No.08「妹のにおい(後編)」

 彼崎 未来 (そのさき みき)
 8歳 みそら市立下里第一小学校2年2組
 身長:121.3cm 体重:20.2kg 3サイズ:56-43-58
 胃腸が生まれつき弱くて下痢ばかりしている、可哀想な女の子。

 ヒロインの物語開始直前一週間の日別排便回数(←過去 最近→)
 7/13/9/6/4/8/5 平均:7.4(=52/7)回 状態:下痢

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「……んっ、くぅ……っ……んっ……」
  ……チョポポポポ……ッ……プリッ……
 トイレの中から聞こえてくる下痢の音が、静かな二階の廊下に響きわたっていた。
「――未来、まだ出れそうにないか?」
「うん……まだ、うんち出るぅ……」
  ゴロゴロゴロゴロォ……
「ん、んんぅ……っ……」
  ヂビチチチヂ……ブッ……グジュイィィィーー……ッ

(かわいそうに……まだもうしばらくかかりそうだな……)
 直樹は閉ざされた、正確には閉ざしてあげたドアの前で、中で排便している未来の様子を見守っていた。
 便座の上に乗せてあげてからもう十分近くが経っているが、おなかが渋っているようで、まだ出られる状態ではなさそうだった。
 トイレの中には暖房が入っていないから、相当に寒い思いをしているのだろうと思う。途中で毛布を掛けてあげたが、それでも未来は震えていた。早く体を温めてあげたいが、下痢が治まるまで未来はトイレから動けないのだから、今の直樹はただ見守り声をかけてあげることぐらいしかできない。
(……未来を部屋に運んだら、あれを流さないと)
 ふと直樹は、ちらりとすぐ側にある洗面台を見つめた。
 台の下の床には大量のティッシュペーパーの山があり、悪臭を放っている。
 それはもちろん、一階にあるものとは違う。未来のおしりを拭くために使われたペーパー、そして未来の部屋の吐瀉物を拭くために使われたペーパーだった。

  ピチュゥゥゥーーッ……プゥッ!……ブプピィィ……
(ふぅ……)
 トイレの中から断続的に響いてくる音を聞きながら、直樹は鼻でため息をつき、わずかに額に浮かんでいた汗を指で拭った。
 未来の吐き下しを知ったあの時から、すでに三十分が経過している。
 ――それは大変な三十分間だった。

 最初の数分間は、ただ無き震える未来を抱きしめ体をさすり、慰めてあげるだけだった。
 やがて泣き止んだ未来の体を綺麗にさせてあげるため布団を持ち上げると、いっそう濃密な悪臭が立ち上ると共に、未来のおしりを中心とした円状の大きな黄色いシミが姿を表す。未来のパジャマのズボンは、後ろはもちろん前の方まで黄色く染まり、元の淡い水玉模様は見る影もなかった。
 すぐに直樹はその場で未来のズボンとショーツを脱がせ、その小さな体を抱え上げ、そして体を綺麗にしてあげるために洗面所まで運んできたのである。水にひたしたペーパーを使って手からは吐瀉物をぬぐい取り、おしりからはぬるつく下痢便を拭き取ってあげた。
 そして最後に石鹸で消毒してやると、今度は上着とシャツも脱がせて全身を着せ替えさせ、さらに風邪薬を飲ませてあげた。
 できれば解熱効果の強い座薬も挿入してあげたかったが、未来が拒絶したのでそれは止めることになった。
 幼稚園児の時に母親に挿入されて痛くて泣いてしまった未来にとって、それは恐怖の対象となっていたのである。直樹もそのことを知っていたので、駄目元での推薦であった。

「はぁー、はぁー……んんぅうっ……!」
  プリプリ……ブリポチャ……ッ……ジュビィッッ!
 ――そして今、未来はトイレで下痢をしている。
 薬を飲ませた直後にもよおしてしまったのだ。洗面所から目と鼻の先にトイレがあったので、なんとか漏らさずにすんだのである。未来はもう足がふらふらで満足に歩けなかったので、直樹が抱え上げて便座の上まで運んであげた。
 そして排泄の始まりは未来にとっては苦痛の再来であったが、しかしそれで直樹はかえって自由に動けるようになった。
 皮肉なことだが、未来がトイレで下痢便を排泄している限り、彼は妹につきっきりでいなくてすむのだ。
 未来は今、安全な場所にいるのである。膝の上に洗面器を置いてあげたから、下痢をしながら吐き気をもよおしてしまっても――再び吐き下してしまったとしても、あの惨事に至ることはない。

 その思いがけず生じた自由な時間を使って、直樹は未来が吐き下した汚物を始末することができたのであった。
 部屋に撒き散らされた吐瀉物をティッシュで拭き取り、おねしょの後の様にすら見えるシーツを取り払い、マットレスにまで染み込んだ下痢汁をティッシュでできる限り吸い取り、そして新しいシーツと布団をセットしたのである。それから部屋に積んであったティッシュを洗面台の側に運んでおしりを拭いたものと一まとめにし、今は汚れたシーツを未来の下着やパジャマといっしょに脱衣所へと運んできたところだった。
 それで二階の惨事については一通り後始末がすんだので、直樹はトイレの前に立ち未来を見守り始めたのである。
 まだ一階の吐瀉物の掃除が残っているが、それは後回しにせざるを得ないようであった。

  ……ビッ……ビチチッ……トポ、トポトポトポポポ……
  チュポポポブリッ……プリ……プリプピッ……ポチャ……ッ…………
「…………おにいちゃん、うんち、でおわったみたい」
「ん、ああ。分かった、今行く」
 ようやく未来の便意は終息を迎えた。
 直樹は未来に呼ばれるとすぐに躊躇無くドアを開け、便臭の漂う個室へと入った。
 それは未来を便座からベッドへと運んであげるためだが、ついでにそのおしりの穴も拭いてあげることになっていた。
 もちろんそれぐらいは今の未来でも自力でできるが、しかし自身の肛門を見ることができない未来では、どうしてもペーパーを当てる時に痔で腫れた粘膜を荒らして痛い思いをしなければならない。
 今はもう少しの余計な苦痛も味わってほしくない。直樹はそう思い、未来のおしりを拭いてあげることにしたのだった。

「じゃあどうしようかな……ん、じゃあ未来、体をできるだけ前にずらして」
「うん」
 個室の中に入った直樹は、真っ青な顔で寒そうに震えている未来の姿に改めて心を痛めながら、便器の傍に立ち素早くそう指示した。
「よし、じゃあ……これはちょっといったん置くぞ……で、手を床に伸ばしておしりをできるだけ上げて」
 未来が指示通りに動くと、直樹は未来の膝の上の洗面器を床に置き、さらに指示を続けた。
 後ろの蓋に向かっておしりを突き出させることで、肛門が横からよく見えるようにしようと言うのである。
 その考えはうまくいき、未来が両手を床に乗せて腰を大きく折り曲げると、突き出された肛門はちょうど天井の明かりに照らし出され、その赤い腫れ具合までがはっきりと見える状態になった。ひくひくと蠢くしわの一本一本はもちろん、小さく丸いおしりのあちこちに浮かんでいる脂汗の雫も、一つ一つよく見て取ることができる。
「じゃあおしり拭くぞ。できるだけ動かないように」
「うん……」
  ガラガラガラ……カサカサカサカサ
 直樹はすぐにペーパーを巻き取ると四つ折にし、小さく震えている未来の肛門にそっと押し当てた。同時に小さな体がびくっと震える。
 そのペーパーの動きは、拭くと言うよりは吸い込ませると言った方が正しいものだった。まずは水分をある程度取り去ろうと直樹は考えたのだ。
 そして直樹はそっと未来の肛門からペーパーを離し、白い長方形の中央に黄色に近い薄茶色が広がっているのを確認すると、それを未消化物の浮かぶ水面へと落とした。

