細い腕、細い脚、薄い胸、細い腰、薄い尻。おなかはぺっこりとへこんでいる。嘔吐の最中には止んでいた痙攣が、再びがくがくと始まっていた。悲鳴を上げているようだった。だが当の本人は震えに気付いていない。

 わたしはゲロを吐いた。
 電車の中でうんちを漏らして、今度はここ――おトイレでゲロを吐いた。
 それも、自分のうんちの臭いを嗅いでもよおして。
 最低。あまりにも最低すぎて、侮蔑の言葉さえ見つからない。

「吐いちゃっ……た……」
 こんなのいやだ……、もう――。
 自覚したにも関わらず胸が痛まず涙さえ出てこないが、これは幸せなことなのだろうか。
 やがて朝香は膝を床につけ、同時に柔らかく崩れ倒れて上半身を金隠しによりかからせた。
 そして静かに目をつぶり、そのままもう動かなくなってしまった。


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 二回目の買い物を終えた駅員は、荷物の一部をいったん置くために事務室へとやってきていた。

「女の子の着替え、ちゃんと全部揃った?」
 戻ってきた彼女の姿を見つけるとすぐに、机でお茶を飲んでいた男性の駅員が立ち上がって尋ねた。
「はい、これに入っているので、全部揃いました。靴と靴下と、着替えるためではないですけど、上着。パンツとスカートはもう渡してあります」
 両手に紙袋を携えている女性駅員は、右手の袋を持ち上げて答えた。
 袋には可愛らしいくまさんの絵がプリントされている。駅前の小児用洋服店に行ってきたのだ。

「そっちの袋は?」
 さらに男性は左側の袋を指差して尋ねた。
 そちらには「上里駅前薬局」と書かれている。文字通り、駅前にある薬局の店名だ。
「おむつです。……多分穿いてくれないと思いますけど……、それから、携帯用トイレです」
「……ん? おむつはまあ分かるけど、携帯用トイレっていうのは、何のために?」
 意表を突く返事に、男性は怪訝な表情を見せた。
 どういうものかもよく分からないし、何より用途がさっぱり思いつかない。

「トイレから出ても、体力的にもおなかの具合からしても電車で帰るのはちょっと無理そうなので、タクシーで送ってあげることにしました。乗っている最中はすぐにトイレに行けませんから、携帯トイレは、車内でもよおしてしまったとき用です」
 女性は自分の机に向かって歩き、袋を置きながら、そう澱みなく説明した。
 男性はそれを聞いてお茶をすする動きを止めた。かなり驚いたらしかった。
「ちなみに、もうタクシーには待ってもらっています。さすがに車内で排泄……それも大きい方をされるなんて、ものすごい大迷惑でしょうから。事情を分かってもらうのに苦労しました」

「女の子の具合、そんなに酷いのかい?」
 男性は一息ののちにお茶を一気に飲み干して机上に置き、それまでよりも深刻そうな表情で尋ねた。
「ひどいなんてものじゃないですよ。トイレに入ってからも、すごい勢いで漏らし続けました。今は、歩くのもままならないほどに衰弱しています。そうでなくても、三分以上トイレから離れていることはできない状態ですし。電車に乗るのは不可能ですよ」
 つらそうな表情で、しかし正確に女児の体調不良を説明する女性駅員。
 男は言葉を失ってしまった。
 彼女が話し終えると同時に沈黙が始まった。

「……あんなにひどい下痢を見たのは、妹が小六の時に傷んだ卵を食べて食あたりを起こして以来です」
 やや過激だった自身の言葉によって生じたその静寂を気まずく感じたのか、女性は突然そんなことを言った。
「そんなに酷いんなら、タクシーで家に帰すよりも救急車を呼んだ方がいいんじゃない? 呼ぼうか?」
「いえ、やめてください」
 いきなり男が電話に手を伸ばすのを見て、彼女は慌てて制止した。
「しかし、話を聞く限り、ちょっと普通じゃないよ。普通の下痢じゃない」
 さらに男性は語気を強める。
「私も本当は今すぐに呼んであげたいんです……けれど、本人がどうしても嫌だって言ったんです。大丈夫だって。泣きそうな声で拒絶してきたんです」
 険しい表情で自身を睨みつけてくる年上の男性に脅えながら、女性は必死に説明した。
 男はまだ三十前だったが、今年大学を卒業したての彼女よりはだいぶ年上だ。

