No.22「腹痛」

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「斉藤さん」
「はい」
「鈴木さん」
「はいっ」
「曽田さん」
「はい」

 朝八時三十分。五年二組の教室では、いつものように出席がとられていた。

「高橋さん……は、今日は腹痛でお休み、と」
 一つだけ開いている席に、いくらかの視線が集まる。

「田辺さん」
「はい」
「寺内さん」
「はい」
 しかし、特に気にかける者はいなかった。
 欠席している少女は、あまり目立つことのない普通の少女だった。
 勉強も運動も並で、ありふれた外見と明るめの性格。欠席の理由も平凡だった。

「みさきちゃん、おなか壊したのかな……?」
「かなあ……」
 二人の少女が小さくささやいたが、それ以上は特に話すこともなかった。

「平井さん」
「はい」
「藤野さん」
「はいっ」
 静かに出席はとられていった。

 それと同じ時間。学校から十分ほど離れた一軒家の中。

「はあっ……ううぅぅぅ……!」
  ジョブボボボボボボ!! チュボボボボボボッ!!
 真っ青な顔で二階のトイレに篭っている少女の姿があった。

「うふううううぅぅぅ〜〜〜〜っ!」
  ジュボッ!! ジョボボボボブビビビビビビッ!!
  ボピブピブピブピブピッ!! チュボボボボブポッ!!
 汗だくのおしりから、ゆるく炊いた粥のような下痢便が次々とほとばしる。
 個室を埋める強烈な悪臭。びくびくと震える股の間から覗く水面には、前夜の夕食の色と形を残したものが大量に浮かんでいた。ニンジンやニラ、モヤシ、シメジ、エノキタケなどの姿をとどめたそれらは、新たに注ぎ込まれるたびに激しく跳ね返り渦を巻いた。

  グウウウゥゥウウゥゥゥ〜〜〜〜ッ!
「はあーー、はあー、はぁー……」
 大粒の脂汗を絶えることなく流しながら、苦しみに満ちた形相でぐるぐるとおなかをさする。
 吐かんばかりに曲げられた背中、足元まで下ろされた下着とパジャマ。少女の膝は小刻みに痙攣を繰り返していた。
 厚ぼったい長さの髪が蒸されて乱れ、口元にえぐられた皺と相まり、無垢な相貌を惨めに汚していた。

「くうふっ!」
  ブーーーーーーーーッッ!!
 巨大な音を立てて、便器の中に大量の黄土色が吹き付けられる。

「んんんんふっ!」
  ブウウウウウウゥゥゥゥゥーーーッ!!
 腹をへこませ、さらに大量の気体分を放屁する。

 少女は猛烈な下痢であった。
 普段よりも一時間早く跳ね起き、それからほとんどずっとトイレに篭り続けている。
 母に遅刻すると告げられてようやく出たが、歯磨きの最中にブラシを放って駆け戻り、二十分後に出て欠席を伝えたことを聞くと再び便器のもとに舞い戻った。

  ゴオオォォオオオォォグ〜〜〜〜ッ!!
「はっううぅぅぅぅ……っ!」
  チュボボボボボボボーーーーーーッ!!
  ブボッ!! ブウウビイイイ!! ジャーーーーッ!!
 踊るように蠕動を続ける大腸。勝手に開く肛門。暴れ狂う彼女の腹は、まるで治まりそうになかった。


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 水洗音を響かせ少女がトイレの中から出てきたとき、すでに時計は九時を回っていた。
 げっそりとした顔で体を丸め、おなかをさすりながら廊下を歩く。

「美咲、だいじょうぶ?」
 待っていたかのように母が二階に上がってきた。
 心配げに顔を近づける母の前で、少女はばつが悪そうにうつむき、黙りこくった。

「おなか、だいぶ痛いの?」
  グウウウウゥゥゥ〜〜〜ッ
 さらに尋ねられると同時に腹が大きく鳴った。少女は唇を固く押し合わせ、かすかにだけうなずいた。

「うんちはどう? だいぶ軟らかい? ピーピー?」
 いっそう小さくうなずく。

「かわいそうに……完全にお腹を壊したわね……」
 母は弱々しくふるえている娘の姿を痛ましい眼で見つめた。
「最近忙しかったから、疲れたのかもしれないわね。今日はゆっくり休みなさい」
 少女は今度はちゃんとうなずいた。

「横になってなさい。お母さん、薬局でおくすり買ってくるから」
 そう言って母は一階へと降りていった。

 ふらついた足取りで自室に入ると、少女は崩れるようにベッドに横たわった。
 布団ごと体をくの字に曲げ、ため息を吐きながらおなかをさすり続ける。

  グルルルルッ……キュゥゥゥゥゥ……
「はあっ……」
 険しい顔で布団の中の下腹をじっと見つめる。腹痛は一向に治まらなかった。

  ギュルルルウウゥゥゥ〜〜ッ
「おなか、痛いぃ……っ!」
 歯を噛み締め、頭をぐしゃぐしゃと枕にこすりつける。
 脂汗に濡れた髪がひどく乱れ、少女の顔はいっそう無様になった。

 そして数分と経たないうちに、少女は再び慌しく起き上がった。
 灼けた吐息と共に部屋を出て、足早に廊下を渡ってトイレの中へと駆け込む。
 ズボンを脱いで便器に座り込むと、すぐだった。

  ジュボボボボボボボボボボボボッ!!
 薄黄色いお湯のような便が勢いよく噴き出し、一瞬で便器の中を染め上げる。

「っふう……っ……!!」
  ビピーーーッ!! ボチャボチャボチャボチャッ!!
  ブボチュッ!! チュボボブビッッ!! ブボッッ!!
 なさけなく尻を震わせ、真っ赤に膨れ上がった肛門から少女は次々と水便を排泄した。
 もはや具さえほとんどなく、便器の水面にはわずかにそれらしきかけらが浮かぶのみだった。

  ブウピッッ!!!
 ひときわ大きな音が鳴り響いて噴射が途絶える。

  グウウウウゥゥゥ〜〜ッ! グピ〜〜〜ッ!!
「もう、やだあぁ……」
 両手で腹の肉をえぐり、体をべたりと曲げて膝にあごをめり込ませる。
 悶絶を極めた表情で、少女は何度もうめくように溜息を吐いた。苦しみのあまり、口から唾液がとろとろと垂れ落ちる。

「ぐっ……ううぅぅぅっ!!」
  ドボボボボボボボボーーーーーーッ!!
  ブチョチョチョチョチョッ!! ビーーッッ!!
 静寂に包まれた廊下に、地獄のうめきは絶えることなくこだましていった。


「美咲、まだ出られなさそう……?」
「……もうちょっと……」
  ブビビイィィィ〜〜〜ッ、トポトポトポトポトポ……
 やがて母が帰ってきても、少女はトイレに篭り続けていた。
 腸のねじれるような感覚と共に、猛烈な腹痛と便意が治まらない。

 少女はこの日、夕方まで部屋とトイレの往復を続けた。
 塾も休み、翌日も渋りが収まらず午後からの登校となった。

 彼女の小学校生活最大の下痢は、三キログラムの体重をトイレに流して終わりを告げた。


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