No.12「早退」

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 無理をして体育の授業に出たのが良くなかったのか、三時間目あたりから、もうかなり調子が悪かった。
 そっと額に手を当てると、明らかに普段よりも熱かった。
 給食は半分食べるのが精いっぱいで、友達から心配の声をかけられた。
 昼休みは机に横たわって過ごしたが、頭の重さと体の苦しみはますますひどくなるばかりだった。

「先生……」
 五時間目の授業が始まり十分ほどがたったころ、その少女は静かに手を挙げた。

「気分が悪いので、保健室に行ってきていいですか……」
 授業が止まり、教室中が注目する。
 少女の顔は真っ青だった。窓際の列の中ほどに座る、ショートをそのままに伸ばした、やや重みのある髪をした女子の学級委員。きりりとした目が苦しげに細められ、前髪が脇に撫で付けられて汗で濡れた額があらわになっている。
 真面目な性格で知られる彼女であったが、そのノートにはほとんど何も書かれていなかった。

「渡辺さん、連れていってあげて」
「わかりました」
 女子の保健委員が立ち上がり、傍に行って声をかけると、少女は力なく立ち上がった。
 並んでゆっくりと歩きだし、クラスが心配げに見守る中、黒板の前を通り、そっとドアを開けて外に出てゆく。
 「5-2」と記された教室標が上に見える。保健委員は小さく会釈をしてドアを閉めた。

「大丈夫? トイレ行く?」
 廊下に出るや真冬の空気が二人の身体を包み込む。
 顔面蒼白の少女に、保健委員は腕をこすりながら尋ねた。

「はく……」
「え?」
「げぷっ!!」
 次の瞬間、彼女は両手で口を押さえて女子トイレに飛び込んでいった。

「おえええええええええーーーーっっ!!!」
  ボチャボチャボチャボチャボチャーーーーッッ!!!

 急いで追った保健委員の耳に、凄まじい音が響き渡る。
 トイレの中を見ると、ドアが開いたままの個室で少女が便器を抱えてうずくまっていた。

「だいじょうぶっ!?」
「ううううげええええーーーーーっ!!」
  ドボチャボチャボチャボチャボチャボチャ!!
 給食に出たソフト麺やかき揚げ、野菜のおひたしなどが、激烈な勢いで水面へと注ぎ込まれる。
 ばらばらに広がって渦を巻くそれらを見ないようにしながら、保健委員は少女の背中をさすり始めた。

「げほっ、げほっ、うえっっ!!」
「大丈夫? まだ吐きそう?」
 激しく波打つ背中を繰り返しさする。重く垂れて揺れる左右の髪が今にも水面に触れそうだ。
 派手に飛び散った汚物で、便器の内一面がおぞましく彩られていた。

「げぼおおぉぉおおおおぉぉっっ!!」
  バヂャバヂャバヂャバヂャバヂャァーーーッ!!
 数拍後、少女は再び大量に嘔吐した。
 真っ白な滝がほとばしり、今度は原型を留めていない粥状のものが便器の中をかき回す。
 腐った牛乳のような強烈な臭いが辺りに漂い、保健委員はたまらず顔を背けた。

「っはあっ、はあっっ、はっっ……! げえっううぅぅぅっ……!」
 醜くゆがんだ唇から、とろとろと唾液の塊が垂れ落ちる。
 保健委員は片手で口元を押さえながら、ひたすら少女の背中をなで続けた。

「ううううえええぇぇーーっ!!」
 おぞましいえずきが、静かな女子トイレに幾度となくこだました。


「ご苦労さま。川村さん、大丈夫だった?」
「かなり具合が悪いので、早退するそうです」
「そう……わかりました」

 保健委員が戻ってきたのは、席を立ってから十分近くたったころだった。
 授業が終わるとすぐに先生は教室を出てゆき、休み時間の終わり際に少女の母親を連れて戻ってきた。
 机に案内されると、母親はノートや筆記具、中の教科書を手早くまとめ、ランドセルに入れた。
 先生から体操着の入った袋を受け取ると小声で会話を交わし、何度も会釈をして教室を出ていった。


