No.01「悲劇のお受験」

 綾瀬 優美 (あやせ ゆみ)
 11歳 みそら市立下里第一小学校6年2組
 身長:145.2cm 体重:36.1kg 3サイズ:67-52-70
 大きな瞳と長く伸ばした栗色の髪が愛らしい、おしとやかな女の子。

 ヒロインの物語開始直前一週間の日別排便回数(←過去 最近→)
 4/5/7/6/7/9/10 平均:6.8(=48/7)回 状態:下痢

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 二月の訪れを数時間後に控えた、静かな夜。
 綾瀬優美は、机に向かって算数の問題を解いていた。
 たくさんのぬいぐるみに囲まれた可愛らしい部屋で算数のお勉強をしている、おとなしそうな小学生の女の子。
 一見ありふれた光景の様であるが、その様は明らかに普通ではなかった。

 右手はノートの上でゆっくりとペンを動かしているが、左手は机上ではなく腹上にあり、右手よりも速く動いていた。
 体は「く」の字を描くかのように前屈みで、あと少しで接してしまいそうなほどに机に近づいているその愛らしい顔は、苦しげに表情を歪ませている。
 小さな体は時折、ため息をついたり、小刻みに震えたりもする。息も勉強中とは思えないほどに荒い。

 その悩ましげな姿を見れば、誰でもすぐに分かるだろう。
 切迫した便意を我慢しているのである――。


  グギュルル……キュルルルッ……
 静かな部屋に鈍い、異様な音が響く。音と同時にペンの動きが止まった。左手もその動きを止め、パジャマの裾をぎゅっとつかむ。
  ギュルッ……ゴロロロ……グギュルルッ!
「ぅくっ……」
 たまらずうめき声をあげ、もともと前屈みだった体をさらに前傾させ、額を机に押し付ける。額ににじんだ脂汗に、前髪がべたりと貼り付く。
(……トイレ、トイレ行きたい……)

 おなかが痛い。
 うんちがしたい。

 算数の問題を解いているのに、頭の中にあるのは、これだけだった。


 中学受験を翌日に控えた優美は、最後の仕上げを行っていた。
 だが、朝から全くと言って良いほど勉強が進んでいない。勉強で頭の中を満たさなければならないのに、ほとんどトイレのことしか考えられない。
 「行っていた」という表現よりも、「行おうとしていた」という表現の方が正しいのかもしれない。

 下痢は一週間前に始まった。
 それは最初、元々おなかを下しやすい体質である優美にとって、珍しいことではないように見えた。
 しかし、すぐに普通の下痢ではないことに気が付いた。
 薬がほとんど効かず、しかも日を追うごとに症状が重くなってなってゆくのである。
 腹痛はこの数日間でますます酷くなり、トイレに駆け込む回数も痛みに比例して増えていった。
 学校には、もう五日前から行っていない。今日塾で受けるはずだった大切な最後の授業も、欠席してしまった。


 ――そして今、優美はもうこの日何度目かさえ分からない、便意の襲撃に悩まされているのである。

  グキュウウゥゥゥ……ッ……キュルルウゥ……
「はぁ……はあ……」
 肛門に押し寄せる水っぽい便意とそれに伴う腹痛は、どんどん強くなっていく。
 優美はもう、トイレのことしか考えられなくなっていた。この状態で問題を解くことなど、もはや不可能である。
 せめてこの問題を解いてからと思っていたが、願いは叶いそうになかった。

  ゴロゴロゴロ……グギュウゥッ! 
「ぁあぅ……っ……!」
  グギュルルルルルル!!
(もうダメっ!)
  ガタッ!
 たまらず立ち上がる。膝掛けが床に滑り落ちる。
 もう、限界だった。

 落ちた膝掛けを拾う間もなく、内股中腰でトイレに向かって急ぎ歩き出す。自室のすぐそばにあるのがわずかな救いだった。
 廊下の寒さを感じるよりも早くトイレの中へと滑り込み、ドアを閉めると同時に鍵を掛ける。
 ズボンとショーツを同時にずり下ろし、便座に崩れるように座り込む。
 一瞬の静寂の後、

「――っ!!」
  ビジュジュボボッボビジュビヂチビチブリュッッ!!!

 赤く腫れた肛門から物凄い勢いで下痢便の濁流が噴出し、爆音を響きわたらせながら水面に激突した。
 優美は目を固く閉じ両手でおなかを抱えこんで、必死に苦しみに耐えていた。
 おなかと肛門の痛みという最大級の苦痛と、自分が排泄している下痢便の耐え難い悪臭、そして跳ね返った汚物が尻たぶに付着するという最大級の不快感が混ざり合い、優美の心を蝕む。

  グギュルルルッルルルゥッッ!!
「はあ……っ……!!」
  ブビ!ブリビチビチビチブジュッ! ブリッ!ブジュジュジュジュブボッ!!
  プウゥッ……ブリッ!ジュビブリビチュッ!! ブリブビィィッ! ブォッッ

 小さな体をびくびくと震わせながら、優美は次々と下痢便を排泄した。
 苦しげに開いたいたいけな肛門から下痢便が水面に叩きつけられるたびに、便器の中とその上にある優美のおしりに、跳ね返った汚物が付着して白を侵食してゆく。
 優美の下痢便は、わずかに腹圧を強めるだけで肛門から勢い良く噴き出すほどに液化しており、水面にはニンジンやトマトといった野菜のかけらが所々に浮かんでいる他には、ほとんど何も無かった。
 消化されていないために元の鮮やかな色が失われていないそれらのかけらは、焦げ茶色の水面にかすかな彩りを添えていた。

「……うんっ!」
  ジュブブボッ! ビジュッ! ブビジュブリブピ!
  ブリッ……ビジューーッ……ブッ! プスッ プゥーッ……ブリジュビッ…… 

 何回目かの噴射を最後に、勢いが急に弱まり、おならの方が多くなり始めた。排泄が終わりに近づいているのだ。

「はあっ……はあっ……」
 ようやく目を開ける余裕が生まれた優美は、ぼんやりと正面にあるドアを見つめた。脱力していた。
 最初に優美を襲った気持ち悪さはいつしか、我慢の末の排泄から起こる快感の波に飲み込まれていた。
「はぁ、はあっ……、はぁ……はあっ……」
 ゆっくりと呼吸を繰り返す。

 ……そして、
「んっ!」
  ブジュウゥーッッ! ブビッビビイィッブブッ!
  ビブジュブゥゥゥッ……プスッ……プウウウゥゥーーーーーッ!!
「はあぁ……」
 かん高い音のおならを最後に排泄が終わった。残便感も無い。腹痛もほとんど感じられることのないほどに弱まっていた。


 ――だが、優美はまだ、苦しみを味わわなければならない。

  ……ガラガラ……ガラ…
 乾いた音が響く。トイレットペーパーを巻き取る音である。
  カサカサカサ……
 ペーパーを折り重ね、跳ね返った下痢便が所狭しと付着した尻たぶにゆっくりと当てる。

  ……ぬるっ
 「……っ……!」

 実際に付着しているおしりはもちろん、ペーパーをつまんでいる手にも伝わってくる、下痢便のおぞましい触感。
 今までに数え切れないほど味わってきたものではあるが、何度味わっても気持ちが悪い。

 ……それでも、次に味わわなければならない苦しみよりは遥かに楽なものである。

  カサ……カサ……カサ……
 幾度と無く同じ作業を繰り返した後、尻たぶの何処に当てても乾いた感触しかしなくなった。どうやら、一通り拭き終えたようだ。

  ……ごくっ
 溜まっていた唾を飲み込む。
 数秒の空白の後、優美は尻たぶの汚れを拭くことの無かったペーパーをそのまま、真っ赤に腫れている肛門に当てた。
「っ!!」
 瞬間、体がびくりと痙攣する。ぬるぬるした感覚と同時に、刺すような激痛が優美を襲った。
「……あ……ううぅ……ぁっ……!」 
 わずかに手を動かすたびに激痛が走り、そのたびに苦しげな声が漏れる。
 再び固く閉じられた目には、前以上にたくさんの涙がにじみ出していた。

 優美は、下痢と同時に痔にも苦しめられているのである。
 原因はもちろん、たび重なる下痢便の排泄である。
 肛門の痛みとそれに伴うかゆみをはっきりと感じ始めたのは、学校を休み始めた五日前頃からだ。

 最初はすぐに治るかと思ったが、下痢と同様に症状は酷くなる一方だった。
 ずきずきと続く痛痒さに不安を覚え始めた優美が肛門を手鏡で覗き込み、その痛々しい様にショックを受けたのが三日前。
 トイレの中でのことなので誰にも見られる心配は無かったが、それでも優美は自分がしている行為の恥ずかしさに顔を真っ赤にしていた。――が、赤く腫れ上がった肛門はその顔よりもさらに赤かったのである。

 母に相談したかったが、あまりにも恥ずかしくてできなかった。
 下痢に悩んでいることを相談する時でさえ、恥ずかしくて言い出すまでに随分と時間がかかったのだ。
 痔に悩んでいるなどということを言い出せるはずがない。
 薬箱からこっそり拝借した軟膏を使ってはいるものの、あまり効いてはいないようだった。
 痛みは引くどころか、ますます酷くなっているのだから――。

「うぐっ……えぐ……ぇええ……えうっ……」
 三枚目のペーパーを動かしている最中、ついに涙が右頬を流れ落ちた。
 いたいけな小学生の女の子には、とてもではないが耐えられる痛みではない。
 大声を上げて泣き出してしまってもおかしくはない。
 しかし、この痛みに耐え切らないと下着を身に着けることすらできないのである。文字通り地獄だった。


 ……やがて、ぺちゃりという音と共にほとんど汚れのついていないペーパーが水面に落下した。
 優美はパジャマの袖で涙を拭うと、体を右にねじ曲げて水洗レバーに手を伸ばした。

  ジャアアアアァァァーーーーッッ…………ゴポゴポゴポッ……

 優美の下痢便で汚染された水が、その上に浮かぶ大量のトイレットペーパーと共に下水に吸い込まれてゆく。

「……」
 水が完全に流れ終わったのを確認すると、優美はゆっくりと立ち上がり、ショーツ、続いてズボンを上げた。
「はぁー……」
 残酷なまでに痛めつけられた下半身が暖かく包み込まれると、優美は安堵のため息をついた。

 優美は一呼吸おくと、振り返り便器を見下ろした。
 水によって大部分が剥ぎ取られ流されたが、まだ所々に跳ね返った下痢便が付着している。
 後はこれを拭き取って綺麗にさえすれば、部屋に戻れるのである。

  ガラガラ……カラカラカラカラッ
「――あっ」
 ペーパーを使い切ってしまったことに気付いた。
 すぐに備え付けのスペアと交換する。この一週間で相当量のトイレットペーパーを消費した気がする。
 実際、普通の少女の一か月分と同じかそれ以上の回数、大便を排泄してきたのである。
 ペーパーを折りたたみ、その角で下痢便をすくい取るかのように拭き取る。その作業に慣れてしまっていた。
 まさに地獄の一週間だったのである。

  ジャアアアアァァァーーーーッッ
 目に見える下痢便を全て拭き終えると、優美は再び水を流した。
「……ふぅ……」
 便器の中の汚れが完全に取れているのを確認すると、優美は便器に背を向けた。
 ようやく一回の排泄が終わったのである。時間こそ駆け込んでから三十分も経っていないが、優美にとっては長く苦しい戦いであった。


「えっ……?」
「ぁ……」
 ドアを開けた優美の目の前に、一つ年下の妹の香織が立っていた。何か申し訳無さそうな表情をしている。
 一瞬目が合ったが、すぐに互いに目線を逸らしてしまった。

(いつからいたの……)
 ノックは無かったはずである。
 下品極まりない下痢便の排泄音とそれに伴う大音響のおなら、そして泣き声。
 今まで自分がトイレの中で発してきた恥ずかしい音や声を、もしかすると全て聞かれていたのかもしれない。
 そう思った瞬間、優美は顔が真っ赤になった。

 姉妹で同じトイレを使う以上、避けられない事であり、実際に優美は今までに何度も音を聞かれてしまったことがあるし、その逆も何度もある。
 しかも香織は、優美が一週間前から下痢をしていることを知っているし、学校を休んでしまっていることも知っている。
 この一週間、トイレを出た時に遇ったことこそ無かったものの、排泄音を聞かれてしまったことぐらい有ってもおかしくはない。
 今さら恥ずかしがるようなことでもないはずである。

 だがそれでも、恥ずかしいものは恥ずかしい。
 優美は真っ赤な顔でうつむいてしまった。

「おねえちゃん……」
 優美が言葉に詰まっているのを見た香織が、気まずそうに口を開く。
「わたしも、トイレ、したくて……」

「えっ……あ、ごめん……わたしうんちしてたから、まだちょっと、くさいかも……」
 顔を上げ慌てて変なことを口走ってしまった優美は、言い終わると同時に後悔した。――言わなくても解っていることなのに、わざわざ恥ずかしいことを言ってしまった。

 だが、次の香織の言葉で、優美は幾分気が楽になった。
「だいじょうぶ。わたしも、うんちだから」
「あ、そうなんだ……」
「……じゃ、わたし、入るね」
 そう言うと、香織はゆっくりとトイレに入っていった。特に切迫した様子ではないが、やはり早く排泄したいのだろう。
 自分が下痢便を排泄したばかりの便器を妹とは言え他人に使われるのは、気分の良いものではなかったが、仕方の無いことである。


「……」
 ――自室に戻った優美は、ベッドの上で体を伸ばしていた。
 算数の問題は、恐れていた通り、もう解ける気がしなかった。一度千切れてしまった論理の糸をつなぎ直す気力はもう、優美には残っていなかった。
 時計は十時半を指している。明日は朝六時半に起床だから、これ以上起きていても睡眠不足になるだけだ。
 先ほどの排泄で、わずかに残っていた気力と体力の全てを使い果たしてしまっていた優美ができることは、もはや寝ることだけである。

「んしょっ」
 思わず声を出してしまった。疲れきっている優美には、体を起こすことすら重労働となっていた。
 優美はふらふらとした足取りで、寝支度をするためにトイレの傍の洗面所へと向かった。


  ……ミチチ……ミチミチミチ……ミチュッ  チャポンッ
「ふぅっ……」
 下痢に苦しんでいる優美とは対照的に香織は、苦しむと言うほどのものではないが、便秘気味だった。
 三本の太い大便を排泄し終わって、ようやく二日分の老廃物を体の外に出すことができたのである。
 すでにトイレに入ってから二十分以上が経過しており、トイレの中を満たす便臭は、優美の下痢便が放つ酸味のあるものから、香織の大便が放つ熟成されたものへと変化していた。

  ガラガラガラガラ
  ……カサカサカサ……

 肛門にわずかに付着した便を、ゆっくりと拭き取り始める。

(……おねえちゃん……)
 香織は、トイレに入った時から優美のことばかりを考えていた。心配だった。
 優しくて大好きなおねえちゃんが苦しんでいるのに何もできない自分が、情けなかった。
 香織がトイレに向かったのは優美が駆け込んだすぐ後だったため、一部始終のほとんど全てをドア越しに聞いてしまった。部屋に戻ろうと何度も思ったが、離れることができなかった。
(もし、テストの時にうんちしたくなっちゃったら……)
 どうするんだろう。

 ――そう、考えた時だった。
  コンコンコンッ!
「えっ!?」
 突然のノックの音、それもかなり慌てた様子のものである。
「お、おねえちゃん……?」
「ごめんね香織、まだ時間かかりそう?」
「……あ、もうすぐに出るから、ちょっと待ってて」

  ガラガラガラッ!
 慌てて拭く速度を速める。
(おねえちゃん……また、うんち……?)
 今さっきしたばかりなのに。

 立ち上がり、ショーツとズボンをまとめてずり上げる。振り返り水を流す。

  ジャアアアアァァ……
 音が流れ始めると同時にドアを開けると、優美が真っ青な顔をして立っていた。
「ごめんね!」 
 香織が廊下に足を踏み出すと同時に、優美はトイレに入り込んだ。
 声をかける間もなかった。

  ブジュビチチビチジュポッ!!ジュボビチビチビチビチッッ!!!

