No.09「地獄の下校」

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  グピィ〜〜ゴロゴロゴロォォ〜〜〜……
「はぁー……はぁー……はあーーっ……」
 照りつける日差しの中を、育美は両手で腹を抱え、汗だくになりながら歩いていた。
 夏休みが目前に迫った、七月の猛暑日。三十五度を超えた熱風がたぎる、午後三時の放課後である。

  キュグウゥゥゥゥゥ〜〜ッ!
(やっば……!)
 険しい表情で歯を噛み締め、眉間の皺から大粒の汗を垂らす。
 下痢をしてしまったのだ。午後の授業中から調子がおかしかったのだが、帰りの会の間に完全に下してしまった。
 給食のときに調子に乗って牛乳を四本一気飲みしたのが、良くなかったらしい。

  プスゥゥゥゥーーーッ ブススゥゥゥゥーーッ
 猛烈な腹痛に襲われ、汗まみれの肛門から放屁さえ始めてしまっていた。
 もう完全に限界だ。肛門の感覚が無い。
 黒い髪を短く切り揃え、飾り気のないシャツに短パンという、およそ女子とは思えない格好をしている彼女。大きな瞳と赤いランドセルだけがその性別を物語っている。だが下への羞恥は敏感で、どうしても恥ずかしくて学校で大便をすることができなかった。その数少ない女の子らしい側面が、皮肉にも最悪の事態を招いてしまっていた。

  グリュグリュグリュキュゥゥゥゥゥ〜〜ッ
(ウンチしてえ……! ちくしょっ、ハラいてえ……ウンチしてーよ……っ!)
 細い体を著しく丸め、ぎゅっと腹の肉を掴み、内股でぶるぶると震えながら進んでゆく。
 弱々しく泣きだしそうな顔で、熱く濡れた吐息を唇から溢れさせる。
 目立ってボーイッシュな彼女だったが、今の切ない瞳は明らかに華奢な少女のそれであった。

(トイレ、どっかにトイレないのかよ……もうガマンできねえよっ……!)
 大きく突き出されたおしりはいっそうひどく震えていた。その中では爆発寸前の肛門がひくついている。
 暴れ狂う下痢腹を抱えながらの歩き。家まではまだ五分もある。今の彼女にとっては無限にも等しい距離だ。

  ゴギュウーーーッ!!
「ぅっ!」
  ブリビピッ!
 腸のねじれるような感覚と共に、腹が脱力して勝手に肛門が緩む。
 凄まじい排泄欲求の昂ぶり。トイレに駆け込んでおしりを出して苦しみをぶちまけたくてたまらない。

  ビピピピピッ! プスプスプスプスッ! 
(やばい、もうダメだ……やばい、もらす、もらす、もらす……!)
 さらに連発されるおなら。尻が灼熱に包まれ、氾濫する本能が抗う理性を飲み込んでゆく。

  ググウゥゥッ!! ギュルルルルルル!!
「ぅぁ、ぁ、ぁ、あ」
 とどめと言わんばかりに、激烈な便意の波が育美を襲った。
 全身の血が引き、体内の何もかもがおしりの穴へと下ってゆく感覚。
 肛門がぐわっと盛り上がる。

(もうだめだーーーっっ!!)
 排泄の始まりを覚え、とっさに育美は眼前に見えたアパートの入り口へと駆け込んだ。

  ブピピピピピピッ!!
「あぁぁぁぁぁぁっ!」
 すばやく身をひるがえし、ブロック塀の内、階段の下に潜り込む。
 そうしながら両手で短パンをひっつかみ、一気にしゃがみ込むと同時に下着ごとずり下ろした。
 汗だくの尻が地面に向かって物凄い勢いでむき出される。

  ドブボブボブボブボブボブボオーーーーーーッッ!!!
  ビチビチビチビチビチッ!! ブーーーーッ!!!

