No.07「妹のにおい(中編)」

 彼崎 未来 (そのさき みき)
 8歳 みそら市立下里第一小学校2年2組
 身長:121.3cm 体重:20.2kg 3サイズ:56-43-58
 胃腸が生まれつき弱くて下痢ばかりしている、可哀想な女の子。

 ヒロインの物語開始直前一週間の日別排便回数(←過去 最近→)
 7/13/9/6/4/8/5 平均:7.4(=52/7)回 状態:下痢

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「……はあ、はぁ……は……」
 荒く苦しげな呼吸が、真冬の静かな通りに響きわたる。
 未来はボロボロに疲弊しきった体を必死の思いで動かし、ふらふらと痛ましげな様ではあるが、それでも確実に家へと歩を進め続けていた。
 一歩足を前に踏み出すたびに凍えるような空気が全身にまとわりつき、体中がぶるぶると震える。
 おしりに貼り付いている下痢便も、すでに排泄された時の温もりを完全に失い、冷たい泥の塊となって未来の下半身を冷やし続けていた。
 その一方で体温は四十度近くまで上がっており、未来はもう今にも脱力しきってその場に崩れこんでしまいそうだった。

(おうち……おにいちゃん……)
 それでも未来が歩き続けることができるのは、家にさえ帰れれば暖かく穏やかな世界が待っているという希望があるからだった。
 もちろん、家に帰っても下痢、この日はさらに発熱といった肉体的な苦しみから逃れることはできないが、しかし心の痛みは忘れることができる。
 いつでも気兼ね無くトイレを使えて、しかもそこでの汚らしい行為を咎める者は誰もいない。
 ――未来にとっての自宅は、普通の女の子にとってのそれと比べても明らかに特別な、何物にも代えがたい安らぎの空間となっていたのである。
 特に今日は大好きなおにいちゃんが早く帰ってくる。もしかしたら、もう帰っているかもしれない。
 その可能性が、今にも倒れそうな未来の幼くか弱い肉体に力を与えていた。
「はぁ……はぁ……」
 その家まで、もうあとわずかで着くのである。
 未来は引き寄せられるようにして、小さな体を前へ前へと運んでいった。


「……はあーー……はぁー、はあー……」
 やがて遠くに家の屋根が見え始めた時、未来はいくらか早足になっていたが、家へと急いでいる理由は、トイレから逃げ出した時とはいくらか異なっていた。
(きもち、わるいぃ……)
 しばらくの間弱まっていた吐き気が、再び激しくなり始めたのだ。
 それはもう一分ほど前から、トイレで経験したあと一歩で嘔吐をしてしまいそうだったあの吐き気と同じぐらい、重いものとなっていた。
 突然として意識を飲み込み始めた未来の吐き気は、あまりにも急激にその圧迫感を強めつつあったのである。

「はぁ、はあー……ぅう……っ……」
 すっぱい液体が、次々と食道を上がって口の中へと流れ込んでくる。
 早歩きを続けているにも関わらず、未来の顔は血が引いて真っ青だった。全身から冷たい汗が流れ出て、胸の辺りが特にひやりと冷たくなっている。
 胃の中で何かが揺れているような感覚がし、時折ごぼごぼとした不気味な音が聞こえてきていた。
(はやく、はやく……)
 吐き気につられるようにして頭の痛みも再び激しくなり、視界はわずかに揺れて何かが身体の中をぐるぐると回転しているような感じがする。
 もはや未来が胃の中身を吐き戻してしまうのは時間の問題のようであった。
 それは本来ならば、もう何分も前に行われていたはずの行為である。再び訪れた吐き気があっという間に切羽詰ったものとなってしまったのは、当然の結果だった。
 もう嘔吐から逃れることはできないのだ。未来もそれを本能的に感じ、こんなところでは吐きたくないと思って足を無理矢理に速めているのであった。

「はあー……はぁー……うぐっ!」
 数十秒の後、何とか吐き気をこらえながら家の前へと辿り着いた未来は、門を通ろうとした瞬間に激しいえずき声を上げた。
 家まで着いて緊張がわずかに緩んだのか、吐き気がさらに一段と強まったのである。
(だめ……はやくっ……)
 胃液が次々と逆流し、口の中のすっぱさが急速に濃くなってゆく。
 未来は慌ててランドセルを下ろし、震える手で中をまさぐり、鍵を取り出した。

「――っ!」
 一思いにドアを開けた瞬間、未来は胃の内容物が急速に食道をせり上がり始めるのを感じてしまった。いよいよ時間が無い。
 玄関へと走り込んだ未来は鍵など閉めている暇も無く、ランドセルを放り投げ、めちゃくちゃに手を動かして靴を脱ぎ捨てた。すぐ目の前に、トイレのドアが見える。

 だが、胃の中身が逆流する速度は、未来の体の動きよりもずっと速かった。
「うぶっ!?」
 足を玄関から床へ上げると同時に、未来は目を見開き、それまでにない濁った声を上げた。背中が曲がり、体が硬直して足が止まる。
 一瞬遅れて、未来のふくよかで愛らしい頬がパンパンに膨れ上がった。
 ドロドロに溶けた胃の内容物が、ついに食道を昇りきって小さな口の中まで流れ込んできたのである。
「ぅうぷぅうっっ……!」
 未来はとっさに右手で口を押さえつけ、さらに左手もその上に重ね合わせて吐瀉物の噴出を抑え込んだ。凄まじい圧力が閉ざされた唇とその上の両手に掛かり、くぐもったうめき声が漏れる。
 そのわずかな間にも、大量の熱い流動物が食道を逆流し、口の中に流れ込む。
(はやくおといれっ!)
 未来は顔を上げ、慌ててトイレに向かって走りだしたが、もう体は限界を迎えていた。
「ぅううぅぉぷ……」
 わずかに数歩前に進んだ瞬間、未来は苦しげなうめき声を上げながら、再び足を止めて背を深く折り曲げ始めた。
 もちろん自ら望んでそうしているのではなく、体が勝手に丸まってゆくのである。もうどうしようもなかった。視界がぐるぐると周ってゆく。

 そして、未来の小さな身体が痛々しい「く」の字を描いた瞬間、
「ぐぅぅうぶっっ!!」
  ビュシュリュリュリュリュッッ!!
 激しい声の破裂と共に、重ね合わせられた未来の手の指の隙間という隙間から、クリーム色の流動物が噴出した。
 ついに未来は嘔吐してしまったのである。胃の内容物が口内の許容量を完全に超え、唇を押し開けて外へと溢れ出し始めたのだ。
「うぅぇええぇええぇぇぇっっっ!!」
  ドポドポボチャビチャボチャベチャチャッッ!!!
 たまらず未来が両手を浮かすと同時に小さく開いていた口が全開となり、まとまった量の吐瀉物が足元の床へと激しく叩きつけられた。
 外からの圧迫が無くなったことで、口の中に溜まっていたものが一気に吐き出されたのだ。
 一瞬で足元の床、さらには半歩前に踏み出された右足までもがドロドロの吐瀉物まみれとなり、湯気が立ち上り始めると同時に、生臭い悪臭が未来の周りの空気を汚染し始めた。
 未来の吐瀉物はやはり未消化の給食で、クリーム色の流動物の中にはニンジンやブロッコリーやタマネギなどのかけらが元の色のままで浮かんでいた。軟らかくふやけた食パンの破片も見て取ることができ、特に茶色い耳の部分は緑黄色野菜のかけらと同じぐらいに目立っていた。
 この日の献立は、牛乳と食パンとクリームシチューである。未来の吐いた未消化物はどれもほとんど口の中で噛み砕いた時のままであった。

「ぐぷっう、うおおおおぉえぇええぇっっ!!」
  ビシュビシュビシャビシャビシャアァッ!!
 一息置いて再び未来は勢いよく嘔吐し、小さく可愛らしい口から大量の未消化物を撒き散らした。
 自身の吐瀉物のグロテスクな外観と鼻を突く酸性の悪臭、そして口の中に広がる異様な味と質感が、未来の嘔吐欲求をさらに強く刺激する。
「げえっ!ぅぅえええっ!げほっ!ごほっ!」
 未来は顔を酷くゆがめて大粒の涙を床に落としながら、普段よりもだいぶ低い、異様な質感の声でうめきえずいた。
 胃と頭とがぐるぐるとして、とにかく異常に気持ちが悪い。下痢の苦しみには慣れている未来だったが、嘔吐の経験は普通の幼女よりもわずかに多い程度で、この類の苦しみには耐性が無かった。
「ぐぅぅえええぇぇえっ!! げぼっ!おぅえええぇぇっ!!」
  ビチュボポビチャベシャッ!! ドプッ!ベチャビチャビシャァッ!!
 獰猛な吐き気が、未来の幼くか弱い身体を荒々しく揺さぶり続ける。
 食道を熱いものが駆け上り始めたと思った瞬間には、もう口から未消化の給食が吐き戻されていた。
 発熱に伴う全身の鈍重な違和感と嘔吐の苦しみとが混ざり合い、未来の意識をめちゃくちゃにかき乱す。
 粘性のある白い糸を口から垂らしながら、未来は膝を折り曲げて崩れるように座り込んだ。もう立っていることができなかった。