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「では、先生、お世話になりました」
「どうぞお大事に。川村さん、さようなら」
 ランドセルと体操着を持った母の陰に立ち、少女は青白い顔で頭を下げた。

 熱が三十九度近くあり、家まで遠いこともあって、車で迎えに来てもらうことになったのだった。
 ずっと横になっていた少女の髪は寝汗で潰れ、その表情は今も重く苦しげだった。
 意に反して全開にしてしまった唇をきゅっと噛み、おぼつかない足取りで母親のあとについてゆく。
 六時間目が始まり、騒がしかった廊下は再び静寂に包まれていた。

「だいじょうぶ? また吐きそうだったりしない? いちおうビニール袋も持ってきているけど」
「大丈夫……」
 ときおり母に見守られながら、ゆっくりと昇降口に歩いてゆく。

 さなか、少女は立ち止まり、下腹にそっと手を当てた。
 口元に小さくしわを浮かべてそれを見る。

「悠香、どうしたの?」
「なんでもない」
 母が下駄箱の前で振り向く。少女は手を離し、再び歩きだした。

 外に出て、校舎をぐるりと回った後ろに職員用の駐車場があった。
 その隅に見慣れた車が止めてあった。
 ドアを開けて少女を中に入らせると、母は「念のため」と言って横に置いたランドセルの上にエチケット袋を重ねた。

「じゃあ、帰りましょう」
 ゆっくりと発進し、車は道路へと出ていった。


 走りだしてすぐに、少女は険しい顔でおなかをさすり始めた。

「お母さん、トイレ行きたい……」
 体を大きく前かがみにして、熱い吐息と共に訴える。

「どうしたの? お腹が痛いの?」
  グリュリュリュッ……キュゥ〜〜ッ……
 答えるようにおなかが鳴る。出元をぎゅっと抱えながら、少女は唇を押し合わせてうなずいた。

「じゃあ、途中の公園で停めるわね」
「うん……」
 少女の家は学区の外れで、車でも信号によっては十分以上かかる距離にあった。
 そのちょうど中間に小さな公園と公衆便所があり、毎日のように目にしているのだった。

 穏やかに走っていた車が、目に見えてスピードを上げる。
 少女は膝を固く閉ざし、額に再び脂汗を浮かべながら、弱々しくおなかを見つめてさすり続けた。


「ここで待ってるわね」
 公園の脇で車が停まると、少女はすぐさま外に出た。

  ゴロゴロゴロゴロッ……グウゥゥゥゥ……
 腹を抱えて体を丸め、足早に奥の公衆便所へと向かう。
 男女共用の個室と小便器が並んだ、薄い仕切り板だけがその向かいに付いている簡易なトイレ。
 登下校中に何百回と眺めてきたものだが、使うのは今回が初めてだった。

 肛門になさけない灼熱が集まってゆく。少女は穿いている女児用のジーンズのボタンを外しながら板の内へと踏み込んだ。
 ドアの目前まで来て、ようやく彼女はそれに気付いた。
 「故障中のため使用禁止」と書かれた紙が、閉ざされたドアに貼られていた。

  グリュリュリュゥゥゥゥ〜〜〜〜ッ
 少女は尻に手を当てながら、ドアを強く押してみた。しかしびくともしない。
 おなかをぐるぐるとさすりながら、恨めしげに張り紙の文字を見つめる。ちらりと隣を見たが、すぐに首を戻した。
 大きくため息をつくと、彼女は小走りで車へと戻った。

「……どうしたの? トイレは?」
 車に入ると、母が振り返って尋ねてきた。
「故障中で、使えなかった」
「ええ〜〜!?」
 驚いた様子で、眉根をゆがめ声を上げる。
「家に、はやく……!」
 少女が困りきった瞳で急かすように訴えると、母は黙り、固い表情ですぐに車を発進させた。


  ブリッ! ブッ!
「お母さん、もれそう……!」
 家を間近にした交差点で、少女はぶるぶると震えながら、両手で尻を押し上げて悶絶していた。
「信号変わったらすぐだから我慢しなさいっ」
  ブピッッ!
 激しくこすり合わされる膝。悲痛なため息を吐き、歯をえぐり合わせて我慢を続ける。