  ……ガラガラガラ
 間髪入れずに二枚目のペーパーを巻き取る。
 それを手早く折り畳んでいる最中に、未来が唐突に口を開いた。
「……おにいちゃん……さっきいってた、おしりのあなに入れるおくすり……」
「え?」
 予想外の言葉に驚き、直樹は手の動きを止めた。
 まさか妹の口からそれに関する話が出るとは思わなかったからだ。
「今のみきでも、おしりに入れたら、かぜなおる……?」
 未来はさらに言葉を続けた。信じがたいことだが、間違い無く座薬のことを話している。
 幼稚園児の時に挿入されて痛さに涙を流し、ほんの十分前はその時の記憶に脅えて、未来が拒絶した薬。
 だがどうやら未来はその痛みについてではなく、その効果について聞きたいようであった。
「今度の風邪はインフルエンザだから分からないなぁ……まあよく効くとは思うけど」
 直樹は妹の真意をはかりかねながら、思いのまま答えた。
 肛門に挿入するという酷く不快な使用方法を要求する座薬であるが、しかしその欠点を補って余りある魅力がある。
 ――効力が飲み薬よりも遥かに強いのだ。あの時も、結果的には座薬の挿入によって未来の熱はたちどころに引いてしまったのである。
 もっとも今のように重いものではなく、八度台の発熱であったが、しかし効果抜群なのは疑いようもなかった。
「ふーん…………おなかのピーピーなのも、なおるかな?」
 そして直樹の答えを聞いた未来は、少し声を落としてそう言った。
 下痢に関しては、もちろん完全な治癒を未来は求めていないだろう。平常時の下り具合まで戻ってくれれば十分と考えているはずだ。
「インフルエンザが治れば、だいぶ楽になるんじゃないかな」
 直樹は左手で小さく震えている妹の背中を撫でながら、優しくそう答えた。
 今日、未来は家に帰ってきてからすでに四回も激しい下痢をしている。下校中の失敗を加えれば五回。学校でも何回かトイレに駆け込んでいるだろうし、今はまだ昼なのだから、これからも回数は重ねられてゆくだろう。
 最終的に今日一日の排泄回数が普段の倍以上になるのはほぼ確実だった。そしてそれは間違い無くインフルエンザのせいだ。
「みき、インフルエンザ、もういや……」
 肛門にペーパーを当てられながら、今度は体を脅えさせることなく、未来は静かにそう言った。
(ん……?)
 直樹は妹のその言葉を聞いて、座薬を挿れてほしいのだろうかと感じた。
 ちょっと考えられないことだが、言葉を反芻してみると、それを求めているような気がする。
 もはや未来にとってインフルエンザは、どんな代償を払ってでも体から追い払いたい悪魔となりつつあるのかもしれない。
 目の前で寒そうに震えている未来の小さな、疲れきった体を見つめながら、直樹はそう感じた。
「……未来、座薬挿れてほしいのか?」
「んーん」
「そう……」
 だが、直樹が直截にそう尋ねると、未来は小さく断り、そしてそれきり口を閉ざしてしまった。
 直樹もそうなるとどうすれば良いか分からず、それで二人の座薬についての会話は完全に途絶えてしまった。
  ……ガラ、ガラガラガラ……
 まだ怖がっているのかもしれないが、求めているという推測自体、思い違いだったのかもしれない。もしかすると、単純に効果を尋ねたかっただけなのかもしれない。いずれにせよ、相変わらず拒絶しているのだからどうしようもない。
 どうしたものかとあれこれ思いを巡らせながら、直樹は妹の腫れ膨らんだ肛門にペーパーを押し当てていった。


  ガラ、ガラガラガラ……
 さらに直樹は四枚目、五枚目とペーパーを未来の肛門に押し当てては、悪臭の立ち上る水面へと落としていった。
 十分間以上も排泄を続けていたはずなのに、未来の下痢便を受け止めた水面に浮かぶ未消化物の量は少ない。
 されるべき場所に排泄された下痢便は、下着の中に吐き出されたものよりもいっそう鮮明に、それを作り出したおなかの下り具合の酷さを直樹に教えてくれていた。
 今日だけで、未来はもう何回下痢をしたのだろう。
 目の前で震えている小さく可憐なおしりから、信じられないほどの量の汚物が吐き出されてきたのである。
 毎日のように妹の下痢を見ている直樹であったが、その事実は時に信じられなくなることがあった。

「未来、今度は痛くなるかもしれないから。我慢できなかったらいつでも言うんだぞ」
「……うん……」
  ガラガラガラガラ……
 さらに何枚かのペーパーを使って未来の肛門の水分を丁寧に取り終えた直樹は、今度はいよいよ粘膜に付着したぬるつきを拭き取ろうと、さらにペーパーを巻き取り始めた。
 本当に痛いのはこれからである。炎症を起こしている粘膜に異物をこすりつけるわけだから、それは大変な苦痛となるのだ。火傷にも似た痛みを未来は味わうことになる。
 未来が普段おしりを拭いている最中に涙を浮かべてしまうのも、この作業が原因だった。

「――っ!」
 直樹が粘膜に押し当てたペーパーを小さく動かすと、未来の体がびくんと震えあがった。
 いつもよりも数段激しい下痢を続けてきたせいだろうか。未来の痔の症状は、昨夜薬を塗ってあげた時と比べても悪化しているように見える。
 全神経を指先に集中し、少しでも粘膜を刺激しないようにペーパーを動かしたつもりだったが、それでも痛みを無にすることはできないようであった。普段なら直樹が拭いてあげれば痛みはほとんど無くなるのだが、今は軽減させるのが精一杯のようである。
「未来、痛いか? いやなら無理しなくてもいいんだぞ」
「ううん、だいじょうぶ……みきがふくより、ずっといたくないよ」
 紙で拭く痛さに耐えられないようなら、浴室に連れて行ってシャワーでゆっくりと洗い落としてあげることもできる。
 そう思い安否を尋ねた直樹だったが、その返事を聞いて少しだけ安心することができた。
「……じゃあ、続けるぞ。ほんとに我慢できなくなったらちゃんと言えよ」
 しかしそう言って直樹がさらにペーパーを動かすと、未来は再び体をびくっと震わせた。さらにペーパーを動かすとまたびくっと震える。それから先はもう痙攣のような震えはなくなったが、時折小さなうめき声は未来の口から発せられた。
「……未来、やせ我慢してるだろ」
「だいじょうぶ、おにいちゃん。みきだいじょうぶだよ!」
 どう見てもやせ我慢をしている未来だったが、それでもまた大丈夫だと言った。
 直樹はさすがにそこまでは気付けなかったが、未来はもうこんな時に迷惑をかけたくないと思っているのだ。
「痛くてやになったら、いつでもいいから、絶対に言えよっ」
 とにかく、これではもうどうしようもない。直樹がそう言うと、未来は小さく首を縦に振った。
(すぐに終わらせてやるからな……)
 直樹は慎重に慎重に、未来の肛門に貼り付いた汚れを拭き取っていった。
 ぬるぬるとした半透明な液体や小さなニンジンのかけらなどが、次々と荒れた粘膜から紙片へと塗り移されてゆく。
 寒く静かなトイレの中で、直樹にとっては心の痛む、未来にとっては肛門の痛む、重苦しい時間が続いていった……。


「――よし、終わったぞ」
 三枚目のペーパーを捨ててすぐに、直樹は未来の頭をなでてそう言った。
「よくがんばったな未来、さあ部屋に戻ろう」
 直樹の言葉と同時に顔を上げた未来の瞳は、涙こそ流してはいないが、少し赤くなっていた。
「おにいちゃん、ありがと……」
「ほんとによくがんばった。未来えらいぞ」
 大便をした後に肛門を拭くという当たり前のことですら、未来にとっては慰めを要する苦行となっている。
 その事実の残酷に胸を痛めながら、直樹は妹の頭を何度も何度もなでてあげた。