「げええぇえぇぇえっっ!!」
  ドパビチャビシャベチャボチャッッ!!
 座り込んだ未来はさらに激しい吐き気に襲われ、たまらず膝の上へと吐瀉物をぶちまけてしまった。
 赤いコートの上にクリーム色の汚物が広がり、裾からはとろとろと床にこぼれ落ちてゆく。
 せっかくトイレに入った時に寒い思いをしてまで下痢便から守ったコートなのに、予期せぬ形で惨めな姿に汚してしまった。
 これでは相当丁寧に洗濯しないと元通りにはならないであろう。大粒の涙がその吐瀉物の上へぽたぽたと流れ落ちては吸い込まれてゆく。真っ青な顔を苦しげに歪ませながら、膝の上の自身が吐き出してしまった汚物を見つめるあどけない未来の姿は、あまりにも痛ましいものであった。

「うおぉぇっ! げぽげほ、ごぽっ!……ぅげえっ!げほっ!」
 幸いにして、その嘔吐を最後に未来の吐き気は治まりを見せ始めた。
 未来は胃の中にわずかに残っている違和感を押し出そうとして、肩を上下させて荒い呼吸を繰り返しながら重苦しいえずき声を何度も上げた。

「うえぇぇっええっ! ……えふぅっ……あ……はぁっ、はぁっ!!」
 ……だが、もう胃の中身は逆流してこなかった。
 違和感の元があまりにも少量なのか、それとも、中身を押し上げる力がもはや胃に残っていないのか。未来の気持ち悪さは吐くまでもなく弱まり始め、やがて穏やかに治まってしまった。

「はあっはぁっ……はあっ、はぁー……はあぁ」
(や……どうしよ……)
 頭を動かす余裕を得た未来は、めちゃくちゃに汚してしまった膝の上と周囲の床を眺め、途方にくれた。
 汚れが酷くてどうすればいいか分からない。ただ自身の吐瀉物が臭くて汚いという感覚があるだけであった。
「あっ、はぁーはぁっ……はっ、ぁあ……すっぅぅうっ……うぇぇ、ぇぇ……っ……」
 体が重くて動かない。逃れたいものから逃れられない。
 自身が吐き戻した無惨な姿の給食を見つめながら、未来は静かにすすり泣き始めた……。


(……きれいに……しなくちゃ……)
 それから何分かして体を動かせるだけの力を取り戻して同時に心も落ち着けた未来は、吐瀉物まみれになってしまっている右足の靴下を脱ぎ捨てると、汚れた両手を床についてふらりと立ち上がった。
 できることならもう一刻も早くお風呂に行っておしりを洗い、そしてパジャマに着替えて横になりたかったが、しかしこの惨状をこのままにしておくわけにはいかなかった。
 もうすぐおにいちゃんが帰ってくる。未来はそれまでに床を綺麗にしなければと考えたのである。
 怒られる可能性はまず無いから、それに脅えているのではない。迷惑をかけたくなかったのだ。

「は、あ……」
 汚れたコートをひとまずその場に脱いだ未来は、体中に貼りつくような寒さを感じて小さく体を震わせ声を漏らした。
 たまらず未来は後始末から逃げたくなったが、すぐに思い直すと、吐瀉物でべとべとに汚れている手をまずは綺麗にしようと思い、洗面所に向けて足を踏み出した。

 ――ちょうどその時であった。
  ガチャッ
 すぐ後ろから、鍵の回る音が聞こえてきたのである。
 未来はどきりとして振り返り、玄関のドアを見つめた。おにいちゃんが帰ってきたのだ。
 だが、未来が鍵を閉めないで中に駆け込んだため、鍵を開けようとした彼の行為はかえって鍵を掛ける結果となり、すぐにドアが開くことはなかった。
 わずかな静寂。未来は自身の吐瀉物の生臭いにおいに顔をしかめながら、喉をごくりと鳴らした。
  ガチャッ
 再び鍵の回る音がした。
 そしてドアが静かに開けられ、未来の大好きなおにいちゃん、彼崎直樹が家の中へと入ってきた。
「未来……?」
 直樹は家の中の惨事を見るなり、驚いて動きを止めてしまった。
 赤く腫れた瞳で自分を見つめている妹と、その足元に広がっているクリーム色の、ドロドロとした吐瀉物らしき物体。
 あまりにも予想外の光景であった。

「……未来、具合が悪かったのか?」
 しかし、その光景は異常なものではあったが、同時に分かりやすいものでもあった。
 すぐに直樹は妹に何があったのかを理解し、靴を脱いで床へと上がった。その時に雑多に脱ぎ捨てられた妹の靴に気が付き、どうやら下校中に吐き気をもよおして慌てて帰ってきたがトイレまで間に合わなかったのだろうと、より具体的な推測も得ることができた。
 吐き出された汚物こそ異なるものの、似たようなことはこれまでにも何度もあったので、直樹は状況を容易に把握することができたのである。

「うん……きもちわるかったの……おにいちゃん、ごめんなさい……」
 小刻みに体を震わせながら謝る妹の顔は、いつになく血の気が引いてげっそりとしていた。
 その胃の中にあったはずの生臭い吐瀉物の中には、全く消化の進んでいない給食の具が浮かんでいる。
 その様を観察しながら未来のもとへと近づいた直樹は、妹の体から便臭も漂っていることに気が付いた。路上でうんちを漏らしてからその臭いを嗅ぎ続けている未来は鼻が麻痺してほとんど感じなくなってしまっていたが、依然としておしりに付着している下痢便からは独特の悪臭が立ち上り続けていたのである。
 さらによく見るとスカートには大きな丸いシミができている。どうやら下着もだいぶ汚してしまっているようだと直樹は思った。
 まさに吐き下しである。直樹はそれらの痛ましい様子を一通り見て、未来が相当に酷く体調を崩してしまっているようだと感じ、心を痛めた。

「具合が悪かったんだから、仕方が無いさ。ほら、そんな顔するな」
 直樹は優しく微笑みながら未来の傍にしゃがみ込み、まつげを濡らしている涙の雫をそっとぬぐってあげた。
「未来は笑ってるのが一番可愛いよ。未来が泣いてるとお兄ちゃんも悲しくて泣いちゃうぞ?」
 とっさに口を出てしまった慰めの言葉に赤面しながら、直樹はさらに未来の小さな背中を愛でるようにさすってあげた。
 それに反応して表情を緩め、体の震えを穏やかなものにする妹の姿は可愛らしかった。
「おにいちゃん……もっとなでなでして……もっと……」
「よしよし、百回でも千回でもなでてやるぞ」
 未来は甘い声を出しながら、目を細め、潤ませ始めた。安堵と喜びによるものである。
 朝からの過酷な苦痛の連鎖の果てに、ようやく得ることができた安らぎだった。
 こうなると、もう後始末のことも考えられなくなる。大好きなおにいちゃんにこうやって体を触られると、未来はいつも意識が甘く溶けてしまうのだ。
 やがて未来は頭を直樹の胸に擦りつけ始めたが、もし両手が吐瀉物で汚れていなかったら、もうとっくに抱きついておにいちゃんと一つになっていたはずである。

「……未来、風邪ひいてる? 熱があるんじゃないか?」
 少しして、直樹はふとそう言った。
 最初から予想していたことだが、やはり妹の体がいつもよりも熱かったのだ。
「うん……みき、ねつある……」
 未来は直樹の胸に頭を押し付けたまま、弱々しく答えた。
「みき、インフルエンザに、なっちゃったの……」
「え……?」
 さらに未来は付け加えた。もう、確信していたのだ。
 それを聞いた直樹は突然の言葉に戸惑いながらも、今年のインフルエンザの症状を思い出した。
 発熱、そして激しい下痢と嘔吐。流行り始めた頃から、未来が感染してしまったら大変なことになると危惧していたものである。
「……うーん……俺はそうじゃないと祈りたいけど……」
 わずかに間を置いて直樹はそう答えた。が、その言葉とは裏腹に、目の前に広がっている妹の痛ましい吐瀉物を見ると、本当かもしれないと思えた。
 吐瀉物の生臭さと未来の下半身から漂っている便臭とが、混ざり合って直樹の鼻を突き続けていた。

「そうだ未来。ちょっと熱を診てみようか」
 少しして、直樹は未来の肩をそっと掴んで自身からわずかに離し、その小さな可愛らしい額へと手を伸ばした。
 貼り付いた前髪を払って手の平を当てると、汗のぬるつきと同時に、明らかに普通でない熱さがはっきりと伝わってきた。
「んー……これは確かにだいぶあるな……」
 これでは四十度近くまで発熱しているかもしれない。
(こりゃ本当にインフルエンザっぽいなあ……)
 額に当てられた手を大きな瞳でぼんやりと見つめている妹の姿が、愛らしくも痛ましかった。