「恥ずかしがって意地を張ってるだけじゃないの?」
「そうかもしれないですけど……でも、勝手に呼んだらあの娘は傷付きます。ですから、心配で心配で仕方ないですけど呼べません。ただでさえ、あんなことをしてしまって、トイレに入ってからも大声で泣き続けるぐらい傷付いているんです。これ以上可哀想な思いをさせたくないです」
 手を握り締め、小さく震えながら言葉を重ねてゆく。
「まあ、君がそう言うなら。同じ女性だし、会話も実際にしたわけだし」
 そのどこまでも真剣な様を見て男性は納得し、そうでなくても、そう答えざるをえなくなった。
「ごめんなさい……」
 女性駅員は表情を変えず、自身のなかば身勝手な判断を謝った。
 男性はそれには答えなかった。
 そしてまた沈黙が始まった。

「――そういえば、女の子の……ホームに撒き散らされた便を掃除したとき、白いエノキタケがそのまま入っていたよ。全く消化されてなかった。本当に酷い下り具合だな」
 約十秒後、今度それを破ったのは、男の方だった。
 駅構内にぶちまけられた朝香の下痢便は、彼が掃除したのだ。
 ちょうど女性駅員が、着衣を渡し、またタクシーのことを伝えるべく朝香のもとに行こうとした時のことだった。そろそろ後始末も終わる頃だ。
「僕は幸いにしてやったことも見たこともないんだけど、食中りってああも激しく下るものなのかい? 妹さんの時もあれぐらい酷かったの?」
「……酷かったです。下痢と嘔吐が止まらなくなって、トイレから離れられなくなって……最後はトイレで気を失って、救急車を呼ぶことになって、――それから三日間入院しました」
 早くトイレに様子を見に行きたいと思い始めた女性は、早口で事実を並べ立てた。
 しかし言いながら頭に当時の光景が浮かんだのだろうか、後半は顔を歪め、言葉もやや惑いがちになった。
「そう……」
 壮絶な内容に男は絶句した。

「……あの子も食中りじゃないの?」
 が、すぐにそう返した。今頃になって可能性を思いついたようだった。
「分かりません……。今のところ……、下痢は酷くても、吐いてはいませんから」
 暗い表情でうつむきながら答える女性駅員。彼女はとっくにそのことも考えている。しかし確証が無いのだ。もし食あたりなら、それこそ今すぐに救急車を呼びたい。あれほどに酷い食あたりは、下手をしたら命の危機にも直結する。

「とにかく、ちょっと様子を見てきます」
「ああ。こうなると、できるだけ側に付いていてあげた方が良いだろう」
 そして女性駅員は、袋を持ち直して事務室から出た。

(おなかの具合、少しは落ち着いたかしら……)
 部屋から出るなり時間を無駄にしたような気になり、駅員は歩を速めだした。
 彼女は、あまりにも可哀想な朝香に感情移入していた。
 朝香の女児特有の庇護欲を沸き起こさせる泣き声と顔つきに、少なからず母性を刺激されていた。

 駅員にとっては名前も知らない女児である。
 しかし小さくて可愛かった。
 ビニール袋いっぱいのペットボトルを差し入れてあげた時。それを受け取ろうとした朝香はふらつき、駅員の体に倒れかかった。その時、彼女は女の子に「ママ……?」と言われた。それで頭を撫でてあげたら、急に従順になった。
 やはり、まだ子供なのだ。伊達にランドセルを背負っていない。三年さかのぼれば幼女。

 そして、そんな小さくいたいけな少女の身体が、いま激烈な下痢に苦しんでいる。
 力ある大人であっても、あれほどの下痢を起こしたらまず日常的ではいられないだろう。少なくとも、自分は耐えられる自信が無い。