「それ、自分で穿けるか?」
「うん……だいじょぶ……」
 膝下に垂れ下がっているズボンとショーツ。
 もはやそれを自力で上げることすら重労働であろうが、直樹に尋ねられた未来は静かにそう答え、ゆっくりと体を起こし立ち上がった。
 小さな体が震え続けている。肛門は拭き終わったのだから、痛みによるものではない。
 トイレの中が寒くて震えているのだ。下痢や嘔吐という以前に、未来の体は四十度近い高熱に冒されているのである。するべきことがすんだ以上、こんな所にはもう一秒も長くいるべきではない。
「……」
 ――にも関わらず、未来は立ち上がってもそれ以上体を動かさず、何か思い詰めているかのような表情で固まってしまった。
「……未来? どうした?」
 妹の行動がよく分からない。直樹は戸惑い、未来の名を呼んだ。
「……おにいちゃん……」
「ん?」
 すると突然未来は手と唇をぎゅっと固め、それまでよりも芯の強い声で直樹を呼んだ。
 青ざめていた頬が、なぜか急に薄桜色に染まってゆく。
「さっきの、おしりに入れるおくすり……みきのおしりに……入れて……」
 そして間を置かず、未来は大きな瞳で恥ずかしげに直樹を見上げてそう言った。
「えっ……?」
 予想外の言葉に彼は驚愕した。確かに座薬を挿入してと言ったのだ。
 さっきから二度にわたって拒んだ上、今はさんざん肛門の痛みに悶えてきたばかりである。
 今の未来にとって座薬などと言うものは、たとえその効果が抜群だと言っても、最も恐ろしい存在のはずだ。
「未来、さっきは嫌だって言っただろ。痛いから嫌だって」
 驚きを隠せない表情で、直樹はそう尋ねた。しかし妹の目は本気である。
「みき、もうインフルエンザやなの……さむいのもいや……もうこんなにおなかピーピーなのやだ……」
「確かにあれは良く効くけど……」
 未来の答えは、先ほど直樹が推測した想いと重なっていた。
 すなわち未来は、拒絶した時から本心では座薬の効き目に希望を見出していたのだ。
「ほんとは、おしりに入れてほしかったの……」
 恋する乙女……と表現するにはまだ早すぎるが、しかしまさにそういう風な表情で必死に想いを伝えてくる妹。
 だが直樹にはまだ分からないことがあった。座薬を挿入される痛みに耐える心の準備ができたから、今になって未来はその想いを吐露し始めたのだろう。が、それは本来逆のはずである。
 今の未来はまさに肛門の激痛に苦しんできたばかりなのだから、むしろ心の準備ができかけていたとしても、その決意は鈍るはずなのだ。ある痛みを受けたことがさらなる痛みを受けることへの動機となるなど、被虐趣味でも持っていないとありえない。

「みき、やっぱりさっきおしりのあな、すごくいたかったの……今もひりひりしてるの……だから、いたいの、いっしょなら少しだけ、へいきになれるから……」
「……ああ」
 だが、さらに続けられた妹の言葉を聞き、直樹はようやく筋が分かった。
 それは稚拙な表現だったが、未来なりの説明であった。
 ――未来は、痛さに多少なりとも体が順応している今の内なら、同じ痛みでも平常時ほど苦しまずに受け入れられると言ったのだ。肛門を拭かれたことによる苦痛が、さらなる苦痛を受け入れる覚悟となったのであった。
「ん、分かった。でもとにかくまずは部屋に戻ろう」
「うんっ」
 想いがおにいちゃんに伝わり、眼前に迫っている恐怖にも関わらず、未来は嬉しくなった。
 そして未来がいそいそと下着とパジャマをずり上げると、直樹はその体をひょいと抱き上げ、ぎゅっと胸に押し付けてあげた。未来の体は柔らかい。大きな瞳で自分を見つめてくる妹はいつ抱きかかえても可愛い。

  ゴボジャアアアアァァァーーーーーーーッッッ……
 そして直樹は膝で水洗レバーを倒し、未来の体に過剰な振動を与えないように気をつけながら、足早にトイレを出た。
 未来の部屋までは十秒もかからない。ドアには「未来のおへや」と書かれたくまの形の表札が貼られている。今は換気のために開け放されていた。
 部屋の中に入っても、もう悪臭はほとんどしなかった。部屋の窓も換気のために開け放たれている。そこから風が流れ込んできたのであろうか、未来の部屋は冬の静かな香りに満たされ始めていた。暖房が機能しているので、風が入ってきても寒くなってはいない。

「はい到着ー」
「わーい」
 直樹は洗剤の香りがする新しいシーツの上に未来を寝かせ、ふかふかとした布団をかけてあげた。
「あったかいよおー」
 厚ぼったい布団からちょこんと顔を出している妹の姿も愛らしい。
 空気が何か良い方向に向かいつつあるのを、直樹はぼんやりとではあるが確かに感じた。
「未来、洗面器取って来るから。三秒で戻るからな」
 そして直樹はそう言って二秒で洗面器をトイレから取って戻ってくると、それをベッドの側の床の上に置いた。
 洗面器の準備は下半身を着衣させる以上の最優先事項である。四十分前の事件から得た教訓だった。

「じゃあ、未来。まずは痔の薬を塗るからな」
「うん……」
 直樹は一息つくとそう言ってベッドの上へと上がった。
 座薬を挿れる挿れない以前に、それは重要なことである。紙で拭く時と違って痛みの無い作業なので、未来にも抵抗が無い。
 加えてぬるぬるとした痔の薬は座薬を挿れる際には潤滑油ともなりうるので、挿入の前準備としてはちょうど良いものであった。
「おしり上げられる?」
 直樹は未来の体をひっくり返してうつぶせにさせ、そう尋ねた。
 今のままの姿勢だと左右の尻たぶに肛門が埋まってしまっていて薬を塗りづらいのである。自分の方に向けておしりを突き出させる必要があった。
「できない……おにいちゃん、やって……」
「ん、分かった」
 重い下半身を大きく動かすと言うのは今の未来にとっては重労働である。
 普段ならそういった要求を甘え癖の所以と判断する直樹であったが、今回は当然に仕方が無いと感じた。
「――よし、じゃあ脱がすからな」
 未来の柔らかい体は、わずかに力を入れてあげるだけで、簡単にその姿勢を変化させることができる。
 三十九度の体温をパジャマ越しに感じながら、妹のおしりを天井に向かって突き出させた直樹は、そのまま丸いおしりを包み込んでいる着衣に手をかけ、そして優しい手つきでずり下げた。と同時に、雪のように真っ白な可愛らしいおしりが目の前にぷりりと姿を現す。汗ばんだ薄い尻肉はほど良く左右に開かれ、中央の小さな肛門はぐっと後ろに向かって突き出されていた。こちらもほど良く開いている。肛門のすぐ側には未成熟で無邪気で愛らしいたてすじが微笑んでいるが、それは今は重要ではない。

「じゃ、薬塗るぞ」
  ブリッ!
「お、おにいちゃん、ごめんなさいっ!」
 直樹がシャツのポケットから薬を取り出した瞬間、眼前の肛門から臭いおならが放たれた。
 もちろん、後ろにいる彼に直撃である。妹の放屁を至近距離で浴びるのは、今日二回目であった。
「急にしたくなるおならは我慢できないよなあ」
「ごめんね……」
「いやいや、気にするなって」
 むわっとした濃密な悪臭に悶えながらも、直樹は全く平然とした様子だった。
 それどころか、嬉しかった。お風呂場では全くおならのことに注意が届かなかった未来が、今度は女の子らしく謝ったからだ。あの時と比べて心にゆとりが生まれている。それは大きなことのように思えた。

「……じゃ、塗るぞ。今度はおならすんなよ」
「もうしないよ」
「まあ、したくなったらまた我慢しないで出していいけどな」
 直樹はおしりをぽんぽんと叩いて未来の緊張をほぐしてあげると、すぐに赤く腫れた肛門に薬を塗り始めた。
「おしりのあな、むずむずする……」
「いいかげん慣れろよ」
「うん……」
 薬が塗り込まれるにつれ、未来の肛門は光を多く反射するようになり、ぬらぬらと照り輝き始める。
 時折小さく響くつぷつぷという濡れた音は、直樹の指が未来の肛門を離れる際に生じているものである。
 そうして未来の肛門の傷んだ粘膜は、暖かい湿り気に包み込まれていった。再び下痢をすれば全て便といっしょに流れ落ちてしまう刹那的なものではあるが、しかしたとえほんの短い時間でも、こうやって塗ると塗らないとでは、やがて大きな違いが生じてくるのだ。
 直樹は疲れ果てているであろう妹の肛門をいたわるようにしながら、丁寧な手つきでゆっくりと薬を塗り続けていった。


「……未来、きっと痛いぞ。泣くかもしれないぞ。本当にいいんだな? 我慢できるな?」
 薬を塗り終えた直樹は座薬を用意すると、改めて未来にその決意を尋ねた。
「うん。みき、ちゃんとさっきみたいにがまんできるから」
 未来は上半身を小さくねじって直樹の方を振り向き、力強く答えた。その言葉には決意が感じられた。
 ぬるぬるとした肛門も座薬を受け入れる時を待っているかのように、穏やかに収縮を繰り返している。――なんとか大丈夫そうではあった。
「……分かった。じゃあ、薬出すぞ」
 直樹はそう言って包装された座薬を箱から取り出すと、静かにシートをはがして中の一つを手に取った。