「……未来、おなかの具合は?」
 妹の額から手を離した直樹は、さらにそう尋ねた。こうなると、それが最も気になることである。
「おなかピーピーだよ……いつもより、ずっと……」
「そっか……」
 そしてうつむきながらなされた未来の返事は、残念ながら予想通りのものだった。
 普段から下痢を繰り返している妹がそこまで言うからには相当酷く下しているのだろう。
 この調子でよく帰りの会まで出席できたものだと直樹は思った。
「かわいそうに、大変だったんだな……」
 直樹は未来の背中から手を離し、今度はおなかをさすり暖めてあげた。
 だいぶ穏やかになってはいるが、未来の呼吸は相変わらず苦しげなものである。
 その小さなおなかは、今は幸いにして落ち着いているようだが、またいつ猛烈に下り始めるかも分からなかった。
「未来、パンツとかは、汚しちゃってないか?」
 早く体を綺麗にして布団に入れ、暖かい思いをさせてあげたい。
 そう感じた直樹は、一呼吸置くとすぐにおもらしのことを未来に尋ねた。
 ――が、未来はそれには答えられなかった。

  ……グギュルルウウゥゥゥゥーーーーッ……

 直樹がしゃべり終わるのとほとんど同時に、未来のおなかから重苦しいうなりが響いたのである。
「未来……?」
「……あ、ぁ……」
 それと同時に、未来は小さくうめき声を上げながら、体を震わせ始めた。
 ほのかな桜色に染まっていた頬が、目に見えて青白くなってゆく。
 これまで落ち着いていた未来のおなかが、再び激しい下痢の様相を見せ始めたのだ。直樹もすぐにそれに気付いた。
  ギュルキュルルルルルルッッ!!
「ごめ、おにいちゃ、みき、おトイレっ!」
 次の瞬間には、未来はトイレに向かって走り出していた。

  ジュボボボポボボボッッ!! ジュボビチビチビチュビヂジュビボポッ!!
 そして未来の姿がトイレの中に消えたかと思った時には、もう激しい排泄の音が聞こえてきた。
 トイレのドアは駆け込む時に半開きにされたままである。鍵を掛ける掛けない以前の問題だった。
 自身の排泄物やそれを出している姿を兄に見られることにあまり抵抗が無い未来であったが、それでも余程のことが無い限りはちゃんと戸を閉め鍵を掛けてから排泄している。明らかに異常事態であった。
「ふっううぅぅぅう……っ……! んくぅっ!」
  ブビッ!ブウウゥーーッ……プビッ! ビュルボジュポジュブポッッ!
(未来……)
 さっきまでは全く平然としていたのに。直樹は呆然として、開かれたドアを見つめていた。
 あの一瞬でそれほどまでに急激に便意が高まってしまうというのは、にわかには信じがたいことである。
 だが、実際に未来はドアを開けたまま下痢をしている。その腹具合は、やはりいつもと比べてもだいぶ酷い状態であるようだった。

「はぁ、はぁ……ぁふぅっくぅぅんんっ!!」
  ブボッ!! ブリチュチッ! ブチュビチブチュブリビチビチッ!!
  ブボポボポポポビジュッ!! ジュボジュウウウゥーーッ! ビィッ!
 トイレの中から聞こえてくる音は、主に水面へと水が注ぎ込まれる際に起こる衝突音であった。
 未来は相当に液化した下痢便を排泄しているようである。まさにピーピーなのだろう。
 そしてその音と音との境目には、苦しげなうめき声が聞こえてくる。おそらく、おなかの激痛に悶え全身に脂汗を滲ませながら、苦悶の表情で下痢便を排泄しているのであろう。
 痛ましい音の連鎖が響き聞こえてくる中、直樹は未来の吐瀉物を拭くためのティッシュペーパーを取りに、静かに居間へと向かった。


  ゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッッ……
 水洗の音と共に、げっそりとした表情の未来が背を曲げうつむきながらトイレの中から出てきたのは、それから数分後のことだった。
 ペーパーを巻き取る音が二回ほど聞こえていたが、それでは明らかに少ない。
 風呂場でまとめて洗うつもりなのだろうと直樹は思った。痔に悩んでいる未来にとって、ペーパーで肛門についた下痢便を拭き取るというのはかなりつらい作業である。避けられるならば避けたいことなのだ。

「……おにいちゃん……ごめんね……」
 しゃがみ込んで床を拭いている直樹を見て、未来は力無い声で申し訳無さそうに謝った。
 すでに床に撒き散らされた吐瀉物の大部分はざっとではあるが拭き取られ、床の隅には汚れたペーパーの山ができあがっていた。
 結局、未来はいつものように、自分が出した汚物の後始末を直樹にしてもらうことになってしまったのである。
 未来は幼いなりに情けなかった。こういう自分が嫌いである。
「いいんだよ。こういうことは俺にまかせて、未来は早く休まないとね」
 直樹はつまんでいたペーパーをそっと山の上に乗せると、優しい表情で未来を見つめてそう答えた。
「それより未来、おなかの具合は落ち着いた?」
「うんちはしたくなくなったけど、でも、まだいたい……」
 吐瀉物のことから意識を逸らさせてあげたいと思い、直樹が具合を尋ねると、未来は重い表情でそう答えた。
 いつもならおなかに添えられているはずの手が、付着した吐瀉物のためにそれができず、所在無くだらりと垂れ下がっている。あとでトイレのドアも綺麗にしなければならないと直樹は気が付いた。

「……あのね……おにいちゃん、みきね……学校の帰りに、うんちもらしちゃった……」
 それから未来は小さく喉を鳴らすと、唐突に自身の粗相を告白してしまった。
 その告白は、おもらしの後始末を手伝ってほしいというサインでもある。
 家に帰った時点では未来はまだ自分で後始末をするつもりだったが、直樹が帰ってきて、嘔吐してしまったことを優しく慰めてもらった辺りから、もうそうする気力は無くなっていた。外からずっと続いていた緊張が溶け、頭がおにいちゃんへの甘えモードに入り始めていたのだ。
 おむつを穿いていた頃は毎日のように直樹におしりを拭いてもらっていた未来は、まだ幼く羞恥心が未熟なこともあり、下痢便で汚れたおしりを彼の眼前に晒すことに今でもほとんど全く抵抗が無かった。
「そうか……じゃあ、お風呂でおしり綺麗にしようか」
「……うん」
 ちょうどそのことを再び尋ねようとしていた直樹は、未来の告白を聞くと、すっと立ち上がって浴室へと歩き始めた。
 未来も、床に所々残っている自身の吐瀉物とその側のペーパーの山を一瞬だけ見つめたのち、すぐに兄の後を追った。


  ジャアアアアアァァーーー……
 それから数分後の浴室。
 蛇口から出てくるお湯に手をかざしながら温度を調節している直樹を、未来は後ろから見守っていた。
 洗面所で石鹸を使って丁寧に両手を洗い、さらに何度もうがいをして文字通り身体にこびり付いていた嘔吐の痕跡を払拭したため、その表情はさっきまでよりもいくらか爽やかなものとなっている。
 もちろん鈍く続く腹痛や頭痛が消えたわけではないが、それでもだいぶ身体の感覚が違っていた。
「――よーし。じゃあ未来、後ろ向いて」
「うん」
 調節の終わった直樹がお湯を流したままにしながら、未来の方を振り向いておしりを向けるよう言うと、未来はすぐさまくるりとその体を回転させた。
 それと同時に直樹の目には丸いシミが映った。周りが濃紺色なのであまり目立ってはいないが、よく見るとその茶色を周囲の色とはっきり見分けることができる。
 未来の振る舞いにそれへの配慮が見受けられないので、どうやら本人は気が付いていないようだと直樹は思った。――実際は忘れてしまっているのだ。

「じゃ、まずスカート脱がすぞ」
「うん……」
 そして直樹は、未来のスカートの横に着いているファスナーをゆっくりと下ろし始めた。
「――ん?」
 だが、その手はわずかに動いた後、すぐに止まってしまった。
 いきなりスカートの中から下痢便まみれのおしりが現れ、未来がまだショーツを穿いているとばかり思っていた直樹は困惑してしまったのである。
「未来、パンツはどうしたんだ?」
 手を止めたまま、責めているように感じさせないよう、優しく尋ねる。
「公園のおトイレにすてちゃった……」
「そっか……」
 それを聞いて、直樹は妹がどういう状況で下痢を漏らしてしまったのか、ある程度推測することができた。
 おそらく、下校中にもよおして公衆便所に向かったものの、途中で間に合わず限界を迎えてしまったのだろう。家の近くで漏らしたのならそのまま帰ってくるはずだから、その可能性は高いと考えられた。
 漏らした後にトイレに入ったにも関わらず後始末が全くされていないのを妙に思いもしたが、もうそれ以上は追求しないでおいた。

 スカートのファスナーをさらに下ろしてゆくと、未来の小さく愛らしいおしりを見る影もなく汚しきっているおもらしの痕跡――白い肌にこびりついた茶色く醜い下痢便が、はっきりとその姿を示し始めた。
 排泄されてからだいぶ時間が経っているせいか、未来の下痢便は尻たぶに貼り付いて固まっており、下へと垂れ落ちることはない。が、それから立ち上る臭いは依然として強烈で、汚れた尻たぶの半分が姿を現す頃には、二人の周りをそれまでにない濃密な便臭が包み込んでしまっていた。
 白く透明な素肌を蹂躙しきっている大量の下痢便を見て、相当に激しいおもらしだったのだろうと直樹は感じた。
 おしりのあちこちに貼り付いている未消化物の未消化度合いからしても、妹のおなかはかなり酷く下っていたようだと分かる。おそらく、腹痛と便意もこれ以上無いほどに激しいものだったのだろう。
 小刻みに震えている下痢便まみれの哀れな未来のおしりを見つめながら、直樹は地獄のような我慢の末に始まってしまったであろう妹の爆発的な脱糞を想像し、改めて胸を痛めた。