 施錠の音から一秒も経たない内に、廊下全体――あるいは一階にまで伝わってもおかしくないほどの壮絶な爆音が響き渡った。
 音の大きさも汚らしさも、先ほどのものと同じか、それ以上である。

 しかし、次に香織の耳に届いた音は、それまでのものとはかなり異なっていた。

  ブリッ! ジュビビッ……ブビッ……ジャアアアアァブオッ!!ーッッ……
  ジュボボボッ!!ブリビチチッ! ……ブジュ!……ブピッ……
  ブリビヂビチブリッジャアアアアァァァーーーリブリジュブジュジュッ!

 ……どうやら、水洗の音で排泄音を隠そうとしているようである。
(おねえちゃん……)
 香織は呆気に取られていたが、すぐにトイレの前から立ち去ることにした。
 優美は音を聞かれることを嫌がっている。
 下痢をしている時の音を聞かれることがどれほど恥ずかしいかは、香織もよく解っていた。
 だから、優美のために自分ができることは、そこからいなくなることだけだった。

(負けないで、おねえちゃん――)
 香織はその後、眠りに落ちるその時まで、ずっと心の中で優美を応援し続けた。

 疲れ果てた優美がやすらぎを求め布団に潜り込んだのは、その四十分後のことだった。
 外では雪が降り始め、静かな夜の街は白い眠りに包まれていった――。


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 二月一日、午前六時三十分。

 目覚まし時計を止めた優美は、昨日の疲れが不思議と取れているのを感じていた。
 毎朝起床と同時に腹痛に悩まされ、トイレでその日最初の爆音を響かせていたものだが、その腹痛からも開放されていた。

 しばらくの間ぼんやりとしていたが、それでも尿意はいつも通りだったので、目をこすりながらゆっくりとトイレに向かった。凍えるような寒さが妙に心地良かった。
 優美はショーツを下ろすと最初に、股布のやや後ろの肛門が接する辺りに乗っている白いものに、手を伸ばした。
「あっ――」
 それは、数枚のティッシュペーパーを重ねて四つ折にしたものだった。手に取るなり優美は驚きの声を上げ、喜びの表情を見せた。

 四日前の朝にパンツに茶色いシミを見つけて以来、優美は毎晩寝る前に股布と肛門の間にティッシュを挟み込んできた。
 わずかとはいえ寝ている間に液状便が漏れ出してしまうほどに、優美の下痢は酷くなっていたのである。
 下着の代わりに液状便を吸収したティッシュを水面に落とした後、その上に大量の下痢便を噴射するのが、優美にとってのここ数日間の朝の始まりだった。
 だが今朝は違った。ティッシュは予想に反して純白のままである。うんちが全く漏れていない。

 優美は純白のティッシュを少しの間見つめていたが、すぐにそれを水面に落とし、便座に座って放尿を始めた。

  シュイイィィィィーーー シュウゥゥゥゥゥーー……
 産まれた時の美しさをそのまま残しているすべすべとした股間の中央にある一本のたてすじから、黄色いおしっこがゆっくりと便器の中に流れ落ちてゆく。

  ピシュゥゥゥゥーーー……シュイイィィーープウッ! ……プシューッ チュピッ……
 ……終わった。おしっこをしながらおなかに力を強めたりもしてみたが、うんちが出る気配は全く無かった。そもそも便意が無いのである。
 奇跡というわけではない。
 なぜ突然おなかの具合が良くなったのか、優美は知っていた。
(こんなに効くんなら、もっと前に試してみればよかったな……)

 昨日の夜、香織と交代にトイレに駆け込んだ優美が息も絶え絶えに排泄を終えたのは、十一時過ぎのことだった。
 トイレから出た優美は、肛門から大量に流れ出してしまった水分を補給するために、洗面所に水を飲みに向かった。
 コップで二杯三杯と一気に水を飲んで一息ついた優美の瞳に、正露丸の瓶が映った。優美が下痢を止めるために一週間前から毎日服用を続けてきたもので、中にはもう二十粒ほどしか残っていなかった。
 しばらくの間、優美はぼんやりと瓶を見つめていたが、突然それに手を伸ばすと、蓋を開けて中にある粒を次々と口の中に入れ、飲み込んだ。体が本能的に動いていた。苦痛から開放されたかったのだ。
 二十粒というのは、十二歳の女の子の一回の服用量の十倍である。それが全て優美の胃の中に消えていった。
 最後に水を一杯飲んだ優美は、満足したような表情で部屋へと戻っていった。

 少しでは効かない薬もたくさん飲んだら効くかもしれないという、単純な発想による行動だったが、実際にいま優美の下痢は止まっているのである。
 肛門を数回ゆっくりと掻いた後、優美はそのままおしっこを拭かずにショーツとズボンを上げ、立ち上がり水を流した。

  ジャアアアアァァァーーーーッッ…………ゴポゴポゴポッ……
 優美は爽やかな表情をしながら、軽快な足取りでトイレを後にした。


「おはよう、優美」
 支度をしてとんとんと階段を下りてきた優美に、母の恵が声をかけた。
「お母さん、おはよっ」
 優美も元気に挨拶をする。おでかけ用のチェックのスカートが、爽やかな風の流れを受けて、ふわりと舞った。
 上に着ている暖かそうな紺のセーターと共に、優美の小さな体を洗剤の甘い匂いで包み込んでいた。
「お腹の具合は大丈夫なの?」
 恵は、昼休みに優美が食べるお弁当の準備をしながら、娘の体調を気遣った。
「うん。昨日の夜、くすりを多めに飲んだらね、治っちゃったみたい」
 優美は明るい表情ではきはきと答えた。
 ここ数日間、常に見せていた苦し気な表情からは、想像もできないほどに明るい表情をしている。
 今朝は顔色も良い。本当に調子が良いようだ。

「――ならいいけど。でもね、もしテスト中とかにトイレに行きたくなったら、ちゃんとすぐに行かないとダメよ。何も恥ずかしいことはないから」
 今は大丈夫でも、突然具合が悪くなる可能性も十分ある。昨日まであれほど酷くおなかを下していたのだ。
「だいじょうぶだよ。もし行きたくなったら、ちゃんと行くから」
 その返事を聞いてもなお、恵の不安な想いは治まることがなかった。

 優美は小学一年生の時、授業中におもらしをしてしまったことが大小併せて四回もある。恥ずかしくてトイレに行けなかったのだ。
 そのたびごとに恵は保健室に優美を迎えに行き、抱きついて泣きじゃくる優美をなだめたものである。
 ――あれからもう五年が経っている。
 二年生になってからは、ちゃんと授業中にトイレに行けるようになったが、それでも、あの時のイメージが眼に焼きついてしまっている。
 普通の娘よりも恥ずかしがりやな優美が、試験の重苦しい雰囲気の中でトイレに立つことがはたしてできるだろうか。
 そう思えば思うほど、不安が増大してゆくのである。
 保健室受験というのも一時考えていたが、優美が頑なに拒否したので、結局、普通に教室で受験することになってしまった。


「お弁当の中身はサンドイッチだけど、無理して食べなくてもいいからね」
 弁当箱をリュックサックに詰め込みながら、恵が言った。
 朝食を食べている優美の前には、おかゆに野菜スープにすりおろしリンゴという、消化に良い食べ物ばかりが並んでいる。
 できればお弁当もおかゆにしたかったが、さすがに無理であった。

 ゆっくりと食べ物を口に運ぶ優美を見守りながら、恵は忘れ物が無いか荷物の確認を行った。朝陽を受けてきらきらと輝く庭の雪が、ガラス戸から見えた。朝の静かな時間がゆっくりと流れてゆく。

 ……そして、
「ごちそうさまっ」
 いよいよ、出発の時が来た。

 コートを身に着けた優美が、Nマークのついた青いリュックサックを背負う。三年間、学習塾への通学に使用してきたものだ。

「トイレは大丈夫ね?」
「だいじょうぶ」
「じゃあ、いきましょう」

 最後の確認を終えた二人は、いよいよ第一志望校を目指して家を出発した。
 家を出てすぐに優美は滑って転んだ。足取りが少し軽快すぎたようだった。


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  ガトン……ゴトン……ゴトン……
 二人を載せた電車は、目的地に向かってゆっくりと走っていた。
 まだラッシュ時にはなっていないが、車内はそれなりに混雑していた。

(鎌倉幕府ができたのが、1192年で、なくなったのが、1333年。室町幕府ができたのが……えっと、1336年……で、なくなったのが……)
 優美は社会の知識確認をしているが、どうにも効率が良くない。
 本来なら受験直前の一週間で知識を完成の域にまで高めなければならないのに、優美の場合は高めるどころか、低めさせてしまっていたのである。

「……はぁ……」
 ため息をつく。
 それと、ほとんど同時だった。

  グキュウ……ッ……
「え……!?」
 おなかから、あのいやな音が聞こえ始めたのである。
  キュルゥルル……ゴロゴロゴロ……グピィッ……
(や、やだ……うそ……)
 音の聞こえ始めは、同時に便意の訪れでもある。眠っていた大便が、急速に優美の肛門に向かって進み始める。
  ……ゴギュウゥゥゥ……キュゥゥゥゥウ…………
「ぁくっ……」
(おなか、いたいよ……トイレ、うんちしたい……)
 顔が青ざめ、呼吸が荒くなる。脂汗が吹き出る。
 あっという間に、肛門を意識して締めなければならないまでになった。
 正露丸の効果が早くも切れてしまったのだ。
 結局、先ほどまでの妙な調子の良さは、一時の休息でしかなかったのである。

  グキュルルルルル……ピィーー……グギュルグルグピッ!
「んぅっ!」
 突き刺すような腹痛に、体がびくんと痙攣した。
 昨日の夜と同じ、おなかの急降下である。こうなってしまうともう勉強どころではない。
 一刻も早くトイレに駆け込んで原因となっているものを体の外に出してしまう以外に、苦しみから逃れる術は無いのである。
「お母さん……」
 学校の周辺地図に目を通している母に、声を震わせながら話しかける。
「……どうしたの?」
 優美の方を向いた恵は、そう言い終わるよりも早く、娘の体に何が起きているのかを理解した。
「……トイレ……行きたい……」
 両手でおなかを抱え込みながら、優美はかすれた声で答えた。痛みで顔が歪んでいた。
「じゃあ、次の駅で降りましょう」
 会場への到着が大分遅れてしまうが仕方が無い。時間も大丈夫そうである。元々、こういったトラブルが起こる可能性を考慮に入れて、早めに出発したのだ。
「お母さん、ごめんなさい……」
 おなかを二三度さすった後に、優美が泣きそうな声でそう言うと、恵は何も言わずゆっくりと優美の頭をなでた。
  グキュウウゥ……ゴポッ……
  ……キュルルルルルウウゥゥゥ……
 今度は恵の耳にもはっきりと、優美のおなかが発する苦しげな音が聞こえた。かわいそうでならなかったが、どうしようもなかった。


(トイレ……トイレ…………あった!)
 ドアが開くと同時にホームに駆け出した優美は、階段を駆け下りてすぐトイレを見つけた。

  キュゥゥゥ……グルッグキュウゥゥゥ!!
(はやく、はやく……)
 誤って下痢便を溢れさせてしまわないように左手で肛門を押さえながら、這うようにトイレに向かって走る。
 個室に入り込んで、便器にまたがり、ショーツを下ろす。それでこの苦しみから解放される。
 優美の思考は、うんちを排泄することで満たされていた。

 ……しかし、駆け込んだトイレで優美を待ち受けていたものは、想いもよらない光景だった。

「……え……」
(そんな……) 

 驚きのあまり、入り口で足が止まってしまった。
 五つある個室の全てに、行列ができているのである。いずれも五人以上から成っていた。
 今の腹具合だと、並んでいる最中に耐え切れず漏らしてしまう可能性がある。
(ど、どうしよう……)
 他のトイレを探すべきか、ここに並ぶべきか。
(……でも、もしかしたら、他のトイレも……)
 同じぐらい混んでいるかもしれない。
 わずかな距離を移動するだけでも、おなかにかかる負担は大きい。わざわざ移動した先まで行列ができていたら、それこそ救い様がない。