「未来、両手でおしりの穴をできるだけ広く拡げてくれるか?」
「うん……」
 直樹が座薬をつまみながら指示をすると、未来は喉をごくりと鳴らし、言われた通りに両手で尻たぶを左右に押し広げた。
 中央の小さな肛門の姿が、それまでよりもいっそうむき出しになる。今は脅えるようにしてすぼまってしまっていた。
 怖がっていると直樹は感じた。毎日毎日大量のうんちが出てくる穴ではあるが、何かを挿れられる経験は今回で二回目にすぎない。強がってはいるが、やはり相当に怖いのだろう。
「未来、体の力を抜いて……」
 だが、これからこの穴の中に座薬を挿れなければならないのだ。
 直樹はさらに左手を未来の肛門の側に当て、親指と人差し指で周りの皺を押し伸ばしながら、小さくそうささやいた。
 それと同時に未来は体の力を抜き、すぼまっていた肛門がぷっくりとふくらんでゆく。
 そして肛門が全開となり、奥のピンク色の直腸までもがはっきりと見えた瞬間、
(――よし!)
  チュクッ
 直樹はすぐ側に近づけていた座薬を一気に未来の肛門へと挿入した。
 座薬の最後尾までが穴の中に入り込むと同時に指を引っ込める。
「っ!!」
 未来の全身が跳ね震えて肛門がぎゅっとすぼまったのは、その直後であった。
 あと少し指を抜くのが遅れていたら、荒れた粘膜が指先を挟みこんで大惨事になっていた。間一髪の挿入である。
「……っふっあぁあ……おにいちゃ……おしりのあな、あつくてへん……っ……!」
「未来我慢しろっ! 出しちゃ駄目だぞ。そのままおしりの穴閉めてろ」
 薬の膜が粘膜を包んでくれているおかげで、痛みは酷くなかった。が、その異物感は凄まじいものであった。
 おしりを震わせて両足膝をこすり合わせ始めた未来に、直樹は慌てて我慢するよう命令した。
 ここで座薬を出してしまっては、また一から挿入し直しである。それは絶対に避けたいことであった。

「はぁー、はっうぅ……あつ……はぁ、あぁーー……あ」
 腸内から脳へと強烈な異物感が響き続ける。未来は荒い呼吸を繰り返しながら腰を激しく動かし、脂汗にまみれたおしりを何度も大きく前後させた。
 それでも肛門は直樹の言いつけを守って必死に締めつけ続けた。固体が奥から肛門を押しているのがはっきりと分かる。それに伴う不快感は、うんちを我慢している時の感覚と酷似していた。
「すうーーー……はぁーー、あぁーーー……あ、ああぁぁはあぁ、あふっ!」
(もうだめぇっ!)
 しかし直後、ついに未来は我慢ができなくなった。便意に耐え切れず大便を漏らす瞬間と同じ感覚が全身に響く。未来は肛門が盛り上がるのを感じ、次の瞬間には座薬の後端を盛り上がった肛門からムリムリと出し始めてしまった。
 だが、それはまた次の瞬間に、直腸の中へと押し戻された。代わりに肛門に感じたのは紙の貼り付く感触。ティッシュペーパーだった。未来の限界に気付いた直樹が慌てて押し当てたのである。
「我慢しろ未来。自分で挿れるって決めたんだろ?」
 鈍い痛みと共にペーパーの押し付けられる感覚が続いたまま、後ろから直樹の声が聞こえてくる。
「んんんぅぅう……すうぅーーー……すぅーー……はっあ、ぁ……」
 未来はその声に答えようと、全力で肛門を締め付けすぼませた。直腸の中の塊を、必死にその内壁でもって捕らえ続けようとする。ティッシュ越しに伝わってくる直樹の手の力が頼もしかった。

 そしてその強い括約筋の働きが功を奏したのか、数秒の後、急に座薬がどんどん吸い込まれるかのように腸の奥へと入り込み始めた。それに伴って異物感が溶けてゆく。
「……ぁ、はぁはぁ、はあーー……ああ、ぁ、はぁ……」
 すると体の震えも治まり、未来はゆっくりと意識の正常を取り戻し始めた。
「未来がんばれよ、すぐ楽になるから」
「……うん……」
 今度は肛門を開いても、もう何も出てこない。出てこないと言う安心感もあった。
 どうやら峠を過ぎたようである。座薬の挿入は成功へと至ったのだ。
 それでも、異物を挿入されたことによる本質的な不快感はなかなか体を離れてくれない。
 未来は汗を流し、荒い呼吸を続けた。

「おにいちゃん、ごめんね……みき、おくすり出しそうになっちゃった……」
 やがて何分かが経ってその身と意識の乱れが完全に収まると、未来は後ろを振り向き、そして直樹に謝った。
 もちろん、おしりと肛門は相変わらずむき出しのままである。未来の頬は紅く染まっていた。
「結局ちゃんと入ったんだから良かったじゃないか。これできっと熱も下がるぞ」
 直樹は頭のかわりに目の前の小さく可愛いおしりをなで、いつもの優しい声で応えてあげた。
「……うんっ! おにいちゃん、ありがとっ」
 未来の表情が、ぱっと明るくなる。
「よしよし。早く元気になろうな」
「おにいちゃん、だいすきっ」
(おしりを向けて言われてもなあ……)
 おにいちゃんへの愛の告白は、機嫌の良い時の未来の口癖である。
 直樹は心の中で毒づきながらも、そんな妹が可愛らしくてたまらなかった。

 それから直樹は未来のおしりの汗をタオルで拭き、そして着衣と姿勢を戻して布団をかけてやった。
 そしてまた二人は穏やかな会話を続けていった。が、やがて直樹は徐々に寡黙になり始めた。
 何かを考え込んでいるかのように、口数が減っていったのである。未来の言葉に相槌を打つだけになっていった。
 ある重要で切迫していると思われることを、直樹は考え始めていたのである。
 ――未来に伝えなければならないことがあった。

 そして直樹は会話の途中、ふと静かに口を開いた。
「……未来、おむつを着けた方がいい」
「えっ……?」
 突然の、そして全く予想外な発言。
 トイレで未来が急に座薬を求めた時の直樹のように、今度は未来が彼の言葉に驚愕する番であった。


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「……おにいちゃん……」
「ん?」
「……ふにゅ」
(なんだ、寝言か……)

 あれから三時間ほどが経った。
 窓の外は暗く、相変わらず雪が降り続けているようだが、よくは見えない。
 部屋の中にはすうすうという穏やかな寝息が聞こえるのみで、他には何の音も無い。
 照明は全て消され、窓からの月明かりのみが兄妹の顔を照らし出している。
 部屋の中には、静かな冬の夜がただ満ちていた。

「……おいしい?」
(何か食べさせてくれてるのかな? かわいいやつめ)
 未来は、ベッドの上で静かな眠りについていた。
 その布団の中、パジャマのズボンの下には、小児用のおむつを穿いている。
 直樹は二時間前に未来が眠りについてからずっと、ここで看病を続けている。
 自室から持ってきた椅子に座り、愛らしい妹の寝顔をただ静かに見つめ続けていた。
「おいしいよ、未来」
 頭をそっと撫でながら、小さな声で答えてあげる。
 未来の表情は幸せそうだった。きっと楽しい夢を見ているのだろう。
 本当はまだ料理を作れない未来だが、そんなことはどうでも良かった。
 もう少し大きくなったら未来もきっと料理を作れるようになる。それは彼にとって楽しみなことだった。
「……ん……」
 直樹が嬉しくなってほっぺたをぷにぷにとすると、未来の表情もより幸せそうになった。
 こうしていると、数時間前にここであったことなどは、ただの悪夢に過ぎなかったようにさえ思えてくる。
 実際、悪夢で終わってほしかった。もう繰り返されることはあってほしくない。
 座薬が効いたのか、未来の熱は八度七分まで下がっていた。顔色もいくらか良くなってきている。