 そしてすぐにその汚れの全てを産み出した、しかしそうとは信じられないほどに小さくいたいけな、未来の幼い肛門が見え始めた。
 数分前に再び熱い下痢便の濁流を吐き出したばかりのためか、肛門の粘膜はまだぬらぬらと湿っていて、その赤く腫れ上がった痛々しい様をはっきりと見て取ることができてしまっていた。
 痔の症状は相変わらず重いようである。汚物にまみれながら苦しげにひくひくとうごめく妹の肛門を見て、後で丁寧に薬を塗ってあげなければと直樹は切実に感じた。

 スカートを脱がせ終わった直樹が、未来に上着をたくし上げておしりを突き出すように指示すると、未来は未成熟な桜色の乳首が見えてしまうほどに上着をめいっぱいたくし上げ、さらに体を浴槽に寄りかからせると、真ん中にある肛門の皺までもがはっきりと見えてしまうほどにおしりを大きく後ろに突き出した。
  ブビィ……ッ……
 勢い余ったかのように、小さなおならまでもが放たれる。
 ガスの放出と同時に肛門が膨らみ直後にすぼまる様子が、未来のおしりを間近で捉えている直樹の目にははっきりと見えてしまった。

「――じゃ、シャワーかけるぞ。もし熱かったりしたら言ってくれ」
「うん」
 未来の大げさな動作にいくらか驚きながらも、すぐに直樹は蛇口から出ているお湯をシャワーに切り替え、眼前に突き出されている妹の臭く汚れたおしりに向けてお湯を浴びせ始めた。
  シャアアアァァパシャパシャァァパシャ……
「……ふぅ、んん……ふぁぁ」
 暖かいシャワーがおしりにかかり始めると、未来は体を大きくぶるっと震わせ、それから感じ入るかのように全身を小さくくねらせ始めた。
 おしりに優しく降りかかってくる温水は、今の未来にとっては目に涙が浮かぶほどに気持ちの良いものであった。
 長時間にわたって冷たく不快な思いをしてきた未来の下半身は、まさにこのような滑らかな温もりを求めていたのである。

「未来、気持ちいいかー?」
「ふにゃあ」
「そうか、気持ちいいんだな。よしよし」
  シャパシャアァパシャァァパシャシャァァァ……
 水の降る柔らかい音と共に、未来の尻たぶにこびりついた下痢便が細かく溶かされ、流れ落ちてゆく。
 それは途中でさらに分離して赤や緑のかけらの混ざった薄茶色の流れとなり、床のタイルの上から次々と排水溝の中に吸い込まれていった。
 途中で未来はそれに気付き、足元を流れてゆく自身の下痢便を暗い表情で見つめ始めたが、すぐに脅えるようにして目を逸らしてしまった。

「……はぁぁぁ……」
 やがて泡だったスポンジが丸まった未来のおしりを包むように滑り始めると、未来はあまりの気持ち良さに、瞳をぼんやりとさせながら全身の筋肉を柔らかく弛緩させ始めた。
 すでにおしりにこびり付いた下痢便はほとんど洗い落とされ、未来のおしりは元の愛らしい純白を取り戻してきている。
 天井の電灯から放たれる光がつるつるの肌を輝かせ、未来の小さなおしりはまるでむき卵のようであった。
 その様だけを見ると、とてもではないがあんなに汚い下痢便が中から出てくるものだとは思えない。あまりにも繊細で可愛らしい未来のおしりであった。
  ……パシャシャアァァパシャァァァァ……
「あぁぁ……」
 未来は穏やかに力の抜けた表情で、おしりを滑る快感に酔いしれていた。
 疲れたおしりを安らぎが満たし、目の前がゆっくりと白く溶けてゆく。
 元々発熱のせいで意識が弱まっていることもあり、こうしているとそのまま気を失ってしまいそうですらあった。
「ふぁ……」
 眠りの国に飛んでしまいそうな甘い浮遊感を感じながら、未来は本当にその瞳を徐々に閉じ始めた。高くたくし上げられていた上着が、ゆっくりとずり下がってゆく。

 ――だが、その安息は一瞬にして打ち破られることになった。
  グウゥッ
「っ!?」
  キュウゥグウウゥゥゥーー
「い……あぁ……」
 ごくわずかな痛みの続いていた未来のおなかが再びねじれるような熱い痛みを発し、それが急速に膨らみだしたのである。
 直後に猛烈な便意がおなかを駆け下り始め、未来は緩んでわずかに盛り上がっていた肛門を慌てて締め付けすぼませた。
 大腸が激痛を全身に響かせながらぼこぼこと蠕動し、うんちを出したいという激しい欲求が未来の意識を塗りつくしてゆく。
 執拗な下痢。下りきった未来のおなかはとにかくその中身を空にしようとするのである。未来はもうこれ以上無いほどに下痢をしていた。

  シャアアァァパシャシャァァァ……
 直樹はシャワーの水音のせいか未来のおなかが鳴った音に気が付かなかったらしく、それまで通りに、シャワーのお湯を当てながら未来のおしりをスポンジで柔らかく洗っていた。
 それに伴う開放感にも似た滑らかな感触が未来のおしりを脱力させ、同時に排泄欲求を強く刺激する。
「ぉ、ぉにぃちゃ……」
 未来は慌ててトイレに行きたいと直樹に言おうとしたが、急に激烈な差込みに襲われ、途中で声が途切れてしまった。
「……ぃ……ちゃん……」
 おなかを浴槽に押し付けて震えながら、再び未来は言葉を発しようとしたが、差込みが止まず、かすれた声を出すのが精一杯だった。
 弱々しく震えるその声はシャワーの水音に完全に打ち消され、直樹の耳には届いてくれない。
 一方で急速に膨らんでゆく直腸の中身が凄まじい圧力を外へと向け、未来の腫れた肛門をゆっくりと盛り上がらせてゆく。
 度重なる激しい排泄で疲弊しきった未来の肛門は、あっという間にその感覚を失っていった。

  グギュルギュルギュルギュルゥウウゥゥーーッ!!!
「ふぅ、う……っ!」
「未来っ!?」
 その直後、未来のおなかから、それまでよりもだいぶ派手な音が鳴った。
 同時に何かに押し潰されるかのような異様な激痛がおなかを襲い、未来はたまらず浴槽から体を離し、両手でおなかを抱え込み、体をまるめてしゃがみこんでしまった。
 それでようやく直樹も未来の異常に気付き、手を止めて未来の名前を呼んだが、しかしその声はもう未来の意識には入らなかった。
  ギュウウゥゥゥーーーッ、ゴロゴロゴロゴロォ……グウゥーーッ!!
「……に、ちゃ……み、き……か、いたい」
 これまでになく酷い腹痛であった。頭の中が赤黒く染まって他のことが何も考えられない。
 未来はわけが分からずにその凄まじい苦しみを、半ば本能的に訴えていた。
 全身の震えがついには痙攣となり、それがどんどんと大きくなってゆく。
 瞳からは大粒の涙がこぼれ落ち、乱れた前髪の隙間からは脂汗の浮かんだ小さな額が見え隠れしていた。
「未来大丈夫かっ!? トイレ行きたいのか?」
 再び便意をもよおしたであろうことは間違い無いが、苦しみ方が普通ではない。
 直樹はその様子を見てただごとではないと思い、すぐにシャワーを止めて足元に置き、背中をさすりながら大きな声で未来に尋ねた。
「い……ぃ……お、なか……たぃ……」
 だが、未来はただ泣き震えながら腹痛を訴え続けるのみである。

(おなかが痛くて動けないのか?)
 そう直樹が尋ねようとした瞬間だった。
「ふぅうぅぅっ!」
  ビュチャヂュチャチャチャヂャチャァァァーーーッ!!!
  ブチュチチビチッッ!! ビュリビヂビチビチビチビチビチビチッ!!!