 だから、痛々しい。
 守ってあげたい。
 可哀想な女の子を無事に家まで送り届けてあげたい。
 急に女児のことがひどく心配になり、駅員はさらに歩を速めた。


 ――そうして、公衆便所の入り口を視界に捉えた時のことであった。

 駅員ははっとして立ち止まった。
 女子トイレの入り口から、中年の女性がえらく慌てた表情で歩き出してきたのだ。
 それも、自分を見つけるなり、一目散にこちらへと。

「どうかされましたか?」
 何か嫌な予感がし、駅員は女性が側に寄るなり、先手を打って話しかけた。
「ちょっと、個室の中に様子のおかしい娘がいるのよ!」
 事件を見たような表情で女性はまくしたてた。やはり、あの子のことだ。
「おかしいって、どういう――?」
「トイレ中にひどい臭いが立ち込めていて、多分その娘が下痢をしているせいだと思うんだけれど」
 駅員が尋ねかけるとすぐに女性は答えた。
 そして、直後に続けられた言葉を聴いた瞬間、彼女は凍りついた。
「うううう唸っているから心配に思って具合を尋ねようとしたら、いきなりげーげー物凄い勢いで吐き始めて」
 あの女の子が吐いた。
「それで慌ててドアを叩いて大丈夫か尋ねたんだけれど、ぜんぜん反応がないのよっ」
 ついに吐いた。
「――だから、ちょっと普通じゃないから、様子を見てあげてくれないかしら!?」
 やっぱり食中毒だ。
「すみません、あとはおまかせくださいっ!」
 駅員は全力でトイレの入り口めがけて走り出した。

「おげええぇぇぇええ……っ!」
  ブビ! ベチャッボチャボチャボチャドポッ!! ヂチブビビビィィィッ!!

(やだぁっ――!)
 トイレの中に入るなり強烈な悪臭がし、そして個室の中からの壮絶な音が駅員の意識に飛び込んできた。
 猛烈なえずき声、それに続く液体のぶちまけられる音、そして肛門の破裂音。――女児が吐き下している。

「げぼぼぽぽぽぼぽ」
  トポドポドポボチャビチャビシャッ……
「ちょっと!!? 大丈夫!? だいじょうぶですかっっ!!?」
  ドンドンドンドンドンドンッッ!!!

 駅員は物凄い勢いで叫び、そしてドアを叩いた。
 しかし反応が無い。

  ビュッ、ブジュ……ッ! ジュビヂュルルルル……
「気持ち悪いんですかっ!? 救急車呼びますよっ! 返事してください!!」
  ドンッ!! ドンッドンドンドンドンドンッ!!
 直後に戻し声と吐瀉音は止んだが、下痢便排泄の音は変わらぬ勢いで響き続けた。
 個室の中が想像できない。わけが分からない。

 と、次の瞬間。

  どさり……っ……

(――っ!??)
 個室の中から、何かが横たわる音が聞こえた。
 その鈍い質感で、大きなもの、そして柔らかみのあるものが横たわったのだと分かった。
 そして個室の中にあるもので、その条件を満たしている候補は一つしかない。
 個室を利用している人間。――あの女の子だ。

「おねがい返事してっ!!! 嫌がっていた救急車を呼びますよっ!!」
  ドンドンドンドンッッ!!! ガチャガチャガチャガチャガチャッ!!

 当然駅員もそれが分かった。
 ますますパニックになってドアを叩き、さらに鍵を無理矢理にがちゃつかせる。

「おいっ! これを使えっ!!」
 その最中、後ろから大声が聞こえた。
 振り向くと、なじみの顔――さっきまで会話をしていた男性駅員が立っていた。
 不安に思って事務室から出た彼は、女性駅員がトイレに駆け込むのを見て慌てて準備し走ってきたのだ。
 準備とは、その手に掴んでいる非常時用の鍵開け錠のことだ。外からでも個室の鍵を開けられるものである。
 原因は様々だが、稀に何らかの理由で利用者が個室から出てこられなくなることがある。そんな時に使われる、駅員専用の仕事道具だ。

「すみませんっ!」
 女性駅員は即座にそれを受け取り、赤く表示されている部分にあてがい、そして横に動かした。

  ガチャッ!