 次の瞬間、育美は腹の中身を大爆発させていた。
 間一髪で開放された肛門から、膨大な量の下痢便が尻を揺らしてぶちまけられる。
 一瞬で噴火口の下は泥で埋まり、大量の飛沫がランドセルにまで付着した。

  ブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリッ!!
  ブビビビビビビビビビビーーーーーーッ!!
  ブボボボボビチビチビチビビーーーーーーッ!!
 ふるえる純白のおしりから、次から次へとドロドロの下痢便が吐き出されてゆく。
 爆音を鳴り響かせ、尻肉を裂かんばかりの勢いで彼女を苦しめていたものが溢れ続ける。
 育美は固く目をつぶって悶絶していた。真っ赤に隆起して火を噴き続ける肛門。尻の下の空間全てが、その乱れた腸が消化を放棄した黄土色で塗り尽くされてゆく。

  ブーーーーーッッ!!
 噴出が途切れ、かすかに穴をひくつかせると、育美は猛烈に放屁した。
 まるで尻ごと爆ぜたかのように、肛門をめくれ上がらせて泥飛沫の渦が炸裂する。

「はあっ、はあっ、はあっっ!!」
 育美は目を開けて激しく肩を震わせて息を継いだ。
 白んだ視界に、彼女の性別を表すものと女児ショーツ、おぞましく広がる茶色が映り込む。

 物凄い悪臭。
 がくがくと痙攣する足の間は、下痢便の海で埋め尽くされていた。
 めちゃくちゃに撒き散らされ、スニーカーと靴下を汚し、肩幅より広がって舗装された地面を飲み込んでいる。

 胸の潰れるような羞恥が沸き起こった。
 顔を上げ、そもそも身を隠せてさえいないことを認識する。

 いま人が来たらおしまいだ。
 鼓動が跳ね上がり、恐怖が唇にえぐりこむ。
 しかし……。

  ギュルルルルルルルッ!!
「うっ!!」
 その尻がびくりと跳ねる。
 彼女の下りきった腹は、なおまだ灼熱の激痛に満ちていた。
 大腸が激しく蠢き、煮えたぎった粥のような質量が猛烈な欲求と共に駆け下りてくる。

「んむっ……くぅぅぅ……っ!」
  ビピーーーッ ビーーーーッ
 眉をかたむけ歯を食いしばり、へこんだ腹をゆるくさする。
 情けなく震えるおしりから、勝手に黄色い汁が飛び出してゆく。

「ふううぅぅっ!!」
  ブボブビブビブビブビブビーーーーーーーッッ!!!

 いなや、ぐちゃぐちゃの汚泥の中に再び巨大な下痢便の滝が注ぎ込まれる。
 もはや制御など不可能だった。育美は、どうしようもなく腹を壊していた。

(早く……早く……!)
  ビジャーーーッ!! ビビーーーーーッ!!
  ビヂヂヂビヂビジューーーーーーッ!!
  ビュルルルルルル!! ブピッ!!
 全力で息んで尻を突き出し、パンパンに充血した肛門から渦巻く地獄を絞り出してゆく。
 猛烈にうねり続ける腸。膝を掻きむしる爪。人生で最も汗をかいていた。
 熱湯ですぼまりを灼きながら、もう二度と牛乳を二本以上は飲まないと胸に誓う。

(はやく……っっ!!)
  ブウウウウゥゥーーーーーーーッ!!
 むき出しの歯がえぐれ合い、汗が滝のように流れて落ちていった。


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「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

 立ち上がり、自分が産み出したものを、もう一度だけ見つめる。
 暴力的なまでにぶちまけられ、周りにも大量に飛び散っている下痢便の海。
 おぞましくぬめり、鼻のねじ曲がるような悪臭を放ち続けているそれは、まるで肥溜めだった。

 そのすべてが腹の中で暴れ狂っていた育美の苦しみはどれほどだっただろう。
 理性を失ってここで開放に及ぶしかなかった彼女に、見た人は同情してくれるだろうか。

 上には、べったりと同じ色の塗り付けられたティッシュがいくつも落ちていた。
 膨らんだままの肛門、汗と下痢便でべとべとに汚れた尻の底に、くりかえし擦り付けられた紙の山。
 皮肉にも、それが泥の渦を明白に野糞の跡に定めていた。

 次の瞬間、育美は全力でその場から逃げだした。

 外に誰もいないことを確認するやアパートの敷地から道路に飛び出す。
 五十メートル走よりも前を目指して、転がるように疾走する。

 息が上がっても、止まることなく走り続けた。
 わずかにふくらみだした胸をぎゅっと掴み、大口を開けてひたすらに場所から離れ続ける。
 赤信号を無視して突っ切り、すぐ近くから激しくクラクションを鳴らされた。