 痛切なうめき声と共に未来の肛門が一気に大きく盛り上がり、物凄い勢いで茶色い濁流が噴出し始めたのである。
 直樹は驚いて未来の名を叫んだが、その声はタイルに下痢便が激突する音にかき消されて聞こえなかった。
 まさに爆発である。未来のおなかの苦しみを象徴するかのような、激烈な排泄の始まりであった。

「うんうぅ……ぅんぅぅうっ!」
  ビュルチュバチャチャチャッ!! ヂュブチュチュウウゥゥーーッ!!
  ブリッ!ブピピピピブピッ! プウウゥゥゥッ! ビジュジュジューーッ!
 赤く腫れた肛門が生き物のように収縮するたび、水便が次々とタイルに向かって勢いよくぶちまけられ、辺り一帯にべちゃべちゃと未消化物を撒き散らす。
 未来のおしり、そして二人の足にも茶色い飛沫が次々と付着し、同時に浴室の中には未来の生臭い便臭が充満してゆく。
 全身をがくがくと痙攣させながら下痢便を吐き出し続ける、あまりにも痛ましい妹の姿。その様を見つめ、本当に酷い下痢だと直樹は思った。

  ピィーーーゴロゴロゴロゴロォーーッ!
「ふっ……うっ、んうぅぅんん……っ……!」
  ビュチチチチッ! ゴボブリビジュブジュブピピブリビビイィッッ!!
 重く苦しげなうめき声と共に、未来の排泄は続く。
 小さく愛らしい、汗ばんではいるもののやはりつるつるとした質感である真っ白な未来のおしりから、悪臭を放つ茶色い下痢便が次々と噴き出している。
 それは異常を通り越して、ある意味で神秘的な光景でさえあった。これ以上無いほどに鮮烈な美と醜のギャップが、幼女の下半身で描き出されているのである。
 その様は何か根源的な衝動を見る者に喚起させるような、極めて本質的な魔力を放つ類のものであった。

  ブウッ! ブジュビチチチチチッ!! ビュシュゥッ……ゴプンッ!
  キュルルルルルゥルル……ッ!
「くぅふ……っ……!」
  プビジュグジュビジュビチュブジュッ!!
 大きな破裂音と共に肛門の粘膜に貼り付いた下痢便が四方八方に飛び散り、それで未来の排泄は終息を迎えた。
 その爆発的な始まりから三十秒足らず。勢いがひどく激しかったためか、今回の未来の排泄はそれまでのものよりはだいぶ短いものであった。
 それでも、まだわずかに盛り上がり続けている未来の肛門から吐き出された下痢便の量は相当なもので、濁流が叩きつけられた爆心地である肛門直下を中心として、かなり広い範囲にまで、茶色い液体と未消化物のかけらが撒き散らされていた。近くの壁にまで、赤いニンジンのかけらが貼り付いている。水便の雫を垂れ落とし始めた赤い肛門の真下には小さなカマボコのかけらが見え、それは白とピンクの模様がはっきりと見て取れるほどに未消化だった。
 悪臭も相当なものである。まったくもって酷い有様であった。

「……未来、大丈夫か? まだおなか痛い?」
 おなかを抱え込んだままぶるぶると震え続けている未来。
 その背中を慰めるようにさすりながら、直樹は優しく静かな声で具合を尋ねた。
「はぁ……ぁあ、はぁ……はあー……」
 未来はそれに反応するかのようにわずかに背筋を伸ばした。が、目を大きく見開いて荒い呼吸を繰り返すばかりで、彼の言葉には答えることがなかった。
 直樹はそれを見て、まだまともに声を出せる状態ではないのだと判断し、もう何も言わず、ただ妹の背中をさすり続けた。

 ――だが、未来が答えられない理由はそうではなかった。
 未来の荒い呼吸がさらに二度三度と繰り返された、その直後。
  グウウゥゥウウゥゥーーーッ……
「……ふっう……っ!」
 再び浴室の中に派手なうなりが響いたのである。言うまでもなく、それは未来のおなかが苦しげに鳴る音であった。
 同時に未来の体が丸くなり、小さなおしりが再び後ろへと突き出される。
 未来は単純に、まだ大丈夫ではなかったのだ。
  キュルゴロゴロゴロゴロゴローーーーッッ!
「ああぁぁあぁ……!」
  ブボボブボビブブブウウゥウゥゥッッ!!!
 しかし、次に大きくおなかが鳴り響くと同時に未来の肛門から噴出し始めたものは、直樹の予想とは異なるものであった。
 おならである。数十秒前に起こった下痢便の噴出と同じぐらいに激しい、爆発的な放屁だった。

「ぐぅう、ぅぅ……っ……!」
  ブゥビビビビビィビビビビビィィィーー……ッ……!
 次もおならだった。搾り出されるような、長く臭いおならである。
 二人の体は一瞬にしてそれまでとは異なる質感の悪臭に包み込まれていた。
白くつるつるとした未来のおしりは相変わらずできたてのむき卵のような可愛らしい姿だったが、その肛門から放たれるおならの臭いは腐った卵のそれよりも不快なものであった。
  ブリッ! ブウウゥゥッ!! ブビブビビピビビビィィッ!!
 小刻みに震え続ける未来のおしりから、さらに次々と臭いおならが放たれる。
 妹の生み出す悪臭には慣れている直樹であったが、さすがに眼前の肛門から放たれる濃密な悪臭はたまったものではなく、わずかに顔を背け、無意識に眉をひそめていた。物凄く臭い。
(おいおい……どうしたんだ、急に……?)
 もちろん、だからと言って小さな背中をさする手の動きを止めることはない。
 直樹は壊れたラッパのようにして汚い音のおならを連発する未来のおしりを横目で見つめながら、突然に始まった猛烈な放屁の原因を考え始めていた。

  ブビビビッビビ……ピブゥゥ……
  キュウウウゥゥウゥーーーーーッ!
「ふっ……ぅぅんんっ!」
  プウウゥウゥウウゥゥゥーーーーッッ!
「……っはぁっ、はっ、はぁっ……!」
 そしてそれまでと質感の異なる乾燥したおならを最後に、未来の激しい放屁は終わりを迎えた。
 荒い呼吸を繰り返す未来の表情が、苦しい何かから開放されたかのように、穏やかなものとなり始める。
 実際、今のでようやく腹痛から開放されたのだろう。
 この時になってようやく直樹は、どちらも並外れていた未来の腹痛と放屁に関連性があったことに気が付いていた。
 その考えは正しかった。何らかの理由で過剰に生産されたガスが塊となって腸の中で大きく膨らみ、その内からの強い圧迫が、そのまま激しい腹痛となって未来を襲っていたのである。
 前にもそっくり同じことがあったため、直樹はその事実に思い至ることができたのだ。
 半年前の暑い夜、同じベッドで寝ていた未来が急に腹痛を訴えて泣き出した時も、直樹が何度かおなかをさすってあげるなり未来は激しい放屁を始め、それが終わるとすぐにけろりとしてしまったのである。
 その時の未来の激しいおならの音を、直樹は今でも覚えている。ちょうどさっきのものと同じぐらいであった。
「未来、大丈夫になったか?」
 直樹が尋ねると、未来は今度はすぐに小さくうなずいた。まだ声を出す余裕は無いらしい。
 小さな肩が大きく大きく震えていた。

「……おにいちゃん、ごめんなさい……」
 やがて呼吸が整うと、未来は後ろを振り向いて大きな澄んだ瞳で直樹を見つめ、わずかに息を吸い込んでそう言った。
「ん? 何が?」
「みき、おふろでうんちしちゃったよ……?」
 今度はうつむいて言った。その表情は暗い。未来の目にはまだ涙が浮かんでいた。
「いいっていいって。こんなの簡単に流せるし。我慢できなかったんだろ?」
「でも……」
「こういう時は、おしっこみたいに気楽にしちゃっていいんだよ」
 背中から手を浮かし、今度は頭をなでてあげながら直樹はそう言った。
 妹を責める気持ちなどあるはずがない。直樹の中には、ただただ可哀想だという思いがあるだけであった。
 未来が浴室で脱糞してしまったのは、二年生になってから、今回でおそらく四回目である。珍しいことでもない。
「それより、もうおなかは落ち着いたか? もう痛くないか?」
「おなか、まだちょっといたい……」
「そっか……あとで薬飲もうな」
 おなかをさすりながら答える妹の沈鬱に心を痛めながら、直樹はその頭を何度も優しくなでてあげた。
 脂汗とも普通の汗とも分からない体液を吸い込み、未来の黒髪はいくらか乱れていたが、それでもその質感は絹のように滑らかである。排泄をしていない時の未来は、純粋に人形のように愛らしく美しかった。

「……あ」
 しばらくして直樹が後始末を再開しようと思いシャワーを手に取ると、ふと未来が小さな声を上げた。
 それと同時に、いつしか閉ざされていた股が再び大きく開かれ、おしりが後ろへと突き出される。
(未来?)
 まさか、と直樹が静かに驚くのと同時だった。
「ん……」
 未来の小さな体がぶるっと震えたかと思うと、そのおしりから黄色い液体がチョロチョロと流れ落ち始めたのだ。
 今度はおしっこだった。浴室での放尿に関しては、八歳の未来はまだ何の抵抗もない。激しい腹痛から開放されたことによる、安堵の放尿であった。
(驚かすなよ……って言うか、本当に気楽にするなあ……)
 直樹はほっとして蛇口をひねり、汗ばんだ未来のおしりにそっと暖かいシャワーをかけてあげた。


<2> / 1 2 / Novel / Index

 未来はベッドの上で上半身を起こし、目の前の白い壁をぼんやりと見つめていた。
 その幼い体は、白い生地に水玉模様の描かれた可愛らしいパジャマに包まれている。
 厚い布団と毛布に包まれた下半身がふわふわと暖かくて気持ちが良い。未来の頬は少しだけ赤く染まっていた。
「ふぅ……」
 未来は小さくため息をつき、布団の中の両足をもぞもぞとさせた。
 パジャマは上の方のボタンが外されてはだけており、下に着ているシャツの胸についた青いリボンが見えている。
 浴室で下半身のすみからすみまで綺麗にしてもらった未来は、下着と服の着せ替えも全て直樹にさせてもらい、ちょうどさっきここまで運んでもらったところだった。今は脇に体温計を挟み、結果が出るのを待っているのである。直樹はお願いされて一階にジュースを取りに行っていた。