 優美は気付いていなかったが、彼女が今いる駅は、三本の路線が交差する、この地域では最も規模の大きいものである。
 時間も、いよいよラッシュ時に入ろうとしていた。

(……ここに並ぶしか、ないのかな…………)
 ――そう思った時、

  ゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッッ……
 中央の個室から水洗音がして、OL風の女性が中から出てきた。すぐに一番前に並んでいた者が中へと入り、その列だけ人数が四人になった。
 優美はすぐさまその列に並んだ。もう選択の余地は無かった。

  ……ゴロゴロォッ……グキュルル……グピッ……
「うぅっ……」
(うんち、したい……)
 目先の迷いが無くなると、再び頭が便意と腹痛を強く意識するようになる。一刻も早く個室に入りたい。うんちをしたい。
  ゴロゴロゴロゴロ……
(はやく、はやくうんちしたいよ……)
 コートの中の膝をこすり合わせたり、ゆっくり足踏みをしたりしながら、できるだけ目立たないように激しい便意を我慢する。
 それでもおなかに当てられた両手と前屈みの体勢のせいで、周囲の者には丸分かりだった。

  ……ゴギュウゥゥーー…………グギュキュウウウゥゥッ!!
「んぅ……っ……!!」
 突然、大きな音が鳴るのと同時に強い便意が優美を襲った。小さな肛門がこじ開けられそうになり、たまらず優美は両手を肛門にあてがった。こうなってしまうと、恥ずかしいどころではない。
「…………!」
 盛り上がりそうになる肛門を必死に押さえつける。おしりを後ろに突き出し、体中の力を肛門に集め、下痢便の氾濫をせき止める。
 ――数秒の後、
  ギュリリュル!……ッルグリュ……ゴポポ、ゴポ……
「っく……んはぁ……」
 体中を走るおぞましい感覚で、下痢便の流れが腸を逆流してゆくのが分かる。努力の甲斐あって、なんとか押し戻すことができたようだ。
「……はぁ、はあ」

 優美が呼吸を整えている最中に、再び個室の利用者は入れ替わり、残り三人となった。

(中の人たしてあと四人だから、六分ぐらいかな……)
 わずかではあるものの、精神的余裕が生まれた優美は、自分がおかれている状況を分析し始めた。
 今の調子なら、なんとかあと十分は我慢できそうである。これなら大丈夫だと思うと、幾分気が楽になった。

 その時、優美の前に立っていた女子高生らしき女性が列を離れ、トイレから出て行ってしまった。
 これによって、優美の前の人数は二人となった。
(よかった……これなら……)
 ほぼ確実に間に合う。ついていると思った。不幸のどん底で訪れた幸運が、素直に嬉しかった。それまで苦しげに歪んでいた表情も、少し穏やかになった。
 おなかは依然として痛く、肛門を押し開けようとする圧力も再び強まりつつあったが、優美にとってはもはやたいした脅威ではなくなっていた。
 もう、あと少しの間我慢するだけである。それで、個室に入れる。うんちができる。
 ゆっくりとおなかをさすりながら、優美は目をつぶってため息をついた。


 ……しかし、その喜びは、すぐに新たな感情に飲み込まれることになった。

  グキュルルル……
(!?)
 おなかの鳴る音が聞こえた。もう、今日だけでも何度聞いたか分からない音であるが、この時の音はそれまでのものとは決定的に違っていた。――優美のおなかからではなく、どこか他のところから聞こえたのである。

 音の発生源は辺りを見回すまでもなく、すぐに分かった。
 すぐ前に並んでいる、優美よりも一回り体の小さい女の子である。
 黒を基調とした制服に身を包んだその少女は、優美と同じかそれ以上に体を「く」の字に曲げていた。時折、小刻みに小さな体を震わせる。
 差し迫った便意と必死で戦っているのは、明らかだった。
 先ほどまで間に立っていた女性のせいで、今まで気が付かなかったのだ。
(このコも、うんち、ガマンしてるんだ……)
 優美は呆気にとられていた。下痢に苦しんでいるのは、自分だけではなかったのである。

 しかしそうなると、優美にとっては大変困ったことになる。何分待たなければ良いか分からないからだ。最悪の計算外事態である。
(どうしよう、どうしよう……どうしよう……!?)
 落ち着いていた頭が再び混乱を始める。
 このままここにいては、漏らしてしまう。――かと言って、他の列に並び直すだけの気力も残っていない。
 結局、このままこの列で肛門を締め続けるしかないのである。
 下着を汚すことなく個室にたどりつける可能性は限りなく低かった。もうダメかもしれない。
 それでも、優美にできることは、わずかな希望を信じて必死に我慢を続けることのみなのである。


  ジャアアアアァァァーーー……
 間もなく水洗音が響き、個室の使用者が入れ替わる。いよいよ優美の前は、その少女だけになった。

  ゴキュウウゥゥゥ……ゴロゴロゴロ、ゴポッ……グキュゥ……ッ……グピィィイーー……
 二人のおなかから、交互に重苦しい音が響く。
 並んだ二人の女児が共に体を曲げておなかをさすりながら下品な音を鳴らしている様は極めて異様な光景であり、周りの女性たちの好奇の視線が集中していた。

 ――だが、当の二人はそんなものには全く気付いていなかった。
 心身ともに限界に近づいていた優美は固く目を閉ざしていたし、前の少女の瞳には目の前にあるドアしか映っていなかった。
 やがて、前の少女は両手で肛門をぐっと押さえ込み、腰を上下に振り始めた。優美と同じかそれ以上に、便意が切迫してきているようである。

 ……そして、

  ゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッッ……
  ガチャッ

 水洗の音が響き、鍵が開いた。ドアの赤い表示が青く変わる。
  ブリブピピピピピッッ!!!
 すでにスカートをまくり上げていた少女が、ドアが開くと同時に、おならを連発しながら個室内へと駆け込む。アニメキャラの印刷されたショーツが丸見えだった。

  バタンッ!!ガチャッ!!   ブリブリブリブリブリリリッッッ!!!
  ブゥピィィッ!ブビチチュチチッ! ビチビチビチビチビチ!!!
  ジュビヂュブリ!ブブゥブブッブオッッ!!ブリブジュビチブピピイィッ!!

 トイレ全体に物凄い音が響きわたる。静かに並んでいた者たちはもちろん、それまでおしゃべりなどをしていた者たちも、唖然として音の出所に目を送る。
 それほどに壮絶な勢いの爆音だった。

  ブウウゥゥッ!!ブッ!ブリッ!ブリリリリリリリイイィッッ!!
  ブビジュビチビチビチッ! ブリブリ……ビジュジュビジュヂビチチッ!

(はやく、はやく終わらせて……)
 優美はおなかをさする左手の動きを速めながら、必死に願った。
 扉一枚隔てて伝わってくる下痢便の排泄音とその特有の悪臭は、優美の胃腸の動きを活発化させるのに十分なものだった。
 すぐ側で排泄を行っている少女の体に、優美の体は共鳴しているのである。優美の排泄欲求は加速度的に高まりつつあった。

  ……ブリッ……ビチビチビチビチ……

(わたしもうんちしたいの!おねがい早くしてっ!!)
 右手で肛門をぎゅっと押さえつける。痔の痛みを感じる余裕さえなかった。

 やがて小さなおならの音を最後に、排泄音がしなくなった。
 それでも、まだ残便感があるのだろうか、ペーパーを巻き取るような音は聞こえてこない。

  ゴロゴロゴロゴロッッ!!グキュゥゥッ!
  ギュルギュル……グピィィーーッ!!
(うんち、もれちゃう、はやくして、もれちゃう、もれちゃうよぉ……)
 優美はもう限界だった。両手で押さえているのに肛門が盛り上がる。あと一分我慢できるかも分からなかった。

  コンコンコンッ!!
「まだですかー?」
 たまらず優美は震える手でドアを叩き、声を搾り出して早く出るよう訴えた。

  ……ブリリリリリイイィィーーッッ!!  

 しかし、優美の必死の訴えに対する少女の返事は、あまりに残酷なものだった。

  ブビリイィィッ!ビチュッ! ジュビリリリリリ……

 再び響き始める排泄音。
(……そんな……)
 優美の思考を、絶望が支配していった。
 その瞬間、

  ブリッ!
「……ぁ……」
 優美は、肛門から確かな質感のある暖かいものが漏れ出すのを感じた。
(だ、だめっ……!)
 慌ててドアを叩いた左手を肛門に戻し、右手と重ね併せて全力で押さえつける。下着が肛門にべちゃりと貼り付くのが分かった。

  グルグキュキュルキュル!!
 肛門の感覚が無くなってゆく。
(おかあさん、たすけて……たすけて……)
 再び目を固く閉ざした優美は弱まりつつある意識の中で、優しい母の姿を想い浮かべていた。

『大丈夫、もうすぐだからね。優美、頑張って』
 小さかった頃にやはり駅のトイレで、優美はうんちを漏らしそうにそうになったことがある。
 涙を流しながら苦しみを訴える優美のおなかをさすりながら、恵はそう言って娘を励ました。
 優美は、ぼんやりとその時のことを思い出していた。
 その時は結局、個室の空いている男子トイレに連れて行かれ、かろうじて事無きを得たのだった。
 娘の限界を見抜いた母の迅速な判断が功を奏したのである。

(……あっ)
 そこまで思い出して優美は、まだ最後の希望がまだあることに気付き、目を大きく開いた。

 ――男子トイレ。
 あそこでならうんちができるかもしれない。
 優美がおかれている状況は、あの時と同じだった。このままここにいても、下着を下痢便で汚してしまうだけである。

(でも、でも……っ!)
 あの時とは決定的に違うものが一つだけあった。
 幼稚園に通っていたあの頃とは違い、優美はもう小学六年生なのである。
 男子トイレに入るだけでも恥ずかしいのに、しかもそこで下痢便を排泄するなど、考えるだけでも恥ずかしい。真っ青だった顔があっという間に赤く染まってゆく。
 もう一秒間我慢するだけでも大変な状態なのに、優美はそれでもなお動き出すことができなかった。
 その間にも、直腸には次々と下痢便が充填されてゆく。もう、わずかにでも力を抜いたら全て溢れ出してしまいそうだった。

  ブリブリブリッ!!
「んぅっっ!」

 再び肛門から下痢便が噴き出す。
 どろりとした質感が、肛門を押し付けている優美の手にはっきりと伝わってくる。かなりの量を漏らしてしまったのが分かった。

  ゴロギュルルルルルル!!!
(もうだめぇっ!)
 再び肛門の盛り上がりを感じた瞬間、ついに優美は弾かれるように列を離れ、男子トイレに向かって全力で駆け出した。


  ブビジュジュジュジュ……
(トイレ、トイレ!!)
 男子トイレに駆け込んだ優美は入り口のすぐ近くの個室が空いているのを見つけると、わき目も振らずに突撃した。すでに優美の肛門は半分開いてしまっていた。

 個室に滑り込んだ優美はドアを閉めるよりも先に、コートとスカートをまとめてまくり上げ、ショーツを下ろした。鍵を掛ける余裕など無かった。
(――!)
 赤く腫れた肛門があらわになった瞬間、

「んぁぁぁっ!!」
  ブリベチャベチャベチャ!!!ビチベタベチャボタ!ボトボトボトブビッ!!

 わずかに後方に突き出された優美のおしりから物凄い勢いで下痢便が噴出し、次々と床に叩きつけられた。
 そのたびに周囲に下痢便のかけらが撒き散らされ、個室の床はあっという間に惨憺たる有様となった。

「んはあぁ……ぅく……っ……」
(……かぎ、かぎかけなきゃ……!)
  ベタボタビチャベチャベタベタッ!バタンッブリガチャッ! ビチャボトトトトトッ!!
  ブリピチャポチャビチブリッ! ブリブリブピッ!ブッ!!ビチビチビチ……

 なんとか鍵を掛けることができた優美は、ようやく便器の上にしゃがみ込むことができた。
 下痢便が床にぶつかる音が消え、肛門の振動によって生じる本来の排泄音が聞こえ始める。
 すでに個室内は、優美の下痢便の強烈な悪臭で満たされていた。いつもの酸性臭に熟成された大便臭までもが加わり、筆舌に尽くし難い臭さである。

「……んふぅうっ……んっ……!」
  ブリブリビジュッウゥゥゥッッ! ブピピッ……ビブリヂビチブチチッ!!
  ブブッ! ジュビブリブブッブリリブブブッッ!!
  ブリリッ……! プリッ!……ブリブリ!……ブリッ!

 ずきずきと痛むおなかを抱え込みながら、優美は次々とおなら混じりの下痢便を排泄した。
 ドロドロの粥状ではあるものの、液状にまでは至らない軟らかさの軟便が、優美の肛門の真下でなだらかな小山を作っていた。
 黄土色の小山の中にぽつぽつとある黒いかけらは、昨夜優美が飲んだスープの中に入っていたワカメである。
 新しい下痢便が頂上からゆっくりと流れ落ちるたびに、小山の裾は拡がっていった。

  ゴロロッ……クキュゥゥウ……  
「はぁ……はぁ……んんっ!」
  プリリリッ ……ジュビュリブリブリリッ……プウッ! ……ブリブリブッ!
  ビチビチビチブォフッ! ブッ!ジュビビィィ……プリリッ……

 徐々におなかが軽くなり、意識して力を入れないとうんちが出ないほどに、便意が弱まってゆく。

「ふんぅ……っ……!」
  ジュビィィィィィーーーッッッ……!
  グジュジュグジュジュ……ブォオオォォォッッッ!!