 力強い金属音と共に、使用の表示が赤から青へと変わる。
 駅員はすぐさまドアを開け中へと踏み込んだ。

「いやぁっ!!」
 ドアを開けると同時にそれまでとはまるで異質な悪夢の様な下痢便臭が漂い、駅員は一瞬で吐き気をもよおして堪らず手で鼻と口を覆った。
 しかし、彼女がその行為をとってしまった原因はもちろん悪臭だけではなかった。

 ――朝香だ。
 下半身裸の朝香がおなかを抱え込み、体を丸め、便器の傍に横倒れていた。
 泥下痢まみれのおしり。その下のタイルの上には茶色い水溜り。初めて見る彼女の肛門から、ブジュブジュという音と共に透明な水便が噴出し、現在進行形でその範囲を拡大している。
 金隠しの上にはわずかに異物の混じったオレンジ色の液体が叩きかけられている。駅員は一目で少女の吐瀉物だと分かった。白を失った陶器。
 そして何より便器の底は言うまでもなかった。後ろにはシャーシャーの水便。前にはドロドロのオレンジ粥。どちらも大量にぶちまけられている。中央ではその二つが混ざり合い、まさに汚物の饗宴と化していた。目立つ未消化物は、ニンジン、ワカメ、ゴマ、エノキタケ、目玉焼き、リンゴ、イチゴ。いずれもバラバラ。昨日の夕食と今朝の朝食。前者は肛門から放たれ、後者は口腔から放たれた。後者の方がより未消化で、口から入った時の形を全くそのまま残している。乱れ狂った消化器官が拒絶した内容物。少女の食事のなれのはて。彼女の内臓は今ほとんど真空なのではないだろうか。
 さらにその汚物の渦――汚れに汚れた便器の中には、少女の右素足が突っ込んでいた。またがっている最中に倒れたため、滑り入ってしまったのだろう。それによって撥ね散ったと思われる汚物で、ただでさえ下痢まみれの便器の周りがさらに惨憺たる有様となっていた。便器の縁に付着した赤いジャムイチゴが妙に目立っている。便器のすぐ傍には一キログラムの軟便がみちみちに詰まっている下痢まみれの女児ショーツが横たわっていたが、こちらは倒れた左足に押し潰され、茶色い中身が派手に飛び出していた。

 食中毒女児が作り出した惨状。ゲリとゲロ。汚物の海。
 この小さな体から、これだけの汚物が出てきた。
 この可憐な体から、こんなにも臭い汚物が出てきた。
 無垢で愛らしい唇。つぼみのようなはかない肛門。少女の魅力の象徴とも言える薄く淡く柔らかげな唇――それは言うまでもなく何処までも美しい。そして肛門でさえ、少女のそれは臭い大便が出てくる排泄器官とは思えないほどに可愛らしく、そしてまた排泄器官であるがゆえに、思春期に片思いをする少女のように恥ずかしげだ。……しかしこんなにも可憐な二つの器官が、確かにこの悪夢の全てを産み出したのである。

 硝子細工のようなアリス。
 たとえ外見が人形のように完成された美しさに包まれているとしても、その体の中には胃や腸といった生々しい消化器官があり、その中には悪臭を放つ汚物が溜められているのである。
 ……そして器官がある以上、時にそれらが何らかの理由で不調になることも避けられない。
 壊れたら、消化機能を放棄する。その結果、世にも臭くおぞましいドロドロの汚物が溢れ出すのだ。……しかも少女の意に反して。
 今の朝香は、まさにその現象そのもの。食あたり。下痢嘔吐。吐き下し。汚物まみれになったアリス。

「うぐっ!?」
 ――個室内の情報が全て頭に入り終わると同時に、駅員は顔を一気にしかめて大きく腰を曲げた。
 この一瞬で吐き気が倍加したのだ。ほとんど毒ガス室の中にいるのだから無理もない。本物のそれは一秒で人を殺す。

「ぐっ――!」
 しかし彼女はかまわず個室内に入り込み、靴裏が汚物で汚れるのもかまわず前に進んだ。
 あまりの臭さに本気で吐きたくなり、それゆえ恐怖も覚えたが、しかし女児を救いたいという使命感が、自身の体の苦しみなどは概ね払拭していた。
「大丈夫!!? 私が分かる!?」
 そしてボロボロになった朝香を抱きかかえ、揺さぶり叫んだ。
 小さな身体。軽い。触ってみて初めて、小刻みに痙攣しているのが分かった。
 それまで見えなかった相貌も見える。涙と脂汗でぐしゃぐしゃ。髪の毛もめちゃくちゃだ。
「……たぃ……」
 その時、朝香が何かを口にした。
 良かった。気は失っていない。