  ギュルルル……
「……ん……」
 ふと小さな音がおなかから聞こえ、未来は左手でおなかをさすった。
 便意があるわけではないが、脱衣所で一時的とは言え全裸になった辺りから、またおなかが痛くなりだしたのだ。
 下半身はもちろん上半身の汗も拭いてもらったはずなのに、もう未来は体の所々にべたつきを感じ始めていた。おそらく脂汗である。
「はあ……」
 再びため息をつく。おなかが痛い。もうそう遠くない内に便意が訪れるような予感がしていた。
 そして今度はもう、一人ではトイレに行けないかもしれないと未来は思った。
 着せ替えをさせてもらったのも、二階まで運んでもらったのも、単純な甘えによるものではない。もう体を動かす力が残っていないのだ。
 激しい下痢と発熱、そして嘔吐は、未来の幼くか弱い身体を極限まで疲弊させてしまっていた。

  ピーーーッ
 やがて無機質な電子音が聞こえると、未来はシャツの中に手を入れて体温計を取り出した。
(……)
 三十九度八分だった。
 未来はすぐにそれを裏返して布団の上に置くと、枕の傍に置いてあるくまのぬいぐるみを膝の上に乗せて抱きしめた。
 体は熱いはずなのに、寒気がする。未来はぬいぐるみに平らな胸をこすりつけ、ぶるぶると上半身を震わせた。

「未来、熱はどうだった?」
 ちょうどその時、直樹が一階から未来の部屋へと戻ってきた。
 手にしているお盆の上には、オレンジジュースのボトルと未来がいつも使っている小さなコップが並んでいる。今の未来には水分補給が大事だろうと思い、ボトルごと持ってきたのだ。
 オレンジジュースは未来の好物で、直樹が持ってきたボトルは冷蔵庫の外に保管してある、未来専用のものだった。冷蔵庫で冷やしたジュースを飲ませると、未来は確実に下痢をしてしまうのだ。
 部屋に入るなり甘いミルクのような匂いが漂い始めるのを感じながら、直樹はベッドの後ろの棚にお盆を置いた。色々な動物のぬいぐるみが並んでいる可愛らしい棚である。
「たかかった……」
 未来はうつむいてそれだけ答えると、今度はぬいぐるみの方をおなかへとこすりつけた。
 何かに脅えているように見える。小さな体が震えているのが直樹にも分かった。
「ん? どれどれ……」
 直樹はすぐに布団の上の体温計へと手を伸ばした。
「……九度八分か……」
 普通の発熱とは明らかに違う高熱であった。先端部の金属が、火傷しそうなほどに熱い。
 どうにかしなければ、と直樹は思った。
「二十九度八分だったら、低くて良かったんだけどな」
「そんなにひくかったら、きっとさむくてもっとねつ出ちゃうよ……」
「冗談ですよ」
 なんとなく雰囲気を和ませてみた直樹は、妹の返事に哲学性を感じながら、体温計をお盆の上に置いた。

「ねえおにいちゃん、みき、あしたまでに元気になれるかな……?」
 そして直樹がボトルに手を伸ばすと、未来は唐突にそんなことを言った。
 驚いて妹を見つめた直樹は、その瞳に何か思い詰めているかのような雰囲気を感じ取ったが、しかしその理由は分からなかった。
「明日何かあるのか?」
「ひみつ」
 未来はわずかに顔を赤くしたが、その理由も直樹には分からなかった。
「ふーん……元気になりたいのか?」
「なりたいっ!」
「……そうだな……未来が頑張れば、元気になれるかもしれないな」
 正直、明日までに元気になるのは難しいと感じた。が、直樹は優しく微笑むと、未来の頭をなでてそう答えてあげた。
 今はとにかく少しでも元気付けてあげたい。もちろん、本当に元気になってくれれば、それは望外の喜びである。
「ほんと……?」
 未来は不安げな表情で直樹を見つめた。大きく澄みきった瞳に緊迫した想いが映し出されている。
「本当だよ、お兄ちゃんの目を見なさい」
「ほんとにほんと……?」
「うたぐり深いやつだな。心の目で見ろ」
 直樹も妹の瞳をじっと見つめ返した。兄妹の熱い視線が交差する。
 自身をただ純粋に見つめてくる無垢な瞳に根源的な子供らしさを感じながら、直樹は暖かい瞳で未来を見つめ続けた。
「じゃあみき、がんばって元気になるっ!」
「よーし未来、その意気だ!」
 そして未来は今度は嬉しそうに微笑み目を輝かせてそう言った。信じたのだ。
 それは直樹にとって、おそらく未来自身にとっても、今日初めての笑顔であった。
 何気ない直樹の言葉だったが、だいぶ効果があったようだ。未来はおにいちゃんの言うことを何でもよく聞き信じるのである。
 頑張るという言葉は抽象的なものだったが、この時はそれで十分だった。
 希望につながるイメージを共有することに意義があったのだ。
「みき、おにいちゃんだいすきっ!」
「よーし未来、結婚しよう!」
 直樹は妹が元気を取り戻してきたのが嬉しくて、また冗談を言った。
 少し前まで、未来の口癖は「おおきくなったらおにいちゃんとけっこんする」だった。
「きょうだいは、けっこんできないんだよ……?」
「愛は法を超える」
 もちろんこれも冗談である。最近になって、未来は余計なことを知ってしまったようだ。
「ほーってなに?」
「明日元気になったら教えてやろう」
「わーい。やくそくやくそくーっ。おにいちゃん、わすれちゃだめだよ」
 未来は布団の中の足をばたばたとさせた。
「よしよし、きっと元気になれよ」
 そして直樹はそんな妹を最高に可愛らしいと感じながら、その頭をふわふわとなで続けてあげた。
 頭をなでればなでるほど、未来の表情は幸せそうに輝く。
 少しでもこの穏やかな時間が長く続いてほしい。
 ――小さくか弱い体で精一杯に喜ぶ妹の姿を見つめながら、直樹はこれまでになく強く、そう感じた。


「……んく、んくっ……んくっ…………ふあっ」
 それから数分後、未来はジュースを小さな口に含むようにしてゆっくりと飲み込みながら、もう三杯目を飲み干していた。
 激しい下痢を繰り返してきたためか、やはりだいぶ喉が渇いていたようである。
「おいしいー」
 小さなコップをさらに小さな両手で包むようにして持っている姿が愛らしい。
 穏やかに微笑む未来の姿は本当に幸せそうであった。

「おにいちゃん、みきもっとのみたいー」
「未来、あんまり一度にたくさん飲むとまたおなか痛くなるぞ」
 未来はさらに四杯目を要求した。ここまでくると、もうかなりの量である。
 直樹はこれまで通りにジュースを注ぎながらも、さすがに躊躇の思いを抱き始めていた。
 一度にたくさん飲みすぎるのは単純に良くないし、冷蔵庫の外に保管してあるものだとしてもジュースは未来の体温よりもだいぶ冷たい。一杯二杯では平気でも、これだけ飲むとおなかを冷やしてしまうかもしれない。
「でもみき、すっごくのどかわいてるの。おねがいおにいちゃん」
 だが、未来はもうおなかの痛みも忘れ、目の前の快楽に夢中だった。
 疲れた身体に水が染みとおってゆく感覚しか求められない。ただただジュースがおいしかった。
「それは分かるけどな……」
 直樹はそう言いながらも、結局コップを未来に小さな手に差し出してしまった。
 同時に、こういう時に妹に厳しくできない自分は駄目な兄かもしれないと少し思った。

(まあ、あれだけの下痢のあとだもんな……)
 コップを手に取るなり嬉しそうにジュースを飲み始めた未来を見て、直樹は今回ばかりは仕方が無いと思った。
 下校中にパンツの中にドロドロの下痢便を漏らした上で、さらに家でもすでに二回も大量の液状便を排泄した未来。
 この一時間ほどで、並大抵で無い量の水分が肛門から吐き出されてしまったはずである。特に家で排泄された液状便――水便などは、もうそのまま言葉通り水だった。脱水症状を起こしてしまっていてもおかしくはない。
 そう考えるとやはり水分の補給も相当に必要なのだろう、と直樹は判断したのである。

(――それでも、五杯目はもうやめさせよう)
 そう直樹が考え至った時である。
  キュゥーー……ゴポゴポゴボ……
「ぁ……」
 未来は冷たい何かが全身を波揺れるような、奇妙な違和感を感じた。
 同時におなかから小さな音も聞こえ、未来ははっとして直樹を見つめたが、どうやら彼には聞こえなかったらしい。
「……」
 未来はジュースを飲むのを止め、体の違和感に意識を集中した。
 ひんやりとした気持ち悪さが、胸の辺りから頭へと上ってくるような感じがする。
 突然訪れた不気味な感覚に未来は目を大きく見開き、コップに口を付けたまま、小さく体を震わせた。