(未来、やっぱりおむつにして良かっただろ?)
 おむつを穿いていれば、もよおしてすぐに、我慢することなく排泄ができる。
 トイレまで行かなくても良いし、下着やシーツを汚してしまう可能性も無くなる。
 今、未来がこうして穏やかに寝ていられるのは、おむつの着用によって排泄の恐怖から開放されたおかげだった。
 だが、もう一年間近くも離れていたおむつを再び未来に穿かせるのは、相当に大変なことだった。


「みき、おむつはいやっ!」
 ――三時間前。
 直樹におむつの着用を提案された未来は、ただひたすら拒絶を続けていた。
 布団の裾をぎゅっと掴み、きっとした目つきで直樹をにらみつけている。
「未来、話を聞けよ」
「やなのっ!」
 いつもおにいちゃんに従順な未来が、ここまで激しく反抗するのは珍しいことである。
 そもそも未来がおむつを外したのには理由があった。
 好き好んで排泄できる場所をトイレに限定し、苦しい我慢との戦いや惨めなおもらしを繰り返しているわけではないのだ。

 一年生の三学期、未来はおむつを穿いているせいでいじめを受けたのだ。
 それまでは担任や親の指導によって、未来が一人だけおむつを穿いていても、クラスメートたちは何も言うことがなかった。が、ある日の着替え中に誰かがそれをからかい始めたのをきっかけに、子供たちの好奇は刃となり、一斉に未来に突き刺さり始めたのである。その日から、未来のあだ名は「おむつ」になった。
 それで未来は泣く泣くおむつを外すことを決心したのである。もはやその記憶……一年生いっぱいまでおむつを着けていたと言う過去は、未来にとっては忘れ去りたい羞恥となっていた。
 ――だから、未来がおむつを拒絶するのは当然なのである。
 直樹も、そのことはよく解っていた。いじめのことも知っているし、春休みに便意を我慢するトレーニングをしてあげたのも、他ならぬ彼である。未来の気持ちは誰よりもよく解っていた。

「もうお漏らしするのやだろ?」
「おむつはもっとやだもん!」
「お兄ちゃんしかいないんだからいいじゃないか。お母さんやお父さんにも秘密にするから」
「いやっ!」
 だが、それでも今の未来にはおむつが必要だった。
 直樹がその必要性をはっきりと認識したのは、未来がベッドの上で吐き下した時である。
 一階のトイレで未来がドアを開けたまま下痢を始めたのを見た時から、すでに彼は危機感を抱いていた。
 明らかに便意を我慢する力が弱っている。そうなると未来の部屋からトイレまでの距離ですら、危険な長さとなる。加えて未来は満足に体を動かす体力さえ失っているのだから、これではベッドの上での便意は即、おもらしへとつながってしまう。
 それに加えて今の未来は、吐き気にもいつ襲われるか分からない。単純な下痢なら洗面器を応用すれば対応できるが、上と下から同時に来られると、もうどうしようもない。傍にいてどうこうできると言う問題ではないのだ。
 ――それで直樹は、もうおむつがないと駄目だと感じたのだった。
 幸いにして未来の部屋の物置には、一年前の残りがしまってあったのである。
 しまったのは直樹本人で、いざという時のために捨てずにとっておくことにしたのだった。それが役に立つ時が来たのだ。

「またうんちしたくなった時、トイレまで我慢できるのか?」
「できるもんっ!」
 未来は顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな表情で叫び続けていた。
 ここまで拒まれるとは思っていなかったので、直樹もどうすれば良いのか分からない。
 二人の会話はこの数分間、ただただ平行線を辿り続けていた。
「ほんとにできる自信あるのか?」
「できるのっ!」
 全く聞き分けが無い。またもよおしてしまったら、洗面器を使わない限りおもらしは確実なのである。
 未来は今日、すでに下校中を含めて二回下痢便を漏らしている。一階でトイレに駆け込んだ時も危なかったし、浴室で脱糞した時も、場所のおかげでおもらしとならなかっただけで、あれでベッドの上にでもいたら、大変なことになっていただろう。さっき洗面所からトイレまで運んでもらった時も、便座におしりが触れると同時に水便が便器の中へと注ぎ込まれる有様だった。もしこの部屋で後始末をしていたら、床が便器と化していたはずである。
「未来、そんなにおむついやなのか?」
「いやっ!!」
 ――それでも未来はおむつを受け入れようとしない。
 一年前に受けたいじめが余程心に深い傷を残しているのか。こうなると理屈でどうこうできるものではない。

「……分かったよ。じゃあもう俺からはおむつ穿けって言わない」
「……」
「未来が自分でよく考えてみてくれ」
 結局、そう言うしかなかった。このままでは埒が明かない。
「みき、考えないからね……」
 未来はぷいと顔を背け、頭まで布団に潜り込んでしまった。
(無理に勧めすぎたかな……)
 怒らせてしまった。
 たとえ必須だとしてしても、推薦の仕方が少し強引だったかもしれない。
 未来は自分のことを何でもよく聞くという発想にとらわれていたのかもしれない。未来は自分の所有物ではないのだ。
 重苦しい空気が兄妹を包んでいる。直樹は膨らんだ布団を眺めながら自戒した。


 ――それから十分ほどの時が流れた。
 その間、二人は一言の会話も交わしてはいない。未来は時折体をもぞもぞとさせるので、寝ているわけではないようだ。
「未来、そんなにいやだったのか? ごめんな……」
 直樹はふと口を開いた。予想以上に深く傷付けてしまったと気付いたのだ。
「未来、なんか言えよ……」
 まるで恋人を慰めようとしているようである。そんな自分が少し情けなかった。
 未来が自分に依存しているのは知っているが、自分も結構妹に依存しているのかもしれない。
「未来、起きてるんだろ?」
 そう言いながら、彼は布団の中の小さな妹の身体へと手を伸ばした。
 ――その時だった。

  グギュルルルゥゥーーー……
 布団の中から、あの独特のうなりが聞こえたのだ。同時に未来の体がびくっと震える。
 直樹はそれを見て、来てしまったと思った。
「――っ!」
 次の瞬間、未来は頭にかかっている布団をがばっとはねのけた。
 そして膝を曲げ、枕に手をついて体を起こそうとし始めた。が、やはりうまく体を動かせない。
「未来、起こしてやるよ」
「いい。みき、自分でおきれる」
 見かねて直樹が手を貸そうとしたが、未来は意固地になってそれを拒否し、無理矢理体をねじって上半身を起こし上げていった。直樹と目を合わせようとしない。深い愛が反転して完全な拒絶となっていた。

  ギュゥーー……ゴロゴロゴロゴロゴロォ……
 真っ青な顔でおなかを鳴らし、ぶるぶると震えながらの痛々しい作業だった。
 それでも未来は見事に上半身を起こし終え、さらに右肘をシーツに押しつけて体勢を整えると、下半身にまとわりついている掛け布団を足でぐいっと押しのけた。間髪入れず腰をひねり、右左の順で足をベッドから床へと下ろしてゆく。
「はあーー……はぁー……」
  グウウゥゥゥッ!
「っくぅぅう……っ……!」
 だがしゃがみこむようにして床へと下りた瞬間、再び激しい腹痛に襲われたのか、体の動きを止めてしまった。
 すぐに両手でおなかを抱え込んでがくがくと激しく震え始める。もう見ていられない。
「未来――」
  ビュチュチュチチッッ!!
「――っ!?」
 トイレまで運んでやるよと、たまらず直樹が言おうとした瞬間だった。
 未来のおしりから、湿り気のある音が響いたのである。それが何の音かは考えるまでもなかった。
 直腸の中の下痢便がおしりの穴から下着の中へと溢れ出す音。あまりにも呆気ない肛門の決壊であった。