「うえっ!!」
「……ぉな……か……」
  チュビュゥゥーー……ブジュッ……ビジュジュジュ……ッ
 下痢を垂れ流しながら、かすれた声で朝香は何かをうめいていた。
 わずかに目を開けているが、薄すぎて意識を併せることはできない。
 駅員は朝香の言葉に耳を傾けそして話しかけようとしたが、酷すぎる悪臭に耐えられず、目に涙を浮かべて大きくえずき声をあげてしまった。臭い。吐き気が恐ろしい勢いで膨らんでゆく。女児の排泄物が臭すぎる。
「ぅ、ぇげ、えぇ……っう」
 腐った卵の臭い。胃の中身をめちゃくちゃにかき乱してくる悪臭。腐敗臭が鼻腔から脳を冒してくる。
 ――だめだ。気持ちが悪い。このままここにいると……吐く。
「……し、ぃ……ょ……マ……マ……」
 だがそれでも朝香からは絶対に手を離せない。離せるはずがない。
 少女の身体を抱え両手が塞がってしまったがゆえに、顔を手で覆えず、毒が容赦なく体内に入ってくる。
 鼻だけでなく口にも空気は入ってくるが、臭いが濃密すぎて味さえ腐った卵のようになっていた。顔から血が引いて蒼白くなってゆく。――それでも、離さない。

「……救急車……呼びますね」
「ぃ……た、ぃ……ぉ、な……か……」
  キュルゴロロロゴロゴローーー……ッ……
 直後、喉を鳴らして言葉を絞り出したのと、朝香の言葉を初めて理解できたのは同時だった。
 胸がどくどくと震えるのを感じながら、慌てて後ろを振り向く。
 個室の入り口に立っている男性はやはり顔をしかめ、鼻をぎゅっとつまんでいた。
「救急車。呼んでくださいっ!!」
 そして全力で叫んだ。
「――分かった!」
 男はすぐさま走り去った。

「ママぁ……たす……け……て」
「だいじょうぶ……もう、大丈夫だからね……」
 ようやく救急車を呼ぶことになった。それは彼女に安堵を与えた。
 やはり女の子の拒絶を振り切ってでも、もっと早く呼ぶべきだった……後悔も同時に胸を締め付けていたが、それでもなお救われた想いだった。感情移入。女児が救われることになるから、自分も救われることになるのだ。
 これで、やっとこの子は楽になれる。
 ――そう想ったとき、彼女も楽になった。心だけでなく、身体まで楽になるような気がした。
 だがその一蹟の輝きのような喜びは、長さもそれに等しかった。

 一瞬ののち。

「ぐうっ!! ……っう、うええええぇぇぇぇーーっ!!」
 静かな個室の中に……朝香のものとは違ううめき声が、大きく大きく響きわたった……。


 そして悲劇は幕を閉じる。

 こうして一人の小さなお嬢様の、悪夢のような朝は終わりを告げることになった。
 たくさんの人に、迷惑をかけて。

 救急車はすぐに到着して、朝香は駅員が買ったおむつを当てられ、病院へと運ばれた。
 その制服のブラウスは、黄色がかったクリーム色に染められていた。
 病院で便検査を受けた朝香は言うまでも無く食中毒と診断され、いずれにせよ、即座に入院させられた。
 両親が血相を変えて病室に駆けつけたのは、それから数時間後。
 学校の担任教師も駆けつけ、いわく、職員室は大騒ぎになっていたらしい。
 そして当の朝香は全くベッドから動けず、放心状態でおむつの中に水便を垂れ流し続けることになった。
 だれかが繰り返した「ごめんなさい」という泣き声が記憶に焼きついていたが、なぜ自分が謝られたのか、朝香は全く覚えていなかった。
 分からない――。
 静かな病室で、朝香はもう何も考えられなかった――。


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