No.07「溢れ出すもの」

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「はあ……はあ……はあ……!」
 閑静な住宅街の一角にある、とある高層マンション。
 険しい表情でおなかを抱えながら、足早にその中へ駆けてゆく少女の姿があった。

「はい」
「お母さん? 早く開けて!」
 エントランスに入り荒々しくパネルを操作した少女は、やや遅れて母親が出るや震える声で叫んだ。

「愛美? どうしたの?」
「いいから、はやく、あけて!!」
 怪訝そうに尋ねる母に、泣きそうな表情で声を荒げる。
 わずかな間の後、電子音がしてドアが開いた。いなや中へと飛び込む。

 不運にも、エレベーターは二基とも上の方の階で止まっていた。
 23階と19階。少女は即座に低い方のボタンを押した。

「はやく……もれそう……はやく……」
 息を乱し、膝をこすり合わせながら、下がり始めた数字をじっと見つめる。
 少女は色白で赤いランドセルが映える、細く清潔な印象の美少女だったが、今はそういう状態ではなかった。
 おなかの上を何度も往復する左手。彼女の顔は真っ青だった。可憐な相貌は情けなく歪み、額には大粒の汗が浮かび、前髪が乱れて貼り付いていた。

  グウウウゥゥ〜〜……キュウゥゥゥ〜〜〜……
 静かなホールに異様な音が鳴り響く。可愛らしいスカートの奥で、震える穴が収縮を繰り返していた。
 唇を噛み締め、ひたすらに腹をなぐさめながら、目の前の数字を見つめ続ける。

  プスッ、プスプスプスッ! プウッ!
 ようやくエレベーターが下りてきたとき、彼女はもう放屁を我慢できなくなっていた。
 ドアが開くや中に飛び込み、殴るようにして自階のボタンを押す。焦るあまり一つ下のボタンを押してしまい、音を立てて押しなおした。17、18と光が並ぶ。間髪入れず閉のボタンを押し付ける。

  グリュリュリュゴロゴロゴロゴロゴロッ!
「はあっ、ううぅぅぅ……っ!」
 動き始めるエレベーターの中、少女は震えながら腹をへこませ、体を大きく丸め込んだ。
 地獄そのものの内臓。わずかなのち、張り詰めたおしりに右手がずぶりと突き刺さる。

  ブプス! ブッ! ブリッ! ブブッブブッブブッ
 熱く軟らかいものが、ひくつく出口から今にも溢れ出そうとしている。
 滝のように噴出する脂汗。膝が小刻みに痙攣し、ランドセルの中身が音を立てて揺れる。
 少女は歯を食いしばり、鬼の形相で数字を睨み続けた。
 はやく……はやく……はやく……はやく、はやく、はやくはやく、はやく。はやくはやくはやくはやくはやく。

 3F……4F……5F……6F……7F……8F……9F……10F……。
 暴発寸前のおしりをあざ笑うかのように、エレベーターはゆっくりと上がってゆく。

「ふうぅぅぅっっ!!」
  ブウーーーーーッ!!
 15階を過ぎたとき、少女の便意は頂点に達した。
 うめくように息を吐きながら両手を肛門の上でえぐり重ね、しゃがみこまんばかりに腰を落とす。
 激しく盛り上がる肛門。もう限界だった。数字を見るのをやめ、頭をこすりつけるようにして体をドアに密着させる。

 地獄のような数秒の後、ついにエレベーターは停止した。
 チャイムと共にドアが開くや、少女は猛牛のごとく飛び出した。

 が、すぐに立ち止まってしまった。
 目の前の壁に記されている数字。……17。知らない数。

 少女は一瞬パニックになったが、すぐにはっとして振り返った。
 泣きそうな顔でエレベーターの中へと駆け戻る。

 痙攣する指先で必死に閉のボタンを押し付ける。
 ゆがむ視界の中、ゆっくりと閉じ始めるドア。

  ブフッ!! ブボッ!!
 ――そこまでだった。

  ブリュリュリュリュリュリュリュリュリュリュリュ!!!
 さなか、少女の肛門は力尽きた。同時にドアが閉まり、エレベーターが動き始める。

  ブブブブブブブブブーーーーーーーッ!!
  ブリブリビチビチビチビチビチビチッ!!
  グボボボボブヂュブヂュブウウウゥゥゥゥッ!!
 なお押さえ続ける手もむなしく、ぶるぶると震えるおしりからくぐもった音が漏れ続ける。
 開いた穴から次々と下着の中に溢れ出す灼熱。もう肛門に力が入らない。止められない。
 少女は眉をかたむけて潰れるほどに固く唇を噛み締めながら、ただ正面のドアを睨み続けていた。

 再びドアが開くや少女は体をぶつけながら飛び出した。
 這うように走り、立ち止まることなく自分の家の扉を引っ張り開ける。

「愛美、どうしたの!?」
 心配そうな顔で玄関に立っていた母にかまうことなく、靴を跳ね上げ、トイレへと駆け込む。
 ドアを叩き閉め、スカートをまくりあげパンツを引き、開き続けている肛門を便器へと突き出す。

「ふうううぅぅぅぅーーっ!!」
  ドボボボボボボボボボボボボブーーーーーーッッ!!!
 尻が水面を捉えるのと、肛門が意思によって全開になったのは、ほとんど同時だった。
 噴出した下痢便の滝が激烈な勢いで水を跳ね上げ、すさまじい音を響かせる。