「あぁぁぁぁぁ……」
  グジュジュジュジュジュゥッッ! ビチッ!!
「駄目だ未来っ! もう少しだけおしりの穴閉めろ!」
  ゴブッ! ビュシュビュチュチチュ! ビヂチチチュチチュチュッ!
 慌てて洗面器に手を伸ばしてそう叫んだ直樹だったが、もう未来は全く我慢できないようで、さらにおしりから汚い音を響かせ続けた。
 やはりもうどうしようもないのだ。全身の筋肉が脱力して、肛門が限り無く緩んでいるのである。括約筋が締まらないのだ。
 今の未来はもう、頭で我慢しようとしてもその意思が肛門へと伝わらない。垂れ流しに等しい状態だった。
  ブヂビヂビィィッ!! ビュシュィィィィィッッ!
「くっ――!」
 直樹は洗面器を掴むと未来の後ろにしゃがみ込んだ。
 薄いピンク色のズボンには、もう丸いシミができている。それが汚い音と共にどんどんと広がっている。
 次の瞬間、直樹は未来のズボンとショーツをまとめてずり下ろして、盛り上がっている肛門の真下に洗面器をあてた。
  ビシャシャシャシャシャァァァァーーッ!!
 それと同時に、完全な水便がおしりから洗面器の中へと勢いよく注ぎ込まれる。
 しゃがみ込んでいる未来の姿勢は、ちょうど和式便所で大便をする時と同じものだった。毎日未来が学校で繰り返している行為である。
 なかばただの穴と化している未来の肛門だが、これまでならもう少しは長く締まっていることができた。
 だから、未来の肛門が今こんなにも早く決壊してしまったのは、その姿勢をとったことで条件反射的に、身体が排泄態勢へと至ってしまったせいなのかもしれない。未来は同年代の幼女たちの何十倍もの回数、学校や公衆便所の和式便器にまたがって下痢便を排泄してきたのだ。

  キュグゥゥーーゥゥウゥッ!
「ふぅうぅぅ……っ……!」
  チュバッ! ビチュイイィィィーーーッ……プゥッ! ビュシャァッ!
 腹具合の悪い時の未来は、信じられないぐらい大量の下痢便を、それも何度も排泄する。
 直樹は何も言わず、洗面器へとぶちまけられる熱い下痢便の激流をただ受け止め続けていた。
 静かな部屋の中に汚い下痢の音が断続的に響き、便臭が辺りへと広がってゆく。
 未来はうめき声を上げ、身体をぶるぶると震わせながら下痢便を垂れ流していた。
 小刻みに震えながら下痢便を次々と吐き出す未来の小さなおしりは、いつ見てもひどく痛々しい。痔の症状がどんなに重くとも、排泄器官である肛門は焼けるように熱い汚物を通過させなければならないのだ。

「……ぁぁぁ、あぁ……」
  チュイイイィィィィィィィィィィィィーーーーッ……
  ……ブボッ!! ブビビビィィイッ……ブプビビビッブビィッッ!
 未来は今どんなことを考えているんだろう、と直樹は感じた。
 あれだけうんちを我慢できる、漏らさないと意地を張った結果が、この惨めなおもらしと排泄である。
 単に真っ白になっているのかもしれないが、少しでも思考力が動いているとしたら、もう情けなくてたまらないことだろう。
(また綺麗にしてやらないといけないなあ……)
 今日三回目のおもらし。ふとももまで下ろされた白いショーツには、大きな黄色いシミができていた。
 目の前の小さなおしりは汗と水便にまみれてぬるぬるである。肛門が汚れきっているのは言うまでも無い。
「っはっ、あぁ……んんくぅぅうっっ!」
  ビチビチビィィィ……ッ……ビヂッ……ビチュッ! シュイイィィィィ……
 未来は切なげにうめきながら、水のような下痢便をびちびちと出し続けた。
 排泄の終息と同時に未来がめちゃくちゃな大声で泣き出したのは、それからすぐのことであった……。


(あれはすごい泣き方だったなあ……)
 ――そして今、未来の幼い下半身はおむつに優しく包まれている。
 直樹は今は穏やかな未来の寝顔を見つめながら、三時間前の壮絶な泣きわめきぶりを思い出して苦笑した。
 やはり自分が惨めで情けなくてたまらなかったのだろう。未来をなだめ泣き止ますのには、実に十分以上の時間がかかった。
 未来がおむつを受け入れたのは、それからすぐのことである。
 着衣を汚す黄色いシミ、ぬるつきにまみれて生臭い便臭を放つおしり、そして洗面器の中の水便――未来は自身の身体、そして行為でもって、おむつの必要性を完全に証明してしまったのだった。

 そして未来が眠りについたのは、おむつを穿き始めてから一回の嘔吐、二回の脱糞をしたのちのことだった。
 だから、今穿いているおむつは三つ目である。二回目の脱糞ののち、おしりを拭いて新しいおむつに替えてあげてからしばらくして、未来は徐々に瞳を薄め始め、そして暖かい眠りへと落ちていったのだった。
 ここでうんちを出せると言う安心は、ベッドの上の未来にとって最も必要なものだったのかもしれない。

 そんなふうにして直樹がぼんやりと思索にふけっていると、未来がゆっくりと目を開いた。
 童話のヒロインのような、穏やかな目覚めである。もちろん直樹は何もしていない。
「おにいちゃん」
「ん? よく眠れたか?」
「うん……」
 未来はぼんやりとした瞳で直樹を見上げた。まだ頭がよく回っていないらしい。
 眠っていた時からそうだが、息は相変わらず荒く、頬は赤く火照り、前髪は汗を吸い込んで濡れていた。
「未来、寝ている間にだいぶ汗流しただろう? パジャマと下着、着替えたくないか?」
「うん……みき、からだべたべたしてきもちわるい……」
「よーし、じゃあ、布団取るぞ」
 直樹が掛け布団を持ち上げると、その内側は予想通りに汗を吸い込んで湿っていた。
 未来のパジャマも湿っている。幼女特有のミルクのような匂いが、あどけない身体から広がっていた。
「熱がある時は、汗を流せば流すほどいいんだぞ」
 そんな感じのことを教えながら、直樹は未来の体を起こしてパジャマと下着を脱がせていった。
 起伏の小さい未成熟な肉体、そして平らな胸を彩っている薄桜色の幼い乳首などは、いつ見ても純粋に可愛らしい。
 八歳の妹の肉体が持つ根源的な魅力にその精神を癒されながら、直樹は丁寧に作業を続けていった。

 ――未来の上半身を裸にした直樹が、続いてズボンを下ろし始めた時だった。
「……おにいちゃん……」
「ん? どうした、未来?」
 突然の未来の言葉。直樹はズボンを下ろす手を止めて応えた。ちょうど膝の辺りまで下ろしたところである。
「みき、うんちしたくなっちゃった……」
  グウウゥゥゥーー
 また未来が便意をもよおしたのだ。言葉に続くおなかの音が、その事実をより鮮明に表していた。
「ああ、早くしちゃえよ」
「うん。みき、うんちするね……」
 そう言って未来は、ゆっくりと膝を曲げて足を開き、両手でおなかを抱え込んだ。
 和式便器にしゃがみ込む時の姿勢――おなかとおしりに最も力を入れやすい姿勢を、反射的にとっているのだ。
 そして次の瞬間、
「んっ……!」
  ブチュチュチュチュゥーー……ッ……!
 未来はおむつの中へと勢いよくうんちを出し始めた。
 もうその行為には何の抵抗も無い。すでに未来はおむつを完全に受け入れていた。
「ゆっくりでいいからな。出せるだけ出しとけよ」
「うん……んっぅうん……っ……!」
  ジュビュルチュィィィィ……ビチュルゥゥゥーーー……ブビッ!
 おむつ越しに聞こえてくる下品な破裂音を聞きながら、直樹は妹の脱糞を静かに見守った。
 ちょうど今の未来の姿勢はおむつを換える時のものなので、これが終わったらすぐに作業に移れる。
 直樹にとっては都合が良かったが、さすがにこの姿勢での排泄を見られるのは恥ずかしいらしく、未来の方は顔をますます赤くしてそっぽを向いてしまった。無邪気な八歳の妹が、ここまで羞恥の表情を見せるのは珍しい。
  ビュジュジュ……プジュジュ…………ジュチュチュジュジュ……
 目の前で開かれている股の中央から排泄の音が確かに聞こえてくるが、今は悪臭もせず、黄色いシミなども現れない。
 さすがおむつである。その白い包みの中では次々と肛門から下痢便が放たれているはずなのに、その様子は少なくとも目では、全く伺い知ることができない。
「ふぁぁぁぁぁぁ……」
  ……ジュビビィィィ…………コポッ!……プリプピビィィィ……
 小さな体を震わせて排泄を続けながら、急に未来は表情を緩ませて体をぶるぶると大きく震わせた。
 どうやらおしっこもしてしまったらしい。欲求の赴くままに、おむつの中にうんちとおしっこをする。こうしている未来はまるで赤ちゃんのようであった。
 暖かい液体が肛門を流れ出て、おしりの周りに広がってゆく。
 代償の無くなった開放感に意識を溶かされながら、未来は甘く幼い排泄を続けた。