 走りながら、彼女の眉は八の字に傾き、目には涙が浮かんでいった。
 本能的に、両手を合わせて口元を覆い包む。

(最低だ……。最低だ、あたし……!)
 視界がぼやけ、ものが分からなくなっても止まらない。
 その痛ましい姿に、通り行く大人たちが足を止めて振り返る。

 涙で頬を濡らし、育美は全身を痛めつけて走り続けた。
 赤いランドセルが大きく揺れ、ささったリコーダーが音を立てて上下していた。


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 翌朝、育美はいつもより遅く教室に入った。
 羞恥が胸を灼き続けて眠れず、寝坊をしてしまったのだ。

「よう姫野、どうしたんだよ昨日?」
 六年一組と書かれたそこに入ると、側の机に遊び仲間の男子たちが集まっていた。

「ごめん、ちょっと用事があってさ……」
 赤いランドセルを素早くロッカーに放り込みながら育美は答えた。
「いきなりいねーんだもんな。おかげで二組に負けちゃった」
「悪かったよ。今日は絶対にいるからさ」
「頼むぜ、マジで」
 男子の一人がその肩を叩く。

「ところでなに話してんの? あたしもまぜろよ」
 にわかに明るい表情になって育美は彼らのもとに近寄った。

「いや、昨日こいつが家に帰ったらさ、外にウンコがしてあったんだって」
「誰かが腹壊して野糞したらしくて、アパートの階段の下がゲリベンまみれになってたらしい」
 育美は顔を真っ白にした。

「まいったよ、ほんと。臭すぎて死ぬかと思った」
 机に座っている男子はたまに放課後の校庭で遊ぶ程度で、育美はその家を知らなかった。

「で、母親に知らせたら、それからはもうアパート中、大騒ぎ」
「うははははは!! それで、それで?」
「みんなで手伝って掃除したんだけど、あまりの臭さに途中で隣のお姉さんがゲロ吐いちゃった」
「うわーー……かわいそー……」
「つーか、マジで人として最低だな……」

「しかもぜんぜん臭い取れなくて。大家が駆けつけてキレまくってさ、今度監視カメラつけることになった」
「監視カメラ!?」
「すげーな」
「そんなわけで今度ハイテクになるから見に来てよ」
「よし! みんなで行こうぜ!」

「しかし犯人分かったら殺すしかないな、これは」
「姫野、おまえもいっしょに来いよ。まだ一回もこいつんち来てないだろ」
「う、うん……ちょっと、あたし、トイレ」
「犯人はうんこ大魔王だな」
 育美は静かに輪を抜けて廊下へと出ていった。

 きゅっと股を閉め、凍りついた表情で喧騒の中を歩き、女子トイレへと入ってゆく。
 赤いスカートのマーク。淡いピンク色のタイル。空いている個室へと入り、戸を閉める。

 今日は長めのハーフパンツを穿いていた。
 下着と一緒にゆっくりと下ろし、四肢に比して真っ白なおしりを便器に向ける。

  チューーーーーッ チュイイィィーーーーーーッ
 露になった一本の線から、黄色い尿が流れ出す。
 家の外では絶対にここ以外で空気に晒さない秘密の場所。
 前に調子に乗って男子たちといっしょに立ち小便をしたとき、全員から舐めるように見つめられ、以来隠したいと強く思うようになった。

 わずかにしただけで尿を終え、その股の間をぼんやりと見つめる。
 激烈な心臓の鼓動が育美を襲った。 
 胸が張り裂けるように揺れ、息が止まり、全身の血が沸騰する。

 育美は泣き出しそうに顔を歪め、せつな両手でそれを隠した。
 頬が熱に満ちて破裂する。耳まで真っ赤に染まりあがり、その上にぎゅっと手の平を押さえつける。

 外からは、たくさんの声が聞こえてくる。
 育美はそのまま動かなかった。
 未熟な性器を切なく外気に触れさせながら。ただ顔を覆って小さく体を震わせ続けた。

 予鈴が聞こえて、やっと彼女はトイレを出て教室に戻った。
 自分が長くトイレに篭っていても、男子たちは誰も囃してはこないことを、そのとき知った。


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