「おにいちゃん、みき、ジュースもういい……」
 まだ半分ほど残っていたが、もう飲みたくなくなっていた。
 未来は体から血の気が引いてゆくのを感じながら、努めて平静を装ってコップを直樹へと差し出した。飲みすぎたと気付いたのだ。
「ん、もういいのか? じゃあ残りは俺が飲んじゃうぞ?」
「うん。おにいちゃんのんでいいよ……」
「間接キスだぞ? いいのか?」
「なんでもいいよお……みき、もうおなかいっぱい……」
(いつもと比べて淡白な反応だな……まあ仕方ないか)
 さすがにもう満たされたのだろうと直樹は安心し、コップを受け取ってぬるいジュースを一口で全て飲み込んだ。
 未来はそれを見ることなく布団の中に潜り込み、体を丸くしてぬいぐるみを抱きしめた。

「ところで未来、おなかの具合はどうだ?」
「……少しいたいけど、でもだいじょうぶ……」
「そっか。このままずっと大丈夫だといいな」
 コップをお盆の上に置きながら直樹が尋ねると、未来は布団をかぶったまま答えた。
 もし布団をかぶっていなかったら、急速に青ざめ始めたその顔を見て直樹は驚いたかもしれない。
 それでも未来はまだ、少なくとも便意は感じていなかった。

「――じゃあ、俺はまた薬とかタオルとか色々、一階に取りに行ってくるから。一人でも泣くなよ?」
 妹の具合に今のところ問題は無いと判断した直樹は、「すぐに戻ってくるから」と最後に付け加え、早足で未来の部屋を出ていった。
 しかし、未来の体は大丈夫ではなかったのである。
  ……ゴロゴポゴゴポ……
 再びおなかから、空気と水の混ざり合うような音が聞こえてくる。
 どうやら身体の中で揺れている違和感は、胃の中でたぷたぷと波打つオレンジジュースから発せられているようだった。
 そのことに気が付いたせいか、胃の中の振動が急に酷く不快なものに感じられ始め、未来はますます顔色を悪くした。

「はあーー、はぁー、はぁーーー……」
 すぐに、しんとした部屋に深く荒い呼吸が聞こえ始めた。もちろん未来のものである。
 胃の中身が冷たい。何か言葉では言い表せないような不気味な感覚が、どんどんと大きく膨らんでゆくように感じられる。
 悪寒が全身を浸してゆき、体がぶるぶると震える。もう足の先は凍りつくようだった。口と布団との間の空間だけが、空気に溶け込んだ息のせいで変に生暖かい。
「……すぅーー、はぁーーー……はあぁ……」
 部屋は明かりがついていたが、真っ暗な重圧が体に押しかかってくるような恐怖を未来は感じ始めていた。静寂がまとわりついてくる。
 いつしか未来の体には冷や汗が浮かび始めていた。おそらくその感覚は気持ち悪いのだろうけれども、その言葉だけでは説明がつかない。胃の不快感はむかつきとも言えるが、しかし要素はそれだけではない。未来はよく分からず、その何かにただ脅えた。
(やだ……おにいちゃん、早くもどってきて……)
 温もりが欲しい。極めて純粋に、未来がそう感じた時だった。

「ん、ぐっ……う……っ!?」
 胃が収縮するかのような不気味な感覚と共に、上半身の不快感が明白な姿となって牙を剥いた。
 鮮烈な吐き気を未来はもよおしたのである。胃の中身を体外に吐き出したいと言う強い衝動。未来は顔から血の気を完全に引かせた。
(……や……だぁ……きもち、わる……い)
「うぅ……っ……」
  コポコポ……コポ……
 胃の中のジュースが波打つ。もうそれは吐き気の対象以外の何物でもなかった。
 結局、一度に大量に摂取されたジュースを、未来の疲弊した胃は受け付けられなかったのだ。
(だめ……おトイレぇ……)
 激しい嘔吐欲求が頭の中にがんがんと響きわたる。
 もう吐きたくてたまらない。未来は軋む身体を必死の思いで動かし、重い上半身を起こし上げた。
 が、その瞬間であった。
  グギュッ!ギュウウウゥゥウウゥッ!!
「――っ!」
 今度は凄まじい便意が未来の下半身を襲ったのである。未来の体は痛みと驚きでびくりと硬直してしまった。
 全身から脂汗が噴き出る。腸の中をぐるぐるとうねり続けていた痛みが突然、激しい灼熱となって肛門を威圧し始めたのだ。
  グウウゥゥウゥゥーーー……ゴロゴロゴロゴロォッ!!
「っは、ぁ……っ……!」
 さらに腸のねじれるような痛みが下腹部を走り、未来は脱力して上半身を再び寝かせてしまった。
 その一方で括約筋には全力が注ぎ込まれる。急速に直腸を満たし始めた下痢便は、もはやそうしないと抑え切れなかった。完全な水便である。
 やはり猛烈な下痢であった。オレンジジュースが呼び水となったのかもしれないが、未来にはもうそこまで考える余裕は無い。

  ギュルルルルルルルルウゥッッ!!
「ぅう、く……ふ……ぅ……っ」
 激しい便意と吐き気。食べ物の入る所と出る所から、同時にその食べ物の成れの果て――悪臭を放つ汚物が噴出しようとしている。
 インフルエンザに冒され、そして穢された未来の幼い身体は、もはやその正常な消化能力を完全に壊されてしまっていた。
 とにかくその中身を拒絶する――体外へと押し出し、空にしようとするのである。胃の中のものは口唇から、腸の中のものは肛門から、理性の干渉を否定する圧倒的な勢いで吐き出そうとするのだ。
  ゴロゴポクプ、ギュグググゥウゥゥウッッ!!
「……うっ……え……っく、ぅうぅ……」
 そしてその二つの生理欲求は互いにせめぎ合い、疲弊した未来の身体と意識をめちゃくちゃにかき乱す。
 それは酷い苦痛だった。未来はもうわけが分からず、救いを求めるようにぬいぐるみを抱きしめ、体をねじらせてうめいた。
 おなかが痛い。気持ちが悪い。うんちがしたい。ゲロを吐きたい。とにかく出したい。出して楽になりたい。……けどここでは出せない。
 白くなりつつある未来の頭の中を、短い信号が飛び交ってゆく。

  ピーーゴロゴロゴロォォーーッ……クキュルギュルグゥッ!
「……お、とぃ……れ……」
 とにかく、トイレへ行かなければならない。出すための場所に行かなければならない。
 未来はがくがくと痙攣し始めた四肢に力を入れ、体を起こそうとした。
「はぁぁ……ぐ、っう……うぅ……!」
 しかしもうそれすらもできなかった。自分の体が信じられないほどに重い。手足に全く力が入らない。
 とにかく体が動かせなかった。疲弊しきっている。体力が残っていない。その上で凄まじい衝動に狂わされている哀れな未来の身体は、もはやその本能を満たそうとする以外の意思は、一切受け付けることがなかった。
  キュルルルウゥゥゥゥゥゥーーーッ!!
「ぉ……にい、ちゃん……うぇ……え、ぉにい……ちゃ……」
(たすけて、おにいちゃん、たすけてっ!)
 これではもう、トイレまで辿り着くことが不可能なのは明白である。
 自力で起き上がれないとなると、おにいちゃんに頼るしかない。未来はかすれた声で必死におにいちゃんを呼び続けた。
 直樹が部屋を出てからまだ三分も経っていないが、もうそこまで頭が回らない。
 大声を上げれば一階まで届くかもしれないが、おなかに力を入れると恐ろしいことになりそうでできない。

  ギュルルルルゥッッ!!
「……んぉ……にぃ、うえっ……っちゃん……すっううっぅぇ」
 しかし直樹は部屋に戻ってこない。
 当然と言えば当然である。安心して部屋を出た以上、まさかその直後に妹の身に激烈な変化が起こったとは想像もつかないだろうし、それ以前から始まっていた変化の予兆にも彼は気付いていなかったのだ。今頃は未来の看病に必要なものをあれこれと集めているはずである。急いではいるだろうが、慌ててはいないであろう。
 ――だが、未来はもう限界を迎えつつあった。
 食道がどんどん冷たく、肛門がどんどん熱くなってゆく。胃が収縮し、腸が蠕動しているのが分かる。口の中が苦くすっぱい胃液で満たされ、おしりの感覚は無くなってゆく。いつのまにか下着が濡れて体中に貼り付いていた。心臓の鼓動がどくんどくんとやけに大きく聞こえてくる。全てが苦しかった。