 信号が青になるや車は一気に加速した。
 坂を駆け上り、その先にある家の前で急停車する。

「先に家に入ってなさい!」
 ハンドバッグの中に手を突っ込み、母はスペアのキーを出して少女に渡した。
  ブリュッ! ビュルルッ!
 理解するや少女はドアをはね開けて飛び出した。

「ふううううぅぅっ!!」
 左手を肛門にめり込ませ、転がるようにして家のドアへと駆け込んでゆく。
 突き出される鍵。しかし手が震えてうまく穴に挿し込めない。
  ビュルルルルルルルルル!!
 限界を迎えながらむりやりねじ込んでひねり開ける。

  ブボッッ!!!
 鍵を挿したまま玄関に飛び込む。
  ブリュリュリュリュリュリュリュリュ!!
  ビチビチビチビチビチビチビチビチ!!
 少女は靴を履いたままトイレへと突撃した。
  グブブブブビュリリリリリリリ!!
 轟音を立てて壁に激突するトイレのドア。姿を現す楽園。身をひるがえしながら着衣を全力でひきずり下ろす。

  ドブボブボオオオオオオォォォッッ!!!
  ビチビチビチブビイイビイイイィィィィィィッ!!
  ブチャブチャボチャボチャボチャブチャーーーッ!!
 下痢便を大噴火させながら少女は便座にすわり込んだ。
 むき出された決壊中の尻が火を吹き乱し、便器中にドロドロの未消化物をぶちまける。
 汚物は床にまで飛び散り、隆起しきった肛門が水面に突き出されると、瞬く間にそれを直上の色で埋め尽くした。

  ブウウウウウウウウウゥゥゥゥーーーーーーッッ!!!
 そして激烈な放屁。
 下痢便で塗り尽くされた丸みが激しく震え、便器の内外に大量の泥飛沫を撒き散らす。

  チュポポポポポポポポポ!
  ボチャビュルルブピッ! ブッ!
 めくれ上がったままの肛門からなさけなく残滓をこぼし、破滅的な脱糞は収束を迎えた。

「はあっはあっはあっ、はっぁぁあ、はあっっ……!!」
 少女は肩を跳ね上げさせて息をついだ。
 ガクガクと痙攣を続ける足。焦点の定まらぬ視界に、ただ自分の出してしまった茶色だけが澱んでいた。

「っはあ……はあっ……はあぁぁ……」
 やってしまった――。
 視野が戻り、下痢まみれのパンツと股が輪郭を整えると、少女はくうっ、と喉を鳴らした。
 灼熱に包まれていた尻が急速に冷えだし、胸の詰まるような物凄い悪臭が立ち上ってくる。

 腰を上げて手を伸ばし、泳いでいたドアを閉めて施錠する。
 少女は振り向き、自分が汚してしまった便器をまじまじと見つめた。
 下痢便が暴力的なまでに打ち付けられ、今もゆっくりと塊が垂れ落ちている内蓋。便座に着けられたカバーも、薄いピンク色のほとんどが下痢の茶色で覆われている。便器の土台にまで便が伝い、足元のマットにも少なからず噴出したものが飛散していた。

 ぬるりとした感触を覚えながら、再び便座に腰を下ろす。
 少女は膝下に溜まった着衣へと目をやった。
 少しぶかぶかとした紺のジーンズは、買ってもらったばかりのお気に入りだった。
 下痢便で埋まったパンツから容量を超えた分が溢れ出し、その底をべたべたに汚している。一部は裾の中にまで広がり、下着から濾し出された黄色い汁は、内布の全てを重く濡らしていた。

 少女は大きく音を立てて鼻水を吸った。
 眉が八の字に傾き、目には涙が浮かんでいた。膨らんだ唇にぐっと歯をめり込ませる。

「悠香、大丈夫……? 間に合った?」
 そのとき、遠慮がちなノックがして母の声が聞こえた。

 少女は黙っていた。母もそれ以上は問わなかった。
 十秒、二十秒と沈黙が続く。少女は唇を小刻みに震わせながら、こすり合わせ始めた。
 さらに同じほどの沈黙を経て、少女は小さく口を開いた。