 水鉄砲のような液状便の噴射に続く盛大なおならで、優美の排泄は終わった。すっきりとした快感がおなかを満たしてゆく。

「はあー……」
 優美は固く閉ざしていた目をうっすらと開け、ゆっくりと息を吐いた。
 胸の鼓動が収まってゆくのが分かった。

「――――!!」
 しかしすぐに、自分の下半身と便器の中、続いて下痢便が撒き散らされた床を見て、自分が置かれている状況の酷さに愕然とした。

 ショーツの汚れは、思っていたよりもずっと酷いものだった。
 おしりを包んでいた後ろ側全体に、肛門が当たっていた辺りを中心に、ドロドロの軟便がべちゃりと塗りつけられている。
 純白のショーツを茶色く染め上げている下痢便の多くは、優美が男子トイレに向かって走っている最中に肛門から溢れ出したものであった。一刻も早くトイレに駆け込むことで頭がいっぱいだった優美には、その間のおもらしの感覚はぼんやりとしか認識されなかったのである。
 あれだけ必死の思いでうんちを我慢してきたのに、結局、全てを漏らしてしまうよりはましにせよ、使い物にならないほどに下着を汚してしまったのだ。

 ……しかし、悲しみに暮れている暇はない。
 腕時計を見た優美は、急いで後始末をしなければ試験に間に合わなくなってしまうことに気付いた。
 やらなければならないことは、たくさんあるのだ。

 優美はまず、汚れたショーツを脱ぐことにした。――これ以上見ていたくなかった。
 右左の順に靴と靴下を脱ぎ、中でわだかまっている下痢便の塊が崩れ落ちてしまわないよう、慎重に下ろしてゆく。

 左足からショーツがすり抜けるのを確認した優美は汚物箱を探したが、見つからなかった。
 その時になってようやく自分が今男子トイレにいることを思い出し、顔を赤くした。

 仕方が無いので、下痢便に汚されていない左後ろの床に優美はショーツを横たわらせた。
 下痢便の含む水分が後ろの面にまで染み出し、印刷されている小さなハートのイラストを茶色く染め上げていた。
 優美のお気に入りのショーツだった。

 靴下に続いて靴を履きなおした優美は、おしりを拭くために、トイレットペーパーに手を伸ばした。
  ガラカラカラカラカラッ……
「えっ!?」
(うそ……!?)
 茶色い芯が、空しく回転していた。紙が、切れていたのである。慌てて個室内を見回すが、替えのペーパーも無い。
 収まっていた胸の鼓動が再び速くなるのを感じながら、優美は慌ててリュックを下ろし、中をまさぐった。
 すると幸運にも、ポケットティッシュが見つかった。わずかな枚数しか残っていないが、これでなんとかなりそうだった。

「…………」
 いつも通り尻たぶから汚れを拭き始めた優美は、いつもよりもはるかにおぞましい下痢便の触感にも負けず、素早く作業を繰り返していった。
 裏返したり持つところを変えたりなどして、一枚のティッシュで、できるだけ多くの便を拭き取る。

「ぅ……ん……っ……くぅっ……!」
 尻たぶの汚れを一通り拭き終えた優美は、躊躇することなく肛門を拭き始めた。いつも通りの激痛が走るが、不思議と涙を流さず耐え続けることができた。
 途中で切れてしまったティッシュの替わりにハンカチを使い、冷静に汚れを拭き取ってゆく。
 白いハンカチの表裏の大半が黄土色に染まり、触れる箇所を見つけるのも大変になりつつあったころ、優美はかろうじて、肛門の汚れを綺麗に拭き取ることができた。

 汚れたハンカチを無残な姿になっているショーツの上に重ねた優美は、改めて自分の周りを見て、顔をしかめた。
 身消化物混じりの下痢便の山の周りには、予想通りかなりの量の飛沫が飛び散っていた。便器の側面や淵を茶色く染めるだけでは飽き足らず、便器の周りにも汚物がこびりついている。
 そして、便器とドアの間の床にも大量の下痢便が広範囲に撒き散らされている。最初の数秒間ではあったものの優美の下痢便の噴射を大量に受け止めた床は、便器の中と同じかそれ以上に、醜く汚れていた。
 ドアの壁にまでも、茶色い飛沫が付着していた。かなりの高さから勢い良く床に下痢便が叩きつけられた結果である。

 誰でもこの惨状を見れば、女子トイレで我慢できなくなり男子トイレに駆け込んできた下痢の少女が、個室内で限界を迎えておもらしをしてしまったのだと分かるだろう。
 優美の心は、壊れそうなほどに恥ずかしさでいっぱいだった。できることなら泣き出したかった。
 しかし、優美にはもうどうすることもできない。それらを拭き取る手段も時間も無い。
 しかもショーツのゴムには、「6年2組 あやせ ゆみ」と、名前まで書いてある。もしそれを誰かに見られたらと思うと、優美は気が気でなかった。
 だからと言って、ドロドロの下痢便に汚染されたショーツを再び穿いたり、リュックに入れて持ち去ったりするようなことは、とてもではないができない。
 結局、想像を絶するほど恥ずかしいことではあるが、それらの痕跡を全てそのまま残して逃げ出す以外、術は無いのである。


 ――とにかくまずは水を流さなくてはいけない。
 優美は、水洗レバーに手を伸ばした。

  カコンッ
(え!?)
 水が、流れなかった。

  ……カコンッ!……カコッカコンッ……
(……うそっ……?)
 何度レバーを動かしても同じだった。乾いた音が空しく響くだけである。
 個室に駆け込む時にドアに貼られた「故障中」という紙が一瞬視界に入ったことを、優美は思い出してはっとした。同時に紙が補充されていない理由も解った。
 慌てていたため、「故障中」が意味することを考える暇などなかったのである。

「えぐっ……うぅうぅぅ……うぇぇぇ……っ……」
 汚れた下着や床に撒き散らされた下痢便に加え、便器の中にぶちまけられた下痢便の山までも、そのまま残さなくてはいけない。
 そう認識した瞬間、ついに優美は泣き出してしまった。
「……ぇぇぇん……ぅえぐ……うぐっ……」
(もう、やだぁ……)
 もっと早く男子トイレに行っていれば、もう少しだけうんちが我慢できていれば、入る時に貼り紙にちゃんと気付いていれば――
 次々と後悔が積み重なり、疲れきった優美の心を圧迫してゆく。涙が止まらなかった。
(もう受験なんかやだ……おうちに、帰りたいよぉ……)
 そう、思った時だった。
  ゴロゴロ……キュルル……ルルゥゥ……
(あ……ぁ……)
 えぐられるような心の痛みに呼応するかのように、再び優美のおなかが痛み始めたのである。

  プリリッ!
「んくっ!」
 便意を感じるよりも早く、肛門から軟便が漏れ出す。
  グキュル……キュルルッ……グピィィィ……
「……ん……はぁ……っ……!」
  ブリリリリッ!! ブビジュゥーー……ビチビチ!ブピッッ!……プォオッ!
  ……ブウッ!プピピピブヂッ……ブリリブリッ! ビヂビチビヂビチ……
 先ほどのものよりも色の薄い下痢便が次々と便器の中に積もり、中の色を塗り替えてゆく。
 せっかく綺麗にした肛門はもう、見る影も無かった。

「ぅぇえ……んっく!……ええぇぇん……」
  ……リブリブリ……ブジュビイィーー……ッ……
  ヂュビビブリリィィーー……プビッ……ビジュジュブビビビィィィ……

 優美は涙を流しながら、下痢便を排泄し続けた……。


「優美っ」
 入り口の側で待っていた恵は、顔を下に向けつつトイレの中から早足で逃げるように出てきた優美を見つけ、声をかけた。
 壁に背を向けていたため、優美が男子側から出てきたことには気付かなかった。
 すでにラッシュ時を過ぎており、トイレに出入りする者の数もわずかになっている。長い間様子をドアの隙間から伺い続けた後、優美はようやく個室から出るタイミングを見つけられたのである。
「おかあさん……」
 青白い顔を上げた優美の目は、真っ赤に充血していた。ふらふらしていた。
 痛々しさのあまり一瞬娘の顔から目を背けた恵は、優美の靴下が白と茶色のまだら模様になっているのに気付いた。どうやら本人は気付いていないようだ。
「……大丈夫?」
 トイレに駆け込んでからかなりの時間が経っている上に、この様子である。何かがあったのは間違い無いと恵は思った。
「……下着とか、汚しちゃってない?」
「だいじょうぶだよ。ちゃんと、まにあったよ」
 すうすうとして落ち着かない下半身を気にしながら、優美は答える。洗剤の匂いが体から消えていた。
「本当に大丈夫だったの?」
「ほんとだよ」
 優美は目線を逸らして言った。母をこれ以上、心配させたくなかった。
「でも、どうしてこんなに時間がかかったの?」
「すごく混んでたの。あと……うんち、すぐに全部でなくて……」
「……そう……」
 恵はすでに娘が嘘をついているのを本能的に見抜いていたが、敢えて追求はしなかった。傷付けてしまうのが分かっていた。

「おかあさん」
「なに?」
 沈黙の後、先に口を開いたのは優美だった。
「のどかわいちゃったから、ジュース飲みたい……」
 大量の水分を肛門から出してしまった優美は、軽い脱水状態になっていたのである。
「――じゃあ、ホームに戻りましょう」

 売店で買ったジュースを優美が飲み終えた後、二人は再び電車に乗り会場へと向かった。
 男子トイレでは、苦情を聞いてやってきた清掃員が絶句していた。


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「はぁ……」
 優美は机にうつぶせになって、ため息をついた。
 すでに一時間目の国語の試験は終わり、十五分間の休み時間が始まっていた。

 かろうじて開始時刻に間に合った優美であったが、肝心の試験の出来は、最悪だった。
 ここまで来る途中で早くも体力と気力を使い果たしてしまった優美には、複雑な文章を読解するだけの力はもう残っていなかったのである。
 得意科目の国語がこのざまでは、この後に続く他の科目はさらに酷い結果になる可能性が高く、それは即ち早くも不合格が決まりつつあることを意味していた。
 優美の体は、もはや試験を受けられるような状態ではなかったのである。
 それでも優美は、できる限り頑張り続けるつもりだった。

(おなか、だいじょうぶかな……?)
 優美はゆっくりと、今は静かなおなかをさすった。
 今のところ具合は落ち着いているようだが、いつまた先ほどのような酷い下痢に襲われるか分からない。
(……トイレ、どうしよう?)
 試験中にもよおすのだけは、避けたかった。
 国語の出来があれでは、今後の教科で試験時間が半減するようなことがもしあったらその瞬間に不合格が確定してしまうだろう。
 おそらく、おなかの中にはまだいくらかの便が残っているはずだ。今は眠っているにしても、いつ急降下を始めるか分からない。できれば今の内に出してしまっておきたい。
(でも……) 
 だからと言って今トイレに行っても、わずかなおしっことせいぜいおならの他は何も出なさそうである。便意が無いのだからどうしようもない。
(今行っても、たぶんでないよね……)

(……ぁ!)
 そう思ったところで、優美は体をぴくりとさせた。風がスカートの中に流れ込んだのである。
(おちつかないよぉ……)
 駅のトイレで下着を捨ててしまった優美のスカートの下は丸裸だった。
 そのため、わずかでも空気の流れがスカートの中に入り込むたびに下半身が刺激され、こそばゆい感覚が体中を駆け巡るのである。
 試験中、下半身、殊に生殖器や痔で赤く腫れた肛門などの敏感な場所に冷たい空気が当たるたびに、優美は体をぴくりぴくりとさせていた。当然、そのたびごとに集中力が途切れる。
 このことも国語の出来が悪かった理由の一つである。

「はぁ……」
 再びため息をつくと、優美は社会のテキストを取り出して知識確認を始めた。
 最初の何ページかが、破り取られていた。


 やがて休み時間が終わり、チャイムと同時に二時間目の算数の試験が始まった。

 それから十五分後――。
 計算問題等の易しめな問題で構成された最初の大問を終わらせた優美は、二つ目の大問で早くも止まっていた。
(……どうしよ、わかんない……)
 いつもなら普通に解けそうな問題であるのに、全く方針が立たない。思考力が明らかに鈍っていた。
 そうしている間にも、周りからは鉛筆の軽快に走る音や問題用紙のページをめくる音が聞こえてくる。
 まだあと三つも大問があるのにと思うと、頭がますます混乱してゆく。
 他の大問にも目を通してみるが、いずれもより難しそうですぐに解りそうになかった。
 今考えている問題を解かない限りは、先に進めないように感じられた。

(ぁ……)
 さらに数分経つも依然として二つ目の大問に頭を悩ませている優美のスカートの中に、風が流れ込んだ。
「……ん……」
 生殖器、肛門、続いておなかに空気の流れが当たり、優美は体をぴくりとさせた。

 その時だった。
  グキュゥゥゥ……
「っ!!!」
(うそ……)
 当たった風を冷たいと感じた瞬間、優美のおなかはゆっくりと不気味なうなりを発し始めた。
 同時にねじれるような激痛がこみ上げ、たまらず優美は左手でおなかを押さえつけ、体を前屈みにした。

(やだ……うそだよね?……こんなの……)
  グルキュルルルゥ……ゴロゴロゴロ……ギュピッ……
 優美の体が小刻みに震え始める。脂汗が噴き出し、顔から血の気が引いてゆく。
 腸が蠕動するたびにくぐもった音が鳴り響き、ドロドロに溶けた下痢便が直腸に送り込まれる。
 ついに訪れたこの日三回目の便意は、最も恐れていたタイミングで優美の小さな体に襲い掛かったのである。

  ……キュクゥ……キュルルルルゥゥ……
(止まって!おねがい止まって……!!)
 必死の願いをあざ笑うかのように、優美の肛門にかかる圧力はどんどん強くなってゆく。
 おなかの痛みもそれに比例して重くなり、優美の頭の中はあっという間にトイレのことでいっぱいになった。
 昨日の夜の再現である。

  グピイイィィィィ……ギュルゴロロロロロロッッ!!
「ふぅ……ん……!」
 周りの生徒たちの耳にまで届きそうな、大きな音が鳴り始める。
 優美はますます酷くなる腹痛に耐えられずに、うめき声を出してしまった。
 肛門を押し開けようとしている下痢便が限りなく液状に近いのが、便意の感覚で分かる。
 下着を穿いていない優美が今こんなものを漏らしてしまったら、下半身はもちろん、その周りの床までもが想像を絶する惨事となるだろう。
 それだけは絶対に避けなければならない。
(トイレ、いかなくちゃ)
 例えそれによって自分の不合格が決定するとしても、トイレでうんちを出さなければいけない――と優美は思った。
 自分のせいで他人に迷惑をかけるのは、優美にとって一番嫌なことなのだ。恵に勧められた保健室受験を頑なに拒んだのも、これが理由だった。

(……)
 痛むおなかをさすりながら、優美は顔を上げて教室内の様子を伺った。
 どの生徒も顔は見えないが、真剣そうに問題を解いている。
 教卓には試験監督を務める中年の男性教師が座っており、助手役の二人の女生徒がその左右に立っていた。教室全体を監視している。
 厳粛な雰囲気が教室中を支配していた。
(……手、あげなきゃ……)
 優美は鉛筆を問題用紙の上に置き、手をわずかに浮かせた。
 だが、それ以上、上げられなかった。
(手あげて、トイレいかなきゃ……!)
 頭では分かっているのに、手がぶるぶる震えて動かない。
 トイレに立つ際に見るであろう男性教師の怪訝な表情や周囲の軽蔑の眼差しを、優美は想像してしまっていた。
 手が目に見えるほど大きく痙攣する。冷たいまなざしで見られるのが、怖かった。

(……行かなきゃ、いけないのに……トイレ……!!)
  ……グポッ!ギュグゴロロゴロッ! グピィィィッッ……!
「ぅぐっ!」
 盛り上がりそうになる肛門を、慌てて左手で押さえつける。さらに体が前屈みになり、ついにおしりが椅子から離れた。
 便意が物凄い勢いで強まりつつあるのに、優美はどうしても手を上げることができなかった。

  グギュルギュルギュルルッ!!!
(だ、だめっ!!)
 今までで最も大きな音を立てて腸がうねると同時に、優美の便意はついに頂点に達した。
 左手の力を押しのけて盛り上がる肛門に、優美が慌てて右手を伸ばした瞬間、

  ブゥビビビビビビピィィィッッ!!!