  シュィィィィ……ィイィィ……ビチ……ッ……ィィ…………
「……おにい……ちゃん、みきうんちぜんぶでたぁ……」
「よしよし。じゃあ、先におむつ替えてあげるからな」
 未来の穏やかな排泄は、始まってから数十秒で終息を迎えた。
 その間に替えのおむつを用意していた直樹は、すぐに未来のおむつを外し始めた。
 接着テープを剥がして恥丘の上に乗っているカバーをめくり下ろすと、幼いたてすじとその下の肛門があらわになる。
 と同時に生臭い便臭がむわっと立ち上る。純白のおむつには、肛門の下一面に黄色い水便が染み込んでいた。少し色あせたシミもあり、どうやら寝ている間にも多少の量を漏らしていたようである。
「じゃあ、まずはおしっこの出るとこから綺麗にするからな」
「うん……」
 直樹はウェットティッシュを手に取り、未来の可愛らしいたてすじをゆっくりとなぞり始めた。
 その手つきは慎重である。以前時間が無くて手早くティッシュを上下に動かした時、未来が変な反応を見せたことがあるので、それ以後は必要以上に慎重に拭いてあげることにしていた。まだ八歳の妹が変な快感に目覚めてしまったら大変である。
「……ん……っ……」
 さらに直樹がたてすじを横に開いて淡いピンク色の性器にティッシュを当て始めると、未来はさすがに刺激を受けているのか、両手をぎゅっと固め、頬を赤く染めて切なげな表情で体をぴくぴくと震わせ始めた。
 妹の体にどういう感覚が生じているかは想像がつくが、その体の清潔のためには、この作業を避けることはできない。
 直樹はそれまでよりもさらに慎重な手つきで、未来の性器を濡らしている液体――未来のおしっこを、ティッシュで滑らかに拭き取っていった。

「――よーし。じゃあ次はおしり拭くぞ」
「……うん」
 たてすじの中を綺麗にし終えた直樹は、荒く湿った呼吸を繰り返している未来に優しく語りかけた。
 わずかに遅れて、上の空といった様子でだらりと口を開いていた未来が、小さく申し訳なさげに答える。
 未来は汗で湿ったふとももをゆっくりと動かし、股を閉じたり開いたりを繰り返していた。
 ……生殖器の次は、いよいよ排泄器、おしりである。
 幸いにして、肛門から放たれた水便の多くをおむつが吸い取ってくれたおかげで、その汚れはショーツに漏らした時と比べてわずかなものだった。
 今の未来の下痢便には、もうほとんど全く具が含まれていないので、水分を吸収されればあとは粘液ぐらいしか残らないのである。
 今日の昼までに口から摂取したものを、未来はこれまでの度重なる下痢と嘔吐で、全て体外に出してしまっていたのだ。

 しかし、その事実はおしりを拭く時にのみ幸運となるのであって、本質的には悲劇である。
(本当にすごい下痢をしたなあ……かわいそうに……)
 ティッシュを手にして水便を拭き取り始めた直樹は、改めて今日の未来の下痢の酷さに心を痛めた。
 もう苦しげに下痢をする未来の姿を何回見たかも分からないし、おもらしをして汚れてしまったおしりを何回拭いてあげたかも分からない。眼前でひくひくと恥ずかしげに収縮している肛門は、今日だけでどれほどの量の汚物を吐き出してきたのだろう。
 下痢に苦しむ妹の姿には見慣れている直樹だが、これほどの下痢はおそらく今回が始めてである。
 普通の女の子でさえピーピーの下痢を起こす悪性のインフルエンザ。ただでさえ腸弱の上でそれに襲われてしまった未来は、もう不幸としか言いようがなかった。
(とにかく、早く綺麗にしてやらないと……)
 妹の痛々しい姿に心を痛めるのは兄として当然のことだが、それでは未来は楽になれない。
 今すべきことは、一刻も早くおしりを綺麗にしておむつを替え、体の汗を拭いてあげることである。
 単純に早く不快感を取り払ってあげたいし、暖房が効いているとは言え、いつまでも未来を裸にしておくわけにもいかない。
 直樹は眼前の汚れたおしりを改めて見据え、汚物を拭き取る手の動きを速めていった。


<3> / 1 2 3 / Novel / Index

「よし、布団かけるぞー」
「わーい。おふとんおふとんー」
 あれから十数分後。あっという間に全てが終わってしまったかのような勢いで、直樹は一通りの作業を完了させていた。
 未来のおしりを拭き、肛門を拭いて痔の薬を塗り、おむつを替え、体の汗を拭いて新しい下着とパジャマを着せてあげたのである。
 今回は楽な姿勢をしていたためか未来があまり肛門の痛みを訴えなかったので、それに時間を多く使わずにすんだのだ。
「ふかふかしててきもちいいよお」
「だいぶさっぱりしただろ?」
「うんっ! おにいちゃんありがとうっ!」
 未来は布団をかけてもらうなり抱きつき、幸せそうな笑顔を見せた。
 新しいおむつと下着、そしてパジャマに着替えさせてもらい、だいぶごきげんのようである。
 顔色も良くなっており、瞳の輝きも強くなっている。この調子なら、明日の昼までにはおむつも外せるだろう。
「じゃあ、未来、もうそろそろ寝るか?」
「うん。みきおねんねしたい。もうねむいよお」
 時刻は八時を少し過ぎていた。毎晩八時に寝ている未来にとって、もうお休みの時間である。
 普通なら、昼寝をすればその分寝る時間も遅くなるだろうが、未来の場合は下痢と嘔吐で過剰に消耗した体力を回復するための昼寝だったから、寝る時間がいつも通りだとしても遅いぐらいである。
 そしてまた、未来が毎晩早く寝ているのも同じ理由によるものだった。毎日下痢をして体力を消耗してしまう未来は、その疲弊を補う分の長い睡眠を同じように毎日摂らないと、活動力を維持できないのだ。
 一日辺りに消耗する体力が、普通の八歳の幼女よりも遥かに多いのである。
 だから未来は必要な睡眠時間も普通の娘より長く、実に毎晩十一時間もの睡眠を摂っていた。夜八時に寝て、朝七時に起きるのだ。たくさんの睡眠が必要にも関わらず早起きなのは、朝の内にトイレにこもって十分に下痢便を出しておかないと、学校で何度もトイレに通うはめになってしまうからである。
 ――毎日のように繰り返される下痢。未来は単純にその症状に苦しめられるどころか、時間までもを奪われているのだ。
 実際は、明日は欠席確定だから今夜はまだ起きていても良いのだが、やはり未来はもう眠たいようであった。

「……じゃ、寝る前に顔洗って歯を磨かないとな。洗面所まで歩いて行けるか?」
「歩けないよお……おにいちゃん、つれてって」
 かけたばかりの布団をまた払って直樹が尋ねると、未来は子猫のような瞳で彼を見上げてそう甘えた。
 新しく着せてもらった薄いピンク色のパジャマがよく似合っている。左胸に描かれている黄色いうさぎさんのマークが、未来の無垢な愛らしさをより鮮やかに印象付けていた。
「よしよし、運んでやろう」
 すぐに直樹は未来の体をそっと抱え上げてあげた。
 相変わらず柔らかくて甘い匂いがする。今日はもう、何度こうやって妹を抱いてあげたかも分からない。
「みき、おひめさまみたい?」
 すると未来は目を輝かせてそんなことを言った。本当にごきげんなようである。
 未来は少なくともその心に関しては、いつもの元気さをほぼ完全に取り戻しつつあった。
「おまえ、ほんとはもう自力で歩けるんじゃないのか?」
「みき、おひめさまだから歩けないよ」
「答えになってねえ」
 兄妹は仲むつまじい会話を続けながら、洗面所へと向かっていった。