  キュゥゥゥゥゥルゥゥ……グウゥウウウウゥゥゥーーーッッ!!!
「お、ぉえっ……はぁぁうぅ……えぇっ……」
(も……う……だめ……おにいちゃん……ごめんなさ……い)
 結局、もうどうしようもなかった。
 出したいと言う衝動が全身の感覚を塗りつぶし、目の前がぐるぐると回って白く溶けてゆく。
 めちゃくちゃになってゆく感覚の中で、未来は最後の力を振り絞ってわずかに体を起こし、ぬいぐるみをベッドの端、壁の側に置いた。もう出る。汚したくない。
 そして慌てて反対側を向いた瞬間、
「ぅぇえええぇぇええぇっっ!!」
  ブジュボボボベチャビチャボジャベチャベチャァァッッ!!
 未来は力尽きた肛門から下痢便を漏らし始め、同時にその小さな口から凄まじい勢いでオレンジ色の液体を噴出させた。
 一直線を描いて飛び出した彩やかな色の吐瀉物が、フローリングの床の上にべちゃべちゃと撒き散らされてゆく。下痢便が漏れ出すくぐもった音は、その激しい衝突音に飲み込まれてしまった。
 まるでポンプが水を吐き出すかのような壮絶な嘔吐。流れの先端に至っては、あと一歩で向かい側の壁にまで達するところだった。
  ヂビュチチチビチチビチビチッ!! ビシュリュゥゥーーッ! ゴポッ!
 吐瀉物が全て床に落ちると、今度は下着の中で響いている破裂音がはっきりと聞こえた。
 嘔吐の気持ち悪さとおしりの周りに広がってゆく水便の生暖かい感触とが混ざり合い、未来の意識に酷い不快感を与える。
 今度のおもらしの感覚は下校中のものとは異なり、おしっこを漏らした時の感覚と同じであった。下半身にぬるま湯が広がってゆく感触である。
「おぉおおぉぉえぇっっ!」
  ビチャビチャビチャビュシュコポッ!!ュジュグチュシィュゥウゥーーッ!
  プビビビィィッイィィッッ! ブゥッ!ブゥゥゥッ!ブブッ!
 またパンツを汚してしまったと後悔する暇も無く、さらに食道を激流が遡り、未来は体を大きく震わせて再びジュースを大量に吐き戻した。
 吐瀉物が床を叩く音が途中で途絶えたのは、未来がこれ以上床を汚すまいと両手で口を押さえ込んだためである。
 手で遮られた吐瀉物はシーツの上へぼたぼたと流れ落ち、白をオレンジに染めていった。その一方で布団に隠されたおしりの周りのシーツには、黄色いシミが円状に広がってゆく。もう未来の下半身はずぶ濡れだった。両手はべたつき、肛門はぬるついていた。便臭が辺りに漂い始める。

  ブッビィ……ッ! ビュルチュチチチュチチュチッッ!!
「はぁ、はぁぁ……うぷっ、ぅおえええぇぇっ!!」
  チュビビビィィィイィィビュシュビタトポボタドポッ!!
 肛門を緩めて生暖かい下痢便を漏らし続けながら、さらに未来は苦しげな表情でジュースを吐いた。
 次々とシーツの上に垂れ落ちてゆくそれらの液体の中には、野菜や鶏肉のかけらなどのわずかな量の未消化物も見て取ることができた。どうやら一階で吐き残したものが溶け込んでいるようである。
 いつの間にか袖口まで染め始めたオレンジ色は酷く冷たく、未来の悪寒を刺激して吐き気をさらに強めるものであった。
 体内に数分間しか留まっていなかったため、同じ汚物でもおしりから出てくるものとは違ってまだ体温が移っていないのだ。

「……っは、ぁぁっはぁ……ぁっぐぅ、げぼぼぽっっ!」
  ボプッ……プゥ……ビィ……ッ……ビュリュリュシュゥドポポトポドポッ!
「げへっえぇっええっ……はぁ、っぐぅ……っ!」
 一回目と二回目が凄まじかったため、四回目の嘔吐はもう穏やかなものであった。
 同時に肛門から漏れ出る水便の量もほとんど感じられないほどにわずかなものとなってゆく。
 肉体に開放感が生じ、気持ちの悪さとおなかの激痛が体から溶け出し始める。
 地獄のような吐き下しであったが、その猛烈な勢いのおかげか、思ったよりも早く収束へと至り始めたのだ。
「ああ、はぁ、はぁーー……はあぁーーー……あぁーーっ」
  プリッ……ッ……チビチチィィィ……ィィ……ィ…………
 そしてもう、未来の口からは何も出てこなかった。ただ口の中に苦い味わいが広がり、粘性を持ったオレンジ色の糸が唇を伝わってシーツの上へとろとろと垂れ落ちてゆくだけである。
 直後には肛門が腸の中身を吐き出しつくして眠りに入り、それで未来の下痢と嘔吐の症状は、完全に治まることになった。その激しさとは裏腹に、雪が溶けるように静かな終わり方だった。
 未来は毒を吐き出したのである。代償としてぼろぼろになった未来の身体は、この時はただ空虚なものとなっていた。何も感じられない。
 目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちているが、それは惨めさによるものではなく、嘔吐に伴う生理的なものである。
 ――未来はただ疲れきっていた。
 頭が働かない。未来は手についた柑橘の香りがする吐瀉物をシーツにぬるぬると塗りつけながら、下半身から漂ってくる生臭い便臭を嗅ぎ、そして小さく震えた。全部、自分の身体から出てきたものである。分かっているけれど、よく分からなかった。
「おにいちゃん」
 ふと未来はおにいちゃんを呼んだ。弱々しい透明な声で、自分にも聞こえたかどうか分からない。
 未来が静かにすすり泣き始めたのは、それからすぐのことだった。


「――よし、とりあえずこれだけあれば十分だな」
 未来の部屋を出てから約五分後、直樹は妹の看病に必要なものを一通り集め終わっていた。
 甘いシロップの風邪薬と、さらに座薬。肛門用の塗り薬。冷やして額に乗せるための小さなタオルと、体の汗を拭くための大きなタオル。氷水の入ったプラスチック製のボール。そして今はそれらを運ぶために使われている洗面器は、もちろん未来が再び吐き気をもよおした時に備えてのものである。

 直樹は洗面器の中を再確認すると、タオルを取るために入っていた脱衣所を足早に出た。
 そして廊下の空気を吸うなり、わずかに顔をしかめた。拭き残された未来の吐瀉物が、眼下の床にこびりついているのだ。すぐ側には汚れたティッシュの山がまだ残っている。一階の廊下には、未来の吐瀉物の臭いが充満しつくしていた。
(これも早くどうにかしなくっちゃな……)
 今は掃除をする余裕など無いから放置せざるをえないが、このまま悪臭を充満させておくわけにもいかない。
 直樹は妹の吐いた汚物をできるだけ見ないようにしながら、急ぎ階段へと向かった。

「ふぅ……」
 そして直樹はため息をつくと、表情を戻して階段を上がり始めた。
 一階を離れるにつれて体にまとわり続けていた吐瀉物の臭いが徐々に弱まり、わずかに木の香りが漂う無機質な空気が体を包み始める。
 その内に、直樹は今度はお風呂上りの未来の甘く清潔な匂いを思い出し始めた。
 それは体の中から出てくる汚物とはあまりにも異なる、そしてその汚物が酷く臭いからこそまた際立つ、無垢で愛らしい、未来の本当の匂いである。
(未来)
 その再生は想いの再確認となった。
 可愛らしい妹を守ってあげたい。傍にいてあげたい。直樹は段を上る足を速めた。

 ――だが、彼を待っていたのは惨めに汚れた妹の姿であった。
「……ううぅ……すっ、ぅう……っ……えぇん」
 二階へと至るなり聞こえてくる悲痛な泣き声。
「未来っ!?」
 直樹はそれを聞くなり走り出し、次の瞬間には妹の部屋のドアを開けた。

「ひくっ!……ぅ、ぅう……あ、ぉにぃ、ちゃ……ん」
 ドアを開けるやいなや、酸味のある便臭が直樹の鼻を突いた。
 同時に床に撒き散らされた吐瀉物と、ベッドの上で真っ青な顔をして泣いている未来の姿が目に入る。
 もうあのミルクの匂いなどはあとかたもない。枕の側のシーツはオレンジ色に染まり、その端からは同じ色の液体がぽたぽたと床に垂れ落ちていた。
「ごめんなさ、ひくっ!みき、ふ、ぅうっ……おき、れな……ひくっ!」
 ベッドの上で全て出してしまったと言う自覚は、未来の幼い精神に惨めな傷をえぐりつけていた。
 目を真っ赤に腫らして小さな全身を震わせ、大粒の涙を流し泣き続ける八歳の妹。
 さっきはあんなに明るく幸せそうに微笑んでいたのに。もうその安息が壊されてしまった。
「未来……ごめん……俺が……」
 どう慰めればいいか分からない。直樹は痛みに胸を押し潰されそうだった。
 やはりジュースを飲むのを止めさせるべきだった。最初に洗面器を用意してあげるべきだった。もっと早く戻ってきてあげるべきだった――
 いくら後悔してももう遅い。未来はここで吐き下してしまったのだ。
 汚されたベッド――汚れてしまった妹のもとに近づくにつれ、ますます濃い便臭がまとわりついてくる。
 布団の中、おしりの周りはめちゃくちゃになっているのだろう。もうパジャマも下着もシーツも使い物にならない。
「……ぉにいちゃ、ん……うっ……っえぇえぇひくっ!っうぅえぇ……っ……」
 桜色の薄く小さな未来の唇には、緑色のかけら――吐瀉物が貼り付いていた。
 もうあの甘い匂いが感じられない。繊細な黒髪からの穏やかなシャンプーの香りも、小さく可愛らしい体からの鮮やかな石鹸の香りも、もう直樹のもとには届いてこなかった。
「ふうぅううっえぇ……おにぃ……ちゃ……っん、ふっぅ、ぅああぁあぁあああんんっっ!!」
 可哀想な未来。部屋を出た時のままなのは、後ろのくまのぬいぐるみだけだった。
 直樹がそっと抱きしめてあげると、未来は堰を切ったかのようにして、大きな声で泣き始めた。
 静かな冬の部屋に高く悲痛な声が響きわたる。窓の外ではまた雪が降り始めていた。


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