「ぁぁあ……」
 肛門から暖かい何かが漏れ出す感覚。
 瞬間、やってしまったと思ったが、すぐにうんちが出ていないことに優美は気が付いた。
 優美が漏らしてしまったのは、おならだったのである。
 教室は一瞬、静寂に包まれたが、すぐに元通りになった。

(よかった……)
 優美は安堵していた。
 鼻の曲がりそうな悪臭を辺りに漂わせてしまったものの、最悪の結果は免れることができた。
 大量のガスを放出したことにより、先ほどまでの激しい便意もいくらか穏やかなものになっていた。

 ……グプォポゴポッ……グキュゥゥゥゥーーー……
「ぅんっ……」
 さらに幸運は続いた。肛門を押し開けようとしていた下痢便が、腸の奥へと逆流を始めたのである。
 下痢便が腸を逆流する時の違和感は相変わらずおぞましいものであったが、これでしばらくの間は切迫した便意に苦しまされないですむ。

(……これなら、トイレ行かなくても、だいじょうぶ)
 肉体的にも精神的にも余裕の生まれた優美は肛門を押さえていた右手を机上に戻すと、鉛筆を握り再び問題に向かい始めた。
 鉛筆を動かしながら自身が放った臭いおならを再び吸い込んでしまった優美は、自分がしてしまった行為の恥ずかしさにようやく気付き、青白い頬を赤く染めた。
 それでも、うんちのおもらしよりは遥かにましなものである。本当に良かったと優美は安堵した。


 ……それからさらに十分ほどが経った。
 二つ目の大問を結局諦めてしまった優美だったが、代わりに四つ目の大問を解き終えていた。よく見ると、意外と簡単な問題だったのだ。
(どっちにしよう……?)
 三つ目と五つ目の大問を見比べながら、優美は左手でゆっくりとおなかをさすっていた。
 耐えられないほどではないものの、鈍い痛みは依然として続いている。
(うん。こっちにしよ)
 悩んだ末、比較的得意な図形を扱った五つ目の大問に取り組み始める。
 そこそこ順調にことが進んでいるように見えた。

 ……しかし、それもやはり一時の休息にしか過ぎなかった。

  クキュルルルゥゥ……
(あ……)
 再び、優美の便意が強まり始めたのである。
  ゴギュルッ……グピギュルギュル……ギュル……
(やだ……)
 腸が高速で蠕動を始め、液状の下痢便を次々と、その最下部である直腸に流し込んでゆく。
 奥へと無理やり押し戻された下痢便が今度こそ外に出ようと、その量と圧力を増大させて優美の肛門に戻ってきたのだ。
 優美の小さな体は再び、がくがくと震え始めた。

  グギュゴロゴロゴロ!クキュゴプッ……グルキュルグピィッ!! ……キュゥゥゥゥ……
(こんなの、やだよぉ……とまってよ、おねがい……)
 急速に高まってゆく便意を必死に我慢しながら、それでも優美は現実から逃れようとしていた。
 一度体を苛み始めた下痢の便意がその原因の解消無しに完全に収まってしまうことなど、ありえない。
 優美もそのことは、今までの経験でいやと言うほどによく解っていた。
 それでも、優美は現実を直視することができなかった。

  グルグルギュグググウゥゥッ!!ギュルッ!
(だめ……うんちでちゃ、だめっ……!)
 全てを漏らしかけた先ほどと同じぐらいにまで便意が高まるのに、そう時間はかからなかった。
 肛門が盛り上がろうとするたびに、優美が両手を重ねて強く押さえつける。瀬戸際の攻防が続いていた。
 鉛筆を持たずに手を後ろに回して小刻みに震えている優美の姿は、どう見ても異常だった。
 もし試験監督がその姿に気付いたら、すぐさま退席を指示したであろう。
 しかし、不運にも優美の位置は真ん中の列の後ろから二番目であり、体が他の生徒たちより小さい上に前屈みになっていることもあって、彼の視界からは外れていた。
 助手を務める女生徒は二人とも優美の異常に気付いていたが、挙手が無い以上、どうすれば良いのか分からなかった。

  キュグルルルルルルッ! ゴロギュルッ……グピィィ!!
(おなかいたいよ……トイレいきたいよ……うんちしたいよ……!!)
 試験時間はまだ残り二十分もある。優美は経験から、あと五分も我慢できないことが分かっていた。
 このままここに座っていては、いけないのである。一刻も早くトイレに駆け込まなければ、もう間に合わない。
 それでも優美は、なお恥ずかしくてトイレに立つことができない。

  ギュルギュルギュピッ!!!ゴロゴロゴロゴロ!!
(うんちしたい、うんちしたい、うんちしたいよぉっ……!!!)
 さらに一分、二分と、地獄のような時間が流れる。優美がもよおし始めてから、すでに二十五分が経過していた。

 学校を休み始めた頃から優美は、もしもの時に少しでも長く我慢できる力を養うために、すぐにトイレに行ける家の中でも、できるだけ長くうんちを我慢するようにしていた。
 結果としてその努力は無駄に終わったが、代わりに自分が便意を我慢できる長さの限界を知ることができた。
 それが、二十五分間である。優美は今まで一度も、これ以上の長さを我慢できたことが無い。
 どんなに便意の始まりが緩やかだったとしても、二十分が経過した頃から肛門に掛かる圧力が急上昇して、トイレにいかざるを得なくなるのだ。

 いつ頃にもよおし始めたのか覚えていないのでそのことには気付いていないものの、自分がもう限界だということを優美は体中の感覚で理解し始めた。
「……すぅーー……はぁーーー……すぅーーー……はぁーーーー……」
 一秒の流れが限り無くゆっくりになってゆき、荒れていた呼吸も一回一回が長くなり始めた。
 呼応するかのように、体の震えが収まった。曲がっていた背筋が伸びてゆく。頭の中は白くなっていった。
 その時、
  グキュゴポゴポポッ……
(……っ)
 わずかな量の下痢便が逆流し、一瞬、右手を動かす余裕が生まれた。
 優美はふっと顔を上げたが、偶然にも試験監督と目が合ってしまい、すぐにうつむいてしまった。――それが最後のチャンスだった。

  ギュルギュルギュルギュルギュル!!!

 すぐにその下痢便も直腸に戻り、充填され尽くした下痢便と共に、優美の肛門に圧倒的な力で押し掛かる。
 ひく、ひく、と微かに肛門が震えるのが分かったが、その次にはもう感覚が無くなっていた。
 心も体も、限界だった。優美は肛門を押さえていた手をそっとスカートから離した。

(もう……だめ……)
 ふわりと舞いこんだ風が、優美の肛門に触れた瞬間。

  ジュブブブブビイイイィィィーーーーーッッッ!!!!
  ブビジュジュブジュジュジュブオオォ!!! ブリブリブリブリブリ!!!
  ブジュビリリブピブリブリビチブチビチッッ!!!

 壮絶な音と共に、ついに優美はおもらしを始めた。
 溜まりに溜まった下痢便とガスが猛烈な勢いで、こじ開けられた優美の肛門からスカートの中にぶちまけられる。
 全開になったおしりの穴から物凄い勢いで熱い下痢便が滑り出してゆくのが、優美にははっきりと分かった。排泄の快感が肛門から全身に伝わっていく。
 爆音は教室全体に響きわたっている。中で響く音を吸収してくれる下着を優美は穿いていない。

「あああぁぁ……」
  ブポ!!ブリビヂビチビチ!!! ブビジュビイィイイ!ブビリリリッ!!!
  ビジブピブォビブピッ!! ビチチビチブリッッ!!
  グジュジュジュジュゥゥゥウウゥウゥーーーーーッッッ!!

 次から次へと、優美の肛門からドロドロの下痢便が噴き出す。いくら出ても全く止まる気配が無い。
 肛門からおしり全体へと拡がってゆく下痢便の粘着感は最初の内こそおぞましかったが、すぐに快感の一部となっていった。
 ぬるぬるとした暖かさと排泄の気持ちよさとが混ざり合って、優美の意識を溶かしてゆく。
 すでに優美のスカートの裾から、下痢便がべちゃべちゃと流れ落ち始めている。周りの受験生たちは、それを見て爆音の発生源を知った。
 全てを遮り響きわたる爆音と、広範囲に拡散してゆく下痢便の悪臭。教室内の時間は、完全に停止していた。

「ぁぁ……あぁああ……」
  ブリッブリリリリリィィッ!!ジュビーーーッィィイイィィッッ!!
  ビチブリブリブピ!! シュゥウウゥゥーーーーッ ブリ!ビチビチビチッ!
  シュゥゥゥゥ……ブリビリリッリリリッ! ……シュィィィ…… プリブリブリブウウゥゥゥ!!

 暖かい下痢便のやわらかな質感が、優美のおしり全体を包み込んでいた。
 優美はうつろな瞳をしてよだれを垂らしながら、おしっこも漏らし始めた。快感のあまり、体中の力が抜け落ちていた。
 机の下に広がっている下痢便の山を、液状便とおしっこが溶かして拡げてゆく。
 もちろん優美は、自分が今してしまっていることがどんなにおぞましいことか、分かっている。それでも排泄が気持ち良かった。もうどうしようも無かった。

  ……シュウゥゥゥーー……ブビジュウウゥゥッ! シュィッ……ブリブリジュボッッ……!
  ブビチッ! ……ブリリリ……ッ……ブビビビビビブプゥウゥッ!
  ジュビビビ……ブリ……ブリブリブリリリ……

 爆発的な勢いのおもらしも、ついに収束に向かい始めた。
 一度に排泄される下痢便の量が減ると同時に勢いも弱まり、その排泄の様は噴出から漏出へと変化し始めた。
 同時に、優美の意識を満たしていた快感も急速に薄れ始め、代わりに、自身の行為への罪悪感が大きく大きく膨らんでゆく。
 ぼんやりとしていた視界も焦点を結び始め、自分の下半身やその周りの惨状が、はっきりと優美の目に見えるようになってきた。

「……はあ……ぁあ……はぁ……」
  ブリプリプリリ……ブリ……ブリブリッ……ブリ…………

 ……そしてついに、長い排泄が終わった。

(……やっちゃった……わたし、うんちもらしちゃった……)
 足元に拡がる下痢便の海。鼻を突き刺す悪臭。ドロドロのうんちに埋まって暖かい肛門。凍りついた教室。
 うんちを、漏らしてしまった。たくさんの人がいる教室で、漏らしてしまった。大切な試験中に、漏らしてしまった。
 この一週間恐れ続けてきた、最悪の結末だった。何もかもがもう終わってしまったと優美は思った。絶望しきっていた。

(おかあさん、ごめんなさい……わたし、やっぱりはずかしくて、トイレいけなかった……うんち、もらしちゃった……!)
「ぅうう……うえぇぇん……」
 優美は両手で顔を覆い隠して泣き出した。固く閉ざされた目の周りに、涙が浮き出してゆく。
 恥ずかしくてトイレに行けず、おもらしをしてしまった。
 試験中にトイレに立つことは恥ずかしくないということをあれほど教えられてきたのに、優美は勇気を出せなかった。
 結果として、トイレに立つことなど比較にならないほどに恥ずかしいことを優美はしてしまったのである。

「ぇぇええんっ……!ひくっ!……ああぁあぁぁぅ……っ……!」
 静かな教室の中での唯一の音である優美の泣き声が、次第に大きくなってゆく。優美はもう、嗚咽を押し殺せなくなっていた。
 涙がとめどなく流れ、膝掛けにぽつぽつとしみを作ってゆく。体全体が震えていた。
 その足元では、優美が地獄のような我慢の末に肛門から吐き出した大量の下痢便が、物凄い悪臭を発し続けている。

 異常な光景に、教室中の誰もが唖然として言葉を失っていた。
 受験生も、試験監督の教師も、助手の少女も、声を上げて涙を流し続けるかわいそうな少女を、ただ見守っていた。

 少女の足元に拡がった大量の下痢便は、彼女の可憐さと相まって、この上なくおぞましいものに見えた。
 それは実際、悪魔のような存在だった。いたいけな少女の小さな心と体に、えぐられるように深い苦しみを与え続けてきたのである。

 一週間にわたって下痢と戦い続けてきた少女を待ち受けていたのは、あまりにも残酷な結末だった。
 全ての努力は無に帰り、残ったのは、かわいそうな優美と、その周りに拡がったあまりにも醜い汚物の海のみであった――。