「おかあさん……」
 かすれた声で言葉を紡ぐ。

「ごめんなさい、漏らしちゃった……」
 下痢便まみれになったトイレとおしりを一人でどうにかするのは不可能だった。
 喉が外に聞こえるほど大きく鳴る。

「お風呂場の準備するから、ちょっと待っててね」
 それだけ言うと、足音が静かにドアの前から離れていった。


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「悠香、準備ができたから――」
 ノックと共に母の声。少女はパンツだったものをじっと見つめてから、一気に鍵を外してドアを開けた。

「靴はそこに脱いじゃって。下のものも全部」
 母がドアのすぐ前で待っていた。
 おぞましい光景が露になり、悪臭が外に溢れ出す。しかし彼女は少しも表情を変えなかった。
 ふるえる手つきでスニーカーと靴下を脱ぎ、右左とジーンズから足を抜いてゆく。

  ボタッ!!
 立ち上がるや、尻の割れ目に挟まっていた下痢便が足元に落下した。
 派手に広がる茶色を見て、少女は蚊の鳴くような悲鳴を上げた。

「あとで掃除するから気にしないで」
 母は意に介さず、そっと肩を抱いて少女を外に促した。

  ベチャッ!! ボトトトッ! ビタッ!!
 廊下には新聞紙が敷かれていた。その上に次々と泥を落としながら、顔を上げることなく少女は歩いた。
 マットの取られた洗面所を通り、浴室へと入る。

 中は温かい湯気に包まれ、置かれたシャワーからお湯が流れ出していた。
 唇を固めながら、そっと椅子の傍にしゃがみ込む。

「いいわよ座って」
「……でも、汚い……」
「あとで綺麗に洗うから」
 しばらく躊躇したのち、少女は下痢まみれの尻を椅子に乗せた。
 べたべたにぬめり照る二つの丸みの中央で、それを生み出した肛門がきゅっとすぼまる。

「まずは、ウンチを流すわね」
 その言葉と共に、少女の尻はぬくもりに包み込まれた。
 肌を覆いつくしていた排泄物が、ばらばらに溶けて流れ落ちてゆく。

「お湯は熱くない? 大丈夫?」
 身を震わせ、まだ赤い肛門を切なくうごめかしながら、少女は小さくうなずいた。
 ほどなくして少女のおしりは元のむき卵のような可憐さを取り戻した。

「石鹸を出すから、前は自分で洗いなさい」
 そう言うと、母はシャワーを手渡してきた。
 言われるままにお湯を当てると、泥に埋まっていた大切な場所が、痛ましく姿を現した。
 堪えきれず噴出させたものが流れてゆくのを見つめながら、少女は大きく肩を震わせ始めた。

「石鹸つけるわね」
 ボディーシャンプーを手の上で泡立てていた母が、そっとおしりを洗いだす。
 柔らかな手の平が左右の丸みを優しく包み、我慢できなかったおしりを慰めるように撫でてゆく。
「うっ、うふっ……!」
 少女は口元を歪め、しゃくりあげ始めた。

「おしりの穴は触らないから、あとで自分で綺麗に洗ってね」
 眉がひどく傾き、唇が無様に膨れ上がる。鼻をすする音が浴室にこだまする。

「……悠香、具合が悪かったんだから、仕方ないわよ」
 少女はうなり声をあげて泣きだした。

「可哀想に……あんなにいっぱい漏らして……つらかったでしょう……」
 母がぎゅっと頭を少女の髪にこすり付ける。
 少女は大量に鼻水を垂らし、果てしなくみじめに泣き続けた。


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  チュボボボボボボボッ! ブピッ!
  ビュジューーーボポポポポ! ピリッ!