  ボチャボチャボチャブビーーーーーーーッ!!
  ドポドポドボボボドボドボドボーーーーッ!!
  ジュボボボボブウウウウゥゥゥゥーーーーーッ!!
 それからはもう、ひたすらぶちまけるだけだった。
 はち切れんばかりに膨らみあがった肛門から、腹の中にうずまく苦しみを一心不乱に排出する。
 まだ毛の生えていない陰部。べっとりと茶色く汚れた未熟なおしりの底から、ぐちゃぐちゃの未消化物が次から次へと吐き出される。

  ブウウウウウウウウゥゥーーーーッッ!!
  ブブブウーーブウウウボボボボーーーーッ!!
  ブリブリブブブブブーーーーーッ!!
 火山の爆発を思わせる下痢とガスの大噴射。
 我慢に我慢を重ねてきた猛烈な欲求は、もはや制御のできるものではなかった。
 すぐ外で母が聞いているだろうにもかかわらず。少女は灼熱の息を吐き、全身を激しく震わせながら、乱れた腹の中身を便器へと注ぎ込み続けた。


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「愛美、大丈夫? まだ、おなか痛むの?」
「……うん……もうちょっと……」

 細くかすれた声で、母の心配そうな問いかけに答える。
 凄まじい噴出が終わってから、どれほどの時間が経っただろうか。
 少女はうつむき、虚ろな瞳で、ゆっくりと呼吸を繰り返していた。

 その視界の中央には、膝まで下ろされた下痢まみれのパンツがあった。
 股の間からのぞく便器の中はミートソースのような下痢便で満たされ、縁にまで激しく飛び散っていた。

 むせ返るような悪臭。
 とめどなく流れ出す汗が、濡れた毛先からふとももへぽたぽたと落ち続けている。
 大便を漏らすのなど、生まれて初めてのことだった。

 胸の潰れるような情けなさと自責が少女の中で渦巻いていた。

 そして、後悔。
 おなかの調子が悪いという友達に頼み込まれて、無理をして胃に送った二人分の冷凍みかんと牛乳。
 六時間目の最中に始まった猛烈な腹痛と便意。終わったらするか、家まで我慢するかで死ぬほど悩んだ帰りの会。

 くうっ、と小さく喉が鳴った。
 負の感情が次から次へと沸き上がり、胸が煮えて張り裂けそうだった。


「愛美……」

 さらに長い時間が経った。
 静まり返ったトイレの中に再びノックの音が響いたとき、少女は今にも泣き出しそうになっていた。
 眉を八の字に曲げ、口元に皺を作り、唇をきゅっと固めて震わせていた。

「どうしたの? まだ出られないの?」
 少女は答えなかった。ただ自分の排泄物で満たされた下着を睨み続けていた。

 母はそれきり何も言わず、また沈黙が始まった。
 静かなトイレの中に、鼻をすする音が小さく響く。それは止まらず増えていった。細い肩が小刻みに揺れ始める。少女の唇はだんだんと膨らんでいった。

「愛美」
 一分か二分の後、すする音がくりかえされる中、再び母の声がした。

「……もらしちゃった?」
 少女は声を上げて泣きだした。

「おなかの調子が悪いときは我慢できないこともあるわ。恥ずかしいことじゃないのよ」
 悲痛を極めた泣き声がトイレから外へと響きわたる。慰めの言葉にも全く応える気配がない。

 ぐしゃぐしゃに顔を歪め、うなるように声を震わせて少女は泣いた。
 大粒の涙がとめどなく溢れ出し、頬を伝わって唇の下で鼻水と溶け合って落ちてゆく。
 溜め込んだ感情を吐き出すかのように、少女はものすごい勢いで泣き続けた。


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 ――夜。
 少女はベッドに横になり、うつろな瞳で天井を見上げていた。

 白とピンクで彩られた、棚にぬいぐるみが並んでいる女の子の部屋。
 ベッドの側のテーブルの上には、お粥のわずかに残った皿と胃腸薬が置かれていた。さらにポカリスエットのボトルと、小さな猫のキャラクターが描かれた可愛らしいコップ。
 淡い花柄のパジャマを着た少女の体は、やわらかな石鹸の匂いに包まれていた。

 居間から電話の音がしてすぐに止んだ。
 それからしばらくして、母が部屋へと入ってきた。

「愛美、えりちゃんから電話だけど、出られる?」
「うん……」
 同じ塾に通う、仲の良い友達だった。
 少女はゆっくりと起き上がり、居間へと向かった。

「ごめんね、今日は……うん、ちょっとかぜひいちゃって……明日は、たぶんだいじょうぶだと思う……」
 背と肩を小さく丸め、時折おなかをさすりながら、か細い声で言葉を紡いでゆく。

「ありがとう……じゃあ、また明日ね」
 一分ほど話したのち、少女はかすかに震える手でそっと受話器を置いた。

「愛美、今日はもう寝なさい。宿題はしなくていいから」
「うん、そうする……」
 体中の力の全てを肛門から便器へと放ってしまった少女は、もう歩くのもつらそうな状態だった。
 母に促されるままに、彼女はよろよろと洗面所へと向かっていった。

 やがて少女は温かい布団の中で腫れきった眼を閉じ、沈むように眠りへと落ちていった。
 その日のことは彼女にとって、一生忘れえぬ記憶となった。


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