「うええぇぇん……!!えぐっ!ううぅぅぅ……!…………」
 ……しばらくして、優美の泣き声が止まった。
 肩に手が置かれたのである。優美はびくりとして泣くのをやめた。

「……大丈夫ですか?立てますか?」
 男性の声。試験監督の教師だと、優美はすぐに分かった。叱られると思っていた優美にとって、予想外に優しい声だった。
「……」
 優美は言葉で答えず、体で示そうとした。ゆっくりと腰を浮かせ始める。
 ふらりと立ち上がった瞬間だった。

  ビチャベチャベチャボチャッ!!
「うわっ!!」
 優美のスカートの中に溜まっていた下痢便が次々と床に滑り落ちたのである。
 男性教師は驚いて後ろにのけぞったが、遅かった。黒い靴と紺のズボンの所々に、茶色いかけらが飛び散ってしまっていた。
「ああぁ〜……」
 苦々しい表情で、男性教師は自分の身に着けているものに貼り付いた優美の下痢便を見つめた。
 それを見た優美は、今すぐにその場から消えてしまいたくなった。あまりにも惨めだった。

「……これで、足を拭いてから、保健室に行ってください」
 すぐに落ち着きを取り戻した教師は、傍らにいる生徒からトイレットペーパーを受け取って優美に手渡した。

  ……ボトボト……ボタ…………ボトベタタ……ッ……

 スカートの裾から垂れ続ける下痢便の音を聞きながら、優美は力無い動きで足の汚れを拭き取り始めた。
 両足全体に万遍無く液状の便が付着していたので、一通り拭き終わるのには数分の時間を要した。
 茶色く汚れた椅子の上に次々と汚れたペーパーが積み上げられ、水を流す直前の便器の中のようにすら見えた。

 受験生たちは問題用紙へと視界を戻していったが、時折、優美の情けない後始末の姿にちらちらと視線を向け、眉をひそめた。
 優美の周囲の何人かは強く顔をしかめて鼻をつまみながら、問題を解いていた。優美の周り全体に悪臭が充満しているのである。

 最後に優美は茶色く染まった靴下と上履きを脱いで足の底を丁寧に拭き、続いてスカートの裾に付いた下痢便を拭き取った。
 これでなんとか下痢便を廊下に垂らすこと無しに保健室まで行けそうである。素足になった優美は床の冷たさを感じた。

「……ついて来てください」
 優美がスカートを拭き終えると、助手の生徒が指示をした。
 後ろのドアへ向かって歩き始めた生徒を見て、優美は慌てて後を追った。

  プウゥゥッ!!

 数歩進んだ時に突然おならが出てしまったが、優美はもうほとんど何も感じなかった。疲れきっていた。

「ぅおぉええぇぇええっ!!」
  ビシャビシャビシャバシャアァッッッ!!!

 廊下に出た瞬間、教室の中から異様な声と音が聞こえたが、優美にはもう、振り返る気力も、それが何かを考える思考力も、残っていなかった。


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 コンコンッ
「……失礼します」
 優美を先導していた女生徒が、ガラガラと保健室のドアを横に動かす。
「はいはい、どうしたの? …………あらぁ……」
 机で作業をしつつ数人の受験生たちの監督をしていた熟年の女性保健医は、優美の茶色く染まったスカートとむき出しの足を見て、すぐに事情を察した。
 一瞬、優美はうつむいていた顔を上げかけたが、受験生たちの視線が自分に集中しているのに気付いて、すぐに顔を下げた。

「ごくろうさま、もう戻っていいわよ」
「――はい、失礼しました」
 優美が室内に入ると、女生徒はドアを戻して教室へと戻っていった。
「さあ、こっちで綺麗にしましょう。もう大丈夫よ」
 保健医は真っ赤な目をした優美の頭をなでながら慰めの言葉をかけ、その小さな手を優しく握った。
 手を引かれるまま優美は、受験生たちの机の後ろにあるベッドのわきまで、歩いていった。

「――じゃあ、まずはパンツを脱ぎましょう」
 トイレットペーパーとバケツ、さらにタオルを何枚か用意した保健医は、カーテンで周りを囲み穏やかに優美に言った。
「……」
「どうしたの?」
「……」
 優美は、もじもじとするばかりで体を動かそうとしない。
 そんなものは、もう一時間以上も前に捨ててしまっているのである。

「もう、どこかで脱いじゃった?」
 そう尋ねられて、ようやく優美は顔を赤くしながらうなずくことができた。
 それを見た保健医は、教室か、ここに来る途中のトイレで脱いだのだと思った。駅の男子トイレに捨ててあるとは、さすがに想像も付かなかった。

「じゃあ、スカート脱ごっか?」
「……」
 脱ぎだそうとしない。優美は躊躇しているようだった。下半身をさらけ出すのが、恥ずかしかった。
「脱いで、おしりきれいにしましょ?ね?」
「…………」
 優美がもぞもぞとスカートを下ろし始めると、悲惨な状態の下半身があらわになりはじめた。同時に悪臭がむわっと辺りに拡がる。
 おしり全体に下痢便が塗りたくられているのはもちろん、反対側もかなりの範囲にまで下痢便が付着していた。
 恥丘の下を走る一本のたてすじは、おしっこが流れ出ていた辺りを除いて、ほとんど全てが下痢便に埋まってしまっていた。
 手を震わせながら、無惨に汚れた下半身をさらけ出してゆく優美の姿は、あまりにも痛々しかった。

「できるだけ動かないでね」
 茶色く汚れたスカートを優美が床に置ろし終わるのを確認すると、保健医はペーパーで優美の下半身を拭き始めた。
「全部、綺麗にしてあげるからね――」
 保健医はいやな顔一つせず、ゆっくりと丁寧に優美の体の汚れを拭き取っていった。
 保健医は余計なことを何一つ口にせず静かに作業を続けたので、優美は随分と気が楽だった。
 大量に塗りつけられた下痢便が少しずつ剥ぎ取られ、優美のかわいいたてすじがその姿を現してゆく。
 屑入れ代わりのバケツに、茶色く染まったペーパーが次々と降り積もっていった。

「もし痛かったり、気持ち悪かったりしたら、言ってね」
 周りが綺麗になったのを確認すると、保健医は優美のたてすじを横に拡げ、その中にまでペーパーを挿し入れた。
「……ぁんっ……んぅ……っ……」
 ペーパーで中を触られると、何だか変な感じがして、たまらず優美は声を漏らした。
「ごめんね。ここね、ちゃんと綺麗にしておかないといけないとこなのよ」
 びくびくと体を震わせる優美をなだめながら、保健医はゆっくりとペーパーを動かしていった。
 保健医は、粘膜に付着した下痢便のついでに、白い恥垢も拭き取っていった。
 このぐらいの年の娘は大抵そうだが、優美は入浴の際に局部をあまり丁寧に洗っていないのである。

「……ちょっと、待っててね」
 前側を一通り拭き終えた保健医は腕時計をちらりと見ると、流しの方に歩いていった。
「……?」
 水を流して手を洗い始めた保健医をカーテンの隙間から覗き見ながら優美は、まだ途中なのになぜそんなことをするのか、分からなかった。
 几帳面に石鹸で手を洗う保健医を見て、優美は今の自分の汚さを思い知らされたような気がして、悲しかった。

 保健医がタオルで手を拭き始めたちょうどその時、

  ……キーンコーンカーンコーン……

 鐘の音が鳴り響いた。算数の試験が、終わったのである。
「はい、試験おしまい。答案を裏返して、鉛筆を置いてね」
 そう言いながら保健医は、受験生たちのいる方へと歩いていった。
 手を綺麗に洗ったのは、答案を汚染してしまわないためだったのである。

 だが優美はそんなことには気付くはずも無く、悲しみをますます募らせていった。自分はもういらない人間なのだと、思い始めた。
 一瞬、今頃教室はどうなっているのだろうかと気になったが、怖くなってすぐに思考を止めた。
 床に膝を付けて汚れていない上半身をベッドによりかからせた優美は、暖かい日差しが自分に降り注ぐのを感じた。
 薄暗い視界の中で、優美はもう恵に会えないと思った。――会わせる顔が無かった。

 窓から差し込む優しい光が、優美の栗色の髪をきらきらと照らし輝かせる。
 優美は目を細めながら、このままずっとここに一人でいれればいいのにと思った。
 やがて眠くなってきた優美は、ゆっくりと目を閉じた。このまま死んでしまえればどんなに楽だろうかと思った。

 しかし、すぐにある不快感に襲われて優美は顔をしかめた。
 肛門がかゆくなり始めたのだ。
 排泄されてから二十分近く経過した下痢便が水分を失って急速に固化を始め、それによって肛門の粘膜が刺激を受けているのである。
「……ん……ぅぅん……!」
 耐えられなくなった優美は自分でペーパーを巻き取ると、ベッドに上体を押し付けたまま汚れた肛門を後ろに突き出し、掻きむしるような勢いで拭き始めた。
「ぁぁあぅ……っ……んぅぅぅん……!」
 かゆみが解消される一方で同時に激痛が走り、優美は悶え苦しんだ。

「ちょっと、ダメよ、そんな拭きかたしちゃ!」
 戻ってきた保健医に突然叱りつけられ、優美はびくっとした。
「そんなふうに拭いたら、おしりの粘膜が傷ついちゃう」
 そう言いながら保健医は抱えていた優美の荷物をベッドの上に置いて、ペーパーを手に持った。

「かわいそうに……痔になってるじゃない……」
 早く綺麗にしてあげようと思って優美の後ろに回り込んだ保健医は、赤く腫れた肛門を見て、その異常な拭き方の理由を理解した。
(きっと恥ずかしくてお母さんに相談できなかったのね……)
 優美の痔は並大抵の酷さではなかった。
 そしてその症状の重さは、優美のこれまでの苦しみがどのようなものであったのかを保健医に教えていた。
 優美がどれぐらいの間この痔と、その原因である下痢に苦しんできたか。
 そして、優美の下痢が昨日今日に始まったものではないことから、その原因がおそらく、迫り来る受験への恐怖であることも。
 頬を赤く染めて震えている優美を後ろから見つめながら、保健医は多くのことを知ることができたのである。
 優美の痔はこの一週間の苦痛の結晶だったのだ。

「おしりが痒いんでしょう? すぐに綺麗にして、薬を塗ってあげるからね」
 保健医が熟練した無駄の無い手付きで、優美の肛門、そして尻たぶ全体にこびりついた下痢便を次々と拭き取ってゆく。
 茶色く汚れていた優美のおしりは、徐々に元の美しさを取り戻していった。


 ……それから数分後、優美のおしり全体の汚れを拭き取りおえた保健医は、流しでタオルを絞っていた。
 その姿をぼんやりと見つめていた優美は突然、苦しげな表情を浮かべ始めた。

  キュルゥゥゥ……クゥゥーー……
(また……どうしよう……)
 わずかではあるが、再び便意をもよおしてしまったのである。

「これで綺麗にしてから消毒するから、もうちょっと我慢してね」
 戻ってきた保健医はそう言って、ゆっくりとタオルを動かし始めた。
 冷たいタオルが動くたびにこそばゆい感じがし、優美は便意を刺激された。

(ぁ……)
「……ぁの……」
 優美は顔を赤くして声を絞りだした。保健室で発した最初の言葉だった。
「え?」
「トイレ、いきたいです……」
  ……クキュルゥゥー…… 
 同時におなかから苦しげな音が響く。
「……あ!」
 その言葉と音を聞いた保健医は、優美に便意を我慢させてしまっていたことに気がついてはっとした。
 顔が見えなかったために、優美の苦しげな表情に気がつかなかったのだ。

「ちょっと待っててね!いま下に穿くものを出してあげるから」
 保健医はそう言って慌てて棚の方へと向かうと、すぐにショーツとブルマを持って戻ってきた。
 優美の体よりも少しサイズが大きいものだったが、これより小さいものは無かった。

「ごめんなさいね、いまこんなものしかなくて」
「……だいじょうぶ、です……」
 ぶかぶかのブルマを穿き終えた優美は、保健医に謝られると、すぐに言葉を返した。
「トイレは、ここを出て右にあるから。もし何かあったら……」
 トイレの場所を聞くなり優美は歩き出していた。便意は特に切迫していなかったが、なんとなく気恥ずかしかった。

「……!!」
 ドアを開けた優美は、目の前に立っている少女と目が合ってびくっとした。
 顔と短めの髪型に見覚えがある。教室で優美の真後ろに座っていた娘だった。
「……」
 目を逸らした後、逃げるようにトイレに走ってゆく優美の後ろ姿を、その少女は見えなくなるまで憎らしそうに睨み続けた。

「……どうしたの?どこか具合でも悪いのかしら?」
 カーテンを閉じた保健医は、なかなか中に入ってこないその少女に声をかけた。
「……あ、はい……気分が、悪くて」
 少女は部屋の中に入り、ゆっくりとそう言った。
 頬を染めていない時の優美と同じぐらいに顔色が悪く、いかにも具合が悪そうだった。


  ガチャンッ
 個室に入った優美は鍵を掛けると、ブルマとショーツを丁寧に下ろして積んであるペーパーの上に畳んで置いた。
 そして二、三回、おなかをさすると、便器の上にさっとしゃがみこんだ。
  ゴロゴロ……クキュルルゥ……
「……んっ!」
  チュビビィィイーーッッ!! チョポチョポチョポ……ジュビッ!
  ヂュビチュウゥゥゥゥーーーーー! ブピピピピピピプピ!! ポチョッ

 優美が軽くおなかに力を入れると、完全に液状と化した便が細長い水流となって便器に注ぎ込まれた。
 腸内のガスとわずかに混ざっている未消化物とを除いて、優美の肛門から出てゆくものは水便のみであり、その排泄音はほとんどおしっこのようだった。今までと違っておなかに意識して力を入れている点もそれに近かった。
 排泄音が爆発性と連続性を欠くため、その合間に響く水便と腸液の混ざった汁が肛門から便器の水面にしたたる音までもが、はっきりと聞き取れてしまう。

「……はぁ……!」
  チャポチャポチャパッ……プリ……プジュッ……チュゥーー!
  ……シュピィィィィィーーーー! ……ポチャッ……チョポポッ……プスゥッ
  ブプピピッ……ピチャ…………チャポ…………