 未来は直樹に体を支えられながら、てきぱきと寝る準備をすませた。
 肌に染み込んでいた脂汗を顔から洗い落とし、いつにもまして丁寧に歯を磨き、何度も何度もうがいを繰り返した。
 今日三回も嘔吐をしてしまった未来である。やはり口の中が気持ち悪かったのだろう。
「未来、今夜はどうする? いっしょに寝る?」
 そして未来の準備が完了したのを見て、直樹は尋ねた。
 二人は毎晩、いっしょに寝ているのである。未来は一人だとおばけが怖くて眠れないので、いつも直樹のベッドに入って眠っているのだ。
 だから、未来が自分のベッドで眠るのは今日のような特別の場合だけである。
 そのため未来のベッドは購入から数年経っているにも関わらず、いまだに新品同然であった。
「うん。みき、おにいちゃんといっしょがいいっ!」
「そうか、じゃあ俺の部屋まで運んでやろう」
「おにいちゃんといっしょにねたら、なおりそうな気がする」
「そうなるといいなあ」
 直樹は再び未来を抱きかかえると、今度は自室へと運んであげた。
 そして未来をベッドに寝かし、すぐに隣の部屋から枕と洗面器を持ってきてあげると、自分も寝る準備をするために洗面所へと向かった。
 普段なら添い寝をして未来を寝かしつけてあげた後は自分の時間を過ごすのだが、この日はいっしょに寝てあげることにした。
 夕食は未来が昼寝をしている最中にすでに摂っていたし、看病でいくらかの疲れもある。何より抱きしめてあげたかった。
 未来は結局お昼の給食からこれまで水分しか摂取していないが、全く食欲が無いので、それで問題無かった。
 できれば栄養をつけさせてあげたかったが、無理に食べさせても、また吐き戻してしまうだけである。

「よーし、じゃあ寝るか」
「おにいちゃん、はやくはやく」
 直樹は部屋に戻ってくると、自分もパジャマに着替え明かりを消してベッドへと入った。
 早くも布団の中には未来の匂いが広がり、その体温を吸って暖かくなっている。いくらかの湿り気も生じていた。
「おにいちゃん……あったかい……」
 ベッドに上がった直樹がはいだ布団をかぶると同時に、待っていたかのように未来の小さな体が抱きついてきた。
 温もりを求めるかのようにして背に手を回してゆく。未来は荒い呼吸を繰り返していた。暗闇に覆われてその色は分からないが、頬は真っ赤に染まっている。
 歯を磨いている最中に計らせた熱は八度六分だった。九度八分よりは遥かにましになったが、相変わらずの高熱である。
「未来の体は熱いなあ」
「ふにゅ……」
 直樹は右手で未来の頭をなでながら、左手でその愛らしい身体を抱きしめてあげた。
 穏やかな胸の鼓動、体の熱さ、そして四肢と胴の細さが肌を通して伝わってくる。
 未来の体は柔らかく、そのミルクの匂いは体を触れ合わせることで、よりいっそう強く感じられるようになった。
 二人の身長は五十センチメートル以上離れている。八歳の妹の肉体は、あまりにも幼く未成熟だった。

「ねえおにいちゃん……」
「……ん?」
「みき、うんちのにおいしない……?」
 それから未来は表情を少し暗くして尋ねた。
 やはり自分の体から出る汚物の臭いを、未来も気にしていたようである。声が脅えていた。
「もう、ぜんぜんしないよ」
「ほんと?」
 体をもぞもぞとさせながら、直樹の答えに耳を傾ける未来。
 未来の股はちょうど直樹の腰の辺りを挟み込んでいた。足の付け根の動きが生々しく伝わってくる。
「未来の体はミルクの匂いがする」
「そうなの……?」
「甘いおいしそうな匂いだぞ。おにいちゃんは未来の匂い好きだよ」
「……そーなんだ」
 幼女特有の甘いミルクの匂い。
 「乳臭い」などと表現されることもあるが、「臭い」と言う言葉は適切ではない。
 抱きしめて服を脱がせて体を舐めてあげたくなるような、甘い香りである。
「じゃあじゃあ、もっとだきついてもいい?」
「いいけど、あんまり抱きつくと熱くて眠れなくなるぞ」
「おにいちゃんだいすきだからねむれるよお」
「理由になってないぞ」
 直樹の体を強く抱きしめていた未来だが、それでもこれまでは便臭に脅えて加減していたらしい。自分の匂いを褒められるやいなや、さらに身体を近づけて腕に力を入れてきた。
「……おにいちゃん……もっとみきのこと、ぎゅってして……」
「みきはあまえんぼだなあ」
「あまえんぼでもいいもん……ぎゅってして、なでなでして……」
「ほんとにあまえんぼなやつだなあ……」
 直樹も未来の身体を抱き寄せ、それまでになく強く抱きしめてあげた。
 あまり力を入れすぎると折れてしまいそうなほどにか弱い、未来の身体である。
「ふぁぁぁ……おにいちゃん……」
「あんまり変な声出すんじゃねーぞ」
 未来は荒い呼吸を繰り返しながら、足を何度ももぞもぞとさせ、平らな胸を直樹にこすり付けた。
 すぐ目の前の小さな唇から甘い吐息が流れてくる。未来の吐息はイチゴの匂いがした。味付き歯磨き粉の匂いである。
 いつしか二人の布団の中は未来の身体から流れ続けている汗で湿りわたり、ミルクの匂いはますます強くなっていった。まるで楽園である。
 暗闇の中、静寂に包まれた暖かい空間で、年の離れた兄弟は互いを甘く抱きしめ合い、そして柔らかな喜びに肉体を躍らせた。

「……おにいちゃん、あのね……」
「ん? おやすみのキスか?」
 しばらくして、また未来は何か言いたげに、直樹のことを呼んだ。
「ちがうよお……それもしてほしいけど……」
「じゃあなんだ? おしっこでもしたくなったのか?」
「ちがうよ……あのね、今日、おにいちゃんおよぐ日だったんでしょ?」
「そう言えばそうだったっけなあ」
「みきのせいで、休ませちゃった……」
 「およぐ日」とは、水泳教室のことである。
 直樹はスポーツが全般的に得意だが、特に水泳が得意で、選手権入賞を目指して冬でも近所のプールで特訓を重ねているのだ。
 全く泳げない未来にとって、そのことはおにいちゃんへの強い憧れの一要素でもあった。
 おなかを冷やすと激しい下痢をしてしまう未来は、水泳の授業を全て見学しているのである。
 幼稚園児の時に一度だけプールに入ったことがあるが、水につかって十分足らずで凄まじい腹痛に襲われ、たまらず水の中で脱糞してしまった。夏休みの市営プールでのことだったので辺りは大パニックとなり、その時のことは未来にとって暗いトラウマとなっている。
「一回ぐらい、どうってことないさ。未来の体の方がずっと大事だよ」
 今回に限らず、未来のおなかの具合が酷く悪い時は、直樹はいつも他のことを犠牲にしてその看病に当たっていた。
「でも……」
「大好きな未来を放って他の所になんて、行けるはずないだろ?」
 直樹は暗い表情で自分を見ている未来の瞳を見つめ返した。
 暗闇に目が慣れてきたおかげで、兄妹は互いに視線を感じ合うことができる。
「おにいちゃん……」
 未来は大きな瞳で直樹をじっと見つめた。想いが伝わったのか、その表情には戸惑いの中にも喜びの色が見える。
「分かったら、そんなことはもう言わないように」
「うん……おにいちゃん、ごめんなさい」
 未来が再び抱きつく力を強めてきたので、直樹もそれに応えてあげた。

「……じゃあ、そろそろほんとに寝ようか?」
 そして直樹は未来の頭をなでる手の動きを止め、静かにそう言った。
「うん……」
 未来も抱きついている体の力を緩める。
「おにいちゃん、今日はほんとにいっぱいごめんなさい……」
「明日起きたら元気になってるといいな」
「おにいちゃんだいすき」
「よしよし、お兄ちゃんも未来のことが大好きだぞ」
「おやすみ……なさい……」
「……おやすみ」
 おやすみのキスを求められるかと思ったが、未来はそれよりも早くまどろみの中に落ちていってしまった。
 言いたいことを言って緊張が緩んだのだろうか。それからすぐにすうすうと寝息を立て始めた。
 しばらくの間妹の寝顔を満足そうに眺めていた直樹だが、やがて彼も静かに甘い眠りへと落ちていった。

 そして残ったのは暖かい静寂。
 翌日の昼、目を覚ました未来の体温が七度台まで下がっていたのは、奇跡と言っても良いのかもしれない。
 無理して外へ出かけたせいか夕方には再び八度台まで熱があがってしまったが、それでも未来は幸せそうだった。
 未来がインフルエンザから完全に回復したのは、それから四日後のことである。


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