 おしりに力を入れるたびに、ピーピーの水便が未熟な臀部からほとばしる。
 少女は薄桃色の可愛らしいパジャマ姿になって二階のトイレに座りこんでいた。

  キュゥゥゥゥゥゥ〜〜……グウゥゥ〜〜〜……
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 熱い吐息を繰り返し、鳴り響くおなかをぐるぐるとさする。
 下痢がひどい。肛門がたえがたく熱く、それでいて寒気が止まず体の震えが治まらない。

  チャボッ! チョオォォォォッ! チュポッ!
 かすかな飴色で満たされた水面に、すぼまったままの肛門から同じ色を放ち続ける。
 まるでおしりからおしっこをしているようだった。

「んんんんん……ふう……っ……」
  ビチューーーッ! プピピピブピッッ!!
 下しきった水音はもちろん、下痢と格闘する苦しげな声も、静かな廊下に漏れ聞こえていた。
 ときおり母が様子を見に来ていることに、彼女は気付くはずもなかった。


 やがて澱んだ水音と共に、少女はうつむき、重い足取りでトイレから出てきた。

  グウゥゥゥッ……グリュッ……
 背中を丸めておなかをさすり続けながら、よろよろと力ない足取りで部屋に戻る。
 ベッドにへたり込むと、這うようにして布団を引き寄せ、横になった。

 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
 ほどなくして、一階から母が上がってきた。

「悠香、広瀬さんが来てくれたけど、どうする?」
「えっ……」
 仲の良い友達の名前だった。時計を見ると、いつのまにか午後四時を回っていた。

「無理なら、私が出ておくけど」
「……ううん、出る」
 少女はわずかに逡巡したが、すぐに手をついて身を起こした。

「じゃあ、先にプリントとか受け取っておくから、無理しないでゆっくり来なさい」
 そう言って母は部屋を出ていった。


「あ、悠香ちゃん。だいじょうぶ?」
 階段を一歩一歩慎重に降りていくと、玄関で友達が待っていた。
 短い髪を真ん中で分けた、やはり聡明な瞳の少女だった。

「ごめんね、わざわざ来てもらって」
「ううん。おばさんにプリントとノートのコピー渡しといたから、良かったら後で見て」
 乱れているであろう髪を恥ずかしく思いながら、力なく傍に座る。二人の顔色には明らかな違いがあった。

「具合はどう? 給食もどしちゃったって渡辺さんから聞いて、心配してたんだけど……」
 少女は重い瞳で首を左右に振った。
「今はすごい、ゲリしてる……」
「そうなんだ……熱はどれぐらいあるの?」
「九度八分」
 友達はわずかに沈黙した。

「明日もちょっと無理そう?」
「うん……たぶん、あさっても」
 そのときだった。

  グリュウッ……
 不気味な音が二人の間に鳴り響く。

  グウ〜〜ウウゥゥッ!
 少女は顔を歪めて腹をさすり始めた。

「悠香ちゃん、ウンチ……?」
 目を逸らし、唇を噛み締めながら小さくうなずく。

「ごめん、じゃあわたし帰るね」
「ほんとごめんね、またね」
 立ち上がり、足踏みをしながら友達の眼を一瞥する。

「明日もプリントとかコピーとか持ってくるから」
 そう言って友達は素早く玄関の戸を押し開けた。

「おじゃましました」
 振り返って会釈する友達の視界で、少女は側にあるトイレへと飛び込んでいた。

  ジュボボボボボボボブボッッ!!
  ブウウウビイイィィィィィーーーーッ!!

 叩き閉められたドアから爆音が溢れ出すのと、玄関の戸が大急ぎで閉じられるのは同時だった。


「ごめんなさいね、みっともないことになってしまって」
「い、いえ……」
 門に手をかけたところで、友達は追いかけてきた母親に気付いて振り返った。

「今日は悠香のために本当にありがとうね。広瀬さんも、風邪をひかないように気をつけて」
「はい。ありがとうございます。川村さんもお大事に」
 足をそろえて頭を下げる。

「さようなら、悠香が元気になったら、また今度遊びにきてね」
「はい。そうします。さようなら」
 もう一度会釈をし、彼女は去っていった。
 今にも雪の降りそうな風が吹きすさび、その後姿はマフラーが大きくなびいて寒々しかった。
 そっと門を閉めると、母は身震いしながら家へと戻った。

  ブーーーーーーッッ!!

 水気に満ちたおならの音が玄関中に鳴り響く。
 少女はその週いっぱい学校を欠席した。


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