「ふぅ……」
 四回目の排泄はあっという間に終わった。
 静かに閉じた優美の肛門の下にある便器の中に溜まっている水便は、透明に近いほどに色が薄く臭いもあまり強くない。
 先ほどのおもらしで、すでにおなかの中の未消化物をほとんど全て出しきってしまっていたからだ。優美の腸の中にはもう水分とガスしか詰まっていない。
 排泄の勢い自体も弱かったため、飛沫は便器の側面にわずかに付着しているのみで、水を流すだけで綺麗になりそうだ。
 疲れきっているにも関わらずうんちをして体力を消耗しなければならない優美を少しでも慰めているかのような、安楽な排泄だった。

「……」
 しかしそれでも、優美は悲しそうな表情をしていた。
 せっかく綺麗にしてもらった肛門を再び汚してしまったのが、申し訳無かったのである。

 ガラガラ……ガラ……
「ん……ぅぅう……ぁく……っ……!」
 優美は痛みを我慢しながら、何度も何度も赤く腫れた肛門を拭き続けた……。


「ありがとうございました。失礼します」
 優美が保健室を出る時に遭遇した髪の短い少女は、保健医から薬をもらうと、挨拶をして部屋を出て行った。
 午後からの試験を保健室で受けることを勧められたが、断った。優美と同じ空間にいたくなかったからだ。

 風邪による微熱を押して会場にやってきたその少女は、算数の試験中に優美の臭いおならを嗅いで吐き気をもよおしてしまった。
 時間が経つにつれて落ち着いていったが、優美が漏らした下痢便の臭いが漂い始めると、嘔吐感は一気に増大を始めた。
 必死の思いで鼻をつまんで臭いの侵入を食い止めようとしたが、優美の便臭はわずかな隙間から次々と入り込み、少女の鼻腔を刺激していった。
 のどの奥がせり上がる感覚を何度も何度も覚え、口の中にはすっぱい胃液が満ちていった。
 それでも必死に耐え続けたが、教室から立ち去ろうとした優美がすれ違いざまに放ったおならを嗅いでしまった瞬間、胃の中のものが逆流を始めてしまった。
 一瞬で頬がぱんぱんに膨らんだ少女は慌てて口を押さえながら後ろを振り向き、朝食べたものを床に向かって次々と吐き出した。最後列に座っていたのが救いだった。
 少女は嘔吐を終えた後、試験監督に保健室に行くように指示されたが断り、そのまま問題を解き続けた。悩んでいる問題があと少しで解けそうだったからである。

 ――つまり、優美の生み出した悪臭によって試験妨害をされたわけである。憎しみの感情が沸き起こるのは当然だった。
 優美のおもらしは、自身の心を深く傷付けるだけでなく、周囲の人間にも大いに迷惑をかけてしまっていたのである。


 少女を見送った保健医は、昼食を食べている受験生たちに特に異常が無いのを確認すると、ベッドの傍へと戻った。
「……えっ!?」
(何よこれ……?)
 洗濯できるか見るために茶色く染まった優美のスカートを持ち上げた保健医は、その異様な汚れ方を見てびっくりした。
 全体に染みわたった液状便に加え、スカートの内側の肛門が当たる部分の周り全体から裾まで、固まった軟便がべったりと貼り付いているのである。
 下痢便をおもらししてしまった生徒の後始末をしたことは今までに何度もあるが、こんなに酷いスカートの汚れ方を見るのは初めてだった。

 普通、肛門から漏れ出す軟便はパンツにせき止められて、その上のスカートには付着しない。
 そのためスカートに付く汚れというのは、パンツの端から溢れ出した軟便か、布に遮られることの無い液状便かの、どちらかのはずである。
 保健医はスカートに付着した下痢便の重みを感じながら、その異様な汚れ方の原因を考え始めたが、優美が戻ってきたので止めた。
 ただ、優美が今までのどんな娘よりも酷くおなかを下していたことは解った。

「……すみませんでした」
 保健医の傍まで歩いてきた優美はまず、顔をわずかに上げて謝った。
 自分のためにしてくれていた作業を中断させてしまったことと、せっかく綺麗にしてもらった肛門を再び汚してしまったことを、謝った。
 痛みをこらえながら必死の思いで拭き続けた肛門だったが、優美にはどうしても保健医に拭いてもらった時ほどに綺麗になった気がしなかった。

「いいのよいいのよ。おなかの具合は大丈夫?」
 穏やかな声で慰めながら保健医は優美の体を気遣った。
「少し楽になりました……本当に、ごめんなさい……」
 おなかをゆっくりとさすりながら、優美が答える。
「いいのよ。ところでこのスカートなんだけど……」
 保健医は話題を変え、床に横たわっている茶色いスカートを持ち上げた。
「あ……」
 汚れを生みだした優美自身も、その汚さに目を背けた。
 中に付着している乾いた下痢便は、だいぶ弱まってはいるものの、相変わらずむわっとした悪臭を放ち続けている。

「これね、できれば洗濯したかったんだけど……」
 保健医は気まずそうに話を続けた。
 今までに見てきたおもらしでは、下着は大抵の場合廃棄処分となるものの、スカートは洗濯をすればどうにか綺麗になる場合が多かった。
 こう言ったケースには、熟練した彼女ですら慣れていないのである。高級そうなスカートだったので、よけいに申し訳なかった。
「ちょっと難しそうだから、こっちの方で処理しちゃっても、いいかしら」
 「処理」という言葉で表現したのは、「捨てる」や「処分」といった威圧的な言葉を避けるためである。
「はい……もう、使えそうにないですし……」
 スカートから目を背けたまま、優美は声を落としてそう言った。
 優美もまたそのことは、おもらしをしてしまった時、あるいはそれよりも前から、よく分かっていた。
「じゃあ、バケツに入れるわね」
 保健医はそう言うと、スカートを丁寧に折りたたんで、茶色いペーパーで埋まっているバケツの中に入れた。
 チェックの模様すら見えないほどに酷く汚れてしまった優美のスカートは、これで完全に只の汚物となってしまったのである。


「……それじゃ、またさっきみたいにおしりを出してくれるかしら?」
 保健医は一息つくと、優美の大きな目を見つめながら指示をした。
「はい……」
 そう言うと優美はブルマとショーツを下ろしてベッドの上に置き、先ほどと同じようにベッドに上半身をよりかからせて、おしりを後ろに突き出した。
「気持ちわるかったりしたら言ってね」
 保健医はタオルでゆっくりと優美の肛門をぬぐい始めた。すでに十分なほどに綺麗になっており、ペーパーで拭きなおす必要は無かった。
 肛門をぬぐい終えた保健医が続いて尻たぶをゆっくりとぬぐい始めると、優美のおしりは元のむき卵のようなつるつるとした輝きを取り戻していった。

 やがて、タオルで前の方もぬぐい終えた保健医は、消毒液を染みこませたガーゼで、優美の肛門と生殖器の粘膜を丁寧に消毒し始めた。
 敏感な部分に消毒液が沁みる感覚はあまり良いものではなかったが、優美の心は終始穏やかだった。
 それも終わると保健医は、今度は棚の引き出しから新品の塗り薬を取り出すと人差し指の上に中身を出し、優美にお尻を向けるように指示した。
「痔のためのおくすりじゃないけど、よく効くと思うわ」
 そう言って保健医は、薬を丁寧に優美の赤く腫れた肛門に塗り始めた。
 ぬるぬるとしたくすぐったい感触が気持ち良く、優美は目を細めながら口を開け広げ、むずつく肛門をひくひくと伸縮させた。

 保健医の指がつぷりと穴に入った瞬間、
  プウッ!
「……ぁ!」

 優美は思わずおならをしてしまった。たちまち辺りに悪臭が漂い、優美は元々染まっていた頬をさらに赤くした。
「ご、ごめんなさい……!」
 耳まで真っ赤にして謝る。かなり臭いおならだった。
「いいのよ気にしなくて。あたりまえの生理現象なんだから」
 そう言いながら保健医はかまわず穴の中の指をぐにぐにと動かし始めた。
「……ん……!」 
(やだ……またおならが出ちゃう……) 
 それによって優美の腸は刺激され、再び肛門へとガスを送り込んだ。

「すみません、ちょっとやめてください……!」
 優美は慌てて保健医に言った。
 その言葉を聞いた保健医は、不思議そうな表情をしながら、優美のぬらぬらとした肛門から指をつぽんと抜いた。

「ぁぁ……んう……!」
  プウウウゥゥーーー!……プゥ!……プゥスウウゥゥーーーー……ッ……

 蓋の役目を果たしていた指が抜けるとすぐに、慌ててベッドに向けられた優美の肛門から、次々とガスが放出された。
 辺りに漂うむわっとした臭気はますますその密度を濃くし、おならをした優美自身も鼻をつまみたいほどになった。

  ブプププププウ! プゥゥウウゥゥーーーーーー……!プピッ!
  ……ピプッ!……プシュウゥーーーー…………

 耳まで真っ赤にしながら優美は、顔を手で覆い隠し体を震わせ、つるつるの愛らしいおしりから高音のおならを連発した。
 いつの間にか、かなりの量のガスが腸内に充満していたのである。
 あっと言う間に周囲の空気は、吐き気をもよおしてしまってもおかしくないほどの臭さにまで、汚染されていった。
 下痢に苦しむ優美のおなかが作り出すおならは、圧倒的悪臭を放つドロドロの下痢便に匹敵するほど臭いのである。

「ごめんなさい……ごめ、ひくっ!……ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」
 おならをし終わった優美はべそをかきながら後ろを振り向いて、ひたすら保健医に謝り続けた。
 死んでしまいたいほどに情けなくて、恥ずかしかった。今日だけでもう何度この感情を味わったことか分からない。
「おならなんて誰でもしちゃうんだから、ね。ぜんぜん気にしなくていいのよ」
 保健医はそう言って優美を慰めたが、鼻での呼吸はさすがに止めていた。それぐらい、優美のおならは臭かった。

「もしまたしたくなったら、気にしないでしちゃっていいからね」
「……はい……」
 しばらくして優美が落ち着いたのを確認すると、保健医はそう言って、再び優美の赤く腫れた肛門に薬を塗り始めた。

「このおくすり、あげるから。毎日の朝と寝る前にちゃんと塗ってね。それから、うんちした後も塗りなおしてね」
 肛門に加えてその奥の直腸にも薬を塗ってもらった優美は、ショーツとブルマを穿き、保健医から薬を受け取った。
「……あの、このパンツとブルマ……どうすればいいんですか?」
「入学式の時にでも、返してくれればいいわよ」
 その可能性が低いであろうことは分かっていたが、保健医はそう言った。
「……でも、わたし……きっと……」
 不合格だと思います、と優美は言おうとしたが、
「まだ午後の社会と理科があるでしょ。算数でちょっと失敗しちゃったぐらいで、くじけたりしちゃダメよ」
「……わかりました」
 そう励まされて、優美は失っていた気力がわずかに戻ってゆくのを感じた。
 たとえどんなに酷い結果になるとしても、頑張ろうと思えた。


 保健医は教室の一番後ろに、優美の机を用意した。
 他の娘の視線を気にせずに優美が試験に集中できるようにという心遣いだった。
 優美は机に座ると、お弁当箱の中のサンドイッチに挟んであった卵のそぼろだけを少し食べ、弱々しい食欲を満たした。
 午後の試験中も優美は三回トイレに立ち、そのたびにトイレで薬を塗りなおした。
 三回目の排泄の時に便器の中を見下ろした優美は、うす茶色の水の中に浮かんでいる黄色いかけらを見て、心を痛めた。

 やがて全ての試験が終わり、他の保健室受験生たちは、迎えに来た親と共に次々と部屋を去っていった。
 優美は机に座りながら、次々と続く再会をぼんやりと見つめていた。


 ――そして優美だけが残った。
 規則で、保健室受験をした生徒は、そこまで保護者に迎えに来てもらわなければならない。
 保健医はそう伝えて、校内放送で母を呼び出すことができると言ったが、優美はそれを頑なに拒んだ。会いたくなかった。

「……お母さんと会わなきゃ、帰れないのよ」
 保健医はお茶を飲みながら、机にうつ伏せになっている優美に言った。
「帰れなくて、いいです」
 優美は顔を上げずにそう言った。同じような言葉をさっきからもう何度も繰り返している。
「お母さんに会いたくないの?」
「会いたくないです」
「お母さん、今頃きっと心配してるわよ?」
「会いたくないです」
 何を言っても母に会いたくないの一点張りである。
 気持ちはよく解るが、このままではまるで埒が明かない。保健医は質問を変えることにした。
「……おもらししちゃったから恥ずかしい?」
「……」
「怒られるの、こわい?」
「……」
 今度は何も答えなくなった。もちろん、原因がそうであることは分かりきっている。
 まだもうしばらく、想いを整理する時間が必要なようだ。

「……向こうにいるから、ゆっくり考えててね」
 保健医はそう言うと机に戻り、置いてある書類に目を通した。
 それには、優美の受験番号や通っている小学校名などの情報に加えて、恵の携帯番号が書かれていた。
 保護者の緊急連絡先を記入する欄が願書にあるのである。
 だから、連絡をしようと思えば、いつでもすることはできた。しかしそれでは優美がかわいそうだと思い、知らないふりをしているのである。

『トイレ、ちゃんと行くのよ!』
 優美は真っ暗な視界の中で、教室に向かう時に、最後に恵が言った言葉を思い出していた。
 まるで幼稚園児か低学年生にかけるような言葉だったが、優美がこうなってしまう可能性を、その本人よりも強く恵は感じていたのである。
 そのことを、優美は今になってようやく解り始めた。
 誰よりも自分のことを心配してくれていた母の姿が目に浮かび、優美はまぶたにゆっくりと涙を浮かべ始めた。
 膨れ上がってゆく母に会いたいという気持ちが、ずっと続いている会いたくない気持ちと混ざり合い、優美の心をぐるぐると惑わせていった。

 それはある種の邂逅でもあった。優美はちょうど今から五年前にも、小学校の保健室で同じ思いを味わったことがあるのである。
 優美は一年生だった頃、二月のある寒い日に、おなかを冷やして授業中にうんちを漏らしてしまったことがあるのだ。
 その時も、優美は保健室で恵が迎えにくるのを待つ間、会いたさと会いたくなさのせめぎ合いを感じていた。
 恵が到着するであろう時間が近づくにつれて、会いたくないという方の気持ちが大きくなっていったが、それでも母の姿を見るなり、抱きついて大声で泣きじゃくったのである。

 そこまで思い出して、優美は一筋の涙が頬を伝うのを感じた。
 こんなことになってしまっても、やっぱり母に会いたい。

 ――そう、思った時だった。
 ドアがコンコンと、ノックされたのである。それを聞いた保健医はすすっていた二杯目のお茶を机に置き、どうぞと言った。
「こちらに、うちの娘が……」
 そこまで言って、入ってきた女性ははっとした。同時に、それを見た優美も目を丸くして固まった。
 恵が、この保健室まで来たのである。保健医が連絡したのではない。自分で娘の居場所を調べてここまで来たのだ。

 いつまで経っても自分の娘だけが来ないことに不安を覚えた恵は、優美が受験をした教室に入き、一箇所だけ机と椅子が無くなっていることに気付いた。
 その前後の机に貼られた番号を見て優美がそこにいたはずであることを確認すると、いよいよ不安は増大していった。
 どうすべきか考えている時に、かすかに漂う臭いに気付き、ゆっくりとしゃがみこんだ。すると今度は、床から大便の臭いが立ち上っているのがはっきりと分かった。
 それを嗅いだ恵は、これはもう間違い無いと思い、慌てて保健室の場所を聞いてやってきたのである。

 ――だから、恵はもう何もかも分かっていた。
「……優美、だいじょうぶ?」
 保健医に会釈をすると恵はまず、そう言った。その言葉を聞いて優美は、一気に涙がこみ上げるのを感じた。
 ゆっくりと立ち上がった優美は、母の方によたよたと歩いていった。本能的に体が動いていた。とにかく抱き着きたかった。

「お母さん、おかあさん、おかぁさ……えうっ……!」
 抱きつく時には、もう顔が歪んでいた。
「うえぇぇえぇんっっ!!……ああぁぁぁあぁあぁあああんん!!!」
 母に抱きついた自分の体が暖かく両手で包み込まれるのが分かると、優美はついに大声をあげて泣き始めた。
 長い長い苦しみの末、ようやく求めていたやすらぎを得ることができたのである。
「ああぁぁぁあんっ!ぉかあさん……!ぅぇええええぇぇええんっ!!」
「よく、がんばったわね、優美、えらいえらい」
 震える小さな体を優しく抱きしめながら、恵は他には何も言わず、ただ、酷く苦しんできたであろう娘をいたわった。
「おかぁさんぉかぁさん……うぐっ……ぅあぁああぁあああん……っ……!!」
 優美は、何度も何度も大声をあげて泣きじゃくった。涙が止まらなかった。
 恵はもう何も言わず、腕の中で震える娘を抱きしめ続けた。保健医はそれをただ穏やかな瞳で見守っていた。
 五年間のあの時と、何もかもが、同じだった。

 やがて枯れるほどたくさんの涙を流し終えて優美は泣き止んだ。それから恵と共に保健医に挨拶をした。
 保健医は優美の頭を何度も優しくなでて、がんばってと言った。

 優美はいよいよ別れる段になって、今度は本当に涙を枯らした。


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 暗くなった窓の外からは雨の降る音が静かに聞こえていた。
 優美は自分の部屋で、ベッドの上にあお向けになっていた。電灯がついていないので部屋の中はほとんど真っ暗である。
 家に帰ってきてから、一回トイレに行った以外は、もう何時間もこうしている。動く気になれなかった。

 地獄のような一日の記憶と、たくさんの人々に迷惑をかけてしまったことへの自責の念。
 母との再会の喜びや、保健医への感謝。
 溢れるほどの苦しみや喜びが優美の頭の中でせめぎ合っていたが、やがてゆっくりと遠い昔の思い出のようにかすんでいった。
 何もかもがどうでもよくなっていった。
 気力も体力もおなかの中も、体中がからっぽで、あまりにも疲れきっていた。

 コンコン……
「おねえちゃん……夕ごはん、持ってきたよ」
 妹の香織の声が聞こえたが、優美はぼんやりと天井を見つめたままで、何も答えなかった。
「おかゆだから、はやく食べないと冷めちゃうよって、おかあさんがいってたから、早くたべてね」
 それでも優美は答えない。
「あとね、おかあさんがね……あしたの……受験……保健室で受けれるから、考えといてねって……」
 香織は声を震わせながらそう伝えた。「受験」という言葉を口にしたくなかった。
 恵からは何も聞かされていないが、香織はもう、試験会場で姉の身に何がおこったのか、分かっていた。

「……ちゃんと、食べないとダメだよ……」
 そう言うと、香織は一階へと戻っていった。
 優美は十分間ほどそのままぼんやりしていたが、おなかが鳴って食欲がわいてくると、ゆっくりと起き上がった。
 何も食べなければうんちも出なくて、おなかの痛みにも苦しまないですむのに、と優美は思った。
 それでも空腹を満たさなければならないのが悔しかった。

 一歩足を前に踏み出すだけで、体中が軋むような気がした。
 お膳が重くて持ち上げられなかったので、廊下から部屋の入り口へと引っぱって、そこに座って食事を始めた。

 白いおかゆの色を茶色くすれば自分が出すうんちとそっくりになることに、優美はこの時初めて気が付いた。
 おかゆを食べる気をなくした優美は、ニンジンやトマトの入った野菜スープに手を伸ばした。

 ぬるくなった野菜スープを飲みながら、どうせこの野菜もそのままおしりから出てしまうんだと優美は思った。
 食事の意味が感じられなかった。

 野菜スープだけ飲んだ優美は、おかゆとすりおろしリンゴには手をつけず、お膳を廊下に戻した。
 再びベッドに戻ると、今度はうつ伏せになった。まだ眠気は無かった。


「おねえちゃん、ごはん……ちゃんと食べないと、ダメだよ……」
 しばらくして、香織の声が聞こえた。お膳を取りに来たらしい。
「ねえおねえちゃん、食べないとダメだよ」
 何も答えない優美に、香織は同じ言葉を繰り返した。

「……おねえちゃん?」
 それからしばらく黙っていたが、再び香織は姉を呼んだ。声が少し震えていて、救いを求めているかのように聞こえた。
「……おねえちゃん、おへやにはいるよ……?」
 それでも優美は答えなかったので、一呼吸置くと、香織はついにドアを開けてしまった。

「おねえちゃん、あかり、つけるよ」
 そう言うと、香織はドアの側にあるスイッチに手を伸ばした。姉妹で部屋の作りが同じなので、暗くても場所が分かった。

「……あ」
 灯りがついた瞬間、香織は優美の異常な服装に気付いた。上は普段着なのに、下にブルマを穿いている。
 二人の帰りを出迎えた時は、コートを着ていたので分からなかった。
 香織はこれではっきりと姉のおもらしを知ってしまった。

「…………!!!」
 すっかり忘れていた優美は体の向きを変えた瞬間にようやくそのことに気付いてびっくりした。
「出てって!」
 とっさに下半身を布団で隠し、大声で叫んだ。たとえすでに露骨だったとしても、絶対に知られたくなかった。
「あっち行ってよ香織!出てって!!」
 自分を凝視したまま動こうとしない香織に向かって、優美は声を震わせながら再び叫んだ。
 驚きと憐れみの混ざった妹の視線に心が突き刺されているようで、苦しかった。

「おねえちゃん……どうして……そんなこというの……?」
 二回怒鳴られた香織は、かすれた声で搾り出すように、そう言った。目には涙が浮かんでいた。
「わたし、おねえちゃんのこと、心配してるだけなのに……どうして……?」
 優美の秘密を見てしまったことはもう頭に無かった。
 自分の心が伝わらないことが、ただ悲しかった。

「どうして……?わたし、おねえちゃんのこと……しんぱいしてるだけ、なのに……!」
 それ以上もう何も言えなかった。
 香織は顔を覆ってその場に崩れこみ、声を上げて泣き始めた。
 それを見てようやく自分のしてしまった罪に気付いた優美は、ふらふらと香織のもとに寄り、自分よりも少し小さなその体に抱きついた。
 ずっと自分のことを心配してくれてきた大切な、ただひとりの妹。
 自分の苦しみだけに囚われて、その想いをないがしろにしてしまっていた自分が情けなかった。

「……ごめん……香織……ごめんね……っ……!」
 香織の体の暖かさを感じるよりも早く、優美も泣きだしていた。
 妹と自分の胸の鼓動が重なってゆくのを感じながら、優美は息が苦しくなるほど強く、香織の体を抱きしめた。
 香織は抱きしめられた瞬間、体をびくっと震わせたが、すぐに優美の背中に両手を伸ばした。
 間を妨げるものが無くなると、そっくりな姿をした二人の少女は、さらに強く互いの体を抱きしめ合った。
 平らな胸と胸とがぺたりとくっつき合い、動くたびに互いの胸骨がこすれ合うのがはっきりと分かった。
「ぉねぇちゃん……おねぇ……ちゃん……!」
 泣きながら自分を呼び続ける妹の声を聞きながら、優美は喜びと悲しみに体を震わせていた。
 大好きな香織とずっといっしょにいたい。もう離れたくないと思った。
 明日から先がどうなるかはまだ分からなかったが、全てが終わったら、たくさんの時間を共に過ごしたいと思った。

 失ってしまった大切な時を少しでも取り戻すかのように。
 すれ違い傷つけ合ってしまった心の傷を舐め合うかのように。
 優美と香織はそのまましばらく互いの体を離そうとはしなかった――。


「……あのね、おねえちゃんにあげたいものがあるの」
 代わる代わる聞こえていた二人の泣き声が止み、さらに少しの穏やかな時が流れた後、香織はふとそう言って、自分の部屋へと戻っていった。
 優美は妹の姿を見送りながら、体中に暖かいものが満ちているのを感じた。

「――これ、おねえちゃんにあげる……」
 戻ってきた香織は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、手の中にあるものを優美に見せた。
「すこし前に買ってきたんだけど、なんだかはずかしくて、ひみつにしてたの……」
 お守りだった。中央に金色の文字で合格祈願と書かれていた。
「……ありがとう……」
 喜びと驚きの混ざった表情をしながら優美はそれをゆっくりと手に取ると、両手で包み込んで胸に押し当てた。
 収まっていた涙が、再び頬を伝い始めた。
「おねえちゃん、おおげさだよぉ……」
 それを見た香織は嬉しさと恥ずかしさの入り混じったような表情でほほえみ、再び目に涙を浮かべた。
 幸福が二人の心を満たしていた。

 優美は、もう大丈夫だと思った。
 明日も明後日も、またおなかが痛くなっても、頑張れると思った。
 香織のために、両親のために、自分を応援してくれているたくさんの人のために、そして何よりも自分のために、合格したいと強く思った。
 失っていた希望を、取り戻したのである。

「わたし、明日もがんばるから」
 香織と共に一階の両親の前に行った優美は、力強くそう宣言した。
 もう何も怖いものは無かった。保健室で受ければ、いつでもトイレに行ける。もう恥ずかしくない。下痢に負けずに頑張れる。
 長い心の苦しみから解放された優美の瞳は、きらきらと輝いていた。

 温めなおしてもらったおかゆを食べた優美は部屋へと戻り、明日に備えて勉強を始めた。
 窓の外でしとしとと降り注いでいた冷たい雨は、いつの間にか止んでいた――。


<7> / 1 2 3 4 5 6 7 / Novel / Index

 そして春がやってきた。

「おねえちゃん、見て!」
 入学式に着て行く制服を慣れない手つきで着終えた優美の前に、よそゆきの服に身を包んだ香織が走ってきた。
「にあうかな?」
 半年ほど前までは優美のものだった服である。今の香織にはぴったりだった。
 優美が合格した学校は入学式が普通よりも多少早く行われるので、まだ春休みの香織はそれに参加することができるのである。
 カレンダーの日付は四月二日である。これから六年間通うことになる学校を受験してから、もう二ヶ月が経っていた。すでに、あの苦しみの日々も遠い日の出来事となりつつある。
「うん。とってもよくにあってるよっ」
 優美は穏やかにほほえんだ。
「おねえちゃんみたい?」
「……ほら、そっくり」
 優美は机の上にある写真を香織に見せた。一年前の春休みに、旅行先の北海道で撮影したものである。今の香織と同じ服を着ている優美が家族といっしょに映っていた。
「わぁ……」
 先ほどまで鏡の前にいた香織は、すぐに今の自分と当時の姉がそっくりなことが分かって、頬を赤く染めた。

「……ごはん、食べにいこっか?」
 優美はしばらく幸せそうな香織を見つめていたが、やがて香織が写真を置くと、愛でるようにそう言った。
「うんっ!」
 二人は手をつなぎながら一階へと下りていった。
 歩くたびに窓から流れ込む暖かい風が体中を伝わって心地良かった。

 食欲旺盛な優美は三枚のパンを食べ、香織もそれをまねした。
 今の優美のおなかは健康そのものである。
 結局、あの日を最後に優美はもう一度も下痢をしていない。
 だから、二日目は予定通り保健室で受けたものの、その意味はあまり無かった。
 三日目、続いて四日目も教室で受け、その帰りに立ち寄った二日目の学校で自身の合格を知った。第二志望校に受かったのである。

「ごちそうさまっ!」
「わたしもごちそうさまっ!」
「……じゃあ、そろそろ行きましょうか」
 やがて二人が食事を終えると、恵はゆっくりと食卓から立ち上がった。

「いい天気……」
 玄関を抜けると青空が広がっていた。
 幸せな少女たちを祝福するかのように春の風が優しくそよぎ、かすかに桜の匂いがする。
 眩しい輝きの中で、優美はうっとりとして目を細めた。

「おねえちゃん、おいてっちゃうよっ」
 両親の後を追いかけながら香織がそう言うと、優美も慌てて後を追った。


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